竜樹と禍の葬者 ~祭礼盛華の世界日記~   作:黒い翠鳥

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第02話 みんなの知らない顔

「なっ、何なんだよ……一体!」

 

目にも止まらぬ速度で駆け回り、不気味な声を上げる異形の怪物。

いくつもの鎖を纏い、その身に似合わぬ大剣を振るう小柄な幼馴染。

その戦いを目の当たりにして、俺はその場を動けなかった。

 

巻き込まれれば命が無い事はわかりきっているのに、足が凍りついたように動かない。

俺には今の戦闘でどんな駆け引きがあったのかは分からない。

だけど、結果だけなら分かった。

 

鎖が怪物を捕える事は無く、雫は怪物に投げ飛ばされて倒れたままだ。

着ている衣服は見る間に血に染まっていくのが分かる。

そして雫の振るっていた剣は怪物の爪に弾かれ────いま、俺の前に突き刺さっている。

 

このままだと──

 

「雫が……殺される」

 

これは夢じゃないのか?

一瞬そんな事を考えてしまった。

幼馴染が怪物と戦い、更には殺されそうになっている。

その光景は、あまりにも現実離れして見えたから。

だけど握った(こぶし)の感触が、現実であることを伝えてくる。

 

怪物がゆっくりと雫に向かって歩き出す。

たどり着いた時どうなるか、俺にだって簡単に想像がつく。

それに対して雫は僅かに顔を動かしただけだった。

立ち上がる事はおろか身動(みじろ)ぎさえしない。

 

動けない──のかも知れない。

だとすると、待っているのは────死の一文字。

 

 

 

心臓の鼓動が速くなる。

 

────嫌だ……

 

額から流れた汗が頬を伝う。

 

────嫌だ……

 

目を背けそうになる。

 

────嫌だ!!!

 

だけどその感情が、他のすべての思考を押し流す。

 

────雫を、殺されてたまるかぁっ!!!!

 

「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!!!!!」

 

気付いた時には走り出していた。

勢いのままに地面に突き刺さった剣を引き抜く。

ズッシリとした重みが、腕に伝わってくる。

恐怖すらも感情で捻じ伏せ、怪物に向かって駆ける。

 

「ヒョオゥ?」

 

「……竜樹っ!?」

 

怪物と雫も俺に気付いたらしい。

だけど関係ない。

雫を殺されたくない────

 

────その為に怪物を殺す!!

 

自分の危険など考えていない。

それは思考では無く本能。

外敵を排除するという本能だけを持って、俺は振り上げた剣を────

 

「どりゃああぁぁぁぁぁっっ!!!!!」

 

己の力の全てを込めて振り下ろす!!!

 

「ヒョオォゥゥゥッッッ!!」

 

刃が、()()()()()()()怪物の肩口に食い込んだ。

 

手応えが握りしめた両の手に伝わる。

ただの力任せの一撃。

だけど、それは確かに怪物の肉体を傷つけた!!

 

「もう一発っ!!」

 

これで終わりじゃない!

まだ怪物は死んでない!!

それじゃ雫は助からない!!!

 

もう一度攻撃する為に剣を引き抜こうとして────

 

「逃げて!!」

 

「え?」

 

どんっ────と、鈍い音がした。

 

腹に強烈な衝撃が走る。

一瞬で体内の空気が吐き出される。

 

目に映るのは反転した空と大地。

そして世界から色と音が消える。

同時にスローモーションのごとく時間が遅くなる。

生命の危機を察した本能が思考を高速化した事が原因だったが、この時の俺にはそんな理屈は解らない。

 

逆さまの地面に尻尾を振り上げたままの怪物が見える。

どうやら怪物が尻尾で俺の腹を殴って打ち上げたらしい。

たっぷり時間をかけて最頂点に到達した俺は、今度は重力に引かれて落ちてゆく。

 

視界の隅に映る地面はかなり遠い。

この高さから落ちたら────

 

何とかしようにも体がまともに動かない。

それは空中だからか、はたまた痛みのせいか。

 

だんだんと地面が近づいてくる。

何の心得も無い俺が受け身を取れるわけも無く。

ただ少しでも頭部を守ろうとして無意識のうちに頭を抱え、体を丸める。

目を閉じて歯を食いしばり、衝撃に耐えようとして────

 

 

 

 

 

 

────地面に衝突する寸前、()()()()()()()()()()

 

 

 

「まったく、無茶するのです」

 

世界に音が戻ってくる。

 

周囲に響く爆発音。

その中に混じる怪物の咆哮。

そして聞き覚えのある人の声。

 

ゆっくりと目を開け、俺を受け止めてくれた人の顔を見る。

 

「ですけど、おかげで間に合ったのです。ありがとうございます、陰宮さん」

 

そこに居たのは、一人の少女────

微笑む知広ちゃんの顔を見ながら、俺の意識は深い闇へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

見慣れない天井。

それが目を覚ました俺の最初に見た光景だった。

ここはあの有名なセリフを言うべきだろうか。

ちょっとそんな事を考えてしまったが、言った所で何かある訳でも無いので止めた。

 

俺はいったい何故こんな所にいるんだろうか。

いまいち頭がはっきりしないが、これまでの行動を思い出そうと脳をフル回転させる。

 

