トイレのエルフ様~狭魔という土地におけるトイレと異世界の関係について~   作:ナルミユズル

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何もなく、平凡で、幸せな日々。2

 

 意味不明な姉さんの発言に、何も言うことが出来ずに家を出た。

 姉弟なんだから、別に構うも構わないもない。

 

 どちらかが縁を切ろうとしない限り、ずるずると死ぬまで長い付き合いになるのは決まっているのだ。

 

 それに、俺は姉さんにだけは一生頭が上がらない。

 

 俺の人生で数少ない、関わっていて「よかった」と思える人だ。

 

 向こうがどう感じているかは知らないが、これでも俺なりに姉さんを大切にしているつもりではある。

 

 まあ、行き過ぎて過保護になっていないかだけは、心配だが。

 そこまで考えて、運ばれて来たコーヒーを一口飲む。

 気まずさゆえに少し早く家を出て来てしまい、バスに乗ってしまったが最後だ。

 ギリギリ、というか遅れて着くつもりだったのだが、俺が指定された喫茶店に着いた頃には、まだ涼子さんは来ていなかった。の、だが……

噂をすれば、とは少し違うが、カランコロンと店の入り口から音がして、それと同時に涼子さんの姿が現れる。

 

 下手な男よりもよほど男らしい格好と、精巧な顔立ち故に、店内の視線が彼女に集まっているのがわかる。

 

 他人のフリしとこ、とばかりに視線を逸らしてもう一口コーヒーを飲んだところで、目の前にドカリと大きな音が聞こえた。

 

「おいテメエ、アタシの連絡無視するたあどういう了見だ? あァッ?」

「忙しかったもんで」

「忙しくてもメールぐらい見れるだろうが」

 

 ごもっともな意見である。が、

 

「やー、通知切ってたんでわかんないっすね」

 

 こう誤魔化せば、大抵それ以上は責められないのである。昔、クソ親父に使っていた手法である。

 

「テメエ…… 」

 

 涼子さんは怒り顔で、こちらを睨むが、次の瞬間何かに気がついたように目を見開いた。

 

「……アタシのこと、嫌い?」

「……はい?」

 

 急におかしなことを言い出したぞ?

 

「そっか……そうだよね……こんな乱暴な口調で話してたらそりゃ嫌いになるよね…… 」

「え、いや、ちょ、涼子さん?」

「アタシ今、組長だし……怖いよね……」

 

 あー!なんかいけないスイッチ押しちゃったぽいー!

 

「ごめんね、怒鳴って……」

「あの、涼子さんストップ」

「あ、うん、もう口開かないね。一生」

「そうではなく」

「あ、息を止めるんだね? わかった、龍二君がそう言うならそうする」

 

 それこそやめてくれないですかね⁉

 

 やめて、哀しげな表情で優しく微笑まないで。何も変な事言ってないのに、悪いことした気分になって来るから。

 

 なんか、すごく懐かしいものを見た気分になるが、人目が多い場所でそれやられると、周囲の視線が痛いんだよ。

 ほら、周りがひそひと話してるのがこっちまで聞こえてくる。

 

「やだ、息止めろって死ねってこと?」

「DV彼氏ってやつ?現代社会に実在するんだ」

「いやあ、案外いるっぽいぜ?でもなんか、外見のギャップすごいな」

「ちょっと、そういう話じゃないでしょ。止めないと…… 」

 

 そんな好き勝手な話声と共に、誰かがこの席に向かおうとした瞬間、

 

「俺は!涼子さんの事は好きでも嫌いでもないし!もちろん、怖くもないから安心し

てくれ!あと、息はしてくれ!」

 

 俺は大声で、その様なことを叫んだ。己の立場を守るためなら、公衆の面前で大声を出すことも厭わない。それが家室龍二と言う男である。

 店員が寄って来ようとしたから、流石に不味いと思った。

 

「え、うん…… 」

「わかったか?」

「すっごい間の抜けな阿呆な台詞だなって思った」

「テメエ…… 」

そこまで話して、俺達は同時に吹き出した。

「あー、なんか懐かしいな今の」

「そうだなァ…… 昔は、坊やの方が口調荒かったし、アタシはこうじゃなかった」

「戻ってんじゃん」

「戻るってか、演技だしな。なかなかのもんだろ?」

 

 あっけらかんと、涼子さんはそう言った。

 

「ガチかと思ったわ…… 」

 

 さきほどまでの卑屈な様子はどこへやら「だろ?」と言って、快活に笑う涼子さんの姿は、やはりどこまでも昔の姿に似ても似つかない。

 それでも、確かに面影はあった。変わったものは多いが、変わらないものもあるのだろうそう思いながらも、俺は言った。

 

「変わったな、本当に。久しぶりに会った時は、誰かもわからなかったし」

「あー…… まあ、な。つっても、これも最初は人のまねっ子だったんだが」

「まねっ子、ね」

 

 まあ、そういう喋り方をする奴は周りに多いだろうし、モデルには事欠かないだろう。

 

 そんなことを思っていると、涼子さんは少し不満気に眉を寄せて、

 

「誰か、わからねえか?」

 

 そんなことを言った。

 

「わかるわけないだろ。割とあり触れた喋り方だぜ、それ」

「そうかよ」

 

