雷神、上鳴電気   作:一般通過呪術師

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 ヒロアカアニメが着々と終わりに向かっていて辛いです。



ep.98 クラス交流戦-伍-

 

 時は少し遡り、配信が途切れた直後。

 

 

「sorry guys……俺ぁ、言葉が出ないぜ」

 

 

「山田がミュートになってるぞマイク」

 

 

 常軌を逸した戦闘映像に、プロヒーロー二人(プレゼントマイクとブラドキング)が茫然と声を漏らしていた。

 彼らは黎明期とその終わりを体験していない最初の世代だ。個性が異能と呼ばれた頃の──血で血を洗う暗黒の歴史で、人々が殺し合うために力を振るう世界を知らない。

 

 

 常軌を逸していたのは戦いの規模だけにあらず、心の在り方もそうだ。

 

 

 物間は上鳴の全力を引き出すため。

 上鳴は闘争の愉悦に浸るため。

 

 

 それぞれの想いを死力を尽くしてぶつけ合っている。常人視点では殺し合いも同然だが、当人達は試合と死合いの境界でタップダンスを踊っているに過ぎない。

 

 

 しかし、それは授業の範疇を超えていた。

 

 

 その証拠に、戦闘の余波だけで待機場まで崩壊した。

 危機感知で緑谷が動き出し、余波を相殺していなければ──轟の防壁が間に合わず、配信中止どころの騒ぎではなかっただろう。

 

 

『ブラド、マイク、落ち着け。取り敢えず配信の復旧からだ』

 

 

 真っ暗になったモニターの前でイレイザーヘッドは盛大に溜息を吐いた。

 何せここに来て、問題児が増えたのだ。

 

 

「物間め……」

 

 

 上鳴電気は最強だから何をやっても死なない。まるでそう言わんばかりの暴れっぷりだった。

 対応する上鳴がまだ冷静だったから良かったものの……何て思っていたら、超新星(アレ)である。イレイザーヘッドの胃に穴が開くのも時間の問題だった。

 

 

「そもそも何で垢BANされてねぇんだ?」

 

 

 プレゼントマイクの問いにイレイザーヘッドが答える。

 

 

「上鳴が体捌きで上手くカメラから外れたのと、リアルタイムでパワーローダー達が頑張って修正しているからだ」

 

 

 事実、かなり際どいラインを走り続けている。初手のツインインパクトは上鳴が吹っ飛ぶスピードが速すぎた為、傷口こそ映らなかったものの、千切れた腕が宙を舞った瞬間はハッキリと映っていた。

 雄英はそれらの放送事故を『ボートの映像』と『パワーローダーのリアルタイム修正』でどうにか誤魔化していたが──限界はある。

 

 

『えー、映像が戻るまでコメントとかクラスメイト連中の話でも聞いていきますか』

 

 

 気を取り直したプレゼントマイクが席から立ち上がり、カメラを生徒たちに向けようとする。

 イレイザーヘッドは反射的に、捕縛布を使って止めた。

 

 

『何だよイレイザァ……スゥ……取り敢えずコメント返しのコーナー!!』

 

 

【何だ急に】

【誰か俯いてなかった?】

【はよ映像くれ】

 

 

 映せる訳がない。

 プレゼントマイクも気づいた。

 

 

「うっ、ぉ゛ぉぇ……!」

 

 

「響香ちゃん大丈夫!?」

 

 

「おい爆豪お前も大丈夫か!! 顔土気色だぞ!?」

 

 

「っせぇ……大丈夫だ……」

 

 

 耳郎と爆豪が人に見せられる状態じゃなかった。当たり前だ。イレイザーヘッドも、学生だったらああなっていた。こうして冷静に対処出来るのは経験値で誤魔化しているだけに過ぎない。

 

 

 ──林間で、あの二人は死にかけの上鳴を見ている。

 

 

 二人は身も心も強くなった。

 だが、それとこれとは話が別だ。

 

 

「耳郎、爆豪。慣れるなよ」

 

 

「分かって、ます……!」

 

 

「……ウッス」

 

 

