雷神、上鳴電気   作:一般通過呪術師

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『前回のあらすじ』

 第一試合、相性不利をフィジカルで解消しようとしたA組だったが、角取を運ぶ為に飯田が離脱したことでB組が反撃する為の糸口を作ってしまう。骨抜が二対一の徹底したことで相性不利を覆せなくなったA組は、実力を発揮しきれないまま敗北する。
 そして第二試合。A組は開始早々にダークシャドウを取られてしまい……



ep.95 クラス交流戦-弐-

 

 拳藤一佳はこの組み合わせを見た瞬間、勝利までの具体的なプランニングを済ませていた。

 

 

「いい? 私たちの勝利条件は、ここで無傷に近い勝利を手に入れること」

 

 

 幸い、それが出来る手札と組み合わせが揃っていた。

 最大の敵は常闇と八百万。ダークシャドウの中遠距離戦闘。創造による状況に合わせたアイテムの作成と、昆虫の強化スーツ“万理”。単純な戦闘力のみならず、汎用性の高さが脅威だ。

 

 

 考えるべき事は数多ある。だが──すべき事は一つだけ。

 

 

「黒色、死ぬ気でダークシャドウを獲ってきて」

 

 

 それがスタートラインだ。

 

 

「……フッ。別に倒してしまっても」

 

 

「ダメ」

 

 

「アッハイ。取ってきまーす」

 

 

 黒色の個性を知っていたとしても、A組はダークシャドウを先行させる。口田の索敵は生物を送り込み、それを回収することでしか情報を得られないからだ。ダークシャドウなら向かわせた先で戦闘が起きたり、アクションがあれば常闇が感じ取れる。その上、デメリットが無いに等しい。何せ仮に乗っ取られても、青山と葉隠の光線コンボで回収できるのだ。やらない手はない。

 

 

「宍田、索敵お願いできる?」

 

 

 拳藤が握る手札──単体戦力ならB組でも屈指の男の切りどころだ。

 

 

「任されましたぞ!」

 

 

 宍田はこのチームの要の一人だ。

 個性“ビースト”は獣の様な身体能力を発揮できる様になる個性だ。人間離れした筋繊維、筋肉密度によって実現するパワーとスピード。何より嗅覚や聴覚が強化される。

 

 

「小森と吹出は宍田と行動。黒色がダークシャドウと会敵して、乗っ取ったら……常闇と八百万を他のメンバーから分断して欲しい。先ずは相手の安牌から叩き潰す」

 

 

「はいノコ!」

 

 

「合点承知!」

 

 

 そして──B組は試合開始と同時に動き出した。とにかく、八百万に考えさせない事が最優先。狙いは短期決着のみ。

 宍田がダークシャドウの接近に気付いた瞬間、吹出の合図を頼りに一気に畳み掛ける。

 

 

「拳藤! ダークシャドウ、捕まえたぞ!」

 

 

 先手。

 

 

 影等の黒色に溶け込むことが出来る個性を使い、ダークシャドウに混ざる事でコントロールを奪取する。

 A組は当然、ダークシャドウを取り戻す為に動き出す。

 

 

「ここが、ターニングポイント」

 

 

 黒色がダークシャドウを奪取してから直ぐに、グラウンド全域に轟音が響き渡った。小森と吹出による分断だ。

 上手く決まれば、これでダークシャドウの救出には、戦闘力が低下した常闇と八百万が動かざるを得なくなる。

 

 

「クックックッ。今回は俺たちと頑張ろうな、ダークシャドウ」

 

 

『酷イ……』

 

 

「ごめんね本当に。でも、本気で勝ちたいからさ。手は抜いてあげられないんだ」

 

 

 黒色がダークシャドウと常闇の繋がりを逆手に取って逆探知を仕掛ける。

 作戦は成功していた。少なくとも、ダークシャドウを失った常闇というカモが、拳藤と黒色の下へ向かっているのは確かだった。

 

 

深淵闇躯(ブラックアンク)……!?」

 

 

 ──そうして、拳藤はダークシャドウを纏った状態で常闇達と接敵。

 ダークシャドウを起点にした戦いは、表面的には拳藤と八百万の一騎打ちとなった。

 

 

「常闇の必殺技、ちょっと借りてるよ」

 

 

