名前を無くした、天権の懐刀   作:久遠とわ

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完成したので投稿。

なお、本作品のあらすじにある通り、今回での第7幕の最終話は中止としました。


理由としては本来の予定では今回で第七幕が終了する予定でしたのですが、随筆を行っていて想像以上に長くなってしまった事。
また本幕の閉幕までの大まかの流れとして、今の夜蘭のシーン、凝光のシーン、刻晴のシーンと展開していく予定で、最後の刻晴のシーンに関しては本幕までに登場してきた璃月キャラを全員出す予定だったのですが。
このまま当初の予定通りに行ってしまうと前半の夜蘭のシーンで彼女が出てきて、そうして少し時間の飛んだ刻晴のシーンでも再び夜蘭が出てくるという作者個人的な違和感や、その話の中での時系列的な意味で少し不自然さが目立ってしまうのではないかと考えました。

そのため、今回は夜蘭のシーンと凝光のシーン導入までと区切る事にしましたので、どうかご了承してください。



それでは今回は最終局面の後半、前回の夜蘭が味方に回った男の止血処置を施し終えた所からです。

今回も様々な事が明らかになり、また若干の“考察ネタ”も含まれています。


それではどうぞ。


_命を捨てられるか?天権の為、夜蘭の為に

Side:夜蘭

 

「はぁ、本当に良かった。無事に止血をする事ができて…」

「本当にだ。何ともなくて、命に別状は無さそうなようで…」

「もしもあの弾丸が彼の腹を貫通してしまっていたと思うと…」

「夜蘭様を身体を張って守ってくれたんだ。死んでしまったら困る」

「そうだな。死なれたら俺達の面目が立たん。本当に良かった」

「あぁ、本当にだ。敵でありながらも、まさか命の恩人になるなんてな」

 

夜蘭の部下達や協力者達は、夜蘭によって止血をされたその男の無事な様子に安堵する。

 

「は?おいおい…」

 

そうして止血をされたその男は、先ほどまで自分に対して殺気や殺意を隠さずに向けていた者達のその変わりように、思わず呆然とする。

 

「ふふっ、おめでとう。君は完全にこちら側の人間になったわよ」

 

夜蘭は、唖然としている男に対して微笑みながらそう言う。

 

「おい、既成事実で更に固めようとするな。こっちとしちゃあ、無理矢理お前ら側に引き込まれみたいで良い気分じゃないんだが…」

 

男は呆れた顔を浮かべながら夜蘭に対してそう返す。

 

「ふふっ、それもそうね。まぁ、そんな事よりも“さっきのその選択肢”。君の言う“第三の選択肢”、“最後の選択肢”についてを教えてくれないかしら?」

 

夜蘭はそんな男の反応に対して笑みを浮かべながらも、すぐに真剣な表情を浮かばせて男にそう尋ねる。

 

「あぁ、その事か。良いだろう」

 

男も夜蘭のその反応に対して、特に気にした様子もなく、そうしてその男の反応を伺う夜蘭に向かって不敵な笑みを浮かべながらそう返す。

 

 

 

 

「_“第三の選択肢”、“最後の選択肢”というのは『俺や俺達が夜蘭達の二重スパイになる』事だ」

 

男は夜蘭に向かってそう答える。

 

 

「_『二重スパイになる』。ふ~ん、成程ね…」

(へぇ、面白いわね…)

 

そしてそれに対して、夜蘭は軽く笑みを浮かべながらそう思う。

 

「ほぉ。二重スパイ、だと…」

「成程、第三の選択肢は二重スパイか…」

「二重スパイ、確かにリスクは高そうだな…」

「わざと帰して逆に潜り込ませるという事か…」

「だが、それは…。本当に上手く行くのか……?」

「確かに悪い案ではなさそうだが…。しかし……」

 

そうして部下達はその男の提案に、口々にそんな反応を見せる。

 

「ふっ。成程ね。面白い案だとは思うわよ。だけど、本当に上手く行くのかしら?」

 

夜蘭はその男の提案に対して、そう尋ねる。

 

「あぁ、上手く行けるさ。ただ前提として、夜蘭や夜蘭達の仲間や協力者達、それに七星達を始めとする全面的な協力が必要となるがな」

 

男は夜蘭のその質問に、そう答えを返す。

 

「へぇ、成程ね…。上手く行くという根拠は?それに全面的な協力というのは具体的に、どういうことをすればいいのかしら?」

 

夜蘭は続けて男にそう尋ねる。

 

「あぁ。まず上手く行ける根拠というのは、先ほど述べた通り夜蘭の部下達や協力者達というのはとても仲間思いで、お互いに信用、信頼しているという事で、俺達はその逆といった事だ。上の連中、幹部達は基本的に自分と同じ立場の人間か、自分の直下の人間しか信用、信頼していない。そしてそれはつまり、それより下の奴らの考えや意見など重視なんざしてないし、そもそも持たなくていいとまで考えているという事だ」

 

男は夜蘭のその質問に対して、そう答える。

 

「ふ~ん。まぁ、それはそれである意味、合理的なものなんじゃないかしら?それで?」

 

「あぁ、それで彼らが信用しているのは、あくまでも自分達と同じ立場の人間や直下の人間の考えや意見、そうして彼らの耳に入る“報告”と“事実”だけだ。つまりは彼らの抑えるべき要所というのは、案外少ないという事なんだ」

 

「成程…。それってつまり、例え君達の下の者達、一般の構成員達がどんなに君の事を怪しんだり訝しんでいたとしても、幹部達を始めとする上の者達は決定的な証拠や出来事が無い限りは、君を味方と決めつけて一切の警戒をしないという事かしら?」

 

「あぁ、だいたいはそんな感じだ。普段から警戒心の強い幹部達だって、常に高い警戒心を抱いているという訳ではない。流石に自分の直下の人間達であれば、彼らのその警戒心もほとんど無くなっている。むしろ彼らが普段の強い警戒心を抱く時と言うのは“外部の協力者達”や、“彼らとの取引相手の組織の者達”、それに“新しく組織に入ってきた者達”。あとはそれに加えて、それらの者達ほどではないものの“組織に入ったとしても最低でも数年は経っていない者達”ですらも、それなりの警戒はされている」

 

「成程ね…。やはり、彼ら幹部の人間達というのは常に警戒心が高い人物達だったのね……」

(…確かに、璃月の“御曹司”という人物も、かなり慎重な人物でかつ、それでいて居場所を掴めさせないために何重ものの情報操作や配下の者達による監視網を巡らさせ、そうして璃月や璃月港の裏側で用心深く行動している人物だったわ……)

 

夜蘭は男のその返答に、納得したような様子を見せてそう呟く。

 

「あぁ、その通りだ。彼らのあの異様な警戒心を解かせるのはそう簡単じゃない。少なくとも組織に入って5年以上は経っている者達か、幹部達が認めるような何か実績や成果を残した者でなければ、まずあの強い警戒心から並みの警戒心へと緩める事は無いだろう。何ならあの人達の強すぎる警戒心が故に、下の者達それぞれを互いが互いを監視し合わせたり、幹部達直下の人間達経由で行われる密告に対し、その幹部が納得できるような説明、証明を行う事が出来なければ、密告されたその者は幹部自らの手によって、粛清されてきたみたいだからな」

