蒼の忘録   作:鹿鳴弥

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第三話 「雨音の続き」

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから三日後。

 

「さあさっ。イルク! 構えろ~?」

 

 ずぱぁん、と不気味な炸裂音がセティシアの合わせた両掌から響く。

 

 あの事件があってからというもの、セティシアの訓練が始まった。

 

「さあ、今日も元気に学んでいこ~!」

 

 陽気な声で警戒心を解いたのもつかの間の事。

 

 突如、顔面に拳がめり込む。

 華奢な外観からは想像もできないくらい強烈な威力で叩きつけられた拳に視界がぐにゃりと歪んだ。

 薪くらいなら簡単にたたき割れる威力だろう。岩を拳で叩き砕いていたから、相当手加減されているのもわかる。

 

 これは許容できる。

 頑丈な俺の身体ならそれくらいの無茶は許容できる。

 

 できるんだけど……。

 

「──《蒼霆》」

 

 蒼白い稲光が体内で炸裂する。

 熔けた鉄が体内に流し込まれて爆発するような、強烈な痛みと衝撃。

 

「~~~……ッ!」

 

 

 これが厳しい。

 

 関係のない胸の深奥が痛む。

 撃ち込まれた拳は顔面なのに、激烈な痛みが炸裂するのは決まって心臓の奥の部位。

 

 もんどりうって転がる。

 

 痛い、痛すぎる。

 <魔人戦線>に叩き出される前を振り返る。

 

 <魔人戦線>ではなく、アイネイアス家の怪老たちに秘匿処刑されそうになった時のことだ。

 

 斬首やら空腹の魔獣の群れへの追放、錬金術による臓器捻転、神経毒、果てには<魔族讃歌>と言う人間を殺すことに特化した魔法まで持ち出して俺を殺そうとしていた。

 が、それでも死ななかった。死ぬことこそなかったが、この世で味わえる全ての苦痛を叩き込また自負がある。

 

 だがここまでえげつのない痛さを体感したことはない。

 

 これが三日続いているのだから、俺の気が狂うのが先かセティシアが飽きるのが先かのチキンレースになっているところがある。

 

「だよね~。霊魂の痛みは肉体を死に至らしめるどんな痛みよりも強烈だからね~。だけど」

 

 今味わっているのは霊魂の痛みというものらしい。

 びくん、びくんとしてはいけない質の痙攣を繰り返している俺をセティシアはつん、つんと突く。

 

「痛みは学びへの最高のスパイスなんだよ~? だからこれには効果はあるある~! 心配ご無用~っ!」

 

 ぎりっと歯を食いしばる。

 

 何が痛みは成長のスパイスだ。ふつうの人ならこれだけでショック死するに決まっているだろう。

 めちゃくちゃな訓練を施してきたエリスさんでもここまで頭のねじが外れた訓練をやってきたことはない。

 

 セティシアの普段のおちゃらけた態度が悶絶している俺には相当しんどいのか、妙にカチンときた。

 

 身体に熱が入る。

 はてこれは、と思っているうちに胸の最奥に巣食う痛みが引いていき、不思議な感覚に包まれてきた。

 

「──およ~?」

 

 五感が鋭くなっていく。

 付属するかのようにセティシアの眼が細まるのもよく分かった。

 

 地に拳を突いて立ち上がる。

 

「──ほう」

 

 小さく息を吐く。

 ただそれだけの動作で体内を巡る強力な流れを意のままに操れる。

 普段の身体能力とは比べ物にならない力が全能感を伴って両腕、頭部、両脚の五体に満ちていく。

 

「疾っ──」

 

 息を短く吐き出し、拳を強く握りしめてセティシアへ向かう。

 

 セティシアは眼を見開き、拳をこちらに突き出す。

 かいくぐってそれを躱す。

 

 セティシアと比べて小さな体を生かしてセティシアの腕の内──、間合いの内側へと入り込む。

 外へ放たれた拳を戻すには間合いの内側は遠すぎ、防御するにも近すぎる。

 

 俺は大きく拳を振りかぶった。

 

 ──さあ。

 

 ──お返しの時間だ。

 

 俺の拳がセティシアを打ち抜く。

 

 「──《統巡(とうじゅん)》」

 

 セティシアの声が響く。

 瞬間、世界が空転する。

 

 ぐりん、と空が回転するような不思議な感覚と共に俺の身体は回転し、派手にすっころんだ。

 

 ごちぃん。

 

 遅れて脳天に衝撃が走り、痛みが走る前に後頭部を抑え込んで蹲り、遅れて鈍い痛みがやってくる。

 

「い、ってぇ……」

 