 大拳をダークシャドウが強化する。

 既に万理を纏っていた八百万が、常闇に向かって叫んだ。

 

 

「戻せますか!?」

 

 

「駄目だ、黒色に制御権を取られている! こちらの制御を受け付けない!」

 

 

 拳藤が振り抜いた漆黒の拳を、八百万は真正面から受けた。しかし、あまりのパワーに踏ん張りきれず、八百万は足裏でアスファルトの地面を削りながら後退させられてしまう。

 

 

『凄まじいパワーだな拳藤!!』とプレゼントマイク。

 

 

『いや、拳藤にあれ程のパワーはない。ダークシャドウを纏ったことで何倍にも強化されている』

 

 

『ダークシャドウと万理の性能は、日中ならほぼ互角……あとは技量と発想力の勝負になるだろう』

 

 

 ブラドキングとイレイザーヘッドの補足が、戦況を詳らかにする。

 

 

『フィジカルなら拳藤、手数勝負なら八百万に軍配が上がるか!?』

 

 

 プレゼントマイクのコメントの直後、八百万がフラッシュバンを創造し、拳藤に向かって射出した。

 ダークシャドウの弱点である光を用意出来るのは、青山や葉隠だけではない。人類が積み上げてきた“かがくの力”を利用すれば、幾らでも生み出せる。

 

 

「黒色」

 

 

 しかし、その一言でダークシャドウが拳藤から離れ、物陰に潜んで閃光をやり過ごした。

 無為に終わったかと思われた、その瞬間。八百万の顔に笑みが浮かぶ。

 

 

「離れましたわね……!」

 

 

 真の狙いは拳藤からダークシャドウを引き剥がすこと。

 八百万が黒い旋風となって駆け出した。瞬く間に拳藤との間にあった彼我の距離を踏み潰し、無防備な胴体目掛けて、拳を振り翳した。

 

 

 獲った!!

 

 

 八百万の確信は、呆気なく打ち砕かれる。

 

 

「見えてるよ。それ」

 

 

 拳藤の個性は決して強くない。

 掌を巨大化させるだけの、大して珍しくもない凡庸な力だ。八百万の様な万能性も、常闇のダークシャドウの様な特別さもない。

 だから、拳藤は鍛え上げた。己の肉体を、技を──心を。

 

 

『八百万、宙を舞ったァッ!? 拳藤、あの巨体を自前の身体能力だけで投げ飛ばしたぞ!? 綺麗な一本背負いだァ!!』

 

 

 個性無しの殴り合いなら、拳藤は雄英一年で三本の指に入る。敵の膂力を逆手に取って投げ飛ばす程度の事など造作もない。

 

 

「くぅっ!?」

 

 

「まだまだ!」

 

 

 八百万を地面に叩きつけ、拳藤は瞬時に深淵闇躯へと移行。

 立ち上がろうとする八百万へ容赦なく襲い掛かる。

 

 

『拳、蹴り、肘、膝、あらゆる部位が八百万の身体に叩き込まれていく! 息も吐かせぬ流れる様な連続攻撃!』

 

 

 万理の膝を砕く勢いで蹴りを叩き込み、正中線に抉り込む様な打撃を浴びせ続ける。

 八百万に思考を挟む余地を与えたら、瞬く間に打開される事を分かっているからこその乱打。

 

 

『いいぞ拳藤! そこだ! 拳が加速し切る前に止めて……最高だ! このまま八百万にテンポを掴ませず、自分のリズムを押し付け続けろ!』

 

 

 ブラドキングが立ち上がって熱弁を振るう横で、イレイザーヘッドが淡々と分析する。

 

 

『能力値に差がない今の状態だと、白兵戦闘で八百万が勝つ見込みは殆どない。それに気付いてはいるだろうが、こうも重たい打撃を受け続けると……創造でアイテムを生む余裕すら奪われる。厳しい状況だな』

 

 

『偏向解説はやめなブラキン先生ェ! だけどお前はもうちょい自分のクラスを贔屓してやれよイレイザー!』

 

 

『公平性を欠く。合理的じゃない』

 

 

 巨大な肉の鎧が篠突く雨の様な拳撃の乱れ打ちを受け、みるみる剥がれ落ちていく。

 

 

「八百万!!」

 

 

