名前を無くした、天権の懐刀   作:久遠とわ

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完成したので投稿。

いよいよ中編の前半も終盤に近付いてきました…。

また今回はちょっとした解説があります。


_…瞬詠…さん?

Side:瞬詠

 

「…さて、本日の分の社会見学はおしまいです。では後程、いつものように本日の分のレポートを私の部屋まで持ってきてください」

 

「はいはい、分かってるよ。甘雨」

 

「“はい”は、一回で良いですよ?瞬詠さん?…本日の分のレポートの分量、目標分量を二倍にしますね?」

 

「おいおい!待て待て待て!!待ってくれ!!本当に勘弁してくれ!!自分が悪かった!!悪かったから!!」

 

「ふふっ、冗談ですよ。…瞬詠さん?」

 

「はぁ…。冗談でもやめてくれよ、甘雨…」

 

太陽の日差しが照らされる、まだ涼しげな風が吹く璃月港の街中。

 

男女二人の影が、そこにあった。それは瞬詠、そして甘雨の影である。

 

 

 

 

 

瞬詠が凝光の命により、甘雨との社会見学や社会勉強という名目で、甘雨に璃月港を案内され始めてから、もう4日か5日程度が経った頃。

 

瞬詠が甘雨に社会見学や社会勉強と言う名の元に、各七星八門の司庁の主要な機関の建物や役所などの場所の案内、そして実際の業務の見学等を行ったり、その合間合間に気分転換として璃月港の名所や有名な所を巡ったりするという日々を過ごしていた。

 

そしてその過程で瞬詠と甘雨はお互いがお互いの事を多少なりとも理解していき、お互いの事をある程度は信頼し合えるような間柄になりつつあった。

 

瞬詠が凝光に見せるような明らかな悪態や傲慢な態度を甘雨に対して取っていないのが、その証左でもある。

 

また甘雨も瞬詠に対して、ちょっとした冗談を瞬詠に言えるくらいには仲が良くなっていたのであった。

 

 

 

 

 

「…っ」

 

「…あの、瞬詠さん?どうしたんですか?」

 

璃月港の中心地から外れ、黄金屋と層岩巨淵への道へと続いている璃月港南部に位置する“チ虎岩地区”を歩きながら、甘雨が不思議そうに瞬詠の顔を覗き込みながらそう尋ねる。

 

「……いや、その」

 

そして瞬詠は歯切れ悪く言葉を詰まらせる。

 

「…?本当に大丈夫ですか?段々と足取りも重くなっていますよ?…体調が悪いのでしょうか?」

 

甘雨は瞬詠を心配そうに見上げながら、心配そうにそう言う。

 

「あぁいや、大丈夫だ。何でも無い。大した事では無い。何といえばいいのか…。そう、緊張しすぎておかしくなって、ちょっとした頭痛がしているだけだ。……だから、別にそんな心配は無用だぞ、甘雨」

 

瞬詠は心配そうな甘雨を安心させようと、笑顔でそう答える。

 

だがその笑顔は若干引き攣っており、また隠し切れない緊張がその笑顔から滲み出ている。

 

「……えっと、これから行くのって“万民堂”ですよ?ただの食堂、大衆食堂なのですが…。瞬詠さん、一体どうしたんですか?珍しく貴方が“どうしても行きたいと、私にお願いまでした”場所ですよ?もしかして万民堂へ行った事は無いのですか?」

 

甘雨は瞬詠の顔を覗き込みながら、そう尋ねる。

 

「……いや、あるが。ちょ、ちょっと、自分と万民堂の間に色々と訳ありでな」

(より正確にはそこの万民堂のコック、料理人の“彼女”とな…)

 

瞬詠は甘雨の言葉にそう答えると、一瞬表情を曇らせる。

 

「……訳あり?それは一体どういう?」

 

「あぁ、いやまぁその……。大した事じゃないんだが」

 

瞬詠は少し恥ずかしそうにしながら、甘雨から視線を逸らす。

 

「…あ!もしかして…!!」

 

甘雨は何かを閃いたのか、ハッとした表情を浮かべる。

 

「どうした?甘雨」

 

