名前を無くした、天権の懐刀   作:久遠とわ

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ようやく完成したので投稿。

想像以上に時間が掛かってしまった…。(ちょっとこのままだとゴールデンウイーク中に、あと2回投稿できるか分からないです……。)

前回の続き、胡桃が雲菫に刻晴が彼女の劇団の団員になっていたという件を指摘したところからです。


_刻晴さんと出会えたことは本当に幸運な事でした

Side:胡桃

 

「___ほぉ…。雲菫殿のその反応、それに彼ら刻晴殿に対する態度…。ふっ、やはりか」

 

「___へぇ…。やっぱり、刻晴は雲菫の所でも働いてたんだ」

 

胡桃の指摘と雲菫のその反応に、鍾離と香菱は興味深そうにそう呟く。

 

「えっ…。ご、ご存じだったんですか…?胡桃さん達は…?」

 

「いや、私は知らなかったよ。雲菫」

 

雲菫は胡桃達の反応に驚くようにそう尋ね、そんな雲菫の問い掛けに対して胡桃は首を横に振りながらそう答える。

 

「ただ実は刻晴って、璃月港中のあらゆる場所で働いていたみたいだから。もしかすると、雲菫のところでも働いていたんじゃないかな~、って思って」

 

胡桃はそう言いながら雲菫にそう説明する。

 

「やっぱり、そうだったんですか…。ふふっ、本当に彼女は凄い人です。あそこまで真面目で努力家な人、私は彼女以外に知りません」

 

雲菫は胡桃の説明に納得したかのようにそう呟くと、また再び面白おかしそうに笑みを零す。

 

「へぇ、そうなんだ~。雲菫もそう思うんだね」

 

「うん、そうだよね。本当に刻晴って頑張り屋だよ~」

 

「ふっ…。そうだな……」

 

雲菫のその言葉に胡桃と香菱はつられたかのように嬉しそうに笑みをこぼし、そうして鍾離も静かながらも穏やかな表情を見せていた。

 

「ふぅ…。因みに胡桃さん」

 

「うん、な~に?」

 

「刻晴さんが私の所で働いていると思ったのは、どうしてですか?」

 

そしてまた、ふと雲菫が胡桃がどうしてか自分の劇団の所で働いていた事に勘づいたのか気になった彼女は、胡桃にそう尋ねる。

 

「あぁ、それなら万民堂での事がきっかけだよ」

 

「えっ…。万民堂ですか……?」

 

「そうそう、万民堂」

 

「えぇ…、それってどういうことですか…?あの、香菱さん」

 

胡桃は面白可笑しそうに雲菫の問いに答えると、その答えに不思議そうにしていた雲菫は香菱の方に視線を移す。

 

「あはは、そうだね。雲菫。胡桃の言った通りだよ。刻晴が雲菫の劇団で働いていたように、刻晴は私の食堂の所でも働いていたの」

 

香菱は胡桃の代わりに雲菫にそう答える。

 

「えっ!?そうだったんですか!?」

 

「うん、そうそう。刻晴は中々だったよ。彼女は要領が良くて理解も早いし、私が説明した事の大半以上は大抵一回か二回で大体の事が出来るようになっちゃうんだもん」

 

「へぇ、そうだったんですか。やっぱり本当に凄い方です…。彼女は……」

 

「うん、本当にそうだよね。…あぁ、本当に勿体なかったなぁ。彼女の料理の腕は確かで、このまま辞めなかったら完全に私の助手としてやっていけていたのに。…ん~、本当に勿体なかったよ」

 

香菱は雲菫のその言葉にそう返すと、思わずその当時の事を思い出し、悔しそうに拳を握り締める。

 

「まぁまぁ、香菱。そんなこと言わずに彼女は本当に忙しいんだから。璃月七星という貴い身分。そんな彼女が身分を隠した上で万民堂を訪れ、そして働かせてほしいと香菱に懇願し、そうして香菱に教わりながら料理の道を共に追求した…。それはきっと璃月港中の料理人達が羨むほどの、そんな素晴らしい経験を香菱はしたんだからさ」

 

そうしてそんな様子を見せる香菱を胡桃はそう慰める。

 

