雷神、上鳴電気   作:一般通過呪術師

90 / 100
ep.90 スターマーカー

 

 文化祭当日──上鳴は誰よりも早く起床し、学校の屋上に立っていた。その隣にはサポート科の担当教員であるパワーローダーと、油汚れと垢で黒ずんだタンクトップ姿の発目がいる。

 

 

「間に合って良かったっす」

 

 

 ケロッと言い放つ上鳴の眼下には総数三百機を超えるドローンが整列していた。

 これら全てにコガネが搭載されており、上鳴は耳に付けたサポートデバイスで、情報をリアルタイムで確認する事ができる。

 

 

「……頼んでみるもんだな」

 

 

「簡単に言ってくれちゃって」

 

 

「クライアントの無茶振りに応えるのも技術屋の務め……務め……本当に?」

 

 

 パワーローダーと発目は疲労困憊といった様子で、焦点の定まらない目で上鳴を探している。過労、寝不足、その他諸々──文化祭を滞りなく進める為に尽力した二人は、既に限界を迎えていた。

 そんな二人の頑張りに報いる為にも、上鳴は胸を叩いて宣言した。

 

 

「後は任せてくれ。この街に来るヴィランは俺が美味しく……じゃなかった。責任を持って楽しく……これも違うか。とにかく大丈夫っす」

 

 

「不安だよ。ミスターバトルジャンキー」

 

 

「マジで大丈夫。多分。という訳でコガネ、頼んだ」

 

 

『過労でショートしたら恨みますよ、マスター』

 

 

 雄英の空にドローンが舞う。

 隊列を組んで一斉に飛んでいく姿は壮観で、上鳴の口からも「すげぇなぁ」と小学生並みの感想が飛び出した。

 

 

「では我々もこの辺で! 本番は文化祭当日ですから!」

 

 

「それ今日だよ発目」

 

 

「……? ああ、徹夜続きで日付感覚が死んでました! 急いで戻らないと!」

 

 

 無事に飛行を開始したドローン群を見届けて、パワーローダーと発目が屋上に背を向ける。上鳴も屋上から飛び降りようとフェンスに飛び乗った。

 

 

「……あん?」

 

 

 それと同時──早くも、怪しい人物を発見したという信号をドローンから受信した。

 

 

「気合いの入ったヴィランがいるじゃねぇか」

 

 

 バンドの前のウォーミングアップには丁度いい。

 

 

『HNを検索──ヴィラン名“ジェントルクリミナル”、その相棒の“ラブラバ”。コンビニ強盗未遂、公務執行妨害他、余罪多数。迷惑動画投稿者です』

 

 

「絶妙に萎えそう」

 

 

 何を思ってここまで来たのだろう。

 上鳴は雄英の屋上から、ジェントル達がいる場所まで向かう事にした。

 

 

 

 

 

 ジェントルクリミナルの企画『雄英、入ってみた』は、ミカヅチの雄英警護発言によって頓挫するかに思えた。

 実際、匂わせ投稿した動画に付いた誹謗中傷コメントの数はこれまでの比ではない。無謀、無茶、ラブラバだけは死んでも守れ──学生の青春を邪魔するな。単なる暴言だけでなく、そこに混ざる批判。

 

 

 だが、それでも行かなくてはならなかった。

 

 

「ラブラバ、ミカヅチが現れたらライブ開始だ。今回は手荒な手段も全て映す……手筈通りに頼むよ」

 

 

 ジェントルらしからぬ言葉だが、ラブラバはゆっくりと頷いた。散々話し合った事の確認でしかなかったから。

 

 

「確かめるのね──ミカヅチの本性を」

 

 

「その通り。『雄英、入ってみた』も狙うがね」

 

 

 目的は雄英のみにあらず。

 

 

「さあ……彼は英雄か、それとも社会を脅かす怪物なのか──問答の時間だ」

 

 

 遠くの空で紫電が瞬く。

 

 

「ラブラバ、私が死んでもカメラを止めないでくれよ」

 

 

「……ええ。でも心配しないでジェントル。アナタは死なないわ」

 

 

 ジェントルの身体から桃色のオーラが噴き出る。個性“愛”。愛する者の力を、想いの丈だけあらゆる能力を高める。

 今日に至るまで培った愛情、ラブラバがジェントルに寄せる慕情の全てが──力となる。

 

 

