名前を無くした、天権の懐刀   作:久遠とわ

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完成したので投稿。

第1幕中編前半、最終回…。

なお今回は本来であれば“とある考察ネタ”に関する“解説”を行う必要のあるものがあるのですが、今回は敢えて解説は行いません。(今後の展開や、それら等と言った事を考えて。)
その時が来たら、それに関する解説を行えたらと思います。




_『契約』……?『約束』……?

Side:甘雨

 

「…瞬詠さん、失礼します」

 

甘雨は瞬詠の部屋の扉を開け、そうして中に入る。

 

「瞬詠さん…あら?」

 

瞬詠の部屋に入った甘雨は、すぐに瞬詠の姿が目に入る。

 

「…すー、…すー」

 

そこには瞬詠の机の上に突っ伏して静かに眠っている瞬詠の姿があった。

 

「…ふふっ」

(良かったです…。ですけど、そんな所で眠ると風邪を引いてしまうかもしれませんね…?)

 

甘雨はその光景を見て微笑む。それと同時に困ったような表情を浮かべた。

 

「瞬詠さん、風邪を引いてしまいますよ?起きてください。___うん?これは?」

 

甘雨は瞬詠を揺して、瞬詠を起こそうとする。そしてその時、甘雨の視界にとあるものが目に入る。

 

それは机の上に置かれていた一冊の本であった。しかもすぐ近くには先ほどまで使用していた筆記用具があるという事や、その本のページの端に墨汁のような跡があったことから、瞬詠が今まさにその本に書き込みを行っていた最中であったという事が想像出来た。

 

「この本は…?へぇー」

(瞬詠さん…。律儀な人なんですね。意外です…。)

 

甘雨は盗み見るように瞬詠が書いていた本のページに視線を向ける。

 

 

その本の内容とは、例えば先日の甘雨と共に訪れた『煙緋法律事務所』の出来事での一連の流れについての記録、そしてその時の感情や思いを瞬詠が書き綴ったメモのようであった。

 

 

「…」

 

甘雨は更に読み進める。

例えばそこには煙緋と会話を交わした際の感想やその時の状況、そしてその時に思った様々な内容、また煙緋法律事務所の時の事だけでなく『総務司』や『月海亭』などを見学した時の事までもびっしりと書かれていた。

 

「…凄いですね」

(瞬詠さん、こんな几帳面な面もお持ちだったんですね……)

 

甘雨はその書き記された内容を見て、瞬詠の意外な一面に驚きを隠せずにいた。しかも甘雨が見た限りだと毎日こうして日記を付けているようであり、また本が意外と分厚い事からかなり長い間継続して書き記されているようでもあった。

 

「…うん?」

 

その時、甘雨の足元に何かがぶつかり、それに気づいた甘雨は視線を下に向ける。

 

「あら、これは」

 

そこには眠っている間に瞬詠が落としてしまったのであろう、“小さな手記”が落ちていた。

 

「……」

 

甘雨はそれを拾い上げる。そして甘雨は何気なく、その手記を開き中身を見る。

 

 

 

その中身を見てしまった。

 

 

 

「___えっ?えっと、これは…」

 

甘雨はその文章の内容に目を通した時、大きく目を見開いた。

 

「___『“風”とは疎遠、分かれ、そして孤立や孤独。形や結果はどうあれ、本人にとっての大切なものを失う、もしくは失いかけた者。そうして“それらを深く見つめ直したり、歩んできた過去や道のりを深く鑑みた者”』…。それに『“水”は逃れられない運命、もしくは避ける事は叶わない運命。そして大切なものや大切な事をその身に背負う事。また自分自身の生きる意味や意義を見出す事。それは“生まれながらの宿命を背負う者”』…」

(…え、えぇっと。こ、これは、一体。何なんでしょうか…)

 

甘雨はその手記に書かれていた内容に困惑する。

そして手記のそのページの上に空いていたスペースには『推測されるおおよその各元素の傾向』、その隣のページには『予測される各元素の分岐条件』という、それぞれのタイトルらしきものが書かれていた。

 

「…あっ」

 