 常闇がやむを得ず、肉弾戦を仕掛けた。

 悪手だと分かっていても、そうせざるを得なかった。このまま八百万を失えば、主力を欠いた状態で葉隠達が擦り潰されてしまうからだ。

 しかし、ダークシャドウのいない常闇では──話にならなかった。

 

 

「邪魔ッ!!」

 

 

 拳藤は巨大化させた指を弾き、空力で常闇を吹き飛ばした。反撃のチャンスを作る程の時間は、稼げない。

 

 

「破ッ!!」

 

 

 故に、最後の一撃までそう時間は掛からなかった。

 

 

「まだ……!」

 

 

 弾けた鎧の隙間から八百万が手を伸ばす。

 負けてもタダでは力尽きないという執念で意識を繋ぎ、拳藤の身動きを封じる為の鎖を放つ。

 しかし、ダークシャドウを手繰る黒色が、それを呆気なく叩き落とした。

 

 

「八百万にはもう、何もさせないよ」

 

 

 拳藤は万理から八百万を引き摺り出し、腹部へ拳を叩き込んだ。痛みと吐気であっという間に意識を失った八百万をその場に寝かす。

 そして、コンクリートが砕ける程の力で壁に叩きつけられて悶絶していた常闇の所までいき、得意の手刀で気絶させた。

 

 

「黒色、常闇と八百万を牢屋までお願い」

 

 

「拳藤は……って聞くまでもないか」

 

 

 

『おおっとォ!? こっちはこっちで大番狂わせか!? 体育祭の頃の透明なだけの少女はもう居ない!! 葉隠透、八面六臂の大活躍ゥ!! 新たなアイテムと仲間の個性を巧みに操り、敵を一切寄せ付けない!!』

 

 

 

 戦況はB組有利。

 しかし、油断はまだ出来なかった。

 

 

「勝ちに行くよ」

 

 

 拳藤は勝利を見据え、駆け出した。

 

 

 

 

 

 所変わって、宍田達。

 吹出と小森の凶悪なコンボで戦場を二分し、そこで葉隠達を相手取っていた。

 

「やっばいですぞ!?」

 

 

「何で葉隠が上鳴の杖持ってるノコ!?」

 

 

「というかあの杖、なんかバリバリィ!! って感じで凄いなぁ!!」

 

 

 宍田の白兵戦闘能力、小森と吹出の遠距離からの妨害。これらを組み合わせれば、主力を欠いたメンバーを仕留める事は容易い──筈だった。

 そこに待ったを掛けたのが、上鳴のサポートアイテムだった戦杖を操る葉隠だ。

 

 

「青山くん、ジャンジャン撃ってきて!!」

 

 

「ウィ☆」

 

 

 破壊力、攻撃速度に長けた青山のネビルレーザーの軌道を自由自在に捻じ曲げて、小森達を牽制。杖に溜め込まれた上鳴の力で、宍田と真正面からやり合う。

 

 

「厄介な……!」

 

 

 打突をまともに受ければ感電させられる。

 足を止めれば青山の格好の餌食だ。

 唯一の救いは、宍田の放つ野生的なプレッシャーが口田の“いきものボイス”を妨げていることか。ここに鳩や昆虫の波状攻撃が加わるといよいよ敗北が見えてくる所だったが、最悪の事態だけは避けられていた。

 

 

「何か葉隠の身体能力、異様に高くない!?」

 

 

 吹出がネビルレーザーを避けつつ『エェ!?』とエクスクラメーションマークを物理的に飛ばす。

 葉隠がそれを戦杖で打ち返し、小森は「絵柄がギャグ漫画過ぎるノコ!!」とエクスクラメーションマークにキノコを生やして緩衝材にしつつ、傍へ蹴り飛ばした。

 

 

「むぅ……! 厄介だね、希乃子ちゃん!」

 

 

 葉隠の身体から生えるキノコが、戦杖から奔る電流によって焼け落ちる。

 お前が言うなと口走りそうになるのを堪え、B組の面々は次々に口を開いた。

 

 

「上鳴氏が反則過ぎる」

 

 

「これもうマーキングでしょ」

 

 

「愛ノコ」

 

 

 最早、どんな手段を講じてでも隙を作りたかった。葉隠が上鳴に気があるのは分かっていたし、そこを突けば多少は動揺するはず。

 しかし、葉隠は一切表情を変えず、力強く宍田へ肉薄した。

 

 

