カタストロフィ・メシア   作:汐海朔夜

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三十二話・国王

「……っ、はぁ……っ、はぁ……」

 

 焦げついた空気の中で、フレアは地面に片膝をついたまま肩を震わせていた。

 

 熱は収まらず、魔力の流れも不安定だ。

 だがそれでも意識だけは、意地でぎりぎりで保っていた。

 

 そんな彼女の横で、メシアは倒れたグレイの体を見下ろしていた。

 

「……動かないな。念のため心臓も二発潰したし、脳幹も狙った。これで死んでなかったなら、もう笑うしかないが」

 

 銃口から立ち上る煙を見送りながら、メシアはひとつ息を吐く。

 と、静かに背後から別の少女が現れた。

 

注意(コーション)……術式がまだ、完全に止まっていません。中枢部を直接消去しないと、また起動する可能性があります」

「……それは、つまり……」

 

 ようやく立ち上がったフレアが、声を上げる。

 

「《世界食ノ陣(ワールドイーター)》……グレイが使ったその術式。あれの核が、まだ残っているってことかい?」

「そういうことだな。それに、あいつが使ってたのは……転用だよ」

 

 メシアの言葉に、フレアの眉がひそむ。

 

「転用……? じゃあ元々、誰があんな術式を……?」

「……現・国王。神ロビザーン帝国、バイア・神代・ロビザーンだ」

 

 フレアには自分の心臓が、一瞬止まったように感じた。

 

「……なん、で……? 陛下が……?」

 

 その名前を出すだけで罪に問われかねない。

 

 けれど、メシアもアインも、表情ひとつ変えずに話を続ける。

 

説明(エクスプラネーション)。この国に何十年もかけて仕込まれてた超広域術式です。それが《世界洗刻式(メモリアル・ラプス)》。対象は……『この国に住む全人類』。目的は……精神支配(マインド・コントロール)。つまりは洗脳ですね」

「……洗脳……!?」

 

 フレアは、崩れかけた声で問い返す。

 

「そう。忠誠でも恐怖でもない、絶対的な一種の『信仰』を無意識の中に植えつけるための術式(もの)だ。王の存在を絶対と認識し、従う以外の選択肢を思いつかなくなるように、記憶や思考を思うがままに改竄する」

 

 メシアの冷たい声は、フレアの心に重く響く。

 

「グレイは……その構造を見抜いて、目的を乗っ取った。洗脳じゃなく、この《暴食の指輪》を術式に組み込んで、喰らうことに置き換えてな」

「…………そんな……」

 

 フレアは、震える指で額を押さえた。

 

 自分が信じていた国。支えていた王。

 それが根幹から、狂っていた?

 

「ボクたちは……誰に、仕えていたんだ……? 何を、して……」

 

 その呟きに、メシアが答えた。

 

「決して王とは呼びたくない、ただの悪党に仕えていた……と言うのは、流石に残酷すぎるか?」

「君は、どうするつもりなんだい?」

 

 フレアは俯いたまま、メシアにそう問いかけた。

 

「バイア陛下……いや、バイアは今は不在だけど。温泉地に行っているからね。これからそこに行くのかい?」

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「は?」

 

 メシアはフレアから目線を外し、ニヤリと笑った。

 

「バイアはおそらく帝国中枢……神ロビザーン城の地下にいるはずだ。ここまでの出来事を、ずっと他人事のように傍観しながらな」

「そんな、ところに……」

「……だが、問題はここからだ」

 

 メシアは自作した腕時計型の魔力計測器を見下ろした。

 

「核が稼働を再開するまで、残り四十五分。グレイが死んだ今、それを過ぎれば術式は完成し、元の効力……つまり、この国の全員がバイアを信じるためだけの存在に書き換えられる」

 

 冷たい声と共に、周囲の空気がさらに重くなる。

 

「しかも、完成までに止められるのは中枢部を破壊することだけ。外からの干渉は一切効かない」

「……つまり、城の地下まで行けってことだね。けど……地下は帝国最深層、《封神領域》。普通の兵士はもちろん、王直属の親衛騎士ですら立ち入りを禁じられた場所だよ」

「だからこそ、行く必要がある。幸い、こっちはまだ生き残ってる仲間がいるしな。……さて、フレア。お前はどうする? 私からすれば、一緒に戦ってほしいが」

 

 メシアの問いに、フレアは少しだけ空を仰いだ。  

 

 あと四十五分で、この国の全て偽りに変わる――そう思うと、迷いは消えていく。

 

「決まってる……やるよ。やらなきゃ……ボクまで、あいつらと同じになる」

「よし。じゃあ急ぐぞ」

 

 メシアの声に従い、アインとフレアの二人は走り出した。

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