お嬢様ポケモン世界を往く! ~ポケットモンスターdarkcatastrophe⇔snowwhite~ 作:十二の子
・浅き夢見し:「浅き(浅い)」+「夢」+「見(『見る』連用形)」+「し(過去助動詞『き』連体形)」=「浅い夢を見ていた」
・浅き夢見じ:「浅き(浅い)」+「夢」+「見(『見る』連用形)」+「じ(打消し意志助動詞『じ』終止形)」=浅はかな夢を見ていたくはない
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「ここは...」
「…アオバちゃん、こんなところに、どうして来たんだ...?」
アオバ・フロックス。
彼女が、どこまでも続く
「そうか、そうだよな。
まず、これについて説明しないとな。
…ここは『日本』。『令和日本』。」
人っ子一人なく、ポケモンの姿もどこにもない中に立つ。
「…俺の、もう意味もない、故郷だ。」
中橋蒼玻ーよれたシャツとズボンを着た、どこにでもいる少しだらしのない青年だった。
ー*-
「正確には...何がどうなってこうなったのかわからないけど、たぶんここは『心象風景』みたいなものなんだと思う。
前にオーベムBREAKの夢の中で会ったのに似てる。ここも心の中、夢の中なんだ。」
そう言いながら、蒼玻は灰色に塗りつぶされた街を歩く。
「ここが、俺が通ってた大学だ。」
閑散として、誰もいない。
「ここが、俺が住んでた下宿だ。」
鍵はかかっていない。室内には乱雑にコミックや雑誌や脱ぎ捨ての服が置いてある。
「そしてここが…俺が最後に見た景色だ。」
やはり灰色の…病室。機械が並んでいるし防護服がかかっているが、やはり誰もいない。
「…どうして、誰もいませんの?」
「…それは...
…俺にとって、この世界が、空虚だからだよ。」
ー*-
「俺に、存在意義って、どうもないらしいんだ。」
何歳の時、それに気づいたのか。
「小さいころ、俺は自分のことを天才だと思ってた。小学校の奴らを馬鹿だと思ってたし算数も国語も地方で上から数十番だって言われてた...あぁ、小学校がわからないか?」
「ポケモンスクールポケモン教育抜き、みたいなものですわよね?淑女教育みたいなもの...かしら?」
「…まあいいや。
十で神童 十五で才子 二十過ぎれば只の人、だ。」
自分がとるに足らない人間であることくらいわかる。
進学すればすぐ、自分ができたことを隣の席の人はもっと早くできることに気付く。
ただ漫然と勉強しても1位は採れない。それなのに、勉強よりもっと上、大会で優勝したり高校生で学術研究に携わる人がいる…俺は打ちのめされた。
俺は凡人だ。一握りの天才でもなければ一握りの秀才でもない。ちょっと入試で合格した程度の存在は、ちょっと入試で合格した程度の存在で替えが効く。
「クワズの言う通りだ。
俺は代替可能なんだ。
自分ができることをもっとうまくできる奴がいる。
『○○くんが解決してくれたからもういいよ』と言われる。
やろうとしていたアイデアを既に誰かがこなしている。
…そういうことの積み重ねってさ、人を、むしばむんだ。」
結局俺は、「誰でもいい」の一人でしかない。
「ぜいたくな悩みだってことは、あのころからわかってたさ。
結局、需要として必要とされる人間なんてそう多くないんだよ。アオバちゃんにはわからないかもしれないけど。」
「…そ、れ、は...」
「人間が孤独を嫌うのは、きっと、それでも自分の存在に意義、必要性を認めてほしいからだと思う。
社会が俺を必要としなくても。せめて家族や友人、愛する人に必要とされればそれでいい…だから人はフォロワー数を求めるし、承認欲求をこじらせるし、愛を求めるんだ。」
それさえなければ、もう、代替可能なひとりが世界に存在している意味なんて、量産型歯車としてしかなくなってしまう。
「…あなたを必要とする方、いなかったのですか?」
「それを聞くのか?だったらこの世界に戻りたがったはずだろ。
誰もが愛されるとは限らないんだ。誰もが友に恵まれるとは限らないんだ。…いや、これは言い訳がましいな。」
…客観的に見れば、進学費用まで滞りなく出してもらって...俺より愛に恵まれていない人間なんて星の数ほどいたんだろう。だから、もしかしたら俺が淡泊で冷たい人間で、「愛を感じられない」だけなのかもしれない。
甘えた話だ。
「とにかく俺は、俺の存在意義を、俺が存在する必要性を、見いだせなかった。」
ずっと、このコンクリートジャングルが、灰色に見えていた。
「だから、この世界での存在意義が、うれしかったんだ。
仮死状態のアオバちゃんの代わりに生きて、フロックス家嫡女という役割を持てて、自分の憑依で撒いたタネとはいえ目的と意義のある人生としてあの旅をできた。
俺にはもったいないアディッショナルタイムだったんだ。
そしてそれを、うすうす感じていた通りに、あと腐れなく託せた。」
運命的なすべての帰結の中で、俺というピースはカッチリはまって、
「これで大団円じゃないか。」
ー*-
わたくしは、そんな大団円は認めませんわ。
「でも、この世界は蒼玻くん、貴方のことを必要としたのでしょう?だったら、まだ貴方は...」
「それは中継ぎとしてだよ。
そうなる気がしてた。でも、それなりに責任感があるアオバちゃんが今こうしている余裕があるってことは、アオバちゃんはグループとラスト団とクワズのことを解決できたんだろ?
