「…………樹……きて……竜樹」
なんだろう──誰かが呼んでいるような気がする──
「…………竜樹…………竜樹」
駄目だ──体が動かない──
意識が深い闇に沈んでいく。
「……っ! ……竜樹っ!」
誰かの声を聞きながら、俺は──
「……朝……起きて!」
「うぅ……あと五分……」
二度寝をすることを決め込んだ。
目覚ましはまだ鳴っていない。
多少早めにセットしてあるから、その位の余裕はある筈だ。
「……ダメ……起きて」
「じゃぁ……あと十分だけ……」
あぁ、二度寝とは何と心地いいのだろう。
これぞ至福の時。
「…………増えてる……そんな事言う子は」
しかし、これは誰の声だ?
少なくとも母さんじゃないし。
ん? 待てよ。この声は──
「……えい!!」
「ぐはあぁぁぁっ!?」
直後に世界は反転する。
そのまま俺はベッドから真っ逆さまに落下し、床に転がされる羽目になった。
何が起こったのかと思ったら、誰かがシーツごと俺をベッドから引き抜きやがった!
「……起きた?」
「『起きた?』じゃ無いっ! なんなんだ一体!」
頭を打ったらどうするつもりなんだと思いながら、覚醒した頭が目の前の光景を認識していく。
そこには一人の小柄な少女が立っていた。
なんだお前か……などと考えながら、俺は体を起こして立ち上がる。
「ってか雫、なんで俺の部屋にいるんだ?」
「……幼馴染が……起こしに来た……嬉しい?」
「いや、別に」
「……しょぼーん」
こいつの名前は『
隣の家に住んでいる、小さい頃からの腐れ縁だ。
一般的に幼馴染と言っても差し支えないだろう。
しかし、だからと言ってこいつが朝俺を起こしに来るなんてシチュエーションは今まで一切無かった。
って言うか、それが普通だろ。
むしろそんな漫画や小説みたいな事があるかと言ってやりたい。
それが一体何のつもりだ?
何を企んでいる!?
今日は雪……いや、槍でも降るのか!?
「……私……頼まれた…………竜樹のご両親に……竜樹をよろしく……って」
「確かにそう言ってたけどさぁ……」
俺の両親は昨日から家に居ない。
親父が二年の長期出張に行くことになったんだが、何を思ったのかオフクロがそれに付いて行ってしまったのだ。
……まぁ、万年新婚夫婦の親父とオフクロの事だ。
今頃夫婦水入らずでイチャイチャやってるんだろう。
俺は一人っ子で祖父母も同居はしてないから、しばらく俺は一人暮らしと言うわけだ。
「……だ・か・ら……お姉さん……色々……お世話焼いちゃう」
「それは確かにありがたいが……」
お姉さんなどと言っているが、俺と雫は同い年だ。
確かに誕生日は雫の方が半年早いからお姉さんと呼べなくも無い訳だが……
どうにもこいつを姉さんと呼ぶ気は起きない。
なんせ身長が俺より30センチ以上も低いのだ。
具体的には134センチ。
小学生だと言われても信じられる身長である。
まぁ、今は俺達の通う高校の制服を着てるからそうそう間違えられる事は無いだろうが。
私服だと子供料金で映画を見ても気づかれない。
口下手なので喋り方がちょっと特徴的だが、それ以外の中身は割と普通に高校生なんだがな。
「……朝ごはん……出来てる……着替えたら……早く来て」
そう言って雫は会話を打ち切ると、踵を返して部屋から出て行った。
その際、腰まで伸びた髪が朝日に照らされて綺麗な紺碧に染まる。
特異体質なのか、あいつの髪は光の当たり具合によって紺碧に輝いて見えるのだ。
朝からそれが見れるとは、今日はいいことあるかもなと、密かにラッキーアイテム扱いしている俺だった。
そんなどうでもいい事を考えていると──
『ぐうぅ~~』
「あ……」
腹の虫が鳴った。
そう言えばさっきからいい匂いが漂ってきている。
あいつ、マジで朝食も作ってくれてるのか?
何なんだ今日は?
地球最後の日か!?
なんて失礼な事を考えてみたりする。
それだけ驚いたって事が分かってもらえれば幸いだ。
朝起こしに来てくれて、朝食まで作ってくれる幼馴染。
どこのギャルゲーだと問いたい。
とは言え、朝食を作ってくれた事には素直に感謝している。
俺は料理が出来ないから適当に惣菜パンで済ますつもりだったからな。
料理……覚えなきゃダメかな。
おっと、あんまり雫を待たせるのも悪い。
さっさと着替えてリビングへ行くとしよう。
パジャマを脱ぎ去り、クローゼットから星観里高校の制服を取り出して袖を通す。
ハンカチなどの小物をポケットに入れ、そういえば昨日ちょっとあって生徒手帳を机に置きっぱなしにしていたのを思い出した。
あぶないあぶない、忘れるところだった。
部屋の机の上に置いたままになっていた、『
通学鞄は昨日のうちに準備しているので問題はない。
着替えが終わり、階段を下りて一階のリビングに向かう。
そこで俺を迎えてくれたのは、朝食のいい匂いだった。
テーブルに並べられた朝食。
炊き立てのご飯に豆腐とワカメのお味噌汁。
卵焼きに塩鮭の切り身とほうれん草の御浸しか。
そんなメニューがテーブル一杯に並べられている。
俺と雫ので二人分。
ただし、量的に言えば五・六人前はあるだろう。
何故なら、雫はその容姿に似合わず、非常に大食漢なのだ。
どこにそれだけの食べ物が入るのかと毎度の事ながら突っ込みたくなるほどに。
もう慣れてしまったが、そこいらのフードファイターにも決して引けを取らないのではないかと思う。
しかも、これだけ食べておきながら全く太らない。
体型に悩む世の女性たちが聞いたら間違いなく嫉妬の嵐が吹き荒れるだろうな。
もっとも、実際はそんなに良い物じゃ無いらしいけど。
なんでも、エネルギー消費が半端では無い体質らしく、これだけ食べないと体が持たないそうだ。
その為、食費が大変だとは本人の談。
まぁ、それは雫の個人的な事なのでひとまず置いておこう。
それよりも目の前の朝食だ。
「……さぁ……冷めない内に……食べよ」
「お、おぅ。いただきます」
「……いただきます」
雫と一緒にテーブルについて手を合わせる。
まずは卵焼きから一口。
うん、うまいな。
取り立てて美味しいとは言わないが、普通にうまい。
次に塩鮭の切り身を……
んー、ちょっと塩がキツイか。
でも塩鮭って大抵こんなもんだっけ?
