Side:刻晴
「“ファデュイ”…、それに“執行官”ですって…?」
刻晴は甘雨が言ったその言葉に僅かに目を見開かせる。
“ファデュイ”。それはテイワット大陸で最強の国力を誇る氷の国・スネージナヤの擁する組織。
彼らは表向きでは外交官や使者として大陸各国で活動しているが、その実態は表では外交特権や使者としての権限を用いて合法的に外交圧力をかけ、裏では各国に傾国の策謀を巡らせると噂されている存在であり、そしてその“執行官”というのはファデュイの構成員達を取り纏めている存在とも言える。
「はい、そうです。刻晴さん…。そして瞬詠さんは、そのファデュイや執行官達からの勧誘を受け入れる事はしませんでしたが…、ただ彼らの勧誘に対して拒否や拒絶することなく、彼らに“保留”と返答したようなんです」
「保留ですって…?」
「はい、そうです…。そして…」
甘雨は少しだけ顔を俯き、そして言葉を続ける。
「…瞬詠さんの返答に対し、ファデュイや執行官達らも、瞬詠さんの意志や判断を受け入れ、そして瞬詠さんの決断を尊重したようなのです。またそして…『受け入れがたき夢と消えることのない痛みを背負ったのならば、また白日の終わりに悔恨を抱き、偽りの誓いに怒りを覚えるのならば、それは我らの同志となりえる者。いつの日か我らが歩む暗き地の空、我らが向かう白夜極星への道の大空を飛んでくれる日がやって来るのを待とう…。全ては___」
甘雨は一瞬目を瞑る。そうして目を開く。
「___新たな秩序の始まりのため、無垢の夜明けのため……。我らは決して瞬詠を見捨てたりはしない。瞬詠が改めて自らの意志で決断し、我らと共に歩み、そして我らの空を飛んでくれると決断したのであるのならば、いついかなる時でも我らはいつでも歓迎しよう。また瞬詠が望む“それ”、我らの氷の女皇様に掛けあい相談してみよう。女皇様は慈悲深い御方であるから、きっと聞き入れてくれるはずだ』と、瞬詠さんは執行官らにそう言われたようです…。そしてそんな彼らの事、またそんな彼らの言葉を真剣に検討してしまった程、海山との戦いを終えた後の瞬詠さんは精神的にギリギリの状態まで追いつめられていたのです………」
甘雨は目を細め苦虫を嚙み潰したように、僅かに顔をしかめながらそのように言い述べる。
「…そう……だったのね………」
そして甘雨の言葉に、刻晴は噛み締めるように、小さくそう呟き、瞬詠の方に視線を向ける。
「はい、そうです。…ですから瞬詠さんは先ほどのその出来事、瞬詠さん達が成し遂げた海山を倒したという実績は誇れる偉業だとは全く思っていなくて、むしろ思い返す事すら辛い出来事と感じているみたいでした……」
「……成程ね」
刻晴は甘雨の言葉に少し考えると、すぐさまそれを肯定する。
「確かに普通に考えたら、ただでそんな大きな功績を上げる事なんて出来る筈無いもの。多くの犠牲を出したとしてもね…。けれど、実際は確かに大きな犠牲を出してしまったけれど、それを可能にした……。つまり、それほどまでに数多くの酷く過酷な経験と、それを生き抜いたからこそ得た力だったという事なのね………」
刻晴は納得するように軽く頷く。
「はい、刻晴さんの言う通りです」
そうして甘雨は刻晴の言葉に静かに同意を示す。
「そう…。それは確かに、とても辛い出来事、いえとても辛くて、そして二度と味わいたくないほどの過酷な出来事の連続だったでしょうね……」
(…そうだったのね…。私、“勘違い”していたかも…。だけど何となく少しだけ、彼の事を本当の意味で理解できた気がするわ……)
刻晴は甘雨の言葉に納得すると、心の中で静かに瞬詠に謝罪をする。
「そうですね…、刻晴さん……」
そして甘雨も刻晴の言葉に同意するように小さく頷く。
「…」
