「…玉衡様。仮に稲妻やスメールで輸入した何らかの製品、また食料品や調味料と言ったものに加工等を施してからフォンテーヌ向けに売るとしたら、フォンテーヌで売るために一度遺瓏埠までそれらを運ぶ事となります。そうなるとまずは璃月港から望舒旅館にある船着き場まで陸路で運び、そこで荷物を船に積めてから望舒旅館の船着き場から沈玉の谷東端の船着き場まで水路で運ぶ事になります」
「その通りだ、甘雨。また例えば今度はモンドの特産品とも言える酒類の輸入を行い、そうしてそのお酒を稲妻やスメールにある支店に運ぶとなれば、今度はモンドとの国境である“石門”から“望舒旅館”、“帰離原”、そうして“璃月港北東の岩王帝君の七天神像がある集落の地域”、“璃月港”という順に陸路で運び、辿り着いた璃月港で輸送船に酒類を積め込んで海路で稲妻へ、はたまたそのまま西進して陸路でスメールへ目指すことになるだろう」
叔父はそう説明すると腕を組む。
「…いずれにしろ費用対効果の理由で隣国同士のそれぞれの港を直接結ぶ直通海路と言ったその海路以外の手段となってしまうと、例えばそれぞれ国境を隣接していないモンドやスメール間、またフォンテーヌや稲妻間の貿易や流通は、この璃月港から望舒旅館までの道中にある陸路を使う事になる。また例えば港での積み込む時間、積む場所に荷物を集める場所やその時間という出荷の効率の悪さ、そうして港に着いた際に発生する受け入れの効率の悪さを許容できず、一刻も早く輸送する事が求められるのであれば、これも陸路の方が望ましい場合となる。…それ故、その璃月港から望舒旅館までの通りというのは、甘雨が述べた璃月の大動脈や璃月経済の生命線だけではなく、テイワットの物流の大動脈、もしくはテイワットの流通の生命線とも言えるのだ」
叔父は甘雨に対して、そう語る。
「えぇ、そうですね。…確かに、この通りでクーデターなど起こされたら璃月はおろか、場合によっては七国各国に大打撃を与えることになりかねますね……」
甘雨は叔父のその言葉に静かに頷き、そう呟く。
「うむ……。その通りだ」
叔父は甘雨の言葉に頷き、そのまま話を続ける。
「…話を戻して、先ほど総評した結果、“帰離原”が最重要な地。すなわち璃月のアキレス腱とも言える璃月最大の弱点とも言える地であり、そしてこの地と言うのは地政学上の意味合いで璃月や璃月経済の命運を分ける最重要な地と言えるその理由についてであるが…」
叔父はそこまで言うと、一拍おく。そして叔父は目を細め鋭い視線を向けながら、言葉を続ける。
「___“璃月港”でクーデターなど起きれば、すぐさまクーデター軍は璃月港内を警備中の千岩軍、また隣接している各駐屯地や璃月港内の各地区の各詰め所、そこに駐在している千岩軍等の警備中隊や警備大隊達による大勢の正規部隊達の鎮圧活動によって瞬く間に制圧される事だろう。それは無論、仮に“璃月港北東の岩王帝君の七天神像がある集落の地域”でも同じことだ。___」
叔父はそう言うと、話の中で出したその地域の方角の方に視線を向ける。
「___その地域は璃月港と隣接している事から、璃月港やその近辺にいる千岩軍の兵士達にすぐさま璃月七星の命令や総務司等の命令が飛ばされ、そのまま即座に鎮圧軍の編成や展開が行われ、瞬く間に鎮圧軍がその地域に派兵されて短時間の内にクーデターが鎮圧される事になるだろう。そして“望舒旅館周辺”に関しては___」
叔父はそこで一拍おき、甘雨の方に向き直る。
「___わしは詳しい事は話せんが、だがまぁ望舒旅館周辺というのは、なにか異常や兆候があればすぐさま“とある七星”の耳に入るようになっており、そこでクーデターを起こそうものであれば、その準備段階を行った時点で異常事態としてその七星に伝わり、その七星は即座に璃月港にいる千岩軍等に命令を行い、そうして調査と言う名目でクーデター軍の中心人物達の捕縛や拘束を行う事になるだろう。だからその3ヶ所、“璃月港”、“璃月港北東の岩王帝君の七天神像がある集落の地域”、“望舒旅館周辺”の地点ででクーデター軍が決起すると言う事は考えづらく、それ故にその地で起こる可能性は低いと言えるだろう」
