緑谷出久:ライジング、三回見て三回とも号泣しました。
ついでに単行本読み返して大泣きしました。
遠くにいる筈なのに、目の前にいるかのように錯覚してしまう重厚な
発生源は物間の相棒である異形の影法師、ネルだ。それは上鳴の中にある鹿紫雲の記憶と照らし合わせても尚、異様と言う他ない力を秘めていた。
──単純な総量なら憑霊の男と同等……いや、どうだろ。微妙なラインか? 何にせよ凄まじいな、ネルは。
自我を持った個性“ダークシャドウ”の特性を色濃く引き、ネルはその上で精神への負荷を力に変えられる個性を得ている。時間制限で消える所を、死への恐怖……ストレスで乗り越えたとしたら、ある程度辻褄は合うのかもしれない。
そこまで考え、上鳴は「まぁ、どうでもいいか」と全て放り捨てた。
問題はそこではない。
『勝敗には関係なし!! しかし!! これ無しでは終われないと、彼らの担任は言う!!』
プレゼントマイクの実況が響く。
『第五試合、大将戦!! No.4ミカヅチにB組のトリックスター、ファントムシーフこと物間寧人はどこまで食いさがれるのか……!! そんじゃあSTARTだァ!!』
──魅せてみろ、物間寧人。
試合開始のゴングが鳴ったのと同時、B組の陣地でエネルギーが爆ぜるように膨れ上がった。
「それあり?」
転瞬、上鳴の視界は赤紫色の閃光によって満たされた。光の正体は指向性を持たせたストレスエネルギーの放出、“負荷塊”。
待ち時間の間に用意していたのだろう。ルールにはなかったがグレーゾーンだ。
「まあ、楽しいからいいけどさァッ!」
物間とネルが放った負荷塊は純粋な力の塊だ。その熱量は凄まじく、射線上にある建物を丸ごと飲み込んで尚、勢いに一切の変化がない。
回避するにはあまりに速く、そして攻撃範囲も広い。選べるのは防御のみ。
「悪くない!」
負荷塊が止まるまでその場に留まりながら、上鳴は自身に向かって猛追してくる強者の一撃に、歓喜で身体を震わせた。
砲撃が止むと顕になったのは、大きく抉られて赤熱するグラウンド。その奥でネルの掌の上に立つ物間の姿が見える。
今度は上鳴が動いた。大気を蹴り上げて一気に距離を詰め、呪力を込めた蹴りを物間に向かって振り抜く。
それを避けずに、物間も受け止めた。ストレスによる身体強化だ。物間は文化祭前に上鳴から教わったことを形にし、この場に臨んでいた。
「……そんな物じゃないだろう?」
ニヒルに笑う物間の背後で、ネルが巨大化させた拳を振り上げる。
それは鈍色の光を照り返したかと思えば、次の瞬間には黒く染まった。黒い大拳は肥大化しながら旋回を始め、キリキリと音を立て撓んでいく。
──鉄哲、拳藤、回原、宍田、
『死゛ね゛え゛ぇぇぇ!!』
物騒な掛け声と共に振り抜かれた痛烈な一撃が上鳴を捉えた。
「受けたらまずかったやつ……!」
抵抗できない。両腕を交差させて防御したものの、その上から思い切り殴り飛ばされる。
遅れて、耳朶を打つ衝撃音。上鳴は建造物を貫通しながら吹っ飛んでいった。
しかし、物間とネルの攻撃はこれで終わりではなかった。
「『ファイア』」
音速を超えた一撃が、庄田のツインインパクトによって威力を増幅された状態で、上鳴の身体に再現される。
骨が砕け、腕の筋肉が捻れながらミチミチと音を立てて明後日の方向に千切れ飛んでいく。
追加で建物を五棟ほど崩落させ、瓦礫に埋もれた事で、ようやく勢いは止まった。
上鳴は両腕を捥がれた状態で、盛大に喀血。林間での経験を活かして器用にバランスを取って立ち上がり、反転術式を使って肉体を再生していく。
──強いな、普通に。今の緑谷とどっこいどっこいか……実戦ならともかく、模擬戦程度だと物間の方が勝率高そうだな。
