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今回は最近の中だとかなり短めです。
「で──この二人は雄英預かりなんスね?」
雄英高校の休憩室。
密会の場所に選ばれがちなそこで、上鳴は相澤と共にホークスとその背後にいる二人と話し合っていた。
「妥当な話でしょ?」
そう言って、ホークスはカップに入った紅茶に口を付けた。
「やっぱプロが淹れると違うねぇ〜」
「お褒めいただきありがとうございます」
ホークスが振り返ってジュリオと言葉を交わす中、相澤は眉間に寄った皺を解すように揉んだ。
「微妙なラインだがな……」
現状、ジュリオ・ガンディーニは保護観察下にある犯罪者だ。それもかなり無茶をして与えたに過ぎない。本来ならば司法による裁きの後、強制送還か実刑判決が下る。アンナに関しては即座に国へ返すのが普通だ。
しかし、それが出来ないのは二人の“個性”や今の状態が大きく関わっている。
「ジュリオさんの“因子相殺”はアンナさんの“過剰変容”を止められる数少ない力だ……それに、壊理ちゃんの事もある」
アンナ・シェルビーノ。十九歳。
現在は壊理の“巻き戻し”により九歳前後にまで幼児退行している。時間経過では元に戻らないため、壊理が再び“個性”を使う必要があるのだが、その巻き戻しに使うエネルギーが尽きていた。そのためアンナは暫くの間、子供のままでいる事を余儀なくされている。
「申し訳ございません……私のせいで、皆様にはご迷惑ばかり……」
彼女の世話役、兼、個性制御を手伝う者としてジュリオを超える存在はいない。
暴走が引き起こす危険性まで考慮すれば、セットで扱う必要がある。
「公安やら何やらには俺の方から話はつけときましたんで──壊理ちゃんも含め、そちらで面倒を見てあげてください」
雄英預かりとは書面上の話であり、実際はイレイザーヘッド預かりだ。
相澤は再び眉間を揉んだ。ヒーローとしての仕事だ。否はない。されど問題児の面倒を見る傍らで、果たしてどれだけの事が出来るのか──不安は尽きない。
それを感じ取った上鳴が相澤に言う。
「いいじゃん。A組のハウスキーパーしてもらえば。寮の部屋余ってんだし、そこに二人ともぶちこんだらいいだろ」
ジュリオの方は俺が鍛えるよ、と上鳴は付け加えた。
上鳴の指導者適性は善院譲りだ。
半年と少しで入学時には個性把握テストで成績下位者だった四人は、今や上位に食い込んでいる。緑谷に至っては一位、耳郎が四位である。仮に“個性”無しで競い合っても順位は大きく変動しないだろう。
しかし、上鳴にジュリオを丸投げすると、何だかんだアンナまで引き摺って行きそうな所があった。
──良くない化学反応が起きそうなんだよな。
そして、相澤の教師としての勘は言っている。アンナはアンナではっちゃける可能性があると。
何せこれまで抑圧されて生きてきた箱入り娘である。実家が襲撃を受け、家族や慕っている青年から引き剥がされた後は兵器として扱われてきた。
そんな生活から解放された少女が今まで通りに過ごせるか? 否、断じて否である。
「……決定事項を今更俺の一存で覆す気はない。だが、いきなり共同生活という訳にもいかないだろ。彼女の個性的にもな」
「そうかなぁ……使わなきゃ覚えらんないだろ……」
上鳴が言うと嫌な説得力がある。
相澤はそれを顔に出さないよう努めた。
しかし次の瞬間、上鳴の一言に相澤は目眩を覚えた。
「物間に“コピー”させりゃあいいじゃん!!」
物間寧人の個性因子は変幻自在。
その“個性”は変容性個性因子さえも模倣できる。更なる飛躍を想像している上鳴は涎を垂らした。その心中がアンナのため三割、残り七割が物間の強化だということくらいは誰から見ても明らかだった。
「……お前な」
「お嬢様を強化パーツか何かと勘違いしていらっしゃいますか?」
渋面の相澤とジュリオに、苦笑いのアンナ。
ホークスは呑気に紅茶を啜っている。
「別に良いだろ。誰も不幸にならないんだからさ──取り敢えず俺たちの寮に案内すっか。善は急げだ。失礼するぜ」
「あ、勝手に失礼するのは無しね」
ホークスの羽が素早く上鳴の服の中へ潜り込み、その身体を浮かせて行く手を阻む。
「んだよ。もういいだろ」
「君にはまだ話があるの──内密なやつね」
うんざりした上鳴を残して相澤はジュリオとアンナを連れて出て行った。
「で、話って何だよ。ホークスさん」
「そうピリピリしないで聞いて欲しいね……いや、本当に。ちょっとしたセレモニーに出て、聞かれた事に真摯に受け答えしてくれるだけでいいから……」
「セレモニー? 俺、そういう式典はもう入学式で懲りたんだよね」
「何があったんだい?」
「A組が俺を除いて欠席。式の間、皆はキャッキャッワイワイと楽しく
今でも偶に夢に見る──アレは悪夢の様な体験だった。上鳴はあの日の出来事をそう語る。
