名前を無くした、天権の懐刀   作:久遠とわ

20 / 69
完成したので投稿。

GW最後の投稿となります。


_死は予測できないけど、規則はある

Side:刻晴

 

「……」

 

とある日の夕暮れ時の璃月港。璃月港内の『チ虎岩地区』と『緋雲の丘地区』を結ぶとある橋。その橋の上にて、刻晴は一人静かに夕日を眺めていた。

 

「……」

(叔父様…)

 

黄昏るように、刻晴は夕日を見つめながら心の中で静かに呟く。

まるで刻晴の心の中に穴が開いてしまったような、そんな空虚で、それでいて不思議な寂しさを感じさせるような感情が刻晴の胸中に渦巻いていた。

 

 

 

 

 

ついに叔父が、亡くなってしまった。

 

 

 

つい先日、本当に突然の事だった。

 

死因は老衰。寿命を全うし、この世を去ったという事だ。

 

 

 

「…叔父様」

 

本当に突然の事だった。あまりにも唐突すぎるその出来事に、刻晴は酷く動揺したのを覚えている。

 

 

 

 

 

早朝の屋敷。とある使用人の声。

 

そして呼応するように叔父の寝室から聞こえてくる大勢の使用人達の大きな声、また叫び声や悲鳴。そうして騒ぎに気づき叔父の寝室に駆け付けた刻晴が目にしたのは、安らかに眠るように息を引き取った叔父の姿だった。

 

 

 

その死に顔はとても穏やかなものだった。

 

 

 

「…」

 

そうして直ぐに屋敷は大勢の人達が出入りした事により、かつてない程の騒々しさが屋敷中を埋め尽くしていた。

 

叔父の死、そして璃月七星、玉衡の座という椅子に座っていた一人の初老の男が死んだという急報が璃月港中に響き渡るのに、そう時間が掛かることはなかった。

 

 

 

屋敷に集まった叔父と親しかった者達や、叔父の秘書や部下達。また叔父本人の警護や非番であった屋敷の警備を担当していた者達。そして生前の叔父と面識があった商人達、また叔父の同僚に当たる七星達本人までもが、屋敷の元に訪れてきた。

 

 

 

皆、叔父との急な別れに嘆き悲しみ、そして驚きを隠せない様子で、そして叔父の死を悼んでいた。

 

 

 

そうして___

 

 

 

 

 

「……」

 

刻晴は橙色の空を見上げる。

 

 

 

そうして叔父が亡くなったあの日から数日経った今日、璃月港の『緋雲の丘地区』にある『往生堂』にて葬儀が執り行われた。

 

 

 

 

 

葬儀は盛大、そして璃月古来の伝統に則った厳粛なものとなった。

 

叔父の親戚や友人、同僚に商人や知り合い達。そしてあの日に屋敷に訪れていた七星本人達や、叔父と交流のあった総務司を始めとする璃月の行政機関である七星八門の長達を始めとする者達。

また玉衡という役職の関係上、叔父と璃月の建設業界や不動産業界、生活インフラ等を中心とした璃月の様々な分野の業界の中心人物や重鎮達、そうして以前に叔父と直接的、もしくは間接的な取引を行っていた飛雲商会と言った大商会達の会長達を始めとする多くの人々が参列し、叔父のその葬儀は多くの人が訪れ、そしてその多くの者が涙していたのであった。

 

 

 

 

 

「……」

 

刻晴の顔に一筋の涙が滴る。そしてその涙の雫が橋の下を流れる小川にポタリと落ちる。

 

葬儀は終わり、そして今刻晴はこうして一人静かに夕日を眺めながら物思いに耽る。

 

 

 

「…」

(叔父様……)

 

心の中で叔父の名を呼びながら、刻晴は思い返す。

 

 

 

正直、刻晴は今でも受け入れられずにいた。悪い夢を未だに見ているのか、これは現実ではなく、自分はまだ夢の中にいるのか。そんな感覚が刻晴を襲っていた。

 

だがそれでも、叔父が亡くなったという現実は変わりようもなく刻晴の心に重くのしかかっていた。

 

 

 

 

 

「……」

 