物間とネルの戦闘力は上鳴の事前想定を遥かに凌駕している。ストレスを呪力として扱うだけではこうはならない。
「過剰変容……やっぱイカれてんな」
アンナ・シェルビーノと物間寧人を引き合わせたのは正解だった。それを確信した上鳴は口角を上げた。
そして、反転術式で腕を生やし終えるのとほぼ同時に、物間はゆっくりと地面に降り立った。
「これでもう油断はないかな、最強」
油断。確かにそれはある。目の前の少年の力を測りながら限界を超えた力を引きだし、ギリギリの戦いを楽しもう。そういう甘い考えがあった事は、認めざるを得なかった。
だが、仕方のないことだろう。上鳴のそれはA組メンバーの物とは意味が異なる。獅子が兎を狩るのに死力を尽くす事などない様に、最初から上鳴が物間を潰しにいくことはない。
──だから物間は、初手から色々とぶっ込んできたんだろうな。
覚えがある。オールマイトとの戦闘訓練で自分がやったことだ。忘れる筈もない。
「これから君が相手をするのは僕だけじゃない。雄英高校ヒーロー科一年B組。そして、君が物間寧人に繋いだ
ネルが次々にB組生徒たちの個性を発現させていく。
額から禍々しく捩れた二本の角が生え、口元は骨抜を思わせる様相へと変わった。
後頭部から伸びる荊は金属光沢を放ち、肩に備わった噴射口から漏れる粘度の高い液体が、宙空を漂う。
「覚悟はいいか上鳴電気! 君が持つ最強の看板、今度こそ僕らがいただく!」
物間の宣言に、上鳴は不敵な笑みを返した。
「随分とデカい口を叩きやがる」
だが──足りない。
「
上鳴は手招きしながら言い放った。
「もっと上げてくれ。さっきのじゃ足んねぇよ」
──ストレスは呪力のオリジナルだ。エネルギーとしては同質。なら、黒閃だって起こせるはず。
油断なく戦いを楽しむ。物間の最大値を引き出し、上振れを起こさせ、それを上回って勝つ。
用があるのはB組最強ではない。オールフォーワンに次ぐ“現代の異能”へと
上鳴の心中など知る由もない物間は、瞼をひくつかせながら声を低くして言った。
「随分と余裕だね……いいさ。君がその気になるまで、僕らは殴り続けるだけだ」
『やっぱり上鳴嫌い。ぶっとばす』
そうして、世界を震撼させる戦いの火蓋が切られた。
しかし、程なくして物間は自分の見通しの甘さに舌打ちをする事になった。
──初動は悪くなかった。なのに、何でだろうね……!
「さて……ここからどうやって勝とうか!?」
思案する物間の前に、ネルが伸ばした鋼の荊を体捌きのみで掻い潜ってきた上鳴が立つ。
振り抜かれた拳をストレスで強化した腕で受けながら、バックステップで衝撃をいなそうとして、そのまま吹き飛ばされた。
「しっかり受けてくれよ物間ァッ!」
「……普通に死ぬけど?」
狂った様に笑いながら嬉々として自分を殺しにくるNo.4を相手に、ネルと二人がかりでどうにか食らいついていく。
『ィィィィィィィイ゛!』
大拳+スティール+旋回+ストレス+ビースト+筋肉増大。
「シンプルイズベストだな!」
ネルは強い。ストレスで強化された二〇個を超える個性を組み合わせながら戦える。
まだ幼い故に荒削りな所もあるが、個性その物が意思を持った様な存在だからか、その扱いにおいては天性の才覚を持っていた。その天稟の怪物と繋がっているお陰で、物間の個性習熟度は飛躍的に伸びている。だが、その力があって尚、上鳴は互角以上に立ち回ってきた。
「さっき見た! ……何なら前より弱いじゃねぇか!」
──経験値からくる異常な順応性。これを何らかの手段で上回らない限り、勝ち目はない。
物間とネルが二人がかりで肉弾戦を仕掛けても、呪力強化だけで凌がれる。
打撃はいなされ、フェイントは通じず、背後から狙った不意打ちは裏拳で叩き伏せられた。
──分かっちゃいたけどッ! 肉弾戦で正攻法の勝利は望めない!
