雷神、上鳴電気   作:一般通過呪術師

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 アニメヒロアカは最終回を迎えますが何と今回に限り……? 劇場版新情報が……?(確変待ち)


ep.99 SPECIALZ

 

「……というかさァ! 女誑しとか、君にだけは言われたくないんだけど!?」

 

 

 試合が終わって早々、上鳴はフルスロットルの物間に絡まれていた。

 余程その言葉が気になっていたのだろう。ウザ絡みレベルは過去一と言っていい。自分の周りを反復横跳びしながら煽ってくるその姿を見ていると、顔に思わず嫌悪が滲む。

 

 

「待て待て。お前、何でそんな元気なんだよ」

 

 

『ネイトが元気でうれしい』

 

 

「お前か……」

 

 

 ネルが原因だった。単純な呪力総量で比べるならネルは上鳴を上回っており、更には反転術式による回復力まで備わっている。

 まだ反転術式を使いこなせない物間でも、供給されたエネルギーで、どうにかネルが意識を取り戻すまで回復すれば──後はネルがどうにかできる。

 溜息を吐く上鳴を見て、物間がネルに言う。

 

 

「張り合いがないから、上鳴を治してやってくれないかい?」

 

 

『やだ!!!!!』

 

 

「随分と嫌われてるねェ!!」

 

 

「嬉しそうに言うんじゃねぇよ腹立つなぁ……物間、コミックで電気作れるか?」

 

 

「えぇ……? やれなくはないんじゃないかな?」

 

 

 ネルに触れてコミックを引き出した物間は「ビリビリ」と口に出した。

 擬音を物質化するという個性で生み出されたそれは、物間のイメージ通りに出力され、スパーク音を立てて宙に浮かんだ。

 

 

「いただきます」

 

 

「いただきます????」

 

 

 上鳴は擬音を掴み取り、そのまま大きく口を開けて齧り付いた。

 

 

「わぁぁぁぁ!? 吐き出せ! 吐き出すんだ上鳴! よく分からない物を口に入れるな!?」

 

 

「うるせぇ。ちょっと、もご、黙ってろ」

 

 

 上鳴電気の元々の個性は『帯電』である。

 呪力と融合しても、本質から完全に変わってしまった訳ではない。蓄電と放電という性質は残っているのだ。

 

 

「うん、うん……気にはなってたけど調べるのは後回しにしてたからな……ちょうど良かった」

 

 

 新たに取り込んだ電気エネルギーが呪力となって全身を駆け巡る。上鳴はそれを使って疲労を抜き、怪我を治し切った。

 

 

「……マジか」

 

 

「ま、今度こそすっからかんだけどな──そろそろ戻るか」

 

 

「そうだね」

 

 

 二人はげんなりしながら待機場所があった方向へ歩き出し、三歩進んでから揃って足を止めた。

 

 

「……上鳴、僕思ったんだけどさ」

 

 

「……なんだよ」

 

 

「待機場所、残ってるのかい? 君が吹き飛ばしたろう」

 

 

「緑谷がいるんだから大丈夫だ……お前が蹴散らした時も、多分アイツが余波を相殺してるはず」

 

 

「「…………」」

 

 

 二人は互いの顔を見てから、肘で小突きあった。

 

 

「君のせいだからね!」

 

 

「今回はやったのお前じゃん!」

 

 

「本気出さないなんて言うからだろ!?」

 

 

「俺はお前をぶち殺したい訳じゃないんだから、いきなりマジで行く訳ねーだろ!」

 

 

「なーにがぶち殺したい訳じゃないだ! あの衝撃波で街一つ吹き飛んでるんだけどねェ!?」

 

 

「お前が暴れてぶっ壊れたヤツを風圧で退かしただけじゃんかよ! 俺は悪くないっしょ!」

 

 

「いーや! 犯人は君だよ上鳴!」

 

 

 やいやい言い合いながら、二人は重い足取りで歩き出した。

 

 

 

 

 

 待機場所に戻った二人を待ち受けていたのは、鬼を背負った担任達だった。

 

 

「「やり過ぎだぞ、お前たち」」

 

 

 物間が潔く深々と頭を下げる隣で、上鳴は鼻でもほじり出しそうな軽い口調で言った。

 

 

「反省してまーす」

 

 

「もう許しません」

 

 