空を見上げていた刻晴は視線を落とし、ゆっくりと沈んでゆく太陽によって橙色に輝く璃月港の海を見つめる。

 

刻晴の心境を映すかのような、暗い雰囲気に包まれてゆく璃月港の港湾。だがその遥か水平線にある海の水面に映し出される空は、今の刻晴の心とは正反対の透き通るような橙色の美しい空だった。

 

 

 

 

 

「……」

 

刻晴は無言のまま、ただ静かにその海を見つめる。

 

 

 

 

 

 

 

「おやおやぁ~。一体、どうしたのかなぁ~?…こんな所で一人泣いちゃってるなんてさぁ?」

 

 

 

「えっ___」

 

その時、一人静かに海を見つめていた刻晴は突然、背後から声を掛けられる。

 

その声に驚いた刻晴が振り向くと、そこにはニヤニヤとしながら愉快そうな表情で佇む少女の姿。

 

「えへへへ」

 

腰ほどまである茶髪の長髪にその髪を二つに結んだツインテールの彼女。そして頭に被った赤い梅の花付きの黒く古ぼけた山高帽のような帽子に、マンダリンカラーの赤いシャツに黒寄りの濃い色の襟と袖口のついた茶色のコート、そうしてそのコートの背中に神に認められた者であるという証である“炎の神の目”を身に着けていた少女が、後ろに腕を組みながらニヤニヤとしながら立っていた。

 

 

 

「あ、貴女は…」

 

「へへへ、『往生堂』七十七代目堂主、堂主の“胡桃”だよ!」

 

その少女、胡桃はそう言って笑顔を浮かべる。

 

 

 

「胡桃さん…。えっと、どうしたのですか?」

 

刻晴は胡桃の方を向きながらそう答える。

 

「ふふんっ、いいよ、いいよ。そんな堅苦し気にしなくて。それに胡桃さんじゃなくて、胡桃と呼んでよ?」

 

刻晴の問いに、胡桃はそう答える。

 

「え、あ、はい……」

 

刻晴はそんな胡桃に呆気に取られる。先ほどまで往生堂にて、葬儀を取り仕切っていた時の胡桃とはあまりにも雰囲気が違い過ぎたからだ。

 

 

 

往生堂の堂主として葬儀を取り締まっていた時は姿や格好は同じであれど、どこか凛とした雰囲気を纏い、堂主として相応しい立ち振る舞いをしていたのだが……。

 

今の胡桃は一転してその明るい表情を振りまきながら気さくな態度で刻晴に接してきており、まるで友人と話すような気安い雰囲気を醸し出している。

 

 

 

 

 

「…」

 

まるで別人のような砕けた様子の胡桃の態度に、刻晴は呆気に取られるしかなかった。

 

 

 

「隣、失礼するね。刻晴」

 

「え、えぇ、構わないわ。胡桃」

 

胡桃は刻晴の了承を得ると、刻晴の隣に立ち両腕を橋の手すりに乗せながら夕日を眺める。

 

 

 

「…それで、どうしたのさ?刻晴?」

 

「え?…いえ、別に何でもないわよ。胡桃」

 

刻晴はそう答える。

 

「ふーん……。そうか、何でもないか……」

 

胡桃は刻晴の返答に、少し考え込んだ後に呟くように言うと、ニヤリと笑って紅に染まる夕暮れの空を見上げる。

 

 

 

 

 

「___叔父さん。後悔や未練とか全く無さげみたいだったみたいだよ。それどころか、残された者達のこれからの事を期待していたみたい。あそこまで清々しい人、初めて見たかもしれないなぁ」

 

 

 

「っ___」

 

刻晴は胡桃の言葉に息を呑む。

 

そして、その言葉によって刻晴は叔父との今までの思い出が頭の中を駆け巡っていく。

 

 

 

 

 

叔父との、刻晴と叔父との日々。

 

屋敷にて、よく叔父と刻晴は様々な“問答”を行っていた。

 

 

 

 

 

「…」

 

刻晴は思い出す。

 

叔父との最後の問答であった数日前の“もしも自分が叔父と同じ璃月七星の玉衡という立場に立ち、そうして自分自身の意見や判断を求められた時、自分はどのような意見、そしていかなる決断を下すのか?”という問いかけを。