 

「なっ…。そこまで、なの……?」

 

男のその返答に夜蘭は驚愕した様子で、そう呟く。

 

「あぁ、そうだ。無論、幹部の前で納得できる説明や証明が出来れば、その者は幹部に赦される。だが今度は、誤った密告したその者に対してそれ相応の責任を取らせるとして、生還や帰還する可能性が極めて低い“仕事”に付かされたり、犠牲を強するような危険な“任務”に駆り出されたりするようだ。だから下の者達というのは、基本は目立つような事はせず、ただ言われた事や命令された事だけを粛々と遂行する。余計な疑いをもたれない為に。そうしてまた、積極的に回りの奴らが誰かを密告できる不審な動きや雰囲気を見つけたら、我先へと密告するのさ。_」

 

男はそこまで言うと笑う。“先に居る者達”の内部で行われていた“下の者達”同士の“それ”。

 

まるで“監視と密告の恐怖政治による水面下での血生臭い抗争”を嘲笑うかのように。

 

 

「_そうすれば誰かによって、自身があらぬ疑いを掛けられたとしても、今までの正しい密告によって、多少は幹部の心境も自分の方に有利にする事ができるかもしれないから。それに正しい密告や正しい行為を行い続ければ、幹部や幹部直下に近しい者となり、万が一密告されたとしてもそれを握り潰されたり、否認されたり、また場合によってはその者を誤った密告をした者として、それ相応の責任を取らされる事になるからな。だからこそ、それはまさしく、上の者達と下の者達を結んでいる鉄と血の鎖のようなものなのさ…」

 

そうして男は薄笑いするかのように、そう言って静かに笑う。

 

「な、なんてこった…」

「これは思った以上に…」

「そこまでするのか…」

「そこまでだったとは…」

「ここまで警戒が強いのか…」

「な、なんだと…。恐ろしいな…」

 

そしてその男の内情の話を聞いていた夜蘭の部下達や協力者達は予想以上の厳重警戒に対し、顔をしかめながら動揺する。

 

疑わしき者は罰せどころか、疑わしき者は殺せと言わんばかりのそのやり方に、顔を引き攣らせていた。

 

 

「_へぇ、成程ね。そう言う事だったのね」

(本当に納得だわ。道理で何度も潜入調査を試みようとしても失敗するわけよ…)

 

そうして夜蘭は納得したかのように、頷きながら心の中で呟く。

 

 

夜蘭達は何度か、彼ら“先に居る者達”の構成員の一員として潜入しようとしたり、変装をして彼らの中に紛れ込もう試みた事があったがその悉くが、失敗に終わっていた。

 

何度か試したそれらは、潜入した直後や、少しした後に大勢の者達に疑われてそのまま撤退、また撤退できずにそのまま行方不明になったり、消息を絶つという失敗を繰り返していた。

 

そしてそれらから、彼らの内部は密偵や間者に対する強力な対策が施されており、それが原因で全ての試みは失敗に終わったのだと判断をしていた。

 

 

そうして改めてその男の内情に関する情報を知った夜蘭は自分が想像していた対策以上に、組織の下の者達が抱いている多大な恐怖心によるお互いへの監視、また彼らの密告体制が徹底されていたが故に、想像以上に強力な密偵対策や間者対策へと繋がっていたという事実に対し、彼女は思わず身震いする。

 

 

 

「_貴重な情報ありがとう。君のおかげで私達の知らなかった様々な事を知る事が出来たわ。それでまず君の言う上手く行く根拠というのは、君や君達自身が幹部直下の人物に近い事。つまり幹部直下の人物を除く、組織の中ではそれなり以上に信頼、信用されているから、幹部達からの警戒は比較的かなり薄いという事で良いのよね?」

 

夜蘭は自身が知り得る情報や、彼が語ってくれたその情報を脳内で整理し終えると、改めてそう確認するように男に尋ねる。

 

「あぁ、それで合っている。だがまぁ、今の自分の立場というのは今日のこの件のせいで急速に悪化しているとは思うがな」

 

男は夜蘭のその質問に、鼻で笑いながらそう返す。

 

「確かにね。立場が悪化している状態では、君のその案を実行する事は不可能だわ。だからまずは、今の君の立場を完全に回復させる必要があるわ。…そしてそれが、私や私の仲間や協力者達、それに七星達を始めとする全面的な協力が得られなければならない、という事に繋がるわけね」

 

夜蘭は男のその言い分に納得した様子でそう呟くと、彼にその話の続きを促すかのように腕を組みながら彼に頷く。

 

「その通りだ。俺や俺達の立場を完全に回復させるために夜蘭や天権達に協力をしてもらわないとならない。まず今の俺達は、彼らから完全な抹殺対象者として扱われつつある。これをどうにかして覆す必要がある」

 

男は夜蘭のその問いかけに、頷きながらそう返す。

 

「えぇ、そうね。それを覆す為に、私や天権の方から君達に関する特定の情報を璃月中に流せばいいという事かしら?」

 

夜蘭は男のその提案に、そう返す。

 

「あぁ、一つはそうだ。より具体的には、拘束されていた俺達が夜蘭や天権達の元から脱走し、またその際には偶然にも夜蘭に致命傷を負わせ、数週間の行動不能に追い込んだ。また脱走の際にその場にあった天権の機密文書を盗み出して、璃月港の外へと逃走した。そして現在位置は把握できず、という情報を流してくれれば良い。後は実際に行動不能に追い込んだ証拠として、なにか夜蘭の持ち物を、またその情報の裏付けのために何かしらの天権の文書を持たせてくれればな」

 

男は夜蘭のその問いかけに、自身の要求を率直に述べる。

 

「成程…。えぇ、分かったわ。そこまでする事で君の立場が完全に回復し、そして君に掛けられている“抹殺任務”から“救助任務”へと切り替わって、君は無事に彼らの迎えが、先に居る者達への迎えがやってきて、彼らの元へと帰る事が出来る…。という事で良いのね?」

 

夜蘭は男のその要望に、その意図を尋ねるようにそう答える。

 

「あぁ、それで合っている。そうすれば少なくとも今の立場は維持できるし、それに俺の上の幹部直下のあの人は今回の件で責任を取らされていて空席になっていたり、空席となったその席を他の幹部直下の者が臨時に兼任として代行している筈だから、俺はそのまま幹部直下へと昇格する事も可能かもしれない。どのみち俺がやった成果によって、幹部の警戒心のほとんどを解く事も可能にだと思うし、また俺の実績によって俺はある程度の行動の自由が認められ、璃月港への潜入という名目でいつでも夜蘭達に合流し、情報の提供を行う事ができるようになると思う」

 

男は夜蘭のその問いかけに、自身の考えをそう答える。

 