 相澤は切れていた。思わず敬語が飛び出すくらいには、頭に来ていた。当たり前だった。

 上鳴が悪びれることなく口を開く。

 

 

「俺、世間からの好感度とかいらねーし。ちょっと下げとこうと思って」

 

 

「確信犯かよお前……」と瀬呂。

 

 

「まだ配信止まってねぇンだよ喋らすなこのアホ面を!」爆豪が目を吊り上げながら言う。

 

 

 上鳴も自分の不用意な発言で周りを振り回している事をそこそこ自覚している。

 だが、これだけは言わなくてはいけなかった。

 

 

「人助けはそれなりに頑張るけどな、俺は英雄になんかならない。悪いけど、オールマイトみたいなのは期待すんなよ」

 

 

 そして、上鳴はコガネが垂れ流す悲喜交々なコメント欄に中指を突き立てようとして、横から飛び付いてきた緑谷によって押さえつけられた。

 

 

「中指は、やめようね!!」

 

 

【デク来たこれで勝つる】

【もう修正疲れたよ】

【パワーローダーもようやっとる】

【お前がラスボスなのかよミカヅチ】

【ファントムシーフとデクの二人がかりならワンチャン猫ちゃん……】

 

 

「二人がかりか……!」

 

 

 楽しそうだ。いっそ、体育祭でまた騎馬戦とかやってくんねーかな。今度は緑谷、爆豪、物間のドリームチーム。更にメンバーを加えてもいい。耳郎、尾白、骨抜、よりどりみどりだ。

 夢を膨らませる上鳴に、耳郎が肩をすくめて言う。

 

 

「二人だけじゃ飽き足らず、他の奴まで摘む気だよ」

 

 

「好きだよね。ほんと」

 

 

 そう葉隠がはにかみながら相槌を打つと、コメント欄が再び色めき立った。

 

 

【やってるだろ上鳴電気!!】

【取っ替え引っ替えか!? 手の速さまで雷速なんか!!】

【文脈的に違うと思うぞ】

【ミカヅチは最強。最強は二刀流。つまりミカヅチは両刀。Q.E.D】

【野球史にもそう書いてある】

【ショウタイムの伝説は記されててもそんな事は書かれてねぇよ】

【でも確かそんな記述が古のログに……】

 

 

 ワイワイと盛り上がる学生達の空間に、一つの咳払いが差し込まれた。

 音の発生源を見れば、そこにはオールマイトと根津の姿が。

 

 

『それじゃぁ、交流戦閉会式のスピーチを校長先生から頂戴するぜ!』

 

 

 始まりがあれば終わりもある。

 

 

 個性の発現、黎明期への突入、ヒーローの出現、オールマイトの台頭、休止、そして──新世代の誕生。

 様々な因果が絡み合って、交流戦は全世界に向けて配信された。その締め括りに全員が居住まいを正す中、根津は訴える。

 

 

「青春は、何をしても許される免罪符ではないのさ」

 

 

 大人として、彼には言わなくてはいけない事が沢山あった。

 

 

「何事にも限度はあるのさ。今年に入って私の貯金は減る一方……我慢はそろそろ臨界点。先ずはそこの辺りをよく理解して欲しい」

 

 

 根津はハッキリと上鳴を指差した。

 上鳴がそっとを目を逸らすと、耳郎から間髪入れずに張り手をくらい、正面を向かされた。

 コガネから【尻に敷かれている】【イヤホン=ジャックがいれば多分大丈夫だ】などとコメントが垂れ流されるが──根津は気にせず話を続けた。

 

 

「ヒーローの職務はヴィランを退治するだけでないのさ。その本質は人々の生活を守る事にある。幾ら建物を生やしても、そこにあった暮らしの全てが完全に戻る訳ではない。だからこそ、我々は常に多くの守るべき物を意識して戦う必要があるのさ」

 

 

 物間が恥じいるように目を閉じる。

 上鳴も「まあ、それもそうか」と頷いた。Mt.レディが物を壊し過ぎて素寒貧になっているというのは、プロヒーローにあまり興味がない上鳴も知る有名な話だ。

 

 

 雄英を卒業すれば全て自己責任。壊し過ぎると保険があっても破産する。

 根津が言っているのはそういう意味ではないのだが上鳴は気にしない。そもそも、上鳴が死力を尽くすレベルの相手がヴィランとして暴れているとなると、建物の事を気にかけている余裕なんて誰にもないのだから。