アオバちゃんが仮死状態になっている間の中継ぎとして、俺は必要とされてたんだ。
だから...
ポケモン達も、アオバちゃんがちゃんと引き受けてくれたんだろ?中継ぎ風情が無理にアオバちゃんのパートナーポケモンを決めちゃったのは悪かったけど、気に入ってくれたんじゃないのか?」
「…ええ...
…でも、でも、だからといって、わたくしが大事にしているからと言って、放り出すのは無責任ですわよ。」
ポケモンたちも、そしてわたくし自身に対しても。
「知ってるか?
人間って簡単に、無意味に、死ぬんだ。
ちょっと咳をして、熱が出て、そうしたら一週間後には息ができなくなってて、二度と目が覚めない、そんなこと、あるんだよ。
死んで遺される者を託すのが、早いか遅いかの違いさ。どうせいつかは誰かに託すことになるんだ。」
「そんな刹那主義的な…」
…一度死ぬと人間ってこうも悟りを開いたみたいになるのですわね…
「いや、俺が特殊なんだと思う。
とにかく…
…ただでさえ俺はもともと死人なんだ。
中継ぎとしての存在意義を果たせた。
勝手に仲間にして、託してしまったパートナーポケモンにも問題はない。
…『老兵は死なず、単に消え去るのみ』、ならば死人は死ぬ。死んだ。せめて消え去らず誰かの記憶の中でその存在が意義あるものとして遺っていてくれればそれでいい。
…前世の俺は、それすらできなかった。戸籍に取り消し線で終わりだ。」
さびしい。蒼玻くんの考えも、それ以上に蒼玻くんの前世も。
「蒼玻くん...」
「アオバちゃん、何を思って俺にもう一度会いに来たか、俺だってわからないわけじゃない。
でも、俺のことはそっとしておいてくれ。
俺の遺志を受け取ってくれ。
俺のために...『角を矯めて牛を殺す』って言ってもわからないか。『ケンタロスの角を手入れしてケンタロス本体が死んじゃう』みたいなことだ。俺のために余計なことをして、蛇足…」
「アーボの絵に足を書き足して駄作にすること、でしょう?」
「そうそう、蛇足でアオバちゃんの魂まで三途の川のこっち側へ引き込んじゃだめなんだ。」
「…それでも。
蒼玻くんがそう望んでも、わたくしは、そう、望みませんわよ。」
「わかってるよ、せっかくだから俺にもっと生きてほしい、そう言うんだろ?
アオバちゃんは優しい。誇り高い。それは聞いてるし知ってるしわかった。でもなにもアオバちゃん自身を犠牲にするリスクを発生させてまですることじゃないんだ。」
…わからずや。
「違いますわ。」
…すけこまし。
「…え?」
…ばか。
「違いますわ。
…わたくしが、蒼玻くんを取り戻したかったのは、蒼玻くんにもっと生きてほしいからではなくて...」
…わたくしをはずかしめようだなんて。
「え、生きていてほしいんじゃないなら、なんで俺を生き返らせようと…」
「ただ...
…わたくしは...