 

「成程、それなら行けるかもしれないな…」

「そう言う事か、そう言う事であるならば…」

「ふむ、そう言う手筈という事なのか…」

「既にある程度の信用があるのならば…」

「あぁ、それなら可能性は十分にあるな…」

「むしろその方法しか潜入は無理そうだな…」

 

そして夜蘭の配下の者達や協力者達は頷きながらそう呟く。

 

「えぇ、成程ね…。良いわ、悪くは無いわね……」

(確かにこれなら、彼ら先に居る者達への潜入も成功する可能性が高いわね……)

 

夜蘭は男の言葉にそう納得して頷く。

 

 

「_どうだ?俺が提案した“二重スパイ”という案。悪くは無いと思うが、良さそうか?」

 

そして男は夜蘭にそう尋ねる。

 

「えぇ、そうね…」

(二重スパイ、ね…)

 

そうして夜蘭は男のその案に対し、深く検討するかのよう考え込み始める。

 

 

「_その案。それはつまり、最終的には君や君達は彼らの元に戻り、そしてまた彼らのスパイという立場で璃月に戻って私達の元へと合流し、そうして私達と彼らの間を行ったり来たりしながら、彼らの内部情報や幹部達やその幹部を統括する“あの御方”に関する情報、それらを私や天権達にその情報を流すという事。また、時には必要に応じて彼ら先に居る者達に対し、私達の指示に従って特定の偽情報を流させてくれると言ってもいいのかしら…?」

 

そしてしばらくして夜蘭は改めて男にそう尋ねる。

 

「あぁ、その通りだ。俺達の組織の内部情報、それに上の奴らの5人の幹部達、そしてその幹部達や俺達を統括している“あの御方”、幹部達の彼らに“総統”と呼ばれているその者に関する情報を収集して夜蘭達に提供しよう。そうして夜蘭の言う通り、夜蘭達の指示に従って彼ら幹部達に偽の情報や特定の情報を流させよう」

 

男は夜蘭のその質問に対して、そう答える。

 

「成程…。それにしても」

(_“総統”、ね…)

 

夜蘭はその男が語った“あの御方”の呼び名、多大なる労力をかけて知る事が出来た彼らの頂点に立つ者の呼び名である“統括者”。

そうして今日、知る事が出来たその名。“統括者”よりもより実態に近そうな呼び名である“総統”という呼び名に対し、夜蘭は僅かに眉を潜めながら、そう呟く。

 

 

「_総統…?」

「_総統だと?」

「_成程、それが…」

「_かの者の…」

「_その呼び名こそが…」

「_本当の呼び名…」

 

そしてまた夜蘭の配下の者達や協力者達は、それぞれそう呟いてはその名を口にする。

 

 

「_ありがとう、よく分かったわ。その案、悪くは無いわね。だけど一つだけ質問が、一つ私に聞かせて欲しい事があるわ」

 

「聞きたい事?何だ、それは?」

 

夜蘭は説明を行ったその男に対してそう言うと、彼に対してある質問を行い、男も夜蘭のその質問に対して、首を傾げる。

 

 

「_えぇ。それはね、君がどうして“先に居る者達”という名の組織に入ったのか、という事よ。彼らと共にする事にした理由は何なのかしら?」

 

夜蘭はそう言うと、その彼を見定めるかのように、彼を見つめる。

 

「彼らの元に入った理由か…。まぁ、そうだな……」

 

彼はそう言うと、少し苦々しそうな顔を浮かべる。

 

「………」

 

夜蘭はそんな様子の彼を黙って見つめる。

 

 

「_それは、ただモラが大量のモラが必要だったんだ。それも出来る限り短期間の内に…」

 

そうして彼はゆっくりと口を開き、そう答える。

 

「大量のモラ?そんなに大金が欲しかったのかしら?」

 

夜蘭はその答えに首を傾げながら、彼にそう尋ねる。

 

「あぁ、そうだ。俺には時間が無かったんだ…」

 

男はそこまで言うと顔を伏せる。

 

 

「_大金を払って延命させて時間を稼ぐにしても限界というものがある。速やかに根治しなければ、もう間に合わなくなる。だが俺が持っていた私財を全て売り払っても到底間に合わず、どうしようも無かった。だからもう手段を選ばずに宝盗団に入り、そこでそれなりの活躍をして見せて、そうして彼ら“先に居る者達”の目に止まって勧誘され、そのまま入ったんだ。だがもう全ては、全てが遅くなってしまったんだ。だからもう、何もかもがどうでもよくなったがな…」

 

彼は顔を伏せたまま、そう答える。

 

「ふ~ん。成程…」

(そう言う事だったのね…)

 

彼のその答えを聞いた夜蘭は深く頷く。

 

 

その男の歩んできた人生、人となり、その過程や境遇を思う。

 

 

「_成程ね…」

(少なくとも絶対的な悪では無い。むしろ彼は、自分の大切な者の為に自らを悪へと染め上げたとでも言うのかしら。そして…)

 

夜蘭は彼のその壮絶なる人生を思う。そして彼が守ろうとした者の最期を察する。

 

「………」

 

無言な彼に漂う哀愁と静寂。全てを諦めきったかのようなその彼の瞳に宿る孤独の光。

 

 

もしかすると“幹部達”に多大な恐れを抱いていた他の者達と違い、彼が他の者とは違ってここまで冷静だった理由というのは、既に自分の命はもうどうでも良かったからなのかもしれない。

 

生きる理由などを失っていた彼にとっては、自らの死は恐れるような物では無かったのだろう。

 

そうしてだからこそ、夜蘭に極めてリスクの高い“二重スパイ”という提案もしてきたのだろうか。

 

 

そしてそのような背景がある上で、そんな提案をしてきたという事は_。

 

 

 

 

「_君。もしかして、罪を償いたいと思っているのかしら?」

 

夜蘭は静かに彼にそう尋ねる。

 

「はっ…。罪を償う、か……」

 

彼は顔を上げ、そう呟く。

 

「さぁ、どうなんだろうな。俺はもう、自分の事が分からないんだ。俺は、何をしたいのか…」

 

彼は疲れ切ったかの様子で、そう呟く。

 

「………」

(ふっ、成程ね…)

 

夜蘭はその様子を静かに見つめる。

 

 

「_良いわ」

 

夜蘭は静かにそう言って、僅かに微笑む。

 

「えっ?」

 

そして夜蘭のその言葉に、男は思わずそう呟く。

 

 

 

 

 

「_君の提案、乗ってあげる。君の事、歓迎してあげるわ。これから正式に君は、私達の仲間よ」

 

「なっ…?ほ、本当か?本気で言っているのか?」

 

夜蘭はそう男に笑いかけ、男は思わず驚きの声を上げる。

 

 

 

「えぇ、勿論よ。だって君は、今まで見てきた悪人達の中でも久しく見なかった程に、光を放つ人物だもの。他の皆もそれで良いかしら?」

 

夜蘭は男にそう返しながら、夜蘭の配下の者達や協力者達に尋ねる。

 

