カタストロフィ・メシア   作:汐海朔夜

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二十九話・不安に満ちたエピローグ

 ニヤついたままメシアを見ていたグレイは、すぐに鼻で笑って肩を竦める。

 

「でも、今日はここまでにしておいてやるよ。なァんか、腹減ってねェし」

 

 そう言って、ゆるりと背を向ける。

 

 メシアからすると意味不明だ。ただの逃げ台詞のようにしか思えない。

 

 ……だが、そこには妙な確信と、悪寒を孕んだ気配があった。

 

「ねぇ、逃げるの?」

 

 非難の声を上げるフェリ。

 

 だが、それにグレイは顔も向けず、ポツリと答える。

 

「逃げ? はン、何とでも言えよ。俺が喰いてェのは、目の前の小娘どもじゃねェ……」

 

 止まることなく、その歩みは淡々としていた。

 

「……()()()()()()()()()()()()()()だ」

 

 最後に残したその言葉が、メシアの耳に焼き付いた。

 

 そんなグレイの右手には、黒い光を帯びた指輪がある。

 

「ン……これか? ……まあ、少しくらいは教えてやるか。これは《暴食の指輪》だ」

「……それで?」

「せっかちだなァ、メシア。そんで、その指輪の権能なんだが……万象を喰らい、原理を呑み込み、理そのものを咀嚼する、終焉そのものだ。俺が求めてるのは、全ての根源。空も、星も、人も、世界ですらも喰らって、俺は"神"になる」

「正気とは思えないな」

「悪いが、俺は自分が狂ってるかどうかに興味はないンでな」

 

 それだけ言い残し、グレイは立ち去った。

 

 正直に言うとメシア達は連戦を重ねており、戦うのを避けられるなら避けたいところ。

 

 だから、これは好都合……の、はずなのだが。

 

「……メシア。あいつ、絶対やばい奴だよね?」

 

 フェリが震えながら尋ねた。

 

「……あぁ。胃もたれしそうなぐらいな」

 

 答えながら、メシアは銃口を下ろす。

 

 グレイの背が、夜の闇に溶けていくのを見送りながら、誰もがしばし言葉を失っていた。

 

 ……しかし、それは終わったという安堵ではない。

 

「……何これ」

 

 最初に異変に気づいたのは、フェリだった。

 

 小石が転がる音に、何気なく足元を見た彼女の顔が青ざめる。

 

 地面に刻まれていたのは、焼け焦げたような痕跡。

 だがそれは、ただの爆発や魔術による焼痕ではない。

 

 まるで、大地そのものが何かに喰われたように、根本から削ぎ取られていた。

 

「……物理的に消えてる、か。周囲の空間ごと、一部だけ……ねじれて、消滅してる。これが《暴食の指輪》の権能か」

「これ、が……」

 

 フェリの声はかすれていた。

 《福運の幾幣》が効かない相手から命拾いをしたという実感が、ようやく形になってくる。

 

「違うな……これは、試し喰いだろう」

 

 メシアが呟く。その言葉に、フェリの背筋がぶるりと震えた。

 

「喰うと決めたものに、どんな味がするか。奴は……世界を喰う前に、スプーン一杯だけ、舐めてみた。それだけの話だ」

「……メシア」

 

 フェリが再び口を開く。その声には、先ほどまでの軽口とは違う、芯のある怯えが混ざっていた。

 

「あんなの、止められるわけが……」

「でも、喰われるより……喰い返してやる方が、まだマシだぞ?」

 

 そうして、メシアは己の銃を見る。

 

 まだ戦いは始まってすらいない。そう、メシアは心のどこかで理解していた。

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