「うん、そうだね。仕方ないよね。でもまぁ、彼女が休みの日は極稀に万民堂を訪れて、そうして料理の腕が鈍るのを防ぐためにわざわざ私に料理を振るってくれてはいるから、まだ良い方かもね。この前の胡桃と鍾離さんが刻晴に貸し切られた万民堂までやってきて、私と刻晴に料理を振舞われた時みたいに」

 

「ふふっ、そうだね。香菱」

 

「ふっ、そうだな。香菱殿」

 

香菱のその言葉に胡桃と鍾離は思わず笑みをこぼす。

 

「えっ…。刻晴さん、万民堂で料理を振るわれたのですか……?」

 

また香菱のその話を聞いた雲菫は、驚いたようにそう呟く。

 

「うん、そうだよ。本当にあれには驚いたよ~。あの日、彼女が作った“かにみそ豆腐”に“エビのあっさり炒め”は!!そうだよね、鍾離さん!!」

 

「あぁ、その通りだな。堂主殿。あれらはとても素晴らしかったぞ。それに食べた後に思った。あれらに秘められていた彼女の絶妙な後味と隠し味と言った今までの経験によって培われた工夫の成果、そして食べた時の食感にまで拘った程に突き詰めた彼女なりの食に対する研究と努力の結晶は、彼女の料理人としての確かな腕、そうしてあの時の料理人としての刻晴の誇りを感じられる素晴らしいものだった、と」

 

「だよね!!だよね!!…あぁ、本当に勿体ないなぁ。あんなに美味しい物を作れたんだからさ。刻晴、もし仮に七星という身分ではなかったとしたら、香菱の助手として、万民堂の二番手か三番手としてやっていけたかもしれないのにね……」

 

「ふっ…、そうかもしれないな。大衆料理でもあるあれらをあそこまで本格的な海鮮料理へと昇華させられた刻晴殿の料理の腕には、本当に感服した。そして彼女はおそらく、香菱の助手と言う器には収まらない程の可能性を秘めた料理人だった可能性もあった、と俺は思う。言うなれば今の彼女は、金色に輝く純度が極めて高い岩の元素の晶石である“石珀”。だがその石珀を更に磨き上げていき、また純度を高めていければ黄金の輝きを放つ真の石珀、正真正銘の“岩の心”と呼べるほどの非常に貴重な晶石のようになれたはずだ」

 

「うんうん、そうだね。鍾離さん。確かに彼女は香菱の助手と言う器には収まらないよね。あのまま料理の道を極み続けていければ、いずれ一人前の料理人。そうして香菱の親友でありながら最大のライバルにもなれたかもしれない…。うん、悪くないね。ありえたよ。そんな未来も…!!」

 

「ははは、そうだな。胡堂主殿。きっと、そんな未来もありえたかもしれないな」

 

胡桃と鍾離はそれぞれそう言い合いながら、ありえたかもしれない未来に思いを馳せる。

 

「もうやめてよ!!そんな事言うと、なおさら悔しくて仕方ないじゃない…!!あーあ、刻晴が万民堂での二番手、もしくは三番手か。うん、普通に想像できちゃうのがまた悔しいねぇ…」

 

「もうもう、香菱。そう落ち込まないでよ~」

 

胡桃は香菱のその言葉に苦笑しながらそう返す。

 

「うんうん、そうだね。まぁ、それに…」

 

「うん…?それに……?」

 

落ち込んでいた香菱はそう言うとニヤリとした笑みを浮かべ、そんな彼女に疑問を浮かべた胡桃は首を傾げる。

 

 

 

 

「___まだ、私は良い方だって分かっているから!!何故なら胡桃の所は刻晴がやって来てないし、彼女は今でも往生堂で働いた事もないもんねぇ!!」

 

「___うぐぅ!?」

 

香菱のその言葉に胡桃は悶絶する。まるで完全なカウンターでも食らったかのように、胡桃は呻き声を上げていた。

 

 

 

 

「香菱!!それ言わないでよ~!!」

 

「えへへ、ごめんごめん」

 

抗議する胡桃に香菱はケラケラと笑いながら、軽く謝る。

 

 

 