 

 

「今回の訓練は前提として、対戦相手は互いをヴィランと仮定するとあるから……多少は大目に見るのさ」

 

 

「やった」

 

 

 絞り出す様にそう言った根津に、上鳴はガッツポーズしながらそう口走った。

 同時にイレイザーヘッドの捕縛布が伸びる。

 

 

「ふんまへんした」

 

 

「緑谷、上鳴の首にアレを掛けろ」

 

 

 緑谷が申し訳なさそうな顔で一枚のプラカードを上鳴の首に掛けた。そこには『二度とグラウンドを壊し過ぎません』と書かれている。相澤の指示で八百万が作った物だ。因みに、緑谷と爆豪の首にも同様のプラカードが下げられている。

 

 

「……物間は?」

 

 

「初犯だから反省文だけでいいって」

 

 

「差別だ」

 

 

 上鳴と緑谷のやり取りにイレイザーヘッドが赤い双眸を向けた。

 

 

「聞こえてるぞ問題児その一、その二」

 

 

「「すみませんでした!」」

 

 

 改めて場が静まったのを見計らって、根津が口を開く。

 

 

「……君たちの強さは、きっと多くの人が知ったと思う。だからこそ、その力で人を救うという意味を、改めて、深く、熟考することを、私は切に、切に願うばかりさ」

 

 

 根津は何度も何度も上鳴を見て閉会式の挨拶を終えた。そして、ドローンが上鳴を映し、全員が上鳴を注目する。

 何か言えよという周囲の圧力に対して、軽く咳払いしてから言った。

 

 

「すんまうぇい」

 

 

 ──ああ、多分またやるんだろうな。

 

 

 生徒も教員も視聴者も、全員がそう思った。

 

 

 これによりミカヅチの支持率がダダ下がりになり、逆に抑止力になり得る可能性を示したファントムシーフとデクが支持率を大きく上げる事になる。

 グラウンドと預金残高は根津校長に別れを告げたものの、雄英オフィシャルチャンネルはパワーローダーがリアルタイムで映像を処理し切ったことで生き残った。

 

 

「それじゃあ解散! ストレッチを忘れずにね!」

 

 

 オールマイトの言葉に上鳴が伸びをして言う。

 

 

「あー楽しかった。今日はよく寝れるぜ」

 

 

 そして、帰ろうとした上鳴の肩を相澤が掴んだ。

 

 

「ただし、お前と緑谷は職員室に来い──教員総出で説教。プラスアルファで教育番組も見てもらいます」

 

 

「え、いや……バ、爆豪は!?」

 

 

「アイツの破壊範囲は授業から逸脱していない」

 

 

「ハッ!! あんな情けねー注意受けるなんざヒーローの前にどうなんだ、人として!!」

 

 

 爆豪に鼻で笑われた二人は唸った。

 

 

「くそっ! 爆豪に人間性を説かれた……!」

 

 

「どういう意味だァッ!?」

 

 

「かっちゃんにそれ言われると普通に傷付くね」

 

 

「ごめん。でも、それとこれは話が違うだろ」

 

 

 和解を果たしたからこその、静かな正論だった。緑谷が項垂れる。

 

 

「それは本当にその通りだ……これからは周りにも気を付けないと。死穢八斎會の時も相澤先生に言われたけどでうしても“やらなきゃ”って思うと力が入り過ぎちゃうな……敵の強さや状況にあわせて最適の出力を最速で判断していかないと……その為には……」

 

 

 そうして緑谷が自分の世界に入り込み始めたタイミングで、爆豪が弾けた。

 

 

「そのブツクサ癖やめろや! 不気味なンだよ周りがコイツらみたいに理解ある奴ばっかだと思うなよ!?」

 

 

 何だかんだ幼馴染なだけあって、爆豪は緑谷の欠点も長所も良く分かっている。

 そして爆豪が指摘した通り、A組一同、緑谷の独り言に関してはもう慣れてはいる。しかし、時と場所だけは選んだ方が良いよとも思っていたので、その言葉には頷くしかなかった。

 

 

「珍しく爆豪が正論ばっか言う」と上鳴。

 

 

「珍しくって何だ最近の俺はいつも大体こうなンだよ……!」

 

 