確か──『ざしきわらし』でみんなと飯を食って──

帰りに公園に寄り道して──

そこで雫が怪物て戦っていて…………

 

「そうだ! 雫は!?」

 

反射的に上半身を起こすと、かけてあった布団がずり落ちる。

どうやら寝台の上で寝かされていたらしい。

 

「竜樹っ!!」

 

「うわっ」

 

すると、突然誰かが飛びかかてきた。

そして俺は勢いのままに再び寝台に押し倒される。

 

あ~、この声雫だな。

起きたらいきなりタックルかましてくるなんて、なんだ元気そうじゃないか。

そう思いながら雫の方に視線を向けるが…………

 

「……よかった……私……竜樹がもう……ぐす……目を覚まさないんじゃ……ぐす……ないかって」

 

そこにあったのは泣きじゃくってグシャグシャになった雫の顔だった。

涙はおろか鼻水まで垂れ流して……せっかくかわいい顔なのに台無しだぞ。

 

しかし、雫のこの形相(ぎょうそう)は何なんだ?

一体何があったのか、誰か説明してくれ!

 

「あ、陰宮さん。お目覚めなのですか?」

 

そんな願いが天に届いたのか、新たに現れる人の影。

いや、まぁ、最初から同じ部屋に居たんだろうけど。

 

そちらに目を向けると、知広ちゃんがいた。

知ってる人でちょっとホッとした。

 

「ああ。でも、俺何でこんな所で寝てるんだ? と言うか、ここ何処?」

 

「覚えて無いのですか?」

 

えーと、雫と怪物が戦ってたとこまでは覚えてる。

その後は……

 

「あれ? その後が思い出せん……」

 

「一過性の精神疾患による記憶障害でしょうか。少々錯乱されていたようですし」

 

え? つまり錯乱して記憶を失うような事があったってこと?

 

「落ち着いて聞いて欲しいのです。陰宮さんは──」

 

そして知広ちゃんは今までの事を語り始めた。

 

 

 

雫と怪物の戦いは怪物の勝ちに終わった。

それを見た俺はどうやら錯乱してあの怪物に斬りかかったらしい。

でもあっけなくやられてしまい、吹っ飛ばされたところを知広ちゃんが保護。

あの怪物は追い払いはしたものの、倒すことは出来なかった。

 

俺の方は結構な重傷で、内臓にまでダメージがおよんでいたそうだ。

雫が懸命に治療してくれたおかげで怪我の方は治ったが、なかなか目を覚まさなかったとの事。

そのまま丸二日眠り続けて今に至る……と。

 

 

 

要約すると大体こんな感じだ。

正直俺はその話を半ば他人事で聞いていた。

 

なんせ全く実感が湧かない。

どちらかと言うと俺が覚えて無いのをいいことに痛い設定をでっち上げたと言われた方がまだ頷ける。

知広ちゃん、中学二年生だし。

 

それに重傷を負ったって言われても、痛みも無ければ違和感も感じない。

いくら雫が懸命に治療してくれたと言っても、魔法でもなければそんな怪我を二日間で……

 

……ん? 魔法?

そう言えば雫、魔法みたいなのを使ってなかったか?

 

具体的には鎖操ったり矢を空中に出現させたり。

 

「なぁ、雫ってもしかして魔法使いだったりする?」

 

この場合は魔法少女と言うべきだろうか。

いや、そういう問題じゃないだろ俺。

 

「……違う」

 

返答は否定。

そうだよな。現実に魔法使いなんて──

 

「……私()は……()()

 

はい?

何ですかそれは?

新手の超能力者ですか?

 

あーそれよりちょっとどいてもらえる?

涙と鼻水で服がベトベト……

 

……っていやいや、いま軽く現実逃避してた。

 

「それに関しては今から説明します。禍津鬼(まがつき)──あの怪物の事も含めて」

 

そう言った知広ちゃんの表情は恐ろしく真剣で。

 

一瞬、背筋が凍った。

 

そして同時に思う。

これから語られる事はどんなに無滑稽であろうとも、きっと現実なんだろうと。

 

 

 

 

 

 

「最初は……そうですね。私達の事からにするのです」

 

俺が一度鼻水でベトベトになった服を着替え、雫が顔を洗って来た後に知広ちゃんはそう切り出した。

 

「私たちは葬者(そうしゃ)と言うカテゴリーに属する人間です。(ほうむ)る者と書いて葬者ですね。葬者とは固有原理(パーソナル・テキスト)と呼ばれる能力を使い、禍爲鬼と戦う人たちの総称なのです」

 

説明を始める知広ちゃんの後ろでは雫がキャスター付のホワイトボードを持ってきて、いくつかの単語を書き出している。

葬者、固有原理(パーソナル・テキスト)禍津鬼(まがつき)。どれも俺にはさっぱり意味の解らない単語ばかりだ。

 

「とりあえずは……そうですね。固有原理(パーソナル・テキスト)から行きましょうか。ところで陰宮さん、『ギャグ補正』って知っていますか?」

 

「一応知っているけど……」

 

アレだろ。ぶんなぐられた人間が星になったり、突っ込みキャラがどこからともなくハリセン出したり、明らかに致死量の攻撃くらっても平気で生きてたり。

だけどそれとこれとどう言う関係が……

 

固有原理(パーソナル・テキスト)とはぶっちゃけそれの事なのです」

 

はい? どういう事?

