雷神、上鳴電気   作:一般通過呪術師

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 先週のアニメヒロアカの神作画、ご覧になられましたか……?
 私は三回見ました。


ep.92 狂い火

 

 学生がビルボードTOP10入りを果たした。

 その前代未聞の快挙を前に、周囲の人間が騒ついていたものの、当事者の上鳴には何の感慨も湧かなかった。何故なら上鳴は、強さ以外の指標に大して価値を感じていないからだ。

 

 

 ──セレモニーってこれかよ。

 

 

 ホークスに視線を向けると、笑顔で手を振ってきた。何故、こうも自分を表に立たせたがるのか。オールマイトの代替が欲しいだけなら、他所を当たって欲しい。本音をぶち撒けても良かったが、流石に雄英や先生への迷惑まで考えれば、それは出来ない。

 やるせない。上鳴は溜息を吐いた。

 

 

「……ミカヅチ。この様な場での溜息は、君の品位を落とす。やめなさい」

 

 

 それを諌めたのは、ベストジーニストだ。

 善院から名前を聞いていた事、神野での奮戦が耳に入っていた事もあり、上鳴はその注意にすんなり頷いた。

 

 

「うっす。袴田さん」

 

 

「本名はやめてくれないか」

 

 

 そんなやり取りの後、上鳴の次にベストジーニストが名を呼ばれた。それからホークス、エンデヴァーの順に呼ばれ、今季の日本ヒーローTOP10が確定する。

 

 

 そして、式典らしく厳かな雰囲気のまま、公安委員会の会長がスピーチを始めた。

 

 

 何故この様な場を設けたのか。

 日本が迎えた新たな節目、象徴の不在によって蔓延している漠然とした不安感を少しでも拭うには……と、言葉が重ねられていく。

 役人らしい形式ばった物ばかりで、いよいよ上鳴は欠伸を堪えるので精一杯になってきた。

 

 

 ──くっだらねぇ。

 

 

 上鳴がカメラの向こうにいるクラスメイト達の顔を想像していると、順位が下の者からインタビューが始まった。

 

 

「斯様な番付、時運による誤差。成すべき事を成すまでよ」

 

 

 ヨロイムシャの簡潔なコメント。

 

 

「諸先輩方に恥じぬ働きを」

 

 

 シンリンカムイの若手らしい謙虚なコメント。

 

 

「今悪いこと企んでるやつ!! 私にぶっ飛ばされる覚悟しとけよ!!」

 

 

 爆豪の職場体験先だったミルコのそれは、武闘派らしく豪快だった。

 

 

「数字に頓着はないが、結果として多くの支持を頂いた事には感謝している。しかし……」

 

 

 そして、エッジショットの模範解答。

 

 

 クラストの暑苦しい演説や、何を言ってるかわからないウォッシュのコメントは、上鳴的に何も刺さらなかった。

 他の面々にしてもそうだ。各々がSNSや公式サイトに掲載するために予め用意していたコメントを、そのまま口にしただけ。そういう風にしか上鳴は捉えられなかった。

 

 

 そうやって聞きに徹している内に、上鳴の手番が回ってくる。

 

 

「それでは、ミカヅチさん!! ランキング四位という快挙を成し遂げた感想など、お聞かせください!!」

 

 

「別に」

 

 

 上鳴自身も驚くほど、本音が簡単に口を衝いた。

 

 

 インタビュアーが笑顔のまま固まる。

 テレビ全盛の平成の世において、某女優が炎上した時の様な、素っ気ないコメントである。インタビュアーが硬直するのも無理はない。

 

 

「選ばれた事は、嬉しく……思います」

 

 

 一応、上鳴も立て直しを図ってはみた。

 

 

「どうでも良さそうだな!」

 

 

「おいミルコ! 今ミカヅチが挽回しようとしてるんだから邪魔をするな!」

 

 

 しかし、ミルコの茶々入れによって上鳴の計画は失敗した。

 

 

 ──もう好きにしていいんじゃないか?

