近頃、巷では不可解な行方不明事件が多発していた。
誰一人家を出た形跡が無く密室のまま住人が失踪したり、
つい先程まで側を歩いてた知人が一瞬目を離した隙に後かたも無く消えたり、
はたまた電車やバス車内の客が丸々消えてしまう等、まさに神隠しと言える事態ばかりだ。
原因も蒸発した人の行方も不明で住民たちは不安を募らせている。
そして今、一人の男がその神隠しの真相に直面していた。
深夜の街中。
いつも見慣れた風景、ではない。
明らかに何か違う、異質な光景が広がっていた。
目に見える看板の文字や車のナンバー、あらゆる文字と言う文字、普段見る建物全てが鏡の様に反転していた。
ここは現実とは鏡写しの別世界、「ミラーワールド」
人間は一切存在しない未知の世界だ。
この異様な世界の中に、二つの影が戦いを繰り広げていた。
片方は人間の代わりに居座る異形、「ミラーモンスター」
この異形達は自らの空腹を満たす為に定期的に現実世界から人間をミラーワールドへ引き込み捕食してしまう恐ろしい怪物である。
つまる所、ここ最近多発している不可解な失踪事件はこの異形達の仕業だ。
人間を捕食対象にしている以上、残念だがミラーワールドに引き込まれ生きて帰った者は居ない。
仮にモンスターに襲われなくても通常の人間はミラーワールドに長期滞在出来ず暫くすれば消滅、死亡してしまう。
世間は失踪事件の全容がこんな頂上現象とは知る由も無く、
残された者は何も知らず行方不明者の帰りを待つばかりなのだ。
そんな恐ろしい怪物と対峙するのは、
ローアンバーをメインカラーとし、所々に赤いラインが通うメカニカルなボディに身を包んだ一人の戦士。
仮面ライダー
現実世界の人間がモンスターと契約を交わす事で力を授かり、鏡からミラーワールドに介入し戦う為に変身した戦士達の呼称。
そして今、この仮面ライダーに変身してる者こそ昨日コートの男からカードデッキを受け取った人物、
沼川彰吾である。
ヒルツ
それが彼の変身する仮面ライダーの名だ。
仮面ライダーヒルツは「ゲルニュート」と呼ばれるミラーモンスターを前に剣型の召喚機、「ヘルザバイザー」を両手で構えていた。
その両足は僅かに震えていた。彼は今生まれて初めて命がけの戦いをしている。
しかもそのお相手は人知を超えた怪物。恐ろしくない訳がない。
早速逃げ腰なヒルツに対し、ゲルニュートは巨大な十字手裏剣を片手に容赦なく襲い掛かってきた。
「ギシャェアア!!」
「ひぃ! 来るな化け物ぉ!」
ヒルツはヘルザバイザーを我夢者羅に振り回し距離を取ろうとするが、ゲルニュートは頭上を軽く飛び越え背後に回り十字手裏剣でヒルツの背中を斬りつけた。
「痛ぇっ!」
激痛に悲鳴を上げるも尚も攻撃を仕掛けるゲルニュートに対し、ヒルツはただただ防戦一方だ。
(ふ、ふざけんな!こんなの俺だけで何とか出来るかよ! そうだカードだ。何かカードを使うんだ!)
ヒルツはコートの男から教わった仮面ライダーの戦い方を思い出す。
そして腰に巻かれたベルト・Vバックルに装着されたカードデッキから一枚のカードを引き抜く。
このカードこそモンスターから与えられた力の証。
ミラーモンスターと契約したライダーは契約モンスターに関する武器や特殊能力を宿したカードを使い戦うのだ。
ヒルツが引き抜いたカードには蛭の様なモンスターが描かれており、それを召喚機ヘルザバイザーに装填した。
《ADVENT》
「グシャアアアアア!!」
「ギャア!?」
機械音声とともに何処からともなく、巨大な蛭が現れ、ゲルニュートの体に体当たりをしかけた。
この巨大な蛭こそヒルツが契約したミラーモンスター、「ヘルザリーチ」である。
普通の人間と同じぐらいの大きさを誇るヘルザリーチは何度もゲルニュートに体当たりをしかけ確実に体力を奪っていく。
片方は味方とは言え悍ましい怪物同士の戦いを目の当たりにし、
ヒルツは恐怖で震えながらも別のカードを引きに抜きヘルザバイザーにセットする。
《STRIKE VENT》
ヒルツの手の甲に小さな針、ヘルザニードルを装備された。
「グ....ギ...」
何度も体当たりを喰らいよろめいてるゲルニュートの腹部に、恐怖を押し殺してヘルザニードルを突き刺した。
「うああああああ!!!」
「グガギャア!?」
「ああああ! あああああああ!!」
ヒルツは目を瞑り死ぬ気でヘルザニードルを突き刺した。何度も何度も。
激痛でゲルニュートはついにその場で膝をついてしまい動けなくなる。
「はあ...はあ...ああ..こ、これで..トドメだ!」
荒い息を何とか抑え、ヒルツはトドメの一枚をヘルザバイザーに装填する。
《FINAL VENT》
ファイナルベント。
ライダーが契約モンスターと連携し強力な必殺技を放つ、全ライダー共通で所持するカード。
すると側に居たヘルザリーチの体が一瞬にして分解。いや、分解されたと思いきやその破片は手のひらサイズかそれ以下の大きさの蛭へと変貌した。その数はざっと数百匹は居るだろうか?
