グッドルーザー球磨川 箱庭に舞いて飛び交う暗号文 作:Minus-4
ハッピーニューイヤー!
新年一発目はめだかボックスと暗号学園のクロスです。
お年玉代わりに書いてたら26,000文字超えたので、時間がある時にでもゆっくり読んでください。
000
戦争に勝ち負けはない。
論争に勝ち抜けはない。
001
某日某所。出入り口が存在しない部屋──いわゆる密室*1に、その二人は閉じ込められていた。
『こっちには何もないね。そっちはどうだい、多夕ちゃん。何か脱出の手がかりはありそうかな?』
「いいやダメだよ、こっちにも何もない。ま、一目見た時から分かっちゃいたけどさ」
およそ5m×5m×5mの立方体、つまりは床面積にして25㎡、体積にして125㎥の部屋で対角線上に立ちながら相談している二人は、特段気心の知れた仲というわけではない。寧ろ、全くの初対面だった。
光源が存在していないにも関わらず、ぼんやりと薄く照らされている部屋にはほとんど何もない。ある物といえば、丁度部屋の中心部分に設置されている小さめの円卓と、備え付けになっている二脚の椅子くらいのものである。
『まあ立ち話もなんだし、一旦椅子に腰掛けようじゃないか。別に積もる話があるわけじゃあないけれど、折角椅子が用意されているのに立ちっぱなしってのも、なんというか変な話だしね』
「それもそうだね、そうしよう。アタシとしてはこのまま、
『洒落を効かせたつもりなのかもしれねえが、どっちかっていうとそれ、駄洒落の類じゃないかな?』
「冗談だよ、ほんの冗談……ほら、初対面の人と話す時にはアイスブレイク*2が重要だろ?」
二人いるうちの女の方──
『正直なところ、引くほどつまんなかったけどね。年末年始の夜にやってるマイナー芸人発掘特番の方が、幾分かマシなくらいには』
ただし悲しいかな、男の方──
しかし夕方多夕の方もそれは分かっていたのか、球磨川の暴言に反応を返すようなことはなかった。とどのつまり、球磨川の一人相撲で、勝手に人間性のしょうもなさを晒しただけに終わった。
『うーん、中々辛抱強いんだね、最近の女の子って。すぐに手が出ないなんて、僕の周りにいた子達とは大違いだ』
「そりゃどうも。暴力系ヒロインなんてのはもはや過去の産物──遺物と言ってもいいくらいだし、それにアタシは、手を出すくらいなら口を出すタイプってだけだよ」
部屋に備え付けられている椅子に座りながら、二人はそれぞれ呟く。しっかりと腰を落ち着けた後、しばらくそのまま休んでから、二人はほとんど同時に、机の上に置かれていた紙に目を通した。
『
「アタシとしては寧ろ助かったけどさ。戦えばいいだけなら、日がな一日年がら年中暗号バトルに明け暮れているから慣れたもんだし」
『手が出ないけど口が出るって、そういう意味なんだね。それじゃああれかい、やっぱり討論暴論なんでもござれ、ってことなのかな』
「いいや、別に何でもかんでも論争するってわけじゃない。まあ、そうだな……論ずるにしても、そんな物騒なことじゃなくて、好みの食べ物についてとかだよ。『今日のお昼ご飯はどうする?』って感じにね」
夕方多夕は体を左に向けながら足を組み、肘を机に乗せながらそう語る。彼女は左手で、鍵と鍵穴の形をした知恵の輪を投げていた。
それを見た球磨川は自分も同じようにネジを投げようとして──それが夕方多夕の真似をしているだけでしかないことに気付き、小さくて細長いネジを取り出し、ペン回しの要領で回すことによって手の寂しさを誤魔化した。
『それにしても、この競技──
「変わった学校だってのは、まあ同意するよ。なんたって我らが暗号学園は、
夕方多夕は失言半減質疑応答で使用される、46枚の「あ」から「ん」と記入されたカードに向かって
ヒンドゥーシャッフル・リフルシャッフル・ファローシャッフルをそれぞれ数回繰り返したのちに、夕方多夕は一度山札を机に置いた。
『あれ、僕はてっきり今すぐにでも始めるのかと思ってたんだが……もしかして多夕ちゃん、そんな済ました顔をしている割には、存外緊張しちゃってたりするのかな』
「
『そんなこと言われてもねえ。僕に出来ることといえば、この空間で目覚めた時のことを思い返すことくらいなんだけど』
「いいじゃん、思い返しておきなよ。思い出に想いを馳せて、想い残しのないように」
球磨川に対してやけに挑発的な態度を取っている夕方多夕であるが、当然彼女が訳もなくそんな振る舞いをするはずがない。この先行われる勝負に向けて、今のうちから揺さぶりを掛けておこうという魂胆によるものである。
しかし球磨川は──やはりと言うべきか、全くと言っていいほど動じない。この程度の挑発や挑戦、彼にとっては日常茶飯事で、どうしようもなくいつも通りのことなのだから。
『それじゃあお言葉に甘えて、色々と思い返してみるよ。もしかしたら何か、この状況を打破する方法を思いつくかもしれないからね』
「どうぞご勝手に。ただしその間に、アタシはオマエを観察させてもらうけど。そのヘラヘラした表情の裏に隠れた本心、白日の
