トイレのエルフ様~狭魔という土地におけるトイレと異世界の関係について~   作:ナルミユズル

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何もなく、平凡で、幸せな日々。3

 それは俺の眠気が見せた幻覚だったのかもしれないと思った。

 あるいは、幻聴。

 

 でもなければ、俺のことを「優しい」などと言う人間がいるはずもない。

 

 俺の深層心理の何処かにある、そう誰かに言われたいという願望が見せたものだと思わなければならない。

 

 例え、そんな覚えがなかったとしてもだ。

 

 無意識って怖いわー。

 

 その後、つつがなく「橋」で起こっていたことを涼子さんに話し終えることは出来た。

 

 それから、喫茶店を出て彼女と別れてからというもの、帰りのバスの中でそんな要領を得ない思考がぐるぐると周る。

 

 流れる景色をうとうとと眺めながら、定まらない自分の思考に苛立ちを感じる。

 眠いうえに、暑いから、頭がおかしくなっているのかもしれない。

 

 優しいってなんだ、優しいって。

 

 優しい人間が、人を便所に落とそうとするかよ。

 

「あほらし」

 

 バスを降りて、家までの道を転ばないように足元を見ながら、ダラダラと歩きながら、そう口にするとスルッと先ほどまでの考えが頭から抜けた。

 

 他人からどう思われようが、どうだっていいということを忘れていたらしい。

 

 人の言葉に、一々心が乱されるのは頭が回っていない証拠である。

 家に着いたら、寝よう。とにかく、寝よう。つーか寝たい。

 

「フラフラですね、お前」

「…… あ?」

 

 正面から声をかけられて、下を向いていた顔を上げる。

 そこにはクラウディアが居た。

 何故こんなところにいるのだろうか。まだこいつらが寝てから三時間そこらしか経ってないはずだが……

 

「起きんの早くね?」

「戦場で満足に寝られることなんてありませんから。それよりほら、肩を貸してやりますからしっかり立ってください。流石におぶりたくはないので」

「いらんわい。つーか何でいんの?」

「お前に話があるので」

 

 言いながら、俺の拒絶を無視して、彼女は俺の体を支える。

 

「あのな、マジでいらんからやめてくれ」

「こちら主体で話をするということは、自分から離れる体力がないことの証明ですよ」

「…… 」

 

 正直、言い返す気力もなかった。

 別に手助けがなくとも家まではあと少しだし、問題は無かったろうが、こいつの言う通り、結構限界が近かったようだ。

 

「それにしても、一人であれだけこなして意識がハッキリしながら動けるのは驚嘆に値しますね」

「そりゃあ、慣れてるからな」

 

 徹夜で本を読むことなんてザラだし、ゲームやってたら二日、三日なんてのはあっという間に溶けていく。

 

 そういうので慣らしているから、徹夜自体は慣れっこだった。そのまま大学に行ったことだってある。

 

「戦士でもないのに、徹夜慣れとは…… 」

「いいや、俺はこれで戦士だからな」

 

 ちなみに戦士の頭には「光の」がつく。

 

「おんらいんげーむという娯楽の話ですか?」

「そうだ」

「…… 娯楽に時間を費やせるのは良いことですね」

「まあな。そっちの世界がどうかは知らんが、この世界はそういうやつも多い。機会があれば教えてやるよ」

 

 それは無意識から出た言葉だったのだが、クラウディアは一度足を止めた。

 不思議に思って、クラウディアの顔を見ると、彼女は何か思い詰めたような、張り詰めた表情をしていた。

 

「どうした?」

「…… お前は」

 

 そこでクラウディアは一度言葉を区切り、続けて一度俺から離れると、ジッと睨むように俺を見た。

 

「お前は、カリーナ様を返すつもりがありますか」

 

 見ているこちらが憂鬱になりそうなほど、表情を歪めながら彼女は話す。

 

「私達の帰還には遺憾ながらお前の協力が不可欠です。ですから、教えてください。おが何を考えているのか」

 

 んなこと言われてもなあ。

 

「帰すつもりだ、ずっと、あいつに出会ってからな」

「どうだか。あの方の美しさにあてられて、手放し難いと考えているのではないですか?」

「悪いが好みのタイプじゃないんだ、美人だとは思うがな」

 

 タイプとかないのだが、誤魔化すようにそう言った。

 すると、俺がカリーナを口先だけでも褒めたからだろう。彼女は鼻高々といった様子で語り出す。

 

「当然です。あの方の容姿は美の女神が嫉妬するほどの美しさであり、その清らかな心根は全人類が模範とすべきもの。それをタイプじゃないとは、お前、理想が高すぎませんか?」

「その理想がねえんだよ」

「お前…… その年で不能はちょっと…… 」

「おい、その誤解はやめろ」

 

 まだ流石に元気だわ。何がとは言わんけど。

 

「女なら誰でもいい……?」

「そうでもねえよ、面倒くせえな」

 

 ため息を吐きながらそう言うと、流石にわかってくれたのか、クラウディアは身を抱くようにしていたポーズをやめて、改めて、こちらに向き直った。

 

「…… あの世界には私はもちろん、それ以外にもカリーナ様の帰りを待つ者がいます。それを理解した上で、答えてください」

 

 本当に、カリーナ様を返すつもりがありますか? その問いに、俺が返す言葉なんて最初から一つしかない。

 

「答えは変わらねえよ。つーか、帰すつもりがなきゃこうまでして調べたりしねーよ」

 

 そう言い切ってやると、クラウディアはホッとしたような顔をする。

 

「…… それもそうですね。身の程を弁えるのは良いことです」

「何様だよ、お前は」

「勇者様です」

 

 そりゃ結構なことで。

 真面目腐った会話はそこで終わり、クラウディアは再び俺の体を支えてくれる。

 

 そのまま歩き出しながら、俺はきちんと責任を果たせるのだろうか、とそう思う。

ただ偶然、出会ってしまった、ただそれだけで押し付けられた責任に、実質の重みなんてものは何もない。放り投げても誰も何も言わないだろう。

 

 けれどもそれはしたくなかった。

 

 一人で暮らしていたいから、それもある。だが、それと同じだけあいつを、元の世界に帰してやりたいと思っている。

 

 そう思うのもまた、出会ってしまったことが理由なのだから、仕方がない。

 

 やっぱり頭が回っていないな。

 そのことに、思わず苦笑を零すとクラウディアが怪訝そうにこちらを見る。

 

 それに何でもないと、首を振って先を促した。

 

 今日はよく眠れそうだ。

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