 頭がぐわんぐわんする。

 しかし幸いなことに頭部にもしっかりと強化していたので普段と比べれば頭の痛みもマシなもので済んだ。

 

「わ~! ごめんイルク! 思わず反射的にやっちゃった!」

 

 ばたばたとセティシアが足音を立ててやってくる。

 

「大丈夫? 血は……出てないね。内傷も……ないか。良かった~」

 

 セティシアは俺の身体を大げさにぺたぺたと弄り回し、痛み以外に特に何もないと診断すると胸を撫でおろした。

 

 瞬間、俺の身体をぎゅっと抱きしめた。

 

「え、は!?」

 

「おめでとう!! おめでとうイルク!! ついに掴んだんだね、魂の力による強化術、《流月(るげつ)》を!」

 

 突然の状況に頭の理解が追い付かない。

 更に強く俺の身体が抱き寄せられる。華奢なように見えてしっかりとついた女性らしい柔らかさが俺の頭や体に押し当てられる。

 

 普段は意識していなかったが、セティシアという女性はかなり大人な体型だ。

 胸も大きいし、それを押し付けられると反応に困る。

 

 胸がドキドキしてきて、顔が熱い。

 

「凄い! まさか三日でできるなんて思ってなかった! 他のみんなは習得すらできなかったのに! 凄い凄い!!」

 

 ぎゅっと更に俺の顔が胸に押し付けられる。

 

「良かったぁ……。やっと、やっと僕の業を伝えられる子を見つけられた」

 

 よしよし、とおっかなびっくりな手つきで俺の髪の毛が撫でられる。

 

 まるで子供をあやすような手つきで、ゆっくりと俺の頭が撫でられる。

 

 ……なんだか、瞼が重い。

 

「あ、眠たくなってきたのかな?」

 

 セティシアの声が遠くなる。

 

「おやすみ、イルク。いまはゆっくりおやすみ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「あ、起きた?」

 

 意識が戻ってすぐ、何かを思考するより先にセティシアの声。

 

「おはよう、セティシア」

 

 目をこすり、起き上がる。

 なんだかいい匂いがする。

 

 半開きのままうまく開かない目に四苦八苦していると、セティシアがうにうにと俺の顔を撫でまわしてくる。

 

「んふー、まだ《流月》の強化の疲労に体が慣れてないのかな? イルクはかわいいなァ」

 

 セティシアはたまに特徴的な語尾で話すことがある。

 

「ああ、この語尾気になる~? これね、ぼくの憧れてる御方のマネなんだ~」

 

 耳へ力を流したのがわかったのか、セティシアは弾んだ声で答える。

 

「そんなことより! 今日はビッグニュースがあります」

 

「……なに」

 

 目を擦りながら伸びをする。

 

 むふー、と鼻息荒く自慢げだけど、こういう時のセティシアはどうでもいいことを自慢してくるのが大半だ。

 牛乳を二本飲めたとか、巨岩でお手玉できましたとか、そんなんが大半なんだ。

 

 普段だったら適当におだてて済ませるが、今回は一体何やら……。

 

「──僕が朝ご飯を作っちゃいました!」

 

「──は?」

 

 ぽかんと口を半開きにしてしまう。

 

「いま、なんて──?」

 

「僕が、料理を」

 

「作っちゃいました!」

 

 凄まじく自信満々な声と顔で胸を張るセティシア。

 

 ま、不味いぞ。

 セティシアの繊細な所は顔だけだ。

 

 風呂掃除のときもそうだ。

 セティシアは掃除をしない。

 風呂ごと拳で粉砕し、出てきた汚水を空中でからめ取って捨て、新しく造り出す。

 

 掃除より早いとの弁だが、いったいどこの世界に掃除をすると言って跡形もなく風呂場を粉砕する人がいるのだろうか。

 

 繊細とはおよそ遠いヤツが料理を作ったらどうなるか。

 大概出来上がるのは毒か、暗黒物質のどれかだ。

 

「そ、そっか……。た、楽しみにしているよ」

 

「むふふ~、期待していいよ~」

 

 

「──自信作だからッ」

 

 綺麗な笑顔でそう言った。

 

「っす──」

 

 よし、覚悟は決まった。

 

 逝くか。

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

「うまっ、うまっっ」

 

 なんだこれ、めちゃくちゃ美味い!