『僕は協力してここを出ようって言ってんだけどな。まあいいさ、晒せるものなら晒してみなよ。晒し上げには慣れてるんだ』
球磨川はそう言うと、今までの行動を一つ一つ思い出すことに集中するためか、目を瞑って椅子にもたれかかった。
こういうタイプとはあんまり関わり合いになりたくないんだけどなあ、と夕方多夕は内心ぼやいたが、過ぎたことに文句を言ってもどうにもならないことを知っていたので、即座に切り替えて球磨川を観察するのだった。
002
「やあやあ球磨川くん。ちょっと今、お時間よろしいかな? よろしいよね。どうせ暇していたんだろう?」
『まあ、否定はしないけどね。とはいえ
「僕と君の仲じゃないか、この際細かいことはいいだろ。それより君に、ちょっと頼みたいことがあってねえ。箱庭学園の名誉ある生徒会副会長を担っていた君なら、僕からの頼みも聞いてくれるだろう?」
『いやいや、少し考えてみなよ
「うるさいなあ、そういうの今はいいんだって。理屈とか理由とかをわざわざ説明するのはは面倒くさいだけだし、ぜーんぶすっ飛ばしちまうよ。向こうで説明を受けてくれたまえ」
『せめて何をすべきかの説明くらいは今ここでしてくれよ。仮にも僕を拉致しようってんだからさ』
「別に『何をすべき』とかはないさ。ただ単純に、とある人と勝負をしてもらいたいってだけなんだよ」
『ちょっと
「残念ながら球磨川君にはもう、事象の卵細胞化を図るスキル『
『いや、ちょっ、待っ──』
あまりの眩しさに目を瞑っていた球磨川だったが、光が徐々に薄れてきたことに気づき、その瞼をゆっくりと開く。
一度は光を直視したため、一時的に視力が低下しているが──球磨川が送られた先は、どうやらいつもの教室とは別の部屋であるらしい、ということは理解できた。また、机に突っ伏して寝ている形になっていたらしい、ということも。
その部屋に窓はなく、出入り口もない。いわゆる密室というやつに、球磨川は転送されてしまったらしい。
と、そんな風に現状の把握を優先していた球磨川だったが、突然何者かに肩を触られたことにより、密室にもう一人、自分と同じように
「やっと来たね、待ちくたびれたよ。早速で悪いんだけど──オマエがアタシの相手をしてくれるのかな」
見るからに気怠げなその少女──まあ夕方多夕その人であるのだが、球磨川は
分かったことといえば、彼女もまた、
『まあまあ、落ち着きなよポニーテールちゃん。まずは自己紹介から、人間関係の基本だろう?』
「それもそうだね、そうしよう。アタシの名前は夕方多夕。夕方に多数の多、もう一度夕で夕方多夕。通ってる学校は暗号学園、クラスは1-A、出席番号17番、誕生日は1月4日」
『初めまして夕方多夕さん。いちいちフルネームで呼ぶのもなんだか面倒くさいし、ここは一つ、多夕ちゃんと呼ばせてもらうことにしよう。それで、僕の名前だが──』
夕方多夕の自己紹介に対し、律儀に自己紹介をもって返そうと思っていた球磨川だったが、突然口元に人差し指を突きつけられたので、口を止めざるを得なかった。
「オマエのことはもう知ってるよ。球磨川禊だろ? あの胡散臭い女──
『君も運が無いねえ。あの人外──
「そうだね、アタシはいつだってツイてない。それならそれなりに生きていくだけなんだけど、流石に今回ばかりは、自分のツイてなさ加減に呆れたよ」
夕方多夕は左手に持った知恵の輪を指で回転させながら、心底呆れたように深くため息をついた。突然知らない女に拉致されたのだから、そうなるのも無理はない。
「だからつまり、オマエとアタシは被害者同士ってわけだ。あの女に拉致された拉致被害者。戦時中ならよくあることだけど、まさか平時に拉致されるとはね」
『常在戦場の精神を忘れるなってことでしょ。君は
「──へえ、冴えない見た目の割に、頭の方は冴えてるらしい。もしかして、結構知能が高いのかな」
『これでも僕は、全国有数の進学校に通ってた時期だってあるんだぜ。制服が軍服であることを見抜くくらい、僕にとっては造作もないことさ』
当然ながら、球磨川にそんな事が一目で見抜けるはずもない。なんとなく服装が軍服に見えたから。正解を手繰り寄せられた理由なんてそんなものである。
つまるところ、負けることなど恐れていないのだ。何かを間違って恥をかいても、球磨川にとってそれは、日常の1ページにも満たないのだから。
「オマエの学ランも似合ってるよ。まるでオマエが着るためだけにわざわざ用意されたみたいな──どうした? そんなに驚いたような顔をすることないだろ」
『いや、この学ランは捨てたはずなんだが……多夕ちゃん、僕がこの学ランをいつから着てたか分かるかい?』
「いつからって、そりゃオマエ……最初からだよ。というか、捨てたはずの学ランが戻ってくるって、なんていうか新手の怪談みたいでいいじゃん」
球磨川からしてみれば、なぜ学ランが戻ってきたのかなど、到底分かったものではない。実際には、やっぱり球磨川くんには学ランが無くちゃね、という
『まあいいや。僕としてはこのまま制服談義に花を咲かせてもいいと思ってるけど、多夕ちゃんの方はそういうわけにもいかないんだろう? 君には
