「……」
彼……ハンドラー=ウォルターに酒は縁遠いものだった。
背負った使命、そしてそのために失われていった数多くの命のために、ウォルターは前に向かい続けることだけを己に課していた。そんな彼に、逃げ道になるような酒など必要ない。
もっと言えば、今彼とともにいる強化人間部隊『ハウンズ』のメンバーである『C4-617』『C4-618』『C4-619』『C4-620』は全員、10代半ばから10代後半の少女たちだ。彼女たちはすべての『仕事』が終わったのなら、それまで稼いだ金で再手術を受けて普通の人生を歩めばいい。そんな彼女たちに酒を近付けるのは躊躇われた。
そこまで考えてウォルターは自嘲気味に苦笑する。
(自分の目的のために、彼女たちを地獄の戦場へと送り込み続ける男が今さら何を思っているのか……。
それに……俺は強化人間たちすべての不幸の元凶の息子だぞ)
ルビコン技研……半世紀以上にルビコン3に存在したナガイ教授を中心とする、コーラル研究の最先端。そこでナガイ教授に次ぐ地位にあった、ナガイ教授の信頼する『第一助手』こそウォルターの父だった。
未知の物質であるコーラルの謎を解き明かしていく父は、ウォルターにとって尊敬できる父だった。しかし……それもウォルターの母が事故でコーラルの奔流に呑み込まれ消えていった時までだ。母を失った父はコーラルの研究に没頭していき、研究者としての倫理を失っていった。人の尊厳を平気で踏みにじる、そんな狂った成果をいくつも生み出した。『強化人間技術』もその狂った父の成果の一つだ。
「……」
そんな過去を持つウォルターには、酒などに溺れるような時間はない。
だが……そんなウォルターにも今は酒が、しかも飛び切り強い酒が必要だった。
「『C1-53』……」
その原因を、ウォルターは口にする。
声を聞いただけで、半世紀以上前の記憶を揺さぶられた。よもやと思いACから降りてきた彼を迎えた瞬間、疑いは確信に変わる。
狂った父によって集められた、史上初の強化人間実験の被験者100人。その中にいた、自分と同い年の彼と彼女。
人体実験をする男の息子と実験用のモルモット……そんな立場の違いも関係なく、自分のことを心から『友人』だと呼んでくれた。
親に売られたという2人。彼女の方は当初感情が抜け落ちたような様子だったが、彼はそんな彼女に自分唯一の宝物だという地球の花の図鑑をプレゼントして、彼女の心を開いていった。
『ほらこれ。 俺の一番好きな花。太陽に向かって咲く花とかすごくいいじゃん。
それに俺とお前の名前を合わせた花だし、綺麗だろ?』
『……それは彼女へのプロポーズか何かか?
彼女も顔を赤くしてまんざらでもなさそうだが……お邪魔なら俺はどこかに行くぞ』
『あはは、ウォルターは相変わらず変な気の廻し方をするなぁ』
他愛ない、どこにでもあるような会話。それでも、忘れえぬ大切な思い出。
『強化人間ってのは普通より凄い人間になるってことなんだろ?