 

「勿論だ。そう言う事なら、歓迎しよう」

「あぁ、勿論だ。特に異論等も無いぞ」

「そうだ、歓迎してやろう。受け入れてやる」

「やった事は赦されないが、それなら話は別だ」

「そういう心意気なら。俺達も認めよう」

「認めてやろう。お前は今から俺達の仲間だ」

 

夜蘭の配下の者達や協力者達は全員が快くその男を受け入れる事を同意するかのように頷く。

 

 

「なっ…」

 

その男は彼らのその言葉に思わず驚く。

 

「という事よ」

 

夜蘭は笑みを浮かべながら、その男に笑いかける。

 

「ほ、本気かよ…。マジで言ってんのか……」

 

彼は夜蘭と夜蘭の配下達や協力者達のその言葉に、まるで信じられないと言った様子で呟く。

 

「ふふっ。残念ながら、私達は本気よ。君はもう私達の仲間。今更抜けようとするのは、もう諦めなさい」

 

夜蘭は彼の肩を軽く叩きながら、笑って返す。

 

「は、はぁ…」

 

「ふふふ」

 

そうして男は目を丸くしながら夜蘭を呆然と眺め、夜蘭はそんな男の様子に思わず小さく笑う。

 

「ふふっ。さてと___」

 

そして夜蘭はそのまま立ち上がり、とある方向に視線を向ける。

 

 

 

「_君達、私はそろそろ璃月港の本拠地へ行こうと思うわ」

 

夜蘭は視線の先に居たその者達。“黒と青の装束に身を包んで腰には片手剣をぶら下げていた者達”、“彼女直属の部下である二人の男”に対し、そう宣言するように伝える。

 

 

「はっ!!それは予定通り、連行した彼らの尋問の状況の確認でしょうか?」

「はっ!!またその後は、予定通りに天権様達の元へと合流するという事でしょうか?」

 

夜蘭の直属の部下である男達は、彼女に敬礼しながらそう尋ねる。

 

 

「えぇ、その通りよ」

 

夜蘭はそんな彼らの質問に静かに頷く。

 

「先に居る者達の手先達、璃月からの脱出の為にここへと訪れるであろう今日の反刻晴派騒ぎを引き起こした実働部隊は、おそらく今回のここに訪れたこの集団で最後の筈だわ。これ以降は来ないはず。それに…」

 

夜蘭はそこまで言うと地面に転がって拘束されている二人の男と、夜蘭や彼女の仲間達が新たな仲間と認めたその男に視線を向ける。

 

「ここにはその二人の男を含む大勢の先に居る者達の手先達、それに完全に私達の味方となってくれた“彼”がいる。成果としては十分だわ」

 

夜蘭はその二人の男と“彼”を見つめながら、そう言う。

 

「はい!!そうですね!!夜蘭様!!成果としては十分かと存じます!!」

「はっ!!夜蘭様!!確かに、その通りです!!」

 

夜蘭の直属の部下である二人は、そんな夜蘭にそう返す。

 

「ふふっ、そうよね。だから私は璃月港の本拠地へ、それにそのまま‘天権’や‘外部特別顧問検察官’達が居るであろう逮捕した“反刻晴派の収容所”、そして彼らの取り調べを行っている千岩軍の“緋雲警備基地”まで行って、天権達との合流を図るわ」

 

「成程、“緋雲警備基地”ですか」

「緋雲の丘地区にある千岩軍の駐屯地でもあるあの場所ですね」

 

夜蘭の直属の部下である二人の男達は、夜蘭に対してそう尋ねる。

 

「えぇ、そうよ。そして私はそのまま予定通りに、天権の凝光達と行動を共にする予定だわ。だから私はもう、ここには戻って来るつもりは無いわよ。そう言う事だからこの現場の事は、後はもう君達に任せてしまっても構わないかしら?」

 

夜蘭は少しいたずらっ子のような笑みを浮かべ、そして尋ねる。

 

「はっ!!お任せください!!夜蘭様!!」

「はっ!!我らにお任せを!!夜蘭様!!」

 

そうして夜蘭の直属の部下である二人の男は、敬礼しながら答える。

 

「ふふっ、ありがとうね。それじゃあ、取り合えず君達はあと一時間程の時間を掛けて、ここからの撤収作業を行いながらこの場やこの周辺の監視や警戒をお願いね。勿論、この場に彼ら手先の別グループが現れたら、全員拘束するのよ?」

 

「はい!!勿論です。分かっております、夜蘭様!!」

「はっ!!万が一、脱出の為にこの場に他の者達が現れようとも、全員拘束いたします!!」

 

夜蘭はその二人にそう指示を出すと、二人は夜蘭に向かって敬礼しながら答える。

 

「ふふっ。えぇ、よろしくお願いね。二人とも。それと_」

 

そして夜蘭は満足げな笑みを浮かべながら頷き、そして次の瞬間には地面の方で撃たれた脇腹を抑えながら座っている“彼”の方に顔を向ける。

 

 

「_ごめんね。悪いけど、早速仕事よ」

 

「おい、応急処置が終わったばかりなのに、いきなり仕事かよ」

 

彼は呆れたような顔を浮かべながら、そう答える。

 

「えぇ、そうよ。ふふっ、大丈夫よ。そんな難しい事、またきつい事じゃないわ」

 

「いや、そう言う問題じゃないんだが…。はぁ、本当にどこに行っても上の連中の人使いの荒さは変わらないな…。はぁ、まぁ良い。言ってみろ。何をすればいい?」

 

男は夜蘭の言葉に頭を思わず抱え、溜め息を吐く。そして諦めたかのように、夜蘭に尋ねる。

 

「話が早くて助かるわ」

 

夜蘭は男のその反応に対して、そう言ってニヤリと笑う。

 

「君の仕事は単純よ。私の直属の部下である彼ら二人を、君はアドバイザーとして彼ら二人をサポートしてほしいのよ」

 

「ほぉ。つまり彼ら二人の参謀になれと?まぁいきなり、随分と大層な仕事を寄こしてくれるな」

 

男は夜蘭のその言葉に、思わず驚いたように目を見開きながら、そう言う。

 

「ふふっ、そうかしら?私は君の事を高く買っているから、特に問題ないと思うけどね。少なくとも君は私の推定以上の胆力、それに判断力や決断力があると、私はそう判断しているから。なら、君のその実力を是非とも発揮してもらわないとね…?」

 

夜蘭はそんな男に笑いながらそう返す。

 

「はっ、そうかよ…。まぁ別に構わんが、脇腹はまだ痛むんだ…。なら俺はなるべく安静にしながら、お前らの参謀を務めさせてもらうからな。文句は言うなよ?」

 

彼はそう言いながら、やれやれと言った様子で夜蘭を見つめる。

 