「___ふふっ、刻晴さんって。まだ往生堂の方で働かれた事、無かったんですね」

 

そしてそんな胡桃達の会話に、雲菫は思わず笑みをこぼす。

 

 

 

「おやぁ、雲菫。今、聞き捨てならない事を言ったようだね。もう一度言ってみてくれない?」

 

「いや、別に私は何も言ってません。気のせいですよ。胡桃さん」

 

そしてそんな雲菫の呟きが耳に入った胡桃が、怪しげな笑みを浮かべながら雲菫へと詰め寄ると、そう言って誤魔化す。

 

「う~ん。そうかなぁ?ふふふ、決めた。今度この堂主がプレゼンする往生堂、ドキドキワクワクの往生堂職場体験コースを雲菫、そして香菱、一緒に来ない?」

 

「え…?私と香菱さんもですか……?」

 

「え~。なに、それ?」

 

胡桃のその言葉に雲菫と香菱は笑みを浮かべながら首を傾げる。

 

「うんうん、そうだよ。面白そうでしょう?たった今、思いついたものだけど。絶対に楽しいという事だけは保証するよ~。少なくとも私はね~」

 

「ふふっ…。胡桃さん、なんなんですか、それは。私は自分の事で忙しいので遠慮しておきますね」

 

「ははっ…。胡桃。それ、絶対に胡桃の自己満足で決めただけでしょ。往生堂なら私達じゃなくて、“重雲”とか、また“行秋”とかでも良いんじゃない?私も雲菫と同じく万民堂の方が忙しいから、お断りするね」

 

雲菫と香菱はそんな胡桃の提案に、思わず呆れたように笑いながらそう返す。

 

「はい!!駄目ぇ!!雲菫と香菱達には拒否権なんてものはないよ~!!往生堂ドキドキワクワクの職場体験コースには強制参加!!ふっふ~ん。無論、さっき香菱が挙げてくれた“重雲”と“行秋”も強制参加させるからさ~」

 

「えっ…!?胡桃さん、滅茶苦茶すぎますよ!!」

 

「えぇ~!?胡桃、いくら何でも無茶苦茶だよ!!」

 

「はい、もうこれは決定事項!!異論なんか認めな~い!!私に喧嘩を売ってきた雲菫と香菱は後悔しなさい!!」

 

胡桃のその言葉に雲菫と香菱は抗議の声を上げ、胡桃は笑みを浮かべながらそんな二人の抗議を却下する。

 

「いえいえ、ただ私は事実を述べただけですよ!!胡桃さん!!確かに酷い事を言ってしまったのは、申し訳ありませんが!!」

 

「おかしいよ!!喧嘩を売って来たのは私じゃなくて、胡桃の方だよ!!それなら、胡桃の喧嘩を買うよ!?買っちゃうよ、胡桃!?」

 

雲菫は呆れたように、そうして困ったような笑みを浮かべながらそう言い放ち、そして香菱もニヤニヤと笑みを浮かべて、拳を握りながら胡桃にその言葉を叩きつける。

 

「おぉ!?なになに!?雲菫はまぁともかくとして、香菱は改めて私に喧嘩を売っちゃう!?ふっふ~ん、面白そうじゃん!!その喧嘩買っちゃおうかなぁ~!?ねぇ、香菱!!」

 

そしてまた胡桃も、香菱のその言葉に関しては予想していなかったのか、少し驚きながらも面白おかし気な笑みを浮かべる。そうしてまた胡桃は顔を上げて彼女を見下ろすようにしては、香菱にかかってこいと言わんばかりに挑発する。

 

「ふっ…」

 

そうしてそんなやり取りを見ていた鍾離は呆れたような、それでいて面白おかしげな笑みを浮かべる。彼女達のちょっとした喧嘩染みたやりとり、それが冗談である事を三人は理解しながらも白熱させていくそれら。目の前で行われていたそれらに対し、一種の胡桃達の仲の良さが窺えるその光景に鍾離は思わず笑みが零れる。

 

 

 

「___んっ、んんっ…!!香菱殿、それに堂主殿。いささか、はしゃぎ過ぎではないか?」

 

