―― 恐怖
今、沼川にある感情はそれしかない。
突如乱入して来た仮面ライダー王蛇はヒルツの想像を遥かに超える狂気だった。
無駄が無くまだ手心があった龍騎とナイトと違い、王蛇は一撃一撃が必要以上に重いだけでなく、暴力を心の底から楽しでるとしか思えなかった。楽しんでるからこそ直ぐに息の根を止めない。
明らかに普通じゃない、関わってはいけない人間だと言う事は一目瞭然。
ミラーモンスターとは別ベクトルの恐怖。人の姿をした怪物に襲われる恐怖だ。
何人も民間人を手に掛けて来た沼川だが、結局は契約モンスター頼りで自分の手は汚していない。
だからこそ今、この様に無責任な恐怖が彼を支配するのだ。
何より心を折ったのは自分の実力が全く通用してない事であり、その事実が一層絶望感を味合わせている。
起死回生になるだろう効果を持つカードはある。
だがあれを上手く使うには近距離で攻撃を当てる必要がある。
王蛇相手にそれは限りなく難しい行為なのだ。
打開策を打ち出す暇も無く王蛇は反撃の隙を一切与えず、遊ぶ様に幾度となくベノバイザーを叩きつけた。
そのせいでヒルツのボディは至る箇所に傷が入り煙が立ち込めている。
「ぐあぁ....」
「オイオイ。もっと俺を楽しませろよ?」
「ひい....」
かかって来い、と両手を広げ歩み寄る王蛇に対し後ずさりするヒルツ。恐怖と激痛で体が上手く言う事を聞かず、逃げようにも直ぐに追いつかれる事は明白だった。
何か一撃でも反撃しなくてはなぶり殺しだ。
ヒルツは地面に転がったヘルザバイザーを急いで拾い上げ、カードを1枚装填した。
《STEAL VENT》
「あぁ?」
すると音声と共に王蛇が持つベノサーベルが光を放ち、ヒルツの左手へと移る。
「スチールベント」は相手のベントインされた武器を強制的に奪い取れるカードだ。
左手にべノサーベル、右手にヘルザバイザー。ヒルツは震える手で2本の武器を構え王蛇へと向かった。
「う、うりゃああああ!」
「.......」
だが武器を奪われたのに王蛇は特に慌てずその場で待機。
そしてヒルツの攻撃を難なく回避し続けた。ヒルツはただ闇雲に大振りで剣を振ってるだけ。
こんなド素人丸出しな攻撃が、血みどろの死闘を乗り越えて来た王蛇に命中するなど有り得ない。
攻撃にもならない攻撃を適当にあしらった後、王蛇は「ふん」と鼻で笑いヒルツの腹部に強烈なヤクザキックをお見舞いした。
「ぐえっ」と声を上げ、情けなく転倒するヒルツ。
(痛えぇ..痛えよぉ....)
あまりの痛さに唸り声を上げ立ち上がる事が出来ない。
胃が逆流しかけ朝食を吐きそうになる。
狼狽するヒルツを見ながら王蛇は落とされたベノサーベルを拾い上げ、さぞつまらなそうな溜息を吐いた。
「は~、手応えが無さすぎる。もう良い、消えろ。そろそろ」
「あぁ....ああ....」
殺される。
トドメを刺そうとベノサーベルを構えゆっくりと歩み寄る王蛇を前に、立ち上がれないまま後ずさりするヒルツ。
そんな時。
ふと、ヒルツの右手に何かが当たった。
「!」
「シュルルル.....」
確認するとそれは地面を這う一匹の小型ヘルザリーチだった。
龍騎とナイトの戦闘に乱入した時に全て撤退したと思ってたがこれだけ逃げ遅れたらしい。
こんな小型ヘルザリーチ一匹だけでは致命傷は与えられない。
どうしようか考える暇も与えず、王蛇はベノサーベルを振りかざし駆け寄った。
「ひいいい!」
とっさの判断でヒルツは王蛇に向けて小型ヘルザリーチを投げた。
初めてヘルザリーチを見る王蛇は一瞬それが悪あがきに石ころでも投げたかと思い、顔だけ避けてやり過ごそうとした。
しかし横を素通りしかけた時、小型ヘルザリーチは口からヘルザキューターを王蛇の首筋まで伸ばして突き刺し、そのまま喰らいついた。
「ぐぉ!」
首に喰いついた小型ヘルザリーチ振り解こうと動きを止める王蛇。
ついに一瞬だけ隙が出来た。
この瞬間を逃すまいと、ヒルツはヘルザバイザーを両手で構えながら王蛇に向けて駆け出した。
「ああああああああああっ!」
刹那、王蛇の腹部をヘルザバイザーが貫く。
「ぐがあああ!!?」
地の底からわき上がるような唸り声を上げる王蛇。
刺した。
人を刺した。
ヒルツこと沼川彰吾は今、生まれて始めて自分の手で人を刺した。
腹部から滴り落ちる血が王蛇のVバックルとカードデッキを赤く染め上げていく。
心臓の鼓動が早まり手を震わせながらも、ある能力を使用する為にヘルザバイザーの柄に装備されたレバーを引いた。
するとヘルザバイザーの刃の中心に設置されてるチューブが透明から赤色に染まっていく。
これは王蛇の血液である。ヘルザバイザーは束のレバーを引くことで刺された相手から巨大な注射器の様に血液を抽出する事が出来るのだ。
