カタストロフィ・メシア 作:汐海朔夜
メシアがフレアを助ける少し前。
彼女は、帝都の裏路地の廃れた地下回廊を歩いていた。何故なら、誰も近づかないその場所に……自分を導く声があったからだ。
『……こっちだよ』
男とも女ともつかない、柔らかい声音。
奇妙なことに、それを聞くたびに胸の奥がざわつく。
それはまるで遠い昔に、一度は確かに聞いたことのある響きのようで。
「……懐かしい? いや……そんなはず……」
メシアは眉をひそめながらも、その声に逆らおうとは思えなかった。
声の方へ向かっていくと、地下回廊の最深部に辿り着く。その奥に、誰も知らない扉があった。
そこに指を触れた瞬間、
それは、無限の白。
時間も空間も存在しない、ただ意識だけが浮遊する空虚な世界。
そこに『声の持ち主』……と思われる存在が立っていた。
……いや、違う。正確には、立ってなんかいない。
その輪郭はぼやけていて、性別すら判断できそうにない。影とも光ともつかない、人影としか表現できないものがそこにあった。
『……よく来たね、メシア』
「……誰だ。名前を言え」
銃を構えることはしなかった。
できなかった。
自分でも不思議だ。敵意を抱く以前に、この存在には妙な安らぎすら覚えているだなんて。
『それは……今は言うべきじゃない。要らないだろうしね。それよりも、君に伝えることがある』
「伝えること?」
『この国を覆う術式、《
聞き覚えのない語に、メシアは眉をひそめる。だが、そこに潜む不吉な響きだけで、おおよそのことは十分に推察できる。
「……何かが、この国に仕掛けられているのか」
『うん。元凶であり真犯人は、現国王、バイア・神代・ロビザーン。彼は国民全てを自らを信じる機械へと書き換えようとしてる』
「……洗脳、か」
『正確には、記憶改竄かな。人が何を思って、何を信じるか……その根を侵す魔術だよ。それは信仰と忠誠を強制する、完全なる支配だ』
メシアの胸にある、冷たい炎が燃え上がる。
「……なぜ私にそれを話す?」
『君にしかできないことがあるからだよ。そして……恩返し、かな?』
「……どういう意味だ?」
『今は思い出さなくていいよ。ああ、そうそう。ついでに、あの子を助けに行ったほうがいいよ』
「あの子?」
『フレア。彼女は今、グレイに喰われかけてる。急いだほうがいい……まだ間に合うよ』
メシアは迷わなかった。
声に導かれるまま、次の瞬間には現実に戻っていた。
廃墟の回廊で、銃を握る自分の姿に。
「……正直、完全に信用はできない。だが、放っておけないのも確かだ」
メシアは銃口を軽く撫で、静かに笑った。
それにこの声には、何故かどうしようもなく懐かしさがある。
根拠など何もない。
だが、それでも信じられると思えて仕方がなかった。
「……いいだろう。行ってやる」
そう呟き、メシアはフレアとグレイの戦場へ走り出した。