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「文化祭があります」
「ガッポォォォォオオオイ!!」
相澤の一言で騒然となった午後のホームルームで、上鳴は腕を組んでしたり顔で頷いた。
そして誰よりも大きな声で言った。
「待ってたんだよこの日を!!」
「いつになく熱い!!」
「上鳴ちゃん、こういう催しに興味あったのね」
麗日と蛙吹の言葉に上鳴がフッと笑みを浮かべる。
「生まれて初めての文化祭だからな」
鹿紫雲一の記憶は憧れと期待を膨らませるだけで、何の役にも立たないことがある。学校行事などはその最たる例だ。
体育祭は少し毛色が違い過ぎた為、最初は全くやる気が起きなかったが──文化祭は違う。何やかんや人並みに興味があるのだ。
長い入院生活を送っていたということだけは知っているA組メンバーは、その事に思いを馳せた。
「最高の祭りにしようぜ!! 皆!!」
そして、切島の熱いコールに教室中から「応ッ!」と声が上がる。
──底なしに良い奴らだよな。A組。
上鳴が相好を崩していると、相澤が咳払いをして言った。
「クラスの出し物について、俺からとやかく言うことはない。明日の朝までに決めて報告しろ……ただし、決まらなければ公開座学だ」
「速やかに決めさせていただきます!」
立ち上がった飯田が相澤から話を引き継ぎ、壇上でハキハキと話し出す。
「という訳で、皆の意見を聞かせてくれ!」
人間、隙を見せたら終わりだ。そして飯田が晒したのは致命的な物だった。
次の瞬間、クラス中から飛び交う「ハイ」という言葉、我先にと伸びる挙手。篠突く雨の如き無数の主張に、飯田のみならず上鳴さえも圧倒された。
「不肖、八百万百……副委員長である私が書記を務めさせていただきますわ」
覚悟を決めた八百万が黒板の前に立つ。
文化祭は戦争なんや。
上鳴は脳内に浮かんだチビ善院を振り払い、自分も意見を通すべく気合いを入れ直す。
──絶対に実現させて見せる。
「クレープ屋!」
「ダンスパーティー!」
「メイド喫茶!!」
「メイド喫茶、甘いわァッ!! オッパッ!!?」
「重りあるかしら」
「オールマイト博覧会!」
「お餅屋さん!」
「演武とか」
「デスマッチ」
「僕のキラメキショー☆」
「ふれあいどうぶつえん」
「暗黒学徒の宴」
「腕相撲大会!!」
「ビックリハウス!」
「ストリートファイト!!」
「コント、とか?」
ふんふん、ほほぅ、と相槌や合いの手を入れながら意見を聞く飯田と、その全てを黒板に書き出す八百万。
そうして、一通り出揃った所で──
「先ず、不適切・実現不可・よく分からない物は消去させていただきますわ」
上鳴が出した『ストリートファイト』や爆豪の『デスマッチ』等は八百万によって真っ先に消し去られてしまった。
「なん……だと……」
「いや、当たり前でしょ」
呆れ声の耳郎にトドメを刺され、上鳴は塞ぎ込んだ。
「……デスマッチでもいい」
しかし、それでも上鳴は懲りずに妥協点を引き出そうとする。
「よくねーって。公序良俗に反するのは。来年の体育祭まで我慢しろな?」
拗ねた上鳴を瀬呂が慰めるが、何人かデスマッチでそわそわしている人間が居たのを上鳴は見逃さなかった。
「なぁ、尾白。お前もさ……武を競いたいよな?」
尾白の提案は『演武』であった。
「いや、まぁ……否定はしないけど……」
「民意を得ようとするな!?」
「屈しちゃダメだよ尾白くん!!」
「文化の祭りでまた殺し合うのか!? 体育の祭だけでもう腹一杯だよ!!」
「いやいやバトル物の文化祭で天下一武道会するのはあるだろ!? ネギまで見たぞ!!」
「俺らはもう体育祭でやったでしょうが!!」
「いつの時代の漫画の話だよ!?」
「上鳴くんって本当に超常黎明期前の漫画好きだよね……」
上鳴が多数決で押し切ろうとするのを、砂藤、葉隠、峰田が止めに入る。
しかし、それだけ止められてもまだ上鳴は諦められなかった。
「個性なし、武力のみ、勝者あり……!」
「それもう尾白とお前の独擅場じゃねぇか!?」
「ンダとお前俺は勝つぞお前!!」
「あっ、このバカ!? 火薬庫に火を放つ奴があるか!?」
「誰が火薬庫だァ!!」
「そういう所よ爆豪ちゃん」
峰田の独擅場発言に噛みついた爆豪を切島が押さえ、蛙吹が忌憚のない意見を言った所で──チャイムが鳴った。
「ひ、一先ず……続きは寮でしよう!!」
「そうですわね……お紅茶でも飲みながら話し合いましょう」
「まだだ!」