 慣れていいはずがない。

 ヒーローである前に、上鳴電気は二人にとって友であり仲間だ。幾ら治せるとは言え、傷付く事を許容する様な戦い方など許せない。

 

 

「一回、ドラミングビート(引っ叩いて)やんないと気が済まない……!」

 

 

「ハウザーぶちこんでトントンってとこだな」

 

 

「殺す気か?」

 

 

 それはそれとして、やり過ぎなきらいがあるが──これは上鳴の自業自得だろう。

 イレイザーヘッドは二人が調子を取り戻したのを確かめてから、プレゼントマイクの方へ顔を向けた。

 

 

『映像が途絶えるまでのバトルに関するコメントを振り返っていくぜぇ! アーユーレディ!?』

 

 

【振り返るも何も前半ほぼモザイクとボートの映像だったろうが!!】

【伝統芸能すぎる】

【アレがエミリーちゃんのポルターガイスト……?】

【やってる事に天地の差があるんですけど!?】

【一撃で災害を吹っ飛ばす奴がいるか】

【お前がNo.1でいいよもう】

【つーかどういう理屈でHP全回復してんだ? チートだろ。早くナーフしてくれ】

【これにはヴィランなりきりさんも苦笑い】

【常時ダメージカットで大ダメージ後HP全回復のNo.4は好きですか?】

【はいクソー! 二度とやらんわこんなクソゲー!】

 

 

 上鳴電気、“ミカヅチ”は強い。

 イレイザーヘッドは担任である贔屓目を抜きにしても、ミカヅチが現代最強のヒーローだと思っている。

 

 

 だが、今は一人のヒーローが強ければいいという状況ではない。

 

 

 かつて、時代を作ったオールマイトは誰にとっても憧れだった。

 そこに並ぼうなどという人間が、エンデヴァーを筆頭に極少数を除いて現れなかった程に。

 

 

 だからこうして、若い世代に皺寄せが向かっている。

 

 

 オールマイトだって人間だ。学生時代もある。それなのに──オールマイト世代には不自然なほど、著名なヒーローがいない。

 理由は態々調べるまでもない。気概のある者は殉職し、それ以外は心が折れたのだろう。

 

 

 その道程をオールマイトは振り返らなかった。彼には彼の為すべき事があったから。

 イレイザーヘッドは上鳴にそうなって欲しくなかった。

 

 

 ──アイツは心が少し不安定な、何処にでもいる子供でしかない。

 

 

 この三年間で人として成長し、仲間と共に長生き出来るヒーローになって欲しい。友達と笑い合っている姿があまりにも幼く見えたから、殊更にそう思ってしまう。

 そんなイレイザーヘッドの願いは、思っていたのと少し違う形で実現しつつあった。

 

 

【あ、配信映った!】

【速報ファントムシーフ覚醒】

【それは本当です?】

【ソカモナ!!】

【悲報ミカヅチ第二形態】

【何でお前も変身するんだよ】

【覚醒の衝撃を当たり前の様に塗り潰すな】

 

 

 まさか上鳴と真正面から殴り合える人間が生徒から()()も、一年次から現れるだなんて、イレイザーヘッドは想像だにしていなかった。

 

 

 

 

 

「楽しいなぁ、物間!!」

 

 

 上鳴は青空の中で喜びに震えていた。

 

 

 背後には物間。柳のポルターガイストを自分自身に働かせ、迫って来ている。

 上鳴は物間が繰り出してくる角砲、セメダインの剣を叩き落としながら、腹を抱えて笑った。

 

 

「マジでやってることめちゃくちゃだな、お前!」

 

 

「この世で君にだけは言われたくないんだけど!?」

 

 

 神野事変以降、上鳴は全力を尽くせる相手と鎬を削る機会に恵まれなかった。

 緑谷は良い相手ではあったが未だ発展途上。性格的にもシチュエーションが整っていない鍛錬の場では、上鳴が心から楽しめる戦いなど期待できない。

 

 

 ヴィランに関して言えば、実力だけならダークマイトも悪くは無かった。だが、所詮ハリボテ。借り物の力を己の物にしようともしていない愚物。心が揺さぶられたのは、それらが明らかになるまでだった。

