雷神、上鳴電気   作:一般通過呪術師

89 / 100
 
 前回のあらすじ

・一年ぶりに登場した物間のダークシャドウ。名前はネル。自認は物間とマスキュラーとダークシャドウの娘(存在する描写)
複雑な家庭環境?にもめげず、パパのためにいっぱい個性の練習をしている健気な娘(存在しない記憶)

・耳郎と上鳴は深い友情で結ばれた親友である(諸説あり)

 大変お待たせしました。
 感想、高評価、ここ好き。いつも大変励みになっております。



ep.89 雄英散歩

 

 耳郎の指導は苛烈を極めた。

 未経験者であるという点を踏まえた上での優しいコーチングではあったが、兎にも角にも要求される量と質がとてつもない。

 

 

 そうして一週間という時間が経過したのだが。

 

 

 ──いかん。このままじゃ間に合わないかも。

 

 

 深夜、寮の自室で上鳴はど素人なりに危機感を覚えていた。音は一通り鳴らせる様にはなってきたが、それだけだった。一緒に演奏するのは経験者、もしくは天才である。

 

 

 素人目に見ても抜きん出ている耳郎。

 才覚だけなら世界を狙える爆豪。

 教養の一環とは言え幼少期からピアノを習っていた八百万。

 常闇は一度は躓き、ギターから離れたものの経験者だ。耳郎の指導によってめきめきと上達している。

 

 

 音楽の素養がまるでないのは上鳴だけだ。

 ハッキリ言って浮いている。日中の練習でもその差をヒシヒシと感じていた。

 

 

 誰もそれを咎めはしない。仕方がないことだし、選んだのは耳郎だ。上鳴も真面目に練習していた。あくまでも常人程度の速度だが成長している。

 

 

「はよ覚えろや!! 時間ねンだよ!! お前がもっちゃりしてっと全体のレベルが下がる!!」

 

 

 ──いや、爆豪はガッツリ咎めてきたな。まあ、正論だ。何も間違っちゃいない。間違っちゃいないが……

 

 

「流石の上鳴も人の子か」

 

 

「ちょっと安心したかも」

 

 

「まあ、まだ時間はありますから……」

 

 

 ただ何となく、ムカついたのだ。

 正確には負けん気と言う方が正しい。

 腹を立てたのは友に対してではなく、足を引っ張る自分自身なのだから。

 

 

 故に、上鳴は自分に出来る精一杯を考える必要があった。出遅れた者が先に走り始めていた人間に追い付くにはどうすればいいかを──その結果、思いついたのは。

 

 

「闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」

 

 

 コソ練である。

 

 

 先ずは部屋に帳を下ろし、外に音が漏れない様に遮断。耳郎から借りたギターを手に、ゆったりと深呼吸。

 

 

 ──天才の一歩は常人の数倍だ。常人がそこに追い付くには、天才の一歩に匹敵する時間を費やすしかない。ましてや才能に胡座をかかずに練習を積み重ねてきた者に、限られた時間で追い付く事は不可能だ。

 

 

 ただ時間を消費するだけでは駄目だ。

 効率、練習の質、それらを維持する為の集中力は最低条件。

 全て実現した上で何か一つでも天才を超えなくてはならない。

 

 

 これまでの経験の全てを注ぐ必要がある。

 

 

 練習の質と効率は耳郎の練習メニューが担保してくれている。必要なのは集中力、そして、創意工夫だ。

 

 

『閃電疾駆──身体許容上限100%(ドライブⅣ)

 

 

 耳に着けたデバイスからコガネの合成音声が部屋に響く。

 神経伝達速度の上昇による擬似的な思考速度の加速。これで体感時間を引き延ばし、通常の三倍以上の速度で練習することで夜間のコソ練の密度を大幅に底上げする。

 

 

「皆に恥はかかせらんねぇ」

 

 

 耳郎から手渡されたノートを捲りながら、上鳴は必死にギターと向き合った。

 

 

 そして──翌日。

 

 

 教壇に立つプレゼントマイクがチョークを片手に上鳴を指した。

 

 

「この問題を……デンキBOY!! 頼むぜ!!」

 

 

 僅かな静寂の後に上鳴は答えた。

 

 

「味噌スープ」

 

 