「あっ…。ごっ、ごめんなさい。そうだね、鍾離さん。…ふふっ」

 

「あ…。う~ん。そうだね。鍾離さん。やり過ぎちゃったわ。…ははっ」

 

鍾離の指摘に香菱と胡桃は途端に冷静になり、自分達の馬鹿さ加減に思わずまた笑い始める。

 

「全く、胡桃さん。それに香菱さんも…。ふふふ」

 

そうして急に冷静になった香菱と胡桃に、雲菫はクスクスと静かに笑う。

 

「ふっ。別に気にするな。香菱殿、胡堂主殿…。そういえば雲菫殿」

 

鍾離はそんな雲菫と香菱と胡桃のやり取りを見届けた後、何かを思い出したかのように雲菫にそう尋ねる。

 

「どうしましたか、鍾離さん?」

 

「ふと気になったのだが、刻晴殿は雲菫殿の劇団で働いていたとの事であろう。俺はその時の話が気になってな。差し支えがないのであれば、是非とも教えて欲しい。興味が湧いた」

 

「あっ、私も聞きたいなぁ~。ねぇ、雲菫」

 

「私も私も、雲菫。その時の事、教えてよ」

 

鍾離のその言葉に胡桃と香菱も雲菫にそう言って、雲菫へと詰め寄る。

 

「ふふっ。はい、分かりました」

 

そうしては同意するかのように雲菫は頷くと同時に思い出すかのように、少し遠くを見ながら話し出す。

 

 

 

 

「___そうですね…。とある日の事、この茶館で今日のように劇の予行演習をしていた日の時でした。あの日の私は数日後に控えていた劇の本番に向けて予行に取り組んでいて、そうして予行演習を終えた時に“寸華”と名乗る人が茶館が急に現れて、そうしていきなり自分を私の劇団の所で働かせてくれないかと、私に頼み込んできたんです」

 

「寸華…?ふ~ん、その人って……」

 

「へぇ…。“寸華”……か」

 

雲菫はそう語ると、“寸華”という名前に対して何かを察したのか胡桃と香菱はニヤニヤとしながらそう呟く。

 

「ふむ、その“寸華”という人物…。その正体は“刻晴”殿か?」

 

「はい、その通りです。偽称した彼女です」

 

鍾離の質問に対して雲菫は頷きながら、肯定する。

 

「実はあの時の私はいきなりであったのでびっくりしてしまい、またあまりにも熱意等もあったので断ろうにも断り切れず、ただただ困り果てていました。ただその時に、その出来事を見ていたここのオーナーの範二さんが彼女を受け入れてみたらどうだと、私に言ってくれて…。そして彼女の熱意に折れた私は、彼女を自分の劇団の所で働く事を許したのです」

 

「ほぉ…」

 

「うんうん、そうなんだね。なるほど~」

 

「へぇ~。そうなんだ」

 

雲菫の言葉に鍾離は興味津々な様子で頷き、胡桃は腕を組みながらうんうんと頷き、香菱はニヤニヤと笑みを浮かべる。

 

「はい、そうです。初対面の時、そうして働き始めた当初の時の彼女と言うのは不思議な人、言ってしまうと正直少し胡散臭くて、そうして怪しい人だなと思ってしまっていました。彼女と付き合ってみると、本当に色々と隠し事が多いという事が分かりましたから…」

 

「ふっ…。胡散臭い、か……」

 

「ははっ、怪しい人ね~。まぁ、しょうがないよね~」

 

「うんうん、しょうがないよね~。その時の刻晴はお忍びだったんだから~」

 

雲菫の刻晴を胡散臭い人、怪しい人という発言に鍾離は思わず口角を上げ、胡桃と香菱は面白おかしそうにうんうんと頷きながらそう言う。

 

「はい、そうですね。確かにあの頃の彼女はお忍びであるが故、今の刻晴さんが着ているような明らかに上質な服を着ていたわけではありませんでしたし、また変装の為に眼鏡を掛けていました。それに彼女の特徴的な髪形も完全に偽装するためにポニーテールにまでしていましたから。…でも、刻晴さんのそのお忍びというのは私の所では完全には成功しませんでしたが…」

 

「へぇ、そうだったの?」

 