瞬詠は甘雨が閃いた内容が何なのか分からず、不思議そうに聞き返す。

 

「瞬詠さん、まさかだとは思いますけど…。万民堂に出禁とかなっていませんよね?無銭飲食をして出禁を喰らった、とか」

 

「いや、なんでそうなる!?出禁にもなってないし!!無銭飲食した事も無ければ、出禁にされた事も無いからな!?」

 

甘雨のトンチンカンな考えを瞬詠が慌てて否定する。

 

「ふふっ、すみません、瞬詠さん。つい……。ふふっ、そうですよね。そんな訳、ありませんよね」

 

甘雨は可笑しそうに微笑む。

 

「当たり前だ、そんな事したら出禁どころの話じゃないだろ。それにそんなのをやったら通報されて千岩軍のお世話になって、そしてそのまま千岩軍に連行されるに決まってるだろう。……ったく、心臓に悪い冗談はやめてくれよ……」

 

瞬詠は溜息を一つ吐く。

 

「ふふっ、すいません。……それでどうされたんですか?瞬詠さん。万民堂に行くだけなのに、そんなに緊張しだすなんて」

 

甘雨は可笑しそうに笑いつつも、瞬詠にそう尋ねる。

 

「あぁ、いや……。まぁその……。実はだな……。その、万民堂には自分の知り合いが、古い知り合いがそこで働いていてだな……」

(しかも自分の予想が正しければ最悪の場合だとあいつ、“香菱”の奴は『あの日のあの海、そして自分達の南十字船隊を中核とする連合艦隊と冥界巨獣の海山との戦いで、自分が戦死した』と、酷い勘違いをしている可能性があるからな。…はぁ、まったく厄介な事になってしまったな……)

 

瞬詠は甘雨に答えると、頭を掻きながら内心で大きな溜息を一つ吐く。

 

「知り合い、ですか?」

 

甘雨は不思議そうに首を傾げる。

 

「あぁ、そうだ」

(……さて、一体どうしたものかな。どうなっているのやら)

 

瞬詠は腕を組みながら考え込むように顎に手を当てる。

 

「…はぁ」

(…本当に情けない。しっかりしろよ、自分。せっかく思いっ切って行動に移したのに。なんで今になって…。いい加減に向き合わないと、向き合うんだろ…)

 

瞬詠はため息を吐き、そうして嫌気を差したかのように少しだけ顔をしかめる。

 

「…なるほど。そういう事だったんですね。……なら尚更、緊張してしまいますよね。でも大丈夫です、瞬詠さん」

 

甘雨はそう言いながら、安心させるように優しく微笑むと、そっと瞬詠の手を右手で包み込むように握る。

 

「うん?甘雨?お前さん?」

 

「瞬詠さん。大丈夫です。あの日の煙緋さんの事務所、あの場で瞬詠さんがとても重たい物を抱えているのを知り、それが瞬詠さんを蝕んでいるのだと分かりました。…ですが、私が傍にいますので、大丈夫ですよ。ですから、安心してください。…それにあなたがこれから万民堂で会う、その“知り合いの方”もきっと良い方なのでしょう?」

 

甘雨はそう言いながら、瞬詠の手を握る力を強める。

 

「甘雨、お前さん……」

 

そして甘雨が手から感じる温もりは、瞬詠に伝わっていた。あの日、瞬詠がもう何が何なのか分からず悶え苦しんでいた時に、甘雨が手を優しく握ってくれた時と同じ温かさを甘雨の温もりから感じる。

 

そして瞬詠は心の中にあった重石のような緊張が、どこかへ消えてしまったようなそんな気がした。

 

「……あぁ、そうだな」

(まったく、自分は一体何を考えているんだ。何を心配しているんだ。自分がこうしてここに居るのは…。そう、これ以上顔を出さない方が、香菱の奴に申し訳ないと思ったからじゃないのか。…ったく、おまけに甘雨に心配をさせるとは情けないな)

 

瞬詠は心の中で自嘲気味にそう呟くと、握り返すようにそっと甘雨の手を握り返す。そして瞬詠は真っ直ぐと甘雨の方を向き、少しだけ微笑みながら感謝の言葉を伝える。

 