だったら俺たち2人がそんな凄い人間になって、ウォルターが困ってたら助けてやるよ。
俺たち、友達だからな』
そう言って笑う彼と、その隣で彼のくれた花の図鑑を胸に抱き、こくりと頷く彼女。
しかし……強化人間手術の成功者の中に2人の名前はなかった。
思えばあの2人の命こそ、ウォルターがその後の人生で背負い続ける重荷の、初めてのものだったのだろう。
だが……彼は生きていた。
『C1-53』の来歴は聞いた。強化手術で死亡したと思われていたところを息を吹き返し、その特殊な事例を調べようと長期保存処理を行い冷凍保存。運ばれたところで『アイビスの火』によって存在を忘れ去られ、今に至るという。肉体的に彼が当時のままであることの辻褄は合う。
しかも、『C1-53』がここに来て初めて要求したことが、ACネームの変更だった。
『
そう言って彼の決めた、そのACの名は……。
「『
君の好きな、君と彼女の名前の花……」
ここまで揃えばもう疑いようはない。彼は、友人は生きていたのだ。
「君は……記憶もすべて半世紀以上の時の向こうに置き忘れてしまったというのに……それでも俺との『約束』を果たすために戻ってきてくれたというのか、ヒナタ……」
こんなにもあり得ない偶然が重なれば、そんな風にも思ってしまう。
今はウォルターにとって大事な時だ。使命を果たすために、優秀な戦力は少しでも欲しい。特にあのスッラを退け、無法者集団とはいえACを含めた敵30機を単機で片付けるような腕は、使命を果たす上で大きな助けになってくれるだろう。
だが……せっかく生きていた友人を、自分は使命のために危険な戦場に送らねばならない……。
「……」
ウォルターはすべてを呑み込むように強い酒を一気にあおった。しかし身体を熱くするはずの酒はまるで鉛のように重く、高揚するどころかどこか心が冷めていくように感じていた……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
新しい雇い主『ハンドラー=ウォルター』のところに転がり込んでから一晩がたった。
あの後、俺はウォルターたちの拠点へと招き入れられた。実際に見たハンドラー=ウォルターは、俺が前世でAC6をやっていたときに感じたような好感の持てるイケオジだ。
さらに『C4-617』『C4-618』『C4-619』『C4-620』の4人とも顔を合わせる。全員が表情に乏しいながら、美しい銀髪の少女たちだ。髪も身体も綺麗にしており、噂で聞いた使い捨ての犬だなんてとんでもない、全員が女の子として気を使われているのが分かる。それだけでウォルターへの信頼は爆上がりだ。
美少女軍団の1人、『C4-618』は俺を見るなりスッと近付いてくると俺の服の袖を握り、俺をじっと見つめてきた。ウォルター曰く、助けられたお礼を言いたがっているらしい。そんな風にうまい具合に俺は彼らに受け入れられた。
ただ、少し気になったのは俺を見た時のウォルターの反応だ。何故だかひどく驚いた様子だった。同じ反応は俺がACネームを変更したときにもしていた。
前世日本のころからACネームは花の名前で統一して『フラワーシリーズ』と自称していた。さすがにデイブ氏の名付けた『
気にはなったが、考えても仕方ない。俺も疲れていたのでそのまま案内された寝床で休み、今に至るというわけだ。
「で、ウォルター。 これはどういうことだと思う?」
朝起きてみると、ベッドサイドに立ち俺の服の袖を握りながらジッと見つめる少女が1人……『C4-618』だ。相手が美少女じゃなければ、まるでホラー映画のワンシーンである。
どうかしたのか、と尋ねてみるも無言。そのくせ袖から手を離そうとしない。仕方なくそのままウォルターの元に俺はやってきていた。
「『618』は君に感謝と好意を伝えたいようだ」
「好意? これがか?」
俺は『618』が握りっぱなしの袖を掲げて見せる。
「第四世代型強化人間は感情表現に乏しい。そんな中で相手に接触したいというのは、好意を抱いていることを示す行動だろう。
親愛のハグと同じようなものだ」
そう言ってウォルターは苦笑すると、ウォルターは俺と話があるから部屋を出るように言う。『618』は少し名残惜しそうにしながら、部屋から出た。
「さて『C1-53』……改めてだが、俺に雇われるということでいいんだな?」
「俺は構わない。むしろあの『ハウンズ』の様子を見て、やはりウォルターは当たりだと感じている。
ただ……できれば1つ聞かせてほしいことがある」
そしてウォルターをまっすぐに見つめながら言った。
「ウォルターの目的は何なんだ?
噂のようなただの独立傭兵団の総括とは思えない。もっと別の目的があるように見える」
「……」
俺の言葉に、ウォルターは言葉を選んでいるようにしばし沈黙する。そしてゆっくりと口を開いた。
「……コーラルを知っているな。 半世紀前に『アイビスの火』で周辺星系を焼き払った新物質だ。
あれは『アイビスの火』によってすべて焼失したことになっていたが……最近になってルビコン3にコーラルがあるという話が流れていて、アーキバスやベイラムといった企業が反応している。
俺の狙いはこのコーラルだ。ルビコン3に渡り企業を出し抜いてこれを……手にしたい」
言葉を選びながらも、ウォルターは己の目的を答えてくれた。すべてを答えられないながらも、俺の質問に誠実に答えようという態度にさらに好感度が上がった。
まぁ、元AC6プレイヤーとしては、オーバーシアーでコーラル絶対燃やし尽くすマンなことは知ってるんですけどね!
