トリニティ学園の一室。そこでシャーレの先生とティーパーティホスト桐藤ナギサはお茶会をしていた。別段特に用事があるわけではなかった。政治的駆け引きでも、個人的相談でもない。ただお互いにできたわずかな休息を堪能していただけであった。
しかし、先生は己の病を悟らせない為に常に気を張っているためあまり息抜きはできていないようだった。
「ナギサこの紅茶おいしいね」
ナギサが直々に入れてくれた紅茶を口に含み、独特の味と香り、風味を楽しみ。初めて飲んで葉の紅茶だったが不思議と舌に馴染むような感じがした。まるで生まれつきの好物と出会ったように…
「先生のお口にあったようで良かったです。それはダージリンといって世界三大紅茶にも数えられているんですよ?一番摘みの葉はストレートによく合うので今回お出しさせていただきました」
「そうなんだ。教えてくれてありがとうナギサ」
「いえいえ」
ナギサの説明を聞きながら紅茶の匂いを鼻に味合わせる。そしてお茶請けのロールケーキと共にダージリンと言われた紅茶を胃の中に運ぶ。ここ最近、血と胃液でまみれ汚れることの多い食道はさぞや驚くだろう。そう、驚いたのだ。
「うっ・・・」
比較的落ち着いていた先生の容態であったが、精神的油断を狙ったのか頭痛と息切れを引き起こしてしまう。不味いと思うが、事態は刻一刻と先生にとって悪い状況に向かってしまった。
「…?先生!?」
カップを落としてイスから地面に倒れた先生を見たナギサはただ事ではないと、急いで救護騎士団を呼ぼうとするが・・・
「救護騎士団はだめだ・・・」
「えっ!?どうしてですか先生!」
先生からすれば生徒達に自身の体を調べられればきっとより多くの者がショックを受けてしまうと考えるがナギサからすれば助かりたくないと言っているようなものだった。
「あの子たちまで巻き込みたくないんだ・・・お願いだナギサ・・・」
ナギサの袖をつかみまるで免罪を懇願する罪人のような先生の姿にナギサは強く衝撃を受けた。ナギサの中で先生と言う存在は変人なところこそあれど決して折れずまっすぐな『大人』なイメージだった。
それが今はどうだろう?弱弱しく守るべきだといっていた生徒に対して縋りついてしまっていた。それがナギサにとっては酷く哀れであり同情を誘った。それと同時にただならぬ状況であるということは誰よりも理解したのだった。
「……わかりました先生。どこにお連れすればいいのですか?」
「連邦生徒会のサンクトゥムタワー・・・」
また遠いところまで運ぶものだとナギサは思うが、事態が事態なので文句も愚痴も口にせず、
「……これが終わったら説明してくださいね。私にはその権利くらいはありますので」
「あぁ、頼んだよナギサ……」
そう言ってナギサは部下に車を用意させ自身で運転して先生をサンクトゥムタワーまで送るのだった。そのおかげか連邦生徒会で見てもらった先生は命に別状もなく元の様態に戻ったのだったな。
―――
「……という訳で私はもう長くない。黙っててごめんねナギサ」
「……本当です。よく今まで皆さんを騙せましたね」
心の底からナギサはそう思った。私やミカさんはともかくセイアやどこにでも現れる救護騎士団の鷲見セリナなどをよく騙しとおしてきたものだと感心を通り越して感動の域にまで届きそうである。
「あぁ、それね。セイアの勘は不確定要素を潰せば行けるし。セリナのワープは常時私の近くにシッテムの箱のバリアを展開させておけば誤魔化せるよ」
「そう、ですか。随分熱心ですね」
「うっ・・・」
皮肉を言われ縮こまってしまう先生。これくらいの毒くらいは容認してもらいたいものだとナギサは思う。そう思ってしまうほどにナギサの心は受け入れがたい真実に悲鳴を上げていた。
「……先生。これからもお茶会に呼んでもよろしいですか?」
「いいよ。ナギサなら私の体のことを隠す必要はもうないからね」
「えぇ、せめて真実を知る私くらいには愚痴の一つくらい打ち明けてください」
―――
「先生どうです?今回の紅茶は?」
「そうだね、私的にはダージリンの方が好きだね」
先生は香りをかぎながらそう答える。
「そうですか。では、次回はダージリンを用意しておきます」
「頼むよ」
あれから先生とのお茶会の回数が増えた。そう、一週間に一度や二度のペースとなった。その分お互い仕事が忙しくなるがその分楽しい時間を過ごせると思えば全く苦ではなかった。
「ちょっとナギサ失礼」
