親愛なる市民の皆様へ
親愛なる市民の皆様の平穏は
№5ヒーロー
︎ トップ・ザ・ワン
「さ、今日のパトロール始めるか!」
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事の始まりは中国軽慶市。"発光する赤子"が生まれたというニュースだった。以降各地で『超常』は発見され、原因も判然としないまま月日は流れる。
いつしか『超常』は『日常』に────
そして、『
世界総人口の約八割が何らかの"特異体質"である超人社会となった現在、混乱渦巻く世の中でかつて誰もが空想し憧れた一つの職業が脚光を浴びていた。
『超常』に伴い爆発的に増加していた犯罪件数。法の抜本的改正に国がもたつく間、勇気ある人がコミックさながらにヒーロー活動を始めた。
『超常』への警備
『悪意』からの防衛
たちまち市民権を得たヒーローは世論に押される形で公的職務に定められる。
「……公務員ってやっぱ安定してるよなぁ」
陽気な春風が都会のビルの間を抜けていく。雲ひとつない晴天青空。学生達は受験を終え、既に春休みを満喫している時期にこの男はポスターと睨めっこをしていた。
「自衛隊ってほら、厳しいんでしょ? いや衣食住完備みたいな感じだし、てかもっかい学生できるしサイコー! って感じなのは分かるよ? でもやっぱ訓練キツイって話聞くし……それならやっぱり今のバイト続ける方がマシだよなぁ」
彼の名前は
「いやね、公務員だって目指してた時期はあったんだよ? いやでもな、ちげーなーって思った。実際言われたし」
世の中上手くいくもんじゃねーなー、そんな言葉をこぼす彼の財布は空っぽだった。
3月22日 AM 11:00 晴天
彼は非常に苦しんでいた。いや、飢えていた。彼はお金の管理というものが苦手だ。給料日の翌日の食卓は独り身であるというにも関わらず豪華なイタリアンを自分で作り、また月の初めには中華のフルコースを作ってしまう始末。給料日が近付く頃にはいつも街の自販機の下を漁って飢えを凌いでいるのだ。
「自販機は粗方探したけど何も落ちてないし、なんならお巡りさんに怒られたし」
独り言の大きいボサボサ髪の長髪の男が、自販機の下を白昼堂々と漁っていたら怪しさ満点。先刻とは違う自転車に乗った巡査官が陽渡に声を掛けに近付いてきた。
「お兄さん? 独り言おっきいけど大丈夫?」
「……またお巡りさん。俺そんなに怪しい?」
「うん。だいぶね」
笑い声が乾いて聞こえるのは、まだ乾燥している時期だからだろうかと、少し悲しくなる陽渡。そんな彼等の耳に突如として轟音が鳴り響いた。
「おおぉれがぁぁ!! ネメアのっっ獅子だぁぁあ!!!」
「……誰だよ」
「本部、
轟音とビルが燃える炎に群衆がざわめく中、巡査官は乗ってきた自転車に跨った。
「お兄さん、独り言はちっちゃくね?」
それじゃ、と言い残して彼は現場へと向かって行った。陽渡は仕事熱心で情熱があって羨ましい、そんな目で後ろ姿を見送った。
「てか、あっちバ先の方じゃねぇか!」
陽渡もまた、その現場へと向かう。
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「おれがァァ! ネメアのっ! 獅子だぁっっ!!」
ネメアの獅子、と名乗る異形型の
焦げ臭い炎の香り、逃げ惑う群衆、崩れ落ちる平穏。
獅子の牙が遂に市民に襲いかかろうとした。
──────瞬間
「ハーハッハッハッハッハ」
「誰だ!?」
「"elephant"」
空高くから『象』が
「親愛なる市民の皆様……アタシ様の登場だぁあああああ!!!!!」
「「うおー!!」」
「トーップ! トーップ!」
湧き上がる歓声。高々と腕を掲げてポーズを取る彼女のヒーロー名は『トップ・ザ・ワン』。この地域一帯を活動拠点とし、若くしてヒーローランキング№5に上り詰めた若手ヒーローだ。
「アタシ様のお膝元でよくもまあ暴れてくれたなぁ
象の脚で獅子の身体を踏み付けるその圧倒的な重量は、今にも獅子の背骨を折ってしまいそうな程の圧があった。
「ヒィーロォッ!」
「トップ・ザ・ワンだよ! この辺の野良猫でも知ってる!!」
ギチギチと歯軋りをする獅子をその"鼻"で大通りへと投げ飛ばし、自身の強さを見せ付けるかのように雄叫びを上げる。まるで一種のパフォーマンスの様だ。
「市民の皆様! ここは危険ですのでどうか後ろへ! 後ろへ!」
「おっ、今日も仕事が早くて助かるね〜警察クン」
ここで警察の到着。先刻の自転車の巡査官を筆頭に市民の避難誘導が始まる。
「吹っ飛ばした通りのビルは人が沢山逃げるのが見えた! こっちは見かけてないけどね」
一息
「"cheetah"」
その掛け声と共に、トップの重量感溢れる体躯は筋肉の引き締まったスレンダーな身体へと変化する。
「初速、最速!」
『チーター』という生物は約3秒で時速0kmから時速96kmまで加速できると言われている。その姿、まさに雷神の如く。瞬く間に加速した彼女は起き上がる
「ハーハッハッハッハッハ! アタシ様、最強!!」
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「はぁ……はぁ……くそ、マジかよ……」
陽渡蒼弥は本日二度目の焦燥感に駆られていた。彼のバイト先は大通りに面したビル街にある個人経営のカフェであった。先刻の
「……来月の給料、半分しか入らないってことだよな。てかそもそも給料入るのか? どちらにせよ来月生きてけねーじゃん……ハハ……」
「おぉいちょーっと困るよ親愛なる市民の人」
と声を掛けたのは№5ヒーロー トップ・ザ・ワン。曰く、消火活動を終えた区域とはいえ未だ調査中の区域のため一般人の侵入は困るとのこと。
「あーそうなのか。ごめんなさいトップ」
「うむ! 分かってくれるならそれで良し、親愛なる市民の人。もしかしてここのカフェの店長さん?」
「ただのバイトですよ」
陽渡はトップに連れ出されながら、軽く身の上話をした。地方から出てきた後、関東地方で就職。その後にフリーターとしてこの近辺に住んでいること。このカフェが無くなってしまった今、次のバイト先を早急に探さなければならない事。
「そーかそーか、生活が困窮してるのなら大変だ。君さえ良ければうちの事務所の事務員……として雇えるけど、どうだい?」
なるほどこれはいい話……と陽渡の目は輝いたが、すぐに顔を俯かせて首を横に振った。
「有難いお誘いですが……その、事務作業とかはちょっと苦手というかなんというか……なんだろ、とにかく向いてないので遠慮します。ごめんなさい」
「そうか、人手不足だからちょうど良いと思ったのだけれど……気が向いたらいつでも事務所に連絡しておくれ。
じゃあ、と西に傾いた太陽の方角を指差してトップは続ける。
「こっちの道を真っ直ぐ行くと警察に出会えるだろう。こっちから事情は話しておくから、会えたら安全なとこに出してもらえるはずだよ。それでは親愛なる市民の人、さらば!」
そう言って彼女は真逆の方向へと
「……バイト先どうすっかなぁ」