同時に、今の時系列的なものも朧げに見えた。
(あの
ここから企業はあの手この手で閉鎖されたルビコン3に入り込んでいくことになる。
「……ルビコン3は惑星封鎖機構によって完全封鎖されている。
企業に強力な伝手でもあれば話は別だが、個人単位での密航は現時点ではほぼ不可能に近いぞ」
「方法は考える。今は準備期間だ。
金・伝手・装備……いくらでも必要なものはある。そのための傭兵活動だ」
「……ウォルターの考えは理解した。
その仕事、俺もハウンズたちと同じく請け負おう」
「助かる。 しかしそれにはまず解決しなければならない問題がある」
「わかっている。 俺の
デイブ氏が俺に与えていたAC、『ダストボックス』改め『日向葵』だが、あれはボロボロの旧式機体だ。武装の方も心もとない。
かといって『ハウンズ』たちのACを見れば、ウォルターたちもカツカツでやりくりしているというのは分かっていた。これで俺にACをくれなんて無茶は言えない。この問題を解決しないと、仕事にはありつけないだろう。
だが……この程度のこと、想定内なんだよぉ!
「これを……」
「これは?」
そう言って取りだしたのは、俺がデイブ氏の死体を漁って持ってきた情報素子だ。
ウォルターは警戒しながらも、それを自身の端末へ差し込む。
「これは……デイブ=キーライの口座か!」
「三途の川の渡し賃は六文銭でいいらしいからな。
ほかは退職金として貰ってきた」
「……なかなかに古典文化を知っているな」
少し呆れたように言うと、ウォルターは中身を確認していく。
「……凄まじい金額のコームだな」
「俺の先輩方相手に、随分やってたんだろうよ」
「それに取引をしていた武器商人の情報か。これでACパーツの発注も出来る。凄いものだな。
だがいいのか? これだけの金と情報があれば、再手術をしてもう一度人生を買い直せるが……」
「言ったはずだ。俺はウォルターの目的のために雇われる、と。 俺の直感もそうすべきだと言っている。
この金と情報で、俺のACとハウンズたちのACを整えてくれ。
そして……ルビコン3へ!」
何故俺がこの世界に転生したのかは分からない。しかしもし叶うのなら、すべてが丸く収まる、そんな安っぽいハッピーエンドが見てみたい。
それが今の俺の存在意義だ。
「……わかった、すぐに手配しよう」
俺の決意を読み取ってくれたらしい、ウォルターは深く頷いた……。
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『ブリーフィングを開始する。依頼はベイラムグループからだ』
『独立傭兵に依頼する。
半世紀前に起きた『アイビスの火』は知っているだろう。 ルビコン3で発見された新物質『コーラル』によって発生した、星系を巻き込んだ大災害だ。
それによってルビコン3は惑星封鎖機構によって封鎖、コーラルも燃え尽きたと言われている。
だが最近になってルビコン3でコーラルが再発見されたという確度の高い情報が入ってきた。
コーラルを独占することができれば、それによって手に入る利益は途方もないものになるだろう。絶対にほかの企業に渡すわけにはいかん。
だが、どうやらアーキバスもコーラルの情報を掴んでいるらしく、進駐の準備を進めている。
そこで独立傭兵の出番だ。アーキバスグループの所有するバートン物資集積基地を襲撃してほしい。
現在、そこにはルビコン3進駐のための物資を集積中だ。その物資を破壊し、アーキバスの出鼻をくじくのだ。
メインターゲットは基地の中央管制センター。ここを叩けば基地の運用に大きな影響を及ぼす。
さらに物資輸送の大型コンテナ、輸送ヘリ、燃料タンク、すべてに追加報酬を用意している。基地施設を壊せるだけ壊してくれ。
なお、同基地にはアーキバスの精鋭部隊『ヴェスパー』の隊員が配備されているという情報がある。留意してくれ。
諸君の働きに期待する』
『ベイラムとアーキバス。企業たちのコーラルをめぐる暗闘はもう始まっている。
お互いに足を引っ張り合っているこの状況を利用して、稼がせてもらうとしよう……』
「今回は俺やハウンズは全員出撃でいいのか?」
ハウンズの面々はまだ感情が乏しく、意見などを述べるのは苦手だ。だから必然的に、俺がウォルターに対して確認をする役割に収まった。
『メインターゲットは基地の中央管制センターだが、追加報酬となる対象が多く、実質基地を全破壊するような依頼だ。少人数では逆に報酬を取り逃して割に合わない。
