大ダンジョン時代ヒストリア   作:てんたくろー

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本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢

早瀬光太郎(65)
最上和之介(41)
日比野武重(30)


76年目-1 早瀬光太郎、引退

 極東アジア、日本。第七次モンスターハザードの終結から一年経ったこの年、ある大物探査者が引退を表明したことで界隈は大きな変化を見せようとしていた。

 中部地方一帯を取り仕切る国内最大規模の探査者クラン"早瀬会"の大親分、早瀬光太郎である。

 

 予てより心身ともに完全にピークを迎えていた彼は、それゆえ最後の花道として件のモンスターハザード事件に参戦した。

 半世紀前、少年時代の頃に世話になった先輩から今現在に至るまで共に戦った後輩、新たに知り合った新人に至るまで。彼の探査者人生における様々な知己に囲まれながら、光太郎は己の使命のすべてをやりきったのだ。

 もはや悔いなど残るはずもなかった。

 

 御年65歳。一般的な探査者においては概ね50歳前後でダンジョン探査を主とするいわゆる"外勤"を引退する中、光太郎は60歳代のちょうど半ばにて引退することとなる。

 それに伴い早瀬会の大親分の座も退く形になり、50年続いた活動の一切にピリオドを打ったのであった────

 

 

 

 早瀬光太郎の探査者引退式。その席に招かれた探査者の男、最上和之介はちょうど本人を相手に挨拶しようとしていた。

 20年ほど前にデビューして以来、ずっと世話になってきた大御所だ。26歳で彼が日本初のS級探査者に認定された際にも、WSO統括理事ソフィア・チェーホワに対して直接自分を推挙してくれたという頭の上がらない偉大なる先達でもある。

 

 隣でガチガチに硬直して震える後輩……めでたくも今年、国内二人目のS級探査者になった日比野武重ともども、深く頭を下げて目の前の老爺へと話しかける。

 

「ご無沙汰しております、早瀬の大親分。この度はお疲れ様でした」

「お、お初にお目にかかります! 日比野武重と申します! この度はお疲れ様でございます!」

「おお、おお! 良う来た和之介! それに日比野ったら国内二人目のS級かあ! はははは、こりゃまたVIPが揃っての挨拶とは痛み入る!!」

 

 探査者において間違いなくトップ層に名を連ねるS級の二人の挨拶に、光太郎は豪快に笑って応じた。

 彼自身は結局A級止まりでS級になれず終いで終わったが、その功績の大きさは間違いなく日本屈指だ。

 

 第三次モンスターハザードの解決に始まり大規模クラン早瀬会の結成。

 WSO統括理事ソフィア・チェーホワとのつながりもあることから政治面でも大きな影響力を持つ、大ダンジョン時代日本におけるある種のフィクサーとさえ一部では囁かれているほどだった。

 

 とはいえ光太郎本人にはまったくその気がないのが、最上には好ましくも映り、もったいなくも映り。

 初対面ながら光太郎の数々の伝説に憧れる日比野などは、すっかり感激して彼の話に集中して耳を傾けていた。

 

「ちょうど50年の節目ってことでな、最高の落とし所で引退を迎えられた気がしとるんだ。第七次モンスターハザードで最後にひと暴れできたし、儂ももうジジイだ。そろそろ大人しく余生を楽しもうかなって思えるわい!」

「肉体的にはまだまだ現役でもいけそうな気もしますけど、精神的には踏ん切りをつけていらっしゃるご様子。であるなら、引退は素晴らしい判断かと俺にも思えますよ。重ねて永年のお働き、大変お疲れ様でした」

「ははは……踏ん切りはきっちりついたよ、なーんにも未練はない。儂は、早瀬光太郎は探査者としてすべてをやり抜いて走りきったよ。もう、ゴールだ」

 

 酒を呷り、楽しそうに愉快げに笑い元気に叫ぶ光太郎だったが──最上の言葉を受けて、その表情が変わった。

 じわりと染み入るような、そんな微笑みを浮かべて語るのだ。己が己の人生を駆け抜けたことを。たった一つのかけがえのない己自身を、悔い一つ残さずやり遂げたのだ、と。

 

 深い、あまりにも深い年季の入った顔つきに最上も日比野もただ、光太郎を見つめた。

 こんなふうに、自分達も終わりを迎えられるだろうかと思わず考える。最上はこの時41歳、日比野は30歳。それぞれ探査者としては脂の乗っているものの、いつまでも全盛期が続くわけもない。

 

 特に四十路を迎え、少しずつだが衰えを感じ始めている最上には余計に思うところがある。

 この、探査者の中の探査者とも言うべき偉大なる男のように自分もいつか、すべてやり遂げたと悔いなく身を引く決断を採れるだろうか? ……できる気がするし、できない気もする。

 

 少なくとも、今しがたのような人生すべてを凝縮したような微笑みは、とてもでないが浮かべられるか分からない。彼ほど、自分の人生を駆け抜けられるか分からないのだから当然だ。

 それだけでも最上は、たとえ探査者としての社会的評価では勝ったとて人間としての在り方ではまだまだ、目の前の"走り抜いた人"の足元にも及ばないのだと痛感せざるを得ないのであった。

 吐息とともに、軽く笑って称える。

 

「なんだか、大親分には生涯かかっても追いつけない気がしますよ」

「はあ? ……何言ってんだ、S級探査者が。お前さんまた一人で何やら考え込んでるんだろうが、お前さんは儂なんざとっくに追い越しとるよ」

「大親分……」

「はるか後方に抜き去ったジジイが、お前の前を走ってるわきゃないだろうが。いつだって若えやつぁな、年寄なんざあっという間に追い抜いていくもんなんだよ。はははは!!」

 

 力ない最上の様子さえ、豪快に吹き飛ばすかのように笑う光太郎。

 それは後輩へ、考えすぎるなというアドバイスでありエールでもある。最上は存外考えすぎなところがあることをよく知る、彼ならではの気遣いだった。

 

「だから日比野もだがな、和之介よ。お前さんらはお前さんらのペースでやっていけ。それが一番、探査者らしい人生ってやつだと儂は思うぜ」

 

 優しく語りかける早瀬光太郎。

 薫陶を受けた最上と日比野の二人は、そこから25年が経過した現代において……早瀬光太郎への尊敬を胸に活動する、押しも押されぬS級探査者として大成するのであった。




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 最上と日比野もそのうちでてくるかも!?な「攻略! 大ダンジョン時代─俺だけスキルがやたらポエミーなんだけど─」は下記URLからご覧いただけますー
 https://syosetu.org/novel/273448/
 書籍化、コミカライズもしておりますのでそちらもよろしくお願いいたしますー
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