カタストロフィ・メシア 作:汐海朔夜
ニヤついたままメシアを見ていたグレイは、すぐに鼻で笑って肩を竦める。
「でも、今日はここまでにしておいてやるよ。なァんか、腹減ってねェし」
そう言って、ゆるりと背を向ける。
メシアからすると意味不明だ。ただの逃げ台詞のようにしか思えない。
……だが、そこには妙な確信と、悪寒を孕んだ気配があった。
「ねぇ、逃げるの?」
非難の声を上げるフェリ。
だが、それにグレイは顔も向けず、ポツリと答える。
「逃げ? はン、何とでも言えよ。俺が喰いてェのは、目の前の小娘どもじゃねェ……」
止まることなく、その歩みは淡々としていた。
「……
最後に残したその言葉が、メシアの耳に焼き付いた。
そんなグレイの右手には、黒い光を帯びた指輪がある。
「ン……これか? ……まあ、少しくらいは教えてやるか。これは《暴食の指輪》だ」
「……それで?」
「せっかちだなァ、メシア。そんで、その指輪の権能なんだが……万象を喰らい、原理を呑み込み、理そのものを咀嚼する、終焉そのものだ。俺が求めてるのは、全ての根源。空も、星も、人も、世界ですらも喰らって、俺は"神"になる」
「正気とは思えないな」
「悪いが、俺は自分が狂ってるかどうかに興味はないンでな」
それだけ言い残し、グレイは立ち去った。
正直に言うとメシア達は連戦を重ねており、戦うのを避けられるなら避けたいところ。
だから、これは好都合……の、はずなのだが。
「……メシア。あいつ、絶対やばい奴だよね?」
フェリが震えながら尋ねた。
「……あぁ。胃もたれしそうなぐらいな」
答えながら、メシアは銃口を下ろす。
グレイの背が、夜の闇に溶けていくのを見送りながら、誰もがしばし言葉を失っていた。
……しかし、それは終わったという安堵ではない。
「……何これ」
最初に異変に気づいたのは、フェリだった。
小石が転がる音に、何気なく足元を見た彼女の顔が青ざめる。
地面に刻まれていたのは、焼け焦げたような痕跡。
だがそれは、ただの爆発や魔術による焼痕ではない。
まるで、大地そのものが何かに喰われたように、根本から削ぎ取られていた。
「……物理的に消えてる、か。周囲の空間ごと、一部だけ……ねじれて、消滅してる。これが《暴食の指輪》の権能か」
「これ、が……」
フェリの声はかすれていた。
《福運の幾幣》が効かない相手から命拾いをしたという実感が、ようやく形になってくる。
「違うな……これは、試し喰いだろう」
メシアが呟く。その言葉に、フェリの背筋がぶるりと震えた。
「喰うと決めたものに、どんな味がするか。奴は……世界を喰う前に、スプーン一杯だけ、舐めてみた。それだけの話だ」
「……メシア」
フェリが再び口を開く。その声には、先ほどまでの軽口とは違う、芯のある怯えが混ざっていた。
「あんなの、止められるわけが……」
「でも、喰われるより……喰い返してやる方が、まだマシだぞ?」
そうして、メシアは己の銃を見る。
まだ戦いは始まってすらいない。そう、メシアは心のどこかで理解していた。