「…ありがとうな、甘雨。おかげで緊張も落ち着いた。自分はもう大丈夫だ」

 

「ふふっ、どういたしまして。瞬詠さん」

 

甘雨はそう言うと優しく微笑み、そうして瞬詠と握った手をどちらからともなく離した。

 

そして甘雨はまた前を向くと、歩き始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…着いたな」

 

「…着きましたね」

 

そうして瞬詠と甘雨は目的地である万民堂に辿り着く。

 

丁度今の時間帯は昼時を過ぎ去った事もあり、万民堂の前には客の者達はおろか店の者達の姿も無かった。

 

「…」

(…これ、香菱の奴、店にいるのか……?)

 

瞬詠は万民堂の前で辺りを見渡して、少しだけ怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「…うん?あれは?」

 

その時、建物に向かって一人の男が歩いて来る。その者はオレンジと薄い茶色の服が特徴的な男であり、両手には璃月港の商店や露店等で購入してきたのであろうか、新鮮な野菜が数多く入っている袋をぶら下げていた。

 

 

 

「…あれは“卯師匠”か?卯師匠!!」

 

瞬詠はその男を見た瞬間、直ぐにその男の名前を思い出したの卯師匠に向かってそう叫ぶ。

 

「うん?おぉ、常連の変わった髪飾りをしたお嬢さんと…。いや、なに?なんだと?」

 

卯師匠と呼ばれた男、まるで信じられないものを見てしまったかのような表情を浮かべる。そしてそそくさと早歩きで、甘雨と瞬詠の前へやって来る。

 

「その姿……。おい、お前まさか。お、俺は夢でも見ているのか…?」

 

卯師匠は信じられない事を目の当たりにしたように、瞬詠の顔をまじまじと見つめる。

 

「……あの、その、卯師匠。本当にお久しぶりです」

 

「久しぶりもなにもあるか!!」

 

「っ!!」

 

そして瞬詠が言葉を紡ごうとしたその瞬間、卯師匠は瞬詠の肩を両手でがっしりと掴む。

 

「お、おい!お前本当に生きていたのか!?娘の話を聞いて、俺ぁてっきりもう死んだとばかり……!!香菱はなぁ!!『瞬詠が船隊の仲間達と海山との戦い、そうして海山と刺し違えてその後はもうどうなったのか分からないの。最悪、彼はその戦いで死んじゃったかもしれない!!瞬詠が!!』と、そう泣いていたんだぞ!?」

 

「あぁ…。やっぱりですか……」

(あぁ、なんてこった…。やっぱりそうなっていたのかよ…。はぁ、本当にぃ…)

 

瞬詠は内心で大きな溜息を一つ吐く。

 

「あ、あの、落ち着いてください」

 

そこに甘雨が割って入り、卯師匠を落ち着かせようとする。

 

「あっ…あぁ。すまないな、お嬢さん」

 

卯師匠は我に返ったのか、少し恥ずかしそうに甘雨に謝罪する。

 

「…いやでも本当に信じられないな。だが…、良かった。本当に良かった。瞬詠、お前が無事に生きていてくれて…。瞬詠、お前は今まで一体どこで、何をしていたんだ?」

 

卯師匠はそう尋ねる。

 

「はい、それは…。まぁ、その、個人的ではありますが、出来る限りであの海戦で亡くなった者達、また大怪我をした仲間達や協力者達、一人一人の遺族や家族、またその者の仲間達の元を尋ねてました。そうしてその者達への謝罪、場合によっては弔いを行っていました。そしてそれだけでなく、個人的な慰霊をも…」

(………)

 

瞬詠は少し言葉を濁しつつもそう説明する。そして疲れきったかのように少しだけうつむき、そうしてうつむいた瞬詠の顔に影が出来上がった。

 

「…遺族や家族の元にですか?それに慰霊をも?」

 

甘雨は信じられないと言ったような表情、そして辛そうな表情を浮かべながらそう尋ねる。

 

「あぁ……。まぁな、甘雨……」

 

