「ノアせんぱ〜い、終わるんですかこれ……」
「コユキちゃん、終わる終わらないでは無いですよ。終わらせるんです……はいもうひと頑張り〜」
「うぁぁぁぁぁぁ……なんでぇーっ!!?」
新しいミレニアムの行事……《キヴォトス・ハイテック・コンクール》。
これは、ミレニアムで盛り上がって自身の部の成果を出しに来るミレニアムプライスとは違い、こちらはミレニアム外部からも多くの参加者を募って行うのが特徴の新たなミレニアム主催のキヴォトス全土を巻き込んだ技術共有祭、という名目で行う、ミレニアム内部に新たな風を吹かせようという真意の隠された大規模なお祭りです。
実行委員会はセミナーがもちろん行いますが、ユウカちゃんは日々の仕事。レモンちゃんは爆弾事件の検証にそれぞれ付ききりにならざるを得ないので、私が実行委員会を取り仕切っています。
こういう時ですから、反省室にいがちなコユキちゃんも引きずり出して、ふたりで色々とやっていますが……やはり、厳しい。まずもって、予想より多くの出品があったのがひとつ。次に、大手企業の参入があったのがひとつ。そして最後に、爆破物威力向上の件。レモンちゃんの書類処理能力は怪物ですから、さすがに彼女がいないと手が足りなくなりそうです。
さて……どうしたものかと思考を回しながら、よどみなく書類を処理していく私。懊悩に胃が痛くなりそうになっていました。
でしたが、至極あっさりと解決案が向こうから来てくれたのです。
「ノア、根を詰めすぎていませんかぁ?」
「……レモンちゃん!?」
「れ、レモンせんぱぁぁい!! 見てくださいこの山! どうか、助けてぇ……!」
その解決策さんは、コユキちゃんの懇願ににこやかな笑みで答えて、そのまま猛然と書類を処理しにかかりました。
「あちらはいいんですか? レモンちゃん」
「私はあとからデータと映像で知見を出すだけってことにしましたぁ……さすがに、こっちを放置もできません。何より、あちらは先生が居ますから……たぶん、なんとかはなりますよぉ?」
そういえば、先生を絡めることに成功した、とレモンちゃんが言っていたな、とその時思い出しました。トリニティの政治的勢力を先生主導の大義名分で手出し無用としたので、面倒なことを考えなくて済む、みたいな話をユウカちゃんが嬉しそうに言ってましたっけ、とも。
「……この案件の資料がぁ、たぶんその棚の2段目、右から……2番目かな、そこら辺にあるんだと思うんですよねぇ」
「え? ……はい、そうですね!」
「貰えますかぁ? ごめんなさい」
「えぇ、はい」
微かな違和感。このタイミングでレモンちゃんが部屋のファイルの配置を知っていることは『ありえなかった』はずでした。
実際に引き出したファイルには確かにその資料が入っていて、ピンポイントに言い当てたことがわかりました。
レモンちゃんはこの部屋に立ち入るタイミングがひとつもないはずなんです。なのに、レモンちゃんは資料の位置を知っていました。
「……なんで分かったんですか、レモンちゃん?」
「あぁいえ、ノアの整理には特徴がありますからねぇ。主要なものは手頃に、要らないものは遠めに。基本ですが、良いことです。ノアが管轄してるならユウカちゃんの目録式整頓じゃなくて完全記憶に頼った重要度別整頓だと思ったんですよぉ」
説明に筋は通っていました。それに、私の完全記憶まで勘定に入れた上での『信頼』と『推察』だと彼女は言ってのけたのですから、信じないのもな、と思いました。
「レモンちゃんは私のこと、よくわかってくれるんですね♪」
「いやぁ、入学以降のおつきあいじゃないですかぁ。同期の癖くらいは把握したいですよねぇ」
楽しげにそう言うレモンちゃんは、しかしどこか遠くを見ているようでした。
「レモン先輩、多少はあの新型の実験見てきたんでしょう!? どうでしたー?」
「細やかな部分までは分かりませんけどぉ……爆発威力は既存品の1.45倍以上。内包されている火薬量に変化は無いですが新型の爆薬なのでしょうか? という感じですねぇ……火薬というのは調合ひとつで威力も側面も変わってしまう奇妙キテレツなものですからぁ……ねぇ?」
コユキちゃんに問われて、至って真剣に爆弾について語りだすレモンちゃんに、先程までの遠望の1面は見つけられませんでしたが、それでも今でもあの遠望の雰囲気は記憶に焼き付いています。
二三時間も仕事をした頃でした。レモンちゃんのスマートフォンに着信が入って、データの送信を受けたとレモンちゃんは席を立ちました。
その頃には山が3つも積み上がっていたデスクからは山が消え去り、レモンちゃんお手製のスコーンと人数分の紅茶すら並べられていました。
「ごめんなさい、結局レモンちゃんに頼ることに……」
「いえいえ、本来2人でやる仕事量じゃないんですよぉあんなのぉ……じゃ、あとはお願いします。これからデータの精査に入りますので、3時間くらいは何にも応答できません。が、終わり次第ご連絡しますので」
そうして、レモンちゃんは去っていきました。どこか楽しげに、重大なものを背負っているとは思えないほど軽く。
今思えば、ここが分水嶺。最後の決め手となる、レモンちゃんの『最後の下準備』は、彼女の言う3時間に行われていたのでしょう。
私たちの新たなスタート、キヴォトス
未だに目に焼き付いています。水と機械の共生するこのミレニアムの随所が爆炎に包まれ、避難民が集まったミレニアム内の野球スタジアム。酷く冷たい目をして、私と向かい合うレモンちゃん……瀬山レモンの向ける、銃口が。
これこそが、あなた方の追う『爆輪事件』と呼ばれる事件の初端です。……ですが、申し訳ありません。クロノスの記者さん。あなた方には、これは忘れていただきたい。そして、もう思い出さないでもらいたいんです。
瀬山レモンと、その有り様は、私たちの記憶の中だけで思い出として残す華なのですから。ですから……余計なことを嗅ぎ回るな、と。
私が言いたいのは、それだけです。それでは、この部屋でこの書類を書くつもりになったら電話でも下さい……それまでは、いつまでもごゆっくり。
『休刊のお知らせ』
誠に遺憾ではありますが、クロノスエンタメスクール発行『ウィークエンドキヴォトス 特別号 〜爆輪事件の謎を追う〜』の最新刊は、記者行方不明のため、今週休刊いたします。申し訳ありません。