そしてお味噌汁。
「おっ!」
美味いなコレ。
具はシンプルに豆腐とワカメ、それと油揚げが少々と。
それらに味噌の味わいが染みわたって深い旨味を醸し出している。
出汁は味噌だけじゃないな。
これは……って俺に分かる訳もないか。
あんまり美味しそうに表現できなかった気もするが、これが俺の語彙の限界だ。すまない、雫。
「……美味しい?」
「ああ、この味噌汁美味いな。こんな味噌汁なら毎日飲みたいくらいだぜ」
「……ッ!?」
聞かれたので素直に答える。
そしたら雫の顔が突然真っ赤になった。
照れたか。
「…………そう」
しばらく固まっていた雫は、その一言だけ発して──いや、そのあと微妙にごにょごにょ言ってたようだが聞き取れなかった──再起動し、一気にご飯をかき込み始めた。
それを見ながら俺はお茶の入ったコップに口をつける。
それにしても、いつもながら凄いスピードで食うよな、雫は。
顔は赤いままだが。
「……っ!!」
突然ビクッっと跳ねる雫。
どうやら一気にかき込みすぎて喉に詰まったらしい。
「ちょっ、大丈夫か、雫!」
俺は慌てて飲みかけのお茶を雫に差し出すのだった。
その後もなんだかんだあったが、割愛させてもらう。
グダグダ話が長くなるだけだからな。
で、現在なんだが俺と雫は二人して母校である童森市立星観高校──通称星高への道を歩いている。
暦は現在九月の半ば。
本調子ではないにしろ、まだまだ太陽の洗礼は容赦なく照りつけてくる。
適当に雫と話しながら歩いているが、正直暑い。
えーと、何の話をしてたんだったか……
最初は昨日見たテレビの話で、アニメ化が決まったライトノベルの話になって、夏に出来なかったスイカ割の話をした後、マカロニアペンギンの卵の話が出てきて……あぁ、俺も料理出来るようにならなきゃって話か。
「おっ! 竜樹に雫!」
不意に後ろから声がかかる。
振り返ってみれば、そこに居たのは俺と同じ星高の制服を着た青年。
「うっす! 二人ともおはようさん!」
誰かと思ったら咲人か。
「おはよう」
「……おはよ」
こいつ名は『
俺のもう一人の同い年の幼馴染。
情に厚くて、一緒にいると楽しいムードメーカー。
家が古武術の道場をしていて、咲人本人も免許皆伝の腕前だとかどうとか。
確か『源成流古武術』だったか?
あと、趣味は『御節介』……と、本人が言っていた。
ちなみに『御節介』と書いて『余計なお世話』と読むそうだ。
何なんだよそれは。
「お、雫。今日は何か嬉しそーだな。
あぁ、咲人にも分かるか。
そうなのだ。
さっきから雫が妙に機嫌がいいのだ。
具体的には朝食の後くらいから。
「……今日……私……竜樹の朝ごはん……作った」
もしかして料理を褒められたのが嬉しかったのか?
「ほーぅ。雫の手料理か! 羨ましいじゃねーか。俺も食ってみてーぜ」
それは雫に言ってくれ。
おまえなら頼んだら作ってくれると思うぞ。
「……それで……お味噌汁……美味しいって……褒めてくれた」
そう言って顔を赤らめる雫。
そんなに照れるほど嬉しかったのか?
「…………なぁ、竜樹。お前、何て言って褒めた?」
そんな雫を見て思うところがあったのか、咲人が俺に聞いてくる。
何と言ってって言われても──
「確か『毎日飲みたいくらい美味い』だったかな?」
そんなニュアンスで褒めたが。
「そ、そうか……」
それを聞いて咲人が微妙な呆れ顔でこっちを見てきた。
そのまま視線を雫の方に向けると、雫がフルフルと顔を左右に振る。
そして再び視線を俺の方に戻すと、ハァっとため息をついて額に手を当てる。
うっわー、すっげぇ居心地悪い。
なんなんだよ一体!!
「そ、そう言えば、雫の飯も美味かったけど、咲人も料理って言うかお菓子作りとか上手だよな」
とりあえず矛先をずらそう。
無理矢理だが、この雰囲気に耐えられなかったんだ……
「そうか? まぁ、家の道場では好評だったが」
ふぅ、とりあえず話は逸れたか。
実際に咲人の作るお菓子は美味い。
『御節介』の一環らしいが、よく稽古の休憩時間に自作の菓子を振る舞ったりしているそうだ。
たまに俺や雫もお裾分けを貰う。
「凄いよな。俺なんてカレー位しかまともに作れないのに」
「……大丈夫……竜樹のカレー……美味しい」
「あ、あぁ。ありがと」
何が大丈夫なのかは分からないが。
「確かに竜樹のカレーは美味いよな。やっぱあれかな。愛情が違うっていうか」
「……竜樹のカレーには……愛が詰まってる」
「いや、普通に作っただけなんだが」
そんな無駄話をしながら登校する。
それは俺のいつもの日常──
だが、後に知ることになる。
この日常の中に確かに存在し、されど
「それで俺もまさかダチョウと対決する羽目になるとは夢にも……」
そんな雑談をしながら俺たちは教室に入ってきた。
ちなみに俺と雫と咲人、全員同じクラスだ。
「やっぱあの時の鳩を持って来ておけば……ってどうした、竜樹?」
「…………ん? あ、いやちょっと考え事をな」
実はさっきから何か足りないような気がするのだ。
違和感があることは確信しているのに、肝心の何がが分からない。
そんなもどかしい気分を今俺は味わっている。
一体何が足りないんだ!?