 物間寧人はそんな中、遂に現れた好敵手だ。まだ荒削りでも──この交流戦を通して、死力を尽くして戦う価値のある相手に成った。

 

 

「まだまだ楽しめるよな、親友!」

 

 

 穿雷・赩御雷。

 

 

 反転術式を会得してから、平然と連発する様になった荷電粒子砲を、篠突く雨の如く物間へと向かわせる。

 スターアンドストライプすら死を想起させた威力だ──まともに受ければ、反転術式すら間に合わずに消し飛ばされる。

 

 

「空気凝固……ストレス、過剰変容!」

 

 

 物間の吐息が大気を歪な形で固定し、巨大な鏡面を作り出す。赤い閃光はそれにぶつかって反射し、互いに打ち消し合っていった。

 

 

「悪いけど、そういう系統の技は僕に効かないよ!!」

 

 

 空気凝固により光の屈折を自在に操る物間は、レーザー攻撃の天敵とも言える葉隠と同じ動きができる。

 それはつまり、敵の攻撃を反射させる事もできるということで。

 

 

「そら、お返しだ!」

 

 

 捻じ曲がった光の礫が上鳴を捉える。

 しかし、上鳴の全身から常時放出されている磁力によって形成された力場がその威力を大きく減衰させ、肉体に届くまでに無害化する。

 

 

「奇遇だな。俺も最近気づいたんだけどさ、幻獣琥珀の最中は、こういうのあんまり効かないんだよな」

 

 

 簡単に打ち払って見せた上鳴に、物間が高笑いをあげた。

 

 

「なら、物理攻撃だ……!」

 

 

 物間の全身から無数の黒い影が飛ぶ。

 鱗だ。ストレスと過剰変容の強化を受け、刀の様な硬度と粘りを両立したそれが、ポルターガイストによって無軌道に空を裂いていく。

 全てを回避するのは不可能に近い。迎撃を余儀なくされた上鳴だが──そこに物間が迫る。

 

 

「ストレス、過剰変容!」

 

 

「予め使う個性を口にして、出力を高める縛りか!」

 

 

「正ッ解!」

 

 

 全因解放時に成形した刃にストレスを乗せた一閃。それを、上鳴は呪力強化した手刀で受け止めた。自身に次々と迫る鱗は無差別放電で撃ち落としていく。

 しかし、電撃の範囲内にいる筈の物間がそれを気にする様子はない。後頭部から伸びる荊がその答えだ。

 

 

ストレス(呪力)による防御だけじゃないな、ツルとスティールでアース作ってんのか……!」

 

 

「君の対策くらい練るさ!」

 

 

 剣戟と共に火花が散る。物間が放つ斬撃は重く、一瞬でも気を抜けば腕が宙を舞う。

 

 

 しかし、このギリギリの戦いが心地よい。

 

 

 自らの命に物間の手が届くたび、ゾクリと背筋を走る怖気が──上鳴に新たなインスピレーションを与える。

 

 

「ははは!」

 

 

 反転術式で生成した血液に磁性を付与。このグラウンドは元々工場地帯を模した場所。金属には事欠かない。血球を飛ばして外郭まで押しやられた瓦礫に含まれる金属片を巻き上げ、瞬時に電熱で溶かして再形成。そこに血液を通すことで細やかな操作ができるよう、即席の細工を施しながら引き寄せる。

 個性制御訓練で、幼少期からDIYに取り組んでいた経験が活かされた──上鳴は電磁浮遊する巨大な金属の腕を操り、斬り結んでいた物間を横合いから殴り抜いた。

 

 

「ぉぶっ!?」

 

 

 クリーンヒット。鎧を貫通する衝撃に物間の脳が揺れる。

 それをネルが反転術式で回復させるが、その間隙を縫う様に、上鳴は一気呵成に責め立てる。

 

 

「オラオラオラオラオラオラオラァッ!!」

 

 

