グッドルーザー球磨川 箱庭に舞いて飛び交う暗号文 作:Minus-4
大晦日のお土産です。
45,000文字ほどあるので、ゆっくり読んでください。
明けましておめでとう──もうこの挨拶をするには遅すぎるかな? もう年明けからまるまる十二ヶ月経っているというのに、まだお正月気分でいるのか、というかそもそもその挨拶をするべきは明日だろうって?
こっちも色々と忙しいんだよ、文句言わないでおくれ。
とにかく。今年もお疲れ様、
それにしても時間が過ぎるのは早いねえ。もう前回の安心院ゲームから二年が過ぎ去っちまったのか。三兆年を生きた僕からすれば、二年なんていうのは極めて刹那的極まりない時間だが、しかしそれでも感じ入るものがあるぜ。
そういうわけで今年も大晦日の時期がやってきた。やってきてしまった。意図せずして二年毎に開催されるオリンピックみたいになっちゃってるけど、まあこの際いいよね。
え? 大晦日は毎年恒例だろって? へえ、きみにもそういう、世間でいうところの一般常識みたいなものがあったんだね、驚いたよ。
そんなのはどうでもよくて。
きみには今年もあれをやってもらいたいんだ。
風物詩みたいなものさ。ほら、だってきみ、箱庭学園では『風』と呼ばれていたんだろう。
呼ばれてなかろうが、僕はきみを拉致していただろうけどさ。
意外と要望多かったりするんだぜ、あれ。
おや、意外って顔だね。まあきみ自身が思っているよりも、案外きみは人気者なのかも知れねーな。僕の知ったことじゃないし、
ああいや、いやいや、今のはいわゆる比喩表現ってやつで、実際に知らないわけではないんだけれど。全知全能たる僕が知らないわけなどあるはずもないんだけれどさ。
そこはほら、愛嬌ってやつだ。ぜひとも水に流しておいてくれたまえ。
いやしかし、僕としちゃあ、あんなのはある
僕から言わせてもらえば、あれは随分とヘルシーな方だったと思うけどね。少なくとも、世にある様々なものと並べたとき、あれを探し当てるまでに少々の時間がかかりそうなくらいには。
悪く言えば普遍的だった、と。そう形容することも、まあ不可能ではないだろう。
もしかしたらきみが絡んだ事件、というか事態を形容しようとすることそれ自体が、実はもう既にナンセンスだったりするのかもね。
自分で言うのもなんだけど、その辺り僕は適当だし、別に今更になってきみのことを的確に言い表そうとか、そんなこと考えちゃいねーし。
興味もねーし。いや、マジで。
一興ではあるけどさ。
そんなのはどうでもよくて。
球磨川くん。
球磨川
混沌よりも這い寄るマイナス、球磨川禊くん。
思えばこの
違うって? そりゃあ失礼。ほら、僕ってば三兆年も生きちまってるもんだから時間感覚が
それでなくとも僕の持つ一京のスキルには、好きな時に好きな場所にいられるスキル「
なかったことになったようなものなんだけど。
案外きみが『なかったこと』にしちまったんじゃないかな。と、僕はそう睨んでいるんだがね。
睨みを利かせているんだがね。
なんて、冗談だよ冗談。だからそんなに弱虫を──失敬、苦虫を噛み潰したような顔をしないでおくれ。
そんなものを噛み潰した程度でころころと表情を変えるような奴じゃないだろ、きみは。というかそもそもの話、きみ自身が虫みたいなものだろう。
だってほら、這い寄るんだろ、きみって。
それに「風」という字の中にも「虫」がいるし。
今からでもいいから二つ名を「
不思議というよりは、不可解というか。てか不快だぜ。
その辺り貫き通してはくれないのかな、球磨川くん。
捻じ曲がっているということを、
ま、そんな曲芸じみたことをされたとしても、それは僕にとってその辺の石ころと同じような、取るに足らない些細な邪魔ものでしかないんだがね。
きみの信念とか、わりかしどうでもいいから。
こんな年の瀬に
おめでたいことをしようって時に、不吉が服を着て歩いてるみたいな奴と話さなきゃいけない僕の気持ちが、果たしてきみに分かるのかな。
分からないだろうね。
分かってほしいとも思わないさ。
それがきみだからね──分かってくれないのがきみだからね。
いよいよ付き合いも長いから僕は分かってるぜ、球磨川くん。
こっちだけきみのことを分かったようなツラをしているのが気に食わないって顔だね。そんな顔をされても、僕が返せるのは美少女の微笑みだけだぜ。
わっはっは。
笑えないって? 笑わせるつもりも元々ないさ。
これは持論になるんだけれど、『面白い』と『笑える』というのは、直結ではないと思うんだよね。
別に僕の語りが面白いとか、そんな自惚れたことをぬかそうとしているわけじゃないんだぜ、これでも。
自信満々なだけさ。そこのところ、履き違えないでおくれよ。
そんなことはどうでもよくて。
どうでもよすぎるほどにどうでもよくて。
そうそう、きみにあれをやってほしいって話だったね。いやー、すっかり忘れちまってたぜ。
長生きしすぎたかな。
死んでるんだけどさ。
いや、生き返ってるんだっけ? まあどっちでもいいか。生も死も僕にとってはおしなべて平等に意味がないんだから──価値がないんだから。と、こんなことを言ってしまうと、めだかちゃん辺りに拳骨を喰らっちまいそうだが。
価値がないといえば、ところで勝ち星がない球磨川くん。つかぬことをお伺いするんだが、あの子のことを覚えているかい。ほら、ちょうど二年前にきみのことをこてんぱんに負かした、あの女の子のことだよ。
覚えていないのかい? おいおいちょっと待っておくれよ、たった二年前のことなんだぜ? いくらおつむの出来が悪いきみでも、これくらいは覚えておいてもらえないと、僕の負担が倍プッシュなんだがね。
まったく、本当に球磨川くんはどうしようもないなあ。じゃなくて、しょうがないなあ。まあ僕は、きみのそういうしょうがないほどにしょうがない所が好きなんだがね。
照れるなよ。
まったく、褒められ慣れていない奴はこれだから困る──そして今ので褒められたと思われてももっと困る。
まあいいや。第
優しい優しい
暗号学園、一年A組、出席番号17番。
誕生日は一月四日。得意なことはリポグラム。
マイバウムは冷やして食べるしっとり食感のバウムクーヘン。
その名を
デビルズアドボケイト、
覚えているだろうね。だってきみ、物覚えがこれ以上なく、これ以下なく悪いくせに、自分が負けた相手のことは基本的に忘れないんだから。
まったくきみの執念深さときたら、さながら蛇のようだねえ、なんて。今年の干支に絡めた小粋なエピソードだ。気に入ってくれたかい?
気に入らなかった? はあ、なんだよ、無粋な男だねきみは。粋な返答への期待に胸を膨らませていた僕の心を裏切りやがって。ま、僕の胸は膨らませたところでたかが知れてるだろーがよ。
まあいいや。そういう所もひっくるめて、僕はきみのことを『蛇のようだ』と形容したわけだけれど──言い表したわけだけれど。
ますます期待を裏切らないね、きみは。期待通りに、期待外れだ。
そんなことはどうでもよくて。
どうでもよすぎるほどにどうでもよくて。
どうでもいいとも思わないほどどうでもよくて。
本題に入ろうか。
きみは以前夕方多夕ちゃんに彼女の得意とする領域で、いいようにこてんぱんにされたわけだが、僕はそれを意外と腹に据えかねていたりするんだぜ、正直なところ。
意外だと思うかい? おいおい、そりゃあないぜ球磨川くん。前々から言っていることではあるけどさ、僕はこんな態度をきみに取っていながらも、その
負けっぱなしでいいのか。
言われっぱなしでいいのか。
僕としてはね、きみには戦い続けていてほしいのさ。だからきみには、夕方多夕ちゃんとのリベンジマッチに取り組んでほしいんだよ。
無駄な時間だと思うかな。まあ実際のところ無駄な時間ではあるわけだけれど、しかし知っていたかな、「無駄」は「無意味」を意味しないんだぜ。
別に「勝ってくれ」って言ってるわけじゃないさ。ただ単に、きみのきみらしいところが見てみたいだけなんだよ、僕は。その結果再びこてんぱんにやられるようなら、それはそれで結構。
そういうところも、きみらしさの一つだろうしさ。
無理に変わろうとせず自分らしさを誇りに思おう! きみはきみのままでいいんだよ……だったっけ? そういうおつもりなら、それはそれでいいんだけど。
あはは、そんな顔をするなよ球磨川くん。そんな表情を浮かべられたところで、僕の口数が減るようなことはないぜ。ほら、僕ってば減らず口が得意なんだ。
マシンガントークが得意なんだ。
だからきみは、万が一にだって銃後に引きこもってなんかいられないぜ。
言葉の弾丸からは逃れられないからね。
──ん? ああ、なーんだ。
初めから
そうなんだったらそう言ってくれれば、最初っから僕だってあんな風にきみに対して発破なんか掛けたりしなかったんだが──まあ、たまにはこういう無駄なことに興じるのもいいのかもしれないね。
短い学園生活の中で僕が学んだことの一つさ。
彩りのある人生とは、無駄の多い人生だ。
そして無駄の多い人生とは、劇的な人生だ。
きみの人生は、果たして劇的かな?