「過去と今をちゃんと切り分けてる所、俺は好きだぜ」

 

 

 過去は消えない──しかし、緑谷が許している以上、上鳴はもちろんクラスメイトや教員も何も言う気はなかった。

 爆豪と緑谷の過去は変わらない。だから、今と先を見ている。もしも二人の間に何かあれば、その時は周りの人間が割って入るだろう。

 

 

「お互い、得難い友達ってのが出来たな。爆豪」

 

 

「……けっ」

 

 

「ありがとう、上鳴くん」

 

 

 緑谷の礼に上鳴は肩をすくめた。

 

 

「お前に礼を言われる様な事してねーよ。とにかく、説教とビデオ鑑賞。とっとと終わらせようぜ」

 

 

 それを聞いた相澤が、この場にいる全員が見た事ない様な満面の笑みを浮かべ、穏やかに言う。

 

 

「反省がないなら除籍にしよう。ちょうど、普通科に転学希望を出してる奴もいるしな」

 

 

「すんませんしったぁぁぁぁぁぁぁあ!!」

 

 

 簡易領域でも張っていたのかという、雷速の自動迎撃(土下座)を上鳴が披露する。

 しかし、それを見る相澤の目は冷ややかだ。

 

 

「上鳴、土下座はな──頭を下げる価値があって初めて成立するんだ」

 

 

「……それ、めちゃくちゃ暴言じゃないっすか?」

 

 

「PTAには言うなよ」

 

 

 かくして交流戦は終わり、“世界”の流れが大きく変わり始める。

 

 

 

 

 

 配信を見ていたのは日本人だけではない。

 遠いアメリカの地で、特大のモニターに映し出された雄英の配信を見ていたスターアンドストライプが、腹を抱えて笑っていた。

 

 

「おい見たかよお兄ちゃん(ブロ)!! 日本ヤバいぜ!? 私レベルの学生が三人、うちのNo.2とかエンデヴァーくらいにはなりそうなのがゴロゴロいた!! 信じられるか!? 私たちの二十年を一気に捲りに来てる!! ティーンエイジャーがだ!!」

 

 

「落ち着け」

 

 

「バカ、これに落ち着いてられるならヒーローなんかに憧れてる訳ないだろ! キンタマ付いてんのかい!?」

 

 

 追われる側になってから十数年、オールマイトが見ていた頂からの景色は、思っていたよりずっと殺風景だった。

 

 

「まったく……デンキが羨ましいよ!」

 

 

 かつて、ある青年の挫折と共にスターアンドストライプの見る景色は変わってしまった。

 

 

 いつからだろう。増えるだけで減らない預金口座を見なくなったのは。

 いつからだろう。あらゆる賞賛に愛想笑いと定型文のジョークで濁す様になったのは。

 いつからだろう。更に向こうへ──自分の限界に挑まなくなったのは。

 

 

 富、名声、力。この世の全てだと言われたそれらがあっても、張り合いのない相手しかいない人生は酷くつまらない。

 自分とは違って背中を追いかけてきてくれる友達がいる少年が、スターには眩しく見えた。

 

 

 コーヒーが入ったマグカップを片手にパイロットのウェッジが言う。

 

 

「メノウがいるだろ」

 

 

 アメリカNo.2の名前にスターアンドストライプは困った様に笑った。

 

 

「あの子も頑張ってるんだけどね……歳の差と、性格もかな? ちょっと後輩感が強過ぎてダメだ」

 

 

「メノウの歳は尚哉とそんな変わらな……い、や。何でもない。悪かった。手を下ろせ。まだ死にたくない」

 

 

 失言を渋々水に流しつつ、スターアンドストライプが視線を画面へと移す。

 そこには戦いの後、楽しそうにライバルと笑い合って戯れている上鳴の姿が映っていた。

 

 

 もしも、あそこにいたのが自分と彼だったら。

 

 

 そんなあり得ない空想を胸に仕舞い込み、微笑んだ。

 

 

「よし、ナオヤのお見舞い行こう」

 

 

「無茶言うな! 今度勝手に国から出たら、アグパー司令がティアマトに乗って飛んでくるぞ!?」

 

 

「それはちょっと面白そうだな……」

 

 

「面白がるな……! 皆クビになるぞ!」

 

 

 ウェッジの言葉にスターアンドストライプは腹を揺すった。

 

