トイレのエルフ様~狭魔という土地におけるトイレと異世界の関係について~ 作:ナルミユズル
姉さんの配信が始まって数分後、俺は姉さんがいるであろう場所まで走っていた。
カリーナは様子がおかしかったので、タクシーで荷物と一緒に家まで運んで貰っている。
何故様子がおかしかったのかは正直わからん。配信を観て固まったのはわかるし、そのあと何かを呟いていたのは知っているが、それ以上のことはわからないし、聞けるような状態じゃなかった。
俺は俺で、スーパーから直接向かった方が、配信場所である橋に近かったのでそのままダッシュ。配信そのものは観ていないが、スーパーで買ったイヤホンを繋いで、音声で状況は、把握できている。
さっき見た時は、それほど視聴者は増えていなかったが、それも時間の問題だろう。まあ見つかったところで後ろの謎空間が、現実のものであると信じる者は少ないだろう。
そこまで考えたところで、一度足が止まる。
「だっはッ! キッッッツ!」
思わずそんなことを叫んで、余計に体力を消費しながら、スーパーで買ったスポドリを呷る。
移動式エアコンがないため、ダラダラと溢れるように汗が流れる。
直射日光の熱ももろに感じるので、割としんどい。
「走んのもうむり…… 」
我ながら情けないことだとは思うが、ここからなら橋はすぐ近くだ。歩いて向かってもそれほど時間はかからない。姐さんもまだ『すごいすごい! 剣なんて振ってるところ、初めて見た!』とかきゃいきゃい言ってるし……って、剣?
「おいおい…… 」
スマホを取り出して、画面を見るとキッと口を引き結び、殺陣染みた動きで剣を振るう少女の姿があった。
いや、普通に見ればコスプレで作った剣なんだけど、一応銃刀法とかあるんですけど。
しかし、視聴者にそれを気にするものはいないのだろう。コメント欄も大盛り上がりだ。
このロング・ベアーさんなんて『本物の騎士様が拝めるなんて…… 』と大興奮のようだし……
「ってこれ、涼子さんだろ…… 」
何やってんだ、あの人。名前そのまんまだし。
歩きながら、ファンタジー大好きヤクザちゃんに一人、ツッコミを入れる。
姉さんの配信を観るのはいいが、あまり甘やかさないで欲しい。調子に乗るから。
『あ、涼子ちゃん観てくれてるんだ!やっほー!』
ほら、見た事か。
ネットのルールというものを何処かに置いて来ている我が姉は、コメント欄に出没した知り合いの名前をとにかく呼びたがる。
迷惑以外の何物でもない。世が世なら迫害されるタイプの人間である。
「っと、居るな…… 」
ほどなくして、橋の上ではしゃぐ
時間にして約十分の道程だったが、謎空間もまだ健在だ。時間で消えるタイプではないのかもしれない。
「姉さん」
声をかけると、勢いよく姉さんの顔がこちらを見た。いや、こえーよ。なんだその瞬発力。
「あ、りゅーくんだ!」
にこぱあと輝く笑顔で、こちらを見る姉さんにため息を吐きそうになるが、その前に、
「とりあえず、一旦配信閉じてくれないか?」
「ああ、うん。そうだね、りゅーくんこういうの苦手だもんね。わかった」
そう言って、軽い挨拶と共に姉さんは配信を閉じる。
別に苦手ではないのだが、そう思ってくれた方が都合がいいのは確かなので、黙っておくことにする。
途端、すさまじい勢いで涼子さんと思しき通知でスマホが震えだすが、今は向こうが冷静じゃなさそうなので、スマホをポケットに突っ込み無視することにする。
「サンキュー姉さん、んで…… 」
俺は視線を甲冑少女の方、ではなく、その後ろの謎空間に視線をやりながら、
「そっちのは、誰か聞いてもいいか?」
「うん! あのね、クラウディアちゃんは…… えっと…… 」
あ、これ覚えてないやつだ。
「悪い、そっちの騎士さん? でいいのか?」
「厳密には違います」
あ、そう。違うんだ。そう思いながら、アホな姉さんの方を見ると、彼女はえへへと笑って、顔を逸らした。どうやら配信では、ノリと勢いで適当を言っていたらしい。
「じゃあ、すまんが自己紹介して貰ってもいいか?」
俺がそう言うと、どこかホッとした様子で騎士は頷いた。
「…… 私は、クラウディア・アーベルと申します。国では…… 」
「クラウディアさん、ね。じゃあ、率直に言わせてもらいたいんだが…… 」
正直、素性とか立場とかそんなものに興味はないので、失礼だとはわかっていながら、食い気味にそう言って、視線を謎空間から、クラウディアの方へと向ける。
「そこの空間から出て来たってことで、間違いねえな?」
「え?」
そう疑問の声を漏らしたのは、姉さんだ。
俺が指差した方向を見て、目を見開いている。
「りゅーくん!何あれ!」
「なんだろうな、俺もわからん」
「謎空間! 謎空間だよ! クラウディアさんがあそこから来たの⁉」
「わからんから、今聞いてる」
「ねえりゅーくん」
「ちょっと黙って」
「……はい」
シュンとした様子で、姉さんは口を閉じる。
お口チャック出来て偉い! そのまま、五時間ぐらい黙っててくれ。
「で、どうなんだ?」
「…… あなたの言う通りです。私は、そこの空間から出てきました」
やはりそうか。
ということは、橋、ってのは奇しくも大正解を引いていたわけだ。カリーナは無理矢理にでも連れて来るべきだったかもしれない。
そんなことを考えながら、謎空間に近こうとした時だった。
「いッ⁉ なんだ⁉」
体に大きな衝撃走り、弾き飛ばされる。
「りゅーくん⁉ 大丈夫⁉」
心配そうな顔をした姉さんが駆け寄って来る。
だが、正直それどころじゃない。
「弾かれたのか?」
一体なぜ?この世界の人間だからか?
