カタストロフィ・メシア   作:汐海朔夜

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三章『飢えに狂った青年は嗤う』
三十話・焔と飢餓


 数日後、街が一つ、忽然と姿を消した。

 それは、地図から、記録から、さらには人の記憶からすらも、跡形もなく――まるで最初から存在しなかったかのように。

 

 名前はミラーク市。

 人口は約十二万人で、地方都市にしては栄えていた方だった。

 

 中央からも遠く、特に重要な産業や研究施設があったわけでもない。

 けれど、静かで穏やかで、愛されていた街だ。

 

 それが、ある日、丸ごと消滅した。

 

「……ミラーク市が消滅?」

 

 重たい沈黙を破って、紅蓮フレアが呟いた。彼女は《四魔導師》の一人であり、その中でも最年少にして最高の火炎術式行使者。

 

 だが、今、その整った眉は深くひそめられていた。目の前に積み上げられた報告書の束を、信じられるわけがないとばかりに睨んでいる。

 

「……まったく、四魔導師のうち二人はノアに、一人はあのアインって奴に殺されて、残ってるのはボクだけ。こんな非常時に……神様はボクのことが嫌いなのかな?」

 

 飄々とした彼女の呟きには、苛立ちと焦燥と、かすかな孤独を孕んでいた。

 だが、次の報告の一節を読んだ瞬間、フレアの額を一筋の汗が流れた。

 

「……空気の質量すら計測不能? 建造物も、生物も、分子レベルで痕跡ゼロ……これ、本当に……何もかもが消えたってことか?」

 

 もはや、常識では理解できない現象だ。

 

 これは自然災害でも、魔術でもない…何か、“それ以外”の、異常な力の仕業だ。

 

「ンで、それを知ったテメェはどうすンの?」

 

 不意にかけられた声に、フレアは反射的に振り返った。

 

 そこにいたのは、いつからいたのかもわからない男だった。

 まるで空気のように、自然にそこに立っていた。

 

「…………」

 

 涼しい顔で報告書を覗き込むその男は、にやにやと楽しげに笑っていた。

 だが、その目は全く笑っていない。

 

 どこか凶暴で、無邪気で、壊れている……そう、フレアは感じた。

 

「消えたぐらいで騒ぐとか、小せェ話だなって思ってよ」

「……君はどこの誰で、どうしてここにいるのかな? ボクに何か用?」

 

 即座に戦闘態勢に入るフレア。

 体内に魔力を巡らせ、次の瞬間に焔を炸裂させられるよう調整していく。

 

 だが、男は何一つ構える様子がない。

 

「テメェが唸りながら見てる報告書の真実を、教えに来てやったんだよ。ま、言ってしまえば簡単な話だ。……食った。それだけのことだ」

「……なんだって?」

 

 その一言に、フレアの思考が止まる。

 

 男は笑っている。

 だが、それは冗談ではない。何の根拠もないが、フレアはそう直感した。

 

「比喩とかじゃねェ。文字通り世界を一口かじった。旨かった。そんだけの話だ」

「この報告書の件……ミラーク市を消したのは、君ってことになるけど」

「ああ。俺の腹の中ってヤツだ。存在も、記憶も、ぜーんぶ消化した。旨かったぜ」

「君の目的は……」

「喰って、消して、上に立つ。それだけだ。俺らが手に入らなかったモンを、俺が食う。それの何が悪ィんだよ」

 

 狂っている。そうとしか言えないほどに、男の目の中には深淵があった。

 

「その先に……何があるんだい?」

「腹いっぱいになる。以上だ」

「……そうかい。なら、ボクに倒される覚悟はあるってことでいいかな」

 

 フレアは立ち上がる。

 

 彼女の背後に魔力が渦巻き、天井に届くほどの熱気が立ちのぼる。

 

「暗黒蓮華機関、神秘の到達者《暴食(グラトニー)》。虚喰グレイ……君のことは調査済みだよ」

「あっそ。だから何だよ? 結局、喰われる側には関係ねェだろ」

 

 その男、虚喰グレイは笑っていた。

 

 狂ったまま、飢えた獣の目をして。

 口元は笑っているのに、目だけが真っ黒な渇きをたたえていた。

 

 そして次の瞬間……紅炎と暴食が、空間を切り裂くように衝突した。

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