その歩み、大山へと至る 作:枯山水の庭園
──それは
『暖かい家庭』なんて、よく考えるとベルは知らないものだった。
ベルはドジだった。
学校でいじめられても、何も言い返せない。
家に帰っても両親は冷たくって、親戚もそれは同じだった。
『できそこない』、って親戚の誰かがどこかで言ってたのを覚えてる。
親戚の中でそうじゃない人は二人しかいなかった。
『──』
『…………』
いや、一人しかいなかったかもしれない。
真氷おばさんは神さまみたいだった。
黒い服装で降る雪の中を歩く姿はみんなに冷たい、冬の神さま、いや女王さまみたいだった。
……みんなに冷たいから、ベルにだって冷たい、…………、……そうじゃなくて、そもそもベルは真氷おばさんの視界にすら入っていないみたいだった。
『さむいよー……』
だから、そんな真氷おばさんの近くにいたから、その子が目に入ったのかもしれない。
雪遊びみたいな。
冬の中の、ひだまりみたいな。
『?わたし、冬み!あなたは?』
それが、冬美さんとの、冬美お姉さんとの出会い。
ベルも冬美さんの事は東京の方に住んでる、朝倉さんちの親戚だってくらいしか知らなかった。
『ベルちゃん、こんにちは!』
……でも忘れる事は無かった。
『こんにちは、ベルちゃん』
……めったに会えない人だったけど、
……真氷おばさんに連れられて、あっという間に消えてしまう幻みたいだった。
『……あっ、ベルちゃん』
……冬美さんは年々暗くなって行くけど、それすら心地良かった。
『久しぶり、ベルちゃん』
……最後に会った時は、
『おめでとう、ベルちゃん』
『冬美お姉さんありがとう‼︎』
……疲れ果ててたけど、ベルは気にしなかった。
ベルがあかるい方にいたから。
……そんなもの、ベルが勝ち取ったものじゃなかったのに。
……魔防隊で、ベルの自尊心なんてものが叩き潰されてからは余裕なんてものが無かった。
ベルはダメな組長で、毎日がいっぱいいっぱいで。
『被害者:日ノ出冬美』
だから、不意に飛び込んで来た名前に血が凍り付いた。
『これが──とは限ら──』
『八ら──、──ミ】……』
『……でも私達も──』
『二次資りょ──』
とても重要な会議だったのに、何も頭に入らないくらい。
最後に会った時の、冬美お姉さんの疲れ果てた顔が強く思い浮かんでいた。
もうすぐ死にそうなくらい、疲れ果てた顔が。
……気が付いたら、病室にいて。
冬美お姉さんの寝顔を見ていた。
……どうしたらいいかまるで分からなかった。
何をしたらいいかまるで分からなかった。
何もできずに突っ立っていると、
『──ベルちゃん、だよね。月夜野さんちの』
『ほんと、久しぶりだね』
あの雪の日のひだまりみたいに笑って、冬美さんが起きて、
『──ここはどこ?』
──ベルの知らない、人になった。
『……日ノ出冬美です』
恋ちゃんをあんな目で見る人には、会った事が無かった。
恐れる人がいる。
畏れる人がいる。
侮る人がいて、呆然とする人がいる。
強者として、総組長として見る人がいる。
……値踏みする人を、ベルは初めて見た。
『冬美お姉さんにひとまず異常は見られないそうよ』
『……そう、ですか』
『あら、どうしたの?そんな顔して』
『……戸惑ってるんだと、思います。昔と違って……』
『そうだったのね。『ベルの親戚で……優しくしてくれたお姉さんなんです‼︎』なんて直談判してくるものだから、もっと親しいのかと思ってたわ』
『…………』
そんな事言ってたなんて覚えてない。
……親しくもない。
冬の陽だまりみたいな、かすかな温もりに、ベルがすがってただけだ。
暗く、疲れて、……絶望していったのに、ベルがあかるい所に行ったら見向きもしなくなった、陽だまりだ。
『──でも、これからもっと仲良くなっていけるわね』
──。
……え?