 

「ギャグ補正って別に何らかの理屈がある訳ではないですよね? そういう人物だから。ただそれだけの理由であり得ない現象を引き起こします」

 

まぁ、そうだね。

 

固有原理(パーソナル・テキスト)も同じです。そういう人物だから。ただそれだけの理由であらゆる法則よりその在り方が優先される。法則(ルール)を超越する特殊効果(テキスト)。個が有する根本の(ことわり)。理由も因果も、本人の意思すら関係なく()()を引き起こす。それが固有原理(パーソナル・テキスト)なのです」

 

「えっと……自動発動する特殊能力みたいなものって事でいいの?」

 

「そうですね。もう少し理論的な説明しても良いのですが、非常に難解で余計に混乱を助長する結果にしかならないと思うので説明は控えるのです」

 

まぁ小難しい理論を説明されても分かんないだろうしね。

 

雫がホワイトボードの固有原理(パーソナル・テキスト)と書かれた下に『=ギャグ補正』と書いてまるで囲った。

そのさらに下には両手を天に掲げてタライを落下させる二頭身の雫。

結構上手いなオイ。

 

「ちなみに私の固有原理(パーソナル・テキスト)は『天衣模倣(鏡の中の貴方)』、真似をするのがとても上手いのです」

 

なんか凄いのか凄くないのかよく分からない。

口には出さないけど。

 

固有原理(パーソナル・テキスト)自体は珍しいものではありません。自覚がないだけで普通の人でも何かしら持っていたりするものです。例えば陰宮さんの同級生の森田さんは犬から逃げるときに車より早く走れます。商店街にあるパン屋の店員の宗杉さんはおみくじで必ず小吉を引きますし、八百屋の看板娘の佐伯さんは破壊的な音痴です。他にも──」

 

などと何人もの名前とその固有原理(パーソナル・テキスト)を上げていく知広ちゃん。

 

言われてみれば思い当たる節が多々ある。

今思えばあきらかに物理的に不可能な事を平然とやっていたような。

その時は当然の事のように流した記憶があるんだが、流すなよ俺!

どう考えてもおかしいだろ!

 

「それと固有原理(パーソナル・テキスト)に共通した特性なのですが、固有原理(パーソナル・テキスト)に引き起こされた現象はたとえそれがどれだけ非常識な事であっても『おかしなこと』だとは思われないのです。例をあげると先ほどの『犬に追われたら車よりも速く走れる』森田さんの場合、「すごく早く走るな」と思われることはあっても「常識的に考えて人間がそんなに早く走れるわけがない」とは思われません。固有原理(パーソナル・テキスト)を持っている本人にも」

 

そんな特性まであるのか。

 

「ただし、例外もいます。固有原理(パーソナル・テキスト)が『おかしなこと』とは思われないのは大雑把に言えば世界の在り方そのものに割り込んで存在しているの原因なのですが、稀にこの割り込みによる歪みを後天的に認識できるようになる人間がいます。その人たちを総称して、歪みを指摘できる(ツッコミを入れられる)者────『指者(ししゃ)』と呼びます」

 

「普通なら見えない物が見えるようになっちゃったって感じ? ってそれより俺が異常な光景を思い出して「おかしい」と思ったって事は……」

 

「そうですね。陰宮さんは指者になった訳なのです。あ、当然ですが私や海月さんも指者なのです」

 

まぁ、そうだろうな。

でなければこんな説明、出来ないだろう。

後ろのホワイトボードには雫の手によって『固有原理(パーソナル・テキスト)を認識=指者』と言う文字と胸を張る二頭身の男性が書き加えられている。

もしかして、それは俺か?

 

「あとこれはついでと言うか蛇足的な説明なのですが、日本語表記の固有原理は「個人が有している基本法則」という意味の造語なのです。一般的な意味での原理とは少し違うのでご注意ください」

 

そもそも何となくこういう事という感じでしか原理の意味を答えられないんだが。

そう言えば雫が怪物と戦ってた時に魔法のような事をしていたが。

 

「もしかして雫が鎖を操ったり矢みたいなのを次々出してたのも固有原理(パーソナル・テキスト)ってヤツなのか?」

 

あれがそうなら雫の固有原理(パーソナル・テキスト)は物体操作とか武器召喚とかだろうか。

なんか凄くかっこよくて羨ましいぞ。

 

「鎖と矢……あれの事ですね。あれは海月さんの固有原理(パーソナル・テキスト)では無いのです。あれは『理装器(テキストツール)』といいまして、固有原理(パーソナル・テキスト)から派生して生み出された技術。簡単に言うと人工的に固有原理(パーソナル・テキスト)を付与した道具(アイテム)を使って間接的に超常の現象を引き起こしているのです」

 

人工的に固有原理(パーソナル・テキスト)を付与した道具(アイテム)!?

そんな事が出来るのか!!