叔父は甘雨に対してそう説明する。
「はい、そうですね……。確かにその通りだと思います。ですから、“帰離原”が最重要な地であると…」
甘雨は叔父のその言葉に、静かに頷く。
「あぁ……。そうだ。そうなると“帰離原”が一番危険性が高いのだ…」
そして叔父は言葉を続ける。
「___“帰離原”は璃月港から一定の距離がある。それ故に“帰離原”でクーデターが決起しクーデター軍がその通りの封鎖に動いても、すぐさま対処する事は出来ない。またあの地は遺跡も多数あるが故、多くの宝盗団が出没している地域でもある。それ故に帰離原周辺にはかなり大規模な千岩軍の兵士達、数多くの部隊達が日夜活動を行っているのだ。であるからこそ、万が一でもあそこにいる部隊の大多数が千岩軍から離脱し、そうしてクーデター軍にでもなってしまえば、事態の鎮圧にはそれ相応の被害と覚悟を以って望まなくてはならなくなる」
「そうですね、玉衡様。それにあの辺りには大勢の千岩軍の兵士達だけでなく、魔物達や宝盗団等の討伐の為の拠点となる大きな駐屯地も複数あります。また他にもそうして彼らを見つけるための索敵、そうして周辺警戒や監視の為に設置された物見やぐらと言った監視塔などの千岩軍の関連施設も各地に点在しています…」
「そうだな、甘雨よ。そうしてそのための対宝盗団、対魔物達や対アビス教団への鎮圧準備活動と言う名のクーデター軍によるクーデターの準備をされてしまっても、璃月港にいるわしらはその事態を気づけない可能性が高い…と、わしは考えるのだ」
「成程…。玉衡様、確かに正当な理由となりますので月海亭や総務司等も異常事態に気づけず、クーデターを企んでいる部隊の軍備の増強の承認を行ってしまう可能性が高いと思えます……」
甘雨の言葉に叔父は「うむ」と頷くと、そのまま言葉を続ける。
「その通りだ。そうして実際に全ての準備を終えてクーデター軍がクーデターの決行を行い、帰離原のその通りが封鎖されてしまえば璃月は大変な事態に陥ってしまうだろう。またテイワットの各国と各国を陸路で結んでいる要所でもあるが故にその騒乱というのは璃月のみならず、モンドやフォンテーヌ、またスメールや稲妻と言ったテイワット各国にまで波及していくだろう。だから絶対にこの帰離原でクーデターなど起こされるわけにはいかないのだ……」
叔父は甘雨に対して、そう言う。そして続けて口を開く。
「それにだ。最悪を想定すれば“帰離原”と“璃月港北東の岩王帝君の七天神像がある集落の地域”にて大多数の兵士達が同時にクーデターを決起し、そうして璃月港から“璃月港北東の岩王帝君の七天神像がある集落の地域”に派兵された千岩軍の鎮圧軍相手に、その地域のクーデター軍が遅滞戦術などを取ってしまうなんてことも考えられる」
叔父は眉をひそめる。
「…そうなれば結果的に本命の帰離原にいるクーデター軍への鎮圧軍の進軍が遅れてしまうなんて事を許してしまい、そうなってしまえば帰離原にいるクーデター軍による完全封鎖が完成される事になってしまう。___」
叔父はそう言いながら腕を組み、難しそうな表情を浮かべる。
「___またそうして完全な迎撃態勢に入ったクーデター軍相手に鎮圧軍が対処すると言った事になってしまうだろう。最終的には激戦の末に鎮圧軍がクーデター軍の鎮圧に成功するとは思うが、それでも千岩軍全体ではとてつもない痛手を負う事になり、また経済的にも大打撃を受けた璃月はテイワット各国に与えてしまった各国経済への悪影響により、テイワット各国からの信用や信頼の失墜も避けられない事態に直面する事になるだろう……」
叔父はそう言って目を閉じ、一瞬思案する素振りを見せる。そして再び静かに口を開き言葉を紡ぐ。