「ジェントリー、サンドイッチ!!」

 

 

 目の前に多重展開された空気の壁。ジェントルの個性“弾性(エラスティシティ)”によって弾力を持つようになった不可視の層が、何かと衝突した。

 その何かは獣が威嚇するかのように歯を剥き出しにし、口元を三日月の如く歪めながら言った。

 

 

「いいんじゃない?」

 

 

 雷神(ミカヅチ)、上鳴電気。実際に相対して感じる生物としての規格の差に、ジェントルとラブラバは足の震えが止まらなかった。

 

 

 

 

 

「……いや、ちょっと甘いかな」

 

 

 撓み切った空気の層に押し返されるよりも速く、身体から閃電を迸らせ、それを破壊する。

 その間にラブラバを抱えて後方へ飛び退いていたジェントルが、額から汗を垂らしながら言った。

 

 

「やはり相性が悪いか」

 

 

 大気は絶縁性を持つが、落雷相当の出力には耐えられない。

 ラブラバを下ろしたジェントルに上鳴は言った。

 

 

「良い部類だろ……ぶち殺す分には関係ないが、そこまでする気ないしな」

 

 

 言葉を返しながら瞳を光らせ、ジェントルを観察する。

 

 

 ──ほぉ。

 

 

 よく鍛えられている。トップヒーローとまではいかないが、学生程度なら軽くあしらえるだろう。

 しかし、それだけならプロヒーローが数人集まれば捕らえられる。

 

 

 ──あのドピンクオーラ、面白いな。呪力に似ているようで違う。何らかの感情に起因するエネルギーってとこか……それがあの髭男の力を飛躍的に高めている。

 

 

 これを使って今までヒーローを退けてきたのだろう。一人だけなら中の上程度でも、二人揃えば間違いなく上澄みだ。個性も強力。物理一辺倒のインファイターなら、余程の差がない限り近づけすらしない筈だ。

 だから、素朴な疑問が湧いた。

 

 

「お前ら、良いモン持ってるじゃねぇか。何でヴィランなんかやってんの?」

 

 

 上鳴の問いに、ジェントルは襟元を正して答えた。

 

 

「私達をそこいらのヴィランと同じにされては困る。利己的に動く奴らとは違い、我々の目的は社会の歪みを是正すること……つまり義賊なのだよ」

 

 

「……ほーん。で、その草の根運動で何か変えられたのか?」

 

 

「今から変える所さ」

 

 

 自信ありげな表情を上鳴は訝しむ。

 その足元でいそいそとPCを開き始めたラブラバも気にはなるが──今はジェントルだ。

 

 

「今度は私達の質問に答えてもらおう。ミカヅチ、いや……上鳴電気くん。君はなぜ、ヒーローになろうと思ったんだい?」

 

 

 その問いは予想の斜め上だった。

 キョトンとした顔がいつの間にかラブラバが設置した三脚付きのカメラに映る。

 

 

「何で……何で?」

 

 

 いつかの未来に現れる魔王と戦いたかった──それをそのまま答える訳にはいかない。

 

 

「強い奴と戦いたかったからだ」

 

 

 正直な答えだったからこそ、ジェントルの眉間へ皺が寄った。

 

 

「では、何故ヴィランにならなかった? ヴィランなら誰とだって好きに戦える筈だろう」

 

 

「一度もそれを考えなかったって言ったら嘘になるけどよ──そうしたら、親とか世話になった人に迷惑かかんだろうが」

 

 

 家族や友人、知人に迷惑をかけたくない。それは多くの人間が持つ価値観の一つだ。

 英雄というには俗物で、怪物と見做すにはあまりにも人間臭い一面だった。

 

 

「それが君の本性か……新時代の象徴よ」

 

 

 ジェントルの言葉に、上鳴はいよいようんざりした。

 

 

「どいつもこいつも象徴、象徴と……乳離れできねぇガキみたいにオールマイトに縋りやがって」

 

 

 吹けば飛ぶような枯れ木と化した身体。全盛期を通り越し、内臓の大半を失っても尚、社会の為に立ち続けた──オールマイトの背中が脳裏を過ぎる。

 

 

「そんで今度は俺かよ。鬱陶しい……というか、お前もアレか? 『オールマイトがいないこのご時世に文化祭するなんて、危機意識足りてないんじゃないか?』みたいなことを言いにわざわざ来たのか?」

 

 