「悪いけど、動揺なんてしないからね?」

 

 

 一拍の間に三回。戦杖から奔った青白い電光が、突きの軌跡を描き出す。

 正確無比なその打突を宍田は回避し切れず、胸部に強烈な一打を浴びてしまった。衝撃で肺腑から空気が押し出され、更には強烈な電流によって身体の末端まで痺れが走る。

 

 

「根、性!!」

 

 

 それを心意気だけで捩じ伏せて、肉体を膨れ上がらせた宍田がスレッジハンマーを葉隠に向かって振り下ろした。

 豪快な一撃を葉隠はバックステップで回避。追撃として放たれた吹出の実体化する擬音語攻撃を、戦杖で軽々と打ち払う。

 

 

『凄まじいな』とブラドキングが実況席で唸った。

 

 

『上鳴の杖捌きを陰で動画に撮ってコツコツと独学で鍛えていたのは知っていたが……この二週間で上鳴に相当扱かれたな。素人臭さが随分と抜けた』

 

 

『デンキボーイの指導力、高過ぎじゃね?』

 

 

『アイツ、ああ見えて理論派なんだよ。先輩そっくりだ』

 

 

『いや、先ずは盗撮を諌めるべきだろう』

 

 

 葉隠は呼吸を荒らげながらもノリにノッていた。

 交流戦を迎えるまでの二週間、上鳴からほぼ付きっきりで教わった杖術の成果をヒシヒシと感じる事が出来ていたからだ。

 

 

「……よし、溜まった!」

 

 

 そして、葉隠が特訓で得たのは呪具と白兵戦闘力だけではない。彼女に欠けていた物、即ち決定打だ。

 

 

「ビリビリ……!」

 

 

 宍田と戦杖を紫電が繋ぐ。

 

 

 上鳴電気の十八番。

 

 

「ドカン!!」

 

 

 必中必殺の──誘導雷撃。

 

 

 実況席のプレゼントマイクが思わず立ち上がった。

 

 

『何で上鳴の雷撃が飛び出したんだ!?』

 

 

『あのサポートアイテム。詳しい能力の理屈や効果を上鳴自身も把握し切れていない代物なんだが……その力だろう』と相澤。

 

 

『……何でそんなんを葉隠が使ってんの?』

 

 

 プレゼントマイクの疑問に、()()が答えた。

 

 

『俺が使わせたかったからだな』

 

 

『実況席に乗り込んでくんなYO!?』

 

 

『葉隠の適性がダントツだったから使って貰ってるけど……耳郎、緑谷、尾白も練習したら使えそうだったな。他の面々は触れただけで感電してたけど』

 

 

『使い手を選ぶ妖刀みてぇな武器なんだな……』

 

 

 上鳴の呪力によって呪具化した戦杖は、電気エネルギーと同質の呪力を帯びている。

 呪具としての能力は単純。戦杖に触れた者に電荷(呪力)を纏わせ、規定値に達した瞬間、自動的に誘導雷撃を放つという物。

 殺傷力は上鳴が放つそれと比べるまでもなく劣るが、決して弱い訳ではない。

 

 

「が、ぁっ」

 

 

『何にせよ宍田ダウン──!』

 

 

 均衡は崩れた。

 矢面に立つ宍田を欠いたB組に、葉隠を止める術はない。

 

 

「行くよ〜!」

 

 

「ちょっともう、お腹が限界」

 

 

「一気に行こう……!」

 

 

 目尻から電光を迸らせた葉隠を中心に、ギアをもう一段階上げる。

 

 

「やっば!?」

 

 

 小森がアイテムの銃型加湿器を構えた所で──不可視の砲弾が葉隠を横合いから吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

「ごめん。遅くなった」

 

 

『ヒーローは遅れてやって来る! 八百万と常闇という一年最上位層を纏めて倒したダークホースの参戦だァッ! まだまだ勝負の行方は分からない!』

 

 

 拳藤は葉隠の落とした戦杖を拾い上げ、その感触を確かめる様に振るってから言う。

 

 

「吹出、宍田を連れて下がっておいて……」

 

 

 その視線は葉隠から離れていない。

 立ち上がった葉隠が拳藤の手に握られた物を見て、抑揚のない声で言った。

 

 

「返してよ」

 

 

「力尽くで来なよ」

 

 