「──まあ、そうだよ。今の私には帰る場所がある。変な女に拉致されたまま、妙な男と楽しく制服トークを繰り広げるわけにもいかない」
夕方多夕はそう言うと、球磨川の座っている椅子とは反対に位置する椅子に座る。そして机の上に置いてあるカードの束を指さし、球磨川に向けて見せつけた。
「どうやらあの女は、アタシ達に
『その決着が着くまで出られないっていうのは、やっぱり
「その通りだよ、忌々しいことこの上ない。しかもご丁寧に競技のご指定までされちゃってさ。アタシとしちゃあ、慣れ親しんでる競技で助かったってのが本音だけど」
流石の夕方多夕といえど、初対面の人間に初見のルールで勝負を強いるのは、罪悪感を覚えるらしい。球磨川相手に罪悪感を抱くのは、ほとんど意味のないことではあるが。
「今すぐ始めても良いんだけど──オマエに一応聞いておきたい事がある。球磨川くん、
『なんだい改まっちゃって。恥ずかしくって照れちゃうなあ。質問に対する答えだが──
「じゃあ大丈夫だね。これから行われる勝負で──」
夕方多夕はそこまで言うと一度目を瞑り、一度息を吸い込んでから、瞼を開いて球磨川の方を見た。
「
──その瞳に、微かな敵意を乗せながら。
『……やっぱり戦うのは後回しにして、脱出する他の方法を一旦探してみないかい?』
「なんだ、オマエ……意外と小心者なのな」
男子からのものならまだしも、女子から向けられる敵対的な目線に、球磨川は滅法弱かった。
003
「そろそろいいかな。いい加減に待ちくたびれてきちゃったんだけど」
『うん、もういいよ。今更思い返したところで後の祭りだってことに気付くまで、随分と時間をかけちまったぜ』
球磨川は夕方多夕からの声掛けに応じてその目を開いた。浮かべている表情は、相変わらずの薄ら笑いである。
『それで、えっと……失言半減質疑応答か。ルールの説明をしてもらってもいいかな、多夕ちゃん』
「当然。この競技は平等に行われるからね、状況をフェアにするために、隠し立てすることなく、包み隠さずルールを説明しよう」
『
球磨川はそう一人ごちる──が、夕方多夕はその言葉に気を向けることなく、淡々とルール説明を開始した。
「まずは前提知識があるかどうかだけ聞いておくんだけど、オマエ、リポグラムって知ってる?」
『当然知ってるよ。幽☆遊☆白書のアレみたいな物だろ? 南野─海藤戦』
「そうだね、あんな名勝負になることを──前もこんなこと言った気がするな。まあいいや、とにかくその認識で間違いない」
夕方多夕はシャッフルしておいた山札をちょうど二つに分けてから、机の上で片方の山をスライドさせ、球磨川に投げ渡す。
「ルールは簡単。46音*4を半分ずつ分け合って、
『半分って、一人当たり23音だろ? おいおい多夕ちゃん、いくらなんでもそれは無理があるってもんじゃないのかい』
「いいや、やってみりゃ分かるけど意外とそうでもない。手本を見せてやるから、試しに好きな本のあらすじでも訊いてみな」
『そう? それじゃあ遠慮なく──』
球磨川はこれ幸いとばかりにニヤリと笑みを深めてから、夕方多夕に向けて嫌がらせじみた質問を繰り出すことにした。
『「い」「か」「き」「く」「こ」「さ」「た」「ち」「て」「と」「な」「に」「ひ」「ふ」「ほ」「み」「め」「や」「ゆ」「ら」「り」「る」「ん」でToLOVEる』
「
『「あ」「う」「え」「お」「け」「し」「す」「せ」「そ」「つ」「ぬ」「ね」「の」「は」「へ」「ま」「む」「も」「よ」「れ」「ろ」「わ」「を」で暗殺教室』
「
『「う」「か」「き」「こ」「し」「せ」「そ」「た」「つ」「て」「な」「に」「ね」「は」「へ」「み」「む」「め」「や」「ゆ」「る」「ろ」「ん」でるろうに剣心』
「
『「あ」「い」「え」「お」「く」「け」「さ」「す」「ち」「と」「ぬ」「の」「ひ」「ふ」「ほ」「ま」「も」「よ」「ら」「り」「れ」「わ」「を」でぬらりひょんの孫』
「人のリクオ、魔のリクオ、
『「う」「か」「く」「け」「さ」「し」「す」「せ」「つ」「て」「と」「の」「へ」「ほ」「む」「も」「や」「よ」「り」「る」「れ」「わ」「を」で食戟のソーマ』
「
『「あ」「い」「え」「お」「き」「こ」「そ」「た」「ち」「な」「に」「ぬ」「ね」「は」「ひ」「ふ」「ま」「み」「め」「ゆ」「ら」「ろ」「ん」でチェンソーマン』
「いい
計6回、球磨川は遠慮することなく、思いつくがままに質問を投げかけたわけだが、そのことごとくを軽快に打ち返されてしまった。彼なりに言うのであれば、また勝てなかった、というやつだろうか。
『いやあ素晴らしいね! 無作為に23音ずつ選んだ*5ってのに、こんなことをデモンストレーションでやられちまうと、僕としてはますます自信が削がれるなあ。君とは戦いたくない気分だ』
「ありがとう、お褒めいただき恐悦至極だ──それにしても、最近はジャンプ漫画が流行ってんのかな。アタシの知り合いも似たような質問をしてきたよ」