だって、そんな、あんまりじゃありませんの。
誰からも必要とされなかった貴方が、死んでまでして、やっと必要とされたのは中継ぎ…それで…
…天命尽きればそれでおしまい、ポイ…だなんて。」
「今までが幸せだったんだよ。」
「いいえ、もう、そんな寂しいことばかり言わせませんわ。
世界が貴方を必要としなくても、貴方の存在意義がもうなくても…
わたくしが、貴方を必要としているのです。」
貴方を誰も求めないのならば、わたくしはそんな世界を求めない。
「…そこまで言う、何か…」
「何も、ありませんわ。
ただ、わたくしの存在も、蒼玻くんがいなくなったら、この街のように色あせて無意味なものになってしまう、というだけで。」
「…どうして…」
「…ああもう。
ちゃんと、言わなければ、わかりませんかしら?」
…ちゃんと心の中にまで持ち込めた、盟約の指輪。
あの時ためらっておいてよかったですわ。
「蒼玻くん。この指輪、つけてください。」
「つけてってアオバちゃんが自分で抜いて…ッ!?」
やっと、わかってくれましたのね。
「蒼玻くん。」
「…はい。」
「…ずっと」
ずっと…
「…ずっと、ずっと好きでした…!」
ー*-
「俺に惚れる要素なんて...いやこれは無粋か。
自意識過剰だけど、ポケモンが6体もついてくるんだから人間が1人ついてきてもおかしくないのか。」
デリカシーの欠けた…というか錯乱にも等しい言葉が、青年から漏れる。
「別に理由なんてどうでもいいのですわ。
蒼玻くん前に言いましたわよね?情動…心が叫ぶんだって。
わたくしの心の奥底から沸き上がる愛おしさ、切なさ、これが恋、これが愛なのです。それゆえわたくしは、蒼玻くんを失うつもりはございませんわ。
…蒼玻くん、応えは?」
ここにきて初めて…驚きこそあったが決して込めなかった不安という感情を、少女は示した。
「…いや、うれしいさ。
異性が、俺を求めてくれるなんて。」
誰からも必要とされなかった青年が、初めて、女の子から恋愛的に求められた...戸惑いの中で、蒼玻の中に浮かび上がる感情の自覚。
「俺だって、俺が目覚めた時にアオバちゃんが幸せになれるように生きてきた...アオバちゃんのことを知って、理解して、接して、相応しいようにって生きてきた...それで、生き直しを譲り合ってるんだから、まあ、そうなんだろうな。
そっか。
俺は、生きなきゃいけないんだな。アオバちゃんと、それに、俺たちの恋心のために。」
照れ。そんな感情もあったっけと思いながらも、青年は頬を染めた。
「やっとわかってくれましたわね。」
「何言ってるんだ?他人事じゃないぞ。
好きな人に生きていてほしい、俺だってそうだ。せっかく恋心を自覚したのにいきなり相手が自分のために死ぬなんてまっぴらごめんだぞ。」
「あら、では共にこの精神の奥底にでもこもりますかしら?」
「はは、冗談。
…完全無欠のハッピーエンド」「ええ、目指すしかありませんわね。
ところでですけれど、これって、わたくしの申し出、了承されたという事でよろしいのですわよね?」
蒼玻はそっと、アオバの左手を取り、薬指をつまむ。
「あら、それでは…
…わたくしたち、許嫁ということで、よろしくって?」
「そういうことだな。
さあ...
…カップルとしての共同作業、しなくっちゃあな。」
ー*-
「で、どうする?魂のことなんて何もわからんぞ。でもたぶん普通に俺を目覚めさせたら入れ違いにアオバちゃんが落ちる。」
2人の心が同じ脳に宿ることなんて、できない。同時に違う色の絵の具を塗れないように。
「できなくてもやるのですわ。
そう...
例えば、2つの魂が1つの器には入らないというのなら、もう分かたれた2つとは言い切れないくらい、不可分にしてしまえばよろしいのですわ!」
「…は、はぁ…」
つまり2人の懸念は、魂2つが生体脳のリソースをわけあって両存することはできないだろうというものだ。ならば、別のリソースをわけあう両存は不可能でも、同じリソースを共有すればいい…魂の重複、重ね塗りだ。
「もともと別物の憑依霊では、人格の切り分けでしかない二重人格はできませんわ。けれど、2つの魂を結んで、まとめて…
…そう、『二重魂魄』ですわ!」
「二重魂魄…
…で、それはどうやって?心を深く結ぶって何?」
心理的優位、戦術的優位、戦力的優位…そんなアオバの三箇条も、ぶっつけ本番でなんとかどうにかするしかない心や魂については、歯切れが悪くなろうというものである。
「…ほら…
…えっと。」
脳が見せている幻影でしかないはずのアオバの身体がだくだくと汗をかく。
「はあ…
…まあいいや。こういう場合って『お約束』が大事だろ。」
「お約束?」
首をかしげるアオバを、蒼玻は腕をつかみ、引き寄せた。