と、まあそういうわけできみも頑張ってくれたまえ。この後晒すのが無駄に頑張った結果劇的に散る姿だったとしても、きっとそれはそれで満足できるだろうからさ。
当然のことながら、夕方多夕ちゃん相手に大金星をあげてくれるというのなら、これに越したことはない。きみの人生二回目の勝利とか、そりゃあ見てみたいとも。僕に限った話じゃなくって、きっとみんなそうさ。
楽しみにしてるし、応援してるぜ。
いや、これはマジで。
この際だ、会場やらなんやらは僕の方でセッティングしておいてやるしアポイントメントなんかも僕の方でやっておくから、きみは夕方多夕ちゃんと何の競技で戦うか決めておいておくれ。
おっと、先に言っておくが暴力的な手段に打って出るのはやめておくれよ。あくまで、そうだな──謀略での勝負、つまりは知的なゲームでの高度な頭脳戦なんかを期待しているぜ。
期待しているというか、ぜひともそうしてくれ。無闇矢鱈と必須タグを増やすのは好きじゃないんだよ。
分かってくれたかい。それならいいんだ。
さてと、それじゃあまずは日時を決めないとな。普通に考えれば少し間を開けたほうがいいんだろうけど、しかし
決めた。明日──いや今日にしよう。思い立ったが吉日ともいうし。
あとは、そうだな。以前と変わらないメンバーというのも芸のない話だし、ここはひとつ解説係として新キャラでも呼ぶことにしようか。
なに、
それじゃあ新キャラじゃなくて旧キャラだって? 細かいとこは気にすんなよ、みみっちい男だね。
それで、準備はできたかな球磨川くん。
できてない? おいおい、いつからきみは準備にそこまでの時間をかけられるほど偉くなったんだい。きみごときが。
さて、それじゃあ準備の必要がなかった球磨川くん。
準備の時間がもらえなかった哀れな球磨川くん。
無駄な時間を、時間も忘れて楽しんでおいで。
■ ■
──過去の夢を見ている。現在進行形で。
夢の中で、私はゲームをしている。ゲームといっても、テーブルゲームやコンピューターゲームの
その夢で私は、とある男と行動を共にしていた。
適当より適当で、いいかげんにいいかげんな男。
混沌よりもよっぽど混沌を煮詰めたかのようなその男は、負けに負けて、賭けに負けて、全てに負けていた。
全てに劣っていた。あの男を言い表すのならば、こちらの方がより適切かもしれない。
夢の中で彼は生徒会長で、私は生徒会庶務職に就いていた。他の役職には、誰も就任していなかった。
それほどまでに、彼は嫌われていた──忌み嫌われて、
色々なことがあった。本当に色々なことが。
拳銃自殺の現場に
幼馴染を守るためとはいえ、うっかりその男を刺し殺してしまった。その男の代わりにゲームを続行した。チェスをやった。幼馴染と戦ったりした。蘇った男が私を責めることはなかった。
私はずっと『大人しくって気の弱い、巻き込まれ系女子』のマスクをかぶっていた。だけど、男には通用しなかった。
あの男は全てに劣っているからこそ、全ての弱点を知り尽くしていた。『弱い』ということを知りすぎるほどに知りすぎていた。だから私は、あいつに勝てた。
勝っただけの勝ちなんて、価値がないのとおんなじだけど。
こんなものでは喜べなかった。喜ばしいことではあったのだけれど、手放しで喜ぶのは難しかった。私は、私の手から物事が離れることが嫌いだったから。
大嫌いだったから。
大嫌いだった、はずなのに。
いざ事態が私の手を離れた時──あの男に
ミイラ取りがミイラになるように。
丸め込むつもりが丸め込まれていたのだった。
魅入られていたのは、私の方だった。
そのことに気が付かなかった、私の負けだ。
『また勝てなかった』
と。あの男なら、きっとそう言うのだろう。
そんな
そうだそうだ、段々と思い出してきた。
身体的にはこれといった特徴のない奴だったのだけれど、しかしあの男の
なんというか、夢に見るタイプの空気感なのだ。
ただの夢じゃなくて悪夢の方。
あとは──あの男といえば、やはり外せないのは大小さまざまな種類の螺子だろう。どこからともなく取り出しては投げたり刺したり螺子込んだりで、それはもうしっちゃかめっちゃかだった。
苛烈というわけではない。
ただひたすらに自分勝手なだけだ。
もっとも彼が言うには、あれはまさしく手品みたいなもので、本人としてはあまり頼り甲斐のないものだったらしい。まあ弱点も多いようだったし、その通りなのかもしれない。
しかし私は、彼が常々言い放っていたその言葉をあまり鵜呑みにしているわけでもなかった。
というか、鵜呑みにできるはずがなかった。
素直に飲み込めるはずがなかった。
だって、そうだろう。
彼は正真正銘、『大嘘つき』だったんだから。
『「
そうそうそれそれ。
ああ、そういえば彼の声はこんな感じだったっけ。背筋がどこかぞっとするような、そんな声だった。
いやあ、本当に懐かしいなあ。楽しかった貴重な学生時代のことを思い出しちゃうなあ。
消費者に消費されることに慣れきっちゃった今の私から見たら、あの時の私ってまだまだ青臭かったなあ。
楽しかったなあ。
「なあ
あれ、今度は聞いたことない声だ。誰だろう。
というか、そうじゃなくて。
そうだよ、
『気にしなくてもいいよ。多分そろそろ起きるだろうし……、それにほら、こうして寝顔を堪能するっていうのも乙なものだろう?』
「ふーん、どうでもいいかな。アタシとしちゃあ、さっさと目覚めてもらってオマエと二人っきりの状況から解放されたいんだけどね」
『つれないなあ。それじゃあさっさと揺すって起きてもらうとしようか』
「いいね、名案だ──初めてオマエの意見に同意できた気がするよ」
うーん、うーん……、誰かに揺すられてるのかな? まだ、もうちょっとだけ寝かせて──じゃなくって、あの男の名前はなんだったっけ。
私を揺すっている男の名前はなんだったっけ。
うーんと。
ええっと。
確か──。
「球磨川くんっ!?」
思い出した、球磨川くんだ。球磨川禊くんだ。全てにおいて全てが欠落していた
そしてどうやら眠っている私を揺すっているのは、なんとも恐ろしいことにその球磨川くんであるらしい。
それを直感で察した私は飛び起きた。それはもうかつてない速度で飛び起きた。
だってそうだろう。理由は分からないけれど球磨川くんが隣にいるのだから、おちおち寝こけてもいられない。
球磨川くんの隣は地球全土で一番の危険地帯なんだから。
『あ、起きた。やっほ、久しぶり、元気だった?』
「目が覚めた? よかった、それじゃあコイツの相手は任せたよ」
上半身を跳ね起こした私は、二人分の声がした方向に素早く首を向けた。それはもう、見る人が見たら引くくらいのスピードで。
周囲を見ると、ここはおよそ5m×5m×5mの立方体、つまりは床面積にして25㎡、体積にして125㎥の部屋になっているらしい。
真ん中にはテーブルと三脚の椅子(脚が三本しかないというわけではない)が設置されている。私から見て左には知らない人が。右側には見知った人が座っていた。
どうしよう。
知らないうちに、知らない場所に連れて来られてしまった。
連れ去られてしまった。
『おいおい、どうしてそんなに警戒心を
「間違いなくそれが原因だと思うけどな……、いや、やっぱり今のナシで。アタシが思うに、オマエはそういうの関係なしに女子に嫌われるタイプってだけだ」
『多夕ちゃんさあ、もしかして僕のことを傷付けようとしてるのかい? そうだとしたら僕は悲しいぜ。一度は言葉で傷付け合った仲だろう、僕達は』
「そういうところだって言ってるのが伝わらないかな……」
果たしてそこには、流暢に口論を繰り広げる二人の学生がいた。恐らくは顔見知りなのだろう、随分と険悪なムードが漂っていた。
片方は予想通りに球磨川くん。捨てたはずの水槽学園指定の学ランに身を包んで、いつかみたいに、いつもみたいにヘラヘラとした薄ら笑いを浮かべていた。
ふと気になって、私は自分の洋服を確認するために下を向いた。予想通りというか何というか、私の服装も水槽学園の制服になっていた。
年齢としては高校三年生な私だけど、一足早く卒業した──というか高校が廃校になった──身としては、なんというか複雑なものがある。
なんか、あれみたい。
高校卒業後の制服デートみたいな、見るに耐えない感じ。
さて、もう一人の方──『多夕ちゃん』と呼ばれていた──は見たことのない女の子。ぱっと見た感じだと、恐らくは十五〜六歳だろうか。制服はパンツルックで、恐らくは軍服を
何はともあれ私と彼女は初対面なわけだから、とにもかくにもまずは挨拶だろう。
「えっと、初めまして……?」
「初めまして。オマエも災難だね、こんな奴の相手を任されるだなんて。アタシは絶対にそんな役は御免だ」
勝手に球磨川くん対応係であることを確定事項にしないでほしい。
まだ私と彼女は初対面だというのに、随分な言い草だった。
それから、見知らぬ女の子。「災難だね」って言い方は間違ってるよ。正しくは「災害だね」なんだからね。
「あ、あはは……、そうだね……」
どうでもいいことを考えていたせいで歯切れの悪い返事になってしまったけれど、これはこれで
目の前の彼女も特段気にしている様子はないし、どうやら私による『私らしさ』の演出は今のところ上手くいっているらしかった。
「ええっとそれから、久しぶりだね球磨川くん。元気だったかな──みたいな質問は、しない方がいい?」
『いいや? 別にそんなことを気にするような僕じゃないさ。僕の心は太平洋なんかよりもよっぽど大きいってこと、きみはよく知っているだろう?』
「…………ソーデスネ」
「へえ、知らないってさ。変な奴に絡まれて、オマエも大変だね」
勝手に憐れまないでほしい。
私としては、憐れむよりも慰めてほしいな、なんて思ったり。
「じゃなくて! えっと、球磨川くんはその辺に置いておくとして」
『ちょっと、久々に会ったってのに酷すぎない?』
その辺に捨て置いておくとして。
「その、あなた様は一体どちら様、で、あらせになられるのでございましょうか」
「一旦落ち着きなって、敬語がこんがらがってしっちゃかめっちゃかになってるよ。そんなに緊張しなくてもいいのに、どうしてそんなにおっかなびっくりの様相なんだ」
「ごっ、ごめんなさい……?」
「謝る必要も別にないんだけど……、あっ、もしやアタシのことを怖がってたりするのかな。するとオマエ、人見知りだったりする?」
あー。
うーん、これ言っちゃっていいのかな? なんか威圧感が半端じゃないって。
いやしかし、普通に失礼……、でも先に失礼なこと言ってきたのは向こうだしなあ。
『いやー、懐かしいねこの感覚、まさか無視を決め込まれるとは。他の誰からも摂取することのできないエッセンスをきみからは摂取することができるから、一周回って新鮮だぜ。週一で摂取したいなあ』
「なに、急に、気持ち悪い……」
おっといけない、普通に気持ち悪がってしまったし、気持ち悪すぎて背筋がぞわぞわしてきた。胃がむかむかする。うわっ、鳥肌も立ってるよ! ついでにさっきまで何を言おうとしていたのか忘れてしまった。
結構失礼な反応をしてしまったけど、まあこれは気持ち悪すぎる球磨川くんが悪いということで、私は悪くないよね。
「……本当に大変なのな、コイツの相手って。やっぱりアタシは
「大変で済めば
多夕ちゃんと呼ばれていた女の子は、私が球磨川くんによる新時代のセクシュアル・ハラスメントに顔を
この子、もしかしたらいい子かも。
球磨川くんと普通に口論できてるから、てっきり球磨川くんレベルにとんでもない子なのかと思っちゃったよ。
ごめんね。
「それで、アタシが一体どこの誰なのかって話だったっけ。一応聞いておきたいんだけどさ、アイツから聞いてないの?」
「あいつ? えっと、あいつっていうのが誰のことを指しているのかはいまいち分からないけれど、特にそういう話を聞いたとかはないよ?」
そう答えると、多夕ちゃんという子は呆気に取られるような表情を浮かべた。なんでだろう。
いやまあ、この表情から考えるのならば、球磨川くんと多夕ちゃんの二人はこの部屋に集められる前に、何者からか何かしらの説明を受けたのだと思う。
そして私だけはその説明をしてもらっていない。と、そういうことかな。
「あー……」
何となく、こういうことをしそうな人に心当たりがある。
いや、「こういうことをしそう」ではなくて、「こういうことができる上で嬉々としてやりそう」な人か。どっちでもいいけど。
これは、多分そうだよね。
そんなことしてくる人、私は一人しか知らない。
「もしかしてあいつって、『安心院さん』のこと?」
私は十分な確信を持ってそう答えた。
そしたら、多夕ちゃんの目付きが鋭くなった。
……なんで?
「えっ、と……? どうしてそんな顔で私のことを見ているのかな……?」
「オマエ、さっきは『アイツが誰のことを指してるか分からない』って言ったよな。それなのに一発で『アイツ』が誰なのかを当てたんだ、もしかして──」
『あー、多夕ちゃんストップ。もしかしたらこの子が安心院さんの端末──手下だと疑っているのかもしれないけど、誓ってそれだけはありえないよ』
私がしきりに困惑していると、なんと私と多夕ちゃんとの間に球磨川くんが割って入ったではありませんか。
球磨川くん、他人を庇うとかできるんだ。
まあ、そりゃそうだよね。球磨川くんだっていつまでも成長しないわけじゃないだろうし──というか成長したところを、私はこの目でちゃんと見たわけだし。
ということはやっぱり、安心院さんが余計なことをまたしでかしてくれたんだろうなあ。
「どうしてそう断言できる? まあアタシは若干疑心暗鬼に陥っている節があるし、コイツがアイツの手下だったとして、だからなんだって話なんだけどさ。その辺りはっきりさせてくれないことには、おちおち勝負もできやしない」
『詳しい事情の説明は省くけれど、僕もこの子も過去に安心院さんから被害を受けたからね。だから今ここにいる全員が、安心院さんによって加害された経験のある被害者だ。それにほら、見てよ』
多夕ちゃんに
『こんなひ弱そうで気弱そうで軟弱そうで貧弱そうな子が何かできると思うのかい?』
「……それもそうかもね」
「いらっ」
おっといけない。ついつい
本当にもうっ、人の神経を逆撫でさせたら球磨川くんの右に出る人はいないよ、まったく。
多夕ちゃんもそこは乗らないでほしかったかな! 私達、仲良くなれそうな気がするんだけどな!