ある程度血液を抽出するとヒルツはヘルザバイザーを引き抜き王蛇から距離をとった。
「……なん…だ…とぉ……」
一気に多量の血を抜き取られ、王蛇は意識が朦朧としその場で倒れ込んだ。
ヒルツは過呼吸になりながらもデッキから一枚のカードを引き抜きそれをヘルザバイザーに装填した。
《DRAIN VENT》
するとヘルザバイザーから滴り落ちる血が光りを放ち、召喚機全体を輝かせる。
「はぁ....ああ....うぐぉぉ!」
その状態でヒルツはなんと光るヘルザバイザーを自分の腹部に突き刺した。
そして先ほど引いたレバーを今度は逆に押し込んでしまう。
この奇行の一部始終をベノスネーカーと交戦中だった龍騎とナイトは契約モンスターであるドラグレッダーをダークウィング呼び出した後に目撃し、目を丸めた。
「アイツ何してんだ!?」
ここで奇妙なことが起こる。
バイザーの中を満たしていた光る血はみるみる内にヒルツの体内へ注入され、痛々しいボディの傷を一瞬で修復してしまったのだ。
「傷が治った?!」
「他人の血をエネルギーにしてるのか?」
これがヒルツが持つ「ドレインベント」カードの効果である。
ヘルザバイザーで吸引した生き物の血で傷を修復したりエネルギーに変換出来るのだ。
「はぁ....はぁ...ああぁ...」
しかし体の傷は治ってもヒルツの精神状態はそのままだ。
本気で味わう死の恐怖、そして自分が人を刺したと言う事実。これらを一度に味わった事で彼の精神は限界に達し、荒い息が続く。
そんなヒルツを更に追い詰める事態が起きた。
「.....お前えェ....」
「っ!!??」
王蛇が立ち上がって来たのだ。
ベノサーベルを松葉杖変わりに覚束ない足取りだが、零れる声色と視線からは明確な殺意が溢れ出ている。よく見ると右手では先ほど首筋に噛みついた小型ヘルザリーチを直に握りつぶしている。
腹部から流れる血液も相まってその姿は自分を呪う亡霊を彷彿させ、ヒルツを恐怖のどん底へと叩き落す。
「ああ..ああ..あああ...うああああああああああああああ!!!」
次の瞬間ヒルツは王蛇に飛び掛かって馬乗りになり、ヘルザバイザーを鈍器の様に幾度と無く叩きつけた。
「死ねえ!死ねえ!畜生おおおおおお!」
「うぐ、ぐお.....」
カードデッキを破壊すればそれで相手は絶命するも同然なのだが完全に錯乱しているヒルツは正常な判断が出来ていない。だから無我夢中で暴れた。
意識が朦朧とした状態では満足に反撃も出来ず、王蛇はなすすべなく一方的に暴行を受けるしかなかった。
「アイツ、なんて事を!」
ヒルツの奇行を目にした龍騎は焦った。
王蛇こと浅倉威の暴君ぶりを知る者からすれば、あの状況で危険なのはむしろヒルツの方である。
後にどんな報復を喰らうか分かった物じゃない。
それどころか怒りが頂点に達した浅倉ならイライラを解消する為に誰構わず危害を加える危険性がある。
浅倉を刺激した時点でもう遅いだろうが、ヒルツの詳細が判明してない状態で彼を危険にはさらせない。
そう判断した龍騎は契約モンスターにこの場を任せヒルツに駆け寄った。
ナイトは「あの馬鹿...」と悪態を付きながらもベノスネーカーと戦闘を継続する。
「おいお前よせ! そいつは...」
「近寄るんじゃねえ!!」
近づく龍騎に対しヒルツは王蛇から離れ震える手で武器を向けて制した。
王蛇は仰向けに倒れたまま動けない。
今のヒルツは人間に狙われる恐怖と人を刺したと己の行為で完全に錯乱状態に陥っている。
自分を狙うライダーは全て敵であり恐怖の対象だ。
「散々モンスターで人の命奪っといて何を今更」と思うだろうが、他人任せと自分の手を汚すのでは感じ方がまるで違う。常に安全圏でしか攻撃できない人間のメンタルなど所詮この程度なのである。
「お前らもどうせ俺を殺しに来るんだろ!? その為にライダーになったんだろ!?」
「違う! 俺はモンスターから人を守る為に、ライダー同士の戦いを止める為にライダーになったんだ!」
「........はあ?」
「だからアンタの命を取ろうなんて思わない。でももしアンタが人を襲う様な人間なら、俺は全力で止めてやる!」
これが龍騎、城戸真司と言う人間だ。
ひょんなことからライダーになりモンスターの存在を知った彼は誰も悲しむ顔を見たくないが為に、龍騎として戦い続けてきた。
ライダー同士の戦いを知った時も、同じ人間であるライダーですらも救おうと奮闘した。
龍騎の言葉には一転の偽りは無い。
無益な殺生を嫌い、目の前で困っている人間を決して放っては置けない。
他人の背負う物を知ればその他人の為に悩み苦しみ藻掻く事もある。
そんな龍騎の言葉に対しヒルツ・沼川が感じた台詞は.....