「……what!? どうした!! つかよく見たら隈ヤベェ!! 夜更かしは厳禁だぜ!!」

 

 

 コソ練で今生初めての寝不足に陥った上鳴の脳は本来の力を完全に失っていた。

 それだけに止まらず、上鳴はふらふらと身体を左右に揺らしながら、譫言を口にし始めた。

 

 

「強さとは孤独なのか……際限なく力の発露を求め彷徨い続けることが、強者に課せられた罰なのか……」

 

 

「何か闇深そうな 「さみしんぼじーさんめ……ぐぅ」 あ!? 寝落ちやがった!」

 

 

 完全に意識を失った上鳴が机に額を叩きつける様にして眠りへ落ちる。ゴンッ! と音を立てていたにもかかわらず熟睡である。最早、ちょっとやそっとの衝撃では起きないだろう。

 

 

 プレゼントマイクはため息を吐きながら授業を再開しようとした。

 

 

「ったくしゃーねぇな。これに関してはイレイザーに報告するとして……代わりに誰か答えちゃったりして……」

 

 

 しかし、そこにいつものA組は居らず。

 

 

「お通夜かYO!!」

 

 

 空気は重く、澱んでいた。

 

 

 

 

 

 強さとは孤独なのか。

 際限なく力の発露を求め彷徨い続けることが、強者に課せられた罰なのか。

 

 

 上鳴が零したその言葉の真意を、葉隠は量りかねていた。

 

 

 静かな寝息を立てて、教科書に涎を溢している幸せそうな顔からは想像もつかない何らかの苦悩が、彼の中にはあるのだろう。

 そう思うだけで、葉隠は胸の内側がジクジクと痛みを訴えてくるのを感じた。

 

 

 ──上鳴くん……学校楽しくないのかな。

 

 

 上鳴の隣で物憂げな表情を見せる耳郎をはじめ、寝言が聞こえていたのだろう上鳴の周りの席のクラスメイトは皆、一様に表情を曇らせている。

 きっと自分と同じ気持ちなのだろう。葉隠もペンを握る手に力が入っていた。

 

 

 上鳴電気にとって、戦いこそが生きる目的。強者との戦いは娯楽。強さこそが絶対の指標。

 本質は変わらない。海の魚が川では生きていけない様に、彼は戦いを失ったら死ぬのだろうと痛感させられる。

 

 

 葉隠はその破滅的な生き方を肯定できない。

 

 

 本人が望むならその人が死んでもいいだなんて、口が裂けても言える訳がなかった。

 

 

 そして、いつか致命的な決別が起きるのではないかと怯えながら、その背中を追い続けている。

 

 

 ──遠いなぁ。

 

 

 上鳴が自分へ向ける視線の中には、いつも修羅としての顔がある。

 優しい彼は自分に期待を寄せてくれているが、そう遠くない未来、きっとそれは無くなってしまう。自分自身が一番分かっている。透明になる個性の限界、肉体的な成長の終わりが、残酷なまでに自分と彼を引き剥がすことを。

 

 

 ──響香ちゃんが、羨ましいな。

 

 

 始まりは同じだった。

 けれど、持っている物は違う。

 彼女はまだ進化の余地を残していて、自分にはそれがない。それが堪らなく羨ましいのと同時に、憧れてしまう。

 

 

 ──きっと、上鳴くんが選ぶのは……

 

 

 マイナス思考が加速する中、授業の終わりを告げる鐘が鳴った。

 

 

 ヒーロー基礎学は文化祭準備期間中は休講となる。インターンで学校を離れていた一部の学生が補講に呼ばれるが、葉隠たちはインターバル期間があった為、既に追い付いている。補講はない。

 

 

 葉隠が片付けを済ませていると、いつの間にか起床している上鳴と楽し気に話す耳郎と目が合った。

 

 

「透?」

 

 

「え、あ……何でもないよ!」

 

 

 気持ちに蓋をして──いつもの自分に戻る。

 幸いにもクラスの雰囲気は、祭り前というのもあっていつもより賑やかだ。喧騒が上手く誤魔化してくれる。

 

 

「ハーッハッハッハッ!! いつにも増してワイワイしているねェ、A組ィ!!」

 

 

 その筈だった。

 しかし、予期せぬ来訪者が教室の敷居を跨いだことで、表情に綻びが生まれてしまう。

 

 

「やっぱ何かあるでしょ」

 

 

 ──まずい!