疲れ果てた飯田と八百万に上鳴が再審を要求しようとしたその時だった。
『一年A組、上鳴電気くん。一年A組、上鳴電気くん。手が空き次第、校長室まで来て欲しいのさ』
その呼び出しを受け、喧騒が水を打ったように静まった。
誰もが閉口して上鳴を見つめる中、耳郎が口火を切る。
「アンタ、何やったの」
「知らねぇよマジで」
上鳴は面倒事の予感を覚えながら、呼び出された校長室に向かう事にした。
憂鬱な顔を隠そうともせず、制服のポケットに手を突っ込んだまま移動して──校長室。
上鳴がノックしようとしたその瞬間、常人離れした聴覚が内部での微かな話し声を拾い上げた。
「取り込み中なら少し待つか」
上鳴は壁に背中を預けて待つ事にした。
その間に思いを馳せるのは文化祭についてだ。
──ワンチャン通らないかなって思ったけどやっぱ無理か。
鹿紫雲の記憶にはこの世界の事が描かれた漫画の知識がある。それは極めて断片的で、直近の事さえ分からない。
文化祭の出し物でさえこれだ。敵の出方を知ろうにも何も分からない。
「ただ……Iアイランドもダークマイトも、ブラザーの記憶にはないんだよなぁ」
既に通り過ぎた事件は記憶を刺激するのか、思い出せる事もあった。しかし、この世界は漫画の流れから既に大きく乖離している。
USJの襲撃、体育祭の組み合わせ、マスキュラーの改造。特に大きいのは神野事変。今回の死穢八斎會での一件もそうだが、その知識は最早当てにならない。
──全く。ちゃんと覚えておいて欲しいね。
どの口が言ってるんだ。誰のせいだと思ってやがる。
鹿紫雲ならそう言うだろうと思い至り、上鳴は考えるのをやめた。
そうして、待ち始めて五分が経った。
「……何だっけ……緑谷が変な二人組と会うんだっけ……? まあ、いいか。そっちは成り行きで」
更に五分が経った。
「結局ビックリハウスって何なんだろうな……お化け屋敷とは違うのか? あとで葉隠に聞いてみるか……」
更に五分が経った。
「スゥ……ハァ……落ち着け、俺。短気は損気だ」
人を呼び出しておいて何をくっちゃべってるんだろうか。
そうして、待ち始めてから合計三十分が経ったタイミングで──遂に上鳴の堪忍袋の緒が切れた。
目尻から奔る電光。
額に浮かぶ青筋。怒気と共に呪力が漏れ出し、身体能力を飛躍的に上昇させる。
そのまま上鳴はピタリと耳を校長室の扉につけた。力業の盗聴だった。
「何度も言わせるな。文化祭は自粛としたまえ」
「先程も申し上げさせていただいた通り、文化祭は今だからこそ生徒たちに必要なイベントで……」
「理屈は分かる。私にだって学校に通う年頃の子がいるからな──だが、今は駄目なんだ。ヴィランの増長、社会不安……また雄英に何かあれば今度こそ終わりだ。先の巨大船の一件も、どれだけ我々が各所に働き掛けて規制を敷いたと思っている」
「ですが長官。それは」
「ヴィランに蜜を与える訳には……」
上鳴は溜息と共に扉を蹴破った。
驚いた顔の根津とスーツを着た数人の男。長官と呼ばれていた事から公的機関の高官である事は確かだが、上鳴からすればどうでも良い。
「校長、何の用っスか」
校長である根津は雄英の頭だ。
つまり、相澤やオールマイトをはじめ、上鳴が世話になっている教員の上司。上鳴は自分が自由に振る舞えている環境を認可してくれている*1根津に、一定の恩義を感じていた。
そこに通すべき筋があるのなら、上鳴は根津の「やれ」の一言で、この場にいる部外者全員を雄英の敷地外に叩き出す覚悟で校長室へと踏み入っていた。
「呼んだのは私だ。ミカヅチ」
「あ?」
「使いの者に“個性”を使わせた。よく似ていたろ?」
「くっだらねぇ……俺は帰る」
踵を返そうとする上鳴に男が待ったをかける。
「君にも関係のある話だ──根津。文化祭の開催に一つだけ条件をつける……ミカヅチを主体にした警備隊を編成しろ」
「……!? いくらプロ資格に相当する物を持っているとは言え、上鳴くんも我が校の生徒です! それを」
「お前が飲めないならこの話は振り出しに戻るだけだ……ミカヅチ、君はどうだ? 友や教員、ひいては雄英高校という場所が持つ力を守る為に、力を貸してくれないか?」
毛を逆立てて抗議しようとする根津を上鳴は目線で制し、男に言った。
「アンタ、公安の人間か?」
「何故そう思った?」
「質問に質問で返すなよ──ま、人のこと言えんからそれはどっちでもいいんだけどさ……俺をオールマイトに仕立てようってんなら、迷惑だからやめてくれよ」
眉間に皺を寄せた男に上鳴は畳み掛けるように言う。