 次の瞬間、葉隠の姿が全員の視界から消えた。

 

 

「小森ッ!」

 

 

 名前を呼ばれた小森が、力任せに個性を振るう。爆発的に数を増やしたキノコがグラウンドを呑み込んでいく。

 透明人間も身体からキノコが生えれば目視できる──拳藤の予想は的中している。

 

 

 しかし、上鳴もまだ把握し切れていない呪具の副作用が葉隠の身に変化を齎していた。

 

 

「返してよ」

 

 

 呪具である杖に長時間触れ続けていた葉隠はそれ相応の電荷、つまり呪力を身に纏っている状態になっていた。

 呪具から使用者と認められている葉隠は、杖と同じ電荷を有しており、現時点で誘導雷撃が発生するリスク等はない。

 

 

「それは……」

 

 

 物体に呪力を通して強度を上げる事は得物を扱う術師の基本だ。この世界の人間はストレスに類する個性を持っていない限り、一切の呪力を持たない存在であり──呪術的には無機物と同じと見做される。

 呪力を纏った今の葉隠の肉体は、術師が振るう得物と同様に強化された状態にある。

 

 

「私のだよ」

 

 

 そして、肉体の強化は体内に宿る個性因子にも及び、本来なら遠い未来で獲得し得る可能性の一端を引き出した。

 

 

「……嘘でしょ?」

 

 

 刹那、キノコまみれになっていた筈の葉隠の姿が、再び拳藤たちの視界から消えた。

 

 

「また分からん殺しか……!」

 

 

 呪具に触れていない以上、呪力の追加供給を受けられないため強化時間は短い。

 けれど、近接戦闘において姿が見えないというのは、議論の余地が挟まらない程の驚異だ。

 

 

「今度は負けないよ、葉隠」

 

 

 拳藤は葉隠の放つ異様な気配で察した。

 今の葉隠はダークシャドウを纏っていた自分や、万理で身を包んだ八百万に匹敵する身体能力がある事を。

 

 

 五感を研ぎ澄ませ、杖を構える。

 

 

 姿形が見えずとも、それ以外が見えているのなら──見えているのも同じ。

 

 

 踏み付けられたキノコ。

 微かな衣擦れ。

 乱れた吐息。

 心眼とは、五感を駆使した究極の知覚能力。

 自身が培ってきた全てを限界まで引き出した拳藤の視界、キノコで埋め尽くされた世界に、葉隠の姿が浮かび上がる。

 

 

「そこだッ!!」

 

 

「っぅ!?」

 

 

 戦杖による打突が葉隠の腹部へ直撃した。

 内臓を揺さぶる強烈な衝撃。刹那の間、葉隠の意識は飛び──明滅する視界の中で、遠くに見える少年の背中と、目の前の少女が微かに重なった。

 

 

「これで終わりだ……!」

 

 

 苦悶の声を上げる葉隠に、拳藤は追撃を仕掛けた。それを遮る役目を持っていた青山と口田からの妨害は無い。

 

 

「あんまり使いたくなかったけど……負けられないノコ」

 

 

 スエヒロタケ──気管支を潰す小森の奥の手を受けて、二人は既にキノコの山に沈んでいた。

 しかし、勝利を確信した拳藤が最後の一撃を放とうとしたその瞬間、葉隠の身体から紫電が奔った。

 

 

「ッ!? マジか!」

 

 

 葉隠が異様な反応速度を発揮して打突を回避する。閃電疾駆、上鳴の身体強化だ。出力は葉隠の身体にダメージが残らない範囲である為、強化幅自体は大したことない。

 しかし、動きの緩急が拳藤に速力を誤認させ、間合いを調整する選択を取らせた。

 

 

 一瞬の攻防。

 両者の視線が重なる。

 

 

「そこに立つのは……!」

 

 

 葉隠の目に宿った激情に、拳藤は息を呑んだ。

 

 

「私だ!」

 

 

 呪具が電熱で拳藤の手を焼き、葉隠の手元へ吸い寄せられる様に戻る。

 

 

「上鳴の磁性付与……!? とんでも武器だね、それ!!」

 

 

 驚いている場合ではなかった。

 

 

 戦杖が瞬き、葉隠に呪力を纏わせる。それから間髪入れずに震脚──アスファルトの地面を踏み破り、弾かれた様に前へ飛び出してくる。

 膂力増強型の個性にも劣らないパワー、そしてスピード。まともにぶつかれば負ける。

 