『冬美お姉さん、魔防隊に入る事になったわよ』
──恋ちゃんに言われたその時から、いや、もっと前から、あの人はもうベルの知る冬美お姉さんではなかった。
ベルがダメな組長であると言いふらすエイリアンだった。
恩知らずなベルを、桃の力でうぬぼれてたベルを地獄に引きずり下ろすエイリアンだった。
……その日から、ベッドで一人、がたがた震えない日は無かった。
『出向となりました、日ノ出冬美です!』
怖かった。
『ナイス、ベルちゃん!』
怖かった。
『了解しました』
……でも、違った。
『まだまだ未熟者ですが、よろしくお願いします』
ベルは冬美さんの事を何一つ知らないだけで、冬美さんは立派な魔防隊の新人で、
『頑張ったねぇ、ベルちゃん』
ベルの思う、百倍暖かい人だった。
そして、
「
ベルの思う、何千倍も深く怒る人だった。
△
ベルちゃんの話を聞いた。
……ふざけてんのか。
……曰く、ベルちゃんはいじめられていたらしい。
学校で。
それでベルちゃんの両親はベルちゃんがドジだからと、冷たく当たって助けなかったという。
母親も。
父親も。
……ふざけてんのか、そいつら。
ドジだから冷たいってなんだ。
いじめられてる我が子を助けない親ってなんだ。
ふざけてんのか、そいつら。
ふざけてんのかそいつら。
……今からでも月夜野家、滅ぼした方がいいんじゃないだろうか。
「…………」
……でも。
……それは私も同じだ。
「……。ごめん、ごめんね、ベルちゃん」
「ふ、冬美さん……?」
気付く機会なんていくらでもあったはずなのに、気付かないで。
ベルちゃんが『
……それ以前に、する事があったはずなのに。
苦しい時に助けないで、何親戚面してんだよ。
「ごめん、ごめんよぉ」
この大バカが。
「助けられなくて、ごめんよお」
ごめんなさい。
…………。
「……ごめんベルちゃん、取り乱しちゃった」
「い、いいえ!全然大丈夫です‼︎」
「うん、それなら──今の話をするよ」
……でももう助けられない。
群馬の片隅でいじめられてた月夜野ベルを助ける事はできない。
いくら謝ったって、それは最早身勝手な謝罪でしかない。
今、ここには魔防隊三番組組長の月夜野ベルと、魔防隊十番組組員の日ノ出冬美しかいないんだ。
……そして、差し迫る危機は、決して待ってくれない。
あの神は、人の事を殺されるべきゴミだとしか思ってない。
だから、話さなくちゃいけない。
「……ベルちゃんが今まで組長としてやってけてた事は間違いない。総理大臣に証明したっていい。……でも、これからの魔都で、やってけるかは分からない」
「……‼︎」
だから、迫らなくちゃいけない。
「今の三番組のやり方じゃ、肥後さん達がどうにもできない敵に遭ったら、もうどうしようもない。先に三人ともやられて、ベルちゃんだけが残る。そうなった時、ベルちゃんは『
「えっ……?」
……今有る、現実を。
「八雷神ってのはそういう敵だよ?肥後さん達が生き残ってたのなんて、あいつらが舐めてかかったからだよ」
「…………っ」
ベルちゃんの顔色が悪くなる。
「……まぁ、それが怖いなら、それで魔防隊辞めるのも仕方ないよ」
「えっ⁈」
「ただそれで安全になるかは分からない。お金……は、組長だからいいとして、情報から一切切り離される。魔防隊と八雷神の戦いがどうなってるかは分からなくなる。……仮に魔防隊が全滅して、八雷神の軍勢が現世を襲う事になってもその時まで気付かない」
「……」
……多分総組長は、『三番組組長』としての、『魔防隊の一員』としての、……『自分の部下』としてのベルちゃんを守ってほしいって言ったんだと思う。
「でも、ベルちゃんが何選んでも助けるから。そこは安心して?」
「……?」
──知った事か。
「ああ、ベルちゃんが魔防隊辞めるなら私も辞めるよ。もし無理でもお母さんか、みんなか……、私が信頼できる人にベルちゃんの助けを頼むよ」
「……⁉︎えっ⁈なんで⁈」
「もう決めてるから「そうじゃなくて‼︎あんなに輝いてたのに、辞めちゃうんですか⁈」
……そうなの?