刻晴の瞳には千岩軍の隊長や教官達相手に一歩も引く事無く、そして彼ら相手に圧倒し始めている瞬詠の姿が映る。
千岩軍の隊長達や教官達をものともしないその実力、瞬詠のその実力というのは、その根底にあったものは、彼女の想像を絶するものであり、そして瞬詠の陰にはまるで深海のように暗く、とても深くて、そして重いものが影の底にあるように思えた。
「…えぇ、___」
(___でも“予定”は変わらないわ。それに真の意味で理解できたような気もするしね…)
刻晴はそう思い、それと同時に心の中でとある“決意”を密かに固める。
「…刻晴さん、その……、お願いします。瞬詠さんの事を………」
そして何かに気づいた甘雨は、刻晴に同意するように小さく頷き、そうして静かに刻晴に託すかのように告げる。
「…任せておきなさい、甘雨」
そうして刻晴は甘雨に視線だけを向けた状態でそう強く言い切ると、自らの決意を心の中で更に強固にする。
「…」
そして改めて、刻晴は正面の方に視線を戻し、今も尚、千岩軍の隊長や教官達相手に圧倒し続ける瞬詠と彼の戦う姿を見つめる。
「避けられ___ぐぁっ!?」
「強すぎ___がぁっ!?」
「くそっ!!早い…!!」
「っ…!?くそっ…!!身体の震えが、止まらない……!!」
「一体全体、本当にどうなっているんだ!?」
「な、何なんだ…!?この男はぁっ!?」
「ぐぅっ…!?本当にとんでもない方ですね…!!瞬詠殿……!!」
先ほどよりも千岩軍の隊長達や教官達の状況は目に見える程に状況が悪化している事が見て取れた。
瞬詠が息を切らし始めていた者や肩で息をしていた者達を優先的に攻撃したり、追撃を加え続けていたせいだろうか。
瞬詠が相手をしていた千岩軍の隊長達や教官達の10人達の内、1人はみっともなく完全に地面に倒れ伏し、2人は完全に膝を付いて既に体力が限界である事が誰の目にも明らかだった。
そして残りの7人中の3人程は、瞬詠の圧倒的実力を前に戦う気力や気概が完全に折れかかり瞬詠に対して恐れや怯えを抱き、また更にその内の1人は完全に戦意喪失し積極的な攻撃に移る事が出来なかった。
しかしそんな残り4人の千岩軍の隊長達や教官達は、まだ戦意は折れておらず、瞬詠相手に必死な攻防を繰り広げていた。
だが10人から4人に減った事で、当然のごとく千岩軍の隊長達や教官達の数の優位性は失われ、彼らは完全に劣勢に立たされていた。そうして10人でようやく何とか瞬詠を抑えていた状況が、4人になった事で、その4人が瞬詠に蹂躙でもされるかの如く、瞬詠の圧倒ぶりは更に加速度的に増して行っていた。
「嘘だろ…!?」
「隊長達が…!?教官達が…!?」
「なんなんだ、あのでたらめな強さは……!?」
「やばい、やばいぞ……!!まさかあそこまでの強さだとは……!?」
瞬詠と千岩軍の隊長達や教官達の戦いを眺めていた兵士達はざわつく。
瞬詠が教官や千岩軍の隊長達を相手に圧倒している様、それは彼らに千岩軍の隊長や教官達はそれぞれ恐怖と驚愕の表情をそれぞれ浮かべさせる程であり、特に事前の打ち合わせであの場に出る事は無かった別の千岩軍の隊長や教官達の表情は顕著にそれが表れていた。
そしてそれは千岩軍の隊長や教官達以外の普通の兵士達、また新兵や訓練兵、彼らの表情も同様であった。
「…はぁ、本当にだらしないわね」
そうしてその中、刻晴は溜息を吐いて呆れたような表情を作り、小さくそう呟く。
そして一歩、また一歩と前に進む。
「…」
そして刻晴の隣にいた甘雨は、刻晴を見守るかのように彼女の背中を見つめる。
「うん?えぇっ!?こ、刻晴様!?」
そうして瞬詠と隊長や教官達との戦いに食い入るように見入っていたとある千岩軍の兵士がいつの間にかすぐ傍にまで来ていた刻晴に驚きの声を上げる。