しかし、顔を引き攣らせるホークスは本当に申し訳なさそうにしながらも、「じゃあ仕方なか」と首を縦には振らなかった。
「頼むよ。かなり大事なヤツなんだ……俺に出来ることなら何でもするから」
「ほう」
あかん。これしくじった。
ホークスがそう思った時には既に遅かった。
「エンデヴァーと模擬戦がしたいっス。何とかしてくれたらセレモニーの一度や二度、完璧にこなすっスよ」
「急に下手に来たように見せて結構エグいこと頼むね君!?」
「やるのか! やらないのか! どっちなんだ! どちらもあり得るじゃあ通さねーからな!」
ホークスは悩んだ──ぶっちゃけ、エンデヴァーとは式典で顔を合わせる機会が何度かあったくらいで繋がりがない。
現状は単なるファンボーイの一人でしかなく、今後は違うにしても今「できる」と断言することは難しかった。
だが、ホークスにも引けない事情がある。
「……分かった!! どうにかする!!」
「ッシャア!! 言質取ったはい縛りィ!! 轟の究極系とはちと違うが、炎熱系最強のヒーローには前々から興味あったんだ!!」
幼児の様にはしゃぐ上鳴を見たホークスは、社会の時勢を顧みて休職を取り止めたエンデヴァーに、内心で土下座した。
「え゛っく゛しょぃあ゛ぁ!!」
──うわ。凄いおっさん。
くしゃみで現職復帰に関する書類を吹き飛ばすエンデヴァーの姿に、社員が心を一つにしていたのは完全なる余談である。
師匠にとって弟子とは身内である。
少なくとも、善院尚哉にとってはそうだった。
十年以上も面倒を見ている上鳴は患者や弟子という所を越え、最早、弟や甥っ子の様な存在になっていた。
──あの子が健やかに育ち、立派なヒーローになればそれで良かったんやけど……まあ。俺も人の子か。
雄英に入って急速に成長していく上鳴を見ているだけでは物足りなくなった。
いつか
だから──再びこの世界に帰ってきた。
前時代の怪物に若い芽を摘ませる訳にはいかないと、アメリカにいた時は想像もしないような理由で奮起した。
神野事変では肝を冷やした。
死んだと聞かされた時には頭が真っ白になった。だが、平気な顔をして戦場に現れた少年は、自分の知る姿よりもずっと成長していた。
いつか、師弟揃ってヒーロー活動をする事もあるかもしれない。
そう思っていた矢先に舞い込んだチームアップ。急変した事態。
ささやかな夢は先送りになり──
「まァ……上鳴の師匠ってだけはあるな」
その先にあった物が、今だった。
ヒーローたちが巨大船を止める為に動いていた頃。とある山間部で善院が対峙していたのは、上鳴の命を二度も殺し掛けた“血狂い”マスキュラーだ。
黒霧の出没情報を頼りに、グラントリノたちと共にやってきた場所で連合最高戦力と出会うというのを、全く予想していなかった訳ではない。
だが、あまりにも。
「……なんや聞いてたんと違うな? これ見よがしにムキムキの身体を晒してくるっていう、傍迷惑なボディビルダーって話やったけど」
「ちょっと前に色々あってな。俺もプルスウルトラってやつを体験したくてよ……今は“ストレス”の練習に集中するために、他のは控えめに使ってんだよ」
──ざけんなや。練習中で何でこんな強いねん。
次元が違う。
上鳴を倒しただけはある。そんな感想を踏み潰す強さだった。
黒霧を捕まえたグラントリノたちを逃すための時間を稼ぐことさえままならない。
戦いが始まって経過した時間は十分足らずだったが、その短時間で善院は右足を引き千切られた。
徒手格闘戦では呪力を得る前の上鳴を完封できる善院をして、全く歯が立たない。
「“ストレス”で俺の個性を強化するとよ、筋繊維の密度が上がんだよ。そしたら皮膚突き破らなくても、今までとパワーとスピード変わんねぇ。便利なもんだぜ」
まだ神野事変からそう時間が経っていないにも関わらず、急激な成長を遂げているマスキュラーに、善院は上鳴の姿を重ねる。
──アカン。血ィ、流し過ぎた。視界が霞む。
マスキュラーは善院に近付いて言った。
「俺、今禁欲中でな。人殺しちゃダメなんだ」
「……は?」
「そう怖い目で見んなよ。殺したくなっちまうだろうが。大人しくしてりゃ止血してやるよ」
マスキュラーはまるで旧知の友の様に善院へそう言って、そのコスチュームを引きちぎって力任せに止血を行った。
「何なんやお前……」
「上鳴との約束だからな。アイツは縛りがどうのって言ってたが──まあいいや。何にせよ、次会った時は最期まで殺るって話だ。頷いたからには守るさ」
殺し合いはしたいが殺すつもりはないという矛盾。狂人のポリシーなのだろう。筋の通し方といい、善院の目から見てもマスキュラーは以前の上鳴とよく似ていた。
「……おい。“ストレス”の練習中って言ったな」
「おう。新入りがよ、お前の力は上鳴電気がボスから奪った“個性”の上位互換だから、同じことが出来てもおかしくないって教えてくれてなァ」
──新入り。しかもオールフォーワンに近い立場の奴がまだおるんか?