 

「って事は俺もそのアイテムを使ったらあんな事が出来ちゃったり……」

 

凄いやってみたいんだけど。

頼んだら貸してもらえたりしないだろうか。

 

「理論上は、とだけ。適性もありますし。『滄海千器(そうかいせんき)』……海月さんの使っているアイテムなのですが、それをあそこまで使いこなせるのは海月さんだからこそなのです」

 

そしてホワイトボードの前で胸を張ってドヤ顔する雫。

まぁ、素直に凄い事なんだろうな。

 

「そろそろ次の説明に移りましょうか。私たちが戦っている怪物──『禍津鬼(まがつき)』について」

 

禍津鬼(まがつき)? あの雫が戦っていたヤツの事でいいのか?」

 

「はい。禍福(かふく)の禍と津波の津にそのまま(おに)と書いて禍津鬼(まがつき)。一言で表現するなら悪性妖怪でしょうか」

 

雫が禍爲鬼の文字の横に『=悪い妖怪』と付け加えて、葬者から引かれた矢印の上に『倒す』と書き込む。

そしてその下にはデフォルメされた鵺みたいな怪物と、ナイフらしき物を持って怪物と戦ってる二頭身の知広ちゃん。

 

妖怪って……俺の常識がどんどん崩れていくぞ。

この調子じゃ、そのうち神様とか出てくるんじゃないのか?

 

「えっと、悪性って事は悪い事をするって事だよな。一体どんな事をするんだ?」

 

「その名の通り(わざわい)をもたらします。小さな事なら何もないところで転ぶ程度ですが、大きいものですと火山の噴火なんかを引き起こしたりするものもいるそうです。もっともそんな規模の力を振るえるほどの禍津鬼(まがつき)は観測史上でも数えるほどしか居ないそうですが。私も見た事なないですし」

 

その規模の話になると居ない訳じゃ無いという時点で安心できないよ。

 

「そして禍津鬼(まがつき)(わざわい)を起こす理由なのですが、人の持つ『命焔(フォール)』と呼ばれるエネルギーを得るためなのです」

 

ホワイトボードに書き込まれた言葉は『命焔と書いてフォールと読む』。

その横に見たことの無い文字──多分何かの記号だろう──が書いてある。

 

「日本語表記を見れば何となく予想がつくかもしれませんが、命焔(フォール)は一般的に『気』や『生命力』と呼ばれるもので魂と肉体を繋ぎとめる役割があると言われています。実は固有原理(パーソナル・テキスト)にも密接な関係があるのです」

 

『気』か。個人的にはとても分かりやすくて助かるな。

感覚的な話だが。

 

「通常人間は命焔(フォール)を一定量生み出していてその大部分は体内で消費されるのですが、感情が高ぶると生み出される命焔(フォール)の量が多くなり、体に留めておけない分が外に漏れだしてしまうのです。そして禍津鬼(まがつき)はその漏れた命焔(フォール)を吸収する事で自分のエネルギーにする事が出来るのです」

 

禍津鬼(まがつき)の食事みたいなもんか?」

 

「はい、禍津鬼(まがつき)は自分で命焔(フォール)を生み出せないので(わざわい)を起こし、人を不幸にして負の感情を引き出し、吸収する。そうやって命焔(フォール)を蓄えていくのです」

 

なるほど、これは大体分かった。

 

禍津鬼(まがつき)は負の感情で生み出されるエネルギーを餌にしているって事か。で、それを手に入れるために(わざわい)を起こすからそれを防ぐために知広ちゃん達──葬者だっけ?──は戦ってるって事でいいの?」

 

「はい。厳密に言えば禍津鬼(まがつき)は喜びなどの正の感情による命焔(フォール)も関係なく餌にするのですが、概ねその認識で構わないのです」

 

どちらにせよ効率がいいから人を不幸にするのは変わらないですし──と知広ちゃん。

確かに悪性妖怪だ。

 

「ちなみに読み方の『フォール』はドゥルクレア語なのです。直訳すると命の波紋という意味になります」

 

どこの言葉だ?

 

「あ、一つ質問いい?」

 

「はい。何でしょうか」

 

禍津鬼(まがつき)が悪性妖怪なのは分かったけどさ、そんなのが居ればニュースとかでもっと騒がれてると思うんだが。実際にはそんな事になってないのは何でだ?」

 

いくらなんでもあんなのが居れば目立つだろ。

実際に出会った以上、否定する気は無いがちょっと納得がいかないんだが。

 

「結構目撃はされてるのですけどね。実際、妖怪の正体の何割かは禍津鬼(まがつき)なのです。まぁ、それは置いておいて、実は禍津鬼(まがつき)固有原理(パーソナル・テキスト)を持っているのですが、それが禍津鬼(まがつき)に対する認識自体を隠蔽してしまうのです。目撃されても精々犬猫を見かけた程度の反応しかされません。これを認識干渉といいます」

 

あー、なるほど。

 

目撃されても『おかしなこと』と思われないから結果的に指者じゃなければ認識出来ないと。

 

「ちなみに私達葬者も同じことをしているのです。認識干渉の効果を持つ理装器(テキストツール)を使用することで禍津鬼(まがつき)と戦っても変に思われなくしたり、その為に授業を抜け出しても引き留められないようにしたり」

 

そんなことも出来るんだ……

 

「……竜樹」

 

「ん? 何だ?」

 

「……今回の総括」

 

そう言って見せられたホワイトボードには赤ペンで二重丸された新たな書き込みがあった。

 

 

 

まとめ

 

固有原理(パーソナル・テキスト) = 超能力(ギャグ補正)

命焔(フォール) = 生命力

・指者 = ツッコミ

理装器(テキストツール) = 魔法の道具。

禍津鬼(まがつき) = 悪い妖怪

・葬者 = 妖怪ハンター

                        ◎ここ、テストに出る。

 

 

 

「ある意味分かりやすいと言えば分かりやすい……のか?」

 

こんな理解のしかたでいいのか?