 

 

 頬を掻いて、眉間に皺を寄せながら上鳴が言う。

 

 

「ぶっちゃけ、公安から色々仕事回されたりしてたんで……来年は居ないと思いますよ? 仮に呼ばれても、普通に拒否るんで。怠い。マジで興味ない」

 

 

 上鳴のはっちゃけトークに、ホークスの顔から血の気が引いていく。

 先程とは別の響めきが広がる会場で、インタビュアーは声を震わせた。

 

 

「待ってください……その……仕事を回されたというのは、やっ、八百長ということですか!?」

 

 

 突っ込んで聞きたくなったのはマスメディア根性に火がついたからか。

 依然、上鳴にとってはどうでも良い話だった。肩をすくめた後、顎で壇上の端にいるスーツ姿の女性を示した。

 

 

「そこの偉い人に聞けば良いんじゃないっすかね」

 

 

 上鳴は欠伸をかましてから会長の顔を見た。そこには、まるで油性ペンでも使ったのかと錯覚する程、ハッキリとこう書いてあった。

 

 

「余計な事を」と。

 

 

 追い打ちをかけるように上鳴が言う。

 

 

「で、俺はアンタらの期待に応えられたか?」

 

 

 会長は無表情のまま言った。

 

 

「勿論。アナタはプロヒーローに依頼するのも難しい問題を、幾つも解決してくれました──先日の海外マフィア、国内の指定ヴィラン団体、連合の三組織が絡む難事は、アナタ無くして解決出来なかったでしょう」

 

 

「オールマイトコスプレおじさん、そこそこ強かったからな。デクとエンデヴァー以外だと……厳しかったのは確かだ」

 

 

 上鳴の発言に、居合わせたヒーロー達の頬が引き攣った。俺たちはコスプレ野郎以下なのかと。

 普段は読めない空気も、ヒリついたそれならば上鳴は感じ取れる。煽るように率直な言葉を口にした。

 

 

「そうだ。ここにいる面子だとエンデヴァー以外、誰もアイツにも勝てなかった。アンタは何でか分かるか?」

 

 

 今度は上鳴から尋ねられたインタビュアーが首を横に振る。

 

 

「それはコイツらが、オールマイトに挑もうとすらしなかった──腰抜けの集まりだからだ」

 

 

 その言葉にはハッキリと侮蔑が混じっていた。

 そして、上鳴は確信を持って、次の言葉を口にする。

 

 

「三年後、そこにお前らの席なんてねーから。全部、俺のダチが埋めちまうからな」

 

 

 誰も、上鳴の話に口を挟めなかった。

 

 

 上鳴が太鼓判を押す世代。否が応でもフラッシュバックする、雄英体育祭の光景。

 上鳴はあの時点で既に別格。プロヒーローと同等、否、上回っていた。生徒たちはそれに食らい付かんと戦っていた。一年生が、である。それはプロヒーローの甘えを粉々にして余りある凄まじい説得力だった。

 

 

「嫌なら……そうだな、死ぬ気で自分磨きでもするか、早めに求人サイトでも見てろ」

 

 

 そうして静まり返った会場で、ホークスを含む一部のヒーローから拍手が上がった。そのほとんどが、神野事変や死穢八斎會の件で、上鳴と共闘していたヒーロー達だ。

 唯一違うのは、No.7のクラストである。

 

 

「う゛ぉぉお゛ん!! 私は今!! 猛烈に感動している!! 未来を憂いて、我々に発破を掛けているのだろう!? ヒーローがヒーローを!! 自己の評判を犠牲にしてまで!! 慈しみ、敬う!! 先日の配信でもそうだったな!! 頑張れ皆!! ヒーローではない、テレビの前のそこのアナタも!! 自分に出来る精一杯を、私たちと一緒に頑張ろう!!」

 

 

 ──切島と鉄哲の上位互換みたいな人だな。

 

 

 クラストから熱い抱擁を受け、上鳴が真顔になっていると、その状態のまま次の質問が飛んできた。

 

 

「クラストさんもおっしゃっていましたが……先日、義賊を名乗るヴィランから、色々と質問をされていましたよね。アレは、どこまでが本心なのでしょうか?」

 

 

「全部。……というかさ、あの内容で嘘吐く意味、あったか? 俺に得ないだろ」

 

 

 インタビュアーの質問に上鳴が首を傾げていると、横からベストジーニストが口を出す。

 

 

「雄英OBとして、何よりヒーローとして言わせてもらうが──悪意のある切り取りはしてくれるなよ。マスメディア諸君」

 

 

「え、えぇっと……」

 

 