瞬詠は甘雨の問いに静かに頷く。

 

「ふぅむ、そうなのか……。大変だったんだな……」

 

卯師匠は少しだけ不思議そうな顔、そして瞬詠の悲痛すぎる心情を察したのか、卯師匠までもが苦しそうな表情を浮かべ、それ以上の詮索はしてこなかった。

 

「…あの、卯師匠。自分は香菱に会いに来たのですが、香菱の奴は今どこに?」

 

瞬詠は卯師匠に尋ねる。

 

「あぁ、あいつか…。タイミングが悪かったな、瞬詠。今は璃月港にはいない。香菱は軽策荘の方まで行って、絶雲の唐辛子等の食材を採りに行っている。だから暫くの間はここには戻って来ないな…」

 

卯師匠は少し残念そうに言う。

 

「そうですか……。分かりました。また後で出直します。それと、あいつに自分が来た事を伝えて下さいませんか?それと心配をかけさせてしまい、申し訳なかったと…」

 

「あぁ、それくらいお安い御用さ。だけど、瞬詠。今度万民堂に来た時には、もう一度きちんと香菱に謝ってやれよ。…そして元気な顔を見せてやれよ?」

 

「えぇ、分かっています。約束します。卯師匠」

 

瞬詠は微笑みながらそう答える。

 

「ははは!それは本当に良かった!…よし、なら俺はいい加減そろそろ店に戻って食材の整理をしないといけないから、これで失礼するぞ。瞬詠、それにえぇっと、変わった髪飾りのお嬢さんの甘雨もな」

 

「はい、卯師匠。本当にありがとうございます」

 

「はい、卯師匠。私からもありがとうございます。瞬詠さんの伝言を引き受けてくださいまして」

 

瞬詠と甘雨は感謝の言葉と共に頭を下げる。

 

 

 

 

 

___そしてその時であった。

 

 

 

 

 

「___あっ、ぁ、あぁ、しゅ、瞬詠にぃに?」

 

その時、瞬詠の名前を呼んだ一人の幼女の声が瞬詠と甘雨達の横から聞こえてくる。

 

「うん?」

 

「えっと、この声は?」

 

瞬詠と甘雨は声の方向である真横の方に視線を向ける。

 

「しゅ、瞬詠にぃに!!瞬詠にぃに!!」

 

「おやおや、あれが“ヨォーヨ”が言っていた甘雨と一緒にいた“彼”なのかい?」

 

そこにはくりっとした赤茶色の瞳に全体的に黄緑色と茶色の璃月の服、そうして“草の神の目”をその身体に身に着けていた幼女、“ヨォーヨ”と呼ばれた幼女。そしてそのヨォーヨの保護者なのかどうかは分からないが、優しい声色でヨォーヨに語り掛ける眼鏡をかけ、そして全体的に緑色で肩の部分が明るい茶色、首辺りが赤色の服装をした一人の老婆が、そこに居た。

 

「あっ……」

 

そして瞬詠はその二人の姿を見て、驚きの表情を見せる。

 

「あっ、“ヨォーヨ”と“ピンさん”じゃないですか…。___えっ?」

 

甘雨は驚いた表情で二人の名前を呼び、ふと瞬詠の方に視線を向ける。そして信じられないと言ったような表情を浮かべる。

 

「___あっ、あぁ…」

 

「えっ、あ、あの、瞬詠さん?どうしたんですか?…なんで泣いているんですか?」

 

そうして甘雨は隣にいた瞬詠が、何故か独りでに涙をこぼしている事に気がつき、驚きの声を上げてじっと見つめる。

 

「瞬詠にぃに、瞬詠にぃに!!」

 

そしてその次の瞬間、ヨォーヨは瞬詠に向かって駆け出す。

 

「…っぅ、ヨォーヨ…、ヨォーヨ…!」

 

「瞬詠にぃに!!良かった!!良かったぁ!!」

 

「___すまなかった、悪かった…!!」

 

そうして瞬詠は駆け走ってきたヨォーヨを思い切り抱きしめる。そして瞬詠はそのまま謝罪すると同時に歯を食いしばり、更に目から溢れ出る涙をとめどなく流し続けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——————————————————————