『週刊少年ジャンプは全国の少年の必需品だからね、当然多夕ちゃんにも通じると思ってのチョイスなんだろ。もしくはこの程度の質問に答えられないなら、勝負なんて仕掛けてくんなよってことじゃないのかな』
「……やっぱりオマエとは関わりたくないな。人の神経を逆撫でするのが随分ご上手なようだけど、それに乗っかったら破滅しそうだ」
実際のところこの時点での夕方多夕からの球磨川に対する心境は、そこまで悪いというわけでもなかった。この程度の挑発を受け流せないようであるならば、今の今まで生きてはいない。
「じゃ、今までのあれこれを踏まえてもう一度ルールを確認しよう。おあつらえ向きに──これ見よがしに鉛筆が用意されているし、紙の裏にでも纏めさせてもらうかな」
夕方多夕はささっと
①50音(今回は46音)を半分こして
それぞれの持ち字とし、その23音を用いて
互いに質問と回答をおこない続ける。
②失言した方の負け。
③何問続けて質問してもよい。
ただし、質問を受けたら、その問いに
回答するまでは質問を返すことはできない。
④濁音・半濁音・拗音・促音は元の音と同じ扱い、
音引(ー)は前音の母音扱い。
⑤紙に文字を書いての質問・回答はNG。
⑥今回に限り特別ルールとして、
勝利した際の報酬を設定しなければならない。
望んだ報酬は必ず与えられる。
「本当に要らないルール*6が一つだけあるけど、⑥以外は至って真面目なルールだよ。さっきアタシがやったことをオマエもやるってだけの話だ。質問も含めて、全ての質疑応答をな」
夕方多夕は忌々しげな表情をさらに深め、心底やりたくないという感情を隠しもしない。ここまで嫌悪感を剥き出しにしている彼女は、実のところなかなか珍しいものだった。
『そんなに怖い顔をしないでおくれよ、多夕ちゃん。別に僕が変なお願いをするって決まったわけじゃないだろう?』
「なんで他人に対して影響がある願い事の心配をしてるって話になってんだ。語るに落ちてるよ、球磨川くん」
『わざと語ってるのさ。こういう勝負の時って、戦う前から勝負は始まっているものだろう? 今のうちから動揺を誘っておこうと思ってね』
相変わらずの薄ら笑いを浮かべながら、球磨川は軽薄に、いけしゃあしゃあとそんなことを言ってのける。夕方多夕からすれば、薄気味悪いことこの上ない。
しかしそれでも、彼女はどこまでも勝負事に真摯であった。紳士的であった。淑女なのだが。
「それはもう放っておくとして──普段から暗号を解いているわけではないであろうオマエに、初見でこの競技を攻略しろってのも
『へえ、いいのかな、そんなに優しくしてもらっちゃって。僕が言うのもなんだが、君にメリットが無いように思えるけど』
「
『いやあ、出会ってからそんなに時間が経ってないってのに信頼されてるねえ』
「オマエを信頼? バカ言うな、妙なことをやらかさないか心配してるんだよ」
球磨川からすれば、信頼か心配かの違いなどはどうでもいいことだった。この状況で彼が狙っていたことは、あくまでも夕方多夕の意識を自分に向けさせること。
そして今、度重なる虚言のせいで、夕方多夕の意識は完全に球磨川に向いている。球磨川はそのタイミングを逃さずに、精神を揺さぶる一手を仕掛けた。
『あっそうだ、多夕ちゃん。一応僕の望みを言っておこうと思うんだが──宣言しておこうと思うんだが、構わないかな』
「どうぞご勝手に。というかそれはオマエのことなんだから、アタシに一々質問しなくていいよ」
『そうかいそうかい、それじゃあ遠慮なく、高らかに宣言させてもらうとするよ! もし僕がこの勝負に勝ったら、そうだな──』
「──ごめんね球磨川くん。本当は多少手加減するつもりだったんだけど、ちょっと本気を出さなきゃいけない理由ができた」
『へえ、そうなんだ。まあ僕としては全然構わないけどね。ところでどうして本気を出そうと思ったのか聞いてもいいかい?』
ふざけた願望、腑抜けた会話、そして極め付けは白々しい煽り。いくら夕方多夕といえども、生きている以上は許容量というものがある。
結果として、夕方多夕は球磨川相手に本気を出すことと相なった。
「──弱ったな、弱い物いじめは嫌いなのに。だけど悪く思うなよ。お前が悪いんだ、
『そんなに強がるなよ、表情が強張ってるぜ。それと、悪いのは君だ。だから、僕は悪くない』
戦いの火蓋は、今ここに切って落とされた。
004
公正にカードは配られ、勝負は正しく開始された。失言半減質疑応答はターン制の競技ではないため、どちらから質問を始めても問題ないのだが──状況は一切動かなかった。
(こいつ……アタシが動くのを待ってるのか、ただ自信があるのか、それともマジで何も思いついていないのか──なんにせよ、オマエが動かないならこっちから動くまでだ)
「ベストな
『
(へえ、この程度なら返してくるとは思っていたけど、まさか
夕方多夕は運が悪い。そのことは本人も承知しているところだったが、相手をするのは
色々と考えを巡らせる夕方多夕だったが、彼女はそこで一旦考え事をやめ、球磨川に向けて質問を再開した。
「
共感する慣用句は?