「意識して使ってみると全然違うんだなァ、これが」
マスキュラーの身体から炎の様に揺らめく力が立ち昇る。
善院はそれに強い既視感を覚えた。
──デンキくんが使ってるのを、検査の一環で一回だけ見たことがある。
それは上鳴が使う“呪力”と確かによく似ていた。少なくとも善院の、素人の目には同じに見える。
「この力を上鳴と同じ水準まで高められれば……きっと最高の殺し合いになるぜ」
「同じ、水準?」
「師匠のアンタなら分かるだろ? こんなんじゃあ、アイツにまたボコられるだけだからな」
その時、善院の中にあったのは違和感だった。
マスキュラーの才覚は本物だ。
ただ見ただけで、己のセンスのみで力の解釈を広げて使いこなしつつある。戦闘経験とキッカケ一つで覚醒するだろう。
──今、コイツは明確にデンキくんを格上として扱った……おかしいやろ。デンキくんがオールフォーワンから“個性”を奪ったんはつい最近やぞ。そんな差があるはずないやろ。
弟子の才能をこの世で一番理解しているのは善院だ。“帯電”だって最初から使えた訳ではない。地獄の様な鍛錬と死地での覚醒が無ければ、今の上鳴はいない。
だが。
「あ」
──あの子は、俺が教える前から格闘技をやってた形跡があった。
武術とは一朝一夕で身につく物ではない。
腕力に頼らず合理的な所作で物を持ち上げる。
引き戸を開ける時、力ではなく体重を伝えて開ける。
座っていた状態から立ち上がる際、脚力ではなく重心の移動を利用して立つ。
つまり、日常の所作で理を追求すること。
脳のリミッターが壊れた上鳴には最小限の力で動くことを、無意識レベルで行わせる必要があった。だから武術を骨の髄まで叩き込む必要があったのだが。
──まるで、最初から知っていたように……デンキくんはあっちゅう間にマスターした。
自分が十年掛けた物を四歳の子供が半年足らずで会得した。
当時は興奮で気にもしなかったが、異常だ。単なる才能で片付けていい筈がない。
「……ふん。何だ。黒霧取られてんじゃねぇか」
善院が上鳴のことで気を取られている間に、マスキュラーは彼方を睨みながら移動を始めた。
善院にそれを引き止めることはできない。
「じゃあなセンセ。上鳴によろしく言っといてくれや──次会う時までには仕上げとくってよ」
丁度いいサンドバッグが出来たんだ。
そう言い残し、マスキュラーは去っていった。
程なくして、サイレンの音と共にやって来たグラントリノ達により、善院は救助された。
「連絡は……目ぇ覚ましたら、俺からするんで……」
そう言い残してから意識を手放した善院は最寄りの総合病院へと搬送され、そこで一命を取り留めた。
幸いにもそこは善院が勤めている病院の
善院の入院は家族にのみ報され、友人・知人に連絡が入ったのは彼が搬送されてから十日が経った頃だった。
「……見舞い? 別にかまへんで。直ぐに転院できるさかい」
「……ヒーロー活動は義足付けて続けるつもりや。まだ終わってへんしな……中途半端に投げ出すんは、やっぱ性に合わんみたいや」
「……そろそろ文化祭やろ? コッチは心配せんでええから……見に来て欲しかった? ほーん。殊勝なこと言えるようになったやんけ……親御さん呼んだり。俺は来年にでも行かせてもらうわ」
「ほな、気張りや。デンキくん」
「……おや? 電話中じゃったかな?」
「あぁ先生。気付かんですんません」
「ホッホッ、構わんよ。それより調子はどうじゃ? 血塗れで運び込まれた時は肝を冷やしたぞ」
「えらいご心配お掛け致しまして……もう大丈夫ですから」
「そう言わずにゆっくりしていきなさい。君は少々、生き急ぎ過ぎじゃ──元気な姿を見せてやらねば、周りを心配させるだけじゃぞ?」
「そう、ですね……ほんならもう少しだけ、お言葉に甘えさせていただきますわ」
殻木院長。
これまでチラチラとは書いて来ましたが、上鳴くんのカルテがどこから流出していたかと言うとですね……善院先生です。正確には殻木が経営する病院なので、殻木が見放題だったという話でした。
善院先生は少しの間、お休みですわ。