Side:甘雨

 

「___という事がありました。“凝光”さん」

 

「___ふふっ、成る程ね。まさか瞬詠がその子の姿を見て泣くとはね…」

 

 

 

日が落ちて夜のとばりが下りてきた頃の璃月港。そしてその璃月港の上空に浮遊する群玉閣。

その群玉閣の内部。群玉閣の主である凝光の主室にて、甘雨と凝光の二名が向かい合って話をしていた。

 

「はい、とても驚きました。それにまさかヨォーヨと瞬詠さんが知り合いだったとは思いもしませんでした……」

 

甘雨は自分が体験した事を凝光に話をする。

 

「えぇ、そうね。だって、そのヨォーヨという名前の子。かつて瞬詠が乗っていた“船長さん”の船に遊びに来ていた子だもの」

 

凝光はそう言うと、笑みを浮かべながら一人で静かに納得しているかのような様子を見せる。

 

「えっ?瞬詠さんの船に遊びに来ていた?それはあの南十字船隊の旗艦である“死兆星号”にですか?…いや、待ってください!ヨォーヨが、あの子が以前に内緒でよく通っていた船って、あの死兆星号だったんですか!?」

(ヨォーヨが、『小さな寝床まで作りたいな。ヨォーヨ、一緒にいたいなぁ』なんて、よく言っていた船というのが!?)

 

甘雨は凝光の言葉に驚いたように目を見開かせる。

 

「えぇ、そうよ。ふふっ、船長さん。よくあの子に困っていた様子を見せていたわ。『あのキラキラした目には誰にも敵わない。みんなヨォーヨを追い出せなくなるんだ。…はあ、そのせいで出航の計画が乱れそうになったこともあったが』なんてぼやいていたわね」

 

「そ、そうだったんですか……」

 

甘雨は感心するかのように、声を漏らした。

 

「…さて、今日の報告ありがとうね。甘雨、もう下がっていいわ。引き続き明日も瞬詠の世話や付き添いを、よろしくお願いね」

 

「はい、凝光さん。それでは失礼しますね」

 

甘雨は凝光に頭を下げてそう答えると、静かに部屋から出る。

 

「…」

(…瞬詠さん)

 

甘雨はふとここ数日程同行してきた瞬詠の事が頭に浮かぶ。

 

 

 

璃月港を巡る時に瞬詠が見せた、まるで子供のような純粋な表情。

そして時折、本来の予定外の行動を取る時に見せた自分勝手で我儘な行動をする姿に、自分によってその行動を制させられた時の少し不服そうな、子供のような仕草。

そうして七星八門の各所を見学した時に見せる真面目な表情や感心したような表情。

 

 

 

「…」

 

それらの姿が脳裏に浮かんでは消え、浮かんでは消えと甘雨の脳裏を駆け巡る。

 

 

 

「…っ」

 

そして瞬詠が見せたとある姿が、甘雨の脳にふと浮かび上がる。

 

 

 

__あの海戦で亡くなった者達、また大怪我をした仲間達や協力者達、一人一人の遺族や家族等の元を尋ねてました。

 

__そうしてその者達への謝罪、場合によっては弔いを行っていました。そしてそれだけでなく、個人的な慰霊をも…

 

 

 

 

あの時の疲れきったかのような、悲痛な表情の瞬詠の姿が甘雨の脳裏に浮かび上がる。

 

 

 

「…」

(…瞬詠さん)

 

瞬詠が語ったあの言葉。その言葉が甘雨の脳裏を掠める。

 

死兆星号が率いる艦隊が海山を打ち倒したという栄光。そして語られることも無ければ、考え着く事も見向きする事、気づく事すらなかった、栄光の元にひっそりと出来上がっていた“影”とも言うべき、そんな“犠牲”。

 

璃月港や璃月中はおろか、テイワット各地を駆け巡っていた海山を打ち倒したという話。一時、その話に皆夢中になり、生々しいその過程の話やその後の裏話などは誰もが気にも留めなかった。それはその“影”、そして“犠牲”になる者達の存在の上で、成し遂げた美談であったから。