指者の意味おかしくない?

あと、テスト有るの?

 

「大筋において間違ってはいませんし、今のところはこの認識でもいいのです。それと、別にテストはありません」

 

それでいいのか。そしてテストは冗談だったか。

 

「さて、本当はまだまだ説明する事はあるのですが、あまり長くなっても陰宮さんが覚えられないと思いますし、今回はこれくらいにしておくのです。後は追々少しずつ説明していきますね」

 

正直ありがたい。

すでに頭の中がいっぱいいっぱいだ。

 

「そうそう、陰宮さん。お腹は空いていませんか?」

 

あー、言われてみれば。

意識したら途端に腹が減って来たぞ。

二日も眠っていたらしいし、そりゃぁ腹も減るよな。

 

「ああ。正直かなり減ってる」

 

「では私が何か作ってくるのです。それと、体に異常はないのでもう起きられても構わないのですが、念のためにこの部屋からは出ないようにして欲しいのです。何かあった時に対処出来なくなりますから」

 

そう言って知広ちゃんは部屋から出て行った。

まぁ、起きたばっかりだし当然か。

そして、何処だか分からないこの部屋に、俺と雫の二人だけが残された。

 

 

 

「……竜樹……ありがと」

 

いきなり雫に礼を言われた。

何か俺、礼を言われるような事したっけ?

 

「何の事だ?」

 

「……私が……禍津鬼にやられた時……助けてくれた」

 

知広ちゃんは錯乱して斬りかかったって言ってたけど。

それ以前に俺自身覚えて無いんだが。

 

「……お陰で……私は生きてる」

 

「俺が居なくても大丈夫だったと思うけどな。むしろ結果的に俺が迷惑をかけただけだし」

 

聞いた話によれば、俺がやった事は斬りかかってぶっ飛ばされただけだ。

時間にして数秒かからなかっただろうし。

その程度じゃ結果は変わらんだろう。

 

禍津鬼(まがつき)を追い払ったのが知広ちゃんか他の誰かなのかは聞いてなかったが、気を失っていた俺は足手纏いだったんじゃないだろうか。

そのせいで知広ちゃんや雫にも迷惑をかけている。

 

「……! ……そんな事……無い!」

 

だけど雫は、そう力強く断言した。

その真剣な瞳には、溢れんばかりの涙が溜まっている。

 

「……私は……嬉しかった……もうダメだって思ったとき……竜樹が来てくれた」

 

「雫……」

 

「……ありがとう……竜樹」

 

そう言って雫は目元の涙を拭った。

そうして見せた笑顔に、不覚にもちょっとだけドキッとして……

 

「……私……何かお礼がしたい」

 

「べ、別に気にすんなって。雫も俺を助けてくれたんだろ」

 

俺の怪我の治療をしてくれたって知広ちゃんが言っていた。

 

「……私は……ちょっと手伝っただけだし……そうだ……竜樹に私の初めて……あげる」

 

「は?」

 

ちょ、ちょっと待て。お前は何を言ってるんだ!

俺も健全な高校生男子だからそっち方面にも当然興味はあるけど──

いや、雫の事だ。きっとわざと俺が勘違いするような言い回しをしたに違いない!

 

「……私の初めての(ファースト)キス……女の子の初めては高いんだよ?」

 

ほらな。って、いやいや。

ファーストキスでも十分あれだよ。

 

「気持ちだけ受け取っておく」

 

「……竜樹……私のキスは嫌?」

 

「そうじゃないけどさ……そう言うのはお礼ととかじゃなくて、然るべき時にね」

 

こんな事に使わないで好きな人が出来た時まで取っておきなさい。

え? なに? 考え方が古い?

 

「……然るべき時……うん……そうする」

 

お、分かってくれたようで良かった。

 

「あー、いい雰囲気のところ悪いであるが、そろそろいいであるか?」

 

「「!?」」

 

俺たち二人しか居ない筈の部屋に響くそんな声。

俺と雫が同時にそちらの方を見ると、いつの間にか白衣の男がそこに立っていた。

 

「冬至!?」

 

「うむ。目が覚めたようであるな、my friend(マイフレンド)竜樹」

 

まぁ、冬至だ。

こんな所に白衣を着てくる人なんて医者か冬至くらいのものだろう。

此処が何処なのかは知らないが。

 

「いつの間に来てたんだ?」

 

「知広とほとんど入れ替わりなのである。丁度この部屋から出てきた知広と出会って、マイフレンド竜樹が目を覚ましたことを知った故、見舞いと今後の予定を伝えに来たのである」

 

知広ちゃんと入れ替わりか。

じゃぁ、さっきの会話はほとんど聞かれてた訳だ。

あ、雫が赤くなってる。

 

「そうか、見舞いに来てくれてありがとうな」

 

「まったく、my friend(マイフレンド)竜樹が生身で禍爲鬼に突貫したときは胆が冷えたのである。距離的に吾輩も知広も止められなかったであるし」

 

