カタストロフィ・メシア   作:汐海朔夜

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二十二話・天時ノア

 帝国の中心、そこにぽつりと王城が建っていた。

 

 今は夜だからか、昼間にはない妖しい雰囲気が王城にはあった。

 

 そんなどうでもいいことを感じながら、アインとの合流を諦めたメシアは門の扉を開けて、真正面から乗り込んだ。

 

 ……その周辺にある、門番らしき人々の死体から目を逸らして。

 

「チッ……少し遅かったか」

 

 悪態をつきながら、王城の敷地内をメシアは歩く。

 

 そのまま玄関へ向かい、念の為にノッカーで扉を叩くが、当然のように返答は無い。

 

 分かっていたとばかりに力を入れると、扉は何の抵抗も無く開いた。

 

「…………」

 

 そこには、血の匂いがあった。

 

 それも当然だろう。扉を開けた先には、沢山の兵士の死体があったのだから。

 

 鋭い目で、メシアはそんな死体を観察していく

 

「……殆どが一撃で死んでいるな。真っ二つに斬られているのが殆ど……剣ではないな。ここまで綺麗に斬られるわけが無い」

 

 そう、その死体の切り傷は、綺麗過ぎたのだ。

 

 まるでなんの抵抗もなく、包丁で豆腐を斬ったかのように。

 

「…………」

 

 なんとなくで上の階に行ってみることにしたメシアは、再び動き出した。

 

 上の階にも、兵士の死体がそこらじゅうにある。

 

 扉を開けていくつかの部屋を見てみるが、そこに生きている人間は一人も居ない。

 

 そのままメシアは、王城の屋上までゆっくりと、一歩一歩を踏みしめるように歩く。

 

 そして、屋上への扉の前にたどり着いた。

 

 一度深呼吸をして、メシアは勢いよく扉を開けた。

 

 ばぁん!と豪快な音を鳴らして、屋上への道を開く。

 

 メシアが見る限り、そこに人影は存在していなかった。

 

 ぱっと見れば、そこにあるのは血塗られた死体のみ……それでも、メシアは気づいていた。

 

「……そこにいるのはわかっている。天時ノア」

「──あれっ? バレちゃった?」

 

 場違いに、明るい声がメシアの背後から聞こえた。

 

 メシアが振り向けば、そこには一人の少年がいた。

 

 そんな彼の声はまるで、公園で友人に会ったように穏やかだ。

 

 だが、その声を発した少年の身体中についている鮮血が、その穏やかさを否定する。

 

 金色のラインが入った白衣を着こなした、蒼髪の小学生ぐらいの身長をした少年……全ての特徴が、フェリの情報と一致する。

 

 暗黒蓮華機関、神秘の到達者《怠惰(スロウス)》。

 

 ──天時ノアが、そこにいた。

 

 

■□■

 

 

「……お前が、天時ノアか」

「うん、そうだよ。それにしても、バレるなんてね……君、僕が思ってたよりも感知能力が高いんだね」

 

 感心するような表情をするノア。

 

「それで……僕に何か用?」

「この王城の異常事態は、お前がやったということでいいんだな」

「うん、正解。それで?」

「"PROJECT・WORLD BREAKER"……世界を壊そうとしているのも、本当だな?」

「ん? あれ? どうして知って……あー、イフか。……余計な事しかしないねー、アイツも」

「……何故だ?」

 

 メシアは、一つ一つの疑問点を解消するために質問を投げかける。

 

 その疑問に対し、ノアは。

 

「綺麗なものが見たいんだ」

 

 そんな、答えているようで答えていない言葉を言った。

 

「…………は?」

「じゃ、君……えっと、名前は?」

「……メシアだ」

「メシア……聞いたことあるね。どこでだったっけ……? いや、今はいいや」

 

 ふと頭に指を当てて思い出そうとするが、すぐに諦めたのか話を戻す。

 

「それよりも、メシア。君にとって、綺麗なものとは何かな?」

「綺麗なもの……? ……水晶や月、それに夕焼けとかか?」

「ああ、それが一般的だ。それが普通だ。……でもね、僕からすれば違ったんだ。水晶なんて、二酸化ケイ素が結晶してできた鉱物、つまりただの石だ。月だって、輝石やカンラン石、斜長石、イルメナイトなどの鉱物が宇宙にあるだけ。夕焼けだって、赤い色の光の波長があるだけだ。……それのどこが綺麗なのか、僕にはさっぱり分からなかった。それどころか、その全てが僕にとっては醜くて目障りだった」

「……!」

 

 自分の感じたことを話していくノアは、心底訳がわからないといった表情をしていた。

 

「だから僕には、綺麗だと思えるものが無かった」

 

 それは、他者とは違う美的感覚に対する障害。

 

「だけどね……その中に、綺麗なモノがあったんだ。それはね、ものが壊れる瞬間だ」

「!!」

「人であれ、物であれ……価値あるものが壊れる瞬間、それはおぞましいほどの美しさを生み出すんだよ!」

 

 これは、ノアの昔の話。

 

 ノアは生まれたときから、美しいと思えるものが何も無かった。

 

 他者が綺麗だと宣うものに、少しも共感することができなかった。

 

 花にも、空にも、ノアには綺麗だという感情を抱くことができなかったのだ。

 

 ノアにとっての世界は、醜いものしかなかった。

 

 ただ、他の人は違った。自分が何も感じられないモノを、美しいだなどという。

 

 最初は、ノアも周りに合わせて必死に"普通"を演じていた。

 

 他者が美しいというモノを同じく美しいと嘯き、同調圧力に耐え続ける毎日。

 

 だが、それにノアの心は耐えきれずに発狂した。

 

 そうしてノアは、その時身近に居た父、母、弟を魔術によって殺害した。

 

 ただ……そのときに、ノアは初めて綺麗という感情の意味を知った。

 

 自分の手で家族が死にゆく瞬間に、美しさを感じてしまった。

 

 それはノアにとっては"希望"だったのか、"絶望"だったのか……それは、彼自身にも分からないだろう。

 

「僕が初めて壊したとき、感動で涙を流したよ……これまで憎いとしか思えなかったこの世界が、とても愛おしく思えたんだッ! だから、だからッ! この世界を壊せれば、僕は感じることができるはずなんだッ! この世界で"一番"の美しさをッ! あっはははははははははははははッッッ!」

 

 過去を振り返り興奮に顔を染めるノアに、メシアは憐憫と軽蔑の視線を送る。

 

「……それで? 私は何をすればいいんだ? 哀れだと言って泣き崩れればいいのか? それとも、腹を抱えて笑ってやるのが正解か?」

「はは、あははは…………は?」

「確かに、お前の欠陥には同情するよ。天時ノア、お前は哀れだ。……だが、それでもお前が大勢の人間を殺したことに変わりはない」

「……それなら、僕が人々の為に自殺でもすれば良かったとでも?」

「そうじゃない。お前が悪だろうがそうじゃなかろうが、私にとってはどうでもいいんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……それだけだ」

 

 話は終わりだと言わんばかりに、メシアは銃を腰から勢いよく抜き取る。

 

「例えお前の方が正しかったのだとしても、皆の救世主になると誓った幼い私を、裏切ることはできないからな」

「そうかい。……なら、試してみようか。この不完全で歪な世界が、僕と君の、どちらを勝者と定めるか」

 

 ノアの魔力が身体から溢れ出し、周りの空間を侵蝕していく。

 

 その光景を見て、メシアは恐怖を誤魔化すように笑った。

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