「えぇ、勿論よ。君は木や建物に背中を預けてあぐらを掻きながら、彼らに意見をしてくれるだけで構わないわ。止血の応急処置は終わってるとはいえ、まだ君が歩き回るのは厳禁だから。彼らの撤収作業中は地面にでも座りながら私の直属の部下達のサポートを、そして撤退中の時には荷台の上で座るなり、横になるなりしながら、彼らの撤退をサポートしてほしいわね。君ならそれくらいの事、出来るでしょ?」

 

夜蘭はそんな男に笑い掛けながら、そう尋ねる。

 

「はっ。まぁ、お前の命令だし、やってやるよ。出来る出来ないは、ともかくとしてな」

 

その男こと、彼は夜蘭のその笑みに対し、まるで面倒事を押し付けられて、それを渋々了承したかのように、彼女に対して呆れ笑いながらそう言い放つ。

 

「ふふっ、そうこなくっちゃね。頼んだわよ。君達も遠慮することなく、何かあったら彼に助言を仰いでね」

 

夜蘭はそんな彼に対して、満足げな笑みを浮かべ、そして彼女の直属の部下の二人にも視線を向ける。

 

「はっ!!勿論です、夜蘭様!!積極的に彼に助言を求めてみようと思います!!」

「はい!!夜蘭様!!何も無くとも、彼に対して助言を求めます!!」

 

「おいお前ら!!少しくらいは自重や遠慮くらいしろ!!何でもかんでも、俺に助言を求めようとしてくるんじゃねぇ…!!」

 

そうして夜蘭の直属の部下達は彼女に対して敬礼し、また彼は二人のその言葉に対し思わず頭を抱えながらそう叫ぶ。

 

 

「_ふふっ、宜しくね。それじゃあ、私は行ってくるわね。後の事、よろしくね?」

 

「はっ!!夜蘭様!!行ってらしゃいませ!!」

「はっ!!夜蘭様!!後の事はお任せください!!」

「分かってるって…。もう、さっさと行け。夜蘭」

 

そして夜蘭は彼らに背を向けて軽く手を振りながらそう言うと、彼らも彼らでそれぞれがそう返事をしながら彼女に向かって敬礼したり、彼女の背中に会釈をする。

 

「ふっ、頼んだわよ。君達。それじゃあ、私は行ってくるわ」

 

夜蘭はそう言うと、彼女の神の目が一瞬輝く。

 

 

 

「_あっ」

 

そうしてその時、そんな夜蘭に会釈をして彼女の背中を見つめていた彼は、何かを思い出したかのような声を漏らす。

 

 

「_じゃあね、また後で」

 

「おい、待…」

 

夜蘭はその一言を小さく呟くとその場から一瞬で姿が消え去り、そうしてタイミング悪く消えてしまった彼女が立っていたその場所に、彼の呼び声がむなしく響く。

 

「はぁ…。ちっ……」

 

そんな彼女の消えていった場所を見ながら、彼は思わず溜め息を吐いて舌打ちをしてしまう。

 

「「………?」」

 

そうしてまた、彼の溜息と舌打ちを聞いた夜蘭の直属の部下達は、不思議そうな様子で彼を見つめていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「_よし、こっちはもう少し入れられるぞ!!持ってこい!!」

「_そこの荷物をもう少し奥の方に押せ!!そうすれば乗せられる!!」

「_証拠品は丁寧に扱え!!これらは今後の璃月を左右させるからな!!」

「_証拠品だけじゃなくて、これらの押収品もだ!!丁重に扱えよ!!」

「_おい!!写真機を持っている奴!!こっちに来てくれ!!これも撮ってくれ!!」

「_来たぞ!!どれだ!?それか!!よし、分かった!!今後の捜査で役立つからな!!」

 

「_っ~!!っ~!?」《b》/

《b》「_っぅー!!」

「_っぁ!!っぅ!!」

 

夜蘭が離れた後の偽装拠点。

 

夜蘭達があらかじめ制圧し、璃月からの脱出の為に訪れる彼らの手先達の待ち伏せをしていたその場所では、撤収作業の為に大勢の者達がせわしく動き続ける。

 

そしてまた“夜蘭達によって拘束された一部の者達”や、“彼らに気絶させられて捕縛させられた状態で目を覚ました一部の者達”は、一刻も早く拘束から解放されようと暴れる。

しかし要所要所をきつく縛られているため抜け出す事は出来ず、また口を布で何重に防がれていたために、拘束された“先に居る者達の手先達”は助けを呼びたくても呼べずにいた。

 

「………」

 

そしてそれらのその様子を、“夜蘭によって脇腹の止血を施された男である‘彼’”はとある木箱の上に座って、撃たれた自身の脇腹に片手を添えながらその全体を観察していた。

 

 

「_おい、調子はどうだ?」

「_もしかして、まだ脇腹が痛むのか?」

 

そうしてそこに“黒と青の装束に身を包んで腰には片手剣をぶら下げていた者達”、“彼女直属の部下である二人の男”が彼に近づき、彼の脇腹を見つめながらそう尋ねる。

 

「ん?あぁ、問題ない。痛みはそこまで無い。心配かけさせてしまって、悪かったな」

 

彼は夜蘭の直属の部下達である彼らに心配させないように、そう答える。

 

「そうか?なら良いんだが…」

「まぁ、そう言う事なら…」

 

そして彼らは、そんな彼の答えを聞いてとりあえずは安心した様子を見せる。

 

「あぁ、心配してくれてありがとうな。まぁそれより、今やっている撤収作業や撤退作業の状況はどんな感じだ?」

 

そうしてそんな二人の様子を見た彼は、彼らにそうお礼を言うと、現在の撤収作業の状況を聞く。

 

「あぁ、順調に進んでいる。お前のアドバイスも相またおかげもあってな」

「あぁ、そうだな。この感じだと、あと十分後か十五分後くらいで終わりそうだ」

「おぉ、そうか。そいつは何よりだ。それを聞いて俺も安心したよ」

 

彼はそう二人の直属の部下達の言葉に、安心したかのように息を吐く。

 

「ふっ、そうか…」

「それは良かった…」

 

そうして彼ら二人も、そんな男の様子を見て安心したかのように僅かに微笑む。

 

 

 

 

「_なぁ?」

「_ちょっといいか?」

 

そしてその時、二人のその彼らは真剣な様子で、男の事を見つめながら尋ね始める。

 

「ん?どうしたんだ?」

 

彼は二人のその突然の問いかけに、思わず首を傾げる。

 

「いや…」

「その、な…」

 

そんな彼の疑問に対して彼らは口籠り、そしてまた少しの沈黙が辺りを包み込む。

 

「はぁ…。どうしたんだ、言いたい事があるならはっきり言ってくれ。別に俺は気にしない」

 

「そ、そうか…」

「そうなのか…」

 

彼はそんな二人のその様子に溜め息を吐いてそう言い、二人は彼のその言い草に思わず少したじろぐ。

 

「あぁ、だから遠慮せずに言ってくれ。別に俺は気にしない。いったい何だ?どうした?」

 

「そうか。分かった…」

「それなら遠慮なく…」

 

そうしてその二人は、口籠っていた理由を口にする。

 