「彼の言葉は既に世界に向けて発信されている。今や新たな世代を象徴する物になりつつある」

 

 

「んな大袈裟な」と上鳴は肩をすくめた。

 

 

「大袈裟などではない。今の日本に渦巻いている漠然とした不安感は、たった一人の最強に、全てを担わせてきたからこそ。それが社会を蝕んでいる中、君の言葉によって新たな世代は『次は私たちが』と奮起している」

 

 

 君にも覚えはあるだろう。ベストジーニストが続けた言葉に、上鳴はクラスメイト達の顔を思い浮かべた。

 ベストジーニストが、相好を崩して言う。

 

 

「しかし、君たちがまだ子供である以上──私たちはその芽を、ジーンズの如く強く、しなやかに育てる義務がある」

 

 

 ベストジーニストの個性は決して戦闘向きな物とは言えない。人が服を着る以上、一定の効果は見込めるのは間違いないが、やはり、ミルコやエンデヴァーなどには劣る。

 そんな彼が、こうして三位の位置に立っているのは、やはりそのカリスマ性があっての物だろう。そしてそれは、ヒーロー活動の根底……ただ敵を打ち倒すのではなく、人を助けるということから生じている。

 

 

「袴田さん、アンタって人は……かっけぇな。生き様がよ」

 

 

 強さこそが絶対の指針。そう言って憚らない上鳴でさえ、手放しで賞賛せざるを得ない。純粋な力とはベクトルが違えど、ベストジーニストのカリスマ性もまた、“強さ”だからだ。

 

 

「ありがとう。だが、本名はやめてくれ」

 

 

 困った様に笑うベストジーニスト。

 上鳴は「分かった」と、今度こそヒーローの名を胸に刻んだ。

 

 

「ところで、ミカヅチさん。少し話を戻させてください」

 

 

「はい」

 

 

「浅学で恐縮なのですが、デク、というヒーローに覚えがなく」

 

 

 インタビュアーの問いに、上鳴は待ってましたと言わんばかりに相好を崩した。

 

 

「そりゃそうだろ。俺のクラスメイトだからな。まだ仮免だし」

 

 

 その言葉にインタビュアーのみならず、この場にいた全員が硬直した。

 エンデヴァーと名前を並べられた学生。それも高校一年生の存在を、疑問に思うなという方が難しい。

 上鳴にもその程度の事は分かる。だから、分かりやすい実績を一つ挙げた。

 

 

「ホラ、この前の事件で船引っ張ってた奴居たっしょ」

 

 

「か、彼ですか。なるほど、確かに凄まじいパワーを持った個性だとは思いますが……」

 

 

「オールマイト並みの超パワーに、六つの個性……もどきを使える勇者様だからな。今、全力の俺と肩を並べて戦えんのはデクくらいだ。アイツが居なかったら、あの船も街の上でバラすしかなかった」

 

 

「そ、そうなのですか……? もしそうなっていたら確実に被害が出ていたでしょうね」

 

 

「そうそう。んで、雄英まで引き返せていたからこそ、大・爆・殺・神ダイナマイトと雄英の国防ロボットが使えた訳で」

 

 

「だいばくさつしん」

 

 

「まあ、ついでに言っとくとな。デクの直ぐ後ろにも六人くらい控えてる。そこに殆ど差はねぇ。そいつらがもう一皮剥けたら……俺ともかなり良い勝負になる」

 

 

「へ、へぇ……因みに、ヒーロー名などを教えていただけると」

 

 

「ファントムシーフ、ショート、イヤホン=ジャック、ツクヨミ、クリエティ、大・爆・殺・神ダイナマイトだ。覚えておいて損はねぇぜ」

 

 

「だいばくさつしん」

 

 

 二度も出てきたダイナマイトの名前に、ポカンとするインタビュアー。ベストジーニストとミルコが口を開く。

 

 

「ダイナマは良いな。生意気だった!! センスの塊だが、そこのクソ生意気がいるのもあってか、驕りがない! 『テメェなんか跳ねの良い踏み台だ』って目が特に気に入ってる!」

 

 

「大・爆・殺・神ダイナマイトはウチにインターンで来ていたが、判断力、戦闘力、機動力どれを見ても次代を担うに値する逸材なのは確かだ……口が悪いのは、あと二年でどうにかしたいところではあるがね」

