カタストロフィ・メシア   作:汐海朔夜

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二十五話・幸運襲来

「ん、大丈夫?」

「あ、ああ……」

 

 何故かペタペタとボディタッチをしてくるフェリに、メシアは反射的に返事をする。

 

「怪我はしてない?」

「それは……してるな」

「傷は痛い?」

「あー……痛いな」

「あの男、敵?」

「敵だ」

 

 いきなり繰り出された数々の質問に、メシアは律儀に対応していく。

 

 そうしてフェリは満足したのか、頭を撫で始めた。

 

「……何がしたいんだ」

「メシアの頭撫でたい」

「そうじゃなくてだな……」

「…………あなたが、無事で良かった」

 

 そう言って微笑んだフェリの顔は、先程のふざけているときの顔とは打って変わって穏やかだった。

 

 その表情を見たメシアは、何かを言おうと口を開こうとすると──

 

「──無事で、良かった? 良いわけが、ないだろ!?」

 

 凄まじい轟音と共に屋上の一部が弾け飛ぶ。

 

 その中心には、憤怒で染まった顔をしたノアの姿があった。

 

 前髪をかきあげて、危険な光が宿った鋭い目をフェリに向ける。

 

「君は一体、どこの誰だ? どうして僕たちの戦いを妨害したんだ? どうして──僕の邪魔をするんだ!?」

 

 癇癪を起こしているのか、ノアは喚き散らしながら右手をフェリへと向ける。

 

「次元の歪みに切り裂かれろ、【世界よ割れろ(ディメンションライン)】、【四奏(フィーア)】ッッ!」

 

 ノアによって作り出された四つの世界の切れ目が、フェリを巻き込まんとぐんぐん迫る。

 

「ダメだ、フェリ! 避けろッ!」

「あの、メシア?」

 

 メシアが咄嗟に叫ぶが、フェリは状況が理解できていないのか動こうともしない。

 

 そうして切れ目がフェリを滅茶苦茶に切り裂く──と、思ったその瞬間。

 

「…………え」

 

 その声を発したのは、ノアかメシアか。

 

 だが、そのどちらでも不自然ではないだろう。

 

 なぜなら、世界の切れ目がまるで意思のあるかのようにフェリだけを避けたのだから。

 

「……ん? あ、おー……危ないところだった」

「本当に危ないところだったのが分かってるか!?」

 

 今、何が起きたのかがメシアにはさっぱり分からなかったが、それでもフェリの無事を安堵する。

 

 それとは対照的に、ノアの顔が青ざめていく。

 

 フェリの持つ古代魔具(アーティファクト)、その効果が予測できてしまったからだ。

 

「……何をした?」

 

 だが、それでもノアはそんなことは有り得ないと自らの仮設を切り捨てる。

 

 もし今考えたことが真実ならば、勝利できるわけがない。

 

 そんな感情に呑まれながら、ノアはフェリに問いかけて──

 

「──別に、何も? ただ、私は少しだけ幸運だから。あなたが偶然、空間魔術の操作を誤った。それだけ」

 

 その言葉で、なまじ頭がいいノアは全てを察してしまった。

 

 フェリの"幸運"という言動……実際は、幸運なんていうものではない。

 

 懐に忍ばせてでもあるのだろう彼女の古代魔具(アーティファクト)……その権能の内容は、確率操作だ。

 

 しかも、空間魔術に失敗してしまうという確率を引き出しておきながら魔術を発動していたことに気がついてすらいなかった様子を見ると、この幸運の力は自動(オート)で発動するらしい。

 

 つまり、つまりだ。

 

 いくらノアが空間魔術で空間を支配できようが。

 

 いくらノアが《怠惰の指輪》で時間を支配できようが。

 

 いくらノアが、暗黒蓮華機関の神秘の到達者《怠惰(スロウス)》などという立場につけるほどの才を持っていようが。

 

 たった1%でもフェリに勝率があれば、それが100%となる。

 

「──ッ」

 

 再び魔術で攻撃しようと試みるが、不運にもその全ての魔術の術式を構成する際に何らかのミスをしてしまい全てが失敗してしまった。

 

 ならばと《怠惰の指輪》を以てノアはフェリの身体の時間を経過させようとする。

 

 いくら幸運だろうと、時が流れればどんなものでも消滅する運命だ。

 

 フェリの身体へ、何万年もの時間を加えようと右手を向けて。

 

「えいっ」

 

 そんな場違いなほどに軽い声とともに、フェリが自衛用に持っていた短剣をぶん投げる。

 

「こんなもの……」

 

 ノアがさらりと身体を捻るだけで、短剣は簡単に躱せてしまった。

 

 だが、それは床に勢いよく弾み、そのまま壁と衝突し、正反対の方向へ向かう。

 

 そこにとてつもない突風が吹いて、短剣を強く巻き上げた。

 

「は?」

 

 間抜けな声を上げるノア。

 

 その目の前には、あちらこちらで跳ね回り、不運にも指輪を嵌めている指に都合よく刺さってしまった短剣があった。

 

 ポトリ、というあっけない音とともに指輪ごとノアの指が短剣に連れられて床に落下した。

 

「ぐ、ああああぁぁああああ──!?!!」

 

 ノアの指が千切れ、血がボタボタと流れ出す。

 

 それを、フェリはどこまでも冷たい表情で見ていた。

 

「クソ……クソっ、こん、こんな……ぁっ」

 

 悪態をつきながらも、ノアは諦めない。

 

 魔術や古代魔具(アーティファクト)が無理ならばと、ノアはフェリに向けて駆け出した。

 

「──ぁぁああああッ!」

 

 手を固く握り、フェリに向けて勢いよく突き出す。

 

 その殴打には無駄が無く、ノアの格闘術への研鑽も見られた。

 

「殴り合い? いいよ」

 

 それに対してフェリも拳を握りしめて振るうが、それはただ思うがままにブンブンと振り回しているだけの情けない動き。

 

 ただ、その全てが幸運にも最良の動きで最良の角度からノアを襲っているだけだ。

 

「ぐ……ふざ、けやがって……ッ!」

 

 その無茶苦茶な動きが、幸運にもノアを追い詰めていく。

 

 そして、ついに。

 

「ごぽおっ!」

 

 フェリのグーパンが、ノアの顔面にクリティカルヒットした。

 

 骨まで軋むかのような衝撃に、ノアの身体はゴロゴロと転がっていく。

 

「嘘だろ……?」

 

 すっかり観戦者となってしまっていたメシアは、フェリのチートさに絶句する。

 

 先程まで負けてしまうかもしれないとさえ思っていたノアが、ただの玩具のように弄ばれている。

 

 その事実が、メシアには理解できなかった。

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