そうして甘雨は更にとある記載内容を見つけ、思わず声を上げる。

 

「こ、これは……」

 

甘雨が目を止めた部分、それは『氷元素の傾向』と書かれていた内容であった。

 

「『“氷”は矛盾、個の内側と外側の乖離が激しい。また周囲の大多数以上が本人の真意を理解する事がなかった、もしくは理解しようとする事は無かった事が多い。それはとても険しく、かなり特殊な境遇を送っていると言える。そしてそれ故によって起きてしまった“本人にとっての窮地、それを乗り越えた者。もしくは自分自身の矛盾を見つめ直し、全ての退路を断つほどの大きな決断をした者”』……ですか?」

 

甘雨はその内容を反芻するように読む。

 

「…そ、それが、氷。氷の神の目の。___」

(___氷の神の目を持つ者、いえ氷の神の目に選ばれた者…)

 

その記述を読んで内容を理解した甘雨は、何気なく自分の腰の方にぶら下がっている“氷の神の目”に視線を向ける。

 

「……」

 

そうして甘雨はその氷の神の目を手に持つと、まじまじと見つめる。

 

 

 

それは、その神の目は、『仙獣』と『人間』の混血として、彼女は二つの種族の架け橋となる選択、即ち初代の『璃月七星』の要請に従い、『璃月七星』全体の秘書となり、彼らを支えるという決断をしたという時に現れた代物。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

___甘雨、話を聞いてくれ…。俺達の願いを聞いてくれないか?

 

 

 

___あちこちで起きていた神々の熾烈な大きな戦いはようやく終わったわ。私達にも大きな傷跡を残してね…。

 

 

 

___あぁ、そしてこの戦争を通じて大勢の人々の命を失っただけでなく、桑田が破壊されたり洪水によって水没したり等、この璃月という大地は大きな傷を負った…。そして俺達は深い悲しみや苦しみ、虚しさを背負う事になった…。だけどな…?

 

 

 

___だけどそう。私達人間、璃月人達はこうして岩王帝君の庇護の元、この璃月港に集まった各々が、まずはそれぞれの得意分野の物づくりと言った手工業、そして商業を以って璃月港、璃月を盛り上げていこうと、次々と人々が立ち上がり始めたのよ。

 

 

 

___そうだ。そうしてここにいる七人達は、次々と立ち上がった数多くの大勢の璃月人達の中でも、選りすぐりの商人達の七人だ。

 

 

 

___そうよ。そしてこれから私達七人が発足した『七星』、私達『璃月七星』は岩王帝君の元、この璃月という地で生きる者達のために力を尽くしていこうと思うわ。

 

 

 

___そうだ。そして理想的な国を、完璧な国家である、黄金と繁栄の国である『璃月』を俺達の手で作り上げていくためにな。

 

 

 

 

 

「…っ」

 

甘雨の中で暖かい何かが込み上げてくる。

 

黄金のように輝く夕焼け、そして逆光に照らされる七人の男女の影の姿。そして決意を固めたかのように真剣な声色で話す男女のそれぞれの声が甘雨の頭の中に蘇り、そしてその情景が浮かんでいく。

 

 

 

 

 

___だから甘雨、俺達非力で無力な人間達の代表である『璃月七星』に力を貸してくれないか?俺達、璃月七星の七星秘書として、俺達を支えて欲しい。そして人々の手でこれから築かれていくであろう璃月を、そうして四苦八苦するであろう璃月七星達を見守って欲しいんだ……

 

 

 

 

 

 

 

「…」

(……そうでしたね)

 

甘雨は感慨深く頷いた。

彼らのどこまでも純粋でどこまでも真摯な願い、その想いに感銘を受けた甘雨は彼ら、初代七星達と『約束』、『契約』し、そうして『璃月七星』達を支える事を決断したのだ。

 

 

 

「……」

 

甘雨はある意味で、彼らとその契約の証である自身の『氷の神の目』に視線を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてその時であった。

 

 

 

 

 

 

 

「…だから…待っていてくれ。…答えを、全ての答えを…」

 

「っ!?」

 

その時、寝ている瞬詠の目から一筋の涙がこぼれ落ちた。

 