「その空間を通ることは出来ませんよ、もう試しました」
俺の疑問に答えるようにクラウディアが言った。
「つまりこの空間は一方通行ってことか?」
なんだそりゃ。本で言われてる話と全然違うじゃねえか。
「残念なことにその様ですね」
まったく残念そうな口振りじゃないんだが……
「しかし、これもあの人がここに居ると言う神からの啓示でしょう。お二人共、少し私の話を聞いてくれませんか?」
気を取り直すように言ってはいるが、そもそも気落ち自体していなかったような気がするんだけど?ていうか、目、キマってない? ねえ、大丈夫? この子?
当てが外れて気持ちが追いつかないので、ちょっと待って欲しい、とそう俺が言おうとして、そんな俺を無視して放たれたクラウディアの一言に、俺は目を見開く。
「カリーナというエルフの女性に心当たりはありませんか?」
なぜ、彼女はその名前を知っているのだろうか。
「なんで、その人のことを俺に聞く?」
「簡単な事です」
そう言って、彼女は自分の鼻を指差して言った。
「あなたから、カリーナ様の匂いがしたからですよ」
正直に言おう。
ドン引きだった。
▽
「改めて、クラウディア・アーベルです。元の世界では勇者、など大層な名前で呼ばれていましたが、弱冠十七の小娘ですので、雑な対応で構いません。よろしくお願いします」
我が家の居間で正座をした銀髪の美少女が、そう言いながら折り目正しく礼をした。勇者だということに、多少の驚きはありつつも、その居住まいを見ていると驚く方が失礼な気がした。唯一姉さんだけは、はしゃでいたが、あの人は何時もああなので、放っておくことにする。
その清廉な姿に、流石は勇者だ、とそう言えればよかったのだが……
折り目は正しいし、立ち居振る舞いも立派なのだろうが、それ以上にカリーナにべったりくっついている様子が気になって、礼儀の正しさとかどうでも良くなってくる。
そのカリーナはと言えば、すごく嫌そうな顔をしていた。
こう、筆舌に尽くし難い感じのすごい表情だ。とにかくすごい。
「龍二…… 」
「なんだ」
「拾ったところに、返してきなさい」
様子を見る限りだと、そう言いたくなる気持ちはわからんではないが……
「わかった。見てろよ」
とりあえず頷いて、俺がクラウディアに触れようとすると、彼女は牙を剥き出しにして、猛った獣の如く威嚇を開始した。
このやり取り、通算五度目である。
「お宅の狂犬が怖いので、ちょっと無理みたいですね」
これはカリーナが配信の映像見ただけで固まるはずだ。マジで怖い。
「諦めないでくれ」
そうは言うが、何事も諦めが肝心なのである。
俺だって、出来ることならそいつをさっきの橋に捨てて来たい。
「姉さん、そこの犬……じゃない、勇者、さっきの橋に捨てて……じゃない、戻してきてくれない?」
俺でダメなら、姉さんだ、とダメ元で頼んでみるが、
「えー! なんでー! 部屋に空きあるんだから、元の世界に帰れるまで居させてあげてもいいんじゃない?」
これである。
「ねえいいでしょ! ちゃんと面倒見るから!」
あ、あなたも捨て犬扱いするんですね。
何も考えないでやっていそうだから、質が悪いな。
「…… 私が居ては迷惑、ということでしょうか?」
「まあ、そうだな。ただ、迷惑と言うか邪魔なんだ。俺のくつろぎ空間に知らん奴が居座るのは我慢ならん」
とか言いつつ、カリーナと姉さんは家に置いているわけだが……
二人共、早く帰ってくんないかな。
もちろん、目の前の勇者がその事に気がつかないはずはない。
「カリーナ様と久遠はこの家で暮らしているのに、ですか?」
「正直言って、どっちも邪魔だ」
「え⁉」
邪魔者1、2の驚きの声が聞こえる。
むしろお前ら、自分がその括りじゃないと思ってたのかよ。
「まあ、姉さんは百歩譲って姉さんだからいいけどな」
「りゅーくんッ!」
「おい、久遠。感涙に咽いでいるところ悪いが、あんまりいい意味じゃなからな。姉じゃなかったら、追い出されてたってことだぞ」
いらんこと言わんでいい。
「言っておくが、誰が悪いとかじゃない。俺は一人でいるのが好きで、周囲に人がいるのが苦手なんだ」
「つまりはお前の器量の狭さが原因なので、お前が悪いわけですね」
「お前もいらんこと言うやつだな…… 」
否定はしないが、普通ならここは少しでも俺の心象良くしようとか思うところだろ。あと、何で俺にだけ二人称お前なんだよ、嫌いか? 俺が。
別に良いが、俺もちょっとこいつのことが嫌いになりそうだ。