それを咲人に話してみると……
「足りない何か……ねぇ。鞄は有るよな」
「あるぞ」
「体操着」
「ある」
「数学の宿題」
「大丈夫」
「じゃ、弁当?」
「……あっ」
そうだった。今日から俺、弁当無いんじゃん。
いつもは親が持たせてくれていたからなぁ。
仕方ない。今日は購買で何か買って来る事にしよう。
「どーやら弁当忘れたみたいだな」
「正解だ、咲人。思い出させてくれてサンキュー」
テンションだだ下がりで答える俺。
そうか、足りないと思っていたのは弁当か。
そうこうしているうちに
「あ、チャイム鳴っちまった。竜樹、また後でな」
「おう」
しばらくすると担任の教師が入ってきて、そのままHRが始まった。
今日の伝達事項は……あぁ、今度の校内マラソンの事か。
ふと、教室内に誰も座ってない席があるのが目に入る。
あの席は……冬至のか。
席の主の名は『
特撮ヒーロー番組とロボットアニメをこよなく愛する自称発明家である。
いつも白衣を着ているので目立つから探すのが楽だ。
発明家とは言っているが、どちらか問う言えば技師なんじゃないかなと俺は思う。
将来の夢は変形合体する巨大ロボを作る事だそうだ。
基本的に一度火がつくと寝食忘れて没頭するタイプで……
……ん? まてよ、もしかして
もしくは特撮物のDVDを見るのに没頭して時間を忘れてるとか。
病気とかよりそっちの方が先に出てくるのはどうかと思うが、そういう奴だからなぁ。
……前科あるし。
後でメールでもしてみるか。
ん? もう一つ空いてる席がある。
あそこの席は確か────
────雫?
そんな馬鹿な。
雫は確かに俺たちと登校してきて……
そう言えば、教室に入るときに雫を見た記憶がない。
下駄箱ではどうだった?
校門の前では?
一緒に家を出たのは確かな筈だ。
……いつから……居なかった?
何故、俺はそれに気づかなかった?
いくつもの疑問が頭をよぎるが、結論は出ない。
そう言えば、咲人も特に気にした風は無かった。
もしかしたら、咲人は何か聞いているのかもしれない。
HRが終わったら聞きに行こう。
「なぁ、咲人」
「ん? どうした?」
HRが終わった直後、俺は咲人の机までやって来た。
もちろん雫について聞くためだ。
HR中考えてみたのだが、その行方に心当たりが無い。
そうなると心配になるのだが、一緒にいた咲人は特に気にした様子はなかった。
やっぱり何か知っているのかもしれない。
「雫の事なんだが……」
「……? ……私が……どうかした?」
「朝何処に……って雫!?」
いきなり口を挟んできた人物に気付いて俺は驚いた。
いつの間にか雫が戻って来ていたからだ。
丁度いい、本人に直接聞いてみるか。
「雫、今までどこ行ってたんだ? HRの時も居なかったし」
そう言うと、一瞬雫の表情が驚愕に変わった。
すぐに取り繕たようだけど、付き合いの長い俺は誤魔化せない。
だが、何か驚くような事言ったか?
ちなみに咲人は「何言ってんだコイツ」みたいな顔だ。
「……えっと……ちょっと屋上に……用事があって」
「俺らがチョウチンアンコウの話をしている時に別れたじゃんか」
雫が説明すると、咲人も呆れたように付け加える。
そうだったか?
チョウチンアンコウの話をしてたのは校門の前くらいで……そういえば雫の姿を見ていないのはその時からだ。
というか、なんで屋上に?
登校してすぐに屋上に行く理由なんて────
「ああ、そりゃそうか。屋上に行ってるんだから教室にはいないわな」
「だろ」
何でそんな
あれ? 何か凄い違和感が……気のせいか?
まぁ、疑問は解消したからいっか。
「そういやぁ、咲人。さっき言ってたヤツなんだが……」
「あぁ、あの鳩か?」
真相が分かった所で、俺たちは授業が始まるまで雑談に興じる事になった。
冬至の事もちょっと頭に浮かんだが、流石に咲人や雫に聞いても欠席の理由は知らないだろう。
そう思って口には出さなかった。
もしこの時その事を雫に聞いていれば、後に俺が識る事になる非日常は少し違った形になっていたかもしれない。
だけど、そんな事は今の俺には分かるはずも無かった。
「……まさか」
しばらく時間は跳んでその日の昼休み。
俺はグッタリと机にうつ伏していた。
今日は校内マラソンの練習とかで三・四時間目が学年合同体育になっていたのだ。
朝のHRで担任が言っていたヤツである。
それで何をするかと言うと、時間一杯ひたすら走らされるだけだ。
別にペースを指定されたりする訳じゃ無いからゆっくりでも良いのだが、元々運動が得意じゃない俺にはキツイ物がある。
これって練習じゃなくてただの拷問じゃねぇ? って思ったのは俺だけか?
「オイオイ、大丈夫か?」
「駄目だ……死にそう……」
「おー、大丈夫じゃ無さそーだな」
「……竜樹……お疲れ様」
「おう……おつかれ……」
咲人も雫もお元気そうで……
そう言えば雫はずっと俺の傍を走り続けていたよな。
つまり俺と同じだけ走ったはずなんだが、全く疲労の色を見せてない。
あんなちっこい体の何処にあんな体力があるんだ?
「で、死にそうなのはいいけどよ、昼飯どうするんだ。早く行かねーといいモン無くなっちまうぜ」
「そうなんだが……購買まで行く体力が無い……」
「ホント、死にそうだなぁオィ。何なら俺が代わりに買いに行こーか?」
スマン、頼んでいいか?
「……はい……竜樹」
コトッと、突っ伏せたままの俺の横に何かが置かれる。
白い布に包まれた、四角い何か。
「……お弁当……作ってきた」
ま、マジか!?
朝食作るだけじゃなくて弁当まで作ってくれてたのか!?
いくら俺の両親に頼まれたからって……
マジ感謝するぞ雫。
「ありがとう……雫、マジ大好きだぜ」
「っ!!……これくらい……私の方が……お姉さんだから」
顔をあげて礼を言うと、雫がほとんど無い胸を張って答えた。
ついでに言うと顔が真っ赤だ。
俺、そんなに照れるような事を言っただろうか?
「はぁ、どうせ今のもlikeの方なんだろうなぁ……」
ん? 咲人、何か言ったか?
そして何故額に手を当てて溜息をついている?
「それより早くメシを食おうぜ。腹が減ってしょうがない」
それもそうだと言う事で、俺たちは近くのクラスメイトから机と椅子を借りて一か所に固める。
皆で弁当を食べるのは割と良くあることなので、クラスメイト達も快く貸してくれた。
「お、
「……あ……冬至」
丁度そこに現れた新たな人物。
白衣の自称発明家、『古柳冬至』だ。
そう言えばいつの間に学校に来てたんだ?