 

「そもそも殺しても死なないだろ、ナオヤは」

 

 

「言えてる」

 

 

 ──交流戦が終わって二日。

 

 

「面会謝絶……? 何でッスか」

 

 

 治療と見舞いの為に善院が入院している蛇腔総合病院にまでやってきた上鳴は、受付で足止めを受けていた。

 

 

「容態が急変したとのことで、今は近親者の方のみ面会可能となっております」

 

 

 そんなこと聞いていない。上鳴は眉間に皺を寄せた。そう言えば、事前に送ったメッセージにも返事が無い。善院の性格なら意識不明でもない限り、何らかのメッセージを送ってくる。そして善院が意識不明なら──自分や雄英に何らかのアクションがあるはずだった。

 違和感が拭えず、上鳴は捲し立てるように言う。

 

 

「脚が千切れたってのは聞いてる。重症だ。だけど先生は意識もあった。転院の話が中々進まないってのも知ってる」

 

 

 善院は嘘を吐かない。容態が悪いなら悪いとハッキリと言う。悲惨な事実をオブラートに包むような物言いはしない。非常に軽いノリで余命宣告を受けた事がある上鳴は、それが善院のポリシーであると知っている。

 

 

「会わせてください。顔を見るだけでもいいっス」

 

 

 頭を下げる上鳴に、係員も困惑していた。

 何故彼の面会が通らないのか──善院が勤めていた病院の系列であるという事は、上鳴が入院していた病院の系列でもある。風の噂で二人の話を知る職員も少なくない。

 しかし、大人として規則は守らなくてはならない。

 

 

「上鳴様はプロヒーローではありますが、医師免許をお持ちではありませんし……何より、規則違反は当院の責任問題にもなりますので」

 

 

「……くそっ」

 

 

 筋が通らない。それを上鳴も自覚しているから、引き下がるしかない。

 不承不承のまま病院から出た上鳴はスマホで善院に電話を掛けた。

 

 

『お掛けになった電話番号は現在、電波の届かないところにあるか……』

 

 

「何が起こってるんだ?」

 

 

 もしも上鳴が鹿紫雲の記憶を十全に引き出せる状況だったなら──病院の名前を知った瞬間、あらゆる道理をすっ飛ばして善院の下へ向かっただろう。

 

 

 しかし、そうはならなかった。

 

 

 それが全てだった。

 

 

 

 

 

「素晴らしい」

 

 

 交流戦の配信画面を閉じながら、セブンは個性因子の可能性に深く感嘆した。

 

 

 飛躍のチャンスは誰にでも平等に訪れる。自身の先輩とその宿敵がオールフォーワンに示した未来だ。

 混沌に満ちた世界が目前にまで来ている事に、セブンは笑いを堪えられなかった。

 

 

「単一の個性で全因解放にまで至ったレアケースに、脳無の完成系である雷神の戦闘データ……これは新たな脳無の作成に生かせるかもしれない」

 

 

「もうやっとるがのぅ」

 

 

 ドクターが機械を弄りながら呟く。そのデータを読み込んだ培養槽の中で、巨大な芋虫が暴れていた。

 

 

「元気な子じゃ」

 

 

 それは胎動ではなく拒絶だ。

 

 

 今すぐここから出せ。

 お前たちを殺してやる。

 

 

 死肉を繋ぎ合わせて生まれた熱なき怪物──脳無の物とは思えないほどの激情に満ちた双眸が、培養槽の前に立つ二人を睨みつけていた。

 

 

「凄いね彼。原型はもうないのに、まだ意識があるんだ」

 

 

「個性を深化させた者の特徴じゃな。特異なケースであるオールフォーワンでさえ、それを完全に屈服させる事はできなんだ」

 

 

「ミカヅチか……それにしても深化、ね」

 

 

 個性とは世代を経るにつれて濃く、深まっていく物だ。その極論が個性特異点。脳無は魔王の尖兵としてだけでなく、そこに到達する為のアプローチの一つも兼ねていた。

 

 

「コヤツは上鳴電気に個性制御を覚えさせる傍らで、個性の持つ深化の可能性について研究しておった」

 

 

 上鳴電気。

 

 

 その名前を聞いた瞬間、脳無のバイタルが異常に活性化し始めた。ドクターは迷う事なく電気信号を送信。脳無の意識を強制的にシャットダウンする。

 それを見届けてからドクターは自論を展開し始めた。

 