 

 

 

叔父との最後の問答は、刻晴にとってはこれまでの人生で最も複雑で難解な問答であったと言えるだろう。

 

 

 

 

 

「…」

 

叔父が求めていた答え。それが何なのか。

 

叔父が亡くなってしまった今になってはもう分からない。

 

 

 

 

 

だがあの時の、刻晴が導き出した答えに対し、叔父はただ満足そうに笑っていた。

 

 

 

「___後悔や未練は無かった…か」

(叔父様…)

 

刻晴は頷く。

 

そうして胡桃のかけられた言葉によって、改めて叔父が安らかにあの世へと逝けたのだと思う。

 

 

 

「…ねぇ、胡桃」

 

「ん~?なぁに?刻晴」

 

刻晴は夕日を眺め続けている胡桃に声を掛ける。胡桃は刻晴の声に、微笑みながら反応を返す。

 

 

 

「叔父様、後悔や未練無くあの世へと旅立ったことみたいだけれど…。どうして、叔父様は後悔や未練が無かったなんて、胡桃には分かるの?」

 

刻晴は夕日を眺め続ける胡桃にそう尋ねる。

 

「……ん?どうしてかって?それはね……」

 

「それは……?」

 

「___私が“堂主”。この往生堂の七十七代目堂主様だからだよ!」

 

胡桃は腰に手を当てながら、自信満々にそう答える。

 

 

 

「えぇっ…?ふふっ、なによそれ?」

 

そうして刻晴は、胡桃のそんな答えに思わず笑みが零れる。

 

 

 

「えへっ」

 

胡桃もまた、そんな刻晴の反応が嬉しかったのか満面の笑顔を浮かべる。

 

 

 

 

 

「えへへ…。___我々往生堂は、生きる者からお金を受け取り、死者を旅へと導く。二重の責任を負い、陰と陽の2つの世界の者を満足させる必要がある」

 

 

 

「えっ?」

 

刹那、胡桃の浮かべていた笑みが消え、まるで別人のような雰囲気を漂わせ始める。

 

 

 

「………」

 

そして胡桃は夕日へと向き直ると、その夕日を眺めながら刻晴にそう答える。

 

 

 

「故に我々は常に旅立つ者と見送る者達、それぞれの希望や彼らすらも気づいていない潜在的な要望に応えるために、あらゆる事柄に精通する必要がある。…だから、良かったよ。___」

 

胡桃はそう言うと、刻晴の方に顔を向ける。

 

 

 

「___今回の葬儀の主役でもある刻晴が、僅かにでもなにか不満を、そして後悔していたなら……。その後悔によって、葬儀を取り仕切る往生堂の堂主としての私の沽券にも関わってきちゃうからね」

 

胡桃はそう言い切ると、刻晴にニヤリと笑ってみせた。

 

 

 

 

 

「ふっ、そうだったのね。…なら、ごめんなさいね。別に私は不満等を抱いてないわ…。ただ……」

 

「…ただ?」

 

刻晴の言葉に、胡桃が不思議そうに聞き返す。

 

「ただ…」

 

刻晴は目を瞑る。

 

 

 

自分の中で渦巻いてくる様々な感情、そして叔父との一連の出来事を振り返りながら、刻晴は思案する。

 

 

 

 

 

ここ数日、刻晴にとってはあまりにも衝撃的過ぎた事が多すぎた。

 

そして璃月港のこの橋でようやく一息つき、そうして胡桃によって改めて叔父との様々な出来事を振り返りながらその一つ一つを丁寧に回想を行えたのだ。

 

 

 

「ただ、そう___」

 

刻晴は目をゆっくりと開く。

 

 

 

そうして自分の中にあった、ある一つの思いへと辿り着く。

 

「私は、私の心の底では、実はまだ叔父の死を受け入れてなんかいなかった。もしかしたらこの数日間の間で生き返ったり、葬儀の最中で突然目を覚ますんじゃないかって、心のどこかで期待しながら叔父の葬儀に臨んでいた。叔父の死を受け入れない…。今になっては恥ずべきその感情を……。私はやっぱり受け入れきれなかった」