 

 

 貴女に嫉妬してます、なんて口が裂けても言える訳がない。

 そんな葉隠の動揺に被せる様に物間が言い放つ。

 

 

「上鳴には塩を送ってもらったからね……前哨戦を不戦敗で勝利するというのも捨てがたかったが、辞めた!!」

 

 

「何だ急に」

 

 

「絶妙にセコい」

 

 

「爆豪とはまた違ったみみっちさだ」

 

 

「喧嘩売ってんのか切島ァ……」

 

 

「何? こっちが大事な話を──」

 

 

 耳郎の意識が物間に向いた瞬間を葉隠は見過ごさなかった。振り返った耳郎が自分の方を見ない様に肩を掴んで言う。

 

 

「本当に! 本当にっ、何でもないので……!」

 

 

「……ん。分かったよ。そこまで言うなら聞かないよ。でも、本当に困ったら相談すること。いい?」

 

 

「うん……ありがとう、響香ちゃん」

 

 

 ──良かった。これで元通りに。

 

 

「ミスコンだよ、ミスコン! 知らなかったのかい!? こちらからは拳藤を出す! AB対抗戦の前哨戦パート①と行こうじゃないか!」

 

 

 物間の戯言も今なら余裕で聞き流せる。

 

 

「……ほう? 勝算はあるのか? 勝算のない勝利宣言を妄想と言う」

 

 

「か、上鳴!?」

 

 

「意外な所から反論が出てきたぞ!」

 

 

「面白くなってまいりました……!」

 

 

 スッと物間の前に移動した上鳴の思わぬ食い付き。

 

 

 ──上鳴くんはね、ミスコンなんか気にしないし、戦う事しか興味ないし、やること全部がめちゃくちゃでなきゃいけないの……!

 

 

 そんな複雑な葉隠の心境が二人に通じるはずもなく、話は進む。

 

 

「あるさ。むしろ無い状態であのゴリラをミスコンに放り込むとでも?」

 

 

「俺でも分かる風評被害はやめておけよ、物間。アイツの手刀は恐ろしく速いんだから」

 

 

「話を逸らすなよ──僕の勝算は簡単さ。拳藤の知名度にある」

 

 

「知名度……? 手刀の速さが?」

 

 

「君の方が失礼まである……んんっ! 何と拳藤はね、既にCMデビューしているのさ!! つまり、一年生には本来期待できない固定ファンがいるってわけ!! そしてアイツは、顔がデカい!!」

 

 

「広いだろ。首へし折られるぞ……というかCM出たくらいでファンなんかできんの?」

 

 

「できる!! 既に調査済みだよそんな事は!!」

 

 

 物間の話には筋が通っている。

 話題性があるという事はつまり注目度が高いということ。美人の優劣を競う場ではあるが、所詮は学生の審査だ。知っている人に入れようとなってもおかしくない。

 

 

 確かに有利だな。そういう空気がA組に満ちる中、しかし、上鳴は毅然と言った。

 

 

「そんだけか?」

 

 

「……何?」

 

 

「CMに出て知名度があるとかないとかどうでもいい。事実として、拳藤は気立てもいい。性格だってスパッとしてて好感を持てる」

 

 

 思わず葉隠は硬直した。

 その隣で耳郎も固まった。

 面と向かって言われた物間も、上鳴にそんな情緒があったのかと意外に思い、声を上擦らせる。

 

 

「お、思ったより持ち上げるねぇ……だけどそうさ!! 拳藤にはA組女子にはない利点があり、そしてA組女子が持つ美点は拳藤にもある!! 負ける理由なんて──」

 

 

「それは雑魚の思考だ」

 

 

「なん……だと?」

 

 

 上鳴は腕を組み、そして言い放った。

 

 

 

 

 

「ミスコンで一番に見られるのは顔だろ? 葉隠には勝てねぇよ」

 

 

 

 

 

「…………ふぇ?」

 

 

 

 

 

 転瞬、全員の視線が自分へと吸い寄せられ──葉隠は自然と身体を透明化させた。

 

 

「か、顔の良さは確かに認めよう……! だが、勝てないとはどういうことだい!? ミスコンは単なる顔面偏差値を問うお受験じゃあない! アピールポイントをどう観客に伝え、美しいと思わせるかが肝なんだよ!!」

 

 

「葉隠なら大丈夫だ」

 

 

「今度は根拠すらない!? あれぇ!? 根拠なき勝利宣言は妄想だって自分で言ったのに忘れちゃったのかなぁ!」

 

 

「根拠は顔」

 

 

 ──い、いつも澄ました顔でデリカシーないこと言うくせに!!