 ジェントルは答えない。

 しかし、沈黙は時にどんな言葉よりも雄弁だ。

 上鳴は盛大な溜息と共に、冷たい視線をジェントルへ向けた。

 

 

「腑抜けすぎだろ現代人。いつまでヒーローショー観てるガキのままでいる気なんだよ」

 

 

「……誰しもが君の様に強く在れる訳ではない。助けを求める無辜の民を、君はそうやって見下すのかい?」

 

 

「見下すとかじゃねぇよ。嫌いなモンは嫌いってだけ」

 

 

 上鳴がケロッとした顔で言い放つと、ジェントルはラブラバと顔を見合わせた。

 

 

「聞きましたかラブラバさん」

 

 

「聞きましたよジェントルさん」

 

 

「……ライブの同接は?」

 

 

「もう十万人を突破してるわ」

 

 

 文化祭に乱入するよりも的確に、二人はヒーロー“ミカヅチ”を殺しにきていた。それはある意味、日本の治安を担う警察が最も危惧した展開なのかもしれない。

 

 

「ミカヅチ、申開きはあるかい。君は今、日本中の人間を敵に回しつつあるが……正直ちょっと言い過ぎだったんじゃない? おじさんはそう思ったかな」

 

 

「やっぱお前、良いやつだろ。本質的に」

 

 

 上鳴は後頭部を乱暴に掻きむしり「だが」と前置きした。

 

 

「嘘は言わねぇ。俺は強者に寄り掛かるだけの雑魚が死ぬほど嫌いだ」

 

 

 カメラに向ける眼差しは変わらない。

 

 

「言っとくが、これは民間人だけじゃない。プロヒーローもだ」

 

 

 しかし、その言葉にジェントルは目を見開いた。

 

 

「どっちかっていうと後者の方が嫌いだな。どいつもこいつも『俺が勝てなくても、他のヒーローがいる』とか思ってるヤツばっかだ。情けねぇ」

 

 

 上鳴の口から出てきたのはヒーロー批判だった。その内容は、画面の向こうにいたステインが、思わず笑みを浮かべながら椅子から立ち上がる様な内容だった。

 

 

「ヒーローってのは最後の砦だ。道を踏み外して転がり落ちてきた奴を、体張って止めるお仕事だ。それを他人任せにして働いてる奴は……そもそも、社会人としてどうなんだ」

 

 

「ふむ……では、一般人はどうなんだい? 彼らにはヒーローの様に受け止める義務も、いや、権利すら与えられていない訳だが」

 

 

「全くの他人なら仕方ねーけど、家族とか友達とかが道を踏み外しそうになってんの、見て見ぬフリする奴いるだろ。何かあったら他の誰かが何とかするって」

 

 

「それは、稀ではないのかい? 大抵は止めようとすると思うが」

 

 

「逆に聞くがよ……頭ごなしに止められて、否定されて、お前は変われたか? ちゃんと自分を見て止めてもらった上で、今こんな事やってんのか?」

 

 

 上鳴の言葉にジェントルは喉を詰まらせた。ラブラバも同じだ。それは正論という名の刃物だった。

 

 

「俺は親に助けてもらえた。良い先生達、友達、仲間に出会えた。だからこうして、此処にいる。ヴィランにならなくて済んだ。それは俺自身が頑張った訳じゃねぇ。周りの奴らが、手を差し伸べ続けてくれたからだ……あれ? これ何の話だっけ?」

 

 

 カメラを回すラブラバは、何となく上鳴が言いたい事を察した。

 

 

「つまりアナタは……努力しない人間と、見て見ぬフリをしてやり過ごそうとする人間が嫌い。そういうことかしら」

 

 

「ああ、うん。正解」

 

 

「……なるほど。分かりやすいね。怠惰を嫌い、勤勉を好む。そして人情や義理に厚いと。君はアレだ。言い回しで損をするタイプだね」

 

 

 髭を撫で付けるジェントルに「うるせっ」と唇を尖らせる。

 

 

「で、結局お前ら何の話がしたかったんだ?」

 

 

「次のインタビューのコーナー!!」

 

 

「おい。話聞けよヒゲ。あとピンクのねーちゃん……さっきからパソコン触ってるけどよ、何企んでんだ?」

 

 

「な、なななななな何の事かしらねぇ!?」

 

 

「何にせよ、もう時間稼ぎには付き合わねぇぞ」

 

 

 拳を鳴らす上鳴にジェントルは血相を変えた。

 

 

「ラブラバ!」

 

 

「分かってるわジェントル!! ()()()()()()()ものね!!」

 

 

「ああ、プランCだ!!」

 

 

 ジェントルの身体から溢れるオーラの密度が格段に濃くなる。

 茶番は終わりだと強く語り掛けるような圧に、上鳴は心地よさすら覚えた。

 

 

「行きましょう、ジェントル!!」

 

 

「勿論だとも……!」

 

 

 拳に力を入れて出方を見る。

 さあ、来い!!

