続きなんてなんも考えてない。
始まりは一本の電話からだった。
「預かる? 俺が?……ひとりちゃんを?」
『そう。部屋余ってるでしょ』
まだまだ寒い日の続く二月初旬、電話口の相手は田舎にいる母だった。
年始の休みに会って以来の約一月ぶりに聞く母の言葉は、俺を困惑させるには十分すぎた。
ひとりちゃんというのは、俺の母方の従姉妹にあたる現在15歳で4月から高校生になる女の子だ。
渾名でも何でもなく、後藤ひとりというのが本名である。
ちなみに妹の名前はふたりという、正気を疑うネーミングセンスをしている叔母夫婦に、身内ながら戦慄したのを覚えている。
最後に会ったのは、ひとりちゃんが中学に上がる頃だったから、だいたい3年ほど前になる。
俺も大学を出て社会人になって、年末年始の休みが以前のようには合わなくなったせいか、田舎に帰省してもすれ違いで会えずじまいだ。
何でも今年高校生になるひとりちゃんは、わざわざ自宅からだと電車でも片道二時間はかかる学校に進学するようで、毎日そんなに時間がかかるならと、親戚の中で学校に近い場所に住む俺の所に下宿する形にしてはどうかと親族で話し合われたらしい。
勿論、初耳な俺がその話し合いに参加していたわけもなく……
「いや、余ってはいるけどさ……」
『何? 何か悪いの? もしかして彼女とか出来て同棲でもしてる?』
「そうじゃないけど、何かあったらどうするのさ」
俺は現在、都内で一人暮らしをしている。
就職した際、勤務した会社が東京だったために、父方の祖父が残した古い一軒家を譲り受けてそこに住まわせてもらっている。
木造二階建て、よく言えば趣のある……悪く言えばボロい家だが、祖父の思い入れのある物件らしく売るのも取り壊すにも忍びない。
かといって空き家のままでは、人が住まない家は傷むのが早い。
そんなわけで、丁度東京の物件を探していた俺に譲ってくれたというわけである。
さすがにキッチンと風呂やトイレなんかの水回りだけリフォームはした。
若い独り身の男なんて、ワンルームでも事足りるのが正直な所。
そりゃ、4LDKなんて部屋を持て余してはいた。いたさ。
しかし、だからといって、いくら従姉妹とはいえ若い女の子を男の一人暮らしの家に放り込むのはいかがなものか。
『あんたなら大丈夫でしょ。ていうか責任とるならどうぞだって』
電話口で冗談のつもりかケラケラと笑う母。
いや笑えないからその冗談。
軽く頬が引き攣るのを感じつつ、最後に会った彼女の事を思い出す。
母方の家系は容姿の優れた人が多い。
俺もそれなりに恩恵を受けている身だが、ひとりちゃんはよりその血が色濃く出ている気がする。
なんなら昔から見せてもらった祖母の若い頃と瓜二つで、その祖母は年老いた今も美人で田舎では有名である。
まぁ、ひどい人見知りで根暗なだけでなく、ちょっと落ち込むことがあるとすぐに人前で首を吊って死のうとしては、本当は死ぬ気などなくて直ぐに縄を解いてしまうという面倒臭い人としての方が有名かもしれない。
本人に死ぬ気が無いのがわかっているので放置すると、「死んだらどうするの、止めてよぉ」と泣きじゃくる、情緒不安定でコミュ障のくせにかまってちゃんで困った婆さんである。
ひとりちゃんの母親であり、俺にとっては伯母にあたる美智代さんは祖母譲りの美貌と桃色の髪をしているものの、かなり明るいというか天然はいってる性格をしているのだが、残念ながらひとりちゃんの性格は祖母にそっくりだ。
多感な中学時代に会ってはいないから、今の彼女がどうなっているかは解らないが、まぁ改善しているとは思えない。
改善していたら片道二時間の他県の高校なんて選ばないだろうし。
きっとなんか中学時代にやらかして、黒歴史を知る同級生のいない学校を選んだとかなんかそんなのだろうと推測される。
……そんな子が二時間も通勤時間の電車を毎日か。
そりゃしんどいわな。
