歩み寄る。1歩1歩、その手に携えた愛銃を天に向けて、敵意のないことを示しながら。彼女たちに向かって、その奥の目的に向かって足を進める。
「……面倒なことをしてくれたわね、美食研究会」
「来たな、ゲヘナの風紀委員長」
「堅苦しくないかしら、私とあなたの仲で。ねぇネル」
「はっ、こっちも仕事だからな……だがそっちがそれでいいなら構わねぇ。久々だな、ヒナ」
美甘ネル……ミレニアムの最強と、私……空崎ヒナは、個人的な交友関係があった。シャーレの当番でたまたま出会ったあの日から。
形こそ違えど治安を守る組織の長として、そして共に所属する学園のうちで「最強」を語られる存在として、意気投合するのは極めて早かった。模擬戦もやってみた。完全な五分……近接ではあちらが、中距離以降ではこちらが有利。お互いを良き高め合う相手として認めれば、余計仲は深まった。
すっかり今では、良き友人というわけだが、しかしながら今は仕事の時間だ。なにやら話すことがありそうな彼女に向き合う。
「で、だ。本題に入ろうじゃねぇか」
けれど、その前にやらなくてはならないことがある。私はそっと手を前に、声を出す。
「私たちを見ているわね。誰かしら」
「あはは、こんにちは。不躾にも覗き見盗み聞き、失礼しました。出ていくタイミングを見失っただけで悪意があったわけではないと言い訳させて欲しいです。風紀委員長さん」
「瀬山……? なんでテメェがここに?」
瀬山……瀬山レモンか、と頭の片隅の情報部の記憶を引きずり出す。ミレニアム2年生、私とネルの一個下の彼女。学園外にも名を轟かす他の著名なミレニアムの生徒と比べれば確かに格落ちだが、ミレニアム2年生全体で考えてもかなりの上澄み……セミナーに所属する生徒であることがそれを示していると言える。
「いえ……美食研究会に爆破されたお店に……ちょうど居まして……個人的な恨み3割、爆弾にちょっと引っかかるところありが7割で追跡してました。でもC&Cのみなさんが来たのでお任せしつつどうするのか、どうしようかと思っていたんです!」
「なるほどなぁ……そりゃ災難だったな。今回は長持ちした方かぁ、でも」
「えぇ。今回は1ヶ月半も持ちました。そろそろ不安になってたところではあったので……」
「あなた、なかなか運がないのね……」
知っている。瀬山レモンが極端な不幸体質とでも言うべきものを持つ人だということは。このキヴォトスに生まれ、比較的治安の良いミレニアムに住むにも関わらず、彼女の身辺では二月に一回は爆発騒ぎが起きている。
それが、自分の研究のミスとかではなく、基本的に巻き込まれるか悪意によるかの2択、というのだからなんとも言いづらい。
特筆すべきこととして、アトラ・ハシースの箱舟出現前の彼女の不幸が挙げられると思う。彼女はオペレーター候補として早瀬ユウカから推薦を受けるべき人材だったのだけれど……。
しかし、それ以前に行われた先生誘拐と連邦生徒会制圧の折、『たまたま』技術交流のため連邦生徒会に訪れていたレモンは、カイザーPMCと交戦、その捕虜となってしまう。そして、『たまたま』そのカイザーPMCの武装として用いられていた手榴弾が暴発し救援に訪れたSRTの生徒が来るまで気絶。
その後一時的に入院した病院が、『たまたま』シラトリ区で、『たまたま』ペロロジラとカイテンジャーの戦闘の結果ちぎれ飛んだ剣の破片により崩壊し、『たまたま』入院していた生徒の物品を預かる物置に引火し、大爆発した。
ちょっと同情するほど、著しい不幸に立て続けに襲われることもある薄幸の少女、それが瀬山レモンに対して私が下した評価だった。
「えぇ、まあ。でもゲヘナの風紀委員長さんは元々情報部上がりって聞いてますし、ちょっと自信過剰ですけどセミナーの私くらいは調べてるはずです。知らないフリするの、良くないかもですよ?」
だから、知ってることを見抜かれて少し動揺した。その動揺を、胸に秘めて、謝っておく。
「……! それは……ごめんなさい。気にしているかと思っていたの」
「まーったく、気にしてませんから。ほんとに! ほんとに!!」
そうは言うけれど、
当時の私は、それがどこかで見たものに似ていた、ということすらイマイチ思い出せなかったけれども。まあとにかく、彼女は気にしないといいつつ気にしていた、ということだけは確か。
「で、まあそんな私のことはどーだっていいんですよ。本題です本題……ネルせんぱーい、ほら、どうぞ」
「あぁ……まあ、なんだ。美食研究会と風紀委員会に協力を要請したいことが出来ちまった。ここでコイツらがやらかしたことに関してアタシらが目を瞑ってもいいから、付き合って欲しいんだ」
「あー……ネル先輩、私の予想と同じですか? 彼女たちもまた、強化された爆弾を?」
強化された爆弾、という単語に、私の顔が怪訝になるのを感じる。最近、ミレニアムのロボットがやけに活発にパトロール活動していると思っていたが、種はそれだろうか?