 

 

「ああ? アレは長所だろうが」

 

 

「ヒーローが徒に市民を怯えさせるのはノットジーンズだ……意見が合わないな、ミルコ」

 

 

 更にホークスが言う。

 

 

「ツクヨミ君はウチにインターン来てますよ。ダイナマイト君に負けず劣らず、特に夜間と暗所での戦闘力はプロ上位層も一蹴できる。単純なドつき合いなら俺も勝てません。ショートはエンデヴァーさんの息子でしょ? どうなんすか?」

 

 

 エンデヴァーは顰めっ面のまま答えた。

 

 

「……言うことなどない。直ぐに分かる」

 

 

「自慢すりゃ良いのに、出来た息子さんなんだから」

 

 

 ホークスの軽口に、エンデヴァーは表情を一切変えず、沈黙を貫いた。

 それはこれまでのエンデヴァーから想像も付かない様な態度だったが、インタビュアーにそこを掘り下げる勇気はなかった。

 

 

 空気を取り戻す様に、上鳴が負けじと言い放つ。

 

 

「まあ、ウチのイヤホン=ジャックとファントムシーフが一番纏まってるけどな」

 

 

「詳しくお聞かせください」

 

 

 ナチュラルに物間を自分のサイドキック扱いする上鳴の友達自慢は、公安委員長の「そろそろホークス辺りにインタビューを」という咳払いが出るまで続いた。

 

 

「それでは……ホークスさん」

 

 

「言うことあんまり無いですけどね、ぶっちゃけ。ミカヅチがライブ配信と今、大体言ってくれたんで」

 

 

 そう言いながらもホークスはインタビュアーからマイクを借り、自慢の翼を広げて飛び上がり、注目を集めた。

 

 

「さて……五位から十位、そして! それら未満の皆さん! あなた方のSNSでのコメント等はしっかり見させていただきましたが──この時代の節目に、学生より成果出てないダメな大人が、なァにを安パイ切ってんですか。みっともない」

 

 

 上鳴以上の毒がホークスから放たれ、公安委員会関係者は皆一様に目を閉じた。

 もう疲れた。俺たちだって、国の為に頑張ってるんだぞ。何でヒーローの過激発言の火消しまでせにゃならんのだ。

 

 

 上鳴からすると「知ったことではない」という話だが、ホークスは?

 

 

「えーっと、支持率だけで言うとミカヅチが単独首位。神野事変と諸々のインパクトボーナス。二位は俺。僅差の三位がベストジーニストさん。で、四位がエンデヴァーさん。以下略」

 

 

 同じだ。年功序列を鼻で笑う不遜な態度は、単なる前触れでしかない。

 

 

「支持率って今一番大事でしょ。自分も含め、本当に情けない話──誰も彼に勝ててない」

 

 

「む」

 

 

 ホークスの目に、上鳴は唸った。

 オールマイトを欠いた今の社会が求めているモノは何なのか。それを、支持率という名の数字が残酷なまでにハッキリと示している事は、分かっていた。

 

 

「過ぎたことを引きずってる場合ですか?」

 

 

 数字は嘘を吐かない。

 嘘を吐くのも、正しく使うのも人間だ。

 ホークスは後者である。

 

 

「やる事、変えなくていいんですか? オールマイトの代わりに、まだ二十歳にもなってない……青春真っ盛りの高校生を据える事が、まともな大人のやる事ですか?」

 

 

 そして、数字を使って理路整然と正論をぶちかます事を──人はロジハラと呼んだ。

 未だかつてない冷えた空気。それを無視して、ホークスは飛び続ける。

 

 

「もっとヒーローらしいこと言ってくださいよ、先輩方」

 

 

 ホークスは二十二歳。上鳴を除けば最年少。十代でトップ10に入った先駆者だ。そんな彼の自身にも当てハマると分かった上で言い放たれた言葉は、誰よりも鋭かった。

 それからホークスはエンデヴァーの下へと降りていき、マイクを向けて言った。

 

 

「俺からは以上です。さァ、お次どうぞ──支持率俺以下No.1」

 

 

 ホークスからマイクを受け取ったエンデヴァーは、静まり返る会場と向き合う事を押し付けられた事になる。

 誰もが哀れに思った。マイナスの空気をゼロに戻すことさえ難儀な状態。何を言ってもインパクトに欠ける。長きに渡り、No.2として活動してきたエンデヴァーの晴れ舞台に、何という酷い仕打ちを……と。