「……」

甘雨はそんな瞬詠に動揺を隠せず、また目を大きく見開いたまま呆然と立ち尽くす。

 

「…いつか、死ぬ。…この身…だから…」

 

眠っている瞬詠の口から静かに言葉が紡がれる。眠っている瞬詠の表情はこわばっており、それはまるで何かに苦しんでいるかのような表情であった。

 

「…しゅ、瞬詠さん?」

 

甘雨はそんな瞬詠の言葉を聞き、再び胸の奥に痛みのようなものを感じたのであった。

 

「…本当に…俺は、自分は…人殺し…。すまない、本当に…ごめん、ごめんな…」

 

寝ている瞬詠の口から言葉が途切れ途切れに紡がれる。それはまるで懺悔の言葉のようでありそれと同時に呼吸が乱れ、冷や汗のようなものが額に滲み出ていた。

 

「…っ!?」

(これは完全にあの時と!!)

 

甘雨はあの日の、瞬詠。

瞬詠と初めて出会う事になった、寝坊した瞬詠を起こしに行った際に見せたあの時の状況と今の状況が酷似している事を察し、咄嗟に瞬詠の身体を揺さぶる。

 

「っ、瞬詠さん!!瞬詠さん!!しっかりしてください!!起きてください!!起きてくださいっ!!」

 

「……うぅん……ん」

 

甘雨に身体を揺すられた瞬詠はうめき声を上げ、そしてゆっくりと目を覚ます。

 

「……甘雨?お、俺は、じ、自分は…」

 

「瞬詠さん…その、大丈夫ですか?」

 

甘雨は心配そうな表情で瞬詠を見つめる。

 

「えっ、あっ、あぁ、俺は、自分は…ぁっ___」

 

「___あっ、瞬詠さん!!大丈夫ですか!?」

 

「…っぅ」

 

その時、瞬詠はまだ寝ぼけていた事も相まってか、甘雨の足元に崩れ落ちるかのように椅子から転げ落ちてしまう。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

甘雨は慌てた様子で瞬詠の元へと膝を着く。

 

「っぅ……大丈夫だ……」

 

そして瞬詠はうつむいたまま頷く。

 

「瞬詠さん…。貴方は夢を見ていました。それもかなり悪い夢とでも言ってもいい夢を。酷くうなされていたんですよ…?」

 

「…っ」

 

甘雨は心配そうな表情、そして真剣な表情で瞬詠の肩を掴み瞬詠の目を見つめる。

 

「あぁ、そうだったのか……。それはすまなかった」

 

瞬詠は気まずそうに甘雨に謝る。

 

「…瞬詠さん、全てを話してください。包み隠さず」

 

「…」

 

甘雨は真剣な表情で瞬詠の目を見つめる。

 

「…瞬詠さん」

 

「…話をした所で何になる?何かが変わるのか?過去が塗り替えられるのか?過去を変えられるのか?」

 

瞬詠は目を伏せたまま、甘雨に言い放つ。

 

「……過ぎ去った事は、確かに変えられません」

 

「なら、話す必要は無いだろう……?」

 

「……ですが、私は…。私は…!!」

 

甘雨は真剣な表情で瞬詠の肩を掴み、瞬詠の額と自分の額を合わせる。

 

「…私は、私は、瞬詠さんがそんなに苦しむ顔なんて見たくないんです!!…煙緋法律事務所で、そして今日の万民堂で、瞬詠さんがどんな悲惨な歩みを歩んできたのか、それを知る事が出来ました。ですがまだまだある筈です…。私はその苦しみを、悲しみを、全部は分かってあげられないかもしれません…」

 

甘雨は一瞬だけ顔を伏せる。そして再び顔を上げると瞬詠の目を見つめる。

 

「でも!!今だけでもいいんです!!私にも背負わせてください…!!私に貴方のその重荷をほんの少しだけでもいいから、持たせてください……!!」

 

甘雨は今にも泣き出しそうな表情で、目に涙を溜めながら瞬詠にそう言う。

 

「甘雨……、お前さん。何で、そこまで…」

 