一時間目が終わった後に送ったメールには返信が無かったが。
「俺は別にかまわねーぜ。そう言えば冬至と一緒に昼飯食うのって久しぶりだよな」
確かに最近冬至は一人で食べてる事が多かったよな。
自前のノートパソコンで何かやりながら。
「ここ暫く食事の時間も惜しんで発明を続けていたであるからな。ようやく一段落付いたので皆と食事が出来るようになったのである。それに……」
そして一度俺の方に視線を向けると──
「ちょっと確かめたい事もあるであるし」
確かめたい事って、何故そこで俺を見る?
「ふーん。お疲れさんだな。んじゃ、一緒に食おうぜ」
そう言って冬至の分の椅子も確保する咲人。
「それじゃ、いただきますっと」
「「「いただきます」」」
さっそく雫の持ってきてくれた弁当を開けてみる。
中は俵型のおむすびと卵焼きに鮭の切り身にミニハンバーグ、たこさんウインナーとミニサラダにプチトマト、デザートにはリンゴか。
なかなか美味しそうだ。
ちなみに雫の弁当は重箱三段重ねである。
よくあれだけ食えるよなぁ。
「もぐもぐ…………しっかしさ、竜樹があの程度でへばるとはなぁ」
んぐっ、まだ蒸し返しますか咲人は。
「……ん……へたれ」
雫まで!?
「その話はもういいだろ。ってか、雫のそれは何か違わないか?」
「いやいや、別に貶してる訳じゃねーさ。だけどよ、本当にあの程度でへっばったのか? 実はふりだったりしないよな?」
しないよ。何でそんな事を聞く?
俺の体力の無さはよく知ってるだろ。
「確かにそうなんだけどさ、ほら、お前よく祭りで大量の戦利品抱えながら山道を動き回るだろ? あれだけ体力あるならもうちょっと走れそうな気もするんだが」
「……お祭りの時は……竜樹凄い……運動神経も……テンションも」
テンションって……そうか?
別に普段と変わらないと思うが。
「火事場の馬鹿力みたいなもんなのかな。雰囲気とテンションでリミッター外れるとか」
「おそらくギャグ補正なのである」
冬至、それは無いだろ。
だけど言われてみれば祭りの時は長時間山道を歩きまわっても苦にはならない。
苦労より楽しみが勝っているからかも知れないが。
だったらマラソンも楽しんで走れば……無理だな。
それが出来るなら今頃運動音痴などやっていない。
「ふむ、ちょっと試してみるのである。
そう言って差し出されたのは冬至の着ていた白衣。
「そりゃぁ構わないが。ところで、前から思ってたんだが何でお前はいつも白衣を着ているんだ?」
「『何故』とな? それは愚問であるぞ
それからたっぷりと間を溜めて──
「吾輩が超ロボットアニメで新兵器とか開発している博士系のポジションのキャラだからに決まっているのである!!」
「……キャラ?」
要するに、その白衣はキャラ作りなのか!?
「この口調ももちろん……っと、それよりも早く着て見るのである」
口調もキャラ作りかよ!!
おかしいとは思ってたんだ。
こんな喋り方する奴、普通は居ないって……
などと考えながら白衣を受け取り──
重っ!!! なんじゃこりゃぁ!!
その重さを支えきれずの白衣を床に落としてしまった。
その時、ゴッっと言うとても衣服とは思えないような音が響く。
「ちょっと待て冬至。なんだこの重さは」
尋常じゃないぞ、一体何を入れている!
「色々仕込んでいるのである。重さは……まぁ三十kgくらいであるかな」
「こんな物、まともに着れるか!!」
「ふむ、普段は三十kgは着れぬ……っと、次の祭りの時にでももう一度着て見てもらうのである」
それを普通の衣服のように軽々と持ち上げて再び羽織る冬至。
何故平然とそれを着れる!?
って言うか何でそんな物をいつも着ている!!
アレか? 筋肉養成ギブスとかそう言う類の物なのか?
「つー訳で竜樹、今日うちの道場に来いよ」
「なんだよ唐突に……」
「いや、竜樹が運動出来ないのは運動を楽しめないからってのもあると思うんだよ」
それは有るな。
楽しく無いから運動したく無くなる。
そうすると更に運動出来なくなるから、もっと楽しくなくなる。
以下これの繰り返し。
悪循環だな。
「別に参加しなくてもいいからよ、見学に来ないか? うちの古武術は表演武術としても優秀だぜ」
あぁ、それは分かる。
前に見たことあるけど、組手をしてる様子がまるで舞を踊ってるように美しかった。
それでいて実戦でも強いってのが凄いよな。
ただ、後者は聞いた話なので実際どれくらい強いのかは俺には判断できないが。
「まぁ、見るだけなら……」
本当に見てるだけだぞ?
「初めはそれでいいさ。気が向いた時にでも稽古に参加してくれれば」
もちろん月謝は取らねぇからさと笑いながら続ける咲人。
気が向いたらな。
「……竜樹」
「ん?」
「……ガンバ」
「お、おう……」
何を頑張れと? 運動しろって事?
「ふむ。
「ああ、かまわねーぜ」
おや? 冬至も来るの?
冬至ってあんまりそんなイメージ無かったから意外だ。
そんな事を思ったので、本人にそれを告げてみると──
「そうであるか? 体を動かすのは割と好きなのであるが」
との事。
確かに三十キロの服を軽々着こなせる程に筋力も体力も有るわけだし。
すまん、偏見だったわ。
「んじゃ、放課後忘れんなよ、竜樹」
「分かったって。他に予定は入れないよ」
「絶対だぞ」
こうして俺は自身の頭を心配しながら残りの昼休みを四人で過ごすのだった。
「……その後は……私がするから」
この小さな呟きが聞こえないまま────
源成流古武術────
古くは平安時代に端を発し、人の身において
相手の力を逸らす事に重点を置き、回避からの返し技を基本としている。
この武術の使い手がたった一人で千もの軍勢を制し、その際ただ一つの傷も負わなかったと言う伝承があるのだとか。
その舞うような動きから源成流舞神楽とも呼ばれ、表演武術としても高い評価を得ている。
また、近代に入ってからは護身術として一般にも広まり、現在の舞波家の道場もこの頃に建てられたそうだ。
ただ、その奥義に至っては開祖である舞波法源よりその血筋にのみ代々伝えられ、現継承者は何を隠そう舞波咲人その人なのである。
以上がこれから見学する事になる古武術の説明だ。
本当かどうかは知らん。
前に咲人が言っていた事をそのまま言っただけだ。
「──で、約束通り来た訳だが」
「おぉ、賑やかであるな」
冬至の発言の通り、何やら道場の方が騒がしい。
何というか、異常に盛り上がってるようで、歓声やら何やらが道場の外まで聞こえてくる。
「お、丁度いいところで来たな。今から夏芽と
帰って着替えてきたからだいぶ時間を食った。
何故か冬至は家までついてきたが、逃げないように監視してたとかのつもりだったんだろうか。
「そう言えば藍姫氏はここに通っているのであったな」
「ん? 冬至、藍姫さんと知り合いか?」
「うむ、同志……と言った所であるかな」
「へぇ」
藍姫さんと言う人を知らない俺としては、それが何の同志なのかが非常に気になるな。
発明か? 特撮か?