「はああ……、まあいいや、信じるよオマエのこと。球磨川の言う通りそんなに悪いこととかできなさそうだし」
「それって褒めてる? それとも
「褒めてるに決まってるだろ。オマエ、球磨川に触発されすぎて少しずつ捻くれ始めてるんじゃないの?」
ぎくっ。
それは、その。まあうん。
否定はできないかも、しれない。
「ま、まあそのことはいいから! それよりさ、自己紹介でもして親睦を深めない? 私と球磨川くんはお互いに知り合いだからいいとして、私はあなたのことを知りたいな、なんて!」
「随分と露骨に話を
まあでも、球磨川くんにはお似合いかも。
悪口じゃなくてね。
本当にお似合いだと思う。
『いやあ、流石にここは普通で頼んでおくよ。そうじゃないとほら、この子が可哀想だからね』
「ふーん。暗号はからっきしと、そういうわけね。それならまあ、普通にやるかな」
暗号? 自己紹介と暗号に一体なんの関係性があるのだろうか。
もしかしてあれか。自己紹介の一環として暗号を用いる文化圏にお住まいなのかな、多夕ちゃんは。
変わってるなあ──というかそうなると、割と球磨川くんとどっこいどっこいじゃない?
いや、流石に失礼すぎるかな。
ごめんね多夕ちゃん。
「アタシの名前は夕方多夕。夕方に多数の多、もう一度夕で夕方多夕。通ってる学校は暗号学園、クラスは一年A組、出席番号17番。
と、私が心の中で密かに謝意を述べていた間に、多夕ちゃんは自己紹介を手慣れた感じで済ませてしまった。
うんうん、やっぱり人間関係を構築するにあたって一番重要なのは、何をおいても自己紹介だよね。それじゃあ私も手早く自己紹介をお返ししようかな。
すう、はあ。
よしっ。
「私は
たっぷりと息を吸った上で、万が一にも聞き漏らされるようなことがないよう、はっきりとした声色で私はそう言った。
これでも肺活量には結構な自信があるんだよね。
なにせ、アイドルなもので。
『そうそう。転校してきて間もない僕にものすごく優しくしてくれたんだぜ、咲ちゃんは。いやあ懐かしいなあ、ちなみに生徒会の庶務職だったんだぜ』
「……クラスメイトねえ。オマエもオマエで何かありそう──ってのは流石に邪推かな。というか、その感じで庶務職なのな」
その感じってなんだ、その感じって。
これでも結構頑張ってたんだけど、私。
「それで、えっと──年上らしいし須木奈佐木さんって呼ぶけど、須木奈佐木さん。
「夢? ええっと、夢か──」
多夕ちゃんは人差し指の先にかけた鍵と鍵穴の形をした知恵の輪(だと思う)を、くるくると回してしゃらしゃらと小気味いい音を立てながら、私にそんなことを聞いてきた。
ふむ。なるほど。夢、夢か。
夢なら、そうだな。
とびっきりのが一つだけあるよ。
「──世界平和、とか?」
ありきたりな夢物語だけどね。
■ ■
その後。
球磨川くんと多夕ちゃん──許可をもらえたので下の名前にちゃん付けで呼ばせてもらうことにした──による説明のおかげで、どうやら私は『解説係』として呼ばれたらしいということが判明した。
解説係、ねえ。二人が言うには『安心院さんがそう言っていた』とのことだけど……、まあいいや。
真ん中の椅子に座りながら、私はそんなことを考えた。
「というかそうだよ、私って『解説係』として呼ばれたんだよね? 解説をすること自体は別に
「そんなのアタシだってそうだし、いつもの事だよ。いつもって言ったってまだこれが二回目なんだけどさ」
「二回目……」
なんとなく察してはいたけれど、やはり球磨川くんと多夕ちゃんの二人は以前にも『安心院さん』に拉致された経験があるらしい。
ということは、つまり今回で三回目の『安心院ゲーム』になる──そういう認識でいいのかな? 一回目は私と球磨川くん、二回目は多夕ちゃんと球磨川くん、そして三回目はその全員が巻き込まれている。
そして全ての回において巻き込まれている──そのせいで周囲を巻き込んでいる──のが球磨川くんだということも明白だ。
「球磨川くん球磨川くん。絶対にそんなことは不可能だと分かった上で聞かせてもらうんだけどさ」
『分かりきってることなら
「…………」
「オマエさあ、せっかく須木奈佐木さんが見かけ上は優しく接してくれてるってのに、その態度はいくら何でも酷すぎるんじゃないの?」
『いやだなあ、冗談だってば冗談冗談。お茶目なキディングってやつだよ。咲ちゃんとは付き合い長いからねえ、この程度の軽口くらいは受け流してくれるんだよ。そうだろう、咲ちゃん?』
「まあこれくらいなら慣れてるからいいんだけど……」
勝手に
こういう時の球磨川くんは、大抵の場合は適当なことを言って場をかき乱そうとしているだけだから、ということは分かってるけどさ。
私たちも結構付き合い長いんだからさ、それくらい分かりますとも。付き合い長いって言っても、実際は一ヶ月なんだけど。
……あれだけ濃かった一ヶ月、私は後にも先にも経験できないんだろうなあ。ちょっぴりしんみりしてみたり。
「須木奈佐木さん、あんまりつけあがらせない方がいいと思うけどなああいうのは。心に一生消えない傷痕を残してやるくらいが丁度いいんじゃない?」
「え? 嫌だよそんなの。あのね多夕ちゃん、一応言っておくけど、私は球磨川くんのことを絶対に傷付けたくないと思ってるからね」
「へえ、ふうん、それはなんというか意外だね。あんな奴、誰だって傷付けてやりたいと思うだろうに──」
「だって傷付けたりしたら、傷痕を残しなんてしたら、球磨川くんの中に私の存在が刻まれちゃうでしょう。いやだよ、そんなの」
『涼しい顔をして結構酷いことを言うねえ』
涼しい顔をしてだいぶ酷いことをする奴が何を。
というか、多夕ちゃんの前でこんな態度を取るのはまだ早かったかな。でも今更態度を改め、もとい悔い改めるというのもどだい無理な話だし、球磨川くんも大して気にしていないようだし、別にいいよね。
まあ肝心の多夕ちゃんはといえば、『オマエそんな大人しそうな顔しておいて随分と大人気のないことを言うんだな』みたいな顔をしていたんだけど。
というか、私がさせてしまったんだけど。
「オマエそんな大人しそうな顔しておいて随分と大人気のないことを言うんだな」
「えっ、やだっ、もしかして声に出してた!?」
「いいや別に。ただ『アタシがそう考えてるんだろうなあ』って考えていそうな顔をしてたからさ」
はあ。
そういう顔をしていた、となると、つまりそれを──私の表情を読み取った、と。
そういうことなのだろうか。
「読み取ったというよりは見取ったと言うべきかな」
完全に読み切られてる!?
「それもまた読み切ったではなく見切ったと言うべきなんだろうけど……まあいいや。アタシのと、とも──はあ……アタシの友達にそういうのが得意な奴がいてね。だから人の表情から内情を、つまりは人の表面から内面を察するのは得意なんだよ」
「へ、へえ……じゃあじゃあそれじゃあさ、私が今なにを考えてるのか分かったりするの? なんて、ちょっと面倒くさい質問かもしれないけれど」
「ところがこいつがそうもいかない。まるでプロフェッショナル気取りみたいな口調で語ったはいいんだけど、まだまだ使いこなせるわけじゃなくてね。正直なところ、アタシのこれは付け焼き刃みたいなものだよ」
「そうなんだ……」
てっきり多夕ちゃんは相対している者の表情を読み取るのに長けている人なのかと思ったけど、どうやらそういうわけでもないらしかった。
彼女が言うには、表情を読み取る技術は友人からの受け売り──要するに借り物──ということらしい。随分と物騒な借り物だけれど、あの安心院さんがわざわざ球磨川くんと引き合わせるくらいなんだから、多夕ちゃんもそれなりにそれ相応なのだろう。
そういうことなら、まあ。
別に気にしないでもいっか。
『ちょっとちょっと、何を二人で百合百合しく
「百合百合じゃないし乳繰り合ってもいないし蔑ろにもしてないよ……」
『まあ、咲ちゃんはそうだろうねえ。その辺りに関しては一片たりとも疑っちゃあいないさ。ちなみに多夕ちゃん、きみの方は?』
あーあー、球磨川くんってば反応が面白いからってまた女の子にセクハラを仕掛けてるよ。好きだよねえ、本当に。
私はもう慣れちゃってるからいい(よくないけど)として、問題なのはもろにセクハラを喰らった多夕ちゃんの方だ。もしかしたらこういうのには慣れてなくて、ものすごく不快な思いをしているかも。あるいは、怒っているかも。
そんな風に私は多夕ちゃんのことを心配していたのだが。しかし球磨川くんの言葉に表情ひとつも変えないあたり、まったく杞憂であったと言うのが正しそうだった。
「百合百合しくとか乳繰り合うとかいう旧時代のセクハラ野郎
前言撤回しよう。めちゃくちゃキレてた。
怒髪天を
『えっ、本当に本当なのかい多夕ちゃん!? 僕のことが大嫌いだったはずのきみが、わざわざ僕のことを傷付けるためだけにそこまでの労力を割いてくれるんだ! うわー、嬉しいなあ、持つべきものは蔑む視線を僕に向けてくれる女の子なんじゃないかって最近思い始めていたところだったから本当に都合がいいよありがとう!』
「……どういたしま死ね」
シンプルに暴言が出てしまっている!