「俺が攫われてた時の記者会見、録画したの見たんだけどさ……別に俺、会場から叩き出された記者が全部間違ってたとか思ってねぇよ。先生に虐待されたとか微塵も思ってないし、悪く言われんのは腹立つけど」
あの記者、どこから情報抜いて来たんだろうな──と思考が逸れかける。
大事なのはそこではない。
「俺は別に世の為、人の為にヒーローやろうとしてる訳じゃない」
上鳴の言葉に根津も男も目を剥いた。
「そういうのはさ……緑谷とか、他の奴らがすれば良い。俺は俺が楽しく生きる為に、親とか世話んなった人に最低限の迷惑以外をかけない為に、ヒーロー目指してたんだわ」
最強との戦いは、その延長線上にある最終目標。
確かに今の上鳴はヒーローだ。色んな人の優しさが彼をヒーローにした。
だが、それは上辺の“楽しく生きる”という部分の定義が少し変わっただけに過ぎない。根っこの部分は変わらない。
「それが気が付いたら神輿になっててよ……迷惑過ぎる。マジで。もう半分諦めてはいるけど」
ヒーローにはなっても良いが、
「文化祭、別に開催したって構わないんだろ? ただ、俺の安全装置としての機能を高める為に利用したいからゴネてるだけで」
英雄が自らを犠牲に文化祭の開催を強行した──それはさぞ、美談に見えるだろう。マスメディアはこぞって取り上げ、市民は賞賛を送るに違いない。
「だとしたら?」
そこまで分かっているなら話は早い。ならばお前はどうするのだと、男は上鳴に問うようにそう言った。
上鳴は男に唾を吐き付けて言った。
「クソ喰らえだ」
「ならば文化祭は無しだ」
「何で部外者のオッサンに仕切られなきゃなんねーんだよ」
上鳴の言葉に男のこめかみがひくつく。
「根津校長がお前の話を聞いてやってんのはさ……校長として通すべき筋が無くても、人として貫くべき信念があるからだろうが」
男が文部科学省の人間ではない事はこれまでのやり取りで透けている。
故に、上鳴はこれ以上遠慮する必要はないと判断した。
男のこれはどう考えても越権行為。幾ら雄英が国公立であったとしても、ヒーロー科の存在が治安維持に大きく関わっていたとしても、関係ない。雄英高校は教育機関。文化祭の開催については文部科学省の判断を要する筈だ。
──それを無視してきたのは文部科学省が「No」と言ったからか、根津校長の発言力が文部科学省より上かのどっちかだ。だからコイツは根津校長に“自粛”を求めてる。
これを卑怯と言わずして何と言う?
通すべき物の悉くを踏み躙り、教育者とヒーローとしての矜持を天秤に掛けさせる。
上鳴は男の胸ぐらを掴み上げ、自身へと引き寄せてから言った。
「校長の善意に甘えて交渉ごっこか? 良い気になるなよ小童が」
上鳴が勢いよく突き放すと、男は尻餅をついた。その顔は酷く赤面しており今にも声を荒らげそうになっている。
追い打ちをかけるように上鳴は男を鼻で笑った。
「ま、警備くらいは片手間にやってやるよ。俺がここに居て喧嘩売りに来るような骨のあるヴィランなら、こっちとしても大歓迎だ。敷地にゃ一歩も入れる気ねーけど」
男は歯軋りしながら立ち上がり「失礼する」と一言だけ言い残して去って行った。
その背中を見送った上鳴は、改めて校長に顔を向けた。
「……校長先生、いつもありがとうな。俺たちの為に」
「慮ってくれるのは素直に嬉しいんだけどね。普通にやり過ぎなのさ」
「てへっ」
「可愛くしても問題児である事は誤魔化しきれないのさ──だけど、こちらこそありがとう。上鳴電気くん。君には助けられてばかりなのさ」
「別に構いやしませんって。それに……学生時代の不完全燃焼感は死ぬまで尾を引くものッスから」
「君、幾つだっけ」
そもそも君、学生時代は今年からだろう。
根津は喉まで来た言葉を飲み込んだ。
「それより、根津の旦那……その……」
手を揉んで笑みを浮かべる上鳴に、根津は相好を崩した。
「死穢八斎會やゴリーニ、連合の対処で更に傷んだグラウンド・βの件は私費でどうにかするから気にしなくていいよ。保険もあったから何の問題もないのさ」
「あざっす!!! 一生付いていきます!!!」
「一生はやめて欲しいのさ。本当に。適当な所で勘弁して欲しい」
お前の面倒見てたら寿命が縮む。
根津は再び迫り上がってきた言葉を飲み込んだ。口に出したら教職を辞するレベルの失言である。
「じゃ、俺はこの辺で」
上鳴は校長室の窓を開け、そこから颯爽とこの場を後にした。
──さあて、どんくらい話し合いは進んでんのかな?