……そうならちょっと嬉しい。
けど、
「……私にとってはまだまだだからね。私ってばとっても不遜だからね」
「……まだまだ?」
「──になりたいんだ」
「誰もをあったかくできるくらい、大きくなりたい」
「だから魔防隊に入ったんだ。魔都を衛って、人を助ける。それはきっと私を高めてくれる」
「──でもそれは魔防隊じゃなきゃできない事じゃない」
「第一ベルちゃんを助けないままじゃ遠のいちゃうよ?」
にへっ、と笑ってみせる。
……ベルちゃんは戸惑った顔のままだ。
「……なんで、そこまで言ってくれるんですか」
「……ベルは、っ、……全然、関わってなかったのにっ……‼︎」
「ベルはっ、ベルは、冬美お姉さんが……‼︎」
……ベルちゃんは泣き出してしまった。
ぐすぐす、えんえん。
……抱き寄せて、胸を貸す。
…………。
……三番組のみんながベルちゃんの事どう思ってるか分からないから、ベルちゃんの部屋に運ぶのがベターかな。
「よっ、」
「っ、っ‼︎」
抱っこで持ち上げるとベルちゃんが肩に顔を
暖かい涙で服が濡れてゆく。
「ふぅ」
「……っ、……!」
二階のベルちゃんの部屋──組長の執務室ではなく私室──まで思ったより楽に運ぶ事かできた。
ベルちゃんの泣き方もすん、すん、とすすり泣くくらいまで落ち着いていた。
「……さっきはごめんね、久しぶりに会った親戚にあんな事言われても迷惑だよね。嫌だったらきれいさっぱり忘れてくれていいし、もう私と会いたくなかったらそれでもいいよ」
「…………」
……よく考えなくてもさっきはベルちゃんの気持ちを無視していた。
…………私が、月夜野家と変わらない存在と見られている可能性を本当に考慮してはいなかった。
「勝手に部屋まで入ってごめんね?それじゃ──」
「…………冬美さんは‼︎」
「?」
「…………冬美さんは、なりたいから助けるんですか?ベルを」
「助けたいから助けるんだよ」
「……じゃ、ちょっと正直じゃないかな。鏡なんだよ、ベルちゃんは」
「鏡……?」
心が一つ、こぼれでた。
そうだ、ベルちゃんは私の鏡だ。
「自分で見たわけじゃないけどさ、そっくりだと思っちゃったんだよね。昔の私と」
「昔……」
「ついこないだまで『自信が欲しかった』と勘違いしてたんだよね、自分の事。高二くらいまで色々試しても自信を持てなかったから、桃にすがって……。……『自信が持てる能力』が欲しかったのに、そうじゃなかったから、何もかも諦めてた」
「‼︎」
「まぁ、そうじゃなかったんだけどね?……気付こうとしなかっただけで。……見た訳じゃないけど、今のベルちゃんは私とそっくりで……、……」
…………。
「……ごめん!やっぱ無しで‼︎決められないから‼︎」
「……、」
「…………いや、『頑張ってるベルちゃんを助けたいから』、かな?桃食べた時の私じゃなくて色々やってた時の私をベルちゃんに見てるのかな?……そんな感じかな?」
「……」
「変わりまくってごめんね?それじゃあ「……迷惑なんかじゃありません‼︎」……」
「……迷惑なんかじゃありません。……けど、考えさせてください」
「うん、分かった。それじゃあ」
ガチャリ、バタン。
…………。
…………もしかして、……本当にもしかしての話だけど、
…………寄り添ってあげた方がよかった……?
「あぁ〜……」
分っかんないなぁ〜……。
機を見て戻る?
でも考えの邪魔に……。
「……あのー、何があったんです?その、日ノ出さん」
「?上総ちゃん」
そんな事を思いながら階段を降りると上総ちゃんが顔を出す。
「組長も日ノ出さんも泣いてたみたいですし……」
「え」
泣い、てた?