 

「___そうだったのですね、瞬詠さん」

 

甘雨は小さく呟く。

 

 

 

だが、それらの“犠牲”や“影”となる者達が居たからこそ、海山という存在を倒す事が出来たのだと甘雨は今になって理解した。

 

 

 

 

 

___だが、結局残ったもの、それに残されたのは…

 

 

 

 

 

「…っぅ」

 

そしてその影、そうして決して少なくは無い数の犠牲の積み重なりが、改めて甘雨の脳裏に瞬詠の言葉を浮かび上がらせる。

 

 

 

「…」

 

甘雨は群玉閣の廊下の真ん中で歩みを止める。

甘雨の目の前には凝光に割り当てられた自分の部屋。

 

 

 

「……っ」

 

甘雨はまるで甘雨の心臓がドクンと強く脈打ち、そうして締め付けられるかのような痛みが胸から全身に広がるのを感じる。

 

そして何故か、悪寒に襲われたように身体を震わせる。

 

 

 

 

 

「…っぅ」

 

何とも言えない嫌な予感。

言葉にできない不吉な予感が甘雨の全身を駆け巡り、それがやがて甘雨の頭の中を支配していく。

 

 

 

 

 

「…瞬詠…さん?」

 

 

 

そうして甘雨は自室の隣にあった瞬詠の部屋に視線を向けると同時に、そちらの方に歩みを進め始めたのであった。

 

 

 

 

 




次回、いよいよ中編前半の最終回…。

取り合えず、一週間後辺りには投稿予定…。
(遅くとも今月中には投稿しようと思います)


—————
◎解説
・卯師匠について
→『卯師匠』についてとなりますが、彼は“香菱”の父親で、万民堂を経営している有名な料理人であります。彼はよく『自分の店で食事をした人は、すぐに常連になる』的な事を豪語しており、実際に“甘雨”(変わった髪飾りをしたお嬢さん)が常連で、精進料理をよく頼んでいるとの事でした。
 そして娘の“香菱”に関してですが、若干こちらは作者個人の主観も混ざってしまいますが、卯師匠は自分以上の類い稀なる才能に驚き、そしていずれ璃月料理界に革命をもたせられるほどの才能を見た彼は、万民堂の料理人として万民堂に縛り付けてしまうよりか、『料理修行』と言う名の旅に出かけさせました。そしてそれは彼女の未来や将来、そうして彼女が秘めていた可能性を更に広げるためという、父として料理人としての思いや期待を込めて彼女を送り出したのだと思いました。(またそうしてそれがおそらく、モンドでの彼女の伝説任務へと繋がっているのではないかと思いました。)

 余談ですが万民堂、そして“香菱”の料理人としての腕としては、上記の甘雨以外にも璃月キャラの日常ボイスの香菱についてや“香菱”からのそれぞれのキャラについてで“辛炎”、“行秋”、“重雲”、“鍾離”、そうして新たに追加されたキャラである“嘉明”などが、万民堂に訪れて香菱の食事を楽しんでいるようであり、また万民堂で食事を取るわけでは無いものの“北斗”や“刻晴”、そして“夜蘭”や“凝光”など、大勢の人物達から認められるほどの人物でもあります。
 
 またこれも余談ですが、作者は当初よく彼女の元素爆発のボイスの「師匠の技を食らいなさい!」という台詞にて、この師匠が「卯師匠」の事かと思われていました。ですが調べていて彼が槍術を扱えるなんて情報にはどこにもありませんでした。
 そのため香菱の師匠、少なくとも槍術の師匠は別の人物なんじゃないかと訝しんでいた所に、『Ver2.1韶光撫月(しょうこうぶげつ)の浮世』の期間限定イベント、璃月の伝統行事「月逐い祭(竈神マルコシアス関連)」を扱った『韶光撫月』にてまさかの“ピンばあや”、もとい仙人である“歌塵浪市真君”の弟子であったことに大変驚いたの完全なる余談であります。
…本当に思った以上に仙人と人間って、すぐ近くと言うか隣人感覚で過ごしているんだなと思いました。
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