 

刻晴は視線を落とす。どこか自嘲しながら、刻晴は自分に失望したかのようにそう語る。

 

「…ふ~ん」

 

そしてそんな刻晴に胡桃は意味ありげに頷き、そうして刻晴の眼を見つめる。

 

「…別にその感情は恥ずべき事じゃないと思うよ?だってそれが人間、一種の生きる者の証だもん。……、まぁ、でもね?」

 

「………」

 

胡桃はそう答えると、刻晴は僅かに下に向けていた視線を胡桃の方へと向ける。

 

 

 

「…陰陽は整然、運命は無常。死は予測できないけど、規則はある。覚えておいて___」

 

胡桃はそう言うと、刻晴に向き合っていた身体を再び夕日の方へと向き直る。

 

 

 

そして胡桃は、夕日を眺めながら刻晴に話し始める。

 

「___いつどんな時も、死を軽く扱っちゃだめ。死を理解し尊重してこそ、生きる価値を理解できるのよ」

 

そうして胡桃はそう言うと、ニッと笑いながら刻晴に視線を向ける。

 

 

 

「生きる価値?」

 

刻晴は胡桃のその言葉に、呆気を取られたかのような表情を見せる。

 

 

 

「そっ、生きる価値。刻晴はさ……。刻晴の叔父がなんであの世へ旅立ったのか、ちゃんと理解している?」

 

「私の叔父があの世へ旅立った理由……」

 

刻晴は考える。

 

 

 

 

 

叔父があの世へ旅立ったのは、他ならぬ“寿命”だ。

 

寿命以外に何かあるとでも言うのだろうか。

 

 

 

「寿命以外の理由なんてあるの?胡桃?」

 

刻晴は胡桃に尋ねる。だが胡桃は首を横に振る。

 

「ううん、違うよ~、寿命も間違ってないけど。実はそれ以外にもあるよ~」

 

胡桃はそう言うと、刻晴に向かってニヤニヤしながら話す。

 

 

 

「…胡桃、分からないわ。それは何なのよ?」

 

刻晴は胡桃にそう尋ねる。

 

「ん?それはね……。本人の“天命”を果たしきったからだと思うよ?」

 

「天命…?」

 

「そ、天命。ま、私の持論だけどね~」

 

胡桃はそう言うと橋の手すりをポンと叩き、そして器用に手すりの上へと跳んで、そのまま手すりの上に座る。

 

 

 

 

 

「___天命を全うする。それは定められた運命、それらを全うするという事。その人が人生でやり遂げたい事や、やり遂げなければならないを見つけ、そうしてそれらの結果問わずして確かに全てをやり遂げた時、人はその生を終えるの」

 

 

 

「天命、運命……」

 

刻晴は胡桃が言い放った言葉を呟く。

 

「そう、天命に運命」

 

胡桃は夕日を見つめながら、刻晴にそう話す。

 

 

 

 

 

「___人はこの世に生を受け、そうしていずれかはこの世を去る。そしてこの世に生まれたという事は、必ず何かしらの生まれてきた理由があり、また何らかの使命を請け負っているはず。それこそが運命であり、天命」

 

「………」

 

刻晴は胡桃の言葉を聞き入るように、静かにその言葉の続きを待つ。

 

 

 

 

 

「___そしてその使命を全うした時、人は天へと昇る資格を得る。それが人の生と天命の関係性、そして人の生と死の関係性が織りなす一つの人生という詩なんじゃないかな?」

 

胡桃は刻晴にそう答える。

 

 

 

 

 

「……」

 

刻晴は胡桃の言葉を静かに聞きながら、夕日を眺める。

 

 

 

 

 

正直、天命だとか運命だとか、よく分からなかった。

 

「……ふっ」

 

刻晴は僅かに笑みを浮かべる。

 

 

 

だがしかし、胡桃の話に従えば、あの世へと旅立った叔父は自らの天命や運命を果たし切り、そうして旅立ったと言うことになる。

 

つまり叔父は自分が生まれてきた理由、もしくは何らかの使命を果たし切ったという事。

そして叔父の生涯を考えてみるに叔父は璃月七星の玉衡として、立派にその生を全うしたと言える。

 

