「生塩さん」
「……なんですか? 記者さん」
私は、私を閉じ込めている張本人……生塩ノアに、やっと声をかけた。
もう閉じ込められてから何時間経ったか分からないが、私にはようやく覚悟がついたのだ。
「書類を書きましょう。ですが……その前に。教えて欲しいんですよ。あなた目線で……あるいは、セミナーのそれぞれの視点で。私の胸にだけ、秘めておきます。もし漏れ出れば、私はこの命を己から絶っても構わない。それでも、気になるのです」
「なぜ? ……あなたも凡そは知っているはずでしょう?」
違う。違う。そうではない。彼女たちにとっての『爆輪事件』とは違えども、私にとって『爆輪事件』は。
「私は、あの事件で大切な友を失っています。……知りたいんです。ことの全て。彼女の最期。それを、語り継ぐでもなく、ただ正しく認識して、安らかな眠りを祈るために、私は記者に転向してまで、追いかけたんですから」
「……もしかして、記者としての初担当が、これなのですか」
「えぇ。それまでは、写真撮影をやっていましたからね。……それで、どうですか? 生塩さん。……大切な存在の思い出をひけらかしたくないのは、大いに理解できます。ですが、私にとってもその事件の真実は大事なことなんです。……お願いします。どうか、どうか」
私の言葉にいよいよ、やめてくださいよ、と泣きそうな顔をした生塩さんの肩を、誰かが後ろから支えた。いや、私はその人物を知っていた。
「……それで、あなたは満足するのね?」
「早瀬、さん……」
「ユウカちゃん……?」
「いいわ。……あなたが胸に秘め続けられると、そういうのなら、これを見せてあげる……同じ、『友の最期』を見届けられなかった無念。他人事とは思えないわよ……もう」
動画ファイル。それは、一体? と考える暇もなく、動画が始まった。
私は、ここに宣言する。
「時は、来た」
ミレニアムハイテックコンクール、当日。多くの人が、キヴォトス全土からミレニアムに集まる今日この日こそが、己を世界に刻みつける日そのものである。
3日前、手に入れた誰とも連絡を取らない3時間で、私の根回しは全て完了した。
『はーはっはっはっ! その情報提供に感謝する! これで新しい温泉を掘りに行けるなぁ!』
『なるほど……かの珍味、エンハンスアップルを輸送する車が今日ミレニアムに、ですか』
美食研究会と温泉開発部に情報を流した。……最初にブラックマーケットの外縁で、商人つてに爆弾を渡したように。
『あの爆弾の開発者が、次はデケェことをやるってよ。行くかァ?』
『何すりゃいいんだよ』『車と道路を特定の場所だけ潰せってよ』
『んだ、そりゃあ……何だこの報酬量は!?』
スケバンやヘルメット団たちを扇動した。……己の爆弾がブラックマーケットで広がっていった、その実績を盾にして。
『キキキ……なるほど。お前が何を企んでいるのかは聞かんが……ヒナを止めろと、そういうのだな。いいだろう……だが、これで私と貴様の間にある立場差はなくなるが?』
「構わない。これで、終わらせるからね」
『……なるほどな』
ゲヘナの頭を過去の行いで糾弾し、空崎ヒナを封じるように命じた。密約を結ぶにあたって、先生を頭にしたのは、空崎ヒナと美甘ネルの間で条約を結ぶのではなく、セミナー……私と、羽沼マコトが接触する機会が欲しかったからだ。『融通が利く』とは、そういうことだった。
「さあ、今日、この日、キヴォトスの天才はここミレニアムに集う。刹那の時を永遠に残したい……ううん、違うねぇ」
私は、首を振った。ただ一言、こう言い替える。
「天才に勝ちたい」
しっくり来た。そうだ。先手を貰う。奇襲する。如何なる手を使ってでも、天才などと崇められたアイツらに、凡人の自分が敵うわけもないと分かっていても。こんなことが勝利かと詰められようが。倫理がどうだと言われようが、構いやしない。
勝ちたい。出し抜きたい。歪みに歪み抜いて発現した、無秩序な悪意の極限が牙を剥く。
「天才たちが守る今のミレニアムを、完全なる混沌へ堕とす」
瀬山レモンは、いっそ清々しいくらい晴れた今日のこの日に、笑みを湛えながら……
ずがんッッッ!!!