ちなみに咲人が言っていたもう片方の夏芽ちゃんってのは咲人の妹だ。
俺たちよりも二つ下で、小さい頃はよく俺たちに混ざって遊んでいた。
元気でさっぱりとした性格で、ご近所さんでも評判がいい。
雫とも仲がいいしな。
「まぁ、上がってくれよ。いい
「でぇいやぁ!!」
「はっ!!」
咲人が扉を開けて中に入ると、丁度中央あたりに大きな人だかりが出来ていた。
その中心にいるのは手合せをしている二人の女性。
片方は夏芽ちゃんなので、もう一人の方が藍姫さんなのだろう。
戦況は……よく分からん。
相手の攻撃を逸らし、かわし、受け流す。
そこから流れるように拳が、蹴りが、手刀が放たれ、攻めと守りが入れ替わる。
二人の武が生み出す流れが、予定調和のごとく一つに絡み合い、まるで神楽のような美しさを作り出していた。
正直すげぇとしか言えなかった。
以前見たことのある手合せよりも格段に美しいと思ってしまう。
これほどなら先の歓声も納得が行くと言うもんだ。
「凄いであるな。藍姫氏が相当な手練れである事は知っていたのであるが、夏芽嬢……であったか? も引けをとっていないのである」
「あの二人は割と戦績が近いからな。お互いライバルみたいなもんで、いい刺激になってんだ」
藍姫さんの方が微妙に勝率高いがなと咲人は続ける。
とは言え、実際どれぐらい強いのかはよく分からない。
二人の動きを見ているだけでも俺が数秒と持たない事ぐらいは推測できるが、比較対象が運動音痴の俺の時点で間違っている気がする。
咲人なら対象になるんだろうが、実は俺は咲人の実力がどれ位なのかも知らないのだ。
何度か手合せを見たことはあるが、いずれも咲人が圧倒するか相手に合わせた手合せ(夏芽ちゃん談)だったので、強い事はわかるんだがどれくらい強いかまでは……
「一撃! それまで!」
「「「「わあぁぁぁ~~~!!」」」」
そんな事を考えていたらいつの間にか決着が付いていた。
勝者は藍姫さん。
咲人によると決まり手は正拳を逸らしてから懐に潜り込んでの掌底だそうだ。
ちなみに手合せは寸止めルール。
「夏芽のヤツ、半歩踏み込み過ぎたな。おそらく正拳は囮で逸らされるまでは想定通りだったんだろうが、その直前に藍姫さんが────」
「藍姫氏にうまく誘い込まれたであるな。あの位置関係では二の矢が継げないのである。あえて分かりやすい隙を作ることで────」
「そうだな。警戒させることで動きを────」
咲人と冬至が何か言っているが、俺にはさっぱり分からん。
ついでに言うと何が起こったのかすら分からんかった。
分かったのは気づいたら夏芽ちゃんと藍姫さんが密着してたって事だけだ。
「それよりギャラリーの熱気が凄かったんだが……」
正直、手合せしてた二人よりも盛り上がってないか?
「あぁ、あの二人の
アイドルか……確かにそんな感じがする。
俺も最初目を奪われた。
「特に藍姫さんは容姿端麗・文武両道・人当たりも良いってんで人気があるんだ」
「うむ。確かにそうであるな。天花氏が絡まなければ……」
へぇ……っと、すまん冬至、最後の方よく聞こえなかったんだが、何て言った?
「あっ! アニキ! 竜樹
そんな会話をしていると、どうやら夏芽ちゃんがこちらに気付いたようで近づいて来た。
「夏芽、お疲れさん」
「お疲れ様」
「竜樹兄ぃ、ちわッス」
俺も咲人といっしょに労をねぎらい、夏芽ちゃんからは元気な挨拶が返ってくる。
それにしても夏芽ちゃん、汗だくだな。
あれだけ激しい運動してたら当たり前かも知れないけど。
咲人が何処からか持ってきたタオルとスポーツドリンクを受け取りながら、夏芽ちゃんは一息ついたように息を吐き出す。
「いやぁ~、竜樹兄ぃが来てたとは。それじゃ恥ずかしいところを見せちゃったかな。今回も藍姫さんにしてやられちゃったッスよ……」
「それだけ藍姫さんが上手だったって事もあるが、踏み込み位置を見誤ったな。地力はお前の方が上なんだからあの状態ならまだ────」
「うぅ……指摘が的確ッス」
いやいや、夏芽ちゃんも凄かったよ。
俺には認識できないレベルで。
「この年で藍姫氏相手にあそこまで健闘しているのであるし、吾輩としては凄いと思うのであるがな」
「あ、ありがとうございます……えっと──」
「そう言えばお互いに初対面だったな。紹介しておこう。冬至、こいつは俺の妹の夏芽だ。ちょっと騒がしいかもしれんが、よろしくしてやってくれ」
「初めまして。舞波夏芽です」
そう言ってペコリとお辞儀する夏芽ちゃん。
「こちらこそ、よろしくお願いするのである。吾輩は古柳冬至。
「え? 吾は……あ、はい。よろしくお願いするッス」
咲人を挟んで簡単に自己紹介。
お互いに当たり障りの無い内容だったが、冬至の吾輩キャラには夏芽ちゃんも驚いていた。
もちろん白衣についても一言。
「なんで白衣なんッスか?」
「何か大変な事が起きた時に『こんな事もあろうかと』と言いながら秘密のアイテムを取り出す場合、白衣だと映えるであろう? 中に色々仕込んでいるのである」
「なるほど、確かにそうッスね」
と、まぁ本気なんだかそうでないんだか……そんな回答が返ってくる。
夏芽ちゃんは納得したようだが。
そして自己紹介も一段落付いた頃……
「あのぉ~師範代ぃ~」
「あ、わりぃ。俺、ちょっと呼ばれてるから言って来るわ」
そう言われて咲人が門下生の一人と一緒に何処かへ行ってしまった。
そう言えば咲人って師範代なんだったっけ……
「咲人、どっか行っちゃったな」
「アニキは免許皆伝の腕前ですからね。色々やる事があるんッスよ」
現・奥義継承者とか言ってたからな。
いや、それより咲人が居なくなったが俺らはどうすればいいんだ?