「えっ」
アオバの青い目が丸く見開かれ、蒼玻の蒼い目に映りこむ。
「口、閉じて。」
「は、はい…」
顔が近づいていく。
決定的な瞬間ー2人の唇が触れ合うと同時に、アオバ・フロックスの脳内で活発に励起していた電気信号2つが結合した。
複雑に電気信号が重なり、複雑な網目となって、脳内でつながるー2つの思考回路が、人格が、魂が、1つの脳神経回路を共有する。
心と心の本当のつながり合い。
1つの回路を、まったく異なる2つのパターンが流れ始めるーそれはまるで、置いた筒を上から見れば円形だが横から見れば長方形であるかのように、2つの心が、そして魂が、重複した瞬間だった。
魂が交わるその刹那、かわされたキスは...甘美で、そして官能的な味がした。
ー*-
「ん~/~~!」
アオバは大きく伸びをして、そしてやにわ、腕に刺さっている点滴の針を引き抜いた。
「ちょっ、まだ麻酔も抜けていないのに…!」
看護師も医者も、前触れもなく目覚めた患者のいきなりの暴挙に驚愕する。
「かまいませんわ/いやさすがに治療終わってないのに打ち切るのは...と言っても/いられないのではなくって?」
爆音が聞こえてくる。おそらくは建物の外からだろう。
電極のパッドも心電筋電のパッドも次々と引きはがし、ベッドから起き上がる。
「困ります患者様!」「安静にしていてもらわないと…!」
「患者としてじゃなく/フロックス家家長として命じますわ/状況はどうなってる?」
「こ、これは...人格の、混濁?」
明らかにおかしなアオバの口調に医者が「やはり精密検査が」と言うのを少女は完全に無視し、あろうことか手術着を脱ぎ始めた。
「着替えを。」
「い、いや何を」「着替えはどこかって聞いてるんだ。」
蒼玻の剣幕に押され…たわけではなくどちらかというと、さらされようとする柔肌から目を背けるのに男の医者が精いっぱいだっただけだが、ともかくもアオバはつかつかと自分の服があるところへ下着姿で歩み寄る。
(ねえアオバちゃん、気のせいだと思うけど俺がワカナエで死んだときに比べてブラがきつくない?/恋をすると女性ホルモンが増えるらしいですわよ?そんなことより腰紐取ってくださいまし。左手は任せますわ。)
襦袢、腰紐、着物…あまりにも着る速度が速い。完全に脳を共有して同調していながらも同時に2つの魂が存在するというのは最強のマルチタスカーなのだ。両魂からの指示で齟齬や重複や齟齬が起きることすら、生物学的には「結びつき完全に1つの心」なのだから、起きえない。
(帯の結びは?/二重太鼓ですわよ。めでたいですしね/せっかく魂も二重だしな)
「ボールは?」「はっはい、こちらです!」「イーブイは回復中でして…」
もはや逆らえない雰囲気になっている看護師たちが、5つのノブレスボールを差し出す。
袴の位置をあわせ、後ろで紐を結び、それから前でも右腰で紐を交差させて
純白の髪、白き着物と袴、茶色の編み上げブーツ…確かめるように慈しむようにハーフアップの三つ編みが崩れていないことを手で確認し、見目麗しき絶世の美少女が身をひるがえす。
医療処置の続きを告げようとしていた医者も看護師も、雰囲気に圧倒され動けない。
その時だった。
停電、そして、壁がパキパキと石に変じていく。
「なっ…!もうここまで!?」「患者様、先生、裏口から逃げられます!」
「いいえ、逃げるのは貴方方だけですわ。わたくしたちは/戦うよ。それが
さあ/ディアンシー、参りますわよ/久しぶりにな!」
・アオバ/蒼玻・フロックス
二重魂魄状態へと昇華を遂げた本作主人公。二重魂魄とは以下の解釈をなされる状態である。
オカルト的には、憑依霊である蒼玻と自魂であるアオバが強固に結びつき、あたかも異教が新たな解釈・信仰を加えた結果2つの権能と性格を持つようになった神格のごとく、ひとつの身体を共有する存在として同一化したもの。
サイエンス的には、後発人格である蒼玻と先天人格であるアオバが、脳内感覚野等の入力部位に入った情報を、同じ大脳皮質神経回路内の2つの思考回路(電気信号パターン)を共有し言語野・思考野等の出力部位に別個な対応を命ずる、二重人格に似て非なるもの。
挙動としては、見ているものは同じであり、客観記憶も共有している(ただし、記憶がどのように記録されるかは情報処理の重みづけによって人格により異なるため、主観記憶は共有されない。例えば忘れている部位は異なり、蒼玻が悔しかったバトル敗北をアオバがどうでもいいと思っていればそのポケモンバトルについて蒼玻だけが思い出せる)。同じ理由で転生前の蒼玻や憑依前のアオバについてもう片方の人格は記憶していない。
両者は高度に連絡しており、脳内会議も可能。