香菱は雲菫の言葉に、意外そうにそう言う。

 

「はい、そうです。実は私は気づかなかったのですが、刻晴さんが私の所で働きたいと頼み込んだ時、彼女の立ち振る舞いと雰囲気からなのか、茶館のオーナーの範二さんがこの女性は只者ではなさそうだと、そう感じ取ったようなのです。また私の劇団にいる一部の年配の方々達も刻晴さんを見て、彼女が只者ではない事を察してはいたようでした」

 

「ほぉ…。完全ではないにしろ、範二殿は刻晴殿の正体に勘づいたのか……」

 

「へぇ、成程ね~」

 

雲菫の説明に鍾離は興味深そうに、そして胡桃も興味深そうに頷く。

 

「はい、そうなんです。それに後日、範二さんにどうして私に受け入れるように言ったのかに関して尋ねた時、彼は『あれは完全に私の勘だ。まず間違いなく、あの時の彼女の格好や振る舞いからして、ただの一般人や庶民のものではなかった』と言っていました」

 

「ほぉ…」

 

鍾離は頷きながら雲菫の話の続きに耳を傾ける。

 

「そうして『もしかすると彼女は貴族出身、名家のお嬢様という可能性もありえるのかもしれない。例えば彼女は社会勉強のためにお忍びでやってきたとかも考えられる。そうであればこれはチャンスだ。彼女を通じて私の茶館は貴族や名家といった人達の繋がりを得られるかもしれないし、それに彼女自身からも何か大きなもの、大きな可能性を秘めているような、そんな気がした』と、彼はそう仰っていました」

 

「ふむ…、成程…。彼女自身が秘める大きなもの……」

 

「へぇ~、そうだったんだ~。刻晴が秘める可能性か…」

 

「そうだったんだね。改めてになるけど、本当に凄いんだね。刻晴って…」

 

そう語る雲菫の言葉に鍾離と胡桃、香菱の三者は興味深そうに頷く。

 

「はい、そうですね…。実際に本当に刻晴さんは凄い人でした……」

 

雲菫はまるで昨日の事でも思い出すかのように、刻晴との思い出を語り始める。

 

「刻晴さんが私の劇団に入った後、彼女は主に劇の裏方、小道具や衣装管理の仕事を率先して行ってくれていました。そして彼女の仕事っぷりというのは私達の想像を超える程に丁寧でした。そして先ほど香菱さんが語ってくれた通り、彼女は要領が良くて理解も早かったので、刻晴さんは最終的に私の劇団の裏方責任者の補佐役みたいな立場にまでなってくれて、私達劇団の皆さんを影から支える存在になってくれたのです」

 

「ふっ、やはりな…」

 

「おぉ~。流石刻晴だね~」

 

「へぇ~。流石だね~」

 

雲菫の言葉に三人はそれぞれそう言った反応を示す。

 

「はい、本当です。それに彼女は裏方だけではなく、私の個人的な手伝いをもしてくれました」

 

「雲菫の手伝い?なに、それ?」

 

「なになに?なにをしたの?」

 

胡桃と香菱の二人は雲菫の言葉に、興味深そうに尋ねる。

 

「はい。実は私はより劇を良くするため、私は自ら劇の脚本を手掛ける事もあるのですが、その際に彼女はその脚本作りを手伝ってくれる事もあったのです」

 

「えっ!?脚本づくりを!?刻晴が…!?」

 

「えぇっ!?そうだったの!?」

 

「ほぉ…。意外だな……」

 

胡桃と香菱は刻晴の知られざる一面を知って驚愕し、また鍾離も意外そうな反応を示す。

 

「はい、そうです…。脚本作りで大切な事。それは勿論、面白いストーリーや感動するシナリオを考えなければいけなりません。そしてそれを生み出すには数多くの物語、つまり様々な伝記といったものや仙人達等を始めとする伝説等をも正しく知っておかなければならないという事、またそれと同時に璃月の様々な伝統文化や伝統工芸品といったものやそれらの由来といったものまでも知っていなければなりません。そしてそれら全てから、その脚本に合うような展開や要素を抽出していかなければならないのです」

 