 

「私は……!」

 

 

 言葉を交わさずとも、拳藤には葉隠の内心が手に取るように分かった。

 

 

「私は、勝たなくちゃ……!」

 

 

 それだけが、上鳴電気に唯一近づく方法。

 才は届かず、ただ引き離されていくだけだと分かっていても──葉隠の心が「嫌だ」と叫んでいる。

 己の弱さに対する悲鳴だ。形は違えど、拳藤にも覚えはある。

 

 

 それでも。

 

 

「私にも、負けられない理由がある!」

 

 

 仲間からの信頼に応えたい。

 

 

 二人の想いの丈に優劣などなかった。

 

   

 ただ──まだ扱いに慣れ切っていない戦杖での近接戦闘。後衛二人を守りながら、自分よりも膂力とスピードに勝る宍田と、妨害に長けた小森、吹出を捌き続けるために葉隠は消耗を強いられていた。

 最低限の力で八百万と常闇を完封してきた拳藤とは訳が違う。

 

 

 拳藤は葉隠に告げた。

 

 

「動きが直線的過ぎるよ」

 

 

 疲労。集中力の限界。

 その状態で受けた不意打ちと、痛烈な打突。

 精彩を欠いた動きでは拳藤一佳を超えられない。

 

 

「悪いね。もしも葉隠が万全だったら……負けてたのは私だった」

 

 

 紙一重。薄皮一枚を犠牲に葉隠の渾身をいなした拳藤の打撃が、葉隠の正中線を抉る様に打ち抜いた。

 

 

「……ぁ」

 

 

 崩れ落ちる葉隠を優しく抱き留めて、拳藤が小森に目配せする。

 後は三人を牢屋に叩き込むだけ。特にアクシデントは起きず、試合は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

「ハーッハッハッハッ!! どうしたんだいA組ィ!! まさか〇ポイントだなんてねェ!!」

 

 

 物間は有頂天になっていた。

 しかし、事実故にA組は誰一人としてそれを諌める事が出来なかった。

 

 

 現在のポイントはA組が一ポイント。対するB組は九ポイントにもなる。ここから打開を図るのはかなり厳しい。少なくとも、無傷による勝利が一回は必要になる。

 

 

 可能性は勿論ある。緑谷と爆豪という戦力をA組は残した上で、先鋒や次鋒に負けない面子が揃っている。

 しかし、数字だけを見れば厳しい事に変わりない。逃げに徹される事も視野に入れる必要があった。

 

 

 そうこうしている内に、グラウンドから第二試合に出ていたメンバーが帰ってくる。戻ってきた面々を出迎えて尚、物間のテンションは衰える事を知らなかった。

 

 

「よくやった拳藤!! 君は出来る奴だって信じてたぜ!! 見事な泥棒猫っぷりだったよ!!」

 

 

「……そりゃ、どうも」

 

 

 物間から送られた素直に喜べない賞賛に、苦い顔を見せる拳藤。

 しかし、上鳴は拍手を送った。

 

 

「いや、実際理に適ってた。完璧な試合展開だ。これはもう、言うことねーよ」

 

 

 期待していた八百万、常闇がコテンパンにされたガッカリ感はあったものの、それ以上に良い物を見たことで冷静でいられた。

 B組の活躍もそうだが、それ以上の物を葉隠が魅せてくれた。肩を落としている葉隠に上鳴が話しかける。

 

 

「武器取られたくらいで取り乱すな──と言うべき所だが、お前はよくやった」

 

 

「え?」

 

 

「最後の最後、呪具の呪力を流用して身体能力を強化し、個性を伸ばした。アレは可能性だ。いつかお前は自分が身に付けた物や、触れてる物なら……透明化させられるかもしれない」

 

 

 任意の対象を透明にする。それが出来れば、葉隠は今後飛躍的に伸びるだろう。

 

 

「焦らず行こうぜ。お前はまだまだ、強くなれる」

 

 

「……はいっ!」

 

 

「よし! 良い返事! これくらいの怪我は反転術式で治しちゃおうな──で」

 

 

 葉隠から視線を外した上鳴の目と声は、絶対零度の冷たさを孕んでいた。

 最初の標的は司令官。

 

