親愛なるヒーローへ   作:とある世界のハンター

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親愛なるバイト君へ

 

 

 

 

 

 

 

 ネメアの獅子と名乗る(ヴィラン)がトップ・ザ・ワンによって捕縛されてから2日が経った。街の人は何事も無かったかのように生活をし、そこにあるのは当たり前だけの様だった。

 先日の事件による死者は0名。重傷者0名。軽傷者数名と、街の崩壊に対して怪我人は異常なほど少ない。それはトップ・ザ・ワンによる日々の呼びかけや宣伝によるものだった。

 

(ヴィラン)による犯罪を見掛けたら、市民一人一人が親愛なる市民の事を思い遣り、安全に配慮して────」

 

「ニュースはコレばっかだな」

 

 公園のベンチに腰掛けてスマホのニュースを見ている赤髪の青年、陽渡蒼弥。今日は新しいバイト先の面接の為外に出てきていた。

 

「さっさと終わらせてさっさと寝よう」

 

 賞味期限切れのパンの耳を齧り、ベンチに掛けていた重い腰を力無く上げた。

 

「おっと、危ないな」

 

 そんな彼の前を一つの自転車が風を巻き上げながら走り去って行く。一つのファイルを落としながら。

 表紙からして何かの資料だろう。

 

「あぁもう、時間ねーって」

 

 大事な資料なのだろう。こういうお節介は陽渡にとっては当たり前のことであり、自身より優先してしまうことであった。

 

「ちゃんと走んのなんていつぶりだろなっ!」

 

 

 

 

 

 

 

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「はーい大将やってるー? 常連のアタシ様だよー」

 

 見上げるような高さのビル街から少し離れ、少し背の低いビルや飲食店が並ぶ街並み。その一角にある比較的新しい外装をした居酒屋の暖簾を彼女はくぐった。

 

「今日も来たのか。飽きないネェ」

 

 ここはトップがよく利用する居酒屋で、昼間は近くの会社員が利用する定食屋として店を構えている。

 

「勿論! 安さは何にも変えられないよ〜。大将の作る定食は美味しいからね」

 

「味を褒めるんなら営業時間に来て欲しいもんだがネ。ありものでいいカ?」

 

「なんでもオッケー!」

 

 内装は外装と同様に綺麗な見た目をしている。カウンター席と4人席が幾つか、そしてカウンターから首を上げた位置にある昔ながらの小型TV。

 

「昨日の観てたヨ。かっこよかったネ」

 

 そしてこの店主。

 怪しいタヌキの置き物もあるが、これはトップの目にはあまり映らなかった。

 

「どーも。親愛なる市民からそう言って頂けて光栄です」

 

 ヘラヘラと笑うトップにそーかいと返した店主は慣れた手付きで丼に具を盛り付けトップの前に差し出す。

 

「へいお待ち」

 

「おおカツ丼! いいねぇいい香り……いただきます!」

 

 出来たてのカツを一切れ、白米に載せて豪快に一口。ハフハフと口の中の熱気をどうにか逃がそうとしながら咀嚼して、喉の奥へと落ちていく。

 

「美味しいよ大将!」

 

「浅い感想をドーモ」

 

 次々と口の中に放り込んでいくトップを横目に、店主は昼のニュースを付けた。

 

「只今入ったニュースです。先日逮捕されたネメアの獅子と名乗る(ヴィラン)が拘留所から脱走したとの事です。近隣住民の皆様に置かれましては────」

 

「ご馳走様。附けといて」

 

 カラン……と軽い音が店内に鳴り響く。ニュースは変わらずに近隣住民への避難の呼び掛けを続けている。

 

「もう食っちまったのカ」

 

 少し空いた戸が春風を店内に吹き込んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

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「いや〜助かりました」

 

 先日の事件現場から少し離れた駅前の駐輪場。まだ寒気のある風が吹いているのにも関わらず汗が滝のように流れ出る。このスーツの男性はこれから会社で大事な会議があるのにも関わらず、その資料を家に忘れたそうだ。それを急いで取りに帰ったのに落とすとは運が悪い、と笑いながら何度も何度も頭を下げた。

 

「はぁ……はぁ……全然良いので……あの、時間」

 

「時間、あぁヤバい電車乗らないと! それじゃありがとう親切なお兄さん!!」

 

 上着を脱いでリーマンに手を振る陽渡。走り去るその後ろ姿が見送った後、首から滴り落ちる汗を拭き息を整える。

 面接時間まで残り15分。幸い先の公園よりもここからの方が面接場所に近い。

 

「走れば間に合うのかなぁ」

 

 (ヴィラン)出現の警告音を鳴らすスマートフォンのバイブ音は、厚い上着に阻まれていた。

 

「っておい、びしょ濡れのおっさんいんじゃん。おじさん大丈夫ですかー?」

 