 

 

 今もそうである。

 上鳴電気という少年は性欲が薄い。だからと言って、美意識が欠如している訳ではない。ヒーロー科女子の顔に大した優劣はないが、審議の場なら個人の好みが反映される程度の違いはある。

 

 

 ──ちょっと待って……つまり、上鳴くんは……?

 

 

 葉隠は自爆した。

 目の前が徐々に白くなっていき、意識が明後日の方向へ向かい始めた。

 霞む視界の中、耳郎の声だけが明瞭に響く。

 

 

「というか、随分盛り上がってるけど、良いの? 言葉はもうちょっと選んだ方がいいんじゃない?」

 

 

こうなったらどうにかして小大を出場させるしか……はぁ!!? 何が!!」

 

 

「アンタ──今際の際だよ」

 

 

 危

 

 

「物間」

 

 

 死

 

 

「ニンサツ!?」

 

 

 紫電一閃。物間が膝から崩れ落ちた。

 手刀を放った武人、拳藤は物間の襟首を掴んで片手で持ち上げ、スクールバッグを背中に担ぐかの如く物間を肩に乗せた。

 

 

「悪いね! 忙しい時に物間がまた迷惑かけちゃって!」

 

 

「いいよ。ウチもこれが迷惑かけたから」

 

 

「えぇ? ……はいはい、俺が悪いですよぅ。すんまうぇ、いっでっ!?」

 

 

「あはは。お互い大変だ……でも葉隠。やるからには私だってマジだ。戦うって話なら負ける気はないよ……って、あれ?」

 

 

「……透? ダメだ。透明だから分かんないや。上鳴、今この子どうなってる?」

 

 

「立ったまま気絶してる」

 

 

 

 

 

 物間を担いで持ち帰る拳藤の背中を見送っていると、上鳴は服の裾を引っ張られた。

 引っ張ったのは耳郎だ。上鳴が「何だよ」と聞くと、耳郎はぼそりと言う。

 

 

「……アンタ、今の生活楽しい?」

 

 

「んだよ親友。やぶから棒に」

 

 

 耳郎の声音は硬かった。

 だから、上鳴も真面目に答えた。

 

 

「超おもしろいよ」

 

 

「そ、っか……なら良いよ──透が起きたら教えてあげてね」

 

 

 

 

 

 気絶した葉隠を上鳴がお米様抱っこしながら寮まで運び、ソファに寝かせた後、バンド隊の練習は始まった。

 

 

 コソ練の甲斐もあって上鳴が常闇に並んだことで、耳郎の指導にもより一層の熱が入っていく。

 

 

 そうして一時間ほど練習を続けていると──俄に外が騒がしくなってきた。

 

 

「何だ? 来客か?」

 

 

 上鳴が意識を逸らした瞬間、爆豪と耳郎から「集中!!」と激励が飛んでくる。反射的に意識をギターへと戻すが、慌ただしい足音がすぐそこまで迫っていた事もあって、上鳴は指の位置を誤り素っ頓狂な音色を奏でた。

 

 

「舐めとんかお前は!!」

 

 

「いや、本当にすまん」

 

 

 スティックを荒ぶらせる爆豪に上鳴が平謝りした時だ。切島の声が響く。

 

 

「壊理ちゃんとジュリオさん達が来たぞー! お前らも来いよー!」

 

 

 ジュリオという名前を聞いた瞬間、上鳴の脳内は物間との訓練をいつから始めるのかで一杯になった。

 耳郎がため息混じりに言う。

 

 

「休憩にしよっか」

 

 

「サンキュー親友!」

 

 

「それ人前でやめてね」

 

 

 耳郎の言葉を背に受けながら、我先にと寮から飛び出す。

 クラスメイトと歓談に興じていたジュリオ達も直ぐに上鳴に気が付き──

 

 

「で、訓練はどんな感じ?」

 

 