まぁ、適当に見学してるか。
「アニキはアタシの目標ッス。アタシもすぐに追いついて見せますよ!」
「だったら、先ずは私に勝ち越す事からだな」
夏芽ちゃんの言葉にそんな答えが返ってくる。
声のした方を見ると、そこには先ほど夏芽ちゃんと手合せをしていた女性──藍姫さんが立っていた。
「あ、椿さんっ!」
「藍姫氏、こんにちわである」
「うむ、こんにちは。古柳が来ているとは珍しいな」
「ちょっと所用なのである。そうそう、丁度良いので紹介しておくのである」
そう言うと冬至は軽く手招きして俺を呼ぶ。
お、もしかして藍姫さんを紹介してくれるのか?
「藍姫氏、こっちが吾輩のフレンド、陰宮竜樹である。祭りの時にパワーアップするギャグ補正持ちなのである」
無ぇよ、そんな補正。
咲人たちもそんな事いっていたが、祭りだろうが別に俺はいつもと変わらないだろ。
「
っと、そんな事考えてる場合じゃないな。
紹介されたならちゃんと名乗っておかないと。
「初めまして、陰宮竜樹といいます」
「君があの陰宮少年か。古柳から色々聞いている。初めまして、私は
色々って……冬至、一体何を言ったんだ?
後で冬至から聞き出しておくか。
しかし、藍姫さんってよく見てみると────前にどっかで見たような気がするんだよな。
初めましてと言われたわけだから、藍姫さんの方は面識がないんだろうけど。
頭の片隅で何か引っかかっているような感じが……
…………ま、いっか。気にしないでおこう。
「そう言えば竜樹さん。今日は何でウチに? あ、もしかして入門しに来てくれたッスか?」
「いや、今日は単なる見学」
って言うか、咲人に呼ばれた。
「そうですか。残念ッス」
心底残念そうに肩を落とす夏芽ちゃん。
期待にそえなくて悪いね。
「でも、ちょっとぐらい体を動かしません? アタシが簡単なトレーニング法を手取り足取り教えるッスヨ」
「あー、そうだな……」
ちょっと位ならいいかな?
マラソンで消費した体力も結構回復したし。
せっかく夏芽ちゃんが誘ってくれたんだしな。
「うん、どうせなら少しは運動するか。じゃ、頼んでいいか?」
「おわっ、承諾もらったッスヨ。駄目元だったけど、聞いてみて良かったッス。大船に乗ったつもりで任せて下さい!」
「良かったな、夏芽君」
なんだか夏芽ちゃん、とても嬉しそうだな。
でも、ちょっとだけにしてね。
「じゃぁ、最初は準備運動から行きますヨ!」
「あぁ、分かった」
そんな訳で夏芽ちゃんに付いて軽い運動を始めたんだが、俺はすぐに自分の過ちに気付くことになる。
体育会系の『ちょっと』と運動音痴の『ちょっと』は違うのだと。
一時間後…………
「九十八……九十九……百! はい、お疲れッス。一息いれましょうか」
「そ……そうしてくれ……」
つ……疲れたぁ~~
もう動けねぇ……
「ありゃりゃ、死にそうですね」
「大丈夫か?」
「スポーツドリンク、要るであるか?」
ちょっとだけって言ったじゃん。
全然ちょっとじゃ無いよ……
あと、冬至。爆肉戦隊マッスマンの登場ポーズを決めながら言うな。
「おつかれ~って、うぉ!! 何があった」
あぁ……咲人……返ってきたんだね……
「もう死にそう……」
「今日は見学だけの予定じゃなかったのか?」
そのつもりだったけど……一時の気の迷いで参加した結果がこれだよ。
今激しく後悔している。
「まぁ、俺としては気まぐれでも何でも、竜樹が参加してくれたってだけで連れてきた甲斐が有ったよ」
「アニキ、そっちはもういいの?」
「ああ、一段落ついたからな。悪かったな竜樹、俺が誘ったのにすぐに抜けちまって」
気にするな。咲人だって忙しいだろ。
俺の方は夏芽ちゃんと藍姫さんが相手してくれてたし。
冬至?
「すみません、師範代! ちょっと来てもらえますか?」
咲人~また呼ばれてるぞ~
師範代って大変だねぇ。
「あちゃぁ、まただよ。夏芽、
「おっけ~アニキ! 任せてよ」
「あぁ。こちらは気にせず行って来ると良い」
そしてまた咲人が行ってしまった。
ホント忙しそうだ。
「それじゃ、竜樹兄ぃ。次に行くッスよ」
「も……もう少し休ませて……」
まだ動けない……
「気持ちは察するが、もう少しだけ頑張れ。ここまでにして置くとしても、
「わ……わかりました……」
その後は結局クールダウンして終わりになった。
あぁ、俺がギブアップした訳だ。
夏芽ちゃんは残念そうにしていたが、もう無理です。
その後更に一時間ぐらいは見学していたが、藍姫さんが稽古を終えるとの事で、俺たちも帰路に付く運びになった。
「
夕暮れの街を冬至と二人して歩く。
時折香ってくる食事の匂いが、空腹に適度な刺激を与えてくれる。
お、この家は今日はカレーか。
「疲れた。やっぱり運動は苦手だ」
正直な感想。
積極的にやりたいとは思わない。
「そうであるか」
「でもな……」
でも、夏芽ちゃんも藍姫さんも俺が楽しめるように色々教えてくれた。
雰囲気に流された感はあるが、別に嫌々やってた訳じゃ無い。
疲れはしたが────
「偶になら、こんなのも悪くないって思った」
────今は何か気分がいい。
楽しそうに教えてくれる夏芽ちゃんを見れたからかな。
「ふむ。では、吾輩の雄姿は見てくれていたであるか?」
冬至の雄姿って言うと、
「冬至って思った以上に運動できるんだな。見直したわ」
「……そうであろうな。体力はあって困ることはないから鍛えているのである」
はた目には全然そうには見えないんだけどな。
「ところで、偶に挟まる歴代超戦隊のポーズは何だったんだ?」
「吾輩からのエールなのである。見ていると元気が湧いてくるのではないかな」
ノーコメントで。
そういえば腹減ったな。
あ、やべ。 今日から母さん居ないんだから夕食自分で作らないといけないじゃん。
…………今日は出来合いの惣菜で済ますか。
どっちにしろカレー位しかまともに作った事無いし。
「それはそうと、そろそろ夕食時であるな。さて、今日は何にするべきか」
あ、そう言えば冬至も一人暮らしなんだったけ。
俺と違って生活能力は高いらしいが。
「
「んー、適当に惣菜でも買って帰ろうかと思ってる。俺、料理出来ないし」
やっぱ料理出来ないと駄目だよなぁ。
「では、今日は吾輩と外食にしないであるか? いつもの所で」
「『ざしきわらし』か。そうだな、そうするか」
あそこは味良し量良し値段良しと三拍子そろっている良い店だ。
更にメニューが豊富で何度行っても飽きない。
「では決まりであるな。吾輩、アイスのクーポン券持っているのであるが、
「おっ、いいのか?」
目的地も決まった所で、俺たちは『ざしきわらし』に向かって歩き始めた。
何を食べようかと、冬至と二人で話し合いながら。
俺たちの後ろを付いてくる人影に気付かずに。
俺が非日常の世界を、そして葬者の存在を知るまで────後、二時間。
『ざしきわらし』は
自宅の一回を改造して作った店舗を雄蔵さんと奥さんの
美味い料理とお財布にやさしい値段設定で結構繁盛しているらしく、星校にも常連さんがそれなりに居るほどだ。
俺や冬至、加えて言うならば雫や咲人も常連の一人である。
「いらっしゃいませ!」
その喫茶店のドアを開けると、すぐに聞こえてくるのは雄蔵さんの娘であり看板娘の
そちらを見れば知広ちゃんのとびっきりの笑顔が目に入る。
この笑顔目当てで来てる客もそれなりに居るんじゃないか?
