トイレのエルフ様~狭魔という土地におけるトイレと異世界の関係について~ 作:ナルミユズル
意味不明な姉さんの発言に、何も言うことが出来ずに家を出た。
姉弟なんだから、別に構うも構わないもない。
どちらかが縁を切ろうとしない限り、ずるずると死ぬまで長い付き合いになるのは決まっているのだ。
それに、俺は姉さんにだけは一生頭が上がらない。
俺の人生で数少ない、関わっていて「よかった」と思える人だ。
向こうがどう感じているかは知らないが、これでも俺なりに姉さんを大切にしているつもりではある。
まあ、行き過ぎて過保護になっていないかだけは、心配だが。
そこまで考えて、運ばれて来たコーヒーを一口飲む。
気まずさゆえに少し早く家を出て来てしまい、バスに乗ってしまったが最後だ。
ギリギリ、というか遅れて着くつもりだったのだが、俺が指定された喫茶店に着いた頃には、まだ涼子さんは来ていなかった。の、だが……
噂をすれば、とは少し違うが、カランコロンと店の入り口から音がして、それと同時に涼子さんの姿が現れる。
下手な男よりもよほど男らしい格好と、精巧な顔立ち故に、店内の視線が彼女に集まっているのがわかる。
他人のフリしとこ、とばかりに視線を逸らしてもう一口コーヒーを飲んだところで、目の前にドカリと大きな音が聞こえた。
「おいテメエ、アタシの連絡無視するたあどういう了見だ? あァッ?」
「忙しかったもんで」
「忙しくてもメールぐらい見れるだろうが」
ごもっともな意見である。が、
「やー、通知切ってたんでわかんないっすね」
こう誤魔化せば、大抵それ以上は責められないのである。昔、クソ親父に使っていた手法である。
「テメエ…… 」
涼子さんは怒り顔で、こちらを睨むが、次の瞬間何かに気がついたように目を見開いた。
「……アタシのこと、嫌い?」
「……はい?」
急におかしなことを言い出したぞ?
「そっか……そうだよね……こんな乱暴な口調で話してたらそりゃ嫌いになるよね…… 」
「え、いや、ちょ、涼子さん?」
「アタシ今、組長だし……怖いよね……」
あー!なんかいけないスイッチ押しちゃったぽいー!
「ごめんね、怒鳴って……」
「あの、涼子さんストップ」
「あ、うん、もう口開かないね。一生」
「そうではなく」
「あ、息を止めるんだね? わかった、龍二君がそう言うならそうする」
それこそやめてくれないですかね⁉
やめて、哀しげな表情で優しく微笑まないで。何も変な事言ってないのに、悪いことした気分になって来るから。
なんか、すごく懐かしいものを見た気分になるが、人目が多い場所でそれやられると、周囲の視線が痛いんだよ。
ほら、周りがひそひと話してるのがこっちまで聞こえてくる。
「やだ、息止めろって死ねってこと?」
「DV彼氏ってやつ?現代社会に実在するんだ」
「いやあ、案外いるっぽいぜ?でもなんか、外見のギャップすごいな」
「ちょっと、そういう話じゃないでしょ。止めないと…… 」
そんな好き勝手な話声と共に、誰かがこの席に向かおうとした瞬間、
「俺は!涼子さんの事は好きでも嫌いでもないし!もちろん、怖くもないから安心し
てくれ!あと、息はしてくれ!」
俺は大声で、その様なことを叫んだ。己の立場を守るためなら、公衆の面前で大声を出すことも厭わない。それが家室龍二と言う男である。
店員が寄って来ようとしたから、流石に不味いと思った。
「え、うん…… 」
「わかったか?」
「すっごい間の抜けな阿呆な台詞だなって思った」
「テメエ…… 」
そこまで話して、俺達は同時に吹き出した。
「あー、なんか懐かしいな今の」
「そうだなァ…… 昔は、坊やの方が口調荒かったし、アタシはこうじゃなかった」
「戻ってんじゃん」
「戻るってか、演技だしな。なかなかのもんだろ?」
あっけらかんと、涼子さんはそう言った。
「ガチかと思ったわ…… 」
さきほどまでの卑屈な様子はどこへやら「だろ?」と言って、快活に笑う涼子さんの姿は、やはりどこまでも昔の姿に似ても似つかない。
それでも、確かに面影はあった。変わったものは多いが、変わらないものもあるのだろうそう思いながらも、俺は言った。
「変わったな、本当に。久しぶりに会った時は、誰かもわからなかったし」
「あー…… まあ、な。つっても、これも最初は人のまねっ子だったんだが」
「まねっ子、ね」
まあ、そういう喋り方をする奴は周りに多いだろうし、モデルには事欠かないだろう。
そんなことを思っていると、涼子さんは少し不満気に眉を寄せて、
「誰か、わからねえか?」
そんなことを言った。
「わかるわけないだろ。割とあり触れた喋り方だぜ、それ」
「そうかよ」