「待って。強化された爆弾、とは何かしら?」
「最近、温泉開発部の手榴弾の威力の飛躍的な向上が確認されまして。調査をしていたのですが……美食研究会のグレネードランチャーの威力も同じくらい上がっているように見受けられた、とそうですよねネル先輩?」
「あぁ。間違いなくとんでもねぇ威力になってる……マキビシシートをエグりとったからな」
それはとんでもない、と言いながら冷や汗を流す瀬山レモン。それでも彼女は現れた時からの楽しげな雰囲気は崩さず、語りを引き継いだ。
「なればそう、ゲヘナの風紀委員「ヒナでいいわ」……空崎さん、で勘弁してください。空崎さんにご相談があるんです」
「おい瀬山……まあいいか。テメェの方が口が立つしな……」
「えぇ。お任せ下さい……で、内容なんですけど。美食研究会の手榴弾の出処をブラックマーケットの商人から特定します。普段商人を利用しているであろう美食研究会の方々を窓口に、商人にアクセスし、取引後の移動路を捕らえます。捕らえる役目はこちらのC&Cが行います」
話が見えてきた、と私は頷く。つまりは、私たちに任される役割は露払いか。
「その様子だとお察しいただけたようですね。もちろんこちらからも戦力を出したくはあるのですが、何分ミレニアムのロボット兵だけでは不安が残ります。ゲヘナ方面とそれに隣接するもうひと方面で構いません……風紀委員会の1戦力をお借りしたい」
「……それを、ゲヘナとして承諾するメリットはあるのかしら」
とりあえず、向こうが現状をどこまで把握しているのか? そしてこちらが何かを見落としてはいないか? その確認のために、私はあえて問う。
「手榴弾の威力が向上しているヤツらは軒並みゲヘナからだ……ゲヘナ内の不良共の勢力図が塗り変わるかもしれねぇこの爆弾をほっとく理由はねェだろ?」
「それに……強化された爆弾の主な使用者は現在100パーセントゲヘナです。学校ぐるみで関与している、と思われるよりは疑惑の払拭のために協力しておいた方が良い、と愚考しますが如何でしょう?」
同感だ。ここをきちんと向こうも理解しているのであれば、マコトも否や嫌だとは言えないだろう。これを主張の起点にして貰えば、マコトが私の邪魔をすることは難しくなる。
理屈よし、個人的な考えだが道理あり。であるならばまあと私は頷いた。
「うん、分かった。ゲヘナとしての確約はできないけれど……風紀委員長として以前に、1人の空崎ヒナという生徒としての協力を確約する。そして、生徒としての、風紀委員としての私に出来る範囲での協力も。美食研究会は……まあ、好きに使って。刑期がどうとかはちょっと……言えないけれど……」
「それだけいいっつってくれりゃこちらとしてはありがたいことこの上ないからな。構いやしねぇ……頼むぞ、ヒナ」
「えぇ……ちなみに、シャーレには?」
「お前が必要だと思うなら回す。あたしは今のところ大丈夫かと思ってたがな」
私はその言葉に首を横に振る。
「保険は掛けておくべきよ。今回の件はミレニアム、ゲヘナに留まらず、拡散すると思うべきだわ……トリニティや、あるいは他の自治区に波及する前に、先生には共有をすべきね」
「そうか。なら……」
「私、先生とお会いしたことはありませんしせっかくですので顔合わせも兼ねて行ってきますよ。お任せ下さい」
レモンの言葉に、私とネルは顔を見合わせて頷く。彼女が人脈作りもかねて赴くというのなら、そういうのも悪くはないだろう。
そう思いながら、ネルの差し出す手を握り締めた。
かくして、ミレニアムとゲヘナの一時的同盟が成立することとなる。最初から最強を結びつけていた紐……シャーレと、その先生。次号はシャーレの先生にインタビューした特別編となる。
次号は特別に多量の印刷を予定している。読者諸氏に関しては、在庫の払底を心配せずお待ち願いたい。
ークロノスエンタメスクール発行『ウィークエンドキヴォトス 特別版13号 〜爆輪事件の全貌に迫るPt.2〜』より抜粋ー