「いらんことついでに、聞いておきます。お前のような人間が、カリーナ様と同じ家で暮らすことが、どれほど得難い栄誉であるか、お分かりですか?」
「わからん」
全くわからん。つーか、そっちの世界でカリーナが何者であろうと、こっちの世界で意味なんてないのだが……
「はあ……これだから、素人は」
「いや、これ素人玄人の話だったの?」
「そういう話です」
そういう話だったかあ。
「ちなみに、私はカリーナ様検定準一級の保持者ですよ」
「なあ、カリーナこのアホ勇者はこう言ってるけど、そんなんあんのか?」
「そんな検定はない」
「だそうだが?」
「…… 嘘を吐きました。ごめんなさい」
「嘘だったの⁉」
一名ほど驚いている壺とか買わされそうなやつがいるが、その嘘自体は至極どうでもいいので、その謝罪は素直に受け取ることにした。
そこで咳ばらいを一つ。よくわからない話を切って、軌道修正することにした。
「だいぶ話がズレたが、条件次第でしばらくはこの家で暮らしてくれてもいい」
「はい」
「ただし、あまり長居はして欲しくない」
「安心してください。長居をするつもりはありません」
話がわかるやつだな。カリーナなんて、最初から居座るつもりだったぞ。
「今はカリーナ様とお前の二人で、帰還方法を探しているのでしたっけ?」
「ああ…… 」
この家に、彼女が来るにあたって、帰りの道すがら現在の状況は一通り話してある。
この世界に残っている「他界」の逸話から、彼女たちの暮らす世界への帰還方法を探っていること。現状、ではまだハッキリした原因なんかはわかっていないこと。
そして、クラウディアが橋から現われたことによって、やり方が間違っていたわけではないと判明したこと。
彼女はカリーナのことを聞きたがっていたようだが、あのエルフは目が覚めるような八面六臂ぶりを発揮したわけでもないので、適当に流しておいた。
まあ、橋に繋がる情報を見つけて来たのはカリーナだし、全く活躍していないということはない。もう少し積極的になってくれれば、大活躍間違いなしだと思うんだがな。
ともかく、ここまで来たら、一方通行である理由と発生の原因を考えれば、何とかなりそうだ。そもそもの原因やらを探るのが一番難しいことには目を瞑る。
「今はもうあと一歩、というところまで来てる」
「私があそこに現れたから、ですね? そして、その場所が私達の世界に繋がることを見つけたのは、カリーナ様、と…… やはりこれは運命。私とカリーナ様の協力によって、次のステップへと進んだも同然です」
「ああ、うん。そうだね」
細かなところは間違っているが、訂正するのも面倒臭いので、とりあえず頷いておいた。
「おい、訂正しろ! お前はどっちの味方だ!」
「お前の味方で居てやりたいが、こいつなんか怖いから無理」
「おおう…… 」
やり辛そうな表情で、引き下がるカリーナ。何故かその表情は赤かった。
「あ、お前の味方で居てやりたいのは、このアホ勇者の時だけだからな。普段は家主と居候の関係であることを忘れるなよ」
「お前もいらんこと言うじゃないか! 本当に何なんだお前!」
真っ赤になって怒り始めたカリーナを無視して、立ち上がる。
そろそろ、話しを決着させなきゃいけない。俺はクラウディアたちを見下ろしながら、口を開いた。
「んで、勇者クラウディア殿。条件の話だ。我が家で暮らすということは、この調査に協力するということだ。お前はどうする?」
そう問いかけると、クラウディアは俺と同様立ち上がる。一名、そもそも話の流れを聞いてにこにこしているだけだったアホが「え、私馬鹿だけど、やれることあるかな?」とか言っていたが、出来ることはないので、応援しててくれ、と思う。
「もちろんです。このクラウディア・アーベル、異世界へ帰還するためお前に全面的に協力することをカリーナ様に誓いましょう」
毅然とした態度でそう言い放ったクラウディアだが、どうして微妙に締まらない。
「そこは神に誓えよ」
「アホですね。神なんて実在するかもわからないものよりも、ここにいる神よりも尊い存在に誓った方が、信頼できるでしょう?」
なるほど。これは理解しようとしたらダメな奴だ。
「まあ、わかった。よろしく」
「ええ、短い間でしょうが、お世話になります。龍二」
俺達は握手を交わし、ここに協力体制は成った。
「というわけだ、カリーナ。よかったな、早く帰れるかもだぞ」
「ああ、そうだな」
先ほどまでギャーギャー言っていたにも拘わらず、そう首肯したカリーナの表情は、笑っていた。
笑っているのだと、思っていた。