 

「八百万、何だあのクソつまんないやられっぷり」

 

 

「……返す言葉もありませんわ」

 

 

 背筋を伸ばす八百万に、上鳴は容赦なく罵声混じりの改善点を口にしていく。

 

 

「お前が負けた理由、油断と慢心以外に何かあるか?」

 

 

「……ありません」

 

 

 万理を得た事で失われた強み。それは、状況に合わせて仲間と自分の力を伸ばす為にアイテムを生み出す発想力だ。

 万理は八百万を強化するアイテムとして理想的な物だったが、自分が頑張れば何とかできるという無自覚な傲慢さを育ててしまっていた。

 

 

 ──挫折らしい挫折もなく、順調に成長を遂げてきたからこそだな。

 

 

 これが勝てる筈のない相手に勝ち筋を見出す為の戦いだったら、八百万は自分の期待に120%応えられただろう。

 しかし、拳藤はそういう相手ではない。注意すべき点があるとすればそこだ。

 

 

「余力を残して負けた。拳藤たちにも失礼だし、お前自身も納得いかねぇだろ。気をつけた方がいいぜ」

 

 

 今回はそれを拳藤によって徹底的に叩きのめされた形になる。八百万は目に涙を溜めながら、しなしなになった。

 助け舟を出す様に、拳藤が口を開く。

 

 

「いや、油断してくれなきゃボコられたの私たち……」

 

 

「その謙遜は嫌味か?」

 

 

 上鳴は拳藤の言葉をバッサリと切り捨てた。

 

 

「手刀で意識を落とすなんて達人技が使えるんだ。胸を張れよ」

 

 

「……あれ、ギャグ描写じゃなかったのかい?」

 

 

 戦慄する物間をスルーして、上鳴は次のターゲットである常闇に目をつける。

 

 

「何だあれ。俺、悲しいよ」

 

 

「……すまん」

 

 

「お前の大暴れ期待してたのにさ……黒色に制御取られて、何も出来ずに負けましたって……そんな常闇見たくなかった」

 

 

『ゴメンヨ……』

 

 

「何でお前と八百万が組んで負けるんだ……いや、黒色との相性の悪さとか、拳藤がいるとか色々あったけどさ……宍田、小森、吹出もちゃんと強かったし」

 

 

 特に肺を攻めるスエヒロタケに関しては、上鳴とて吸い込んでしまったらタダでは済まない。そうなる前に電熱で焼いてしまえたらいいが、不意打ちで吸ってしまうと反転術式を使わざるを得ない。特大の隙を作る上、少なくない消耗を強いられる。

 青山のスタミナや口田の格闘能力にも言及したい所だったが、受けた技が技だ。仕方がない。

 

 

「まさか誰一人倒せずに全滅するとまでは思ってなかったぜ」

 

 

 溜息混じりに言う上鳴に、耳郎が言う。

 

 

「宍田は倒せたじゃん」

 

 

「牢屋に放り込むまでが訓練だろうが。甘やかすなよ」

 

 

 耳郎は呆気なく撃沈した。

 上鳴は両手を上げる耳郎から、爆豪に視線を移した。

 

 

「完全勝利してこい。お前ならできるだろ」

 

 

「言われンでもそうする」

 

 

 上鳴の言葉に爆豪は静かにそう返した。

 

 

 





 感想、ここ好き、高評価、お気に入り、全て励みになっております。ありがとうございます。

 ヤオモモは実は挫折らしい挫折がなくて、林間合宿でさえちゃんと責務を果たしていました。強敵とぶつかって血反吐ぶち撒けながら戦う覚悟は決まっていますが、挫折を乗り越えないと足元が疎かになりそうなキャラだと思ったので……この様な結果に。ダークシャドウがいない常闇が無個性同然の一般ヒーロー科生徒に過ぎず、無視できる存在だったというのもデカいです。

 呪具に関しては色々と悩みましたが、モジュロで『呪具の呪力を流用して簡易領域を発動する』というフィジギフが現れたので、呪具の能力込みで身体能力を強化するくらいまではセーフ(真偽不明)だろうと思いぶち込みました。

 次回はA組無双。相性不利もなく、頭脳タイプがいて、慢心も油断も全くない奴らが本気で点を取りに行く回です。
 グラウンドは一足先に根津に別れを告げます。
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