「うむ、そうだな。雲菫殿」

 

「へぇ、そうなんだ…。凄いね……」

 

「雲菫の劇ってそこまで丁寧に、とても緻密に考えて作られてたんだ…」

 

雲菫の言葉に、三人はそれぞれ反応を示す。

 

「はい、そうですよ。一つの脚本を作るにはとても大変な苦労が伴うものなので…。それに実は、今までの私というのは劇団の看板役者としての日々の特訓や努力のみで手一杯で、私の脚本作りというのは難航、また出来上がった物もどこか違和感や微妙さがありまして……。ですが、私は刻晴さんとの出会いで大きく変わる事ができました」

 

雲菫はそこまで言うとほんの少し顔をあげて、そして力強きな笑みを浮かべる。

 

「刻晴さんは私よりも璃月の数多くの物語や仙人達や岩王帝君を始めとする伝説の数々、また璃月の伝統文化や伝統工芸品の由来といった事に詳しいだけでなく、またそれらに対して彼女なりの考えや解釈までをも持っていました。そしてそんな彼女は私が今まで作り上げてきた脚本に対して、なにが原因で微妙になっているのかを彼女なりに指摘してくれたり、違和感の原因となっている部分を見つけ出してくれました」

 

「ほぉ、そうなのか」

 

「はい、そうです。そうしてそれらを通じて私が勘違いしていた璃月の物語や伝説といったものを正しく理解させてくれたのです。…璃月の物語や伝説、そうして伝統文化を始めとするそれらに対し、あそこまで熱心で詳しい人と出会えたことは本当に幸運でした」

 

「そうだな、雲菫殿」

 

鍾離は同意するように、縦に頷く。

 

「はい。そうですね、鍾離さん。刻晴さんと出会えたことは本当に幸運な事でした…。刻晴さんが私の脚本づくりの手伝いの一環として彼女が知りうる限りの物語や伝統を教えてくださるだけでなく、脚本づくりで使う伝記や伝説を取り扱った書籍探しとして、私と共に万文集舎で本を一冊一冊と手を取りながら書籍を探し回ってくれたりまでしてくれました」

 

「ほぉ…、そうなのか……」

 

「はい、そうです。鍾離さん。本当に刻晴さん、彼女のあのような姿やあの姿勢に私も含めた劇団の誰もが感銘し、また劇団の年配の方々やお年寄り達は今の璃月にまだまだあのような熱心な女性がいたのかと、それは大変感動し、そうして大層喜んでいました。それこそ彼女の役者の才覚を見ていた一部の人達は、私に彼女を裏方ではなく役者として表舞台に立たせてみてはどうかと、私や刻晴さんに熱烈に勧めてきたぐらいにです」

 

「なに…。刻晴殿が、役者に…?」

 

「えぇ!?雲菫の所の役者に!?」

 

「嘘でしょ!?刻晴って、役者の才能もあったの!?」

 

雲菫のその言葉に鍾離は僅かに目を見開かせ、胡桃と香菱も目を見開かせては驚きの声を上げる。

 

「はい、本当です。私もとても驚きました。それは完全に予想外な事でしたから…」

 

雲菫は困ったような笑みで、そう答える。

 

「ある日の午後の事だったのですが、劇の練習の時にとある役者さんが急遽お休みしてしまった事がありまして、その時に代行として、試しに刻晴さんにその人の役をお願いしてみたんです。そして劇を通してみましたら思った以上に彼女の演技が迫真で、迫力がありましたので…」

 

「ほぉ…。雲菫殿、因みに刻晴殿はどういう役を行ったのだ?」

 

「うんうん!!刻晴はどういう役をやったの!?ねえ!!雲菫!!」

 

「教えて、雲菫!!私、凄く気になる!!」

 

雲菫のその言葉に鍾離は興味深そうに頷き、胡桃と香菱の二人は目を輝かせながら雲菫にそう詰め寄る。

 

「ふふっ、勿論お教えしますよ。彼女が担当しました役と言うのは、行方不明になった師匠を探している義侠心溢れた女剣士、という役でした。その時の彼女の演技は迫真で迫力のあるもの。とても凛々しくて勇猛果敢、そしてまた彼女の剣戟の腕も素晴らしいもので、大変凄かったです」