そして意気揚々と寮へ戻ってきた上鳴が目にしたのは。
「だから食はダメだって! ランチラッシュを何らかの形ででも超えるのは不可能だから!」
「蕎麦だめか……」
「お餅屋さん……」
「ケーキバイキング……」
「コンカフェにして付加価値を高めりゃ良いだけだろうが!! 女子の“個性”をコンセプトにしたコスプレ!! 奉仕!! これで決まりだろ!!」
「それ、後者が本命でしょ」
「Rが18であればそれでいんだっ!?」
「重りあるかしら」
「また吊るされてる……」
「皆で踊ると楽しいよ?」
「コントは?」
「何で響香ちゃんそんなコント押しなの……?」
「文化祭ってそういうもんかなって」
「皆ァ! 口々に言っていても埒が明かないぞ!?」
「デスマッチだ!! 今度こそ俺が、完膚なきまでの一位になる!!」
「かっちゃん流石にデスマッチはまずいって……! というかもう目的が色々変わってるよ!」
「あァン? ビビってんのかデ……出久ゥ!」
「無理しないで。デクでいいよ」
「無理なんて俺の辞書にはねぇんだよ!!」
「幼馴染するなよ催し決めは遊びじゃねんだ!!」
「唾がエグい」
「もう皆で踊ろうよ!!」
「コンカフェ──!!」
上鳴はそっと扉を閉めた。
「何だ今の……目が滑るったらねぇぜ……」
最早、誰が何を言っているのかさえ分からない。兎にも角にも喧しい。女三人寄れば等という言葉が可愛く思えてくる。高校生が二十人弱集まれば工事現場もかくや、である。
「……もう一回開けるか」
上鳴はそっと扉を開けて、中を見ようと顔を近づけた。
「何してるの?」
「おうわぁ!?」
鼻先が接する程の距離に葉隠が居た。
思わず仰け反る上鳴に、葉隠がニマニマしながら近づいていく。
「珍しい〜! おうわぁ!? だって! ビックリした?」
「ビックリした……普通に……やるじゃねぇか……」
喧騒を利用した気配遮断に上鳴の心臓が早鐘を打つ。
「で、出し物は何だよ」
「さっきね、他科のストレス発散にもなるような催しにしようっていうのが決まっただけ」
「それ、何も決まってねーのと同じじゃね?」
現場は混迷を極めている。
元からA組は我の強い人間が多い。
有事の際ならばともかく、こういう遊び事に関しての協調性はかなり乏しい。考える事が増えれば尚更だ。
一度、枠に嵌めてしまえば違うのだが──どうにも上手く行っていない。
それは何故か。極めて単純な理由だ。
「手打ちそば……」
「シグルイ!!」
そう、誰も仮免補講に行っていないのである。
彼らは仮免で得る筈だった気付きを得ていないのだ。だからA組は未だ、正史では轟が提案したパリピ空間の提供という意見に辿り着けずにいた。
「……やっぱストリートファイトでよくね?」
「だからダメだってば! 文化祭だよ!?」
「話し合いなんて野蛮な真似はやめて、穏便に武力解決をだな」
「私たち、上鳴くんが初めて文化祭に参加するって聞いたから……ただ他の学科の為だけじゃなくって……ぐすん」
「ごめんて。悪かった。もう言わないから」
そして、上鳴は葉隠に泣き落とされて*2意見を取り下げる事になった。
来年があればそれに期待するか、なんて上鳴が考えていると──纏め役の二人と目が合う。
「上鳴くん……!」
「上鳴さん……!」
その顔にはありありと疲労が浮かんでおり、目が「助けて」と訴えていた。
上鳴は考える──助けてやりたいが、どうすればいいのか。何も思い浮かばない。
そういう時に頼れるのは。
「緑谷」
「何かな?」
「何とかしてくんね?」
「丸投げッ!?」
A組屈指のデータキャラ、緑谷出久だった。
ヒロアカ原画展大阪、やっと情報が出て小躍りするなどしていました。アニメの最終章も見えてきましたね……終わりが見えてきて辛い……で、呪術廻戦3期の情報はどこだよという話なんですけども。いつになったら動く禪院直哉とカッシーが見れるんですかね……