「
言われたい褒め言葉は?
「
欲しい時間は?
「
落ち着く乗り物は?
「
思い出の色は?
「かねがね
推薦する刃物は?
「
大切な感情は?
「しげしげと
重要な接頭語は?
「
『
揚げ足をとる
『
学ランが最高にイカしてるね
『
自分探しの時間
『
装甲車
『
赤色
『
バタフライナイフ
『
恋愛感情
『
無い
『
夕方多夕としてはここで決めてしまってもよかったので、そこそこの難易度──過去に一度、クラスメイトのいろは
しかし球磨川は夕方多夕の予想に反して、9連続の質問さえも一息で返してのけた。戸惑うことなく、動揺することなく。
「──とりあえず、ルールは理解できたっぽくて良かったよ。ところで球磨川くん。このゲームにも慣れてきたところだと思うし、そろそろギアを上げてもいいかな?」
『構わないよ、多夕ちゃん。むしろこっちからも言わせてもらうんだが、僕に対して変な配慮なんか必要ねーからさ、さっさと続きをやろうぜ。本気だろうがなんだろうが変わりはないんだから』
「そう、そこまで言うか。ちょっとばかしオマエのことを見くびってたのかもしれない──じゃ、普通に話すのにも飽きてきたところだし、そろそろ本気を出させてもらうよ」
夕方多夕はそう言うと一度深呼吸をし、息を整えてから球磨川の方を見た。そして、質問するべくその口を開き──言葉数の暴力が、球磨川に向けて放たれる。
「
初恋の相手は誰ですか?
「
子供の頃のニックネームは?
「ガキの
感動した名作映画といえば?
「うるっとする
旅行をするならどんなところに行きたいですか?
「トラベルするならどの
血液型は何ですか? RHまで教えてください
「
大きな怪我や大病をしたことはありますか?
「
好みのタイプはどういう方ですか?
「どの
神の存在を信じますか?
「
親友と呼べる友達はいますか?
「
中学時代は何をしていましたか?
「
現在の貯金額は?
「
将来どんな職業に就きたいですか?
「
役に立つ資格は持っていますか?
「
苦手な食材やアレルギーはありますか?
「
得意科目は何ですか?
「
苦手科目は何ですか?
「
声変わりは何歳の頃でしたか?
「
虫歯はありますか?
「
失恋の経験はありますか?
「
愛の告白をしたことはありますか?
「
ラブレターをもらったことはありますか?
「ラヴ
あなたのチャームポイントは何ですか?
「
あなたの弱点は何ですか?
「
人の死に立ち会ったことは何度ありますか?
「
「
夕方多夕に対してどんな感情を抱いていますか?
「
正直なところ、何らかの特殊能力を有していますか?
「マジな
一番鮮烈な記憶は何ですか?
「
今まで戦った相手で一番強かったのは誰ですか?
「ベスト・トゥ・ベストなリバルは?」
『
病院の先生かな
『
風
『
ダンサー・イン・ザ・ダーク
『
外国ならどこでもいいよ
『
AB型RHマイナスらしいね
『
無い気がするなあ
『
ララ・サタリン・デビルーク
『
いるんじゃない? 生きてるか死んでるかはともかくとして
『
沢山いるよ
『
恐怖政治を少々
『ちょくちょく
残念ながら0円だよ
『
教師とかに憧れるなあ
『
そんなの持ってないよ
『
野菜全般嫌いだね
『
特に無いから国語ってことで
『
倫理道徳
『
うーん……覚えてないや
『ふむむ……さて?』
虫歯は一本もないぜ
『
そりゃあ沢山あるさ
『
何回かあるよ
『
残念ながら、全くないな
『
体つきとか?