な に 言 っ て ん だ コ イ ツ ?
他人を思いやる気持ちなど極端に欠落している沼川にとって、自身を犠牲にしてまで他人に尽くす龍騎の気持ちなど到底理解出来ない。
そしてこう言う奇麗で真っすぐな若者こそ、沼川には唾棄すべき存在である。
奇麗ごとを口にする若者は何れも人生を知らない虚け者。どうせちやほやされたい、人を助けたの優越感を味わいたい、自分は正しい人間でありたい、そんな下心が有るに決まっていて、年老いて社会を知れば後先知らない考えに絶望し闇に落ちる。
沼川にとっての人間は全てそんな鬱屈した存在でしかない。
当然龍騎の言葉など微塵も聞くつもりは無かった。
直感した。コイツは俺の中で一番気に入らない人間だと。
皮肉な事に、一番軽蔑するタイプの者と話したこの瞬間が一瞬だけヒルツの冷静さを取り戻させた。
「......はっ。奇麗ごと言いやがって。どうせ俺を油断させる手なんだろ? 騙されねえよ!!」
「違う、俺は本気で!」
直ぐに弁明しようとする龍騎。
しかし、またしても一人の乱入者が.....
《FINAL VENT》
「!!」
突如何処からか聞こえてくる召喚機の声。
警戒し当たりを見回す全員の元へ、
大量に降り注ぐミサイル、銃弾、砲弾の嵐。
各方面が爆発四散し、凄まじい熱気と爆炎が龍騎、ナイト、ヒルツを襲う。
その中で倒れていた王蛇は回避する事もままならず諸に被弾し、全身が炎に包まれた。
「ぐあああああああ!」
「うわああああっ」
「うおおおおおおおおお」
「ひいいいいああああああああ!!」
各ライダー達は四方八方に吹き飛ばされ、壁や地面に激突。
最後は一層巨大な爆発が発生し、きのこ雲が立ち込んだ.......
暫くして、奇跡的に致命傷は回避したヒルツは瓦礫の中から身を起こし顔上げる。
「.....つぅ....何だってんだよ畜生......っ!!」
目の前の光景を目にした途端、ヒルツは絶句した。
自分たちが先ほどまで居た場所には巨大なクレーターが生まれ、至る所で黒煙を上げ建物は倒壊、大量の瓦礫が山住となりまるで戦争でも起きたかの様な有様だ。
そして見た。黒煙の中、目の前のビルの屋上に佇む二つの影を。
闘牛を思わせる角を生やし、全身が武器の塊とでも言うべき機械染みたモンスターと
始末した連中を確認するかの如く見回す緑色の仮面ライダーの姿を。
状況から考えて疑い様が無い。先ほどの攻撃はあのライダーによる物だと。
「う........うぅ..........うわああああああああああああああああああ!」
ヒルツは逃げた。
全速力で走った。
あのライダーと戦おうなど考えもしなかった。
戦場と言う名の地獄から一刻も早く退散しなくては。
背後を一切振り向かず、ヒルツは一目散でミラーワールドを出て行った...
申し訳ありませんがストーリーの都合上スーパー弁護士先生の出番はこれで終わりです....
あの人定期的に不意打ちでFV使うので今回はその行動を活用させて頂きました。