 

 

 

「_なぁ。お前、何か隠してたりしてないよな?」

「_なにか大事な事とか、隠してたりしてないよな?」

 

「…?」

 

そして二人は少し怪訝そう、また恐る恐ると言った様子で彼にそう尋ねる。

 

「俺が何かを隠している?どういうことだ?」

 

彼は彼らのその言葉に少し眉を潜めながら、彼らにそう尋ねる。

 

 

 

「_実はさっき夜蘭様が俺達の元から離れた時に、お前が何やら溜息を吐いたのが気になってな」

「_それに、あの人に向かって舌打ちをしてたのを俺達は見ていた。だからそれが気になってな」

 

二人は彼に向かってそう言いながら、彼の反応を探るかのように、彼の事をじっと見つめる。

 

「あぁ…、そのことか。お前達は気づいていたのか…」

 

彼はそんな二人の様子を見て、面倒くさそうに頭を掻いては、溜め息を吐きながら二人の事を見つめ返す。

 

「何かを隠しているなら、正直に話をしてくれないか?俺達はお前の事を疑いたくはない」

「夜蘭様の事を救ってくれたお前を信じたいんだ。だから、正直に話してくれないか?」

 

二人は真剣な様子で彼の事を真っ直ぐに見つめては、そう彼に話す。

 

「…そうか」

 

そんな彼らの真剣な様子に対して、彼は少しだけ困ったかのような表情を浮かべるが、すぐにその顔を引き締め直して、二人の事を見つめる。

 

「分かった。お前達にこの事を正直に話そう。だが、ここではちょっと場所が悪い。できれば関係の無い奴らには、俺がこれから話すその話は聞かれたくはない」

 

彼は顔を引き締めながらそう言うと、少し離れた場所にあったとある建物の方に視線を向ける。

 

 

「_とりあえず、あそこの方へ移動しよう。話はそれからだ」

 

彼はそう言いながら座っていた木箱の上から立ち上がり、彼らにそう告げる。

 

「あぁ、分かった。行こう」

「分かった。それなら行こう」

 

「すまないな。お前達」

 

そして彼らは彼のその言葉に頷き、彼もその二人に礼を言いながら、彼らを引き連れるように歩く。

 

 

「_さて、ここなら良いだろう」

 

そうして彼らは先程の場所から少し離れた場所にあるとある建物の方に辿り着くと、彼はその建物に背中を預けるように立ちながら、そう呟く。

 

「あぁ、そうだな。それじゃあ、早速その話をしてもらおうか」

「そうだな。さて、いったいどうしたんだ?あの時、何があったんだ?」

 

そして二人は彼のその言葉に頷きながら、そう彼に尋ねる。

 

「あぁ、実はな…」

 

彼はそう言いながら、どう説明すれば彼らにも理解しやすく納得してもらえるか、僅かに思案するように頭を掻く。

 

 

「_あの時の俺は、ある事を思い出したんだ。そしてそれをすぐに夜蘭に伝えようとしたんだ」

 

「ある事を思い出した?」

「それを伝えようとした?」

 

彼がそう言うと、二人はその彼の言葉に対して首を傾げる。

 

「あぁ、そうだ」

 

彼は二人のその問いかけに頷き、そしてこう言葉を続ける。

 

 

「だが最悪な事に、それを伝えようとしたタイミングで夜蘭の奴が消えちまった。だから思わずため息を吐いて、舌打ちをしてしまったというわけさ」

 

「成程、そう言う事か…」

「そう言う事だったのか…」

 

彼のその言葉に、夜蘭の直属の部下である二人は納得し頷く。

 

 

「_それで?その伝えようとしたことは何だったんだ?」

「_夜蘭様に言おうとしていた事って、いったいなんだったんだ?」

 

そして彼らはそう彼に尋ねる。

 

「………」

 

彼は難しそうな表情を浮かべながら、暫し黙り込む。

 

「…あくまでも噂だが、今回の件はそれぞれの分野や各国の情勢を担当している五人の幹部達の内、少なくとも三人ほどの幹部達が反刻晴派騒ぎの件に関わっているという話が流れていた」

 

「はぁっ!?」

「なんだと!?」

 

そしてその言葉に、思わず驚愕する二人。

 

「まぁあくまで噂だ、噂。だがな、もしその話が本当であれば、色々と不味い事になる。実際にその話が本当だった場合、少なくとも彼らの半数ほどの有力者達が、今回の反刻晴派騒ぎの件に割り振られて関与している事になる。そしてそれは彼らの大半に及ぶ程の戦力達が璃月に振り向けられている事になる。最悪な事にな」

 

「確かに、そうだな…」

「あぁ、確かに最悪だな…」

 

彼は深刻そうな様子でそう言いながら、夜蘭の直属の部下である二人の男も、深刻そうな様子で頷く。

 

「いったい、何が目的なんだ…?」

「何が目的で、そのような事を…?」

 

彼ら二人は困惑した様子を見せながら、先に居る者達の幹部達の目的、また先に居る者達の頂点に居る総統と呼ばれる者の思惑について考える。

 

「「………?」」

 

だがいくら考えた所で、彼らの目的や思惑は、彼らには分からない。

 

「…っ」

 

そんな二人の様子を見ていた彼は、同じく深刻そうな様子で眉を顰めながら彼らの目的や思惑についてを彼なりに推測してみる。

だがしかし、彼にも彼らの目的や思惑は分からない。

 

 

 

 

 

「___やはり、“保険”はかけておくべきか」

 

そうして彼は、そう決心したかのように呟く。

 

「おい。二人とも、ちょっといいか?」

 

彼は二人の方に顔を戻しながら、真剣な様子で二人に話しかける。

 

「ん?なんだ?」

「どうした?」

 

彼に話しかけられた彼ら二人は、少し不思議そうな表情で彼を見つめる。

 

「もしもさっき俺が話した話。その話が真実だった場合は、何が起きるのかはともかくとして、とても不味い事態に陥ることは間違いない。それは分かるよな?」

 

「勿論、そんな事は分かっている」

「あぁ、それは勿論だ。それで?」

 

彼は彼らにそう言うと、二人はその言葉に対して頷きながらそう答える。

 

「あぁ。だからこそ、水面下で俺達は最悪な状況に追い込まれていると想定すべきだと考えた」

 

「最悪な状況にだと?」

「追い込まれているだと?」

 

彼ら二人は彼のその言葉に、少し驚いた様子を見せる。

 

「あぁ、そうだ…」

 

彼はそんな彼らの様子を気に掛けず、自分達の周囲をぐるっと確認する。

 

「…だからこそ、保険をかける必要がある。なぁ。お前ら。お前らは今日、___」

 

そうして改めて彼は、真剣な表情を浮かべながら彼らの方に顔を向けると、彼らにこう尋ねる。

 

 

 

「_命を捨てられるか?天権の為、夜蘭の為に」

 

「なっ!?」

「っぅ!?」

 

彼のその言葉に対して、夜蘭の直属の部下である二人の男は驚愕する。

 

