気がついたら無敵だった、そして勃起も止まらなくなっていた。だから俺は裏でこそこそ生きていく。 作:でぃくし
(この女……占い師か?)
薔薇と鯉……いや、熱帯魚だろうか。
喉元からまるで蔦が絡みつくように刻まれた花びらと魚のタトゥーは、お洒落というよりは何か呪いや威嚇のような意味合いがありそうだ。
実際、こういった治安の悪い地域ではその手の効果を狙っていても何ら不思議ではない。
(何にせよ胡散臭い奴が一人増えただけか)
雨の中を突っ切ってきたのだろう。女の長い黒髪からはぽたぽたと水滴がしたたり落ち、体の方も冷えてしまっているのかその肩は少し震えていた。
これが怪談なら目を離した次の瞬間に、床に水たまりを残して消えてしまうかもしれない。
……だが、そんなことよりもだ。
(やべえ……どうなってんだ?)
さっきからエレベーターが全然動かねえ。
ドアが閉まってからすでに十数秒は経っている。
すぐに動き出すだろうとタカをくくっていたが、どうしてかそうではなかった。
何もしてないのに壊れた……。理由がわからない……。
さっきの賞金稼ぎのおっさんといい今日は一体どうなっているんだ?
たんなる故障か?
それともまさか重量オーバーか?
「…………」
「……」
今やエレベーターはただの狭苦しいだけの密室だ。
空気が薄くなっていくような雰囲気の中、ごうごうという大雨の音と、天井に吊るされた蛍光灯の虫が羽根を擦るようなじりじりとしたノイズだけが聞こえてくる。
「……」
「……」
ガラス窓に映る女は俺を見て怯えているのか、まるで値踏みするかのように俺の頭から足元までを眺めていた。
その目はまるで死人を見るそれだ。
(……そうだよな、怖いよな)
エレベーターに乗り込む際にだって、俺の姿を見た女は驚いたように目を丸くしていた。
当たり前だろう。
ただでさえ治安のよろしくない地域だ。
服を血で汚した愛想の悪い男がその顔を隠していたら、犯罪に巻き込まれるではないかと警戒されるのは仕方ない。
このままだと何をされるかわからないと、女がパニックになってもおかしくない状況だ。
それにしても気まずすぎる。
うああー……さっさと動いてくれ~。
(……どうしよう?やっぱもう階段で行くか?)
ドアをこじ開けようと俺は手を伸ばす。
その時、雰囲気に耐えかねたのかそれともただの偶然なのか、唐突に女が口を開いた。
「あのー……お兄さん?」
突然のことに俺は驚いて、思わず体がびくりと跳ねる。
振り返るとそこに先ほどまで窓ガラスに映っていた虚ろな顔はなく、口の端を無理やり吊り上げたような不自然な笑みを浮かべた女がいた。
「すみません……11階を押していただけます?」
「へ、え……でも、今から階段で……あ!ああ、いやごめん」
間抜けに口をパクパクさせながら、俺は言われた通りにボタンを押す。
するとエレベーターは目が覚めたかのようにその体を震わすと、ギシギシと耳障りな音を立てながらゆっくりと上昇しはじめた。
(おお、動いた)
「いきなりごめんなさいね」
「いや別に……」
エレベーターが動き出すなり女は真っ白な手をこすり合わせ、温めるように息を吐きかけながら謝罪を口にする。
俺はといえば相変わらずフードを目深にかぶった状態でぶっきらぼうに応えるだけだった。
「……」
骨が浮き出るほど細い20代半ばの女。
そりゃそんな恰好で出歩いたら寒いだろって感じの恰好だった。なんつうか……一言で言えば、ゲームに出てくる踊り子みたいな。
紐のような申し訳程度のブラをした胸元を色鮮やかなベールで覆っているが……肌に刻まれたタトゥーが透けて見えるようなそれに、どれほどの防寒効果があるのかはわからない。
チェーンとブレスレットで飾り立てられた手元には小さなバッグを提げている。
コンビニに買い物にでも行っていたのだろう。サンドイッチとおにぎりがぎゅうぎゅうにねじ込まれている。
下半身を覆っているのは丸い金属片が散りばめられたスカーフのような腰巻で、これまたその布面積は少ない。
水飛沫を上げてジャンプする魚が刻まれた真っ白な太ももはほとんど露わになっている。特にその太股の間、黒い三角形の部分はどこまで布でどこからが体毛……俺は何を考えているのか。
目のやり場に困り思わず視線を下げると、ヒールではなくサンダルを履いているのがわかった。