竜樹と禍の葬者 ~祭礼盛華の世界日記~   作:黒い翠鳥

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第S1話 海月雫の記憶の断片1

「……捕縛して」

 

私の意思に従い、纏った水の鎖の内の四本が異形の怪物に迫る。

まるで生き物のように怪物に襲い掛かる鎖だけれど、怪物は刹那の間にその隙間を縫って接近してくる。

すれ違いざまに放たれる鋭い爪の一撃を残る四本の鎖で受け流し、カウンターのごとく振るった水の大剣は、怪物を捉えられず傷つける事が出来ない。

 

立ち止まると不利と取ったのか、怪物はそのまま勢いを落とさず走り抜け、直後に怪物を捕縛するために戻ってきた鎖が私の目の前で空を切る。

 

怪物の名は『禍津鬼(まがつき)』────(わざわい)たる(まもの)

平穏を脅かす、私たち人間の敵。

 

容姿からしてこの禍津鬼はおそらく私が今朝学校の屋上で取り逃がした相手。

二度も逃す訳にはいかない。

ここで確実に叩き潰す。

 

「……滄海千器(そうかいせんき)

 

生み出すのは水の槍。

数は三十二。

 

それは私達の武器。

『理操術』と呼ばれる通常の物理現象を超越する技術。

禍津鬼が禍を(もたら)す為に使う力と同じもの。

 

「……段海射出(だんかいしゃしゅつ)!」

 

八本の槍を四セット、半秒の時間差で放つ。

 

もちろんただ放っただけじゃない。

水の鎖で逃げ道を塞ぎつつ、確実に仕留められる筈の速度で射出した。

禍津鬼のスピードが朝に戦った時と同じなら、間違いなく槍は禍津鬼を貫いたはずだった。

 

だけど槍が禍津鬼を捕えることは無く、ただ地面に突き刺さる。

(かわ)された。

槍の射出速度が禍津鬼のスピードに追い付いていない。

こいつ、朝の時よりも速くなってる!?

 

再び襲い掛かって来た禍津鬼を先ほどと同じように受け流す。

今の私では水の槍の射出速度はこれ以上あげられない。

でも、それなら────

 

「……滄海千器(そうかいせんき)

 

生み出すのは水の矢。

数は二百五十六。

 

質よりも量。

点攻撃ではなく面制圧。

威力は落ちるけど、機動力を奪えれば十分。

 

「…………全海掃射(ぜんかいそうしゃ)!」

 

一斉に放たれる二百を超える水の矢。

いくらこの禍津鬼が速いと言ってもこれは躱せない。

 

「ヒュイイィィィッ!」

 

「!?」

 

禍津鬼が吼える。

 

だけどそれは、水の矢に穿たれた悲鳴じゃない。

それは音の砲弾。

無論純粋な『音』では無く、理操術の(たぐい)なんだろうけど。

咆哮は衝撃波となって水の矢を薙ぎ払う。

 

だけど、それは織り込み済み。

その攻撃は朝に既に見ている。

 

鎖を交差せ、不可視の障壁で攻撃を防ぐ──

 

「くぅあっ!!」

 

──つもりだった私を、音の弾丸は衝撃もろとも吹き飛ばした。

 

ダメージそのものはほとんどない。

理操術の相互干渉によって障壁が打ち消したからだ。

だけど衝撃も全部打ち消すには出力が足りなかった。

朝の時にはこれで十分だったのに。

 

間違いなく、朝戦った時よりも強くなってる。

 

すぐさま態勢を立て直すと、禍津鬼は再び咆哮のモーションに入っている。

とっさに交差させる鎖の数を増やし、障壁を強化した。

衝撃波と障壁がぶつかり合い、今度は衝撃も含めて完全に防ぎ切った。

 

このくらいで突破できるほど、この防御障壁は軟じゃない。

ただ、今回防御に使った鎖は四本。

防御に鎖を回す分だけ、攻める為の手数が減っていく。

 

禍津鬼は再び駆け出すと、牽制するようにこちらの様子をうかがっている。

鎖を戻せば距離を取り、放てば隙を突いて懐に入り込む。

私は相手のスピードに付いていけず、あいつはこちらの防御を貫ける威力が無い。

 

この状況なら私はカメみたいに引きこもっていれば負け無い。

しばらくすれば仲間が来る。

禍津鬼と戦っているのは私だけじゃない。

 

だけど、それは禍津鬼がこのまま戦い続けてくれる事が前提条件。

私達の目的は禍津鬼を倒す事だけど、禍津鬼にとっては私達は目的とは限らない。

無論倒せるなら倒しておきたい相手なんだろうし、それが目的に成り得ない事じゃないんだけど、優先度としては低い。

確実に倒せる実力差があるならともかく、ある程度リスクが高ければ逃げた所でデメリットはほとんど無いから。

 