「なによ?そんなに驚く事はないんじゃないの?」
「い、いえ、申し訳ありません…。え、えーと」
刻晴は自分の隣に立っていた言葉を詰まらせる千岩軍の兵士の事を無言で見つめる。
「まぁ、良いわ。そんなことよりも、あなた、あなたの剣を貸してくれないかしら?」
「えぇっ!?け、剣をですか!?な、何故ですか……!?」
刻晴の言葉に、隣にいたその兵士は驚きの声を上げる。
「そんなの決まっているでしょう?今度は私が彼、瞬詠の相手をしてやろうと思っているからよ」
「えっ…!?こ、刻晴様自らが……ですか?」
「えぇ、そうよ…。そんなことよりも早く、貴方の剣を貸してくれないかしら?時間の無駄なのだけれど……?」
刻晴はうろたえているその千岩軍の兵士に剣を要求する。少しだけ苛立った様子で、まるで急かすように。
「あっ、はい!!分かりました!!えぇ、えっと、はい!!これです!!」
そうして兵士はすぐさま、慌てながら自らの腰に差していた剣を外すと、刻晴にそれを手渡す。
「えぇ、ありがとうね。…ふぅん、訓練用の木剣ってこんな感じなのね……」
刻晴はその兵士から剣を受け取ると、それを静かに見つめる。
そしてそのまま軽く頷きながら、体に馴染ませるように小さく振る。
「___なぁ、あそこにいるのって…?」
「___あぁっ!?刻晴様!?」
「___いや、何であそこで木剣なんて振っているんだ…!?」
「___…おいおい、まさか。いや、嘘だよな……!?」
そうして極一部の千岩軍の兵士達は刻晴の姿を見て、驚きの声を上げ始める。
「___よし」
(だいたいこんな感じかしらね……)
そうして極一部の千岩軍の兵士達に見つめられている中、刻晴は満足気な表情を浮かべながら、手に握った木剣を軽く振るい切ると同時に目を細め、そうして瞬詠に意識を向ける。
「___っぅ!?」
(っ!?…こ、これが…瞬詠が隊長達や教官達に向けていた殺気……!!)
その瞬間、ぞわりと肌を刺し突いてくるような鋭い殺気が刻晴に突き刺さり、彼女はその殺気に思わず驚きの表情を浮かべ、そしてたじろいだ。
「…ふふっ」
(えぇ…、本当に……、面白くなってきたじゃない………!!)
そして瞬詠の強烈な殺気を浴びていた刻晴は、それに屈することなく不敵な笑みを浮かべ、瞬詠の後ろ姿を見つめる。
「………」
そして千岩軍の隊長達や教官達を一掃する勢いで圧倒していた瞬詠は、刻晴が放つ気配、また闘気や殺気に察知したのか、彼女の出方を伺うかのようにその場で静止する。
「はぁ、はぁ、はぁ……。っぅ、い、一体どうしたんだ?」
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……。ぐっ、な、なぜ、いきなり動きを……?」
そして瞬詠に圧倒さていた千岩軍の隊長や教官達は、瞬詠が突然動きを止めた事に困惑して疑問の声を上げ、またそれと同時に瞬詠が猛攻を止めた事により緊張の糸が解けたのか、彼らはその場で次々と崩れ落ちる。
「…おい、刻晴……。お前さん、何のつもりだ…?」
瞬詠はゆっくりと後ろを振り返りながら、その鋭い眼光で刻晴を睨みつける。
その視線には、まるで返答によっては今すぐにでもお前をその場で殺すぞ、とでも言わんばかりの威圧が込められており、まさに一触即発といった状況であった。
「ふんっ、そんなの決まっているでしょう?___」
だが刻晴はそんな瞬詠の視線を気にも止めず歩きながら、また瞬詠が放っていた濃厚な殺気に慣れたのか逆にそれを鼻で笑うと、まるで馬鹿にするかのように顎を上げ、見下すように瞬詠の事を見返す。