 四本の腕による音速の乱打。滅多撃ちにされた鎧に亀裂が走り、筋繊維が剥き出しになっていく。このままネルの身体、ダークシャドウと同じそれを引き摺り出し、雷光で照らせば大幅に弱体化させられる。上鳴は手を緩めず、割れた鎧を掴み、無理矢理引き剥がしていく。

 しかし、次の瞬間──その隙間から赤紫の光が漏れた。

 

 

「離れろ鬱陶しい!!」

 

 

「ぎゃっ!?」

 

 

 力場の内側から放たれた負荷塊は流石に減衰し切れず、上鳴は身体を焼かれた。身体の左半分に壮絶な火傷痕を刻み込まれ、顔面の半分が溶ける。

 その凄惨な怪我がモニタリングしていた爆豪と耳郎のトラウマを再度刺激する一方で、壮絶な痛みの中にいる筈の上鳴は──

 

 

「最高」

 

 

 喜悦を深めていた。

 

 

 やはり、戦いはこうでなくてはならない。

 死ぬ気で戦い、殺すつもりで殴る。

 理由は何だっていい。

 

 

 目の前の敵に勝つ。

 

 

 それだけを考えているこの時間こそ、生を実感できる。

 上鳴は反転術式で火傷を治療。時間が巻き戻るかの様に、一瞬で元の姿へと戻った。

 

 

「インチキだ!」

 

 

 そう叫ぶ物間も既に鎧の修復を済ませている。

 

 

「うるせぇ! お前だってもうコッチ側だろ!」

 

 

 上鳴は徒手による格闘戦を仕掛けていく。

 物間もそれに応じ、更地となったグラウンドをステージに、血塗れの舞踏が始まった。

 

 

 先に動いたのは物間だ。鎧の一部を分離してネルの腕を形成。過剰変容で変質させた大拳で巨大化させ、手数を補いながら上鳴に乱打戦を仕掛けていく。

 

 

 ──当たるとまずいな。

 

 

 たった一発で並のヴィランやヒーローのみならず、トップ層でさえ昏倒させかねない破壊力を持った拳打の嵐。その上、ネルの腕は物間の隙を埋め、上鳴に打撃を通す為に動いている。不用意に受ければツインインパクトの餌食となる為、直撃は絶対に避けねばならない。

 回避にしろ、打撃をいなすにせよ、常に最適解を選び続ける事を強要される。それにもかかわらず、上鳴は声を弾ませた。

 

 

「もっと激しく踊ろうぜ!」

 

 

 長きに渡る実戦によって磨かれた打撃感覚。お手本の様な体捌き。物間の拳打、時折混ぜられる蹴り、ネルから飛び出す刃鋭さえ──最小、最低限の動作でいなし、その尽くに痛烈な反撃を打ち込んでいく。

 

 

「ドンッ!」

 

 

 更に、上鳴は打撃に合わせて共振を引き起こす音波を打ち込んだ。衝撃で物間の鎧が砕け、その内側にあった筋肉の強化スーツを素通りし、物間の内臓に直接衝撃を与えていく。

 

 

 喀血、致命傷──しかし物間は折れない。

 ネルが反転術式でダメージを抜き、瞬く間に破損箇所を修復する。

 

 

「まだ、まだァ!!」

 

 

 二十年も生きていない物間では、白兵戦という土俵で、鹿紫雲や翁の戦闘経験すらも自身の物とした上鳴に勝てる道理など無い。

 そして、理由を知らずともこれまでの攻防でそれを悟れないほど、物間は愚かでもなかった。

 

 

 ──何故、不利な戦いに付き合っている?