舐められていると感じた事が、そのまま自身の傲慢だと突き返されていた。甘く見ていたのは自分も同じ。自分が誰の背中を追ってきたのかを痛感させられる。
故に、物間はネルと入れ替わる様に距離を取り、思考の時間を作ることにした。
『む゛う゛ぅぅぅ!!』
時間を稼ぐべく、ネルが近寄るなと言わんばかりに旋回する黒鉄の荊を振り回す。周辺の被害を考慮する余裕はない。
秒を追う毎に崩壊の一途を辿るグラウンド。その間隙を縫う上鳴だけが、笑顔のまま宙を泳ぐ様に躍動していた。
「負荷塊……!」
指先に生み出した呪いの弾丸を上鳴に向けて放つ。
限界まで圧縮・解放したそれは、音を置き去りにして上鳴へと向かい、その側頭部を強かに打ち据えた。
「いいコントロールだなァ!!」
血塗れの上鳴が放つ大声が、そのまま怪音波となって物間を直撃した。
手痛い反撃。揺らぐ視界、軋む身体。それでも負けじと物間も声を張る。
「僕に構ってていいのかな!?」
それと同時、無視してはいけない存在が雄叫びを上げた。
『ネイトをいじめるな゛あ゛ぁぁぁぁあ!!』
ネルが身体を五十に分割し、それぞれから鋭利な黒い刃を展開していく。取蔭、鎌切、回原、ストレスの組み合わせだ。鋼の塊を両断する意思を持った回転丸鋸と化したネルが、そのまま上鳴へと殺到する。
しかし。
「無差別放電、一億V」
『
無機質な電子音声。それと同時に上鳴の全身から迸った雷光によって、全て焼き払われてしまう。
「ネルッ!?」
『う゛ぅぅぅ……大、丈夫!』
ネルが再び寄り集まって人型を象るも、その体からは薄らと焦げた匂いが漂っていた。
少なくないダメージを受けているのは明白だ。たったの一撃でこれかと、そう舌打ちをしたくなるのを堪えて、物間はネルに優しく話しかける。
「もう少し頑張ってくれるかい?」
『がんばる!!』
拳を突き合わせ、二人は駆け出した。
「個性切り替え、刃鋭……!」
物間の掌から一振りの刃が飛び出した。鎌切の個性だ。刃渡や見た目は一般的な日本刀のそれである。
物間はネルから流れ込んでくるストレスの力を流用、刃鋭で作り出した刀身を黒く染め上げていく。
「君の本気を、意地でも引き出してやる……!」
刃鋭は発動後に残るタイプの個性だ。
故に、個性を切り替えても直ぐには消えない。物間は筋骨発条化で足を撓ませ、そこにストレスによる強化を加えて、驚異的な加速力を生みながら上鳴へと肉薄した。
「見え見えだな」
しかし、マスキュラーとの戦闘経験がある以上、その猿真似では隙を作ることさえ叶わない。
「誘いか」
意図を見抜かれて、物間は歯噛みした。振り抜いた刃は上鳴が屈んだことで躱され、そのまま足払いを仕掛けられる。
だが、物間はそれを軽く飛び越え、唸る様に声を発した。
「まだ、僕らじゃ力不足かい?」
再度、刃を振るう。刀印*1を結んだ上鳴が呪力をそこへ収束させ、斬撃を受け止める。
「受けたね?」
刹那、黒い刀身からネルの一部が飛び出した。
無差別放電を受けた後、取蔭の個性で寄り集まらず、物間と拳を合わせた後に服の黒へ溶け込み──刀身まで移動していたのだ。
これなら、回避も迎撃も間に合わない。
「
予測不可能な一閃。
上鳴の肉体にネルから生えた漆黒の刃が深々と突き刺さった。更にそれは旋回し、傷口を掘削する様に無理矢理広げていく。
「いだだだ!? 俺じゃなかったら死んでるぞ、これ!」
上鳴がネルの肉体と自身に同極の磁性を付与し、刃を肉体から弾き飛ばす。
血塗れになった姿は傍目から見れば満身創痍だが、物間が瞬きした後には、綺麗さっぱり傷が消えていた。
「……人間離れが激し過ぎるよ」
畏怖を通り越して、呆れさえ覚えた。
そして、物間は崩壊した建物の一角に着地。上鳴も同様に少し離れた位置に降り立つ。
「で、小手調べはこんなもんか?」
──怪物め。
口を衝いて出そうになった言葉を、物間は無理矢理飲み込んだ。それに並ぼうという人間が、言ってはならない言葉だったから。
だから物間は、代わりにニヒルな笑みを浮かべ、上鳴を挑発する様に手招きした。
「そうだね……探り合いはもう十分だ」