そして瞬詠はそんな甘雨に驚くような表情を向ける。瞬詠の瞳が酷く揺ぐ。

 

「瞬詠さん…。瞬詠さん…、だって、そうじゃないと、貴方は___」

 

甘雨は瞬詠の両肩を手で掴み、そして目に涙を溜めながら瞬詠に訴えかける。

 

「___貴方は、死んでしまう。そう遠くない内に死んでしまう。そう思ったからに決まっているじゃないですか……!!」

 

「……っ、ぁ、ぁぁ」

 

そして瞬詠はそんな甘雨の言葉に目を大きく見開いた。それはまるで図星を突かれたかのようであり、その表情は何かに酷く傷つけられたかのような表情をしていた。

 

「貴方との付き合いというのは、まだ一週間も経っていません…。でも、それでも、その短い間で、私は貴方の事を……、大切な友人だと___いいえ」

 

甘雨は何かに吹っ切れたかのような表情で顔を上げ、そして瞬詠の顔を見つめる。

 

「貴方をかけがえのない友人だと思っています…!!」

 

「なっ」

 

甘雨のその突然の言葉に瞬詠は動揺を隠せず、再び目を見開く。

 

そして甘雨のその目を見れば、それは決して冗談などではなく本気で言っているという事が分かる。

 

「そうか…」

 

そして瞬詠は甘雨から視線を外し、そうしてうつむく。

 

「……」

 

甘雨はそんな瞬詠の次の言葉を待つかのように、静かにその様子を伺う。

 

 

 

 

 

「……なぁ、甘雨。聞いてくれないか?」

 

そして長い沈黙をようやく破ったのは、瞬詠からのそんな言葉だった。

 

「___はい」

 

甘雨は真剣な表情で頷く。そしてそのまま沈黙が流れる。

 

甘雨は何か言いたげな表情ながらも、静かに瞬詠の言葉を待つ。

 

 

 

 

 

 

 

「…自分は、俺は、とんでもない人殺し、殺人鬼、大量殺人者……。いや“大罪人”だ」

 

そして甘雨が沈黙に耐えかねた頃を見計らったかのように、瞬詠は土下座するようにうつむきながら、そうして自らの罪を懺悔するかのように話し始めたのだった。

 

「大罪人…ですか?」

 

甘雨はそんな瞬詠の言葉を繰り返す。

 

「あぁ、そうさ。大勢の人々を多くの人達を不幸に陥れてしまった者だ…。そう、だから、自分は、俺は多くの過ちを、罪を、それらを犯して来た人間なんだ。……俺、自分と言う人間は___」

 

「…」

 

瞬詠は己の全てを甘雨に語り始める。

 

「…」

(瞬詠さん…)

 

甘雨は黙って聞く。そして同時に思う。

 

 

 

 

 

 

 

___これは、ただの一人の人間が体験、経験、そして抱え込んでもいいような苦しみ、そうして背負い込んでもいい悲しみではない。

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

甘雨は気づかぬ間にまた奥歯を噛み締め、拳を固く握り締めていたのだった。

 

「___というわけさ。…本当に優しい人が多すぎたなと思うよ。石を投げつけてもよかったのに。こんな自分にも手を差し伸べてくれたり、気にかけてくれたり、助けようとしてくれたんだからさ。…本当に世界って言うのは、こうも美しくて、そして残酷なんだな」

 

「…そうですね。瞬詠さん」

 

甘雨は同情するかのように声を漏らす。瞬詠がここまで酷く心を擦り減らすには十分すぎる程の、いやそれ以上の出来事を体験してきたのだと…。

 

「…」

 

甘雨は黙り込む。これは下手に同情の言葉を掛けてしまえば、逆に瞬詠をより深く傷つけてしまう事を何となく察していたからだった。

 

「……」

 

甘雨は何も言わずに瞬詠の頭をそっと撫でる。それはまるで泣きじゃくる子供をあやす母親のようであった。

 

「…甘雨」

 

瞬詠はただ甘雨の名前を呟く。

 

 

 

 

 

「…瞬詠さん、貴方は多くの間違いや過ちを犯してきました」

 