「___私が、瞬詠の相手になってやろうと思ったからに決まっているでしょう?それに君が私の剣法にどこまで付いて来れるのか…、それも試したくなっちゃってね……。まぁそれと、私が選んだ選りすぐりの千岩軍の兵士達をこうも簡単に倒してくれた事に腹が立ったから、かしらね……?」
刻晴は不敵な笑みを浮かべ、そうして剣を一振るいしながら堂々と言い放つ。
「こ、刻晴様…!?」
「おいおい、嘘だろ…!?」
「嘘だろ…!?刻晴様自ら……がか!?」
「た、大将がか!?…凄いことになって来たぞ…!!」
そして瞬詠と刻晴のやり取りを聞いていた観戦していた千岩軍の兵士達は、刻晴の発言を聞いてそれぞれ驚愕に彩られた表情を浮かべ、ざわつき始める。
「こ、刻晴様…!!」
「刻晴様…!!わ、我々はまだまだ大丈夫です…!!まだまだ戦えます…!!」
「刻晴様の手を煩わせる事なんてありません……!!」
「瞬詠様も疲労が蓄積している筈です…!!このままいけば彼を倒せます……!!」
そして先ほどまで完全に戦意を喪失していた隊長達や教官達だったが、まさか刻晴が瞬詠の相手をすると名乗りを上げるとは思っておらず一様に驚愕、そうして彼らは一瞬で戦意等を取り戻し、そして一瞬にして瞬詠に立ち向かう覚悟を決めるかのように、ふらふらな状態で立ち上がり始める。
「いえ、大丈夫よ。貴方達はよくやってくれたわ。___貴方達は下がりなさい」
だがそんな隊長達や教官達の反応、そして千岩軍の兵士達の意気込みを刻晴は静かな口調で制す。
「し、しかし…!!」
「刻晴様、まだ我々は戦えます……!!」
「はい、まだやれます!!瞬詠様をこの手で倒しとうございます……!!」
「刻晴様……どうか我々にお任せください……」
隊長達や教官達は一斉に刻晴に対して懇願するような声を上げる。
だがそんな隊長達や教官達の事を、刻晴はまるで五月蠅い虫でも追い払うかのように手を振ってあしらう。
「何を言っているのよ?1対10という圧倒的な数の優位性がありながら、このような惨状を私に見せた貴方達が、よもやまだ戦えると思っているの?」
刻晴は冷たくそう言い放つと、千岩軍の兵士達を睨みつける。
「ぐっ…!!」
「そ、それは…!!」
その威圧感に千岩軍の兵士達は、蛇に睨まれた蛙のように口を閉ざす。そして刻晴の言葉を噛みしめるかのように、隊長達や教官達は悔し気な表情を作り、俯く。
「…はぁ、まぁ、別に今回のこの惨状と言うのは、隊長達や教官達のせいというわけでは無いわ…。ただ、そうね。___」
そうして刻晴はそんな彼ら、隊長達や教官達をフォローするかのように言葉を続ける。
「___ただ、隊長達や教官達が弱かったという事じゃない。そうではなくて、元々そこに立っている男、瞬詠が別格だったというだけ。……なにせその男、瞬詠は璃月七星の天権、凝光が直接連れてきた人物よ。そんな人物が只者なわけ、ないでしょう?」
「っぅ…!?て、天権様が連れてきた人物…!?」
「ぎ、凝光様…が……直接………!?」
「瞬詠殿はそのような人物だったのですか…!?」
刻晴の言葉に、瞬詠の猛攻に疲労困憊であった隊長達や教官達は動揺し、そしてどよめき始める。
「な、なんだと…!?」
「天権、凝光様直々にだと……!?」
「お、おい、それは本当なのかよ……!?」
「いや、大将が…、玉衡様が嘘を吐くわけないだろ…!!」
「あの男、本当に何者なんだ……!?」
「た、只者では無いと思ったが…!!か、彼は一体……!?」
そうして更にその言葉を受けて瞬詠と隊長達や教官達との戦いを観戦していたその他の千岩軍の兵士達もどよめき始め、皆一斉に瞬詠の方に視線を向けたのであった。
取り合えず、1か月に2回くらいの投稿ペースは維持したい…。
次回の投稿は4月の中旬の終わりか下旬の始まり辺りになりそうです。
また、次回の投稿も今しばらくお待ちください。