 

 

「万策尽きたか!?」

 

 

 物間が放った苦し紛れの右ストレートを払って腹部に拳を叩き込む。更に、上鳴は打ち込んだ拳を開き、掌に隠していた小さな血球を使って荷電粒子砲を直撃させた。

 

 

 勝負あり。

 

 

 その言葉が一瞬、上鳴の脳裏を過った。

 

 

 しかし、赤い閃光が鎧を貫通し、背中まで突き抜けても──物間の目から戦意は消えていなかった。

 

 

「この姿になっても……!」

 

 

 積み上げてきた時間が違う。

 一人では勝てない。

 そんな事、最初から分かっていた。

 

 

『ネルがたたかえないとはいってない!!』

 

 

 二心同体。その強みを活かす。

 鎧から分離した肉片が、小さなネルの姿を取って襲いかかってくる。

 

 

「玩具箱みたいなやつだな、お前!!」

 

 

 物間が慣れない反転術式に四苦八苦しているのを尻目に、肥大化した拳を叩き付けてきたネルに笑いかける。

 

 

「ほら、頑張れ頑張れ! じゃないと……物間、死んじまうぜ!?」

 

 

 そんな気は無い。

 だが、思考が幼いネルには劇薬に等しい言葉だった。

 

 

『ネ゛イ゛ト゛を、いじめるな゛あ゛ぁぁぁあ!!』

 

 

 白い身体を黒く染め上げながら咆哮する女王を見て、上鳴の顔に喜色が滲む。

 

 

「来い、女王!」

 

 

『死゛ね゛ッ!!』

 

 

 筋力増強、ストレス、スティール、大拳、旋回、過剰変容。六つの個性を組み合わせた黒鉄の螺旋大拳が眼前に迫る。

 それに対し、上鳴が選んだのは回避でもカウンターでもなく、真っ向勝負だった。

 

 

「黒閃でかなり仕上がってはきてるが……強化の精度がまだまだ甘い!」

 

 

 稲光を放つ上鳴の拳が、今度はネルの拳を真っ向から打ち砕く。

 

 

『ファイア!』

 

 

「もう効かん!」

 

 

 打突を放った右の拳に痛みが走り出したのと同時に呪力強化を全開にし、二度目の衝撃を力業でいなしきった。

 

 

『う゛、ぅ゛ぅ゛ぅ゛!!』

 

 

 ストレス、ツル、スティール、旋回の四つを組み合わせた荊を振り回し、ネルが距離を取ろうとする。

 

 

「それもだ! 癖なら次までに直しとけよ!」

 

 

 それに対応すべく、上鳴はネルに掌を翳した。

 そして、これまでの戦いでネルの体に蓄積した電荷を磁性に変換。自身はそれと対極の磁性を纏い、ネルを一気に引き寄せながら澱みなく呪力を廻す。

 

 

「今日はここで寝ておけ、お嬢ちゃん!!」

 

 

 ツルを掴んで逃げられない様にしつつ、引き寄せる勢いを利用して拳を叩き込もうとした、次の瞬間。

 

 

『いやだ!!』

 

 

 口を開けたネルの咥内から──紅が迸った。

 

 

「ブラドキングの!?」

 

 

 加茂家相伝、赤血操術“穿血”。それを彷彿とさせる一撃が上鳴の頬を掠め、耳を千切り飛ばした。

 直撃を避けてはいる。しかし、上鳴は僅かに体勢を崩してしまい、ネルに隙を見せてしまった。

 

 

『くらえ!』

 

 

 個性“キノコ”によって胞子がばら撒かれる。回避できないタイミングで息を吸った上鳴の肺にそれが入り込んだ。

 噎せながら、上鳴は舌打ちした。

 

 

 ──やられた、スエヒロタケか。

 

 

 肺スエヒロタケ感染症。反転術式だけで治す事も出来るだろうが、原因となっている菌が分かっていても、上鳴にはまだこの手の治療経験がない。普通に治そうとすれば、時間効率が落ちてしまう。戦闘時においては致命的な隙となり得る。

 故に、上鳴は瞬時に電磁波で肺を焼き潰し、反転で無理矢理元に戻した。

 

 

「悪くない」

 

 

 ツルを切除して逃げるネルに向かって、青白い電光が奔り──

 

 

『ガッ!?』

 

 

 少し遅れて、雷鳴がネルを打った。

 

 

「よくもない」

 

 

 ここまで一度も放ってこなかったからこそ、上鳴が最も得意とする誘導雷撃がネルの頭から抜け落ちていた。

 原初の炎はネルにとって天敵中の天敵。筋肉の鎧は再構築すらままならず、そこから微かに黒い影が顔を覗かせる。

 