そして甘雨は優しい声で、だがどこか冷たく突き放すかのようにそんな言葉を発する。

 

「……あぁ、そうだな。その通りだ」

 

「…どんなに抗ったとしても、それは過去に変えられない事実として貴方の中に残り続けます」

 

甘雨は顔を伏せたままの瞬詠に言葉を続ける。

 

「…」

 

瞬詠も黙って甘雨の言葉の続きを待つ。

 

「…それが瞬詠さん。貴方への“罰”です。一生消える事のない、貴方に科せられた罪と罰です」

 

「……そうだな。甘雨の言う通りだ」

 

「そして瞬詠さん。___貴方にはこれから、もう一つの“罰”を受けてもらいます」

 

「___もう一つの“罰”?」

 

瞬詠は少しだけ驚いた声で、甘雨に言う。

 

「……はい、そうです。だって貴方は、私をここまで心配かけさせたんですよ?」

 

甘雨は少しだけ不満そうに頬を膨らませ、そう言う。

 

「心配をかけさせた……?」

 

「そうです。私をここまで心配させたんです。ですから私は貴方に『罰』を与えます」

 

そして甘雨は瞬詠の耳元へと口を近づけ、そして囁く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「___瞬詠さん。貴方にはこれから私ととある『契約』を、いえ私と『約束』をしてもらいます」

 

甘雨は少しだけ優しい笑みを浮かべて、そして瞬詠にそう言う。

 

 

 

 

 

「『契約』……?『約束』……?」

 

「はい。…それは___」

 

甘雨は一呼吸を置き、その内容を瞬詠の耳に囁く。

 

 

 

「っ、は……?甘雨、お前さん?」

 

そして瞬詠は顔を仰向け、甘雨の目をその目で見つめる。

 

「はい。そうです。___これが私が瞬詠さんに下す『罰』、そしてそれが私と瞬詠さんとの間の『契約』、『約束』です…。分かりましたか、瞬詠さん?……もしも破ったら、私は、私は絶対に赦しませんからね?」

 

甘雨は真剣な顔で、そうして笑みを浮かべながらもどこかその瞳は潤んでいるように瞬詠には見えたのだった。

 

「…そうか。それが“自分”の、”俺”への『罰』、そしてその罰である甘雨との『契約』、『約束』…か。良いだろう」

 

瞬詠は少しだけ吹っ切れたような、だがどこか悲しそうに、そして少し泣きそうな顔で甘雨に笑いかける。

 

「……はい」

 

甘雨もそんな瞬詠を見て同じように笑うのだった。

 

「…っ」

 

「…っ、瞬詠さん?」

 

すると瞬詠は力尽きたように、脱力しきったかのように甘雨の膝に静かに倒れ込む。

 

「……すまん、甘雨。もう疲れたんだ…。暫くだけでいいから、このままにさせてくれないか…?」

 

瞬詠は今にも消え入りそうな声で甘雨にそう言葉を放つ。その姿と言うのはまるで母親に甘えている子供のようにも見える。

 

「…はい、いいですよ」

 

甘雨は優しく微笑み、再び瞬詠の頭を撫で始める。

 

「…ふ~ん、ふ~ん、ふ~ん、ふふ~ん。ふふふ~、ふ~、ふ~、ふふ~ん…」

 

甘雨は鼻歌を歌いながら、瞬詠の頭を優しく撫で続ける。それは子守歌のようでもあった。

 

 

 

 

 

「……」

 

「……?」

 

___どれくらいの時間が経っただろうか? 甘雨はふと、瞬詠が静かな事に気付き、瞬詠の顔を見つめる。

 

「…すぅ、すぅ」

 

「…ふふっ」

 

瞬詠は甘雨の膝の上で静かに寝息を立てて眠っており、それを見た甘雨は優しく微笑みながら瞬詠の頭を撫でる。

 

「……今はゆっくり休んでください、瞬詠さん」

 

甘雨はそう小さく呟くと、甘雨は膝の上で眠る瞬詠の頭を優しく撫で続ける。

 

 

 

 

 

「…うん?」

 

その時、甘雨は何者かの視線を感じ瞬詠の部屋の扉へと顔を向ける。

 