『
ありとあらゆる全てだよ
『
一々数えてないから分からねえな
『
腐れ縁ってやつさ
『
ぜひ箱庭学園で育てたいね
『
いいや? 持ってないけど
『
初めて勝ったときのことかな
『いよいよ
妹分の子だぜ
『
夕方多夕が流暢に撃ち込む言葉の雨嵐は、やはり初見の球磨川にとって、そう簡単に防げる代物ではなかった。その証拠として、彼はだんだんと追い込まれ、単調な答えしか返せなくなってきている。失言するまではあと一押し、といったところであろうか。
(悪いね球磨川くん。アタシにもプライドってもんがある──恨むんなら、アタシの制服を裸エプロンにするとかほざいたその口を恨むんだな)
球磨川は息も絶え絶えでダラダラと汗をかき、疲れのあまりに俯いているからであろうか、その表情を窺うことはできない。しかし誰がどう見ても、今の球磨川は満身創痍であった。
(ま、こうなるのも当然だろ。むしろ、初見のルールでよくぞここまでやったもんだと思うけどね。その点に関しては、まあ賞賛を贈ってやらないこともないけど)
対する夕方多夕の方は息を乱すことなどなく、極めて平常通りの状態を維持していた。
「球磨川くん、もう負けを認めて楽になりなよ。アタシの方からオマエに要求する望みの内容は、そうだな──『一週間お菓子を禁ずる』とかにしておいてやるからさ」
夕方多夕は左手に持った知恵の輪を繰り返し投げながら、球磨川に対して降参を要求する。彼女からしてみれば、こんな勝負は取るに足らない、どうでもいいことなのだから。
『それは……本当かい、多夕ちゃん? 僕は君に、とんでもない願いを押し付けようとしたっていうのに……』
「どうせアタシが勝つって分かり切ってた勝負なんだ、その程度のプレッシャーは重圧じゃない。ま、最初は冷や冷やしたけどな。主に視線とかが」
『それに関しては本当に申し訳なかったと思っているよ。僕なんかが、君みたいな人と対等に渡り合えるはずがないんだから、変な願いは望むべきではなかったね……いや、本当に反省しているよ、ありがとう多夕ちゃん。君という夕日のおかげで、僕はまた太陽の下を闊歩できそうだ』
「いちいち大袈裟な奴だな……微妙に良いことっぽい言葉を吐くのも、なんだかオマエのイメージからかけ離れているし、正直気持ち悪い」
『そうかな? それじゃあ多夕ちゃんの要望に応えて、多少厚かましくなるとしよう。気持ち悪いと言われ続けるのも中々堪えるしね』
球磨川は段々と息が整ってきたのか、汗が引き始め、顔色も良くなり始めていた。一応ゲームを続行することも、できなくはないだろうが──夕方多夕は、これ以上ゲームを続けるつもりはないようである。
「で? オマエは負けを認めるのか? 認めないってんなら、もう一度質問責めに──」
『いやいやいやいや! 僕の負けでいいよ! これ以上こんな勝負をしてたら頭がパンクしちまうぜ!』
「はあ……最初からそう言っておけば良かったんだよ。そしたらこんなに無駄な時間を過ごさなくて済んだんだ」
夕方多夕は左手で投げていた知恵の輪をキャッチしてから握り込み、それから握った拳をほどいて知恵の輪を見せつけてみせた。
『ところで、多夕ちゃん。せっかくのゲームだったのに僕は一回も質問できないままゲームに敗北したわけだが……ここで会ったのも何かの縁だし、一つだけ質問をさせてもらっても良いかな? もちろん、リポグラムで』
「はあ? うーん、まあ……それくらいなら良いけどさ。あっ、でも性癖とか好みのタイプとか聞くなよ。後々面倒になりそうだから」
球磨川の突発的な提案に対し、夕方多夕は一も二もなく乗っかった。勝負はもう終わっているのだし、何かを気にする必要もないためである。
『そうかい、それじゃあ遠慮なく質問をさせてもらうとしようか。僕から君に聞きたいことは、たったの一つだけ──』
「勿体ぶるなよ、アタシはさっさと帰りたい──?」
ここで夕方多夕は、とある違和感を抱いた。具体的な場所は、左手の掌の上あたりから。
(──あれ、おかしいな。いつもだったら上手くいくんだけど……知恵の輪が、外れてない)
一度気になってしまうと、もう気になって仕方がない。夕方多夕は球磨川そっちのけで知恵の輪を凝視した。
(いや、おかしいだろ。だって、さっきまで
「多夕ちゃん」
なんの変哲もない呼びかけが夕方多夕の耳に届く。ただ呼びかけただけの、日常会話の一節と言っても差し支えのない、そんな声が──酷く、恐ろしく感じた。
寒気がする。怖気が走る。そして夕方多夕は──遅すぎるくらいだが──今になって、ようやく気付いたのだ。
(こいつに、関わるべきでは……無かった!)