これはヘルザリーチが持つ分裂能力である。普段の巨体はこの小型ヘルザリーチの集合体なのだ。
分裂したヘルザリーチの大群は一斉にゲルニュートへ噛みつき群がった。
「グギャアアアアアアア!!」
「うえぇ....勘弁してくれよオイ....」
見た目こそ他のそミラーモンスター同様メカニカルだがその動きは素早く、数百匹位以上の蛭がピラニアの如く群がる光景は非常に悍ましく嘔吐を誘う光景でありヒルツは目を反らした。
しかしトドメを刺すには今が好機。
「あああ!やるしか無いんだろ畜生ぉ!!」
意を決したヒルツはその場で高くジャンプ。そして蛭軍の中で悶え苦しみ身動きの取れないゲルニュートに向かい、ヘルザバイザーをカ方向に向けて急降下した。
「うああああああああああああ!!」
「グギャ...」
そして目を瞑ったまま叫び、着地と同時にゲルニュートの顔面を串刺しにした。
少しの間を置いて、ゲルニュートは派手に爆散。
ヒルツのファイナルベント、「狂醜処刑郡(きょうしゅうしょけいぐん) 」が見事に決まったのだ。
爆風で吹き飛んだヒルツはそのまま大の字で地面に落下。
「...........勝った?」
そして両腕を空高く掲げ、勝利を満喫した。
「...やった....やったぞ.....化け物を倒したぞ! はははは!はあっはっはっは!!」
深夜のミラーワールドで、ヒルツ・沼川彰吾は高々と笑った。凄い力を手に入れた。
この力さえ在れば、俺は何でも出来る。そう実感した。
モンスターは倒された。
しかし仮面ライダーはモンスターから人々を守る等と言う美談めいた存在ではない。
仮面ライダーの本来の目的。
それは13人のライダーが生き残りをかけて殺しあう壮絶なバトルロワイアルである。
最後の一人として生き残った者は、如何なる願いも叶える事が出来る。
コートの男から受け取ったカードデッキを手にした者達は仮面ライダーとなり、鏡の中を舞台に人知れず己の願いをかけて潰しうのである。
沼川彰吾は仮面ライダーヒルツとなり、ライダーバトルに身を投じた。
「人生を子供の頃かやり直す」と言う願いを胸に。
コートの男からカードデッキを貰ってから5日が過ぎた頃
日没も近い歩道を、沼川は片手で腰を叩きながら自転車で走り回っていた。
(あ~腰いてえ...もっと楽して倒せねえもんかね....)
先ほどパチンコの帰りに彼はモンスターを1体倒した。
初めて戦ったゲルニュートと合わせて既に3体目だ。
ライダーがモンスターを倒す理由は基本契約モンスターへの餌やりである。
契約モンスターは常に餌を与えると言う条件でライダーに力を与えている。
長期間餌を与えなければ契約破棄と見なされ契約モンスターにライダーが捕食されてしまう。
それがミラーモンスターとの契約なのだ。
ミラーモンスターの主食は人間だが、倒された際にモンスターの死骸から放たれるエネルギーの光も餌として代用できる。
沼川がモンスターを倒す理由も契約モンスターのヘルザリーチが餌を求めたからだ。
人々を守る気など毛頭無い。
しかし怪物との戦闘と言う人知を超えた経験、命のやりとりは非常に体力を消耗する。
長い間マトモな運動もしてこなかった沼川にとっては年齢も相まってかなりハードである。
(へへ、しかしもう3体も化物を倒しちまった。俺はホントにすげえ力を手に入れたんだ...)
それでも強大な力を手にし、敵を倒したと言うのはかなりの達成感があった。
誰にも出来ない事を出来たと言う事実、おまけに今日はパチンコでも珍しく良い結果が出た。
やっと自分にも運が向いてきたと思い彼はすっかり有頂天になっていたのだ。
(他のライダーにはまだ誰一人会ってないが...ま、何とかなるだろう。どんなヤツが来ようとぶっ潰してやる)
とまあ、この様に調子づいて楽観視だ。
最も、調子づくだけならまだ良い方なのだが。
沼川が横断歩道で信号待ちをしてる時だった。
「あの~ちょっと失礼します」
「ああ?」
一人の男性警官が声をかけてきた。
「実は最近この付近で自転車の盗難がありまして。ちょうど其方の自転車と同じ種類の物でして。少しの間だけ調べても宜しいでしょうか?」
どうやら職務質問の様だ。
「っち...」と小さく舌打ちしながら自転車から降りる沼川。
何か小言でも言ってやりたいが、今日は余程気分が良かったのか文句も言わず自転車を警官に差し出す。
「はいはいどうぞ」
「では失礼します」
警官は盗難された自転車の写真と比較、車体番号を確認し何処で購入場所まで聞き出すが結局目立った接点は無く職質は10程度で終了した。
「確認しました。違う自転車ですね。お時間をとらせてしまい大変失礼しました」
警官は丁寧な対応で頭を下げる。これを見て再び小さく舌打ちする沼川。
(っち、人を疑っといてそれだけかよ。所詮"仕事してますよ"アピールの点数稼ぎか...)