「迷惑をかけたようでごめん」

 

うわぁ、覚えて無いけどやっぱり迷惑かけてたんだなぁ。

 

「まぁ、だがあそこでmy friend(マイフレンド)竜樹が突貫しなければmy friend(マイフレンド)雫の命が危うかったのも事実。吾輩たちも間に合うかどうか怪しかったであるし、my friend(マイフレンド)雫を助けてくれた事、同じ葬者として吾輩からも礼を言うのである」

 

「あ、いや。別にお礼を言われるほどじゃ……」

 

さっぱり覚えてませんので何とも……

それに、冬至も葬者だったんだな。

知広ちゃんと入れ替わりで部屋に来たと言った時点で大体予想できていたが。

 

「それより、さっき今後の予定がどうとか言ってなかったか?」

 

「うむ。少々申し訳ないのであるが、my friend(マイフレンド)竜樹も指者になった以上やってもらわねばならない事が有るのである」

 

やらないといけない事ねぇ。

好きで指者とやらになった訳じゃ無いんだが。

 

「何か義務でもあるのか?」

 

「義務と言うよりは必須であるな。命に関わる故に」

 

え? 命に関わるのか?

そりゃぁ拒否出来ないだろうけど……指者って辞められないのかな。

 

「その前にmy friend(マイフレンド)竜樹、知広から理装器(テキストツール)もしくは理操術(りそうじゅつ)については聞いているであるか?」

 

理装器(テキストツール)の方は聞いてる」

 

「ならば話は早いであるな。やって欲しい事であるが──この理装器(テキストツール)を使いこなせるようになってほしいのである」

 

理装器(テキストツール)を?

むしろ俺がお願いしたいくらいなんだが。

 

「出来ることならなるべく早く使いこなせるようになってくれると助かるのである。吾輩たちの負担を減らす意味で」」

 

「負担を減らすって……俺も禍津鬼(まがつき)とか言うのと戦う必要があるって事か?」

 

「いや、戦闘は吾輩たちの役目。my friend(マイフレンド)竜樹には禍津鬼(まがつき)と出会ったら即座に逃げてもらえればいいのである。しかし逃げるにしても最低限の実力は必要。なんせ今のmy friend(マイフレンド)竜樹は禍津鬼(まがつき)に狙われやすい故に」

 

え? 今何て言った?

俺が禍津鬼(まがつき)に狙わる?

俺、何かしましたか!?

あれか! 斬りかかったのが不味かったのか!

 

「……大丈夫……竜樹は……私が守る」

 

その不安を感じとったのか雫が静かに俺の手を取り、自分の両手を重ねた。

手を包む温もりが、俺の心を落ち着かせてくれる。

ありがとう雫。だいぶ落ち着いたよ。

 

「あー、先に言って置くのであるが、これはmy friend(マイフレンド)竜樹が何かしたからと言う話ではない。指者となった者の宿命とでも言うべきであるか。禍津鬼(まがつき)が他者の放出した命焔(フォール)を吸収し、己の力に変えると言う事は聞いているであるな?」

 

「ああ、知広ちゃんから聞いた」

 

その為に(わざわい)を起こすってやつだな。

 

禍津鬼(まがつき)(わざわい)をもたらす相手は基本的に無差別なのであるが、周囲より突出して大きな命焔(フォール)を持っていた場合、狙われやすいのである」

 

まぁ、禍津鬼(まがつき)だって同じ労力で多くの結果を得られるならそっちを選ぶよね。

 

「そして実は指者は命焔(フォール)の量──正確には密度と言った方が正しいのであるが──は一般人に比べてかなり多いのである。無論個人差はあるであるが一般的には1.5倍から3倍くらいであるな」

 

へぇ、結構差があるんだな。

 

「で、my friend(マイフレンド)竜樹の命焔(フォール)は大雑把に見てであるが……大体10倍くらい」

 

うおっ!?

え!? 10倍!?

 

「なんでそんなに……」

 

「吾輩にも分からんのである。先日までは一般的な量だった筈なのであるが……命の危機に眠っていた力にでも目覚めたのであるか」

 

10倍って……そりゃ禍津鬼(まがつき)も狙うよねって話だ。

 

「加えてであるが、指者は葬者となる場合があるので禍津鬼(まがつき)もガチで襲ってくることがあるのである」

 

マジか! 災いの芽は小さいうちに摘むってか?

 

「……実は俺って結構危険な状況にいるんだな」

 

頷く二人。

 

それじゃぁ仕方ない。

俺だって死にたくは無いからな。

 

「できれば泊まり込みでお願いしたいのである。ここであれば吾輩たちのサポートもしやすいであるし」

 

泊まり込みか。

俺は一人暮らしになったばかりだし、それは別に構わないが──

 

「そう言えばここ、何処なんだ?」

 

「……ざしきわらしの地下」

 

「うむ、吾輩たち葬者の拠点の一つなのである。宿泊施設は無論、研究室や訓練室、会議室に通信室等、秘密基地っぽいものは一通り揃っているのであるぞ」

 

マジか。『ざしきわらし』の地下にそんな秘密基地が。

 

