気がついたら無敵だった、そして勃起も止まらなくなっていた。だから俺は裏でこそこそ生きていく。 作:でぃくし
(もうジョギングはいいや……今日はこのまま帰ろう)
俺はため息をついて空を見上げる。
今の俺はほとぼりを冷まそうと路地裏で息を潜めている強盗犯くらいにしか見えないだろう。特に血のついた服でうろついていたら完全に不審者だ。
(バカな奴だな、何が呪いだよ。雨が降ってきたくらいで……)
灰色に暗く沈んだ空から切り裂くような冷たい風が浴びせられ、路面の泥が血飛沫のように跳ね上がった。
雲をつくような巨大な体を持つ鬼がぬかるみに潜んでいるカエルたちを次々と蹴散らし、鞭や刀でズタズタに引き裂いていく……そんなイメージが頭の中に思い浮かぶ。
不死身の体を持つ俺は風邪を引くことはない。
だからこのまま濡れてっても構わないのだが、しばらくその場から動くことをしなかった。
「……」
今座り込んでいるこの雑居ビルには見覚えがある。
何度か買い物に立ち寄っていたはずだ。
雑居ビルの中は薄暗いが、申し訳程度に明かりが灯っているのを見るにテナントはまだ営業しているらしい。
通用口の横にはボードが設置してありテナントが確認できるようになっていて『どエロ変隊パイオマン』とかいうバカ丸出しの文字が散見される中、俺は見覚えのある名前を見つけた。
『リサイクルショップあぐにや』
看板も出てないようなリサイクルショップだがここで買い物をした記憶がある。
街角によくあるような商品が無秩序に放り込まれた薄汚い店だったはずだが、ビルの4階にあるというのは珍しいんじゃないだろうか。
いや実際、珍しいかどうかはわかんないけど。
(……そういやここで買ったアイロン、まだ全然使ってねえな~)
なんであんなの買ったんだっけ?
まあいいや。
土砂降りの雨はしばらく止みそうにないし、これ以上ここにいたって仕方がない。
雨宿りのついでに品揃えをのぞいて見るのもいいかもしれない。
リサイクルショップならパーカーくらい置いてあるだろう。
ネット通販でもいいが、リアル店舗でパーカーを見るのもそれはそれで楽しいもんだ。
(アージスはあるかなー……)
アージスつーのはパーカーのメーカーだ。
……パーカーだけのメーカーというわけじゃないけど、とりあえず俺はここのパーカーを愛用している。というよりクローゼットに収納されている上着は基本的にアージスのパーカーだけだ。
なんで、と聞かれても好きだからと答えるしかないが、どうでもいい話だろう。
俺は立ち上がり、パーカーのフードをかぶりなおして泥を払う。
(……ん?これって占いの店か……)
テナント一覧の最上階にそれらしい名前が書かれている。
比較的最近になって入った店舗なのだろう、パネルはまだ真新しい。
『占いの館・ジャガデルカ<完全予約制>』
俺は自分のことを占いだとかを信じないタチだと思っているし、普段ならば気にも留めないだろう。
けれどよくよく考えてみればおかしな出来事なら俺の身にいくらでも起きているはずだ。そもそも不死身の体と無敵の力を持っている俺自身が怪奇現象の塊みたいなものだろう。
(でも別に見てくれって頼みたいことなんてないんだよな~)
剥がれては塗装を塗り直しての、古臭くて汚ならしいエレベーターだった。
エレベーターのドアが開くとまず目に飛び込んだのは、蛍光灯の弱々しい光で海の底のように仄暗く照らされた室内だ。
足元にはよじれたゴムのマットが敷かれ、壁に掛けられた鏡は影を落とした俺の姿をより一層化け物じみたものに仕立て上げている。
(汚ねえな~何なんだよこれ?ええっ、どうなんだ?これは汚れか?黒カビか?)
三人用……と書かれているが一人入った時点で他の二人は肩車でもしない限り乗り込めないような狭さだ。
ぶつくさと心の中で愚痴りながらエレベーターに乗り込み、ドアを閉めようとボタンに手を伸ばす。
すると廊下から慌てたようなヒールを鳴らす足音と共に、誰かが乗り込んできた。
「あっ、ごめんなさい!!」
明るい声が聞こえると同時に、すりガラスに金属をこすりつけるような耳障りな音を立てながらエレベーターのドアが閉じていく。
「いや……」
そう呟いたきり俺は話すこともなく、しばし茫然とドアを眺めていた。
口元をベールで隠した細身の女だ。
エレベーターに乗り込んできた時は黒い柄物のドレスを着ているように見えた。
だがエレベーターのガラス窓に映り込んだ女のそれはドレスではなく全身にびっしりと刻まれたタトゥーだった。
金メッキのアクセサリーで煌びやかに飾り立てられた薄いベールでの下には黒々とした口紅が塗られているのが透けて見える。