「___そうしてクーデター騒ぎに対して岩王帝君はどう動くのかは予測がつかんが、少なくとも仙人達がどのような反応を示すのか…。わしが思うに“静観”ではなかろうか…」
「“静観”ですか…?」
「あぁ、そうだ」
甘雨の言葉に叔父は頷く。
「仙人達はかつての魔神の残滓に関する騒ぎ、またそれに関連する魔物騒ぎに関しては対処するが、人間が引き起こした騒ぎ、しかも璃月人達が引き起こしたクーデター騒ぎに関しては、起こったその事の本質を見極めたり事態の理解を行うため、まずは静観してしまうのではないかとわしは思っている…。そしてその静観という対応によりクーデター軍に時間を、またクーデター軍に一定程度の正当性も与えてしまう事にも繋がりかねん……。『仙人達は我らを止めなかった。つまり正当性は我らにある』と言った具合にな………」
「……」
甘雨は俯き、そうして完全に黙り込む。
確かに璃月の仙人達は基本的に魔神の残滓に関する事、そうして璃月にある程度以上の悪影響を及ぼす魔物や魔物を操るアビス教団関連のみを対処するという姿勢をとっている。
それ故、万が一クーデター騒ぎが起きたとしても『これは人間同士のいざこざ、ましてや璃月人達同士の問題であるから、まずは様子を見る。場合によっては関与せずに静観する』という事も十分にありえてしまう。
「___だが、“彼女”が言っていた“あの者”。今でも信じられんが“そういう者”が仮に七星直属となって千岩軍から独立した立場となり、言うなればその者が璃月の“空軍”的な役割を果たす七星独自の“暴力装置”になるといった感じの話が本当に実現化するのであれば、まぁ話は別だがな……」
甘雨が不安そうな表情を浮かべて黙り込む中、叔父は静かにそう呟く。
「玉衡様…」
そして叔父の呟きに気づかなかった甘雨は不安そうな表情を浮かべながら、叔父の顔を見つめる。
「……不安にさせすぎててしまったな、甘雨よ。だが安心しろ。これはあくまでも最悪な事態のケース、そんな事、そう簡単には起きはせんよ。それにわしら璃月人達はそこまで愚かな集まりでもない。ここまでの事態に至るその前までに、必ず食い止められるはずだ」
「…玉衡様、ありがとうございます。そうですよね、早々とそんな事態に至るわけがありません」
叔父の力強い言葉に、甘雨は少しだけ安心したような表情を浮かべる。
「___まぁとにかく、わしは必ず最善の選択肢を選ばねば……。言い過ぎかもしれんが、ここでの選択を誤ってしまえば黄金と繁栄の国の璃月が、暗黒と陰謀の時代にすらに入りかねないのだ……。そう思えてしまう程などにな………」
「………」
そうして叔父の鋭い眼光、そしてその言葉に甘雨は納得するように無言で、そして静かに力強く頷いた。
確かに叔父の言う通りである。いくら才覚や実力があるとは言え、そうした騒動の火種となりかねないような人物を後継者として推してしまえば、璃月の秩序を乱しかねない事態になりかねないだろう。
「…そうですね、玉衡様。そうして、その玉衡様が考え抜いた最善の選択肢と言うのは、___」
甘雨は頷く。
「___彼女、“刻晴”様を玉衡様の後任の次代玉衡として推し進めることなのですね」
そうして甘雨は、叔父が認めた“刻晴”という少女について話す。
「うむ……、そうだ」
そして叔父は、甘雨の言葉に静かに頷く。
「___刻晴。彼女であれば勤めを果たせるやもしれぬ。いや、必ず務めを果たしきることができると確信している。刻晴であれば、必ずわしらのこの璃月をより良き未来へと導いてくれる……」
叔父は力強く、そうしてどこか確信したように頷く。
「なるほど……」
甘雨は叔父の言葉に、納得し頷く。
そう、甘雨には分かる。その叔父の確信が、ただの確信などではなく明確な根拠に基づいたものであるのだと……。
それは叔父が長い間“玉衡”という座を務め、そしてその責務を果たさんとしてきたが故の、研ぎ澄まされた直感によるものか。それともその経験と知識によって導き出された確かな結論によるものか。