 

 

その事が刻晴にとってはとても誇らしく思えた。

 

「…ふふっ___」

 

刻晴は手すりの上に座る胡桃をチラッと見ると、僅かに笑みを浮かべる。

 

「___そうね。胡桃の言う通りだわ。叔父様は自らの天命や運命を全うした……。そう言えるのね……」

 

刻晴は夕日を眺めながら、静かにそう呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

___ははは……。それは嬉しい事だな。刻晴、刻晴の将来が楽しみだ。将来は立派なお嬢さん。もしかしたら、今のわしのように璃月七星の『玉衡』として、この璃月や璃月港に住まう人々の生活や日常を、彼らを支えてくれる立派な人物になれるかもしれないな……

 

 

 

 

 

 

 

「…っ!?」

 

刹那、刻晴の脳裏に刻晴が幼い頃のとある記憶、叔父が刻晴に掛けてくれた暖かい言葉が思い浮かんだ。

 

 

 

「“立派な人物”…」

(叔父様…)

 

刻晴は僅かに笑みを浮かべる。

 

 

 

思えば叔父が息を引き取ってから、刻晴がこれほどまでに落ち着いた気持ちになれたのは初めてであった。

 

なんとなくであるが、叔父の死を完全に受け入れたような気がしている。

 

 

 

 

 

「……」

 

刻晴はそっと頬に手を置きながら、静かに空を見上げる。

 

 

 

「叔父様……」

(安心してください…。私は叔父様が期待し、そして願ったように立派な人物となれるよう、私はこれから精一杯、生きていきます……)

 

刻晴はそう心の中で決意する。

 

 

 

 

 

「…良かった、良かった。良い顔になったね?…刻晴。…死を理解し尊重し、そして生きる価値を理解できたみたいだね」

 

胡桃はそんな刻晴を見つめながら、小さく笑みを浮かべる。

その笑みは、まるで自分の事のように喜んでいるようであった。

 

 

 

「そうね……。なんとなく胡桃が言った言葉の意味を理解できた気がするわ。…それに私の中でも区切りを付けられたような気がするわ。ありがとう、胡桃」

 

刻晴はそう答えると、胡桃に軽く頭を下げる。

 

 

 

「ん~ん、私は何もしてないよ。……でもまぁ、どういたしまして」

 

胡桃はそう答えると、刻晴に向かってニッと笑う。

 

「えぇ、胡桃。いつかこのお礼はさせて頂戴」

 

「あはは、そんなのいいよ」

 

「あら、そう?いや、でもね…」

 

刻晴は少し不満げながらも、やはり胡桃にお礼がしたいと申し出る。

 

「本当に大丈夫なんだけどなぁ~」

 

胡桃も苦笑しながらそう答える。

 

 

 

 

 

「___あっ、そうだ!!」

 

その時、胡桃は何かを思い付いたかのように手をポンと叩く。そうして胡桃はそう言うと、手すりからピョンと飛び降りて刻晴の目の前に立つ。

 

 

 

「刻晴!それならさ!今度、万民堂で奢ってよ!!」

 

胡桃はそう提案する。

 

「えぇっ?万民堂で?」

 

刻晴は胡桃の提案に驚く。だが刻晴はすぐに微笑みながら、胡桃に答える。

 

「えぇ、分かったわ。万民堂ね?約束するわ」

 

「うん!約束だよ?」

 

胡桃はそう言うと笑みを浮かべ、刻晴も笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

そしてその時であった。

 

 

 

 

 

 

 

「___むっ、堂主」

 

 

 

 

 

その時、胡桃と刻晴の後ろからとある男性の声が胡桃に掛けられる。

 

 

 

 

 

「っ!」

 

「おやおやぁ~、この声はぁ~?」

 

刻晴は急に声を掛けられたことに驚き、胡桃はその声に聞き覚えがあるのかニヤニヤしながら後ろを振り向く。

 

 

 

「“鍾離”さん!」

 

 

 

「うむ…。往生堂で見つからなかったから、いつの間にか外に出かけられたのではないかと思ったが、本当に外に出かけていたとは…」

 