 

「個性というのはどこまで行っても身体機能。それ故に脳が能力にリミッターをかけてるのがデフォルトじゃと……そう思われておる。間違いではないが、それだけだと決めつけるのは非常に愚かな事じゃ」

 

 

「勿体ぶるのは君の悪い癖だよ、ドクター」

 

 

「まぁ、そう焦らせるな……例えば上鳴電気の場合。奴は初めてマスキュラーと戦った日に、自分自身にしか纏う事の出来なかった電気エネルギーを、触れた対象に纏わせる事が出来る様になった。これは火事場の馬鹿力だけでは説明がつかん、個性の明らかな変質じゃ」

 

 

「詳しいね。善院先生から聞いたのかい?」

 

 

「ヤツが働いていたのはワシの病院じゃからな。カルテくらい、見ようと思えば幾らでも見れる──話を戻そうかのぅ」

 

 

 ドクターは髭を撫で付けながら言う。

 

 

「異能を個性と呼ぶ様になって久しいが……よく言ったもんじゃわい。アイデンティティ。自分が何者であるかという認識。個性の深化にはそれが何よりも深く関わっておる」

 

 

 正史において、今際の際で個性を飛躍させたのは五人。

 

 

 渡我と荼毘。二人は自らの個性の幅を大きく広げた。外見のみならず個性因子まで模倣する渡我の“変身”。荼毘の血に宿った氷叢の因子の覚醒、ヘルフレイムの変質。

 

 

 死柄木と麗日。触れた対象にしか効果を及ぼす事が出来なかった個性を、対象を媒介に伝播させる力へと深化させた。

 

 

 そして、爆豪勝己。死中で汗をより大きな粒へと変化させ、更にそれを全身から放出する様になった。

 

 

「個性というのは内的な面がある。なりたい自分を明確にイメージしているほど、個性因子はそこに辿り着こうと躍動する」

 

 

 ケースA『この世界でどう生きるのか(荼毘や渡我)

 

 

 ケースB『どの様にして他者と関わるのか(死柄木と麗日)

 

 

 ケースC『自分は何になりたいのか(爆豪勝己、灰廻航一)

 

 

「マズローの欲求段階説を思い出すよ」

 

 

「近い物があるやもしれん。ワシは神ではないから何とも言えんがの。ただ一つだけ確かな事がある」

 

 

 歩き方は違っても、道の果てにある物は変わらないということ。

 

 

「特異点。最後はそこに辿り着く。そして……かつてワシが発表し眉唾だと笑われたそれを、善院尚哉は真面目に調べていた。自分の身体さえ実験台にしてな」

 

 

「なるほど。彼の個性は十年前まで大気を対象には取れなかった筈だが、神野で平然と行使していたのはそのせいか」

 

 

「左様。捨てた物を拾いに行ったんじゃよ。それは真に愚かな者の行いだというのに」

 

 

 強くなりたかった。

 オールマイトや、スターアンドストライプの様に。失った筈の熱意は一人の少年が放った稲光によって再燃し、そして。

 

 

「惜しい人物を亡くしたね」

 

 

「全くじゃ」

 

 

 悪意によって踏み躙られた──それだけでは終わらない。尊厳は蹂躙され、名残を残して黒く染まる。

 

 

「私の仕事は反転かな?」

 

 

「流石はあのお方の因子を継ぐ者。話が早いわい」

 

 

 個性“反転”。性別や個性の能力を真逆の物へと変える異能。

 死穢八斎會での出来事を経て己に対する理解を深め、今日に至るまでマスキュラーと共に鍛錬に励んできたセブンは──その力を、他者の精神にまで行使できる様になっていた。

 

 

「脳への負担が大きいんだけど、大丈夫かい?」

 

 

「問題ない! それさえも計算のうちじゃ! それじゃあ行くぞ! 再起動、ポチッとな!」

 

 

 セブンから放たれた白い光が、培養槽で暴れていた脳無の中にいる善院尚哉の意思を反転させていく。

 

 

「さて……彼はどんな顔を見せてくれるだろうか」

 

 

 善は悪に。好意は嫌悪へ。それは正しさへの認知を歪ませ、本来ならば表裏のない常識にまで影響を及ぼしていく。

 

 