「___甘雨よ」
その時、叔父は甘雨に声をかける。
「はい」
甘雨は叔父の方に視線を向ける。
すると叔父はどこか穏やかな表情を浮かべ、そして甘雨に対して口を開く。
「…刻晴を、わしの自慢の娘をよろしく頼む。出来る限りで良い。刻晴の傍にいてやってくれ」
「玉衡様……」
叔父の言葉に、甘雨は静かに呟く。
「___刻晴は帝君や仙人達、そうして数多くの人々の思いを受け止めながら成長してきた璃月というこの国が好き、この国家が本当に大好きだとまで言った子だ」
「そうなのですか…!?刻晴さん、いえ刻晴様は……?」
甘雨は叔父の刻晴に関する言葉を聞いて、心底驚いたかのように目を見開く。
「あぁ、そうだ。そして…」
叔父は屈託のない笑みを浮かべながら甘雨に頷くと同時に言葉を紡ぐ。
「___刻晴はもっと誇りのある国にしていきたい、胸を張って誇れる国にしたい…。この長い歴史を紡いできた璃月という国家をもっとより良い国にしていきたいとまで言った純粋な子だ」
「そうなのですか………」
「あぁ、そうだ…」
そして叔父はその笑みを更に深めたまま、また深く頷く。
「…うむ、それでは頼んだぞ、甘雨。…それがわしの、“最期”の願いだ」
「っ……!?」
叔父のその言葉に、甘雨は言葉を失う。
叔父の甘雨に向けて放ったその言葉、その言葉に含まれている多くの意味。
甘雨は叔父のその言葉の意味の全てを、明確に理解する事はできない。
だがそれでも、その言葉に含まれている叔父の想い、刻晴に対する様々な思いは十分に理解できた。
「…」
甘雨はただ静かに頷いた。
そして頷いた甘雨は、その胸に来る複雑な感情を抑えきれずそのまま目を閉じる。そうして一呼吸置いた甘雨は、再び目を開けて叔父に対して答える。
「分かりました……。お任せください、玉衡様」
「あぁ、任せたぞ。甘雨」
甘雨の答えに、叔父は安心したように笑みを浮かべる。
「うむ…。っ、ふぁ~」
安心したような笑みを浮かべていた叔父は眠気に襲われ、小さく欠伸をしてしまう。
「すまぬな、甘雨…。少し眠くなってきたようだ……」
「大丈夫ですよ。あんまり無理をなさらないでください。玉衡様。もう年でもございますし、無理は禁物ですよ?」
「あぁ…。そうだな……。甘雨にわしのお願いをして安心したら、急な眠気がな……。ふぁ~」
叔父はそう言って、ゆっくりと欠伸をする。
「はい、今はお休みになってください」
「うむ……。そうさせてもらおう……。頼んだぞ甘雨……」
叔父はそう甘雨に答えると、そのままゆっくりと身体を横たえると、そのまま静かに目を瞑る。
「…」
「…」
そして数分後には安らかな寝息を立て、そうして心残りなど何もないような、そんな安らかな表情を浮かべながら叔父は眠りに付いた。
「……」
甘雨はそんな叔父の姿を見て、ただ静かに頷く。
「お任せください、玉衡様。安心して、お休みになられてください…。玉衡様の最期の願い、刻晴様の傍に私はいますので……。そうして万が一にも、刻晴様の身に何かが迫って来たのであれば、必ず私が彼女を守りきりますので……。安心して、お休みになられてください………」
甘雨はそう叔父に向かって答えると、その叔父の寝顔を見つめながら、静かにそう宣告する。
それは叔父との、もとい今代玉衡との最期の『契約』。二人しかいない部屋で行われた、二人だけの『約束』。
甘雨は一人静かに決意し、そして甘雨の誓いに安心したかのように眠りに就いた叔父の姿を目に焼き付けるように暫く見つめた後、甘雨はそのままそっと部屋を後にした。
そしてその数日後の早朝。
璃月七星、玉衡の座という椅子に座っていた一人の初老の男。そうして刻晴の叔父であった男は眠るように息を引き取っていた姿を、屋敷のとある使用人が発見したのであった。
第4幕もいよいよ終盤です…。
次回の投稿も今しばらくお待ちください…。