 そう言ってそっぽを向くと「テメエのそういうところは変わらねェな」と涼子さんは言った。

 

「そうか?」

「ああ、変わらねえ。鋭い癖して変に鈍いところだとか、他人の感情に無頓着なところとか、他のとこはずいぶん変わっちまったようだが…… 」

「散々な言いようだな」

「散々言うさ、アタシにはもう関係ないからな」

そんなことを言って、優しく彼女は頬を緩める。

「それに変わらねえってのは悪いことばかりじゃねェ…… だろ?」

「そうだな」

 

 変わることだって、良いことばかりじゃない。

 きっと、彼女も俺も「良い変わり方」は出来ていないのだから、実感もあって言葉の重みもひとしおだ。

 感慨深くそんなことを思っていると、涼子さんはテーブルに肘をつきながら言う。

 

「……と、さっきの言葉は訂正だったな」

「あん?」

「前にも変わっちまったとか言ったが、お前の一番良いところは変わっちゃいなかったよ」

 

 そう言って、涼子さんは真っ直ぐにこちらを見つめて来る。

 

「久遠さんの配信に映ってた騎士は、異世界からの来訪者、であってるな?」

「ああ、なんだ知ってたのか」

 

 その件について、話したいと思っていたのだが、どうやら大方の説明は省いて良さそう

だった。

 

「ハッ、あんだけ色々映り込んでたら誰だってわかるだろうが」

「流石、ロング・ベアーさん」

「…… 煽ってんのか?」

 

 煽ってはいない。からかってはいる。

 

「んで、どうせまたお前の家に居着いてんだろ?あの騎士」

「んー、ちょい訂正があるが家に居着いてるのはあってるぞ」

「あ?んじゃあ、どこに訂正が…… 」

 

 騎士、の部分だ。

 

「あいつな、クラウディアって言うんだが、騎士じゃなくて勇者だった」

「は?」

 

 ポカンと大口開けて呆ける涼子さん。

 だが、すぐに再起動する。

 

「ゆ、ゆ、ゆ、勇者だァ⁉」

「おう『ゆゆゆ』だ」

 

 別に結城でも友奈でもないが、正真正銘の勇者である。

 全く散りそうもないけど。

 

「つーか、涼子さん声でけえよ」

 

 落ち着いたはずの周囲の様子が、またも騒然とし始めそうだった。

 

「わ、悪い…… けどお前、勇者ってお前…… 」

「あのな、こっちの世界でその肩書に意味なんてねえんだから、取り乱してんじゃねえよ」

「何でお前はそんなに冷静なんだ…… 」

 

 だって、俺からしたら居候以外の何者でもないし。

 

 一銭にもならないどころか、むしろこっちの財布を薄くしてんだから、勇者だろうがなんだろうが、知ったこっちゃない。

 

 同じ居候なら、ゲジゲジとか蜘蛛の方がまだ役に立つ。不快害虫食ってくれるし。

その様なことを涼子さんに伝えると、彼女は苦笑しながら言った。

 

「それでも家には置いてやるんだな」

「置いてやってるんじゃない。勝手に上がり込んでくんだよ、あいつら」

「でも放り出さない、そうだろう?」

「そりゃあ、お前。行く宛てもないヤツを放り出すとか、流石の俺でもしねえよ」

「ばーか、大概はなあなあで居つかせたりしねェんだよ。世の中の人間が誰でも周りに優しいと思ったら、大間違いだ」

「んなこたあ、分かっちゃいるが…… 」

 

 こういうシチュエーションって、大概の人間、というか男なら憧れるものじゃねえの?

 

 俺はそういうタイプの物語を呼んでも、他人と同居とか死んでも嫌だと思う性質だが、ああいう生活風景と言うのは、和む。

 

 現代社会で乾ききった人々の心に、潤いをもたらしてくれる。そういうものだろう。

 

 カリーナも脳筋だが、見てくれは良いので、出会ったのが俺じゃなければ、もうちょい良い思いをしていたのではないだろうか。

 

「普通は憧れるだろ、こういうのって」

「まあ、憧れはするだろうな。で、実際ことが起きて、そういった類の創作物と同じように動こうとする。けどな、最初は歓迎出来ても三ヶ月の間、そいつの世話を焼いて、帰る方法まで探してやろうとする、なんてのは普通じゃねえ。大概、異世界とこの世界のギャップなり、まああとは金銭的に苦しかったりで後悔することになる。考えてもみろ、在留資格も何もない不法滞在者を家に匿ってるようなもんだ。そんなもん、長続きするはずがあるかよ。始末に負えねえのは、身分すら証明できないってところだ。二人目なんて、アタシだったら放り捨てる自信がある」

 

 お前も、それぐらいわかってるだろ?とそう彼女は言って笑った。

 

「俺は最初から歓迎しちゃいないんだがな」

「けど、出会った…… いや、出会ってしまったことの責任を取ろうとしている。違うか?」

「…… 」

「まあ、つまりは、そういうところだよ」

 

 疑うような視線を涼子さんに向けながら、押し黙った俺を見て、彼女はここ最近の挑戦的なものではない笑みをその顔に浮かべる。

 

「龍二君は変わってないよ、昔から優しいまんまだ」

 

 それは、俺が最も覚えのある頃の彼女の表情だった。

 

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