 笑顔の上鳴に、二人は──

 

 

「「撤退ーッ!!」」

 

 

 揃って背を向けて走り出した。

 

 

「に」

 

 

 一瞬呆けている間に、ジェントルがラブラバを抱えて空へ一気に飛び出す。

 

 

「逃す訳ねぇだろ!!」

 

 

 見失いかねない速度に上鳴は呆れと驚きを隠せなかった。

 

 

 

 

 

「さて、リスナー諸君。いかがだったかな?」

 

 

「ジェントル。コメント欄が凄いことになってるわ」

 

 

「だろうね。新時代の象徴、ミカヅチの本性が──どこにでもいる不良少年だったのだから」

 

 

 二人はよく晴れた青空の向こうを、懐かしむように見ていた。

 

 

「上鳴電気がミカヅチになったのは、彼の心がナチュラルボーンヒーローだったからではなかった」

 

 

 そうあってほしかった。

 これは酷い話だ。

 

 

「周りにいた人間が、彼に手を差し伸べ続けたから。だから彼は……私たちの様にはならなかった」

 

 

 暴かれたのは耳を塞ぎたくなる様な真実だ。

 もしもこの配信をヴィランが見ていたら、ほとんどのヴィランがそう思うだろうという、確信さえあった。

 

 

 今更、聞きたくない言葉ばかりだった。

 少なくとも、ジェントルは聞きたくなかった。

 自分にも手を差し伸べてくれる人が居たら、ミカヅチがいる場所に、自分がいたかもしれないなんて話は。

 

 

「……私はヴィランだ。だから厚顔無恥と言われようと社会を非難しよう。今いるヴィランの大半は、親兄弟や社会が見捨てたから他者を害する様になったのだと」

 

 

 宙空でジェントルは身体の向きを変え、JISベルト荷締機(ラッシングベルト)を改良して作り出した抱っこ紐の様な物で、ラブラバを背中に固定した。

 

 

「しかし──そんな我々の様な悪逆の徒であっても、彼は真摯に話をしてくれた。ヴィランだからと話を中断し、有無を言わさずに攻撃を仕掛けてくる事はなかった。それが良い事なのか、悪い事なのかは……君たちが考えるべきだ。私は何も言うまい」

 

 

 ジェントルは空気の層を足場に、その場で留まった。

 目を焼く様な光を放つ存在が向かってきているにもかかわらず、その瞳に闘志を漲らせて。

 

 

「少しだけ私の話をしよう。私もかつては、ヒーローを志していた……どこにでもいる青少年だった」

 

 

 かつて、少しばかり鈍臭い男がヒーローを目指していた。個性に振り回されて幾度も留年し、それなのにまだ何者かに成れると信じて疑わなかった、そんな男だった。

 

 

 男の夢は空回った善意によって砕け散り、その代償は重く、何もかもを失った。

 

 

 そうして、ただ転がり落ちていくだけの人生を恐れながら、それでも何かになりたいという漠然とした夢だけは捨てられず──幾つもの罪を犯し、今、ここにいる。

 

 

「私は所詮、ヒーロー社会の落伍者の一人に過ぎない──しかし、人としての心の全てを捨てたつもりはない」

 

 

 所詮は犯罪者だ。

 きっとコメント欄はその言葉で溢れかえっている。誰よりも自分が一番良く分かっている。

 だから、ジェントルはニヒルに笑う。

 

 

「このライブ配信を見ている自称善良なる人々よ──肝に命じたまえ。彼はオールマイトの様な、全てを遍く照らす太陽ではない。助けられる用意のある人間しか助けられない、不完全なヒーローだ」

 

 

 だから、と話を続ける。

 

 