 走り出そうとした矢先にまたトラブル。未だに寒さが残るとは言え、寒がりにも程があるのではと思うほど厚手のコートを着たずぶ濡れの背の高い中年が足を引き摺る様に歩いていた。明らかに異様な中年は、周りから避けられている。

 自分の時間が無いのも忘れて、何かあったのではと声を掛ける。近くに警察も見当たらず、群衆の中にはスマホを耳に当てて通報する素振りを見せる者もいるようだ。

 

「おじさん? おーいおじさん」

 

 中年は何やら独り言をブツブツと小声で呟いていて、陽渡が横で声を掛けても視界に手を振っても全く見えてないようだった。

 

「仕方ない……おじさー」

 

 肩をポンと叩こうとした途端、陽渡の視界は一転。青空。

 

「へ?」

 

 背中に激痛。

 何が起こったのか分からず、全ての情報が脳の手前でストップする。

 

「いてて……」

 

 痛みを堪えながら立ち上がると、目の前には()()()()()()()()()()》が堂々とした佇まいで居た。

 悲鳴、絶叫、微かに見えるフラッシュとシャッター音。逃げ惑う人。

 

「常に異形じゃなくて変身するタイプの個性かよ……」

 

 その異常なまでに鍛えられた()()でコンクリートにヒビをいれる獅子は一息吸って

 

「俺がネメアの獅子だぁぁああああ!!!!」

 

 まさに咆哮。

 耳を劈くような痛みに人は皆耳を押さえてその場に立ち竦む。

 

「やば」

 

 陽渡の視界には、ビル街を破壊する凶爪が───

 

 

 

 

 

 

 

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 トップの個性は『百獣』

 動物の力をその身に宿し、その力を身体に反映させることが出来る。言い方を変えると動物に変身することが出来る個性だ。

 

 トップはその個性で隼の力を使い、空中から脱走中の(ヴィラン)を捜索していた。

 隼の視力はだいたい8.0と言われており、80m先にネズミが居たとしてもそれを視認出来る程度には目が良い。空中から探すには最適だ。

 

 だからこそ、その()()に気付けた。

 

 何かから逃げ去る市民。

 立ち込める黒いモヤ。

 倒れる近隣のヒーロー。

 

 近付く程大きく映り込むそれ等の先に見えたのは。

 

「……雷雲?」

 

「トップ、中に民間人が……」

 

 腹部から血を流すヒーローがトップに声を掛ける。

 

「脱走中の(ヴィラン)は彼を執拗に狙ってるようで、自分が攻撃しても見向きもされず……」

 

「分かった。誰か救急車を!!」

 

『cheetah』の一声で脚部のみをチーターに変形させる。後は任せろ、と言い残し彼女は()()の中へと─────

 

「ハーハッハッハッハッハ!! ネメアの獅子とかいうやつ! アタシ様が相手だ!」

 

 ────民間人の確保、初撃、間合いの確保。この間0.5秒。

 

「来た……ナ! ヒィロォ……」

 

「親愛なる市民、()()()()我慢してくれよ」

 

「うス……」

 

 トップは脇に抱えたその男を地面に下ろし、腕を前に上げて走り出す構えを取った。

 

混成(キメラ)"gorilla""cheetah"」

 

「腕がゴリラに……」

 

 陽渡はヨロヨロと後ろに下がりながら、『トップヒーロー』の戦いを見つめる。

 

「行くぞ(ヴィラン)! アタシ様の前に跪け!!」

 

 2度の打撃音。

 

 あっという間に(ヴィラン)の後ろへと回る。

 

 その獅子の筋肉は異常なまでに発達していた。()()()()()()目に見えて分かる程に。

 先日はチーターの最高速度で一蹴できたにも関わらず、血を流す程度に抑えられたのはそれが理由だった。

 そしてそれは、この打撃も同じことだった。

 

「弱い……弱い弱い弱いぃい!! 俺はネメアの獅子っだぁあ!!!!」

 

「"rhinoceros(サイ)"」

 

 はちきれんばかりの圧を持ったその()()が、その凶爪と牙を用いて狩りを終幕へと導こうとする。

 サイの皮膚はとても硬く、()()()()()()()()ライオンに噛み付かれても傷が付かないと言われている。文字通り、歯が立たないのだ。

 

 飛び掛る牙────

 

「"serpent(大蛇)"」

 

 ─────迎え撃つは畝る力強い体躯

 

 迫る牙をするりと躱し、首を、脚を、胴体を、その破壊の限りを尽くす躰を縛り上げた。

 

「グッ……おおおぉぉおおおおぉ!!!」

 

 絞まる

 

 絞める

 

 脳に酸素が回らない。

 

 脚を拘束されては反撃が出来ない。

 

 だから藻掻く。藻掻いた。

 

 

 

 その呼吸が続くまで─────

 

 

 

 

 

 

 

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「いや〜まさかこの前のバイト君だったとは! 息災でなにより!」

 

「いやどこがだよ!!!」

 