『多夕ちゃん。僕はね、傷付いたよ。心に深い傷を負った。痛手を負った。誰かに話したくない内心まで、聞かれたくないところまで、直球勝負で、真っ直ぐストレートで質問を投げかけられて、土足で入り込まれて繊細な心を踏み躙られて、挙げ句の果てには年下の女子に情けをかけられて。僕がどれだけ惨めな気分だったか、君には分かるかい? いいや、分かるまい。君は恵まれた人間だ。恵まれてしまった人間だ。なまじ言語能力が高かったからって理由で、中途半端に頭が良すぎたからって理由で、偶然周囲の人間が優しい奴ばかりだったからって理由で、ぬくぬくと育ってきたお嬢様だ。蝶よ花よと愛でられてきた愛玩動物だ。なるほど今の勝負はその実質疑応答だ。質疑応答を行う以上、確かに他人の心に土足で踏み入る判断も、時には必要になるとは思うよ。だけど、でも、だからって、だからってだからってだからって、
夕方多夕は椅子から飛び退き、先ほど勝負が終わった時点で出現した出口に向かって駆け出す──が、その判断はもっと早くにしておくべきだった。速く動くべきだった。
『
『君の方だろう?』
「……前言撤回だ。ちょっと急用を思い出した、そんなに気になることがあるなら、それこそ
『君の都合なんざ知ったこっちゃないね』
次の瞬間、球磨川は
結果として、彼女の頭と胸には巨大なプラスネジが突き刺さり、かなり痛々しい絵面が完成した。しかしどちらもしっかり体を貫通しているというのに、彼女の体に痛みが走ることは、不思議となかった。
「──なるほどな、特殊能力が無いっていうのは、全くの嘘っぱちだったってわけだ。必死そうに、捻り出して答えているように見えたから、嘘はついてないと思ってたんだけどな」
『君の前にいたのは世界一の捻くれ者だぜ? まさかとは思うけど多夕ちゃん、初見のゲーム如きで、僕が
「──そう、だね。オマエの返答は
夕方多夕が必死に思い返すのは、球磨川の回答。家族だの、愛だの、心がどうだの──彼女には、どうにも欠損しがちな物である。特に、家族に関しては。
「オマエ、
『うーん、まあそれもある*9んだけどね。
球磨川はニコニコとした様相を崩すことなく、悪びれることすらなく、それが当然であるかのようにさらりとそう言ってのけた。
それもそのはず、いくら改心したとはいえ──球磨川禊は、球磨川禊なのだ。「自分のことを傷付けた」「初対面の人間」相手に、彼が情け容赦をかけるはずもない。
『ところで、ええと……なんの話をしてたんだっけ? そうそう、僕が君に何を言いたいかだったね。いやー、ごめんごめん! 僕ってば話があっちこっちに爆発四散しやすい
「言うならさっさと言ってくれ。いつまでアタシの体を現代アートみたいにしておくつもりだ」
『つれないねえ。少しくらいお話を楽しもうって気は無いのかな? 無いんだろうな、だって君は、あんなに残酷な
『つまり──』
『なかったことにした。』
『さて、それじゃあ約束通り、多夕ちゃんには僕からの質問に答えてもらおうかな。なあに、そんなに難しいことじゃないから、君ならたった13文字でも回答できるだろう?』
「……ふざけやがって」
『なんとでも言うといいさ。だってこの提案を飲んだのは君なんだから。僕が悪く言われる
ようやく窺うことが出来た球磨川の表情は、先ほどまでの人の良さそうな笑みではなく、他人を嘲るため、三日月のように口の端を釣り上げた笑みだった。
そしてようやく、球磨川からの質問が放たれる。彼が口に出した質問は、それは酷いものであった。
『
球磨川禊は、
005
『そうだな、多夕ちゃんにたったの13文字で無理な回答をさせて
とても楽しそうに、球磨川はニヤニヤと笑いながらそんなことを口にする。
『ポイントは
「……いいからルールを話せよ。こうなったら最後まで付き合ってやるから、ヘラヘラ薄ら寒い笑いを浮かべながら、アタシのことを虐めればいい」
『健気だね。いくら君でも、13文字だけで話すなんてことはしたことないくせに。一言ごめんなさいって言えば、今なら僕の心を傷付けたこと、許してあげないこともないけど?』
「抜かしてろ大嘘吐き。アタシが謝ったら即座に『ごめん、気が変わった』とか言うつもりだってのは分かってんだよ」
『君も僕のことを段々と理解してくれてるみたいで嬉しいぜ。それじゃあ真面目に、今考えたばかりの出来立てほやほやなルールをお届けしよう』
球磨川は紙を一枚取り、先ほど夕方多夕がやっていたように、紙の裏にルールを書き記した。
①13音を用いて過去のおこないを懺悔する。
②懺悔出来なかった場合は、敗北となる。
③懺悔は一度きり。
④濁音・半濁音・拗音・促音は元の音と同じ扱い、
音引(ー)は前音の母音扱い。
⑤敗北しても、ペナルティがあるわけではない。
ただ、謝ることすらできない人になるだけ。
『さて、多夕ちゃん。ここまで簡単なルールにしてやったんだ、まさかとは思うが、エリートの生まれである君が、僕みたいなその辺の木端に負けるはずがないよね? もし僕が君に勝ってしまった場合、君は僕に二つ目の白星を献上した女になるということだけど』
どこまでも人格が破綻している球磨川は、この期に及んで夕方多夕を
先ほどから夕方多夕は一貫して真顔であり、その内心を窺うことは──彼女のクラスメイトであれば分かるかもしれないが──球磨川には出来なかった。そもそも、知ろうともしていない。
ただ、バカにするだけバカにしたいだけ。
ただ、堕とせる所まで堕としたいだけ。
ただ、夕方多夕の心をへし折りたいだけ。
そういう奴なのだ、球磨川は。
今まで何人も、この
『難しいだって? おいおい多夕ちゃん、滅多なことを言うもんじゃないよ。ただ謝るだけさ、13音で! 一体君は、このルールのどこが難しいって言うんだい? もっとも、テストプレイなんかしてないから、出来るかどうかは