強がりだ。だが、虚勢を張るのも仕事の内。
見栄で覆い隠した笑顔の裏で、物間は勝つ為の思考を巡らせる。
「ネル、合わせてくれ」
『うん!』
メインの組み合わせはポルターガイスト、サイズ。そこにストレスと過剰変容による強化を上乗せし、周囲の瓦礫を砲弾として利用する。
強化されたポルターガイストの範囲はグラウンド全域。サイズは物理法則を無視して物体を任意の大きさに変換する異能へと変貌している。
「いけ!」
そうして放たれたのは瓦礫の津波。超質量はそれだけで武器となる。幾ら上鳴といえど、まともに受けたら死は免れない。
「因子限定解放」
高波の如く押し寄せる瓦礫の山を前に、上鳴は口元にだけ幻獣琥珀を適応する。
大きく上体を逸らし、息を吸い込んで──喝。
「あ!!」
共振を引き起こす音波攻撃で、瓦礫の波濤を跡形もなく粉砕した。
「まだだッ!」
ネルが砂塵を操り、上鳴の視界を奪う。
「俺は電磁波で物体を認識できる。意味ないぜ、それ」
上鳴に対して物理的な煙幕は効果がない。その両眼には物間の姿が克明に映し出されている。
故に、僅かな隙が生じた。
上鳴の視界に物間の姿が三つ映った。その直後、煙幕を突き破ったそれは上鳴の眼前へと躍り出る。
露わになったのは、物間の形を真似るように組み合わさった白と黒の肉体。それがネルの作り出した囮だと気付いた時には、もう遅い。
「アッハッハッハッハッ!!」
物間は狂った様に笑った。
それを聞いた上鳴が振り返る。
──これだけなら、上鳴は対処を間に合わせてくる。だから!
高笑いは気を引く為に過ぎない。
間隙を縫う様に、過剰変容とストレスで強化したトカゲのしっぽ切りを使ったデコイが、上鳴へ絡み付く。その上で、柔化させた地面に身体を膝上まで沈め込み、物理的な反撃を一時的に封じた。
──ここから君が放電するまでの0.1秒に、僕たちの全てをぶつける!
その瞬間、打撃とストレスが誤差0.000001秒以内に衝突した事で空間が歪み、黒い火花が散る。
黒閃
これにより、一時的にアスリートで言う所の“ゾーン”へと入った物間は、自身の潜在能力を120%まで引き出すに至った。
そしてそれは、物間と繋がっているネルにまで波及する。
『あ゛あ゛ぁ゛ぁぁぁぁぁあ゛!!』
ネルから噴き出した凡戸の個性が宙空で無数の剣を象った。硬化と同時に
「それでいい」
黒閃を受け、殴り飛ばされても尚、上鳴の表情は崩れない。
反転術式で生み出された血液の球体が、上鳴を中心に動く衛星へと姿を変える。そこから発された電磁力の障壁によって剣弾は阻まれてしまった。
──ここからが、本番だ……!
物間は戦いのステージが一つ上がった事を確信した。
「やっと使ったね、個性での防御を!」
ネルが粘液をストレスで加圧・圧縮。球に変えて物間に渡す。
物間はそれを両掌で押さえ込み、
「穿て……!」
甲高い音を立て、高圧力で噴射された粘液が上鳴へと飛ぶ。
それは電磁バリアによる防御をいとも容易く貫通し、上鳴の腹部を突き穿った。
「畳みかけろ!」
物間の声に導かれ、ネルが咆哮と共に姿を変える。
大拳+ビースト+スティール+鱗+ツル+ストレス+筋肉増強+筋骨発条化+旋回+過剰変容。
上鳴が反転術式を使用している間に、ネルが猛追。ビーストを含む増強系個性で林間合宿でのマスキュラーを遥かに上回る膂力を実現し、それを黒鉄の鱗と荊に覆って振り抜いた。
「危ねぇ!?」
反転術式を中止。
上鳴がその場から飛び退いて躱す。
空を切ったネルの拳が地面を叩き、少し遅れて隕石でも衝突したのかという轟音がグラウンドに響き渡る。
その衝撃で地面が波打ち、爆ぜる様にして巨大な土柱を立ち昇らせた。
「ファイア!」
物間の指示を受けたネルの追撃。強化されたツインインパクトが、直接殴られたグラウンドのみならず、宙空に吹き飛ばされた瓦礫や砂塵にも効果を発揮する。
単なる石片や塵が手榴弾もかくやという物理攻撃へと姿を変え、辺りに撒き散らされていく。
「……いいんじゃない?」
呪力による防御を貫通してきた。
反転術式を使う暇は、まだない。
