トイレのエルフ様~狭魔という土地におけるトイレと異世界の関係について~ 作:ナルミユズル
そんなこんなで、我が家に一人、住人が増えた。
住人が増えたということは、つまりカリーナのことについて知る人間が一人増えたということでもある。
もっとも、そこには特に問題はなかった。何を隠そう、実の姉だからな。
ただ、難儀すると思った説明が思ったよりもずいぶんとスムーズに進んだことは、正直意外だった。
困惑するどころか『え、カリーナさんはエルフなの? 異世界の? すごいね!アニメみたい!』と大はしゃぎをしたのだから、我が姉の残念さたるや筆舌にし難いものがある。
マジで、ド級のアホだ。
事の重大さを彼女なりにとらえてはいるんだろうが、今も目の前では異世界について、熱心にカリーナへと問い質している様子を見ると、ただのオタク根性を発揮しているだけのように見える。
それも一日開けて、だいぶ落ち着いたと思っていたら、これだ。
昨日も夜遅くまで話をしていたのによく飽きないな。
コーヒーを啜りながら二人の様子を眺めていると、カリーナが助けを求めるように、こちらを見た。
それにため息を吐きつつ、立ち上がる。
「悪い、姉さん。ちょっと出かけるから、カリーナ借りるな」
「ええッ! まだ聞きたいことあったのに!」
「それは後にしてくれ」
それでもごねようとする姉さんに「どうせ、どっちかが帰るまで一緒に暮らすんだから、いつでも聞けるだろ」と言うと、それもそうかと納得してくれて、カリーナは解放された。
そのまま、二人して家を出ると、いつものようにフードを被ったカリーナが不思議そうにこちらを見た。
「んだよ」
「ああいや、今日はどこに調査に行くのだろうと思ってな」
調査って…… こいつは俺を何だと思ってんだ。
「どこにも調査には行かねえよ」
「違うのか?」
「ああ、そういう気分じゃないからな」
「……意外だな。そこにしか興味が無いと思っていた」
「お前な……」
まあ、確かにここしばらくはそのことばかりだったから、そう思われるのも無理はないか。
ただ、今回はカリーナに助け舟を出すつもりだっただけで、特に何を考えたわけでもない。あのアホの子は家に居る限り、カリーナに引っ付いて離れなさそうだから、外に出た、というぐらいだ。
ついでだし、買い物でもするか、程度のことは考えているが、それだって家を出てから考えついたことだ。
「まあ別に、お前が調べものしに行きたいならそれでもいいけどな。ほら、お前言ってただろ? 橋があの世とこの世の境界になっている、だったか、そういう話があるって」
確か涼子さんがうちに来た翌日、だったろうか。一冊の本を手に取って「私を崇め奉るがいい!」とか言っていたはずだ。橋からあの世へ迷い込む人が居たり、あの世からこの世へと渡って来る存在が居たり、とかで調べてみることになった。で、
「そ、それは、橋の数は多いからもう少し調べて、場所を絞ってからにするってことになっただろう?」
「ああ、そういやそうだったな」
「白々しい奴め。絶対覚えていただろう」
もちろん、覚えていたとも。
次の日に、狭魔市に現存する橋を小さいものから大きいものまで、ざっと調べてその数を教えてやったら、青い顔してたもんな。
「あの時のお前の顔は愉快だったな」
「もうやだこいつ…… 」
何とでも言うがいいさ。
▽
行く宛てもなく家を出た俺達がやって来たのは、家の一番近くにあるスーパーだった。
いつもは自転車で十分ほどかけて来る場所なのだが、今日は徒歩だったので、三十分以上かけて来たことになる。
普段なら絶対にやらないことではあるが、カリーナの魔法があるとなると話は別だ。
炎天下の中でも、冷房をかけたように涼しいまま散歩感覚で歩くなら丁度いい。
流石に店に入る時は、人に見つかることや使う必要がないことから、止めて貰ったが、快適過ぎてカリーナを帰してしまうことが、少しだけ惜しくなってしまうというものである。
ただ、それでもやはり帰って貰うにこしたことはない。