 

 

 しかし、次の瞬間。

 

 

「若輩にこうも煽られた以上、多くは語らん」

 

 

 炎がその空気を吹き飛ばした。

 

 

 この場の全員が、エンデヴァーから撒き散らされる威圧感に、冷や汗を流す。生粋の戦闘狂であるミルコでさえ、笑顔の裏に微かな緊張を滲ませている。

 

 

 ──何だ、思ったより元気そうで良かった。

 

 

 上鳴だけだ。

 ただ一人、上鳴だけが楽しそうに笑っていた。

 

 

「……いや、それよりアレだな。すげぇ恥ずい勘違いしてた」

 

 

 エンデヴァーの実力はヒーロー達が一番よく知っている。オールマイトがNo.1に君臨し続けた様に、エンデヴァーもまた、No.2の位置を誰にも譲らなかったのだから。

 上鳴は「誰もオールマイトに挑もうとすらしなかった」と言ったが──順序が違う。なまじ強いからこそ、勘違いをしている。

 

 

「俺を……見ていてくれ」

 

 

 エンデヴァーを超えられない者達に、この炎を恐れる者達に──オールマイト(たいよう)へと挑む資格など、最初から無いのだから。

 

 

 

 

 

「はぁ……やっと終わったぜ」

 

 

 上鳴は凝り固まった肩を解しながら、手元のスマホに表示されたSNSに目線を落とした。

 表示されていたのは『エンデヴァー、怒りのNo.1就任挨拶!?』というタイトル。センセーショナルな文言で、読解力の低い情報弱者を釣り上げる炎上商法(カスの投稿)だ。上鳴は迷わず運営に報告した。

 

 

『マスター、歩きスマホは犯罪です。国と地域によっては市中引き回しの刑となります』

 

 

「江戸時代でもあり得ねーよそんな法律」

 

 

 耳に付けたデバイスに搭載されたAI、コガネの苦言に軽口を返しながらも、上鳴はスマホをポケットに仕舞い込んだ。

 続けてコガネが言う。

 

 

『耳郎響香様から八件、爆豪勝己様から二件、葉隠透様から五件、緑谷出久様から二十四件……その他クラスメイトの皆様からも着信が入っていましたが、無視してよろしいので?』

 

 

「よろしい。俺、葉隠のミスコン黙ってたこと許してねーから。というか、緑谷やべぇな。何でだ?」

 

 

『留守電を確認中──ランキング上位ヒーローからサインを貰ってきて欲しい、とのことです』

 

 

「らしくねぇ、いや、微妙なラインだな……頭が“すまっしゅ”される事でもあったか」

 

 

 考え込む上鳴に、コガネは優れた情報解析力に基づいた分析を伝えた。

 

 

『マスターが物間様と緑谷様にだけ、今回のことを伝えていたからでは?』

 

 

「あ、なるほどね」

 

 

 確信犯だった。普通に嫌がらせである。

 物間ならきっと「あっれれェー!? おかしいなァ! なぁぁぁんで僕が知ってて、君たちが知らないんだい!? もしかして……信頼されてないんじゃないのォ!!」と煽ってくれるに違いない。そういう信頼があったから、物間には真っ先に伝えていた。

 そして、緑谷がそれを見て「はわわ」と冷や汗をかく──爆豪辺りが目敏くそれに気付けば、きっと寮内は阿鼻叫喚だろう。

 

 

『帰った後、叱られなければ良いですね』

 

 

「へへっ。なーんも考えて無かったや」

 

 

 戦闘IQが五十三万でも、日常IQが五十三の上鳴は思い付きでしか行動できない。

 そして、クラスメイトが普通に気に病んでしまう可能性など、AIと戦闘狂に想像できる筈もなかった。

 

 

 上鳴は「もう二度と仲間ハズレにすんなよな」とドヤ顔で言うことだけを考えながら、個性を使ってふわりと宙に浮かんだ。

 

 

 しかし、それに待ったを掛ける人物が現れる。

 

 

「おいおいおい……」

 

 

 殺気にも似た熱が、上鳴の背後からジリジリと大気を焼いていた。戦闘狂を引き留めるのにこれ以上ない手だ。上鳴は嬉々として振り返り、言った。

 