 

「ほぉ…」

 

「へぇ~。義侠心溢れた女剣士か~」

 

「うんうん。それって、凄く刻晴に合う役じゃない?」

 

雲菫の説明を聞いた鍾離は深く聞き入り、胡桃と香菱はうんうんと頷く。

 

「はい、本当に刻晴さんにぴったりな役でした。その役は劇の中盤から登場する役で、そして終盤の中間辺りまで私と共に行動する役でした。そうして最終的には時間を稼ぐために私と別れて妖魔の大群と独り対峙するという最後だったのですが、あの時の自分の故郷を思いながら自らの死を受け入れ、そして自身の全てを私に託した事で完全なる名もなき英傑の如しとなった刻晴さんのその姿は非常に迫真で迫力満点、とても凄まじかったです」

 

「ほぉ…。凄いな、是非とも見てみたいものだ」

 

「うわぁ~!!なにそれ~!!凄く見たい!!」

 

「そうだったの!?凄くいいじゃない!!見てみたい!!」

 

雲菫の刻晴の役者姿に対する感想に鍾離は深く頷き、胡桃と香菱は前のめりになりながらそう言った。

 

「はい、本当にです。あの時の私も思わずかっこいいと思ってしまったほどです。私も含めてあの時、劇に参加していた者達は皆、刻晴さんのその雄姿に大変感動して喜んでいました。彼女は役者としての特訓やレッスンを受けていませんが、既にその才覚の芽が十分にあると、そう感じさせるほどでした。仮に彼女が役者となる場合であれば、劇で歌を歌わせるのはまだまだなため、少なくとも数か月程度の練習期間が必要かもしれません。ですが___」

 

雲菫はそこまで言うと一度言葉を切り、そしてまた口を開く。

 

 

 

「___彼女は剣戟の場面や殺陣の場面等であれば既に卓越していると言っても過言ではないほどの実力を有していました。それは私と刻晴さんの殺陣の場面、私が槍を手にして刻晴さんが片手剣を手にし、お互いにお互いの背中を預けながら共に戦い抜いていく場面での彼女の剣戟の腕前を間近で見ていたからこそ、私はそう確信しています」

 

「ほぉ…」

 

「へぇ~」

 

「凄い…」

 

雲菫のその言葉、彼女が語る刻晴の殺陣の腕前に対する感想に、三人は感嘆の息を漏らす。

 

「はい、本当にです。後から刻晴さんが教えて頂いたのですが、実は彼女は雲来剣法の使い手でもあったのです。幼い頃から彼女は修練の一環として剣の道を、また自身の自衛や護身のために剣法を学び続けて、遂には雲来剣法というその剣法を自らの物としていたとの事でした。ですから、彼女が殺陣を予想以上に上手く出来たのはそれが理由だったのかもしれません。それにですね。実は彼女は既に実戦経験もあったようなんです。例えばそれは“とある鏢師の男の人”と___」

 

雲菫は少し興奮した様子を浮かべながら、鍾離や胡桃と香菱に語る。

 

 

 

 

 

___そして、その時であった。

 

 

 

 

 

 

 

「___はぁ、はぁ、はぁ…。や、やっと、辿り、着いた…!!」

 

 

 

___その時、茶館の階段の方から疲れ切ったかのような男の声が響いてきた。

 

 

 

 

 

 

「___あら…?」

 

「___むっ…?」

 

「___うん…?」

 

「___えっ…?」

 

その声に気づいた雲菫、そして鍾離と胡桃に香菱の三人は声がしてきた方へと顔を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

「___はぁ、はぁ、はぁ…。ゲホッ、ゴホッ、ゴホッ!!」

 

 

 

___そこには全力で駆けてきたのか、荒い息を苦しそうに吐きながら床に膝と手をついていた男。一人の千岩軍の兵士の姿が、そこにはあったのであった。

 

 




次回に続きます。

いよいよ次回からこの第7幕、「反刻晴派殲滅作戦、“刻晴”過去【終節】」編も終わりに向かって動き始めます。


それでは次回の投稿まで、また今しばらくお待ちください。
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