トイレのエルフ様~狭魔という土地におけるトイレと異世界の関係について~ 作:ナルミユズル
家室龍二。二十歳。文系大学二年生。趣味は読書とゲーム。
活字が好きで、空き時間に文字を読んでいないと軽く落ち着かないことも含めて、スペック的には何処にいても別に普通な人間。それが俺だ。
ちょっと特殊なのは、婆さんの残してくれた日本家屋に一人で暮らしていることぐらいだろう。たまに姉が訪ねて来る以外は、
そんな俺が、異世界エルフと遭遇したのには何のことはない、日常の最中でのことだった。
というのも、だ。
春のまだ落ち着いた日差しの中、縁側で茶を飲むと言うジジ臭い真似をしようとしていた俺が、庭に干してある洗濯物に引っかかっていたあいつを見つけた。それだけのことである。
最も全裸だったので、最初、痴女かと思ったが。
だってそうだろ。異世界のエルフが、そんなところにいるなんて誰も思わないのだから。
酔っ払った頭のおかしい女が、自分を洗濯物として一緒に干した。そう考えた方が、現実的だ。いや、非日常感は同じレベルだろうが、まだ、想像が容易いって意味で、現実的だろ。
少なくとも、異世界なんてものよりは圧倒的に現実的であるはずだ。
とにもかくにも、そうして俺は異世界エルフ……カリーナと名乗った彼女と出会い、さしたる紆余曲折もなく、彼女を元居た世界へと帰すために、同居生活を送ることになったのである。
特別、そこに至るまでに起こった出来事というのなら、それはたった一つだけ。
俺が、彼女の裸をまじまじと見てしまった、それぐらいだろう。それぐらいなのだ。
……だってしょうがないじゃん。でっけーんだもん。
「……何を呆けているんだ。龍二」
数時間前に殴られてから、未だに痛む顔をさすりながら、ぼんやりとしているとカリーナがジトッとした目でこちらを見詰めながら、声をかけてきた。
「あー、会った時のこと思い出してた」
「なっ……」
赤面し、立ち上がる彼女にニヤッと笑んでやる。
「いいぜ? 殴っても。その代わり、あの時のお前の醜態を丁寧に描写した小説を同人誌即売会で売り出してやる」
「くっ……!」
悔しそうに奥歯を食いしばるようにして、そっぽを向くカリーナ。
ふっ、こっちの文化を学びたいとか言い出した時、一番にオタク文化を叩き込んでやってよかったぜ。エルフの薄い本は人気もあるし、よく売れることだろう。
インターネットは未だ勉強中だ。とりあえず、半年ROMれの意味だけ教えたところである。
つーか、そんなことはどうでもいいんだよ。
「昨日も話したがお前ちゃんと帰る方法調べてんのかよ」
いい加減、さっさと手掛かりぐらい見つからないと、困る。
自分の家に他人がいると、休まるものも休まらないんだよ。
「も、もちろん、調べようとはしているが……」
「調べようとしているだけで、調べられてはいないんだな?」
「ああ……」
ため息を吐きたくなるところだが、確かに書斎にある生前に婆さんが集めた資料だけでは、調べるにしても限界がある。
つーかあのババア、書斎にあった貴重な本の類を大学の図書館に寄贈なんぞしやがって。その資料が家に残っていたら、今頃俺は悠々自適な一人暮らしに戻れていたはずであるというのに……クソが。
幸いなのは俺の通っている大学に、その資料の大半が眠っていることだろうか。
「つっても、もうお前がここで暮らし始めて三ヶ月だし、もうちょい何か出て来てくれるといいんだが……」
主に俺の精神衛生の為に。
「そ、そこは仕方ないとしか言えないだろう? 何せ、ほら、この世界に私が来るのも突然のことだったしな。早々に方法が見つかるはずもない。下手すると、一年や二年では無理……かもしれない……」
そいつは困る。
「……なあやっぱり、トイレ試してみないか?」
「い・や・だ!」
「嫌だって、お前……帰る方法としては、確かにあまり喜ばしくないだろうが……」
一考の余地ぐらいはあるんじゃないか?
そう思う俺とは違い、カリーナはどうしてもトイレからの帰還は考えることすら嫌だと言う。
「もう少し! あと少しでいいんだ! 他の方法を調べさせてくれ!」
必死にそうこちらへと訴えるカリーナに、ため息を吐きつつ、頷く。
「仕方ねぇな。まあ、俺も大学の方でまた色々と調べてみるわ」
「ああ……そうしてくれると、とてもありがたい……」
何を安心したのか胸を撫でおろし、小さく息を吐くカリーナを軽くけん制するように「ただし」と俺は話を続ける。
「ただし、あまりにも見つからないようなら、便所チャレンジはさせるからな」
安心から急転直下。顔色を青くしたカリーナに満足して、俺は自分の部屋へと向かう。
これで殴られた分の仕返しは出来たし、今日はいい夢が見れそうだ。