それに全員が全くの新機体での初陣だ。無論、お前を含めシミュレータ訓練は毎日やっているし、換装した機体を機種転換訓練なく十全に動かせるというのは強化人間全般の特徴だ。問題はないだろうが……やはり実戦に勝る経験はない。
幸いにしてまだ資金にも余裕はある。新しい機体での実戦経験としても、全員での出撃がベストだろう』
ウォルターの意見に反対個所はない。俺は頷きながら、1つだけ懸念を語る。
「少し気になる部分がある。 このヴェスパー部隊のことだ」
ヴェスパー部隊……アーキバスの誇る強力な戦闘部隊だ。各隊長クラスは強力な強化人間であり、その戦力は計り知れない。
ただしヴェスパーⅠは例外な模様。あいつ、AC大好きを極めすぎて強化人間より強い真人間とか、確実に前作主人公とかそういう類の生き物だろう。DLCであいつ主人公の過去編が来ても俺はまったく驚かない。
とにかくこの世界だと、ヴェスパー部隊の各隊長クラスは揃いも揃って怪物どもという評価だ。
そんなのが護衛で複数いたら……と思ったが、今の自軍戦力を考えたら、気にすることではない気がしてきた。
前世のプレイヤー能力そのままと当時の機体を手に入れた俺は、誰相手でも戦えるだろうし、十分勝てる気もある。何なら今すぐにヴェスパー上位陣と戦いたいくらいだ。というかスネイルは視界に入り次第コックピットにパイルバンカーをぶち込んで確殺したい。
そして他のハウンズ達はというと、ここしばらくの新機体――俺がプレイヤー視点で助言して各人の好みに合わせて手に入るパーツ、ぶっちゃけ技研パーツなしで組んだAC――を使った模擬戦を俺と毎日繰り広げた結果、とんでもない戦闘力になっていた。全員が普通にヴェスパー上位陣と互角かそれ以上の戦力を持っていると思う。最悪、逃走に徹すれば誰の相手をするのも可能だろう。作中でカーラも言っていたが、ウォルターの強化人間を見る目利きが凄い。
『ヴェスパー部隊だが、欠番である『9』を抜いた1から10までの上位ナンバーたちは進駐の準備中らしく、今回のバートン物資集積基地の護衛に入っている可能性はまず無い。
いるとすればその下……10以降の2桁ナンバーだろう。
油断できる相手ではないが、こちらは5機。 お前もいることだし、滅多なことでは苦戦すらしないだろう』
「……ずいぶん俺を高く買ってくれてるんだな」
『あれだけ毎日模擬戦でハウンズ達を叩く結果を見ていればな。 ハウンズ達の練度もメキメキ上がっているし、お前の実力は信用できる』
「それは嬉しい限りだ。 それじゃ……そろそろ今日の愉快な狩り場に行くとしようか」
ブリーフィングが終了し、俺やハウンズがそれぞれの機体に搭乗していく。
俺はジェネレータに火を入れながら、生まれ変わった愛機へと話しかけた。
「これから頼むぞ、相棒。
行きつくところ……ともすれば地獄まで俺に付き合ってくれ」
ヴォン!
センサーアイの駆動音が、俺にはまるで相棒からの答えに聞こえた……。
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今日のアセン
AC名:『
パイロット名:『C1-53』
R-ARM UNIT:
L-ARM UNIT:
R-BACK UNIT:
L-BACK UNIT:
HEAD:HC-2000/BC SHADE EYE
CORE:VP-40S
ARMS:AA-J-123 BASHO
LEGS:VP-422
BOOSTER:ALULA/21E
FCS:FC-008 TALBOT
GENERATOR:DF-GN-08 SAN-TAI
EXPANSION:ASSAULT ARMOR
解説
『ダストボックス』改め『日向葵』と改名された『C1-53』の愛機。中量二脚といういかにもな主人公機。オサレな顔がチャームポイント。
プラズマミサイルで中距離けん制、近距離に接近し左右のショットガンでズタズタにし、アサルトアーマーでスタッガー状態に追い込んだ後に一撃必殺のパイルバンカーでぶち抜くという、これ以上ないくらい分かりやすいコンセプトの機体。
ナーフ? この世界では知らない子ですね。
前世ですべてのボスを葬り去ったアセンであり、『C1-53』にとっては最高の愛機。
バショウ腕とパイルバンカーにコーラル以上に脳を焼かれており、スタッガー状態の敵を見ると蕩けた笑顔になる変態御用達。