「ぇっ!?凝光___」

 

「___しー、甘雨、静かに。瞬詠を起こしちゃだめ」

 

「___ふふっ」

 

「___良かったです」

 

「___大変だったんですね」

 

そこにはいつの間にか開かれていた扉の先、口元で人差し指を一本立てて静かにするように促し、そして悪戯っぽく笑う凝光の姿。それに凝光の部下である百暁と百識と百聞の三人の秘書達であった。

 

「お邪魔しちゃったわね。失礼するわ、甘雨」

 

「はい、失礼します。甘雨さん」

 

「失礼します。甘雨さん」

 

「失礼いたします、甘雨さん」

 

凝光がそう言うと凝光の秘書達三人も同じく甘雨にそう言葉を発すると静かに凝光の後ろに付き、そのまま部屋の扉が静かに閉じられたのであった。

 

「…」

 

「…」

 

そして再び、部屋の中には寝かしつけられた瞬詠と少しだけ顔が火照っている甘雨が残されたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——————————————————————

 

Side:凝光

 

「瞬詠さんの部屋から、甘雨さんの怒鳴り声や大きな声が聞こえてきたので何が起きたのかと思いましたが…」

 

「そうですね、それに瞬詠さんの泣き叫ぶ声も聞こえたので何事かと思いましたが…」

 

「まさか、部屋の中であんなことになっていたとは思いもしませんでした」

 

凝光の主室。その部屋の真ん中にいた赤に紅色の服の姿の三人の女性、凝光の秘書達である百暁と百識と百聞は、先程までの瞬詠と甘雨の様子を思い返しながらそう呟く。

 

「ふふっ、そうね」

 

そして三人の目の前で背を向けていたその秘書達の上司たる凝光もまた、部下と同じく瞬詠と甘雨のことを考えていた。

 

「全く……、甘雨も罪な女ね。私はそこまでやりなさいと、一言も言ってないのだけれど…ね?」

 

凝光は楽しそうな笑みを浮かべながら、そのように言う。

 

 

 

 

 

 

 

「___それでは凝光様、私は職務に戻ります」

 

「___はい、私も戻ります」

 

「___失礼します、凝光さん」

 

「えぇ、分かったわ。戻りなさい、三人とも」

 

そうして三人の秘書は凝光に一礼すると、部屋から出ていく。

 

 

 

 

 

 

 

「…甘雨、本当によくやってくれたわ。貴女のおかげで、瞬詠の心を縛っていた鎖を断ち切り、こうして取り除く事が出来たのだから。…少し時が経つのを待ちましょう。そうすれば…」

 

凝光は目を閉じながら、秘書達が出ていった扉の方を向きながら静かに、それでいて嬉しそうにそう言う。

 

「…いよいよ、次は“彼女の役目”、そしてその後は“私の役目”ね。次は彼を地に縛っている“足枷”、これを“刻晴”に消し去ってもらわないとね…。そしてその後に、今度こそもう一度、__」

 

 

 

 

 

___彼にかけないと、“あの言葉”を。そして彼が“折り畳んでしまったその翼”、『彼の風の翼を再び開いてもらい、そうして璃月港の空、璃月の大空へと、天翔けてもらわないと』、ね。

 

 

 

 

 

凝光はそう言うと、瞼を開く。

 

その眼には非常に強い意志がこもった、まるで宝石のルビーのように輝く情熱が籠った紅色の鋭い眼光が宿っていたのだった。




次回、中編の後半に突入。

なお、余談ですが甘雨が瞬詠にしていた鼻歌は「軽策荘」のテーマとなります。



また、作者個人的な事情(以前の旧作で話した資格取得、またこの時期の異動関連の対応のため)になりますが、3月以降は纏まった時間が取れるかが分からないため今後の更新は不安定、また更新速度が遅くなっていくと思います。

そのため、失踪だけはしないように少しずつ頑張っていこうと思いますので、気長にお待ちいただけると嬉しいです。

それでは次回の投稿(おそらく2月ギリギリには出来る…と思いたい)まで、しばらくの間お待ちください。
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