夕方多夕の心は──。
『僕を傷付けずに、だって? 多夕ちゃん、そんなに強がらなくてもいいんだぜ? 僕は君がご両親に謝らない人間だったとしても、軽蔑なんてしないさ! そうなればむしろ歓迎するぜ、だってそうだろう、僕と君は──』
「あー、一人で盛り上がってる所、本当に申し訳ないんだけど──こんな
『──? それは一体、どういう意味で……』
球磨川が夕方多夕の言葉に対し、詳しい意味を問い
「オマエにそれはくれてやる。涙拭くのにでも何にでも使ってくれて構わないよ」
あっつのみすり。かつりつ、みや。
球磨川はこれを読んで──絶句した。
『なっ……えっ……!?』
「あっしのみすり。かしこし、おや。」という平仮名の羅列はつまり、「
「『
『多夕ちゃん! これは見過ごせない反則だよ! 懺悔することが出来ないならまだしも、持ち字を反転*11させて待ち字じゃない字を使うなんて! しかも、発言するのではなく、紙に書いて──』
「いいや反則じゃない。だってオマエは、ルール説明の時に『紙に文字を書いてはいけない』なんて一言も言わなかった。ルール表にも書かなかった。文字の反転に関しても同じことだよ」
『──まさか、失言半減質疑応答のルール⑤は、これを禁止するために?』
球磨川は恐る恐る、夕方多夕に質問する。もし、これが、球磨川の思っている通りの理由で禁止されているのだとしたら──。
「
──
「それと一応言っておくけど、アタシは過去のアタシの
『……行けよ、多夕ちゃん。今の僕は心がズタズタだから、ここから逃げ出せるかもしれないぜ』
「そうかい、それじゃあ遠慮なく行かせてもらうことにするよ。だけどここは一つ、勝鬨を上げさせてもらうことにしようかな。アタシが認めた、友人の口癖を借りて」
夕方多夕が立ち上がり、球磨川に背を向ける。球磨川は彼女のことを見送るしか──見逃すしかなかった。
夕方多夕は出口へと向かって歩いて行きながら、最後に一言、球磨川に向けての勝利宣言をし、その姿を消した。
『……
「え? 意味なんて無いよ。球磨川くんが苦しみに苦しみ抜いて考えたルールを、思いもよらない方法で正面からぶち破られるのを見たかっただけさ。あとはそうだな、落ち込んでる君が見たかったんだ。いつもより可愛げがあるからね」
『やっぱり君は、封印しておくべきな気がするな』
「二回も同じ手を食うかよ、君じゃないんだから」
僕は初見の攻撃以外は喰らわねーよ。なんつーか、見飽きるからね。その攻撃は見切った! ではなく、その攻撃は見飽きた! って感じになるんだ。
「ところで球磨川くん。君は多夕ちゃんの宣言通り、目も当てられないほどの惨敗を喫したわけだが──まさかこの期に及んで『僕は悪くない』とか、その手の戯言を弄するつもりじゃあないだろうね?」
『まさか。僕を拉致した
「へえ、球磨川くんはつまり、何を言いたいのかな? 浅学な僕に、是非ともご教授願いてーもんだぜ」
『つまろうがつまらなかろうが、多夕ちゃんに心を折られた僕がこの後言えることなんて、たったの一つしかないんだよ』
惨敗したって言うのに、見栄を張りたがる──もとい、
006
出口に進み、目を開けるとそこは──見慣れた食堂、つまりは暗号学園の設備である、いつも使っている食堂だった。確か
それにしても──やけに疲れたな。それもそうか、あんな奴の相手をしたのは生まれて初めてだし、多分ここから先でも一度だって無いだろう。
そう考えると、得難い経験をした、とも取れるのかもしれないけれど──いや、それは無いな。正直なところ、二度とごめんだ、あんな奴の相手なんて。
だってアイツは、球磨川禊は、あの「
アイツに消された50音カードはついぞ帰ってくることはなかったし、なんなら復活する素振りさえ見せなかった。
その点を鑑みるに、一度消した──
と、そんな風に、なんとなくうどんが食べたい気分だったアタシが券売機に並びながら、一人感想戦に興じていたところで、突然食堂に大きい音が響き渡った。どうやら誰かが食器を落としてしまったらしい。
券売機に並んでいる連中も全員こぞって音の方を見ているので、アタシも周りに合わせて音のした方を見ると──そこにいたのは、こともあろうにいろは坂くんだった。
……何やってんだ、アイツ。
どれだけうどんが食べたかったのかは知らないけど、珍しくいろは坂くんは半泣きだった。それもそうだろうね、券売機の待機列は同人誌直売会もビックリの長蛇の列なんだから。
──しょうがない。間接的にとはいえ、彼には助けられたわけだし……うどんの食券を、二枚取っておいてやろうか。
「おーい、いろは坂くん。どうやら困っているようだし、アタシが救いの手を差し伸べてやろうか? 具体的には、うどんの食券を取ってあげようか? って意味だけど」
あんまりこういうのは、アタシの柄じゃないんだけど──ま、たまにはこういうのもいいだろ。
「ええっ、いいの!? あっでも、後になって『お礼代わりにちょっとしたゲームに付き合ってもらうよ、いろは坂くん。リポグラムって知ってる?』とかは、言ったりしないよね……?」
言うわけねえだろ。
人が珍しく善意で動いてやってるっていうのに。
まあでも──そうだな。いつまた
なんてね。
とほほ、拉致はもうこりごりだよ。
話の締めくくり方が昔気質!!
というわけで、新年一発目はリポグラムでした。好きなだけ好きなことを好き勝手やれたので、僕は満足です。
ただ心配なのは、たゆたんのエミュ精度と球磨川くんの悪役ムーブですね。
どうです? ちゃんと出来てましたか? 慣れないことは突発的にするものじゃないですね。
ともかく、2024年も何卒よろしくお願いします。
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