 

『まだ……! あと、ちょっと!』

 

 

「健気だな、お前」

 

 

 宙に浮かぶ鋼の拳を引き寄せ、上鳴は自身の腕に装着。身体から黒煙を上げるネルに向かって振り抜くのと同時に、それをローレンツ力で一気に押し出した。

 

 

穿雷(レールガン)

 

 

 コガネの電子音声。赤熱する弾頭が青白い尾を引いて一直線にネルへと向かう。

 直撃の刹那、ネルは真下に飛び込み、飛沫を上げながら姿を消した。

 

 

「柔化で地面に潜ったか……」

 

 

 防ぐ手立てはなかった。

 だが、避ける手段はまだあった。空を切ったレールガンが遠方にあった瓦礫の山を消し飛ばし、その衝撃波を受けた上鳴の髪が靡く。

 

 

「でもなぁ、それは悪手だ」

 

 

 上鳴が地面に手を突き、固有振動に同調する音波を放った。効果範囲は絶大。音撃は塵になるまで大地を粉砕し、そこからネルを叩き出す。

 

 

「二発目はどうする?」

 

 

 鋼の拳はもう一つ残っている。

 

 

「ぶっ飛べ!!」

 

 

 力は重さと速さの乗算。鋼の籠手は再び上鳴の桁違いの膂力とローレンツ力を受け、流星の如く空を駆けた。

 ネルは掌を巨大化させ、諸々を複合した拳打でそれを迎え撃つ。

 

 

「今度こそ、おやすみだ!!」

 

 

 流星はネルの打突と防御を突き破り、そのまま巨軀を食い破ってグラウンドに直撃。大地を赤熱させながら大きく抉り取った。

 クレーターにクレーターが重なる被害を出して、漸くネルは沈黙した。

 

 

「ゲホッ」

 

 

 ──まいった。反転を使い過ぎたな。

 

 

 口から血の塊を吐き出して、それを乱暴に拭い去る。

 物間達は強かった。反転術式は便利な再生能力ではない。高頻度で重傷を治療すれば、寿命を削る様な負荷を術師に強いる。上鳴も相応に削られていた。

 

 

 ──言ったら誰も本気で戦ってくれなくなりそうだから、死ぬまで口にする気ねぇけど。

 

 

「相棒に時間稼ぎしてもらってる間に作ったのが、それか」

 

 

 物間の額から生えた二本の角。

 その先に赤紫の光、負荷塊が集まっていた。

 

 

「くっ……!」

 

 

 溜めが充分ではない。物間の反応を見ずとも分かる。互いの時間制限も残り僅か。確実に勝つのなら、物間がストレスの砲撃を溜め切る前に、勝負をつけにいくべきだ。

 

 

 

 しかし、上鳴は自分の手首を噛み千切って、物間へ視線を投げた。

 

 

 

「……何で」

 

 

 物間が呆然と呟く。ここまで来て、まだ僕たちを舐めるのかと。

 上鳴は反転術式を使わずに自身の身体から流れ出る血液を操りながら言った。

 

 

「わかんねぇか?」

 

 

 油断や慢心とは違う。

 

 

 ──違うんだ物間。そんなつまんない終わり方じゃあ、意味がないんだ。

 

 

 こういう戦いを上鳴電気はずっと待ち望んでいた。

 自らの身体を裂いたのも、物間の砲撃を待っているのも、本気で自分に勝とうとしている人間の全てを受け止めて、味わうため。

 

 

 

「出し切ろうぜ」

 

 

 

 戦いの中でしか生の実感を得られない壊れた少年の渇望。

 その渇きに比例した熱い眼差しが──

 

 

 

「……一回だけだよ」

 

 

 

 恐らく今後も、戦いその物に愉悦を見出すことはない物間寧人の心を溶かした。

 

 

 

「後悔しても知らないからね」

 

 

 

「する訳ねぇだろ」

 

 

 

 両者のボルテージが最高潮に達する。

 

 

 