上鳴の命に、物間達の手が届く。
「まだだ!! 手を緩めるな!!」
物間の指示にネルが応える。
『■■■■■■■ッ!!』
セメダイン+コミック+ポルターガイスト+サイズ+キノコ+空気凝固+ストレス+角砲+過剰変容。
無差別範囲攻撃。コミックにより生成された頑丈で巨大な物体、セメダインの粘液、スエヒロタケの胞子、クソでかい角、凝固された空気の弾丸をサイズで限界まで巨大化させ、ポルターガイストによる波状攻撃を仕掛ける。
グラウンドの被害など考えない。
「辺り一帯を更地にしてでも、君を倒す……!」
ネルを中心に発生した超質量の暴威が上鳴を襲った。
その行進は最早、災害だった。全てを飲み込み、巻き上げ、加速させながら進むハリケーン。その歩みの後には、ペンペン草一本とて残らない。
「個性……いや、異能の女王といったところか」
それでもまだ。
「足りねぇぞ」
──上鳴電気には届かない。
「……?」
物間の目に、極小の青い星が映った。
巨大な瓦礫が木の葉の様に舞う戦場で燦然と輝くそれは、空から落ちてきた一雫の涙にも見える。
『ネイト!!』
先にそれの危険性に気が付いたのはネルだった。ネルは急いで物間の下へ戻り、制御化にあったハリケーンの全てを防御に回し、台風の目の中にいる様な状態を作り出す。
『
刹那──地上に落ちたプラズマの塊がハリケーンと衝突した。その接点を中心に、不可視の圧力は世界を波打たせながら一気に外側へ向かって走り抜けていく。瓦礫の大半が粉微塵になり、残った一部はグラウンドの外郭まで押し除けられた。
「な、なんだいそれは……!?」
ネルに庇われたことでどうにか耐えた物間の目に、更地と化したグラウンドが映る。
「やっべ。配信用のドローン消し飛んだかな……?」
破壊者は呑気にそんな事を言いながら、全身の傷を治し切っていた。
意味がわからなかった。全身血塗れだった筈だ。腹部を貫いた一撃は致命傷にもなりかねなかった。死ぬことは無いだろうと思っていたが、いざ無傷で目の前に立たれると、心が軋む音が聞こえてくる様な気さえしてくる。
立ち上がろうとする気力が、萎えていく。
もういいじゃないか。
よく頑張った方だろう。
心の何処かでそう語り掛けてくる自分がいるのを、物間はハッキリと自覚してしまった。
『ネイト、まだ頑張るの……? どうして?』
それでも、気が付いたら立ち上がっていた。
「友達が見てるからね」
物間の身体から漏れる。肌に纏わり付くような、ドス黒い力が。
その瞬間、黒閃を受けて尚も表情を変えなかった上鳴の顔から余裕が消えた。同時に物間とネルに刻まれていた傷が、ゆっくりと塞がり始める。
「格好くらい、つけないと」
上鳴電気に勝ちたい──そんな絵空事に本気で付き合ってくれた、友達に報いたい。
「ネル、もう少し付き合ってくれるかい?」
『少し……? ネルは死ぬまで、ネイトといっしょがいいな……』
だが、ネルは上鳴に怯えていた。
本体を筋肉増強で作った鎧で覆い隠していても、上鳴の力は簡単にそれを貫通する。肉が千切れ顕になった本体に、目を焼く様な雷光はあまりに毒だった。
死にたくない。
消えたくない。
寂しい。
痛い。
怖い。
黒閃を経て
だからこそ、両腕を広げて物間は叫ぶ。
「勿論だ──何人たりとも、僕たちの繋がりを引き裂く事は出来ない! 僕たちは二心同体! 君が死ぬなら、僕も一緒に死んでやる!」
『……! う゛ん! うん! うれしい! ネル、ネイトのためなら何でもする!』
物間はネルと縛りを結んだ。
ネルは不安定な存在だ。いつ消えるとも分からぬ命であり、それを自覚しているが故に多大なる負荷を心に受けている。
そんなネルが感じている全てのストレスを受け取り、その消滅と共に死ぬ代償として──物間はネルの全てを引き出す権利を得た。
物間がネルに優しく触れていると、上鳴が肩をすくめて言う。
「そうくるか。女誑しめ」
どんな人間も死の恐怖には耐えられない。感情の共有により、ストレスはネルのみならず、物間が感じる負の感情まで力に変えている。これまでに無いほどネルの力が膨れ上がるが、恐怖は物間を確実に蝕んでいた。