 

「んだよエンデヴァー。今ここで、俺と戦ってくれんのか?」

 

 

「狂犬め。違う。少し、個人的な話をしたいと思っただけだ」

 

 

 会場で見た時より、雰囲気が澱んでいる。

 上鳴の戦意はたちまち萎んでいった。

 

 

「つまらない話なら帰るぞ」

 

 

 その言葉が意外だったのか、エンデヴァーは何度か瞬きをして黙った。

 

 

「……んだよ。言っとくけど、俺はアンタの名前だけは雄英入学前から知ってたんだからな」

 

 

「どういう意味だ、それは」

 

 

「アンタが敬意に値する強者ってことだ。俺が名前を覚えられたプロヒーローは、アンタと、オールマイトと、スターアンドストライプだけだった」

 

 

 憧れとは違う。比類なき強者の一角として、上鳴はエンデヴァーの名を刻んでいただけのこと。

 

 

「だから聞いてやる」と言葉を締め括った上鳴に、エンデヴァーは呆れた。

 

 

「……ふん。過大評価だな」

 

 

「それはそう。あん頃の俺には、まだ壁の全貌が分かってなかった」

 

 

 スターアンドストライプと模擬戦をせず、神野でオールフォーワンと戦っていなければ、まだエンデヴァーを同じ括りに入れていたかもしれない。

 

 

「だが、壁を越えても俺はまだ……お前と戦ってみたいと思ってる」

 

 

 目尻から奔る電光。

 言葉の節々から漏れ出る、闘志。

 それを目の当たりにしたエンデヴァーは、渇いた笑みを浮かべて言った。

 

 

「それはホークスから聞いた。受けてやっても良い」

 

 

「いや、受けてもらうのは前提なんだ。縛ったから」

 

 

 エンデヴァーは暫し、考え込んでから言った。

 

 

「略すな」

 

 

「縛りってのは……個性の応用だ。たまにあんだろ。概念に絡む個性。俺のもそうなんだよ。端的に言えば、デメリットを盛り込むことでボーナスを受ける、みたいな」

 

 

「それがどうすれば『受けてもらうのは前提』という文言に繋がるんだ」

 

 

「これを他者間で設定すると、破った側にペナルティが与えられる。内容とか期間は不明だ。下手すると死ぬかもしれん」

 

 

「お前、俺と戦うためにホークスを殺す気だったのか……?」

 

 

「いや? 破った奴とか見た事ないから分かんねーんだよな……」

 

 

 エンデヴァーは額に青筋が浮かんだのをハッキリと自覚した。そしてそれは、上鳴がクソガキであるという結論も同然だった。

 

 

「まぁ、いい。今アイツに死なれても困る。俺はホークスからの依頼を受けた。それでしまいだ──だが。一つだけ聞かせろ」

 

 

 エンデヴァーの身体から発される炎が揺らめく。

 

 

「……貴様は知っているか? ここ一ヶ月、犯罪の発生率が例年に比べて3%も増加している事を」

 

 

 何かに悩んでいる。

 上鳴は、そう直感した。

 今のエンデヴァーには見覚えがあった。

 

 

「俺は誰よりも……貴様やオールマイトよりも、多くの事件を解決へ導いてきた。だが」

 

 

 轟だ。体育祭の煮え切らない轟に似ている。親子だから似るのも当然なのかもしれない。本人に言えば、怒るだろうが。

 上鳴はそんな事を考えながら、エンデヴァーが言葉を選び終えるのをじっと待った。

 

 

「聞こえてくる。オールマイトが築き上げてきた、目には見えない何かが崩れていく音が──しかし、俺はそれを、お前たちが台頭してくるまで……維持せねばならん」

 

 

 今度は上鳴が目を剥いた。それは、上鳴の知るエンデヴァーなら、絶対に言わないような台詞だったからだ。

 何の心境の変化があったのかは分からない。しかし、エンデヴァーは変化の最中にあるのは間違いなかった。

 

 

 だから、エンデヴァーが次の言葉を口にするよりも先に、上鳴は言った。

 

 

「らしくないんじゃないか、エンデヴァー」

 

 

「……何?」

 

 

 上鳴の額には、血管が浮かび上がっていた。

 

 