「邂逅一番にそれですか」

 

 

 苦笑いで出迎えた。

 上鳴の問いにはアンナが答える。

 

 

「文化祭が終わり次第、訓練を始めるという手筈になってます。今日は訓練場の下見と……その、文化祭があると聞いたので」

 

 

「見学させていただく前に地理を把握しておこうかと」

 

 

「いい心掛けですわね」

 

 

 アンナとジュリオの返答に心からの言葉が口から出てくる。「お嬢様と関西おじさん……」という瀬呂の呟きは聞かなかった事にして、上鳴は目を光らせた。

 

 

「健康状態は二人とも良いな──ちゃんと飯食って、よく寝てる人間の身体だ」

 

 

「急に診察を始めないでください」

 

 

 ジュリオがさっとアンナを隠すように立ち振る舞う所から視線を外し、上鳴は付き添いで来ていた相澤を見やる。

 

 

「今日は挨拶と見学だけッスか?」

 

 

「まあ、そんな所だ──それより上鳴」

 

 

「アーオレ練習ニイカネートナ」

 

 

「居眠りの件じゃない……文化祭での哨戒についてだ。シフトを組むからお前の予定を聞きたい」

 

 

「あぁ……お偉いさんがこんな顔して来てたヤツの話か」

 

 

 眉間に皺を寄せて物真似を披露する上鳴にA組一同が首を傾げる。

 それを尻目に、上鳴は思った。

 

 

 ──別に俺一人でどうにでも出来るけどな。

 

 

 流れは極めて簡単だ。

 

 

 先ず、上鳴が呪力を込めたドローンを幾つか飛ばす。制御はコガネを用いて簡略化。カメラを搭載し、パトロールを行う。

 

 

 もしも搭載したカメラが危険人物を捉えたら、ドローンの位置を調整。危険行為を止める様に勧告する。そうしている間に上鳴は上空へ向かい、返答次第で上空からドローン目掛けて誘導雷撃を放つ。これで終わりだ。

 

 

「まあ、バンド終わった後なら特に問題ないっスよ。適当に決めて下さい」

 

 

「……そうか」

 

 

 そう言葉を返した相澤の顔は酷く険しい。学生をパトロールに組み込む上の判断に思う所があると顔に書いてあった。

 

 

 半年ほどだが濃い付き合いになっているから、上鳴にも相澤の葛藤は手に取るように分かった。だから少しでも安心してもらう為に、上鳴は胸を張って言った。

 

 

「当日は多分大丈夫っすよ」

 

 

「どういう意味だ?」

 

 

「土日の内にこの辺りのヴィランを根刮ぎとっ捕まえるつもりなんで」

 

 

 この辺り、というのは上鳴が半日で自由に動き回れる範囲を意味する。空を飛べる今の上鳴なら、雄英を中心に半径二百キロほどの地域を見て回れる。

 

 

「……学生の本分を忘れるなよ。サボるとそこのがうるさいぞ」

 

 

 相澤が指差した方向へ上鳴は顔を向けた。

 

 

「ちょっと上鳴……聞いてないんだけど?」と笑顔に青筋を浮かべた耳郎。

 

 

「ンだテメェ……一番遅れてたヤツが何堂々とサボり宣言しとンだ……俺も連れてけや」爆豪が声を低くしながらこれでもかと目を吊り上げている。

 

 

 八百万と常闇も二人に同意する様に言った。

 

 

「確かにヒーロー活動も重要ですが、プロにお任せしてもいい内容だと思います」

 

 

「バンドは演目の主軸。俺たちが奏でる音一つで宴の出来栄えが変わる……上鳴、ここは大人を頼るべきだ」

 

 

 確かに、ここで上鳴が無理をする必要性は全くない。学生は学生らしく日常を謳歌するべきだ。それに文句を言える人間なんて、この世の何処にも居ないのだから。

 

 

 上鳴は暫し真顔で考え込んでから言った。

 

 

「やだ」

 

 

 文化祭を楽しみたいのと同じくらい身体を動かしたかった。それだけである。

 

 

「文化祭を全力で楽しみたいからな。アピールしとかねぇと」

 

 

 雄英(ウチ)に手を出したらぶちのめすってな。

 

 

 

 

 

 そして週明け──ある迷惑動画投稿者宅にて。

 

 