快適な一人暮らしが脅かされるというのもそうだが、電気代の掛からない移動式エアコンとか、見つかったら戦争になりそうだ。
粗方の買い物は終えたので、現在はフードコートで軽く休憩していた。
暑い中を歩かずとも、棒アイスってのは美味いもので、軽く歩いただけで疲れる運動不足の身体に、帰るための気力が湧いてくるのを感じる。
移動式エアコン…… もとい、カリーナもさっき買ってやったアイスをパクついているところだ。
そうしてくつろいでいると、次に頭に浮かぶのは今夜の夕飯のことだ。昨日はあるものでどうにかしたが、今日はしっかりと食べたい気分だった。
献立なんてものは買い物をしながら考えているので、何を作るかはだいたい決まっているのだが、とりあえずカリーナに聞いてみることにした。
「夕飯、カレーライスでいいか?」
「またか?先週も食べた気がするのだが…… 」
言われて、そう言えばと思い返す。
こいつが来てからというもの、船乗りでもないのに、週に一度はカレーを作っている気がする。
元々カレーが特別好きとかそういう訳ではなかったのだが、何を作ろうかと悩むと自然とカレーを作ってしまう。市販のルーを欠かしたことも、ここしばらくはなかったはずだ。
もちろん、そればかりを作っているという訳ではないが……
「あー、じゃあ肉じゃがとかにするか?」
材料的には問題がなさそうだが…… あ、白滝ねぇや。
幸い、まだスーパーを出たわけじゃないし、今から買い足すか……
そう思い、立ち上がろうとしたところで「いや、カレーでいい」とカリーナが言った。
「いいのか? 流石に飽きただろう」
「いい。私はカレーが好きだからな」
「そうかい」
「そうだ」
なら、別にいいか。カレーで。
そう思って再び、椅子に腰を落ち着けたと同時に、スマホの通知が鳴る。
涼子さん辺りから連絡でもあったのだろうか、とポケットからスマホを取り出して、開くと動画配信サイトからの通知だった。
どうやら、姉さんがライブ配信を始めたらしい。
アホか?弟の家で配信開始するとか、どんな根性だよ。
俺が頬をひくつかせているとカリーナが「どうした?」と聞いて来る。
「ああ、姉さんがライブ配信してんだよ」
「おお、言っていたやつか。確かゆーちゅーぶとかいうやつだよな?」
それに頷いてから、画面に視線を戻す。
「おっ、何時もより同接多いな…… 」
表示されている数字は十。つまり十人の視聴者が、この配信を観ているということになる。普段はいいとこ二人にしか観られない姉さんの配信としては、快挙だった。
配信タイトルは『「びっくり」田舎に騎士様がいた!』である。びっくりってなんだ、こういうのなら普通は「驚愕」だろ。あと、全体的に頭が悪そう。
「って、騎士……?」
気になる単語に配信を開く。
すると、スマホにセルカ棒? とかいうやつをつけて、インカメで撮影しているのだろう。少し高めの位置から、見覚えのある橋で姉さんと困惑気味の甲冑姿の少女が話をしている映像が見える。
『騎士様! ほら、カメラに向かってピースしてみて !ほらピース!』
『なんですその変な物体は?』
アホの圧の強さに気圧されながら、見様見真似でカメラに向かってピースをしてみせる甲冑少女。薄く汚れた髪と、微妙に暗い表情が状況と相まって、幸薄そうな印象をこちらに抱かせる。
しかし、本当に気になるのは―― いや、どちらも気になるのがそれ以上に―― そのさらに後ろ。何やら、見覚えのない、明らかに不自然な風景が見えた。
空間が歪み、ここではないどこかの景色が映し出されている。
「おい、カリーナこれって…… 」
「ん? どれどれ? 久遠が何か面白いことをしているのか?」
カリーナに声をかけて、画面をそちらに見せると彼女はピシリと動きを止め、その表情を強張らせる。
「なんで…… 」
そんな弱々しい声は聞いた覚えがなかった。
「おい、カリーナ? クソエルフさん?」
声をかけるが、それを無視して、どこか上の空の状態でカリーナは続けた。
「どうして、クラウディアが映っているんだ……?」