「お前はNo.1の称号が欲しかったのか? ──違うだろ」

 

 

 息子と同い年の少年から放たれたとは思えない覇気に、エンデヴァーの喉が締まる。

 

 

「誰よりも強くなりたい。お前を見ていて感じたのは、自分の弱さを呪う人間のそれだった」

 

 

 そして、上鳴の放った言葉は、エンデヴァーの内面へ深く抉り込む様に突き刺さっていく。

 

 

「……悩んでんのか? 自分が今までしてきた事が、全部無駄だったかもしれないって。おこぼれでしか一位になれなかったから」

 

 

「だとしたら」

 

 

 食い気味に、今度はエンデヴァーは上鳴の言葉に被せていく。

 

 

「……だとしたら、何だ」

 

 

 上鳴はゆっくりと息を吸い込み、そして。

 

 

「轟から、家庭事情のあらましは聞いてる。だから今から……ヒーローとしてじゃなくて、上鳴電気として──いや、イカれた人間の戯言を言う」

 

 

 本音を吐露し始めた。

 

 

「……群れとしての人間。群れとしてのヒーロー。寄り合いで自らの価値を計るから、皆んな弱く、矮小になっていく」

 

 

 上鳴は大半の人間が持っている社会的な感覚に飲み込まれて消えた、エンデヴァーの原点を憐れんでいた。

 

 

「お前は焼き尽くすべきだったんだ。打算も計画もなく、手当たり次第。オールマイトのいる領域に行き着くまで……未来も種も、かなぐり捨ててな」

 

 

 それは、天才や上鳴の様な異端児にしか許されないことだ。

 それは、人の営みの中で生きている者がしてはならないことだ。

 人間というには余りにも動物的で、刹那的な──修羅の生き方。

 

 

「理想を掴み取る為の“飢え”が足りなかった。俺みたいな人種は、他人に夢を叶えて貰おうだなんて考えない……お前は普通の人間だった。だから狂っちまったんだよ、エンデヴァー」

 

 

 凡夫が本来なら辿り着けない領域。上鳴の師、善院尚哉はそれを『アッチ側』と称した。

 そこに常人が足を踏み入れるには、人としての生き方を捨てるしかない。しかし、エンデヴァーは山の頂を見て折れた。狂ってしまった。

 

 

「アッチ側に行ける人間は多分、頭がどっかイカれてんだ」

 

 

 上鳴、オールマイト、スターアンドストライプ、デクと死柄木もそうだ。理念は違えど、その生き方には狂気が見え隠れしている。

 

 

「お前はアッチ側には行けない。ネジが硬すぎる。俺がもし仮にエンデヴァーだったら……多分、今も平然としてるよ。オールマイトを睨みながら、轟に凄い嫌な顔されてるだろうな。で、それを何とも思っちゃいない」

 

 

 エンデヴァーは顔を伏せ、黙って聞いていた。握り締められた拳の意味など上鳴には分からない。

 言えることは、一つだけ。

 

 

「これまでの自分を肯定したいなら……戦い続けるしかないだろ。ヒーロー“エンデヴァー”として」

 

 

 無言を肯定と受け取った上鳴は、赤く染まった空に向かって飛び出して行った。

 

 

 

 

 

『アレで良かったのですか、マスター』

 

 

「良いも悪いもあるかよ──心配いらねぇだろ。そもそも、努力だけでアッチ側に片足突っ込んでる人だぞ、エンデヴァーは。先生もそうだがよ……何であの人らはあんな卑屈なんだ?」

 

 

 比べる対象が悪過ぎる上、自分の息子世代に比較対象と同格の奴がいるからである。

 コガネは分析結果を主人に伝えるかどうかを検討に検討を重ねてから、見送った。伝えても理解できないのは明らかだった。

 

 

 そして──寮に帰った上鳴を待ち受けていたのは。

 

 

 

 

 

 

 どこか余所余所しいクラスメイト。

 

 

 

 

 

 ではなく。

 

 

 

 

 

「責任もって助けてくれるよねェ!?」

 

 

 ハイツアライアンスの壁に磔にされて尚、騒がしい物間と。

 

 

「まさか、僕たちにしか知らせてないとは思ってなくて……」

 

 

 髪型がイカしたアフロヘアに変わり果てた、緑谷だった。

 

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