 

「ふふ、それはよかった」

 

 セティシアがにっこりと微笑むがそれどころではない。

 ぬかった……。旨すぎるぞ、この料理。

 

 この料理……。出ているものほとんどが真代の料理だ。

 

 真代。ずっと昔の、神々が支配していた幾万よりも前の時代。

 エリスさんが振舞ってくれたことがあるが、あの人は旧き竜が人の形を保ったあの方の護衛。

 

 エリスさん以外作れない料理だってあの御方も言っていた。

 

「よし、それじゃ料理を食べながらでいいから聞いてもらえるかな~?」

 

 セティシアが軽く手を打ち、にこにこと笑ってこちらを見た。

 

「イルクが使った技──<蒼仙法>が壱の相、《流月》。これは霊魂の中でのみ生成される意思のエネルギー、気魄を体内に巡らせる技術なんだ。自分の肉体に意思の力を反映させて、自分の思い通りに変化・強化させる」

 

 水色の透き通ったゼリーを食べながら軽く聞く俺にセティシアは実例を見せる。

 

 セティシアが腕に気魄を通した瞬間に変化が起きる。

 まずは獣の腕へと変わり、次に鱗が生え、肉球ができ、刃物や無機物にも変化して見せた。

 

 驚いた。ただ強化するだけの術だと思っていたのに、ここまで可能性があったんなんて。

 

「<蒼仙法>はね、僕が編み出した技術。その意思のエネルギーである気魄を世界に広げて、世界そのものを己の五体の延長線上にする技術」

 

 セティシアは続ける。

 ぴ、と指を揃えて俺に向けると、突如俺の身体が浮かびだした。

 

「お、あ……?」

 

 突如、無重力の空間に浮かばされた俺はじたばたと足掻くも、まったく無駄だった。

 幸い、水色の透き通る味のゼリーは無事だ。

 

「これが<蒼仙法>が弐の相、《統巡》。知ってる? 魔力ってのはね。気魄が元になって気魄の意に沿う形で動くから、《流月》の範囲を拡大させればこの通り」

 

 可視化できるほどに大気に浮かんでいる自然魔力が集められる。

 

「大気・大地にある魔力が自在に操作できるようになる。そして更に言えば力場や重力といった法則すらも支配下に置けるってことなんだ。大雑把にしかできないけど」

 

 セティシアは苦笑し、俺とゼリーを元の通りへおろした。

 

「そしてここからが秘奥であり、本質。大気や自然の魔力を《統巡》で束ね、自分の気魄と同調させて浄化し、限りなく属性のもとである原素を取り除いた状態で気魄と練り合わせると──」

 

 拳に可視化できるほど集められた自然魔力が浄化され、気魄と練り合わされる。

 

 ──バチッ。

 

 セティシアの拳に青い火花が灯る。

 

「これが<蒼仙法>終の相。《蒼霆(そうてい)》。法則を運用するエネルギー、『神気』、あるいは『法力』を編み出す技。破壊力も折り紙付きだよっ」

 

 セティシアが拳を振りぬきながら蒼白い稲妻を殴り飛ばす。

 

 雷速で駆け抜けていったそれは魔鋼とは比べるべくもないくらい硬い支柱をいくつも焼き砕きながら突き進んでいった。

 

「ねっ、簡単でしょ」

 

 セティシアがウィンクを飛ばしてくる。

 なるほど、こんなとんでもないものを俺に打ち込んできていたのか。

 

「──それで、俺にこんな物騒なものを教えてきた理由は?」

 

 恐る恐る、セティシアにこんなどう考えても奥義中の奥義みたいな技術を魅せてきた理由を問う。

 

「なんでって。そりゃ~」

 

 

「イルクにもこれができるようになってもらうからだよ?」

 

 軽々と言ってのけたセティシアに、思わず大口を開けてぽかんとする。

 

 俺は空いた食器を重ねて端に置き、大きく一言。

 

 

 

「──できるかぁ!!!」

 

「できる、できないじゃなくてやるんだよ!!!」

 

 

「一年で!!!」

 

 

 セティシアも負けじと叫ぶ。

 

「できねえ!! 話終わり!」 

 

 俺はそう声高々に叫ぶと外へ向けて全速力で駆けだす。

 

 しかし悲しきかな。俺は一瞬で《統巡》で捕らえられた。

 

「おっと、朝ご飯は終わったね」

 

「じゃ、早速続きをやっていこうか~……!」

 

 セティシアは悪鬼羅刹もかくやと思う笑顔で微笑み、俺を軽々と担いで練兵場へと連衡を開始する。

 

 

「──ぬ゛あああああああああああ!!!!」

 

 俺の悲鳴だけが、食卓には残されていた。

 






 お読み下さりありがとうございました。

 更新遅れてしまい、申し訳ございませんでした。賀正で家族に捕まってしまいまして、最後の孝行をしておりました。

 あと二話で二人の物語は完結です。
 そこまでお付き合いくださいませ。
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