やっぱり球磨川くんの相手をするのって根本的に間違いなんじゃないかって思うよ、本当に。
なんでかって? だってこうなるんだもん。
一にセクハラ二にセクハラ、三に滅茶苦茶四セクハラ。球磨川くんって大体こんな感じ……というのは言い過ぎにしても、その辺を歩いている人に『球磨川くんといえば?』という質問をすれば、十中八九はこういう認識を抱いていると思う。
と、私がそんなことを考えていると、そこで球磨川くんは多夕ちゃんへのセクハラに飽きたのか、
『ところで咲ちゃん。久しぶりの再会で話に花を咲かせすぎたせいで、今の今まですっかり聞き忘れていたことがあったんだけど、もしきみがよければ今聞いてもいいよねどうもありがとうそれじゃあ』
「ちょっとストップストップ! 許可を取るんだったらせめて一瞬くらい
『僕ときみの間に許可が必要かな?』
「普通に必要だけど!?」
この男、本当にどうしてくれようか。
いや、私にはどうすることもできないんだけどさ。
「須木奈佐木さん、いっそのことコイツ二人で始末する?」
「ありがとう多夕ちゃん、心を読んだ上でのお心遣い痛み入るよ……、でもそういう物騒なのはナシって言われてるらしいし、我慢しよっか」
「正直アタシって格闘の心得とか……ないわけじゃないけど、実践するつもりはないから断ってもらえて助かったよ。やりたくもないCQCをしなきゃいけなくなるところだった」
平然とそんなことを言う多夕ちゃん。
どうやらクローズ・クォーターズ・コンバットの使い手らしかった。
天然なのか、それともボケでやっているのかだけははっきりさせてほしい所だけれど、しかしまあ今更この程度で動じるような私ではない。
これでもそれなりに修羅場は
『ねえ、僕の聞きたいことって聞いていいのかな?』
「え? ああ、質問に答えるだけならまあいいけど」
『僕の聞きたいことって聞いていいことなのかな』
「それは質問によるとしか言えないよ……」
『じゃあじゃあ、咲ちゃんのスリーサイズは? 聞いていいことだよね?』
「…………」
「うっわ、コイツマジかよ」
もう帰っていいかな。帰らせてくれないかな。
神様仏様安心院様、どうか私を元いたところへ帰してくださいませ。
なんて、こんなこと言っても安心院さんは絶対に聞き入れてはくれないんだろうけどさ。
自分が面白いと思ったことはとことん突き詰めるタイプでしょ、あの人。いやまあ、実際にどういう人物像なのかは議論の余地があるところだけれど……、少なくともいい人ではなさそうだよね。
多夕ちゃんもかわいそうに。変な人たちに目を付けられたせいで変な
……悲惨の一言では済まされないのは、私もか。
『とまあ、小粋なアイスブレイクを挟んだところで、一つ咲ちゃんに聞いておきたいことがあるんだけど』
さっきの会話がアイスブレイクのつもりだったなんて、一体どういう感性をしているんだ──と、私がそうツッコミを入れようとした矢先。
まるで私の事情や心情など考えられていない質問が、球磨川くんの口からは発されることとなった。
『
こいつ、本当に、どうしてくれようか。
初対面の多夕ちゃんが隣にいるんだよこっちは。見ず知らずの怪しい女子高生(厳密には女子高生ではない)の背中をさすってくれるようないい子には、私の本性を見せるわけにはいかないの。
どうせ仕事になったら本性しか見せてないから、正直なところ本当に気分でしかないんだけど。
「……別に。球磨川くんには関係のないことだよ。これは私がやりたくてやってることなんだから」
『悲劇のヒロインみたいな口ぶりが妙に板に付くねえ。そして、鼻に付く。なになに、今度そういう役でテレビドラマにでも出るのかな?』
「……テレビ、ドラマ? というと須木奈佐木さん、もしかして芸能関係者の人だったりする?」
「まあ、うん。捉えようによっては──というか、どう捉えても芸能関係者だよ、私。テレビに出られるほどじゃないけどね」
「へえ、失礼かもしれないけど意外だな。いつかテレビに出られるくらい有名になるといいね」
「あはは、そうだね」
応援ありがとう、多夕ちゃん。そしてごめん。私がテレビに出られないのは「テレビに出られるほどの知名度がない」からじゃなくて、「
予想できないよねこんなの。私も文章にまとめたらなんだこいつって感じるもん。自分自身のことなのに。ビーストアイドルの面目躍如、獣みたいな人間性!
お願い、球磨川くん。
私の露出癖を
なーんて。
「それで、球磨川くん、多夕ちゃん。私としてはこのまま二人でお喋りに興じ続けるのも構わないんだけど」
『僕とも会話してるんだからそこは三人でお喋りしてたってことにしてくれない?』
「このままだと一生ここに閉じ込められっぱなしになっちゃうよ。だからそろそろ、球磨川くんが考えて来たゲームでバトルしないといけないんじゃないかな?」
『ここまで華麗に無視されるともはやそのスルースキルに対する関心の方が
「よかったじゃん
「……まあ、うん、そうだね」
その評価は少々不服ではあるけどね。
でもまあ、球磨川くんを相手にする時のコツみたいなものは身に沁みて理解しているから、そんじょそこらの女子と比べれば、まあ適切な距離感ではあるんじゃないかな。
全然不服だし、嬉しくもなんともないし、なんならその評価は安心院さんあたりに譲り渡したいところではある。
『まあいいや、咲ちゃんに無視されるのなんて慣れてるしね。咲ちゃんに無視されるのなんて慣れてるしね。咲ちゃんに無視されるのなんて慣れてるしね。咲ちゃんに無視されるのなんて慣れてるしね。咲ちゃんに無視されるのなんて慣れてるしね。咲ちゃんに無視されるのなんて慣れてるしね。咲ちゃんに無視されるのなんて慣れてるしね。咲ちゃんに無視されるのなんて慣れてるしね。咲ちゃんに無視されるのなんて慣れてるしね。咲ちゃんに無視されるのなんて慣れてるしね』
「わざわざ十回も言わなくても聞こえてるよ……」
「須木奈佐木さん。コイツっていつもはこんな感じなの? アタシを相手にしている時とは質の違う嫌がらせなんだけど」
『今日の僕は咲ちゃんだけの特別仕様さ! いわゆる完全版、ディフィニティブエディションとでも言うべきかな。久しぶりの再会だし、咲ちゃんには恩があるからね』
「めんどくさ」
「恩を仇で返す必要はないんだよ?」
じゃない。また話がズレてる。
球磨川くんと会話をしようとするといっつもこうなるんだよね。主導権が他の人にある時ならいいんだけど……球磨川くんが主導権を握ると、雑な運転で会話が大事故を引き起こすことがほとんどだ。
安全運転を心掛けてほしいものだけれど、頭の螺子が根こそぎ取っ払われている球磨川くんに、まさかブレーキなんてものが付いているはずもなかった。ジャンクションに180kmで突入、今世紀最大のど派手な横転を引き起こすこと間違いなし。
仮にブレーキが付いていたとして。
多分、パッド擦り減って意味をなさなくなってる。
『ええっと、それで……そうそう、今日はどんなレクリエーションに興じるのかって話だったね。まったくもう、しっかりしてよね咲ちゃん。司会進行はきみの役割に含まれているってのに、一向に話が進まないから僕が進行してあげなきゃいけなくなったじゃないか』
「話が進まなかった原因の八割は球磨川くんのトラッシュトークのせいなんだけど⁉︎ 私のせいにしないでよ‼︎」
「そうだそうだ、オマエはさっさと反省して負けを宣言しろー。アタシと須木奈佐木さんには時間がないんだよ」
『ん? ああ、さっきからやけに急かしてくると思ったら、二人ともそんなことを気にしてたの? 時間なんか気にしなくてもいいのに。うっわー考え方が全然柔軟じゃなーい』
本当に一瞬でもいいからその憎まれ口をやめてほしい。私は別にいいんだけど、逆側で多夕ちゃんが青筋立ててるから。
机の下で拳も握りしめているみたいだし、知恵の輪がギリギリと音を立てていて歯軋りみたいだった。金属が軋むって、どんだけ力込めてるの、多夕ちゃん。
……はあ。ここは私が、どうにか場の空気感を平常に戻すしかないか。こんな役回りばっかりだなあ、私って。
「まあまあ、考え方が古いとか新しいとか前衛的とか後進的とか、そういうのは一旦置いておいてさ。球磨川くん、さっきの発言、もうちょっと詳しく説明してくれないかな?」
『さっきの発言? ああ、あれね。週刊少年ジャンプの表紙を飾るなら背面全開セーターか極小被服面積バニーかダメージラバースーツかって話だよね覚えてる覚えてる』
「あのね球磨川くん。もしかしたら勘違いしているかもしれないから念の為に説明しておくんだけど、女の子を前にした時ってね、実は性的嗜好を
『僕の記憶力を疑うっていうのかい!? ついさっきまで僕たちは熱く語っていたじゃないか! 肉体を強く引き締めるラバースーツのダメージ部分から覗く溢れ出んばかりの健康的な──』
「疑わしいのはそういう発言を女子の前でも平気でできちゃう球磨川くんの神経の方なんだけど……」
熱く語るどころか、球磨川くんのせいで空気は氷点下だよ。
まあ、今更球磨川くんの神経についてどうこう言うつもりもないけどさ。私が何か言ったところで治るようなものでもないし……彼に矯正を強制するのは不可能だ。
球磨川くんとは反対方向をちらと見る。多夕ちゃんは天井を眺めながら指を一本ずつ折りたたんで、六秒経過した後に深呼吸を二回していた。
アンガーマネジメントじゃん。多夕ちゃん、滅茶苦茶怒ってるじゃん。球磨川くん、本当にいい加減にして。
「はあ……それで、さっきの発言──まあつまりは『時間は気にしなくていい』ってことについて、詳しく教えてほしいんだけど……」
『ああ、そっち? なんかここ
さらっとなんて重要なことを口にするのだろうか、この男は。どう考えても性癖よりよっぽど熱を入れて語るべき内容でしょう。
まあ、球磨川くんに常識を当てはめて言動を予測するとか、率直に言っちゃえば不可能みたいなものなんだけどね。
「……
『多夕ちゃん、本人の前でそういうこと言わないであげてよ? 凄く喜んじゃって余計に目を付けられるぜ』
「あれかな。オマエの住んでる世界って須木奈佐木さん以外は全員世界記録更新クラスの面倒臭い性格してんのかな」
『よく言われるよ、ありがとう』
「褒めてないからお礼とかいらないよ。というか、オマエからは何一つだって貰いたくないね」
感謝でさえも受け取りたくない、というのは……球磨川くんを相手にしている時に誰もが抱く「関わり合いになりたくない」という精神の発展型かもね。
実際、多夕ちゃんは球磨川くんとの縁をどうにかして断絶したいと考えているみたいだし、どうにかして手助けをしてあげたいところではあるんだけど、私一人では中々難しいかもなあ。
球磨川くんと一緒に生徒会業務に当たったことのある仲ではあるけれど、それでも彼の手綱を握れたことなんて、ほとんどないようなものだし。
『なんだよ、二人して僕のことをまるで極悪非道の非常識人間みたいに扱ってくれちゃってさ。会話のしがいってやつがないよね……傷付いちゃうなあ』
まったく表情を変えずにそんなことを口にする球磨川くん。どこからどう見ても、傷付いているようには思えない。
いつも通りに、幾度となく見た薄っぺらいへらへらとした笑い顔が引っ付いているだけだ。
『まあタチの悪い冗談はこれくらいにしておいて、そろそろ今日
「タチの悪い冗談を言ってるって自覚あったんだな、オマエ」
『それくらい分かってるってば。タチの悪い冗談しか言わないってことは、どういう冗談が笑えない冗談かってことを分かってないとできないことだからね』
全部分かった上でやってるってことじゃん、それ。
元々この世の終わりみたいな人格なのに、そんなことをしたらそれ以上、いやそれ以下の人格だよ。この世どころかあの世まで終わらせてるよ。歩くラグナロク。歩いてなくても十分終末だけど。
この世もあの世も、全部まとめてしっちゃかめっちゃかのない混ぜにして、混沌を混沌よりも混沌する。確かにそれっぽいかと言われれば、それっぽいんだけどさ。
球磨川くんなら、全然やりかねない。
『さて。それじゃあ今からゲームのルールを説明するけど、二人とも耳の穴かっぽじってよーく聞いておいてね。ちょっと複雑で、馬鹿には分かんねーと思うから!』
「……あ、そう」