「まぁ、多少は窮屈かもしれぬが我慢して欲しいのである。それと学校は暫く休んででもこちらを優先して欲しいであるな。職業訓練実習扱いで出席した事に出来るので欠席日数などは気にしなくていいのであるが、勉学が多少遅れることは覚悟して欲しいのである」

 

まぁ、背に腹は代えられないか。

 

「了解。ってか職業訓練実習扱いなんだ……」

 

「一応、葬者は職業なのである。イメージ的には猟師とかが近いであるかな。免許とかもあるのである」

 

免許とかあるんだ……

 

「伝達事項はこんな所であるかな。まぁ、今日は特に予定も無い故にゆっくり休むと良いのである。吾輩も今日はざしきわらしに詰めている故に何かあればメールでもしてくれればよい」

 

「わかった。ありがとな、冬至」

 

「気にするなである。さて、要件も終わった故に吾輩は地上の方に上がっているのである。それと、my friend(マイフレンド)雫」

 

「……なに?」

 

my friend(マイフレンド)竜樹も起きたことであるし、少しは休むのである。この二日間、ろくに寝てないであろう」

 

え? そうなのか、雫。

 

「……大丈夫……私は……平気」

 

「平気なわけあるまい。my friend(マイフレンド)竜樹の事が心配なのは分かるであるが、そのせいでお主が体を壊しでもしたら目も当てられないのである」

 

しかも冬至の口振りからするに俺のせいらしい。

もしかして、ずっと傍にいてくれてたりしたのか? なんて思うのは自惚れだろうか。

何にしても、本当に迷惑をかけたようで済まない。

 

「……冬至だって……ずっと起きてる」

 

「吾輩とmy friend(マイフレンド)雫では経験が違うのである。ほれ、my friend(マイフレンド)竜樹。お主からも何か言ってほしいのである」

 

ちょ……冬至、急に振らないでくれよ。

え、ええっと……

詳しい事情が呑み込めていないんだが、俺を心配して徹夜してくれてたって事でいいんだよな?

 

「雫、心配してくれるのは嬉しいけど、無理はしないでくれよ」

 

「……でも」

 

「雫が倒れたりしたら俺も悲しいし……俺はもう大丈夫だからさ」

 

雫の中で色々と葛藤があったようだが、納得してくれたのか、やがて首を縦に振った。

うん、分かってくれて良かったよ。

 

「……じゃぁ……少し寝てくる……冬至……何かあったら連絡して」

 

「うむ。了解なのである」

 

「……それと……竜樹」

 

ん? 何だ?

 

「……私……隣の部屋にいるから……一人寝が寂しくなったら……いつでも夜這いに来て……いいよ」

 

んな!? 何言ってんだお前は!!

 

「……じゃ……お休み……竜樹」

 

言うだけ言って雫はそのまま部屋から出て行ってしまった。

もちろん冗談なんだろうが、本気にしたらどうするつもりなんだろうか。

 

あと、何ニヨニヨしてんだ冬至!!

 

 

 

 

 

 

あの後、知広ちゃんが持ってきてくれた食事を平らげた俺は、再び眠りについた。

別に眠かった訳じゃないが、俺が最初に目覚めたのが夜の十一時過ぎだったらしく、食事が終った頃にはすでに日付が変わろうとしていた。

知広ちゃんもそろそろ就寝のようだし、別にする事がある訳でも無いので無理に寝入ったのだ。

と言うか、こんな夜中までありがとう知広ちゃん。

 

だけどずっと寝ていたせいか、変な時間に目が覚めてしまったようだ。

手元のスイッチで部屋の電気をつけ、携帯端末(スマートフォン)で時刻を確認すると現在四時過ぎ。

二度寝しようにも目はぱっちりと覚めてしまい、眠れる気がしない。

起きてもすることは無いし、スマホでもいじって……あ、やば。バッテリーが残り僅かだ。

 

さてどうしたものかと考えながらゴロンと寝返りを打ち──

 

「ん?」

 

布団とは違う何かが、俺の左手に触れた。

 

「なんだこりゃ?」

 

寝る前には無かったと思うんだが。

不思議に思いながらそれに触れてみると、ほのかに温かく柔らかい。

うわっ、感触がふにふにしてて気持ちいい。

 

「……んっ……あっ」

 

……今何か聞き覚えのある声が聞こえたような。

試しにもう一度触ってみる事にする。

 

──ふにふにふにふに──

 

「……ん……えっち」

 

……なんか確認するのがすごく恐ろしくなってきたぞ。

だが、だからと言って確認し無い訳にもいくまい。

覚悟を決めて布団を剥ぎ取ってみると──

 

「…………」

 

「……あ……竜樹……おはよ」

 

──布団の中に雫がいた。

 

丸まった姿勢で、上目づかいにこちらを見ている。

どうやら、位置からして先ほど触っていたのは雫の二の腕だったようだ。

ほっとしたような、残念なような……

 

「……何してんだ?」

 

「…………んと……添い寝」

 

「いや、俺が聞きたいのは何でそんな事をしているかなんだが……」

 

隣の部屋で寝てたんじゃないのか?

 

「……可愛いお姉さんが……一緒に添い寝……嬉しくない?」

 

「自分で可愛いとか言うな」

 

まぁ、可愛いけどさぁ。

あと、素朴な疑問なんだが、添い寝とは寄り添って寝ることであって、布団の中に潜り込むのは違うんじゃないだろうか?