「助けたい人間がいるなら、君が手を伸ばし続けるんだ。彼の手が間に合う距離まで引き留めるんだ。そしたらきっと……彼は自分がしてもらったように、君と一緒に手を伸ばしてくれるだろう」

 

 

 ジェントルが訴えていると、ラブラバがコメントを拾い上げる。

 

 

「ねぇ、ジェントル!! 『何でヴィランなのにミカヅチの肩を持つんですか』って質問が来てるわよ!! 初めてよ、罵詈雑言が混じらないジェントルへの質問は!!」

 

 

「悲しい」

 

 

 思わず心からの声が漏れる。

 しかし、それをいつもの事だと割り切って、ジェントルは答えた。

 

 

「答えはシンプル……敬意だよ。ミカヅチに対してではなく、上鳴電気という人間をヒーローに導いた──人の心に対する敬意だ」

 

 

 きっとそれは、この世で最も美しい物に対する賞賛でもある。

 直ぐにコメントを読み上げようとするラブラバを、ジェントルは手で制した。

 

 

「コメントはもう結構──後は、その目に焼き付けてくれたまへ」

 

 

 ここに来るまでに設置した幾つもの空気の層が、稲妻の行手を阻んでいるのが見える。

 もう幾許の猶予もない。

 

 

「私たちは義賊だ。彼が義に生きるのなら、その行く末を邪魔する気はない……ぶっちゃけこの様にくっちゃべってないで、逃げるべきだと思っている自分もいる」

 

 

 義賊としての最良の結末はどこにもなく、後はもう落ちるだけだ。ミカヅチから逃げ切れるヴィランなど、()()日本に存在しない。

 

 

「だが……かつて夢を追い、破れ、転がり落ちる所まで来た私たちを……彼に受け止めて欲しいと、そう思ってしまった」

 

 

 違う。ただ、羨ましかったのだ。どうして彼だけが救われたのだと、そう思ってしまった。これは単なる当て付けだ。これから、ミカヅチというヒーローが無数に積み上げていく戦歴の一つにしかなれなくても──このやり場のない怨嗟を刻みつけたいという、我欲。

 その醜い心に蓋をして、ジェントルは言う。

 

 

「それに……」

 

 

 ここで良い闘いを演じられたなら──私という男が居たと、それを支えた相棒がいたと、誰か一人くらい覚えていてくれるんじゃないか。

 

 

「彼には、私たちの全てをぶつけたくなった」

 

 

 雷鳴と共に姿を現した少年は、宙に立つジェントルへ向かって言う。

 

 

 

 

 

「おい。あんまりワクワクさせんなよ?」

 

 

 

 

 

「それは無理な相談だ。何故なら私たちは、義賊である前にエンターテイナーなのだから」

 

 

 

 

 愛の力による絶大なパワーアップ、弾性による空気の撓みを利用した超加速で──ジェントルが上鳴に殴り掛かる。

 それを平然と受け止めて、上鳴は笑いかけた。

 

 

「名乗れよオッサン。それが作法だ」

 

 

「……っ! なるほど、これは失礼した! 私はジェントルクリミナル!! 背負うのは相棒、ラブラバ!! 今ある社会に疑問を投げ掛け、そして、君にヒーロー性を問う者だ!」

 

 

 上鳴は──否、ヒーローは真っ直ぐにジェントルの目を見て言葉を返した。

 

 

「雄英高校所属、“ミカヅチ”。今から本気で相手してやる」

 

 

「願ってもない! 君がこれまで倒してきた先輩方には及ばないだろうが!」

 

 

「んなことねぇよ。お前たちは今、ちゃんと止まって向き合ってんだから……誇れ。それは誰にでも出来る訳じゃない。お前たちは、強いッ!!」

 

 

 上鳴の放つ雷光が鮮烈に二人を照らす。

 それは、オールマイトの様な光ではないけれど。

 

 

「そうかい……! 嬉しいねッ!」

 

 

「負けないでジェントル!! 頑張って!!」

 

 

 二人にとって、紛れもない救いだった。

 

 

 

 

 

 ──勝負の行方は語るまでもない。

 

 

 だが、後に晩年の上鳴はこう語る。

 

 

 ジェントルクリミナルとの戦いは、人生で十番以内に入るほど楽しい戦いだった、と。

 

 

 

 

 

「ヴィラン? ……い、居ませんでしたよ」

 

 

「嘘じゃねぇよ。居たのは日本の未来を憂い、俺に戦いを挑んできた愛すべきバカ二人組だもん。ヴィランじゃないもん」

 