『はっ!!? な、なんですか今の音っ……扉? 待って、あか……ない!!? なんで、なんでぇ!!?』
「そこで寝ててよ、白兎」
コユキが普段閉じ込められている金庫の扉の、物理的な鍵穴を破損させた。これでコユキは扉を破壊しない限り外に出られない。
そして、セミナーの執務室に入ると、眠りこけたユウカの瞳を開かせて確認。意識消失済み……完全に睡眠中。
「思いつきだったけど……なかなかどうして上手くいくじゃないか。やるね、私」
お茶に混ぜた睡眠薬、随分強力なそれはブラックマーケットで流通する違法品だ。効かなきゃ困る。
これで、セミナーはほとんど潰した。ノアは完全記憶能力……『メタ』を張る必要も、『ケア』をする必要も無い。その場のアドリブで処理する。
「さあ……始めようか! 地獄をさぁ!!」
そうして、その手に握り締めたユウカのスマホを開いて、勝手にインストールさせたアプリをタップして……画面にボタンを表示させる。
力強くSTARTのボタンを叩くと、爆音が轟いた。そして、起動したままのそれをユウカの机の上に置いて、瀬山レモンは楽しそうに歩み出したのだった。
行先は、爆破現地。
キヴォトスハイテックコンクール会場となっている屋外広場は狂乱に堕ちた。
「爆発!?」
「まずい、な……!」
次から次に辺り一面を焼かんと炎が広場を舐めていく。一瞬で崩壊の憂き目にあった屋外ステージは、奇跡的に発表の間隙のため被害者なし。全員がひとまず落ち着いたところで、被害を確認せんとノアが立ち上がり……
一際大きな爆音。煙の先は、ミレニアムを通るハイランダー鉄道学園の運営する電車の駅。爆炎が駅を包んでいるにもかかわらず、さらなる爆破が襲い、駅だけではなく、周辺の線路をも砕いていく。
「な……電車が!」
「なんだ……? 何を目的に……!」
「考えればいい、か」
エンジニア部部長、ウタハはこの爆破の影響から、何を相手が狙っているのかを洞察しようとしていた。その場に居た、何人もが、それを行っていたが、最初に答えに辿り着いたのはウタハだ。
「……逃げ道潰し? だとすれば……!」
ウタハはノアのいるであろうテントへ走り出す。途中、二三爆発の音が響く中で、ノアと無事合流し、ノアに説をウタハは語った。
「今回の技術展を狙った爆破テロ……そして、駅は逃げ道潰し。なるほど……では、どうすれば……いえ、どうするもないですね。中止して参加者の身の安全を確保します。……ミレニアム生のみなさんには参加者のみなさんの安全確保のため協力を呼びかけさせていただきますので、ウタハ先輩もよろしいですか?」
「もちろんさ! 安全な避難先……ミレニアム・スタジアムがあるね。あそこなら、ある程度の人員を確実に収容できるはずだ」
「そうしましょうか。では、放送を……」
かくして、爆破から逃げ延びるために人々はスタジアムに移動を開始する。それを、悠然と見守りつつ、繰り返される放送を聴きながら嘲笑った。
「思いのままに、って? 全く、笑っちゃうよねぇ……」
『姉貴! もういいんすか!?』
「構いませんよ。渡したマップデータに沿って、そのデータにないルートを走行する車、あと適当に歩行者を襲撃してくださいな。バリケードを車でそれなりに作って貰う方もお願いしますねぇ? 前払いでそれなりに出したんですし、働いてください。じゃ、作戦開始」
『『『ラジャーっ!』』』
驚異から逃げるのは構わないが、逃げ方にも礼儀ってものがあるでしょう。私はそう思ってやまない。車なんて無粋なもの、真に相応しきは走りだが……最終的にスタジアムに集まってくれるなら言うことは無い。
所詮は今のこの爆破すらも下準備に過ぎないのだ、この有り得ざる刹那を存分に楽しんで欲しいのだが。
「メインディッシュはこれからです。これだけ、これだけ高いビルだらけなんですからぁ……ムラムラしちゃいますね。大変なことになっちゃったりしてぇ?」
地獄はまだ、始まったばかりだ。