…………。
『もう泣かない‼︎』
「……泣いてないよ、上総ちゃん。これはね、」
「目から感情が溢れただけだよ」
「……泣いてるって言いません、それ?」
……。
泣いてないったらない。
△
「ふーふふふふっ、ふー」
起床し、ジョギングへ。
……一応支給されてはいるけど、早くウェアも買うか、家から持ってきたい。
「……その、おはようございます。……冬美さん」
靴紐を結んでいるとベルちゃんがやって来た。
昨日ぶりだ。
「おはようベルちゃん。今日は走る?」
「……、……はい……」
という訳で、
「……」
「……ふっ、……ふっ」
走り出す。
「…………」
「……、ん?」
ただしそれは短い時間で終わった。
立ち止まったベルちゃんが引き離されたので、私も立ち止まる。
「……ごめんなさい。すいませんでした、冬美さん‼︎」
「……ベルは、ベルは心地いいと思ってたんです。暗くなってく冬美さんのそばが。…………冬美さんがどんなに苦しんでるかも知らないで」
「とっても嬉しかったです、……とっても嬉しかったです、けど。……ベルに助けてもらう資格なんて「私だって無いよ」……冬美さん?」
「ずっと一人で苦しんで、いじめられてたベルちゃんに『冬美さん』なんて呼んでもらう資格。どうかこれから私の事は『日ノ出組員』とか『お前』とかお呼びくださいな」
「えぇっ⁈できませんっ、そんなこと!」
「できないって言うなら二つに一つしかありませんね。一つはこの後縁を切る」
「……もう一つは?」
「──ベルちゃんが私に力を貸して欲しい事を教えて。私がそれをやる代わりに『冬美さん』って呼んでいいから」
「…………」
「……ごめん、このままだと自己嫌悪で潰れちゃうかも」
「……交換条件なら。冬美さんがベルに助けて欲しい事を教えて、それをベルにやらせて……、……やらせて、くださいっ……!」
「じゃ、助け合おっか?」
「……はいっ!」
そういう事になった。
それは、始まり。
太陽は月の灯り、月は太陽の鏡。
……。
○『人間関係が良くなかったベル(家族は冷たかったらしく、友達も見当たらない)』⇔『人間関係は良かった冬美(家族仲は普通……に良い、友も居る)』
○『能力を得て救われたベル』⇔『能力を得ても救われなかった冬美』
○『魔防隊で上手くいかないベル』⇔『魔防隊をこなしてる冬美』
色々対極です。
『……バレたか?』と思う事もありました。
:冬美
…ベルと協力関係になった。
横浜で『もう泣かない』と誓いを立ててるので(『大山、神に叛く(五話)』を参照)『目から感情が溢れた』と強弁する。
……泣いてないったら、ない。
8歳頃は今より明るく感情豊かでテンションが高かったが、自信探しに失敗し22歳頃にはすっかり落ち込んでた(ベル曰く『もうすぐ死にそうなくらい、疲れ果てた顔』。)
能力の正体を知り、己が望むものを見つけ出した事で、紡がれた大人にだんだん生来の豊かな感情が滲み出してきている。
……ちなみに青羽達に協力すると約束してるが(『大山、新たなる日々へ(七話)』参照)、魔防隊を辞めた場合(あとそもそも想定されてた証人保護≒軟禁された場合)どうするのかと言えば天花さんに頼る。
無理ならテロリスト扱い覚悟で魔都に侵入する。
:ベル
…冬美と協力関係になった。
3歳頃に始めて冬美と会った雪の日を、今でも覚えている。
少ない冬美との交流もしっかり覚えている。
なんなら冬美が記憶しているベルよりもしっかり覚えてる。
『大山の、新たなる日(六話)』で冬美の病室に居たのは総組長に直談判したから。
……総組長が気付かなかった彼女を『値踏み』する冬美の視線にも気付いてる。
:総組長
…言うのが当然ではあるが、余計な一言で冬美-ベル間に悪影響を齎した。
……実際部下の親戚が入るって、仲良ければ伝えるのが当然……、……で、いいんだろうか?いいよね?(不安)
:鞠
…今回はツッコミ。
:真氷
…霰奈(れな)、霜乃(しの)、真氷(まり)、雪紀(ゆき)の朝倉家四姉妹の三女。
ベル曰く『かみさまみたいな人』。