そう思い、さぞ小馬鹿にしたかの様な表情と口調で嫌味を放った。
「やれやれ、俺は泥棒なんてしませんって。しっかりして下さいよ~? 言われたくないでしょ? 税金泥棒ってさぁ?」
「くっ!...申し訳ございません....ではこれで....」
自分に非が有ったとは言え、気分を逆撫でする一言に何か言いたそうな顔をしながらも警官は去っていく。沼川はそれを鼻で笑った。
(はっ、そうだしっかりやれ。お前なんざ一瞬で始末できる力を俺は持ってんだぞ?)
と、この様に態度もデカくなる始末。
本気で人間に手をかける気など無いが、ライダーの力はこの愚か者を調子付かせるには十分な力だった。
「あ~あ、折角の気分が台無しだ畜生。お口直しに煙草買うか....」
愚痴を垂れながら、何時ものコンビニへと自転車を走らせた。
あそこへ向かうのは数日ぶりである。私生活でもモンスターとの戦いに意識が向かい過ぎたからだ。
しかしコンビニに到着し入店した途端、店長が沼川を止めた。
「ちょっと何してるんですか?貴方は入店拒否ですよ」
「はあ~?入れないってどう言う事だよ」
「言葉通りですよ。貴方は出禁です」
「ふざけんな聞いてねえぞそんなの!」
「この間しっかり言いましたよ...貴方の去り際にね....」
店長の話には偽りはない。彼は5日前で去り際に「貴方はもう出禁です!」と叫んでおり、沼川が全く聞いてなかっただけである。
凄まじい形相で睨みつける沼川に対し、毅然とした態度な店長。
実は先日ここで働いていた女子高生の新人バイトが自主退職したのだ。沼川に煙草の事で罵倒されたあのバイト店員である。彼女は余程沼川の事が怖かったらしく、すっかり心が折れてしまったらしい。
無論、店長は沼川に対し酷く憤慨するが事の詳細を明かす事はなかった。
従業員のプライベートを迂闊に話せないのは常識だが下手に情報を流せばこの男が元バイトに危害を加える危険性を考慮したのだ。
そんな事も知らず反省の色など微塵も無い沼川は憤慨し再び怒鳴り散らそうとした。
が、ここでぐっと思いとどまる。
(待てよ....ここで揉めて逮捕されて、投獄でもされたら? モンスターに餌をやれねえ。そしたら喰われるのは俺だ...)
今の自分はライダーだ。
長期間餌を与えなければ契約モンスターに喰われてしまう。
沼川は過去に何度も面倒事を起こし補導されてる。
これ以上は流石に補導じゃ済まないかもしれない。
つい最近までなら人生を諦め経歴が傷つこうがどうでも良かったが今は違う。
折角人生やり直せるチャンスが到来したのに牢屋でモンスターの餌食などしたらあまりに間抜けだ。
ここは引き下がった方が良さそうだ。
「あ~わかったよ、もう来ねえよ。じゃあな」
「え?」
そう言って沼川は身を翻してコンビニから離れた。
振り返る際に店長の指にはまった結婚指輪をチラ見する。
何時見ても指輪など付けてる奴は苛立ってくる。
人に幸せ見せつけやがって、と。
随分素直に引き下がった沼川を不思議に思いながらも、店長は店内へ戻っていった。
しかし一人になると直ぐ不満と悪口を零すのが沼川の悪い癖である。
「っち! ああ~マジ腹立つわ~あの店長! たかがコンビニ勤めで大した権力も無え癖に、幸せ見せつけやがってよぉ!」
そう言って側に落ちていた空き缶を蹴り飛ばした。
相も変わらず他者への妬み、職業差別。
ライダーになれたからと言って歪んだ思想が治る訳では無い。
「あんな奴ほどモンスターに食われちまえっての」
それだけ吐き捨て、足早に自宅へと向かった。
人命をあまりに軽視した発言。
沼川にとって何時も通りの愚痴、何気ない悪口に過ぎなかっただろう。
しかし、「口は災いの元」と言う言葉がある。
彼は知る由も無かった。
今の一言が今後自分の運命を大きく左右する事に。
歩道に設置されているカーブミラーに、一体の影が映り込んだ。
鏡の中からじーっとコンビニを見つめる一体の影。
沼川の契約モンスター、ヘルザリーチの姿が。