 

「……言ってみただけなんすから、そんな声低くせんでも。というか、相澤先生の声聞いてっと戦意がモリモリしてくっからオールマイト辺りに代わってくれません?」

 

 

「分かった。分かりました。すぐに引き渡して戻りますよう。時間にもまだ余裕あんだから、別に怒らなくても良くね?」

 

 

「……はぁぁぁぁ。じゃ、そういう訳だから。刑期がどんなもんか知らんけど、終わったら俺に声かけてくれよな。生きてたらサイドキックとして雇ってやっから」

 

 

「──ん? 生きてたらは生きてたらだろ。寿命がどんくらいか分かんないし、ヴィランも血気盛んだからな」

 

 

「あばよ。ジェントル、ラブラバ……またな」

 

 

 

 

 

 上鳴が全て終えて学校に戻ると、クラスメイト達が血相を変えて迫ってきた。

 

 

「またアンタは敵を増やす様な言い方ばっかして!!」

 

 

「何でヴィランにフォローされてるの上鳴くん!!」

 

 

「ちゃんとぶっ殺したンだろうな上鳴ィ!!」

 

 

「お前ばっかり目立ちやがって!! 瞬間最大同接二十一万人って何だよ!! お前だけモテるなんてオイラ許さねぇかんな!?」

 

 

 耳郎、葉隠、爆豪、峰田の四人に頭から湯気でも出しそうな勢いで怒られ、上鳴は深く傷付いた。

 

 

「仕事頑張ってきたんだから、怒る事ねぇだろ……」

 

 

「ダウトね」と蛙吹。

 

 

「配信画面の上鳴さん、凄く楽しそうでしたもの」

 

 

 八百万も苦言を呈する。

 

 

「さっさと拘束すりゃいいのにな」

 

 

 瀬呂が後頭部で手を組んで呆れた。

 

 

「上鳴くんらしいと言えばらしいけどね。少しやりにくそうな手合いでもあったし」

 

 

 唯一、フォローを入れたのは緑谷だった。

 救いの神を得たとばかりに、上鳴が緑谷へすり寄る。

 

 

「そうなんだよ。ジェントルの奴、ラブラバの声援で嘘みたいなパワーアップするし……何か、俺がワルモンみたいでよ……楽しかったんだけど

 

 

「そういう意味じゃなかったんだけど、それはそれでやりにくい……待って、最後本音漏れたよね」

 

 

 プリキュアかよ、と上鳴が口にすると耳郎と他数名が噴き出した。フリフリドレスを纏う髭面のジェントルが、幼女ラブラバ*1に「がんばえーじぇんとるー」されて強くなる絵面を想像してしまったのだろう。

 

 

「ま、根っこが悪い奴じゃなかっただけに残念だな。出所後に期待だ」

 

 

「ナチュラルに更生する前提だね」

 

 

 青山がボソリと声を漏らす。

 上鳴は静かに答えた。

 

 

「するさ。きっと」

 

 

 ジェントルとラブラバは、崖っぷちであったとしても、まだやり直せる範疇に居た。

 余罪は幾つもあるだろう。無罪放免とはいかない。執行猶予にも期待できず、実刑判決は免れない。

 それでも。

 

 

「信じるだけだ。反省して出てくる事を」

 

 

 上鳴の言葉に青山は顔を伏せて言った。

 

 

「……君は、やっぱり強いね」

 

 濁りがある。青山の声は小さかった。だから誰も気付けない。

 上鳴だけが聞いていた。

 

 

「俺は……自分の罪に押し潰されながら、ケジメをつける為に立ち上がった男を知ってる」

 

 

 微かに思い出せる鹿紫雲の記憶に、コスチュームではない姿で戦っている青山の姿がある。それがどれだけ朧げであっても、これまでを鑑みて、これからを想像すれば、何となく予想は付いた。

 ただ、確証が無い──だから待つ。

 

 

「俺は信じてるんだよ。青山」

 

 

 その言葉に青山は答えなかった。

 

 

 そして時間は経ち──雄英高校の文化祭は始まった。

 

*1
二十一歳





 ジェントル書いてたらえらい長うなりましたわ……最終決戦の出番を考えると盛りたくなってしまって……
 次回で文化祭が完全に終わり、ヒーロー番付まで食い込みます!!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。