 

「_勿論だ。そんなの、とっくのとうに出来ている。あの人やあの人達の為なら、いつでもな」

「_いつでも覚悟は出来ている。そしてそれは俺達だけじゃない。ここにいる者達、全員がだ」

 

そうして驚愕していた二人はすぐさま立ち直り、彼のその問いにそう答える。

 

「そうか…」

 

彼は二人のその覚悟に、少し嬉しそうに微笑む。

 

 

「_分かった。それなら早速、筆記が早い奴。それに足が速くて持久力もある奴をそれぞれ集めてほしい。最低でも3組以上だ」

 

彼は二人のその表情に満足したかのように頷くと、真剣な表情をして二人に対してそう告げる。

 

「筆記が早い奴に、足が速くて持久力のある奴か?」

「それを3組、少なくとも6人以上という事か?」

 

彼に言われた二人は、彼に確認するようにそう尋ねる。

 

「あぁ、そうだ。これから俺がかける保険に、それらが必要になるんだ。だから、頼む。もう時間が無いんだ。今すぐここへと連れて来てくれ」

 

そして彼はそんな二人に対して真剣な様子で頷きながら、懇願するかのようにそう頼み込む。

 

「分かった、任せろ!!そこで待っていろよ!!」

「了解だ!!すぐに連れてきてやるからな!!」

 

彼らは彼のその言葉に対して、強く頷きながらそう言い返すと、彼らは飛び出るかのように駆け出す。

 

「………」

 

そうしてそんな彼らを見送った彼は、静かに目を瞑る。

 

 

 

「俺達先に居る者達、それにその協力者達。そして総統、それにあの方に集う五人の幹部達。そうしてそんな彼らがやって来た事や、やろうとした事…」

 

彼は静かに呟きながら、全てを思い出さんとするかのように目を瞑りながら、彼が知見した事や経験した事の全てを思い返そうとする。

 

「はぁ…」

 

そして彼はため息を吐きながら、ゆっくりと目を開く。

 

やはり所属していた彼としても総統や幹部達の考えている事は分からない。むしろ彼らの多種多様な話や、様々な情報があった故に、彼らの真の目的や本当の考えなどは分からない。

 

「まぁ、良い…。その辺りの判断は、最終的に天権達や夜蘭達が行う事だ」

 

彼はそう呟くと、ゆっくりと視線を頭上の方へと向ける。

 

 

「_ちっ、不味いな。空がどんどんと暗くなり始めている」

 

彼は見上げた空から見える景色を見つめながら、そう呟く。

 

先ほどまでは青空という程では無かったが、それなりに青かった空が、今ではかなり暗くなり始めている。

 

 

「………」

 

彼は眉を寄せて、顔をしかめる。

 

もう少ししたら本格的な雨が、暗さ加減や曇り空の状態、そして雲の厚さからして、かなりの大雨がやってくると、彼はそう推測する。

 

 

そうなればいよいよ、そのタイミングで“自分達の抹殺や夜蘭の部下達や協力者達を殲滅するため、拠点の近くに潜んでいるであろう刺客が自分達を強襲してくる”かもしれない。

 

 

 

 

「_おい、連れてきたぞ!!」

「_待たせたな!!」

 

「っ!?よし、来たか…!!」

 

そしてその時、彼が要求した筆記が早い者に、足が速くて持久力のある者達を連れてきた夜蘭の直属の二人がやって来た。

 

「おい、どうしたんだ?俺達に用があるって?」

「いったい、何があったんだ?どうしたんだ?」

「何やら、大切な話があるみたいじゃないか?」

 

そうして彼ら二人に連れて来られた一部の者達は、彼の事を不思議そうな顔かつ真剣な顔つきで見つめる。

 

「あぁ、そうだ。これからお前達には俺や俺達の保険となってもらう」

 

「保険?なんだそれ?」

「どういうことだ?」

「随分と急だな…」

 

彼は彼らにそう簡単に説明する。

 

「悪いが詳しい説明をしている暇はない。まずは今すぐ、俺の言う事を全て記してくれ」

 

そして彼らの疑問の声に対して彼はバッサリと切り捨てて、そうしてすぐに記録するように彼らに言う。

 

「えっ?は、はぁ…。わ、分かった…」

「あ、あぁ。ま、まぁ分かったぞ」

「分かった。ちょっと待っててくれ…」

 

そして彼らはそんな彼の様子やそのような言い草に、困惑しながらも頷きながら記録をするための準備を整えていく。

 

「よし、準備は出来たようだな。一度しか言わない。よく聞いてくれ」

 

「分かった…」

「あ、あぁ…」

「お、おう…」

 

そして準備を終えた彼ら二人は、緊張した様子で彼を見つめる。

 

「それじゃあ、まず_」

 

そうして彼はその場にいる者達に対して語り始める。

 

 

「___」

 

「っぅ…!?」

「なっ…!?」

「はぁ…!?」

 

そして彼の語るその内容に対し、彼の話を記録する彼らは目を大きく見開き、驚愕しながら彼の言葉を記していく。

 

 

「_だ。これで以上だ」

 

そうして彼は彼らに語り終えると、静かに息を吐いて改めて周りを見渡す。

 

「発現実験に融合実験?それに虚界力の使役実験や中和実験?」

「テイワットの理に関する研究、テイワットの真理の研究だと?」

「神の目を始めとする元素導出力器官に関する検証や研究?」

 

記録を取っていた彼ら、彼の言葉を一字一句逃さず記していた彼らは、思いもしなかったその情報に唖然としていた。

 

「テイワットそれぞれの法則…。それに地脈という名のテイワットの記憶網と元素の流線…」

「テイワットという世界、テイワットという箱舟。それに彼らの言うテイワットシステム…」

 

そうして夜蘭の直属の部下達も、彼が語ったそれらの情報に対して困惑していた。

 

「お、おい。お前達は、上の奴らはいったい何者なんだ…?」

「あんたらは何者だ?ただの犯罪者集団じゃないのか…?」

「お前達トップ、総統や幹部達は何をするつもりなんだ…?」

 

彼の話の記録を取っていた者達、また夜蘭の直属の部下達、そして彼によって集められた足が速くて持久力に自身のある者達は、驚愕した様子で彼の事を見つめる。

 

「そんなのは俺も知らん。それにそれ以上の細かい事は俺にも分からん。ただ俺が長い間、組織に居たからという事。それに偶然そんな話を耳にしてしまう機会があった事。それらのおかげで、そのような存在があるという事を知れただけだ。これより詳しい事を知りたいなら、少なくとも幹部直属の部下達を拘束するなり、捕縛するなりするんだな」

 

彼らのそのような言葉に、彼はただ淡々とそう答える。

 

「………」

「………」

「………」

 

そして彼のその返答に対して、彼らは黙り込む。

 

 

そうしてその時であった。

 

 

 

 

「___うん?」

 

何かが当たったような気がした彼は、自身の頬から何かが垂れるのを感じ取る。

 

 