「失礼だな……親愛だよ」
それでも──ネルと、ネルの中にある仲間の影が、何度でも奮い立たせてくれる。
物間は全身から
「ここからが本当の勝負だ……!」
先のやり取りで掴んだ個性の核心。ネルと共に戦う最適解、自分達の異能の本質。
ストレスと過剰変容で強化したコピーを使い、複数同時再現した個性因子を制御。劇的な深化を遂げたネルを、
「全因解放……“嵌合異相”!」
そうして現れたのは物間ともネルとも似つかない白面の異貌。黒鉄の鱗が鎧の如く身体を覆い、捩れた二本の角が側頭部から伸びている。
とてもヒーローには見えないその姿が、物間の現状最高到達点。
「──これが僕たちの全てだ」
だが、勝てるなら何だって良かった。
物間が筋肉増強で余らせた筋繊維を刃鋭で刀に変え、取蔭の個性で身体から切り離す。そして、刀に
上鳴が呪力で因子を強化し、第三の目を開いて言う。
「それ、長くは保たないな……五分ちょいってところか」
過剰変容には暴走のリスクがある。幾ら物間のそれがコピーによる物だったとしても、無制限に引き出す訳にはいかない。だから初手と詰める時に、物間がネルを強化する形でしか使わなかった。
「コピーした個性を使える五分というタイムリミットを縛りとして利用し、能力の強度と制御力を高めている。即興にしては中々やるな」
「……一目でそこまでバレるのか」
「呪力の扱い方がまだまだ大雑把だからな。まぁ、その辺りはおいおい身に付けていこうぜ。葉隠とか耳郎とか、拳藤も素質ありそうだしな。一緒に鍛えてやる」
「……そうかい」
物間にとって上鳴の言葉は、嬉しさ以上に悲しい物だ。称賛や今後の展望は自分を下に見ている様にしか聞こえない。
──これでもまだ本気を出させられないのか?
しかし、そう思った次の瞬間だった。
「闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」
上鳴は徐に刀印を結んで呪詞を紡いだ。
展開された帳が青の天蓋を夜へと塗り替え、グラウンドと外界を断絶する。
今更これに何の意味がある。
物間の疑問には触れず、上鳴は耳に付けたデバイスを軽くタップしてから言った。
「コガネ、ドローンを経由した俺の呪力だけは帳を素通りする様にしておいた。上手いことやって、これから先の戦いを配信に載せろ──物間の晴れ舞台が見られないなんて、アイツらがかわいそうだ」
『Yes sir』
そんなやり取りの後に帳が下り切ると、上鳴は重い溜息を吐いた。
「ここまで長かった」
同時に、上鳴の空気が切り替わる。
これまでのは本当に小手調べだったのだろう。そう感じてしまう程に濃密な殺気を叩きつけられ、物間は自然と身体を震わせてしまった。
それは恐怖だけではない。
武者震いだ。
上鳴が朗々と語り出す。
「制限時間が過ぎた後、速やかにネルに触れて条件を満たし、再び全因解放へと移るのは困難──この五分間をいなしてしまえば俺の勝ちだ」
弱点は明白。
対抗策も単純。
そこを突けば勝つ事は容易い。
「だが」
口に溜まっていた血を吐き出し、飢えた獣が今日初めて──
「それは雑魚の思考だ」
上鳴の全身から呪力が立ち昇る。
迸る戦意に呼応する様に因子が励起されていくのを、物間は肌で感じ取った。
「全因解放──“幻獣琥珀”」
魔王殺しの怪物、神野事変以来の完全顕現。
電磁パルス爆弾めいた副作用*2は、帳によって電波や磁場による影響の殆どを遮断する事で解決した。
殺傷能力の高い技も物間が反転術式を掴んだ事で解禁できる。これにより、上鳴が心置きなく暴れられる状況が整った。
──道理で、僕が強くなるのを待つ訳だ。
全因解放を会得する前なら一分と保たずに負けていた。けれど、今は違う。
「この四分十一秒で、お前の全力を捩じ伏せる!!」
「あんまりデカい口叩くなよNo.4!! 弱く見えちゃうだろ!?」
第二ラウンドのゴングが鳴った。
感想、ここ好き、高評価、いつも励みになっております。
次回で交流戦は概ね終わりです。長丁場になりますが、お付き合いいただけると幸いです。