だから、禍津鬼がその選択を選ぶ前に決着をつける。

 

狙うは先ほどの咆哮の直後。

結構な威力の攻撃だったけど、だからこその狙い目。

誰しも攻撃の直後には隙が出来るもので、威力の大きい攻撃ほどその隙も大きくなる。

それは禍津鬼だって変わらない。

 

幸い、咆哮を放つ時の予備動作は分かった。

 

そしてもう一つ私に有利な点。

それは先ほどの咆哮で薙ぎ払われた水の矢が周囲に散らばっている事だ。

 

水の矢による広範囲攻撃で咆哮を誘発させて、咆哮が放たれるのと同時に禍津鬼の近くの水の矢を蒸気爆破させる。

それにバランスを崩した禍津鬼を鎖で捕縛。

捕えたら滄海千器による飽和攻撃を叩き込む。

朝の時は場所が屋上だったから威力が強すぎて使えなかったけど、此処なら確実に核を破壊できるだけの威力を出せる。

 

うん、この作戦で行こう。

 

「……滄海千器(そうかいせんき)

 

水の矢の数は二百五十六。

さっきと同じだけ叩き込む。

 

「…………全海掃射(ぜんかいそうしゃ)!」

 

「ヒュイイィィィッ…」

 

それを見た禍津鬼は、水の矢を追撃しようと咆哮のモーションに入る。

 

今だ!

 

そのタイミングに合わせて私は蒸気爆破を起こさせる。

いささか威力は心もとないけど、体勢を崩すくらいの威力は出せるはずだ。

同時に水の鎖を放って禍津鬼を捕らえようとする。

水の矢を薙ぎ払ってくるだろう咆哮も展開した防御障壁で防ぎきれる。

 

捕えた。

 

そう思った。

 

 

 

その瞬間────禍津鬼の姿が掻き消えた。

 

 

 

目標を失った鎖がむなしく宙を切る。

 

禍津鬼は咆哮を放たなかった。

それどころか迫りくる水の矢に突っ込んできていた。

 

水の矢は数を放てる代わりに一発一発の威力は低い。

何本か刺さったところで、蒸気爆破でも使わなければ禍津鬼にとってダメージに成り得ない。

そのまま蒸気爆破を使われる前に私に近づけば、私はそれを使えない。

至近距離での蒸気爆発は自分を巻き込んでしまうからだ。

 

そして、私は捕縛と咆哮の防御に鎖を展開したばかり。

禍津鬼の爪を受け流すための鎖が無い!

 

気付いた時にはもう遅かった。

読まれていた。

私が咆哮の隙を狙って来る事を。

 

今の咆哮のモーションはフェイント。

禍津鬼の隙を狙うはずが、隙を作ってしまったのは私の方。

その一瞬で、禍津鬼は鎖をすり抜けて私の死角に入り込む。

 

鎖で防御するだけの時間は無い。

気配だけを頼りに手にした水の大剣を振るい、追撃を試みる。

 

ガキン! と言う音と共に剣と爪、お互いの武器が激突する。

禍津鬼はもう目の前に迫って来ていた。

 

私の手から大剣が弾き飛ばされる。

力負けした。

大剣を掴んでいた両腕が痺れるけど、そんな事を気にしていられる余裕はない。

 

刹那の後に迫りくる禍津鬼の牙。

上半身を噛み砕こうと広げられた(あぎと)を、無理矢理体を捻って回避する。

 

間一髪、牙は避けた。

だけど、これじゃぁ────

 

 

 

その瞬間、ガブリ……と()()()()()()()

 

「……っ!!」

 

私の腹部を激痛が襲う。

何で!? 牙は躱したはずなのに!!

そちらに視線を向けると、そこにあったのは蛇の頭。

 

()()()()()()()

 

その牙が私の纏衣を貫き、お腹に深々と突き刺さっている。

 

「ッ!!!」

 

そのまま急激に引っ張られる感覚。

禍津鬼が力任せに尾を振り回したからだ。

投げ飛ばされた私は受け身も取れずに地面にたたきつけられる。

 

一瞬意識が飛んだ。

痛みを理操術で抑え、何とか立ち上がろうとして────そこで気付く。

体に力が入らない。

それどころか、痛みが止まらず腹部から血が流れ続けている。

 

傷を癒す理操術かけてみるが、その血が止まる事は無い。

理操術が効いていない。

たぶん、さっきの蛇の牙に理操術による毒が仕込まれていたんだ。

 

何とか顔だけでも動かすと、禍津鬼がゆっくりとこちらに向かって来るのが見える。

すぐさま解毒を試みるけど、どう考えても間に合わない。

何とかしないと、このままじゃ……

 

考えないと……何か……ここを切り抜ける方法を!

そんな思考の間にもお腹から流れ続ける鮮血は、蒼い筈の纏衣を真っ赤に染めていった。

 

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