「水滴…?まさか!?」

 

彼は慌てて上空を見上げてみると、つい先程よりも天気が荒れており、遂に雨が降り始めた事を確認する。

 

「うん?雨なのか?」

「あぁ。雨だな、これ」

「雨が降って来たな」

 

そうして彼らは揃ってその天を仰いで、ゆっくりと目を細める。

 

 

 

「くそっ!!いや!!まだだ!!降り始めなら何とかなる!!おい!!お前ら!!」

 

彼は焦燥感に駆られながらも、すぐに冷静になって、彼の周りの者達に指示を飛ばす。

 

 

 

「今の話を、何が何でも夜蘭や天権達に伝えろ!!例え襲撃を受けたり、罠に掛かったとしても彼女達に伝えるんだ!!彼ら、先に居る者達はこの事を彼女達に伝える事を決して許さない!!必ず襲撃してきたり、待ち伏せをしてくる筈だ!!そこで璃月港に至るまでのルートをそれぞれ_」

 

そして彼は璃月港や璃月港の本拠地まで走る事になるその者達に対し、一気に指示を出していくことで自分や夜蘭達に保険を掛けていく…。

 

 

 

そうして最終的に、彼のその保険は___。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——————————————————————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「_はぁ…。くそっ。こんな事になるなら…」

「_あぁ…。俺達はこれから。もうどのみち…」

「_なぁ。これから、どうなるんだろうな?」

「_さぁな。そんなの、あの人達次第だろ…」

 

薄暗い地下の部屋。璃月港内にある千岩軍の拠点の内の一つ、“緋雲警備基地”。

 

今日の反刻晴派騒ぎに合わせて、彼らの収容施設として選ばれたその基地の地下の牢屋には、反刻晴派の急進派や強硬派と言った者達が地べたに寝転がっていたり、胡坐をかいたり、座っていたりしていた。

 

「はぁ…。死刑や極刑は無いとはいえ、このまま一生牢屋暮らしなのか…?」

「さぁな。だが自分達がしでかした事を考えれば、それが妥当じゃないのか?」

「くそっ…。自分達の自業自得はいえ……。俺達はもうおしまいなのか…?」

「俺はもう諦めたぞ。極刑にならないだけ、ありがたいと思わなければな…」

 

牢屋の中にいる彼らはお互いの顔を見合いながら、諦めきった様子で口々にそう呟く。

 

 

「_ん?」

 

そしてその時、牢屋に入っていた反刻晴派の者の一人が何かの音に気付く。

 

「…おい、どうした?何かあったのか?」

「いや。何かの音がするなと思って」

「音?…確かに音がするな。この音は、雨の音か?」

「雨の音…?確かに雨の音が聞こえてくるな」

「璃月港じゃあ、珍しい大雨。珍しい豪雨とかじゃないか?」

「そうかもな。ここまで聞こえるって事は、相当強いんだろうな」

 

牢屋内の者達はそんな事を口々に言い合いながら、天井を見上げながら耳をすませる。

 

確かにザーザーと、雨が強く降っている音が聞こえてくる。

 

 

「ははっ、もしかするとこの雨は今後の俺達を暗示しているのかもしれないな」

 

そして雨の音を聞いていた物の一人が自虐するかのように言ったその言葉に対して、他の者達は同意しながら笑みを浮かべる。

 

「あぁ、そうかもしれないな」

「そうだな。俺達は、お先真っ暗」

「ははっ。そうだなそうだな」

「一寸先は闇って奴だ」

 

他の牢屋内の者達は、そんな雨音を聞いて自分達の未来を悲観しながら、お互いに笑い合う。

 

そして、そんな時であった。

 

 

「_ん?誰だ?誰が入ってきた?」

「_今の音って、扉が開いたのか?」

「_あれ?取り調べの時間だったか?」

 

その時、地下牢屋内の出入り口の扉がゆっくりと開いていくかのような、何かが擦れる音が響き渡り、牢屋内の者達は揃ってその音がする方へと視線を向ける。

 

「うん?千岩軍?もうか?なっ!?」

「来るの早くないか?はぁっ!?」

「千岩軍の兵士達に、えぇっ!?」

 

反刻晴派の者達はそれぞれ驚きの声を上げながら、千岩軍の兵士達とその彼らが連れて来たとある人物達へと視線を向けていた。

 

 

「_こちらが、当基地の地下牢となります。皆様」

「_そしてここが反刻晴派の収容場所です。皆様方」

 

出入り口の先頭には十名程度の千岩軍の兵士が立っており、その先頭に立った千岩軍の兵士達が後ろにいた人物達に敬礼をしつつそう説明する。

 

 

 

「ほぉ。ここが例の収容所か」

 

そして敬礼する千岩軍の兵士達の視線の先の一人は翡翠の瞳に、薄めの朱の髪。金の装飾が施された赤い帽子に、璃月の薄着を身に纏い腰に“炎の神の目”を身に着けている彼女。

 

 

 

「ここが例の場所なのですか」

 

もう一人は金と紫が混ざり合ったかのような独特な色の瞳に、氷のような水色の髪に2本の赤と黒入り交じる角みたいな髪飾りの少女のような女性。そして腰には神に認められた者という証である“氷の神の目”を身に着けた彼女。

 

 

 

「成程ね…。ふふっ、反刻晴派やその関係者達というのは事前の報告の数字から大勢いるって聞いてはいたけれど…。実際は私の想像以上に居たって言う事なのね…」

 

そして最後の一人は、気品のある白金の髪に真紅の瞳、貴い身分を際立たせるような黄金を基調としたドレスのような高貴な璃月服に身を包み、その腰に“岩の神の目”を身に着けている女性。

 

 

 

 

 

「_“煙緋”さん!?“甘雨”さん!?」

「_て、‘天権’様!?ど、どうして!?」

「_‘凝光’様!?どうして、ここに!?」

 

反刻晴派の者達は、まさかの人物達の登場に驚きの声を上げる。

 

 

 

 

「ふっ、先ほどぶりだな。“急進派”の者達」

「ふふっ、先ほどぶりです。“強硬派”の皆様方」

 

“煙緋”と“甘雨”は、目の前にいる反刻晴派の者達に不敵な笑みを浮かべながらそう告げ、_

 

 

 

 

 

 

「_ふふ、ご機嫌よう。璃月七星の玉衡を、刻晴を嵌めようと暗躍を行っていた反刻晴派の皆達」

 

_璃月七星の天権、‘凝光’は、牢屋にいる者達に向かって冷たさを感じさせるような笑みを浮かべたまま、彼らにそう告げたのであった。

 

 




次回もこの続きです。(今のこの勢いを止めたくないため)


次回は最終局面の終盤。

第七幕の最終回にしていきたいと思います。(ここまで描写できたのならば、必ず終わらせます)



それでは次回の投稿まで、今しばらくお待ちください。



—————
追記1
文章表現におかしいところがありましたため、修正を行いました。(ふふふ、ご機嫌用→ふふ、ご機嫌よう
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