「はぁ、わかった。わかりました」
こうして、俺の家に従姉妹のひとりちゃんが下宿することが決まった。
部屋は二階でいいかな。掃除しとかないとな。
『あ、あとひとりちゃんの部屋の壁に防音とか吸音材とかしたいって美智代が言ってたわよ』
「防音?」
『なんか、あの子ギターやるんですって』
「へぇ、ギターを……」
ひとりちゃん趣味見つけたんだ。
人見知りでも趣味さえちゃんとしたものがあれば、それをきっかけに友達とか作れるもんな。
もしかしたら性格も明るくなってるかも……いや、特別やりたいことがあるわけでも無いのに二時間かかる学校選んでる時点でそれはないか。
でも高校ではそれで友達できるかもしれないし、俺自身が彼女と会話するとっかかりに出来そうだ。
さて、どんな子に育っているかな。
久しぶりに会う従姉妹の成長振りに期待と不安が半々といった所だ。
下宿開始の日、彼女達は家族全員でやってきた。
「久しぶり。今回は急に無理言ってごめんな」
後藤家の父である直樹さんは、挨拶もそこそこに「いやぁそれにしても立派になったなぁ! アッハッハ!」と快活に笑いながら俺の肩を叩くと、説明やらを美智代さんに任せてひとりちゃんの部屋を改造しに向かった。
「本当にありがとうねぇ」
ニコニコと笑う美智代さんはもう四十近い筈だが、20代でも通用する程に見た目が若々しい。少し垂れ目気味で、それが穏和な雰囲気を感じさせるし優しい母親なんだろうが、「はいこれお土産」と渡された菓子の袋の中に、菓子と一緒に0.1ミリと書かれた近藤さんの箱も入っているのはどういうわけだ?
えっ、手を出していいじゃなくてむしろ出せってこと?
責任とるならとかじゃなく、むしろ俺に娘押し付ける気満々?
それとも美智代さん的にギャグのつもりかもしれない。
……スルーしよう。
頼むから子供達にはこの箱の存在を教えてませんように、気まずいわ。
「ねぇねえそれなーにー、おかしー?」
そして挨拶もそこそこに「お父さんよりたかーい!」と俺の頭までよじ登ってきて勝手に風車の体勢になっているのはひとりちゃんの妹のふたりちゃんだ。名前のセンスェ……
今5歳、前に会ったのが2歳の頃だから俺の事碌に覚えて無かったみたいなのに、物怖じせずに元気いっぱい。
でもいきなり人の体をよじ登ってくるとは思わなかったけど。
今はお土産の袋が気になって肩車の体勢から覗きこんでいる。
後で袋の中のお菓子でお茶にしような、だから袋の中の一緒に入ってる余計な物は見ちゃいけません。
「ワンワン! ヘッヘッヘッ」
足元にまとわりついている毛玉はジミヘン。
後藤家の飼い犬で柴犬だ。
つぶらな瞳で俺を見上げながら、口に咥えたロープの玩具を俺の足に押し付けてきている。
それで遊んでくれってことかな?
「あっ……あびゃ……あひ、へへ」
そして、全身ピンクジャージで玄関の土間に立ちながら現在進行形で顔面のプールで両目がクロールしているという顔面崩壊しているのがひとりちゃんだった。
再会した当初こそ、この3年で少し背も伸びたようでスタイルも良くなって美少女に成長したなと思ったのだが、「ようこそひとりちゃん」と笑いかけると作画が崩壊した。
その様子に、年々祖母に似てきたなぁと感じる俺だった。
不安しかない。
人物紹介
金田一(かねだはじめ)
主人公。
ひとりちゃんの母方の従兄弟、25歳。
薄い桃色の髪は天然パーマ、長身のイケメンだけど身内にもっとイケメンがいるため本人の意識的にはそれなり程度。
仕事?……何にしようかな、考えてない。
後藤ひとり
言わずと知れた世界制覇した原作主人公。
コミュ障。
最近の夜のオカズは親戚の集まりで再会した年上のお兄さんにJKの主人公が開発されるレディコミ。
吸音材とか防音材で大丈夫と思ってどったんバッタンしてたら、古い家なのであっ(察し)となるけど気付かれてないと思ってる。