どうしてこう、いちいち人の神経を逆撫でしないと気が済まないんだろうなあ、球磨川くんって。
そういうところさえどうにかできれば……、そういうところをどうにかできないからこその
つくづく、生まれ持った性癖──正しい意味のほう──というのは一種の呪縛のようなもの……なのかもしれない。
『このゲームは言葉を使ったゲームなんだ。二人は「五十音表」って分かる? 日本語のやつ。えっ、もしかして分からない? そりゃあ大変だ、それじゃあこのゲームは成立しない。無効試合ってことで、僕の勝ちでいいかな』
「いいわけないでしょ……五十音表くらい日本国民なら誰でも分かるって」
「……まあ須木奈佐木さんの発言の
頬杖を突いた多夕ちゃんは、知恵の輪を投げたりキャッチしたりを繰り返しながら、球磨川くんに向かってそう言った。
先ほどまでの少し気を抜いた雰囲気とは一変して、一言一句たりとも聞き逃さないといったような、鬼気迫った──それでいて真剣な様相だ。
『まあまあ、そうカッカすんなよ。さっきの僕の
「こちとらさっきの発言が挑発であることなんてとっくのとうに分かってるんだよ。アタシが言ってんのはそういうことじゃないってこと、オマエなら分かってるだろ」
『話が長くて苛ついてるとか?』
「
瞳の奥に冷え切った炎を
えっ、なになにいきなりなんなの? 二人のテンションの差が激しすぎて、ちょっとまだ私はこの場の空気感を掴み損ねているんだけど。
私、こんな空気感の中で解説係を務めなきゃいけないの? 本当に安心院さんは、一体全体どういうつもりで私を呼んだのだろう。私じゃ役不足ならぬ力不足だよ。
『……ま、そんな風になるってことは五十音表は思い浮かんでそうだね。これ以上
「そうしてくれると助かるよ。一応解説係として呼ばれている以上、ルールくらいは把握してないとお話にならないもんね」
「いや、須木奈佐木さん。別に解説係じゃなくても初見のゲームはルール説明してもらわないとまともに遊べないから」
「ああ……まあ、確かに?」
「大概天然ボケじみてるよな、須木奈佐木さんも」
いやいや、天然とか養殖とかボケとかツッコミとかそういう問題じゃなくて。私が言いたかったのはそういうことじゃないよ。
ほら、なんだか多夕ちゃんって、ルール説明なんかしなくても初見のゲームをクリアしちゃいそうな雰囲気があるから。実際のところは分からないけど。
『とまあ、五十音表を二人には思い浮かべてもらったわけなんだけど、どうしてかっていうと今回のゲームは
「……五十音表、つまりは
「えっ、どうしたの多夕ちゃん。球磨川くんが正気のタイミングがあるわけないじゃない」
「それはそうなんだけどさ。須木奈佐木さん、アタシがなんでこんなことを──いや、そうじゃないな。アンタは解説係だから一応聞いておくんだけど、須木奈佐木さんはこのゲームの元ネタ、分かる?」
「ゲームの、元ネタ……」
急にそんなことを聞かれても──と、普段の私ならそう言っていたのだろうけど、一応解説係としてここに呼ばれているわけだし、ここで間違えたらまた球磨川くんに変なことを言われるかもしれない。
そんな事情を知ってか知らずか、多夕ちゃんは私に質問を投げかけてきたわけだけど……うん、ベストタイミングだ。
「これくらいは流石に私でも分かるよ。多分だけど──しりとりだよね?」
『不正解の反対だよ、咲ちゃん!』
不正解の反対って。それ正解じゃん。
しかも雑。
「そう、このゲームはしりとりなんだ。それも恐らく……」
『
「……まだアタシが話してる途中だったんだけど?」
『僕の説明を先に遮ったのは誰だったっけ?』
うわあ、すぐ煽るなあ。どうしてこう、本人を目の前にしてこういう煽り口調で行けるんだろう、この人。
私だったらこんなこと絶対できないよ。凄まれたらすぐに態度を改めちゃうかも。
「それで、えっと……それの何が問題なの? 聞いてるだけの私としては、ただの変則的なしりとりにしか聞こえないんだけど……」
「須木奈佐木さんの言う通り、これはただの変則しりとりだ。しかもよくあるタイプ──細かいルールはまだあるだろうけどさ」
「それじゃあ、一体多夕ちゃんは何をそんなに問題視してるの?」
「アタシにこのルールで勝負を持ちかけてきたことそれ自体を問題視しているってことだよ」
うーん……? なんだろう、まだ話が見えてこないな。
とりあえず、多夕ちゃんはこういうルールのゲームが得意ってことでいいんだろうか。
そういえば前回の『安心院ゲーム』でも多夕ちゃんと球磨川くんが対決させられたんだっけ。その時はどんなゲームだったんだろう。
「そういえば多夕ちゃん。今のうちに聞いておきたいんだけど、前回は球磨川くんとどんなゲームで対決したの?」
「ん? ああ、『失言半減質疑応答』っていう五十音を半分ずつに分けて、分配された文字だけを使って質疑応答をして、先に失言した方の負けっていうのをやったよ」
「へ、へえ〜……それで、結果はどうだったの?」
「アタシがアイツをボッコボコのギッタンギッタンにして勝った。得意分野だからね、そういうの」
「そんな、ガキ大将みたいな擬音で……?」
「ガキ大将? いいや違う、アタシは大将の器じゃない。だからまあ、言うなればガキ副将だ。ガキ中堅でもいいけどな」
多夕ちゃん、急に真顔でボケるじゃん。
じゃなくて。仮に多夕ちゃんの語ったことが丸ごと事実だったとするのならば、球磨川くん、かなり勝算薄くない? どうしてわざわざ多夕ちゃんに有利な土俵で戦うような真似をしてるんだろう。
なーんかその辺り、一つ二つ企んでそうなんだよなあ。
『ルール説明を続けるよ。言葉の頭文字についてのルールなんだけど、これは前プレイヤーの文字を引き継ぐので消費されないんだよね。さっきの例えで出した「ぱんつ」で言うなら、使えなくなるのは「ん」と「つ」だけだ』
「なるほど、つまり『つ』が回ってきた時点でまだ『つ』を使っていなかった場合、『つうせつ』って言葉を作ることは可能なんだね?」
『無理矢理解説係ぶらなくてもいいのに、咲ちゃんってば健気だなあ。その調子で頑張ってもらえると、僕はまあまあ嬉しいよ』
「私もう帰りたくなってきたんだけど」
「オマエはもう少し須木奈佐木さんに対する態度を改めた方がいい……とにかく。アタシとオマエでしりとりを続け、先に五十音表を使い切った方が勝ちってことだな」
『そういうこと。僕にしてはシンプルだろ?』
確かに球磨川くんの言う通り、こうして聞いている限りだと、意外なほどにシンプルなルールをしている。それこそ、球磨川くんが持ってきたとは思えないほどに。
基本的なルールが今語られたものだけなんだとすると、トランプとかを使うわけではないから物理的なイカサマは不可能。
シンプルな頭脳勝負──だと、球磨川くんに勝ち目があるわけがない。正直言って球磨川くんのおつむの出来は残念な仕上がりだ。
だから、
なんて、そんなことを考えているうちに、球磨川くんと多夕ちゃんのルール確認はヒートアップしているようだった。
「五十音を最初に使い切った方の勝ちってのは分かったんだけど、それじゃあ五十音を使いきれずに余らせた場合はどうなるわけ?」
『その場合は普通に失格だよ。順番が回って来たのに言葉を作れなかった時点で失格だ。今回は二人で戦うからどちらかが失格になった場合、残っている方のプレイヤーが勝者ってことになるね』
「パスやそれに類する制度は……流石にないか。というか『先に五十音を使い切った方の勝ち』ってルールがある以上、パスを使っても不利になるだけだな」
『失格についてもう少し触れておこう。誰だって分かることだと思うけど、同じ文字を二回使うようなことがあったら失格。通常のしりとりと同じように対戦相手が作ったのと同じ言葉を作ったら失格。もちろん最後に「ん」がつく言葉を作ったら失格。ま、ここまで言えば分かると思うけど基本のルールは通常のしりとりとまるっきり同じだよ』
「このしりとりにおける『五十音』の範囲はどこまでなんだ?
『随分と細かいところ気にするんだねえ。そんなに僕に負けるのが怖いのかい?』
「確認してない部分でルールを曲解されて無駄な苦労を負うのが嫌なんだよ」
『つくづくつれないなあ。まあ別枠で扱ってもいいんだけど、そこまでやっちゃうとゲームとしては複雑化しすぎちゃうんだよねえ。
「アタシとしても異論はないかな。そうなると『ゐ』や『ゑ』の旧かな系は除外。あとは、そうだな。基本的には通常のしりとりと同じルールってことは、当然わ行の『を』も除外ってことで間違いないんだろ?」
『そういう認識で相違ないよ。なんだか勘繰っているみたいだから念のため整理しておくと、使える「五十音」は「あいうえおかきくけこさしすせそたちつてとなにぬねのはひふへほまみむめもやゆよらりるれろわん」の四十五文字ということになるね。変化系もここに含まれてるから、その辺はもう気にしないでいいよ』
「いやまだだ、まだ確認してない部分がある。『う』の濁音の『ゔ』とかに関してのことなんだけど、この場合はどういう判定が下されるんだ? 消費される文字は『ゔ』の原型である『う』の方なのか、それとも『ぶ』の原型である『ふ』の方なのか?」
『うーんと、そうだな。その辺は突き詰めてもいいんだけど、正直ゲーム性が悪くなるだけで誰も得はしないんだよね。だから今回は、一応「ヴ」音と「バ」行は同じものとして扱って区別しないことにしよう。その際に個人の自由ってことで、ここは一つよろしく頼むよ』
「なるほど、まあゲームである以上その進行を妨げるようなことになっても面倒か。つまり『ビンテージ』でも『ヴィンテージ』でも構わないけど、あくまでも同じ単語として扱うから、オマエが『ビンテージ』という単語を先に使っていたにも関わらずアタシが『ヴィンテージ』という単語を作った場合は失格で敗北するってことね。あ、ちなみにこの例の場合だと『ひ』が消えるパターンと『う』に加えて『い』が消えるパターンがあると思うんだけど、ここも個人の自由に任せると、そういう認識でいいのかな」
『その認識で間違いないよ。だから、そうだな。例えば「ヴァリアブル」という単語はその中に「あ」を二回使うことになるから使用はできない。この点も頭に入れておくといいよ』
「お気遣いどうも。それから、同音異義語の判定について聞いておきたいかな。例えばオマエが表情を形容する時とかに使う『
『もちろん。ただ、流石に造語とかは認められない。だから例えば多夕ちゃんが「何らかの理由で煌々と輝く骨」を「
「当たり前だろ、オマエじゃないんだから──次の質問だ。しりとりっていうのは基本的に体言、つまりは名詞を
『いいや、ゲームとはいえど流石に勝負だからね。用言を使う場合は必ず体言化してもらおう。一応例示しておくと、「
「いいや、ない。オマエが持ってきたにしては本当に良くできたゲームだ──ただ、そうだな。アタシからすれば、このゲームにはまだまだ穴がある。ある程度の平等性を担保するためにも、いくらかルールの付け足しをしておきたいね」
『へえ、例えばどんなの? 先に言っておくけど、トランプを使ったゲームである「大富豪」によく見られるローカルルールの
「そういうことするのは全世界探してもオマエだけだからそんなこと心配しなくていいよ──いやまあ、知り合いに一人だけそういうことしそうな奴がいるけど──アタシが提案したいのはもっとシンプルに、ゲーム中における暴力的な妨害行為の一切を禁止するというルールだ。当たり前の話だけど、ここはちゃんと指定しておかないと、またオマエはあの『
『まあそれはね。ちぇっ、確認されないようならそのまま暴力的行為はルールで禁止せずに進行しようかと思ってたけど、そうことが上手く運ぶこともないか。まったく、僕の人生っていっつも困難にまみれてるんだから、困っちまうよね』
「当たり前だろ、こっちはそれで一回痛い目を見かけてるんだからな。そろそろ質問することもなくなってきたけど、あとは、そうだな。このゲーム、時間制限とか文字数制限とかはあるわけ?」
『ちゃんとあるよ。まあこの辺はプレイヤーのレベルに合わせて調整可能だけどね。ただ、簡単すぎてもやはり勝負としては見応えがない──だから、文字数制限については四文字以上ということにしよう。二文字の単語を外すだけでも難易度は跳ね上がるんだよね、このゲーム。それから時間制限なんだけど、今回はなしでいいかなーって思ってるんだけど、どう?』