「ぶえっくしょい!!!」

 

 

「大丈夫ジェントル!? 風邪かしら……?」

 

 

「いや……きっとリスナーが私たちの次の犯行予告を見て『どこを狙うんだ?』と噂しているに違いない……何てったって再生回数が十万回を超えてるんだからね!!」

 

 

「凄いわジェントル!!」

 

 

「君のおかげさラブラバ!!」

 

 

 正史において雄英に迷惑行為を働こうとしていたジェントルクリミナルとその相棒ラブラバは、ここでも雄英文化祭を狙って計画を練り上げていた。

 

 

 準備は順調。朝の報道番組を見ながら紅茶を飲み、スコーンを食すだけのゆとりが二人にはあった。

 

 

 だが、その余裕は早々に崩れ去ることになる。

 

 

「続いてのニュースです」

 

 

 キッカケは一つの報道だった。

 

 

「先日、史上最年少プロヒーローとして認可を受けたミカヅチが、またも快挙を成し遂げました」

 

 

 アナウンサーの言葉と同時に一般市民が撮影した映像が次々に流れていく。

 その終わりに蝶ネクタイが特徴の恰幅のいい男性コメンテーターが興奮冷めやらぬ様子で口火を切る。

 

 

「たった二日で近畿圏から関東圏を周り、五十件を超える事件を解決に導くなんて……単純なスピードならエンデヴァー事務所レベル。いや、個人で言えばオールマイトに次ぐ快挙ですよこれは」

 

 

 “雷神”ミカヅチ──その名は今、オールマイトに継ぐ現代最強の一角として世界規模で注目を集めている。

 

 

 コメンテーターもそうだが、映像として流れる記者達の様子も浮き足立っていた。象徴と入れ替わる様に現れた超新星の存在に、期待を寄せないでいる方が難しい。それはよく分かる。だからこそ、ジェントルは自慢の髭を撫で付けながら、ニュースを鼻で笑った。

 

 

「神野事変、指定ヴィラン団体による雄英襲撃未遂事件……なるほど目覚ましい活躍だとも。だが、彼も学生だ──祭りとあれば隙も生じるだろう」

 

 

「流石の慧眼ね、ジェントル!」

 

 

「全く嘆かわしい……青春を謳歌すべき若人を戦場に放り込むなど、大人のする事ではない」

 

 

 承認欲求が肥大化した現代ヒーロー社会の落伍者。その慣れ果てでしかない今の彼に、社会を糾弾する資格などない。

 

 

 しかし、その言葉に込めた想いに嘘偽りなど無かった。

 

 

「雄英を糺すのだ。その為に私はこの自慢の髭を賭ける」

 

 

 ジェントルの瞳の奥で微かに揺れる信念の炎。

 しかし、事件解決後のミカヅチへの突撃インタビューの様子が映し出された瞬間──

 

 

『何で事件解決の為に飛び回ってるか……っすか? ヨノタメヒトノタメっすね。あと俺自身のスキルアップもあるっす。もっと飛ぶスピード上げられたら、カバーできる距離も伸びるんで……基本的に平日昼間と学校の行事で動けない時以外はガンガン飛ぶ予定っす』

 

 

「……ん?」

 

 

『動けない日……とおっしゃいますと?』

 

 

『直近だと文化祭っすね。今、サポート科とアイテム会社にドローンの量産を頼んでて……当日は街に三百四十機のドローンを飛ばして、怪しい奴を見つけたらドローンを介して誘導雷撃を放つ予定っす』

 

 

「……んんん?」

 

 

 ドローンを三百機飛ばす?

 怪しい奴には誘導雷撃?

 なんだそれは。もし本当なら化物か?

 何にせよ。

 

 

「……これ、もしかして詰んだんじゃないの?」

 

 

 ジェントルクリミナルの信念は、冷や汗と共に風前の灯と化した。

 

 

 尚、十万回再生された動画に「命知らずで草」「お前はどうでもいいけどラブラバだけは死守しろ」などのコメントが山ほど寄せられていた事は、完全なる余談である。

 





 アンナ&ジュリオの出番はそろそろ終わりだなぁ……という感じの文化祭前ラスト話でした。エリちゃんも来ていますが上鳴との絡みが絶無なので省略しています。そのあたりは概ね原作通りというのもあります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。