 物間は全身を巡っているストレスさえも、負荷塊を形成するエネルギーへと換えた。これにより、負荷塊放出後に全因解放が強制解除され、余波を生身で受ける事になる。

 

 

 

 それでも構わずに物間は出力を上げ続けた。この程度で上鳴電気は倒せない。その確信がブレーキを破壊し、アクセルを踏み潰した。

 

 

 

『まだ、倒れない……!』

 

 

 

 物間の影から姿を見せたネルの分体が合流する。二心同体を取り戻した事でストレスの出力は安定と勢いを取り戻し、より鮮烈な輝きを放ち始めた。

 

 

 

 ──どこまで俺を楽しませてくれるんだ、コイツらは……!

 

 

 

 上鳴は失血死するライン、全体量の約三割まで血を放出。通常、この時点で意識を失うところを、上鳴は呪力で主要臓器を無理矢理働かせることで誤魔化した。

 

 

 

 そして、上鳴は身体から放出した血液を二分し、電極にすると同時に超高電圧を掛け、アーク放電によるプラズマを生成。

 

 

 

 掌印を結び、磁場で作り出した砲身の中に、物間を捉える。後は死力を尽くすだけ。

 

 

 

 上鳴は牙を剥き、言った。

 

 

 

「火力勝負といこう」

 

 

 

 赤と青の閃光が雄英の空を分かつ。

 

 

 

 ラストバトル──残り十秒。

 

 

 

 二人が叫んだ。

 

 

 

「更に!」

 

 

 

「向こうへ!」

 

 

 

 この一撃で勝者が決まる。

 

 

 

「「Plus ultra!!」」

 

 

 

 刹那、臨界点を迎えたエネルギーが一気に解き放たれた。

 

 

 

 両者が極限まで高めた熱がぶつかり合い、閃光の衝突と同時に視界を白く塗り潰す。

 拮抗したのかどうか、本人たちでさえ分からなかった。

 

 

 

 凄まじい熱と衝撃波の全てが帳の中で完結し、立ち込める砂塵は勝敗も生死も覆い隠してしまう。

 

 

 

 衝突の一瞬、緊急離脱していたドローンが再び二人を映そうと旋回している間に、上鳴が降ろした帳が消え始めた。

 それから堰を切ったように粉塵が流れ出し、現場を閉ざしていた煙幕が途切れる。

 

 

 

 そうして、砂埃の切間から最初に姿を見せたのは──スティールで全身を固めた“現代の異能(ファントムシーフ)”。

 

 

 

 上鳴はその正面で地面に倒れていた。

 

 

 

「しっ、死ぬかと思った……」

 

 

 

 ネルが衝撃の余波の大半を受け持った事で、スチールの発動が間に合ったのだ。

 しかし、そのせいでネルは完全にダウン。物間の影から身体を半分ほど出した状態で目を回していた。

 

 

 

「それにしても……派手にやったな」

 

 

 

 帳の展開範囲はグラウンドの外郭ギリギリまで広がっていた。その範囲にあった瓦礫が、今度こそ塵の一つも残さずに消失している。

 

 

 

「これ、全部君が壊したことにするからね」

 

 

 

 物間は個性を解除して、仰向けになって倒れた。

 

 

 

 それと入れ替わる様に上鳴が緩慢な動きで立ち上がる。

 

 

 

「………どの口で?」

 

 

 

 上鳴は反転術式で手首の傷口を塞ぎ、足りない血液を補填した。疲労を抜いたり、他の怪我を治す余力は無い。

 紛うことなき満身創痍。死の気配すら感じている。だが、それを充足感が上回っていた。

 

 

 

「……次こそは必ず勝つ」

 

 

 

 物間の言葉に上鳴は年相応の笑みを浮かべ、返した。

 

 

 

「楽しみにしてる」

 

 

 

 大将戦勝者──“雷神(ミカヅチ)”、上鳴電気。

 





 書きたい事が多過ぎて困り過ぎた大将戦もどうにか終わりました!
 これも偉大過ぎる原作、そして感想、ここ好き、高評価、お気に入りと読んでくださっている皆様のおかげです……感謝……!
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