知広ちゃんは銀色のお盆を胸に抱えて、パタパタと言う表現が似合う走り方ですぐに此方にやって来た。
「こんにちは、知広ちゃん」
「こんにちわ、である」
「こんにちわなのです。お席、いつもの所でいいですか?」
知広ちゃんは綺麗って感じではないが、素朴という言葉が似合うタイプの可愛い子だ。
趣味は噂集めと言っていたのは本人だったか冬至だったか……
そのせいかは知らないが、知識量が半端では無い。
ご近所の恋バナから某国の軍事機密まで網羅しているのだとか。
流石に後者は冗談だろうが、知りたい噂が有ったら知広に聞けと言うのは俺たちの間では常識である。
答えてくれるかは別にして。
絶対俺より頭良いよなぁ…………まだ中学二年生なのに。
そんな事を考えながら俺たちはカウンターの脇にある四人掛けのテーブルに着く。
ここの席はカウンター以外で唯一厨房に隣接しているので、料理中の雄蔵さんと会話できる俺たちの──正確には冬至の指定席である。
「ご注文はお決まりですか?」
「えっと、和風ハンバーグ定食と食後に三色アイスを」
知広ちゃんが注文を取りに来たので、俺は道中決めていた料理を告げる。
メニューは新作含めて冬至が丸暗記しているので、見直す必要も無かった。
「吾輩は配管工戦隊セットにするのである。あ、アイスコーヒーとチョコアイスも頼むのである」
「畏まりました。ご注文は和風ハンバーグ定食と配工管戦隊セット。食後に三食アイスとチョコレートアイス、お飲み物はアイスコーヒーでよろしいのですか?」
「うむ」
注文を繰り返した知広ちゃんに冬至が頷く。
「畏まりました、少々お待ちくださいなのです」
そう言うと知広ちゃんは雄蔵さんにオーダーを告げて別のテーブルへ料理を運び始めた。
ちなみに冬至が注文した配管工戦隊セットと言うのは、特撮超戦隊第五作目『配管工戦隊ヒゲナンジャー』の主人公達の好物を基に雄蔵さんが作ったメニューである。
具体的な内容はキノコスパゲッティーとキノコ入りポタージュスープ。
そして赤地に白の水玉模様の傘と言うどう見ても毒キノコにしか見えない鮮やかなキノコ──の形をしたパン(緑バージョンもあるらしい)である。
最後のはこの超戦隊が巨大怪人戦の時にロボでは無くこのキノコを食したヒゲレッド、もしくはヒゲグリーンが巨大化して戦うと言う設定が基らしい。
俺が生まれる前の戦隊なので詳しくは知らないのだが。
この手のセットは歴代超戦隊の分すべて有るそうだ。
何故なら雄蔵さんは冬至の特撮の同志だからである。と言う説明で分かってくれたら幸いだ。
ちょっと蛇足が過ぎたか。
その後、少々冬至と雑談を交わしていると、カランカランと入口が開いた事を知らせるベルの音が響いた。
「いらっしゃいませ! あ、海月さん。こんにちわなのです」
その知広ちゃんの声で視線を向けると、新たなお客は雫だったらしい。
雫もこちらに気付いたようで、そのまま此方に歩いてきた。
隣で冬至が手招きしてるから合席するつもりんだろう。
俺にも異存はない。
「
「……ん」
軽く頷くと、雫は俺の隣に腰を下ろした。
そしてメニューを取ってパラパラと捲ると、いくつもの料理を知広ちゃんに頼む。
余談だが、この時雫が頼んだ料理はデザート含めて二桁に達していた。
「……冬至……竜樹は……どうだった?」
「うむ。一時間でへっばってたのである」
冬至ぃ~、確かにそうだけどさぁ。
「……そっちじゃ無い」
「はて? では『今の所問題はない』の方であるか?」
「……違う……なっちゃんの方……あ……冬至……知らなかったっけ」
「何なのであるか……」
雫がなっちゃんって言うと、夏芽ちゃんの事だよな。
夏芽ちゃんがどうかしたか?