そう言ってそっぽを向くと「テメエのそういうところは変わらねェな」と涼子さんは言った。
「そうか?」
「ああ、変わらねえ。鋭い癖して変に鈍いところだとか、他人の感情に無頓着なところとか、他のとこはずいぶん変わっちまったようだが…… 」
「散々な言いようだな」
「散々言うさ、アタシにはもう関係ないからな」
そんなことを言って、優しく彼女は頬を緩める。
「それに変わらねえってのは悪いことばかりじゃねェ…… だろ?」
「そうだな」
変わることだって、良いことばかりじゃない。
きっと、彼女も俺も「良い変わり方」は出来ていないのだから、実感もあって言葉の重みもひとしおだ。
感慨深くそんなことを思っていると、涼子さんはテーブルに肘をつきながら言う。
「……と、さっきの言葉は訂正だったな」
「あん?」
「前にも変わっちまったとか言ったが、お前の一番良いところは変わっちゃいなかったよ」
そう言って、涼子さんは真っ直ぐにこちらを見つめて来る。
「久遠さんの配信に映ってた騎士は、異世界からの来訪者、であってるな?」
「ああ、なんだ知ってたのか」
その件について、話したいと思っていたのだが、どうやら大方の説明は省いて良さそう
だった。
「ハッ、あんだけ色々映り込んでたら誰だってわかるだろうが」
「流石、ロング・ベアーさん」
「…… 煽ってんのか?」
煽ってはいない。からかってはいる。
「んで、どうせまたお前の家に居着いてんだろ?あの騎士」
「んー、ちょい訂正があるが家に居着いてるのはあってるぞ」
「あ?んじゃあ、どこに訂正が…… 」
騎士、の部分だ。
「あいつな、クラウディアって言うんだが、騎士じゃなくて勇者だった」
「は?」
ポカンと大口開けて呆ける涼子さん。
だが、すぐに再起動する。
「ゆ、ゆ、ゆ、勇者だァ⁉」
「おう『ゆゆゆ』だ」
別に結城でも友奈でもないが、正真正銘の勇者である。
全く散りそうもないけど。
「つーか、涼子さん声でけえよ」
落ち着いたはずの周囲の様子が、またも騒然とし始めそうだった。
「わ、悪い…… けどお前、勇者ってお前…… 」
「あのな、こっちの世界でその肩書に意味なんてねえんだから、取り乱してんじゃねえよ」
「何でお前はそんなに冷静なんだ…… 」
だって、俺からしたら居候以外の何者でもないし。
一銭にもならないどころか、むしろこっちの財布を薄くしてんだから、勇者だろうがなんだろうが、知ったこっちゃない。
同じ居候なら、ゲジゲジとか蜘蛛の方がまだ役に立つ。不快害虫食ってくれるし。
その様なことを涼子さんに伝えると、彼女は苦笑しながら言った。
「それでも家には置いてやるんだな」
「置いてやってるんじゃない。勝手に上がり込んでくんだよ、あいつら」
「でも放り出さない、そうだろう?」
「そりゃあ、お前。行く宛てもないヤツを放り出すとか、流石の俺でもしねえよ」
「ばーか、大概はなあなあで居つかせたりしねェんだよ。世の中の人間が誰でも周りに優しいと思ったら、大間違いだ」
「んなこたあ、分かっちゃいるが…… 」
こういうシチュエーションって、大概の人間、というか男なら憧れるものじゃねえの?
俺はそういうタイプの物語を呼んでも、他人と同居とか死んでも嫌だと思う性質だが、ああいう生活風景と言うのは、和む。
現代社会で乾ききった人々の心に、潤いをもたらしてくれる。そういうものだろう。
カリーナも脳筋だが、見てくれは良いので、出会ったのが俺じゃなければ、もうちょい良い思いをしていたのではないだろうか。
「普通は憧れるだろ、こういうのって」
「まあ、憧れはするだろうな。で、実際ことが起きて、そういった類の創作物と同じように動こうとする。けどな、最初は歓迎出来ても三ヶ月の間、そいつの世話を焼いて、帰る方法まで探してやろうとする、なんてのは普通じゃねえ。大概、異世界とこの世界のギャップなり、まああとは金銭的に苦しかったりで後悔することになる。考えてもみろ、在留資格も何もない不法滞在者を家に匿ってるようなもんだ。そんなもん、長続きするはずがあるかよ。始末に負えねえのは、身分すら証明できないってところだ。二人目なんて、アタシだったら放り捨てる自信がある」
お前も、それぐらいわかってるだろ?とそう彼女は言って笑った。
「俺は最初から歓迎しちゃいないんだがな」
「けど、出会った…… いや、出会ってしまったことの責任を取ろうとしている。違うか?」
「…… 」
「まあ、つまりは、そういうところだよ」
疑うような視線を涼子さんに向けながら、押し黙った俺を見て、彼女はここ最近の挑戦的なものではない笑みをその顔に浮かべる。
「龍二君は変わってないよ、昔から優しいまんまだ」
それは、俺が最も覚えのある頃の彼女の表情だった。