胡桃の後ろから現れた人物。

 

その人物と言うのはベージュのドレスシャツに茶色と琥珀色のウエストコート、スリムな黒のズボンに黒のドレスブーツ、また琥珀色の宝石で喉元を留めた白いネクタイを身に纏った全体的にエレガントな格好をした男性。そして背中側の方に“岩の神の目”を身に着け、胡桃に“鍾離”と呼ばれた人物がそこに立っていた。

 

 

 

 

 

「…」

(あ、この人…)

 

刻晴は鍾離と呼ばれた男性を見る。この男性、鍾離は今日の叔父の葬儀の際に胡桃の隣に立っていた人物であり、また胡桃の補佐等を執り行っていた人物でもあった。

 

 

 

「鍾離さん!鍾離さん!どうしたのぉ~?わざわざ私を捜しに来てくれたのぉ~?」

 

胡桃はそう鍾離に尋ねる。

 

 

 

「うむ、実はだな。実は往生堂でとある探し物をしていたのだが、一向に見つかる気配が無くてな。そこで堂主にその探し物の在り処を聞こうと思ったのだが…。だが、取り込み中であったようだったな。申し訳ない」

 

鍾離は胡桃、また刻晴に向かって軽く頭を下げる。

 

「え、あぁ、別に気にしてもらわなくてもいいわ。もう話は済んだし」

 

刻晴はそう言いながら、鍾離に問題ないと伝える。

 

「私も大丈夫だよ~。鍾離さん。刻晴との話は終わったしね~。それに私の心配は全くの杞憂だったしね~」

 

胡桃は刻晴に続くようにそう言うと、鍾離に向かってニッと笑う。

 

「なるほど、刻晴殿と話をしていたのか」

 

「そうだよ~、鍾離さん。刻晴は葬儀が終わった後にこの辺りでずーっと、まるで魂が抜けたかのように、ボーッとしていたから、私が声を掛けてあげたんだ~」

 

胡桃は鍾離にそう説明する。

 

 

 

「…ふむ、そうだったのか、刻晴殿…。刻晴殿が抱いていた叔父上への思い、そしてその叔父上が亡くなってしまった痛みや苦しみ、心中お察しする……」

 

鍾離は胡桃の話を聞いてそう言うと、刻晴に向かって軽く頭を下げる。

 

「あ、いや、気にしないでくだい。鍾離さん。私は大丈夫です。ようやくですけど、全てを受け入れて区切りを付けられました。そして私は胡桃のおかげでやりたい事、やらなければならないことを見つけられましたので、もう私は大丈夫です」

 

刻晴は鍾離にそう伝えると、僅かにだが笑みを浮かべる。

 

 

 

「あぁ、それは良かった…」

 

鍾離は刻晴の言葉に笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

「ねぇ、ねぇ、因みにだけど刻晴が見つけられたやりたい事、やらなければならない事ってなんなのぉ~?」

 

胡桃は刻晴にそう尋ねる。

 

 

 

「えっ!?そ、それは…」

 

刻晴は少しだけ恥ずかしがりな様子を見せながら、胡桃に向かって話す。

 

 

 

「いや……まぁ……」

 

「ん~?なにさ~」

 

そして刻晴は恥ずかしがりつつ、胡桃に言う。

 

 

 

 

 

「……私はね…、“叔父様”みたいな“立派な人”になりたいの……」

 

そうして刻晴は胡桃、そしてまた鍾離の二人にそう言ったのであった。




次回、第4幕最終話となります。

なおGW終了により、次回から少しずつ投稿ペースが低下していきます。

現状、暫くの間はおおよそ一週間に一回程度の投稿ペースは維持できそうなので、次回の投稿まで今しばらくお待ちください。

—————
追記1
・鍾離登場シーン辺りの改行がおかしかったので、その辺りの改行の修正を行いました。

追記2
・最後の部分の描写を追加修正を行いました。(追加修正と言っても、『そして』や『そうして』を追加した程度です。読み直してみると、いつもならばそのような感じで締めくくっていたのですが、そう締めくくっておらず作者的に違和感を感じたため。)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。