「どうって、ゲーム性を考えるのなら時間制限は当然あった方がいいと思うんだけど。一時間とかに設定したら絶対に途中で中弛みするから、ここは五分とかに設定しておいた方が絶対にいいだろ、どう考えたって。というか、アタシはさっさと帰りたいから一分とかでもいいんだけどな」
『前回の「失言半減質疑応答」並びに「失言激減暗号懺業」では時間制限なんてなかっただろう? ぶっちゃけちゃうと、できる限り前回と同じ状況を作り出したいと思っててさ』
「へえ、そうなんだ。それで、その心は? オマエは一体何を企んでる? 吐くなら、自白するなら早い方がいいと言っておくけど」
『別に何も。強いて言うなら、そうだな。わざわざきみの得意分野で再戦を吹っかけていることと関係している、とだけは。ここまで言えば、流石に人の心に
「するとオマエ、
『いやいや、これでも僕は週刊少年ジャンプの愛読者なんだぜ? だからこういう展開、一回は経験してみたかったんだ。それに──それに、僕のかわいい妹分みたいな子に、相手の土俵に正々堂々と登った上で、真正面から相手を打ち破るってことを常々やっていた女の子がいたんだよ。流石に妹分に負けっぱなしってのは、年上としても男としてもどうなのかなって思ってね』
「あ、そう。オマエがそういうこと言ってるとなんだか薄気味悪いな──そうだ、順番はどうする?」
『順番かあ。そうだな、せっかくだし咲ちゃんにコイントスとかで決めてもらおっか。流石にもう質問はないよね?』
「うん、質問はこれくらいでいい──けど、しかし、それでも一つだけ文句を付けさせてもらうならば、やはり制限時間がないという部分だけは気に食わないな」
『……僕の話、ちゃんと聞いてくれていたんだよね? それなのに、どうしてきみは──』
「どうせオマエは後になって『制限時間がないから何もしない』みたいなことをしでかすに決まってる。アタシはオマエを信用してないけど、オマエの
『……オッケー。それじゃあ制限時間は五分だ。これで文句はないだろう?』
「それでいい。文句は愚か、気になるところも特にない。須木奈佐木さんはどう?」
……どう? と言われましても。
私の頭、ヒートアップどころかオーバーヒート。
え、この二人って前回もこんな調子だったの? 私は解説役で呼ばれたということだったけど、この調子が延々と続くようなら私の仕事は一生来ないよ。ただでさえ仕事は来ないのに(脱いじゃうから)。
マシンガントークすぎて聞き取るのがやっとといった感じだ。ちゃんと日本語を話しているはずなのに、途中から未知の言語を聞いている感覚に
一応、全部聞き取れたけどさ。耳はいいから。
「私も、とりあえずは大丈夫……だと思う。だから分かった範囲でルールをまとめてみたんだけど、こんな感じで間違いないかな? その、念のため確認しておいてほしいんだ」
聞き取ってまとめるだけでも正直だいぶ疲れてしまったけど、私たちをこの空間に閉じ込めているのがあの『安心院さん』である以上、生半可な仕事をするというわけにもいかないだろう。
そういうわけで、私は必死になって机の上に置いてあった紙──都合よく置かれていたので恐らく私の行動を読んだ上で置かれていたのだろう──にまとめた今回のゲームのルールを、二人に見えるよう机の上に置いた。
①しりとりを行い、最初に
五十音表を使い切ったプレイヤーの優勝。
②五十音表の各文字は一回しか使えない。
③しりとりの頭文字は前プレイヤーから引き継ぐ。
つまり消費するのは二文字目以降。
④以下のケースは失格。
・言葉を作れなかった場合・同じ文字を使った場合
・他プレイヤーが既に作った言葉を使った場合
(同音異義語は可)
・『ん』で終わる言葉を作った場合
(『ん』から始まる言葉が極端に少ないから)
⑤失格者が出た場合は残ったプレイヤーの勝利。
⑥パスはなし。
⑦『五十音』とは旧かなと『を』を除いた
四十五文字のことを指す。
濁音・半濁音・促音・拗音はそこに含む。
⑧用言は体言化して使用すること。
⑨暴力禁止。
⑩作る言葉は四文字以上。
⑪制限時間は一手につき五分。
⑫口頭以外での解答は厳禁。
「うん、間違いもなければルールの抜けもない。ありがとう、須木奈佐木さん」
「えへへ、それほどでも! 解説係とはまた違う立ち回りな気がするけど、私がここに呼ばれた理由って多分こういうことだよね」
『うわ、こんなに事細かにルールなんかまとめちゃってさ。咲ちゃんってばもしかして暇人なの?』
「今の時間は結構暇だったから何も間違いじゃないし、そのせいで言い返せないよ……」
いやもう、二人の話は本当に長かった。
軽く一週間分くらいの会話はしてたんじゃないかな。本当に、そのくらいに感じたよ。
「そういえばなんだけど、球磨川くん。このしりとりって題名があったりはしないの? その、トランプで言うところの『ババ抜き』や『ブラックジャック』みたいな感じのやつって」
「それはアタシも気になってたな。ここは一つ、アタシの『失言半減質疑応答』に負けないくらいのセンスのやつをお願いするよ」
『あれ、言ってなかったっけ? いやーごめんごめん! ほら、僕ってタイトルとかそういうの気にしたことなかったからさ、すっかり忘れてたよ』
いくらなんでもそれは適当すぎる。
適当すぎるし、嘘が雑すぎるよ、球磨川くん。
『なんて、そんなことは置いておいて。この素晴らしいゲームの題名が何かって話だったね。ルール説明も終わったし、さっさと発表して、さっさとゲームを始めようか』
球磨川くんはそんなことを言いながら、やはりいつもとまったく変わらない、へらへらとした薄ら笑いをその顔に貼り付けたまま、普段通りの声色でゲームの題名を読み上げた。
『──「
やたらと楽しそうにそう言った直後、息を
『それじゃあ早速オープン・ザ・ゲーム! まずは「裏切り」の「り」から!』
「──オマエ、ほんとそういうの好きだよな……」
その言葉が明らかに多夕ちゃんと私を傷付ける目的で放たれているということは、わざわざ確認するまでもないほどに明確だった。
球磨川くん。多夕ちゃんや私を
いつか後ろから刺されると思うよ。
なんちゃって。
■ ■
さて。そんなこんなで唐突に始まった『第三回安心院ゲーム』こと『
多夕ちゃん曰く「アタシはほら、運勢が揺蕩いがちだから」とのことらしいけれど、それにしたって球磨川くん以下の運勢とは、失礼かもしれないけど、恐れ入らざるを得ない。
というのもこのゲーム、どう考えたって
もちろん、それを覆すだけの実力差があるからこそ、私の隣に座している多夕ちゃんは落ち着き払って、右手で知恵の輪を弄んでいるのだろうけれど。
「……と、まあそんな風に、なんとかかんとか誤魔化し誤魔化しの解説で場を繋いできたけどさ。球磨川くん、いつまで黙ってるつもりなの……?」
『えー? そんな風に聞かれちゃうと、僕としては尚更答えるつもりがなくなっちゃうなあ。まあ何か企んでないということだけは答えておくとするよ』
企んでないんだ。
いや、そこは企んどいてよ。
企んでないどころか、何も考えてなくない?
「相手にするだけ無駄だよ須木奈佐木さん。どうせコイツのことだ、制限時間の五分間たっぷり時間を無駄にして、少しでもアタシらがこの空間に留まる時間を長引かせたいだけだったりするんだろ」
「確かに球磨川くんなら、全然そういうこともしでかしかねないけど……、実際のところはどうなのかな、球磨川くん、教えてくれたりしない?」
『答えるわけがないし、応えるわけがないじゃないか。物語の中盤で全てのタネを明かすミステリ小説が存在しないように、この僕もまた、企みや企てをこの段階で暴露するような、無粋な真似はしないんだよ』
「オマエまさか、自認がミステリ小説のキャラクターなのか?」
『ほら、僕ってば謎めいた男だろう?』
謎めいたと言うよりかは、意味不明と言うべきだと思うけどなあ。そして同時に正体不明で荒唐無稽で、何より滑稽。
なーんて、こんな感じで球磨川くんを散々な形容で補強するのも何度目だったか分からない。無限に味がする道端のガムみたい。いくらなんでもキャラが濃すぎるよ、球磨川くん。
「じゃなくて……、球磨川くん球磨川くん。そろそろ五分が経過するけど、いい加減に最初の単語を教えてよ。いやまあ、言わないなら言わないでその時は決着だから、早上がりがお望みならそれでも構わないんだけどね?」
「アタシとしてもその方が嬉しいな。わざわざ年末に頭を使う必要がなくなるから」
『なるほどなるほど、きみたち二人は早めに終わった方が嬉しいのか。いやあ僕もまったくおんなじ気持ちだぜ。ううむ、しかしそうだな。
私は多夕ちゃんと顔を見合わせ、同時にため息を吐いた。多分私たち、二人とも疲れた顔してる。
だって、そうでしょ。
球磨川くんがこういうこと言った時は。
大体の場合、
『──「
「いや、普通にダサいって」
容赦なく言葉の弾丸を喰らわせる多夕ちゃん。当たり前のことだけど、まさか球磨川くんにこんな暴言が通用するはずもない。その辺りはしっかりと理解しているようで、吐き捨てるだけ吐き捨てた彼女は、しかし既に考えを巡らせているようだった。
それもそのはず。このゲーム、考えなしに文字を使っていると
『……まあ今は僕のトークスキルはいいさ。聞き入れはしてくれなくても
「何その含みがある言い方は。球磨川くん、久しぶりに会ったからこの際言わせてもらうんだけどね。少年漫画の登場人物以外でそういう話し方をする人って、軒並み嫌われちゃうんだからねっ」
『ふーん。僕にとっては別に並々のことだけどね、誰かに、そして誰しもに嫌われることなんていうのはさ。実際僕は何度か支持率0%で生徒会長を務めたわけだし』
「……結構気になるトーク内容だけど、さっさとゲームを終わらせなきゃいけないよな──『
時間にしておよそ一分くらいだろうか。多夕ちゃんは先ほどから豪語していた通り、きっちり一分間で仕上げてきた。流石多夕ちゃん!
「それにしても、病犬ってあれかな、HUNTER×HUNTERに出てくる……」
「そっちではないね。ほら、あれだ。病の犬ゆえに病犬、つまりまともな犬ではないってことだよ」
『補足説明を入れるならば、つまり狂犬病にかかっている犬のことなんだけどね。いやはやまったく、その語彙はどこから仕入れてきたのやら』
私にはまるきり分からないけれど、多分既に、心理戦は始まっているのだと思う。その証左として、多夕ちゃんはさっきからにこりともしない。対照的に、球磨川くんはにこにこのへらへらでぺらっぺら。
人間、こうなったらおしまいだよね。
終わりの始まり、ならぬ終わりの終わり。
生けるエピローグ、球磨川禊。
『うーん、それにしても迷うなあ。これは由々しき事態だ……「ぬ」から始まる単語なんて、僕はそう多くは知らないぞ、どうしようかなあ』
「……一応昔馴染みのよしみで聞いてあげるけど、いくつくらい思いついてるのかな? どうせ球磨川くんのことだから、ヌーディストビーチとか、その辺だろうけど」
「いや……サッキー、その言葉は『い』を二度含む。いくら
「えっ、サッキー……って、もしかして、私のこと?」
「ま、その通りだ。ほら、『須木奈佐木』って毎度呼ぶのも冗長だろ? 故に『サッキー』とあだ名で呼ぶことにする。当たり前だけど、嫌ならやめるよ」
「ううん、ううん! 嫌だなんてまさかそんな、それこそ嫌だよ、せっかくのあだ名をふいにするだなんて! うわあ、嬉しいっ! あだ名なんて初めてだよ、ありがとう、多夕ちゃん!」
『きみたちさあ、よくもまあ恥ずかしげもなくそんなことができるよねえ。ま、僕としてもきみたち二人が仲良くなるのは願ったり叶ったりといったところだけど』
思ってもいないだろうことを口にする球磨川くん。いや、もしかしたら本当にそう思っているのかもしれないけれど、少なくとも私には本音か建前かの判別なんてできそうにもなかった。
つくづく、裏が読めない。
裏どころか、表だって読めないのに。
……サッキー、サッキーかあ。うん、いいあだ名。響きがサッカーみたいだけど、まあなんでもいいや! 私もあだ名で呼んであげたりするべきなのかな?