って、今は関係無いか。

 

「……お姉さん……ずっと待ってたんだよ」

 

ん? 何をだよ。

何か約束でもしてたっけ?

 

「……隣で……ずっと待ってたのに……竜樹…………夜這いに来ない」

 

行かねぇよ!!

俺を何だと思ってんだ!

 

「……だから……私が夜這いに来た」

 

「夜這いに来た、じゃ無ぇよ!!」

 

びっくりして思わず布団から飛び出しちまったぞ。

 

「……あっ……もう朝だから……朝這い?」

 

どっちでも関係ねぇよ!

それと、しなを作んな!!

 

「はぁ、冗談もほどほどにしろよ。俺が本気にしたらどうすんだよ」

 

流石に雫も本気じゃあるまい。

たまーにこう言う事言って来るんだよな、雫は。

俺が狼狽する様子が楽しいらしい。

 

分かってはいるんだが男の(さが)か、どうしても反応しちゃうんだよなぁ。

昔、本気にしかけて散々からかわれた記憶がある。

二年くらい前だったかな。

 

「……………………………………ん……面白かったから……これくらいにしとく」

 

「満足したならさっさと自分の部屋に戻ってくれ」

 

「…………ん」

 

渋々と言った様子で布団から這い出してくる雫。

 

あー、雫ってば昨日普段着のまま寝ちゃったんだな……

寝慣れていないのか、かなり着崩れている。

ちょっと上から覗けば胸とか見えそうなんだが。

まぁ、それでも色気が皆無なんだよなぁ、コイツ。

むしろ微笑ましさが出てくるってのは何でだ?

 

「……っきゃ!」

 

「どうした?」

 

そんな事を考えてたら、急に雫が可愛い声を上げた。

見れば雫が再びベッドにダイブしている。

どうやら布団に足を引っかけたらしい。

 

俺が飛び出たから大分崩れてしまってたからな。

倒れたのが柔らかい場所で良かったよ。

 

「大丈夫か?」

 

「……うん」

 

とりあえず起こしてやろうと手を伸ばすと、雫は素直に手を取った。

頬のあたりが微妙に色付いてるのは恥ずかしかったからか?

そのまま抱き起こす為に上半身に手を添えた所で──

 

「陰宮さん? もう起きられて────」

 

──パジャマ姿の知広ちゃんがドアの向こうから顔を覗かせていた。

 

あれ? 知広ちゃん、寝たんじゃないの?

それにドアの開く音がしなかったんだが、もしかして開きっぱなしだった?

たぶんトイレか何かで起きて来た時に、この部屋の扉が開いているのを発見。

電気もついているようなので様子を見に来たと言ったところか。

 

知広ちゃんは俺たちを確認すると、僅かに首をかしげて何かを考え始めた。

何か変なとこでもあったか?

まぁ、雫の事だろうな。

何でこんな時間にこんな場所にいるんだって。

 

数秒ほど考えた後、知広ちゃんは腑に落ちたような表情になった。

 

「陰宮さん」

 

「何だ?」

 

雫ならすぐに隣に返すよ?

 

「この部屋は扉を閉めると完全に音が漏れない設計になっているのです」

 

しかし、知広ちゃんの言葉は全く予想外の事だった。

そもそも流れが分からない。

何でいきなり部屋の防音の話になっているんだ?

 

「だからいくら声を出しても大丈夫なのです」

 

は?

そう言われた一瞬、俺の思考は停止した。

 

 

 

さて、それでは今の自分達の状況を客観的に見てみよう。

 

ベッドの上の男と女。

乱れた雫の衣服。

雫の上半身を抱きかかえるように支えている俺。

赤くなっている雫。

つまりはこれから雫と事に及ぼうとしているようにも見えなくもない訳で……

 

 

 

「それではお邪魔虫は退散するのです」

 

もう清々しいくらいの笑顔でそんな事を告げると、知広ちゃんはクルッと踵を返して部屋から出て行ってしまった。

そしてパタンと閉められるドア。

 

「ちょっと待って! 知広ちゃん!」

 

その時ようやく再起動した俺が叫ぶも、時すでに遅し。

ドアが閉められたことで完全防音となったこの部屋での叫びは、外の知広ちゃんには届かなかったようだ。

慌てて知広ちゃんを追いかけようとして……

 

「……あっ」

 

腕の中に雫がいるのを思い出した。

あ、悪い。

あやうく放り出す所だった。

とりあえず雫から手を放し、部屋のドアを開けてみるが既に知広ちゃんの姿は無い。

 

しかも知らない場所なので探しに行くと迷いそうだ。

下手すると入っちゃけない部屋に入ってしまうかもしれない。

何かここ、色々あるみたいな事を冬至が言っていたし。

 

「はぁ」

 

仕方ない。

朝になれば誤解を解く機会くらいいくらでも有るだろう。

そう考えてベッドの方に戻ってくると、雫は未だベッドの上にちょこんと座っていた。

とりあえず、雫と会話でもしながら朝まで時間を潰すか。

そう考えて俺もベットの縁に腰掛ける。

 

「……竜樹」

 

ん? 何だ?

 

「……押し倒す?」

 

「しねぇよ!!!」

 

お前ら揃いも揃って俺の事を何だと思ってるんだぁ!!

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