そう言って先生は懐から白い袋を取り出し始めました。
「えぇ、構いませんよ。人払いなら済ませましたので」
秘密を知っていてかつ先生と会う機会が増えると自然とナギサの前で薬を飲むことが多くなった。
「いつも悪いねナギサ」
「……大丈夫ですよもう慣れましたので」
口ではそう言っても体は正直である。紅茶のカップを持っていない方の手では、手を思いっきり握りしめてヘイローの守りを突き抜け出血してしまっていた。ナギサは先生が薬を飲むたびに思うのだ。
――あぁ、何回こうして先生と向かい合えるのか、と
きっと、片手で事足りるほどだろう。いや、もっと少ないかもしれない。そう思うたびにナギサは心を締め付けられる。そして実感してしまう……
―――
「先生どうです?今回の紅茶は?」
「うーん、確かに風味も匂いもいいんだけど…」
濁すような言い方に対しナギサはここ数ヵ月の間に行われたお茶会により先生の考えを一瞬で見抜く
「『ダージリンの方が好き』ですか?私はほどほどなのですが先生はよほどダージリンティーをお気に召したのですね?」
「うんそうだね。不思議とこれが口に合うんだ。ナギサのロールケーキを何度でも食べられるからね」
先生はまたナギサに紅茶を飲
「ふふっそれは良かったですね。ミカさんにも今度試してみましょう」
「……ミカも苦労しそうだ。おいしいけどそのロールケーキカロリー高いんだよ。ましてやこの状態じゃ胃の負担になる」
そう言って点滴を強調するように先生は右手を持ち上げてみせる。
「おや、そうですか?このロールケーキは先生に合わせてカロリーも下げて消化に良いもので作ってあるんですけどね?」
先ほどお医者様と話、もう助かりそうもないと言われた。そろそろ潮時だろう。
「……先生」
「なんだいナギサ」
先ほどの和気あいあいとした空気から一転静かな空気が場を支配する。自分の体は自分が一番わかっているという言葉があるように先生もわかっているのだ。もはや自分は明日の太陽すら見れないのだと……いや、もはや今夜の月すら見れないだろう。何せこの刹那こそが自分の最期だと、ナギサとの別れだと……
「―――た、……おかしいですね。一杯練習したはずですのに、いざ本番になると声が、出ませんね…」
ナギサの声は段々と力を失い最後は目から流れるものだけだった。それは静かにシーツを汚す。
――しっかりしなさい。桐藤ナギサ。偶然であっても先生が最期の相手に選んでくださったんですよ?
自分を鼓舞し、前を向く。
「お慕いしていました先生。きっと死んでも私は先生を思っています」
ナギサは先生の手を握りながらそう宣言する。
「……最期に呪いの言葉をありがとうナギサおかげで君のことを好きでいられてよかったって思えた」
先生は精一杯の力を込めてナギサの手を握り返す。そしてやがて入れていた力を失くす。
―――
「ねぇねぇナギちゃん?」
「なんでしょうミカさん」
ティーパーティのホストとして地位を取り戻した聖園ミカがふと思った疑問を口にする。
「最近それしか飲まないじゃんね?前はもっといろんなの飲んでたよね?なんで?」
「ふふふ。さて、何ででしょうね?」
ナギサはそう言って不思議な色気を放ちながら妖艶な笑みを浮かべてダージリンを飲むのであった。
それから、黄色い襤褸を来たゲマトリアのボス件何でも屋の男訪ねてきてナギサが呆然としたのは別の話……
裏話
基本的に作者は先生のセリフは“ ”で区切ってますが、この作品では普通に「」で区切ってますこれは先生の記号である【大人の先生】という根幹が揺らいでいることを表しています。
この中で一番最高のエピソードと言えば?
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コユキ
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ノア
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ミネ
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黒服
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ヒマリ
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アスナ