『さて。そろそろ僕の脳内時計では五分が経過したところだし、そろそろ少年漫画の引き伸ばし連載みたいな真似はやめて、真面目にゲームに取り組むとしよっかな』
「ようやくだな。いつまで待たせるつもりだと言おうと思ってたけど、そういうつもりならさっさと言っちまえよ、
「…………?」
『わざわざきみに言われるまでもないさ。さて、と。どっちにしよっかなー、きみたちが嫌がる方か、嫌がらない方か……』
うーん。
うーん……。
さっきから多夕ちゃんが話すたび、ちょくちょく感じていたことなんだけどね。いや、もしかしたら全然私の勘違いって線もあるんだけど。いや、でも……。
一体どうしたんだろう。緊張しているのかな? 私の目に映る多夕ちゃんの表情は、しかし未だにポーカーフェイスを保っているのだけれど。あるいはその表情が緊張の裏返しだと……そう捉えることもできるのだろうか。
あれこれ考えたところで、私にはまだ何も分からないんだけど……まあいいや。多夕ちゃんのことはまだよく分からないけど、球磨川くんのことなら大体分かるし。
次に言うであろう単語も、なんとなく想像がつく。
『よおし決めたぞ、僕の次の一手は「
「ねえちょっと、そういう大事なことはもっと早くに言ってくれないかなあ⁉︎ ていうか、どうして私までヌーブラ姿にならなきゃいけないの! そんなことさせられたら、私料理に毒とか入れるからねっ!」
「いや、怒りすぎな上にやりすぎだろサッキー……ま、見てなって。ちゃんとアイツに負け犬の遠吠えをさせてやるよ。次は『
『いいねえいいねえ、そういう態度の方が燃えるし、何より萌えるぜ。今から楽しみだなあ、気性の荒いきみたち二人がキレながらヌーブラを晒している姿を見るのが』
「……荒いって、サッキーのことも含めてる? おいおい、ぱっと見ではそうは見えないけどな」
「あ、あは、あはははは……気にしなくていいんだからね、多夕ちゃん。これっぽっちも、気にしなくていいからね! 球磨川くんのいつもの虚言だから!」
「まあ、それならそれで別にいいけどさ……ほら、さっさと答えろよ
どうしよう。私ってば、知らないうちに猫被るのが下手になってる。あの様子だと多夕ちゃんも、もしかするとちょっぴり勘付いていたりするのかな。構わないんだけど、でもちょっともやもやするよ。
話せば話すほどもやもやするし。
話せば話すほど
やっぱり多夕ちゃん、話し方が変だ。
『しょうがないなあ。まったくもう、こんな面白いゲームを考えてきた僕を労おうって気持ちはさらさらないってわけね。はーあ冷たい冷たい、そんなに心を閉ざさなくたっていいじゃないか』
「いや、それなりのことはやってるよ球磨川くん。閉ざされるに値する人間だよ、ていうか禁固刑ものだよ」
「まったく同意だ。オマエみたいな奴のせいでどれだけの人が苦しむと思ってる」
『いよいよもって二対一の構図が固まってきたなあ。心だけでなく門戸も閉ざされてやがるぜ──ってことで、次の一手は「
「『
『……ちゃんと考えた? もしかしたら今ので、ついうっかり使った文字が被っちまってるかもしれないぜ』
「それはないな。なにせこういうのには慣れっこだ、オマエにトラウマを植え付けてやることくらい、余裕こいてたってできるのさ」
……えっ、早すぎない? 球磨川くんが言い終わってから一秒も経ってないよ、多夕ちゃん。どうやったらそんな真似ができるの。
まあ通っている(全寮制なんだっけ? 忘れた)学校の名前からして『暗号学園』だし、どうやらこの手のゲームは大の得意ということらしいけど……それにしたってこの子、もしかしなくても
──と、そんな私の推測の答え合わせをするかのように、ここからゲームスピードは一気に加速する。
『そこまでして帰りたいのならしょうがない──「
「『
『そんな風に急いだって何もいいことなんかないんだぜ? まあいいや、「
「『
『もしかして適当言ってない? 僕がその単語を知っていたことに感謝した方がいいぜ。「
「『
『……何か反応がないと、僕としてもやりづらいんだけどなあ。ゲームなんだぜ? もっと楽しもうよ。「
「『
『一丁前に挑発のつもりなのかな。それともゲームを楽しんでいるだけ? きみ、友達と遊ぶ時もそんな調子なのかい? もっとビタミンとか取りなよ……というわけで「
「『
『…………僕の心をここまで弄べるのはそう多くない。後ろ足で砂をかけられる人間が果たして何人いたっけな。誇りなよ、多夕ちゃん。「
「『
『……ま、なんでもいーや。「
「『
『「
「『
『うーん……「
「『
『…………』
「……えっ?」
「
いや、いやいや、いやいやいや。
ちょっと待ってよ、もう終わり? えっ、それじゃあ私がここに呼ばれた理由って、結局何だったの? 解説してないよ。隣であたふたしてただけだよ、私。
球磨川くん、本当に何してくれちゃってんのさ。残ってる文字は「こ・て・に・ね・は・み・む・ゆ」だから……ああっ! 本当に詰んでる!
「ちょっと球磨川くん! せっかく久しぶりに会ったから何か成長してるかと思ったのに、まるで全然ダメじゃない! どうして球磨川くんはそんなに球磨川くんなの⁉︎」
『いや、そりゃまあ僕は僕さ。何者にも取って代われないし、何物にも代え難い人材だと自負しているぜ』
「やかましいよ、やかましすぎるよ! どうして負けたのにそんなケロッとしていられるの⁉︎ 多夕ちゃんに勝ちたいんじゃなかったの、だからこんな機会を設けたんじゃなかったの⁉︎」
ぜえ、はあ……らしくもなく叫んだせいでくらくらしてきちゃった。あんまり私に大声を出させないでよ、球磨川くん。一応はアイドルであるところの私にとって、喉というのは大事な資本なんだからね。
というか、どうして球磨川くんはこんなに冷静なんだろう。今の球磨川くんであれば、
なーんか、ずっと違和感を覚えるんだよなあ──
「まあいっか。ところで多夕ちゃん、私はてっきりあなたがきっちりと四十五音を使い切って勝つものだとばっかり思っていたんだけど……」
「それはないね。だって、
「あいつ……というと、安心院さんのことだよね。まあ確かに、
『その意見にはまったくの同意を示すところだがね……しかし忘れていないかな、二人とも。
いきなり負け惜しみみたいなことを言い出す球磨川くん。往生際が悪いって言うのかな、この場合。どちらにせよ格好悪いよ、球磨川くん。
ねっ、多夕ちゃんもそう思うよね。
「……ああ。まあ、そうとも言える。まだ負けてないよ、オマエはな」
「えっ⁉︎ いやでも、球磨川くんは言葉を作れないんだよ? だったらルール④に則って球磨川くんは失格、自動的に多夕ちゃんの勝利じゃん!」
『甘いなあ咲ちゃん。よくそんなんで解説係を引き受けたもんだね、逆に感心が勝ってくるよ!』
「別に引き受けたくて引き受けたわけじゃないんだけど!」
「ルールをよくよく見てみると、『言葉を作れなければ負け』とされている。サッキー、つまり
「ズルっ!」
ズルいはズルいんだけど、えーっと。そんな屁理屈が罷り通るのかな? 随分とまあ随分な言い分だけど。
てか、その文章まとめたのって私じゃん! えっ、もしかして私、多夕ちゃんの足を引っ張ったってこと⁉︎
ずーん。分かりやすく落ち込む私。
「でもそのズルは既に防いだ。故に、何も気にすることはないわけだ」
『まったく、僕はこのために制限時間をなくしたかったというのにさ。本当にどうでもいいことに勘付くよねえ、多夕ちゃんは』
「日夜鍛えてる──この程度のことに気付かないような奴はウチにはいないよ」
『暗号学園、だったっけ? いいなあ、箱庭学園にも引けを取らない
僕たち私たちの水槽学園を楽しげに潰してくれちゃった球磨川くんは、少し笑みを深めて多夕ちゃんを脅す。しかし当の多夕ちゃんは、そんな脅しを毛ほども意に介していないようで。
つまらなそうに知恵の輪を投げたりキャッチしたり……知恵の輪ってそうやって使うもんじゃないよなあ、とか思いつつも、しかし余裕の表情だった。
「……余裕、ってわけでもないけどね」
「えっ? 多夕ちゃん、今何か言った?」
「いや、別に何も。それより
『さーて、どうしようっかなあ。元々勝てるとも思ってなかったし、つーか
「…………?」
勝つ気が、なかった?