 肩から血を流し、身体のあちこちには擦り傷と打撲痕がチラホラ見える。

 ネメアの獅子は酸欠で気絶し、近くで待機していた警察によって捕縛。厳重に警戒されながら病院へと運ばれて行った。

 悪態をつきながら陽渡は、立ち上がって砂埃まみれのボロボロの服を叩いた。

 

「うむ! その見てくれの割には存外元気そうだ。その肩の傷も、()()()だけなんだろ?」

 

 トップの指摘通り、肩の怪我は《致命傷を避ける為の怪我》だった。

 

「お見通しなのかよ」

 

 けっとまた悪態をつく陽渡を遮って、トップは『民間人の個性使用』についての話を始めた。

 (ヴィラン)に襲われた際のヒーロー免許を持っていない者の個性使用は、ヒーロー現着までは原則自己防衛として法的に咎められる事は無い。但し、その自己防衛によって起こった他民間人への危害、器物破損等は咎められる。これは一般的な認識だ。

 認識の確認も含めてこれを話したトップは、だけどねと続ける。

 

「ヒーローに深手を負わせる程の凶悪(ヴィラン)。それを一人でアタシ様の到着まで持ち堪えた……人によっては自警団(ヴィジランテ)と揶揄するだろうね。悲しい事に」

 

 トップが危惧したのは、偉大な彼を自警団(ヴィジランテ)として逮捕される事だ。しかし陽渡は問題ないと一蹴した。

 

「ヒーロー免許なら持ってます。財布の中に……ほら、これ」

 

 そう言って陽渡はヒーロー免許をトップに渡した。

 

「おお! なら個性使用の件は問題ないな!」

 

 陽渡に免許を返した後、トップはうんと伸びをしてニヤリと笑った。

 

「親愛なるバイト君、働き先が無いんだったね?」

 

 ズイッと歩み寄るトップに、陽渡はたじろぎながら首を縦に降った。

 

「じゃあ、君のその"強さ"を買ってアタシ様の相棒(サイドキック)としてスカウトしよう!!」

 

「はぁ!? え、はぁ!? なんで!?」

 

「アタシ様の事務所は相棒(サイドキック)が一人しかいない。しかも事務等全部()()にやってもらってる。詰められるんだよ。『事務作業手伝って下さい』って!!」

 

「それは手伝えばいいのでは……」

 

「だから職のない若人を事務としてスカウトしてるのだけれど、3日も経たずに逃げ出すばかりでね」

 

 悲しいなぁ、と涙を流す振りをしてみるトップ。これは誰にも効いたことが無い。

 

「だけどね、職が無くて一人暮らし中のヒーロー免許持ちがこうして目の前に現れた! 強さも折り紙付き! これは幸運だ。是非、ウチの事務所に雇われてくれないかい?」

 

 なるほどね、と陽渡は彼女の事情を把握した。

 要は事務作業もこなせる相棒(サイドキック)が欲しいわけだと。

 

「トップ……ごめんなさい。俺もうヒーローはやる気が無いんです。事情はちょっと話せないけど……とにかくごめんなさい」

 

 頭を下げる陽渡。

 だからこそ、自分の腹の音がトップよりも大きく聞こえてきた。公園から駅までを全速力で走ってから(ヴィラン)との激しい戦闘。今日口に入れたものはパンの耳のみ。彼の胃は空っぽだった。

 

「ハ……ハーハッハッハッハッハ!!! なら仕方ない。事務所の空いた寮をタダで……と思ったけど、入社3ヶ月までなら給料前払いも考えたけど、なんなら次の給料日まではアタシ様がご飯奢っちゃおうかなー、なんて考えてたけど。相棒(サイドキック)が毎日美味しい朝ご飯と夜ご飯を無料で作ってくれるけど! 断るのなら仕方ない。仕方ないな〜仕方ないな〜ハッハッハッ」

 

 腹の音がツボに入ったのか、トップはゲラゲラと笑っている。

 

「……ッス」

 

「おーおー、なんだってー?」

 

 笑い過ぎて出て来た涙を拭いながら、トップは陽渡に凛とした態度で向き合った。

 

「ヒーローやらせてください……お願いしますっ」

 

 腹に手を当て頭を下げる陽渡。

 今日のバイトの面接には間に合わないし、そもそも即日採用されたとして今月生きていけるか怪しい。飯の話を出されては、この話に乗るのが一番確実に生きる事が出来る道だと思ったからだ。

 

「じゃあよろしく。名前は?」

 

陽渡 蒼弥(ひわたり そうや)です」

 

 そうかそうかと頷き、トップは悪巧みするかのようにニヤリと笑って両手を大きく広げた。

 

「それじゃあ親愛なるヒワタリくん。アタシ様のトップ・ザ・ワン事務所にようこそ! 活躍を期待してるよ」

 

 ついてきたまえ、と言って彼女は踵を返した。陽渡はその後に続いていく。

 

 陽渡はヒーローとして活動する事となったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

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