「和風ハンバーグ定食と配管工戦隊セットお待たせいたしました」
その時、知広ちゃんが丁度料理を持ってきた。
う~ん、いい匂いが食欲をそそる。
流石雄蔵さん。超美味そうだ。
雫の料理はまだ来ていないが、今注文したばかりだし先にいただくことにしよう。
「雫、先に食わせてもらうぞ」
「……うん」
冷めない内に食いたいしな。
どうせすぐ雫の料理も来るだろう。
「あ、知広。例の件、今からでも良いであるか?」
「はい、大丈夫なのです」
ん? 何かあるのか。
まぁ、俺には関係無いか。
それはそうと、此処の料理はいつ食べても美味いな。
このハンバーグの絶妙な焼き加減。
香ばしく、それでいて柔らかく食べやすい。
そしてその味をさらに引き立てる和風ハンバーグソース。
全く持ってご飯が止まらない。
「はい、カレーピラフお待たせ」
そう言って雄蔵さんが料理を厨房から雫の前に置いた。
厨房に隣接したこの席だからできる事だな。
「豚角煮丼お待たせ」
更に雫の前に新たな料理を置く雄蔵さん。
相変わらず早いな。
さっき注文したばかりなのにもう二品出来たのか。
この早さも『ざしきわらし』の人気の秘密なんだろう。
「ふむ。手間をかけたであるな、知広」
「いえいえ、違っていてよかったのです」
「……ほっとした」
ん? 何が?
知広ちゃんが去っていくと冬至たちも食事を始める。
「なぁ、冬至。知広ちゃんに何頼んでたんだ?」
例の件とか言ってたけど。
「うむ、ちょっと気になる事があって調べ物を頼んでいたのである。まぁ、結果は単なる吾輩の思い過ごしと言うか、考え過ぎであったが」
「そうか」
知広ちゃんに調べてもらうって事は噂話関連かな?
何にせよ、解決したようで良かった。
そんなやり取りをしていると再び知広ちゃんがやって来た。
「お待たせしました。カニクリームコロッケと麻婆豆腐、チキンドリアなのです。あ、お皿お下げしますね」
いつの間にか雫が一皿食い終わってた。
空になったお皿と入れ替わりに新たな料理が並べられる。
それにしてもこんな多種多様な料理を雫が食うより早く仕上げるとは、雄蔵さん恐るべし。
しかもどの料理も美味そうだし。
「なぁ、雫。チキンドリア、一口くれない?」
「…………ん……いいよ」
そんなこんなで割と賑やかに、俺たちは夕食を楽しむのだった。
後から思えば、この日常的な食事風景にも
でも、俺がそれに気付く事は無く、それを当たり前のように受け取っている。
それは超常の
非日常の世界を生きる、葬者の力。
俺の知らない、
俺の、葬者との邂逅まで────あと、僅か。
『ざしきわらし』での食事を終えて、腹ごなしに散歩でも……と思ったのが不味かったかも知れない。
冬至達と別れ、俺が足を運んだのは市内にある大きな公園だった。
普段ならそれなりの人で賑わうこの公園も、すでに夕飯の時間を過ぎた現在では思いのほか
最寄の民家までそこそこの距離があるのもあってか、この静寂が割と不気味なんだが。
雑木林で隔たれているとはいえ、近くに墓地があるのも悪寒がする原因の一つかもしれん。
それなりに歩いたし、そろそろ帰ろうか。
そう思って踵を返そうとしたのだが──
キュイィ、という不思議な音を聞いた。
なんだ今の。
辺りを見回してみるが、特段変わったところはない。
空耳かな。
不気味だとか墓地がどうのとか考えてたから幻聴が聞こえたのかも知れない。
キュイイイィィィィッ!!
するとまた不気味な鳴き声が響き渡った。
何今の!?
まさかお化けとか言わないよな!?
本当にお化けだった場合、このまま何も聞こえなかったふりをするのが正解だろう。
だが、俺は声のする方を向いてしまった。
反射的に反応してしまった事をちょっぴり後悔しながら声のした方を見ると────
「
特におかしな所は見当たらない。
そ、そうだよな。単なる空耳だよな。
もしかしたら鳥か何かが鳴いたのかもしれない。
いや、ビビり過ぎだろ俺。
不気味だと思うからこんな大げさに反応してしまうんだ。
何か楽しい事でも考えて思考を切り替えよう。
うん、それがいい。
軽く逃避しながらそんな事を考えて────
俺の足は自然と声のする方へ向かおうとしていた。
そんなつもりはなかった。
それなのに無意識にそうしようとしていた。
怖いもの見たさ──と言うのとは違う。
しいて言うなれば勘──第六感が訴えかけてくるような。
否、それも違う。
これは、そうするべきだと
催眠術にかかったことを自覚出来ているような奇妙な思考。
何故それが分かるのかは解らない。
だが、俺自身がそう《認識》している。
「ぐっ、ぐあぁぁっ!」
それと同時に襲ってくる頭痛。
それに気付くことを拒絶しているような激しい痛みが俺の中で暴れまわっている。
頭を抱えてしゃがみ込み、痛みが過ぎるのをじっと耐える。
すると思いのほかすぐにそれは和らいでいった。
代わりに思考がクリアになっていく。
向かおうとする意志が、外部から強制されていたのが理解できる。
もう、それに流される事は無いと言う事がはっきりと認識できた。
認識できたのは思考だけではない。
聴覚もまた聞こえていなかった──否、意識から外していた音をはっきりと拾っている。
ヒュイィィと言う不思議な鳴き声。
そして────何かが激しくぶつかる音。
音の出どころは公園の中心付近。
そちらに目を向けた時、俺の思考は一瞬硬直してしまった。
何が起こっているのか直ぐに理解できなかったと言うのが正しいだろう。
それは、俺にとって空想に等しい事だったから。
視線の先で、二つの影が躍る。
影が重なるたびに火花が飛び散り、重く鈍い金属同士がぶつかるような音が響き渡る。
お互いが、お互いを滅さんと己の武器を交える。
それは命のやり取り。
黒い靄が満ちる舞台で、奏でるのは
片方は四足の獣。
茶褐色の胴に、黒の横縞を持つ黄色い四肢。
頭は猿のようにも見えて、尾の先から覗くのは蛇の頭。
昔見た妖怪図鑑に、同じ特徴を備えた存在がいた。
空想上の物である筈の怪物の名は────
「
もう片方は人。
怪物の爪を透き通った鎖で受け流し、同様の大剣を振るう小柄な少女。
「……誰だ?」
そんな事を言ってしまったのは、脳が一瞬その事実を認めることを拒否したからだった。
その少女を俺は知っている。
何故こんな所にいるのかは分からない。
何故こんな事をしているのかは分からない。
だけど、その少女を俺は知っている。
それは幼い頃からの腐れ縁。
「…………っ」
『何故』──疑問の言葉は声にならなかった。
ただ視線だけが少女に向いている。
俺が見たのは紺碧の髪を持つ幼馴染。
────怪物と戦う、海月 雫の姿だった。