またいつもの負け惜しみ? いや、でも、それにしては──
『よし、決めた。ここまでくると流石の僕も欲が出てきたぞ。僕はまだ負けてやらない。悪あがきかもしれないけれど──僕は悪くない』
「……となると、何か逆転の秘策でもあるの、球磨川くん? といっても既に詰んでいる上、加えて暴力禁止な以上は、そんな一発逆転の奇想天外な策なんてものがあるとは思えないんだけど」
『逆転だなんて、そんな熱い展開を僕が演出できるはずがないだろう。既に単語は作れなくなっているからね──僕は何もしない、多夕ちゃんが勝手に、派手に横転するだけさ』
「…………」
何もしない。多分、文字通りに。
だけどそれじゃあ、時間制限の五分に引っかかって
そして私に分かっているようなことは、当然球磨川くんと多夕ちゃんにも分かっているわけで。この二人の心理戦に入り込めない私だけが置いてけぼりにされていることに、少しのもやもやを覚えるけれど。
……
「とにかく! 一応は解説係、それから審判を務めているところの私に説明してもらえないと、どうやってルールの裏を書いているのか分からないから、疑わしきは罰する──つまりはジャッジキルをするしかなくなるけど」
『ルールの裏とか表とか、そういう次元の話をしていないんだよ、咲ちゃん。むしろこの場合は
「……何それ。もっと分かるように説明してくれないかな。じゃないと──」
「いいよ別に。サッキーがそこまでする必要はない……
「耐えれば、いいだけ……」
ああ、そういうこと。何となく分かっちゃったかも。
ことここに至るまで、こんな簡単な罠に気づかなかっただなんて……、水槽学園に通っていた時の私に見られたら、大爆笑されちゃうかもな。もしくは嘲笑。
私たちは、確かに聞いていた。球磨川くんの口から、確かに。この耳で、はっきりと。
他でもない、安心院さんによる計らいで。
私たちは、
球磨川くんは、口の端を三日月のように吊り上げて笑った。
『時間停止という能力は往年の少年漫画なんかで取り沙汰されがちだけれど、停止した時を観測できるのは、僕たちがそれらを「外側から認識しているから」だ。だからこうして内側に入ってしまえば、誰もそれを証明できない』
「…………」
『多夕ちゃんはルールの穴を埋めるために制限時間を設けたけれど、それじゃあその制限時間とやらは何を基準にする? この部屋には時計なんてない。脳内時計だって、僕たちが勝手に作り出している
「……この空間にいる限りは時間が進まないということは、つまり──
「その通りだ、サッキー。ただ、
彼女にしては珍しく、苦々しげな表情が滲み出てしまっている。先ほどまで投げていた知恵の輪は、どうやら既に解けているようだったけど……、きっとここで出た解は、碌なものじゃない。
このゲームは、始まった時から、詰んでいた。
『多夕ちゃん、いつから気付いてた?』
「オマエが一つ目の言葉を言い放った時。……というより、これだけのことをやられて、言葉を繰るのに慣れている奴が見過ごすと思ってたわけでもないだろ」
『そりゃあそうだろうねえ。本当ならきみは、僕の企みに気付いた瞬間から、語尾に「ん」の付く単語を付けるなり何なりすることで、このゲームを投げ出したかったんだろうけど……きみのその無粋極まる企みは、僕が封じさせてもらったぜ──
「なかった、ことに……って、もしかして、まさか球磨川くん、
『当たり前じゃないか。確かにルール⑨で暴力は禁止されているけれど、
それから球磨川くんは、わざとらしく、これでもかと両手を開いて。
まるで、見せびらかすみたいにして。
『「
……私のせいだ。
私が下手にルールを纏めたせいで、多夕ちゃんは、勝ちも負けも封じられて、こうして窮地に陥っている。
責任は、私にある。解説係として呼ばれた私は、解説係としての仕事も、まして審判としての仕事も、満足に出来やしなかった。
『わざわざ説明を入れるとちょっと情けない感じがするから嫌なんだけど、しかし折角時間はたくさんあるんだ、しっかりと説明してあげる。咲ちゃん、きみだって違和感は感じていたはずだぜ、多夕ちゃんの話し方が変だってさ』
「……それが、多夕ちゃんの『じかん』がなかったことになっていたからだって言うわけ?」
「サッキーが責を負うことはないよ。この罠に気付けない己を恥ずべきだったな……まあつまり、
「突然サッキーって呼び始めたのも、『須木奈佐木さん』って呼べなくなった以上は、呼び捨てにするわけにもいかないからだった、と。そういうことなんだね……」
『厳密に言えばなかったことにさせてもらったのは「か・が・し・じ・ん」の五音だ。安心院さんに無粋で味気ないと言われちまった僕だが、しかし中々粋で味な真似をするだろう? 本当は自力で誘導をかけたかったけど、まさか僕にそんな真似ができるわけもないしね』
「どうでもいい。さて……まあ、心を折られた方の負けってゲームに移行とあいなったというわけだ。ま、なるようになるだろ……」
『いつまでだって付き合うよ、多夕ちゃん。しかし僕には目に浮かぶようだぜ、多夕ちゃんと咲ちゃんがヌーブラ姿を僕の前で晒している場面が!』
いつまででも、ねえ。球磨川くん、多分本当にいつまででも付き合う、もとい付き纏うつもりなんだろうなあ。そういう所に限っては、無類の粘り強さを発揮する球磨川くんだから。
人の嫌がることなら……むしろ人の嫌がることこそ進んでやる人だからなあ、球磨川くん。どちらかの心が折れるまで、何時間、何日間、何週間、何ヶ月間、何年間かかるんだろう。
はあ。
こうなったのも、私のせいなんだよね。
責任は、私にある。
さて。状況を整理しよう。
球磨川くんは実質的に詰んでいて、自分から負けを宣言しない限りは負けない。負けたと思ってないから、負けじゃない。
多夕ちゃんは勝ちが確定しているけれど、しかし球磨川くんのせいで「ん」を封じられている。勝っているはずなのに、球磨川くんの
本当に、やってくれたよね。
いやまあ、この事態を招いたのは私なんだけどさ。
「……ねえ、球磨川くん。私、明日は予定があるから早めに帰して欲しいんだけど?」
『え、いや、普通に無理だけど。どうしてもって言うなら、多夕ちゃんに頼んでみれば?』
「……無理だね。ヌーブラはお断りだ」
はあ。
球磨川くんも、多夕ちゃんも。
そして、他でもない自分自身も。
全員、どうしようもないんだから。
全員、しょうがないんだから。
でも一つだけ、私と二人とでは、違うことがある。
それはね──
私は──
『巻き込まれ系』なんざ、元々の俺様にゃ合わねーっつーの。
「……どったの、サッキー。いきなりマスク取ったりする──」
『えっと、咲ちゃん? もしかしてだけど、猫を被るのはやめたのかい?』
「やめだやめだ、今更ながらに猫被って仮面で繕うなんて。んなことよりよ、球磨川。
『……僕のことは、
操れない、操れない、あーやーつーれーなーい、ね。いやいや、考えが甘いと言わざるを得ないぜ、
これでもさ、考えなしに本性曝け出してるわけでもないんだぜ。つーか俺様が考えなしだったことなんか一度だってねーんだよ。考えに考え抜いた結果、その考察が的外れだったっつーだけなんだから。
「何言ってんだよ、てめーらしくもないこと抜かしてんじゃねえ、鳥肌が立つぜ──ま、自分が蒔いた種で、自分が招いた火種なんだ。てめえのケツくらい、社会人なら自分で拭けなきゃなあ」
『いっ、いや! 一度はあんなに感動的なお別れを演出した僕らの仲じゃないか! というか、
「
その後も散々喚きやがる球磨川。やれ審判の過干渉だとか、暴力厳禁なはずだとか……、うるせーないちいち。そもそも俺様は無理矢理こんなところに連れてこられてムカついてんだよ。
明日はライブなんだって。しかも新年のカウントダウンライブ。
世界平和のため、明日も消費者どもにギザっギザの笑顔振り撒いて売り捌かなきゃいけねーんだから、こんなところで油なんか売ってる場合じゃねーの。
「とまあ、そういうわけだ。久々に会えて嬉しかったぜ、球磨川。今度は、そうだな。同窓会の時にでも会おうや──」
『いやっ、ちょっ……多夕ちゃん、きみってばこういう争いを防ぐために暗号を学んでいるんだろう⁉︎ きみからも何か一言、咲ちゃんに言ってくれないかな⁉︎』
「くたばれ、下衆野郎」
『なっ──‼︎』
最後の望みも蜘蛛の糸よろしく簡単に途切れた球磨川。そりゃそうだ、ヌーブラにしようとしてくるやつを助けるわけねーだろ、黒神めだかとかいう後輩ちゃんじゃあるまいし。
もっとも。普段からライブパフォーマンスで上半身を露出している俺様からすりゃあ、ヌーブラなんてのは恥ずかしがることでも何でもねーんだけどよ。
じゃーな球磨川。
てめーと久々に過ごしたこの数時間。
案外、悪くなかったぜ。
「『
俺様の放ったカードが、球磨川の額に突き刺さり。
そして、球磨川は俺様の
さて、と。まず何を置いてもやるべきことは、球磨川の野郎に言葉を
確か球磨川の「
俺様は球磨川を操作し、多夕ちゃんの「じかん」がなかったことにされた、
「さて、多夕ちゃん、気分の方はどうだよ。もっとも、ぶっつけ本番だったもんだからどこかしらに不具合が出ているかもしれねーけど」
「……色々と、突っ込みたいことが多すぎるんだけど──まあいいや、ありがとう、助かったよ須木奈佐木さん。無事にアタシの『じかん』は取り戻されたらしい。いやあ、ヒヤヒヤしたね」
「サッキーって呼び続けてくれたっていいんだけどな、あれで結構気に入ってたんだぜ? ま、好きなように呼べよ。何せ俺様はアイドルだからな」
歯を剥き出しにしてにやりと笑ってみせる。球磨川とまともに渡り合えているあたり、この程度の豹変では驚きもしねーと予想していたが、俺様の予想は今度こそ的中したらしい。
……さて。これで残るは球磨川の野郎を失格にし、多夕ちゃんを勝たせてやることだけになったわけだが。ここで球磨川の野郎に敗北の宣言をさせても呆気ないというか、それこそ味気ないよな。
折角だ、社会人として、そして先輩として。
花を持たせてやるか。
多夕ちゃんの方にも「
俺様のスキル、操れるはいいんだけど、
『……せにばみ』
「みゆべそ」
『べにゆめ!』
「めぴこて──って、ちょっと、やめてよサッキー。アタシこれでも結構かっくいー二つ名で通ってるのに、こんな無様を晒したくはないって」
ははは。
そりゃ失礼。
でも俺様には関係ないね。
無様でいーんだよ、高校生なんつーのは。
今だけでいいから楽しんどきな、一度きりの青春ってやつをよ。
「さて、多夕ちゃん。今からお遊びで俺様とやろうぜ、『
「……こんな風に、塩を贈られるのもいつぶりなのかな。まあいいや、球磨川の野郎は最悪だったけど、アンタとは気が合って楽しかったよ。いやあ、それにしても、いっつもアタシはギリギリで勝ち残ってるなあ──」
それから、多夕ちゃんは口を開き、言葉を放つ。
「──『
「あん? あー、どーでもいーよ。でもまあ、暇だったら暇つぶしに消費しに来な、高校生。いつでも相手にしてやるよ」
そんな風に、俺様は憎まれ口を叩いて。
第三回安心院ゲームは、終わりを告げた。
■ ■
また勝てなかったねえ、球磨川くん。
折角僕が用意していた絶好のチャンスを不意にしやがって。きみはいつになったら勝ち馬に乗れるんだい──なんて、来年の干支に合わせた小粋なジョークだ。気に入ってくれたかな?
その表情を見るに、あまりお気には召さなかったらしい。まったく、そんな風に美少女をふいにしていると一生モテないぜ? ま、ふいにしなかったところでモテない奴は一生モテないというのが、僕の持論なわけなんだが。
恋愛も運勢と同じなのさ。モテる奴は持ってるし、持ってる奴はモテるんだよ。人生ってそういうもんだぜ、案外ね。
……随分とつまらなそうな表情じゃないか、球磨川くん。少しくらいは隠す努力をしたらどうなんだい──ん? どうせ僕が球磨川くんを勝たせないために須木奈佐木さんを送り込んだんだろ、こうなることを見越して投入していたんだろって?
いやあ、なんのことやら。
わっはっは。
しかしまあ、あながち的外れというわけでもない。別にきみが勝つならそれはそれでいいと思っていたんだよ、球磨川くん。というか昔のきみなら、「
そういった目で見れば、きみも人間的に成長したのかもしれないね。にわかには信じ難い話だが、しかし事実だ。
やはり、人との関わりやつながりがきみをそうさせたのかな。そう変えたのかな。どちらにせよ、喜ばしいことであるのは確かだがね。
でもまあ、それで自分自身を見失わないように気を付けなさい。変わることは確かに良いことだけれど、でもそれで折れたり、ぐねったり、曲がったりするようなことがあってはいけないよ。
何、人生というのは劇的なものだ。きみも知っているだろう? 今回の手痛い敗北を糧にして、そしてバネにして……、来年は更に弾みをつけて頑張りなさい。頑張るきみを、僕は応援しているよ。
蛇が睨むみたいな目で僕を見るなよ。
あはは、つくづくきみとは馬が合わないねえ。
ま、何でもいいさ。
夕方多夕ちゃんとの決着は、結局有耶無耶になってしまったけど……しかし、それならそれで別にいいんだ。
今度こそ。
きみが勝つところを見せておくれよ、球磨川くん。
応援してる。
本当だぜ? 神に誓ってもいい。
……そんな目で僕を見るなよ。
美少女な僕は、そういう目で見られるのに弱かったりするんだぜ。いやいや、割とマジで。なんつってね。
じゃ、球磨川くん。そろそろお別れの時間だ。ま、どうせすぐまたちょっかいをかけに──もとい、暇つぶしに現れるだろうけどね、この僕は。ま、その時はせいぜい付き合ってくれたまえ。
それじゃあ、球磨川くん。
よいお年を。
そして、よい人生を。
それでは、よいお年を。
もしくは、あけましておめでとう。
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