「そうじゃセブンよ。反転が解ける可能性はあるのか?」

 

 

「ほぼ無いと言っていいだろうね。精神への反転は時間が掛かる分、さっきも言ったけれど脳への負担が大きい──変化は不可逆だ。少なくとも、調()()()()()()()そうだった」

 

 

 ()()()()()()()()()

 

 

 しかし、それに怯えていては狂気の道を進むことなど出来はしない。真のヴィランとは、欲望が赴くままに走る者。止まる時は夢半ばで死ぬ時だけだ。

 

 

「後は雷神の戦闘データを基に教導を施せば……脳無ハイエンドを統率する個体、フラグシップが完成する! 理論上、マスターピースに次ぐ数値が出る筈じゃ! うひょ〜! 頑張ろう芋虫ちゃん! お主がスターアンドストライプを蹴散らし、我らが王に新たな秩序を捧げる日まで!」

 

 

 芋虫は蛹となり──羽化の時を待つ。

 

 

「それじゃ、私はそろそろ戻るよ。リーダーに怪しまれるといけないから」

 

 

「なんじゃ。コヤツの変態は見ていかんのか。これまで個性の最適化を邪魔しておった奴が消えたからのぉ……かなり面白い物が見れると思うが?」

 

 

「興味深いけど、今は彼らの方に興味があるんだ。あっちはあっちで今、凄い良いところでね。異能解放軍の方にも動きがあるんだ」

 

 

「……また同盟かの?」

 

 

「いいや? 向こうからしたら私たちは異物だ。必ず排除に動く。そう遠くない未来、戦争が起きるよ」

 

 

「マキアの手綱もまだ握れとらんのにか。アレも大概、不運な星の下に生まれたもんじゃ」

 

 

「君たちが言える事じゃ無いさ──ま、何を選ぶかは彼次第。そうだろう?」

 

 

 セブンの返答に、ドクターは微かに目を見開いてから「そうじゃな」と頷いた。

 そして研究所に背を向けて歩いていくセブンの背中に、小さい声で言葉を投げた。

 

 

「……混沌が黒く輝いておるわい」

 

 

 セブンに芽生えた自我がどこへ向かうのか。

 それを楽しみにしながら、ドクターは次の作業へと取り掛かった。

 

 

「ふむ。まだもう少し時間はかかるが、異能解放軍とのやり取りが直に片付くとして……同時期にマキアが死柄木を主として認めたなら……ほほう」

 

 

 ちょうど、死柄木がマスターピースとして完成する少し前に全ての用意が整う。

 

 

「楽しみじゃ」

 

 

 異能の全盛──黎明の世は直ぐそこまで迫っていた。

 





・曇らせ(山ほどのフラグを添えて)
最後が笑顔で終わるなら道中は何をしてもいい教の者です。よろしくお願いします。

・独自設定:個性の覚醒・深化のパターンについて
本文にこれ以上書くとちょっと邪魔かなと思ったので、後書きで補足という名の言い訳をさせてください。
①ケースA
荼毘と渡我の共通点は単純な能力の発展ではなく、別能力の獲得としました。他人がどうこうとか、自分がどうなりたいかって言うより、私たちはこの世界でどう生きるのかみたいな文脈を台詞に感じることが多かったので本文の様な括り方をしています。荼毘にとっての世界が家だとすると、多分そこまで矛盾はないはず……
②ケースB
“触れる”ことをトリガーに効果を発揮する個性を、触れた物から別の物へと伝播させる力に発展させた死柄木と麗日に、何か共通点あんじゃねーかなとずっと思ってて……絞り出したのがこれでした。麗日は渡我との対話の中で、死柄木は自分の過去を取り戻していく過程で、他人との関わり方に変化が生まれたんじゃないかなと。
③ケースC
爆豪、灰廻(ヴィランテ主人公)は自己を突き詰めた結果の覚醒だったので上記二つと別枠にしました。能力もシンプルな発展系に見える(見えるだけかもしれない)ので。

上鳴はケースB、善院はケースCです。

敵連合編の前に劇場版2・3を一気に進め、連合視点回を一、二回挟み、いよいよ終章という感じですね……長かった……もう暫しお付き合いいただけたら幸いです。

最後になりましたが、感想、ここ好き、高評価など、いつもありがとうございます。大変励みになっております。これからも頑張ります。
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