会場の入口前には既に長蛇の列。この街のどこにそんな人がいるんだよ、といった具合の人口密度である。いやまあ、陽月学園ってマンモス校があるぐらいだから人はいるんだけどね。
夏冬の祭典ってのはこれ以上なんだろ?見渡す限り人、人、人で、帰りたいと思う前に気絶しちゃうレベル。絶対に参加したくねぇな←フラグ
そんな人混みを尻目に神堂はスイスイと進み、明らかに関係者以外立ち入り禁止な裏口へと向かう。
そうだよね。主催者側だからそっちから入れるよね。警備員の人も止めることなく顔パスだし。明らかに不審者な俺が着いていってもスルーだよ。すげぇな神堂家。
「本日は母の名代として出席しておりますの。開会の宣言と関係各所への挨拶を任されてますわ」
「おいおい、そんなんなら神堂がイベントを楽しむ暇もないんじゃないのか?」
「ふふ、ご心配なく。挨拶と言いましても本日は顔見せのような物、そこまで堅苦しい物ではありませんわ。それさえ済ませればあとは自由ですの」
くすくす笑いながら神堂は言う。
「ほーん、それなら俺は神堂の用が終わるまでどっかで待っていればいいのか?」
こういった所にはスタッフ用の控室があるだろうし、そこで時間を潰しておけばいいだろう。
「いえ、恐縮ですが、比企谷君にはわたくしと一緒に挨拶まわりをしてもらえませんか?」
「え、なんだって?」
何か想定外な言葉が聞こえたような気がして、思わず小鷹パイセンみたくなってしまう。別に俺は難聴系じゃないんだけどな。
「比企谷君にはわたくしの挨拶まわりに付き添ってもらいたいのです。勿論、挨拶自体はわたくしがしますので、比企谷君は横にいていだたけるだけで構いませんわ」
聞き間違いじゃなかったかー。つーか、挨拶まわりってお偉いさんや金持ちがパーティーとかでやるやつなんだろ。お嬢様の神堂なら兎も角、ショ・ミーンな俺がいたって意味なくね?
あれか?ちょっと目を離すと何やらかすか分からんから、手元に置いとくってわけ?俺は何処に居たってやらかす男だぞ。
しかしまぁ、いくら神堂の頼みとはいえ、俺が一緒に回るのは場違いにも程である。流石にこれは断ろう。
「あー、神堂。その、だな…」
いざ断りを入れようと神堂の表情を伺う。そこには期待に瞳を輝かせているでも、不安に揺れているでもない、ただただ淡い笑みを浮かべこちらを見つめている神堂がいた。
この
こ、断り辛ぇ……… だが、挨拶まわりなんて面倒なもんはノーサンキュー。為せば成る。比企谷八幡は男の子。
「………横に突っ立てるだけでいいんだな。俺がいきなり見知らぬ他人に挨拶って気の利いた事なんぞ出来ん。あくまで神堂の付き添いに徹しさせてもらうぞ」
はい、無理でしたー。俺に神堂の頼みが断れるわけ無いだろ。天丼?いい加減しつこい?うっさいバーカ!俺だって分かってんだよ。それに、小町からもエスコートする様に言われてるしな。お兄ちゃんとしては、妹からのお願いを聴かないとな。
と、脳内で寸劇をしながらも神堂を見やる。
「比企谷君ならそう仰ってくれると思いましたわ。………ふふ、先ずは一手。着実に囲んで堕としてみせますわ」
そう満面の笑みで答えた。……なんか天使にあるまじき事を言ってた気がするが、聞き間違いだと思いたい。
挨拶まわりの様子は割愛する。神堂の隣に付き従って、偉いであろうおっさん達に時折会釈をした程度だからな。なんの面白味もない。
ただその際、誰も彼も荷馬車に載せられた仔牛を見るような目を向けていたんだが、一体何だったんだ?
◇ ◇ ◇
「━━━それでは、これより第一回テイルレッド応援イベントを開催します!」
神堂の開会宣言と同時に会場の至る所から拍手と歓声が上がる。しかしそれもすぐに収まり、慌しく動き始める。
まぁ、彼等からすればこれからが本番だからな。反面、一仕事を終えた神堂はゆったりとした歩調でこちらへやって来る。歩き方一つ取っても優雅なのは彼女の性分か、育ちの良さゆえか。何にせよ並大抵の輩には真似する事の出来ない気品が宿っている。
「おう、お疲れさん」
そんな神堂に短く労いの言葉を掛けると同時にサムズアップをする。
「はい、ありがとうございます」
そんな俺にサムズアップで返す神堂。これにより瀟洒なお嬢様から一転して、特撮好きな普通の少女へと変わる。俺達なりの気安い遣り取り。やはりさっきの堕天神堂は何かの聞き間違いだったんだろう。慣れないイベントに来たんだ。そういう事もある。
「では参りましょうか」
そう言ってカタログを持ち出す神堂。何度も見直したのか、新品のはずのそれにはかなりの折り目が付いていた。よっぽど楽しみにしてたんだな。
「取り置きとかして貰わんかったのか?」
「ただでさえ主催者側として先に入場してますもの。そういった不粋な真似はしたくありませんわ」
神堂らしい規律を貴ぶ言葉だ。俺だったら喜んで取り置きして貰って、さっさと帰るまである。
「それに、折角比企谷君と参加してますもの。どうせなら一緒にゆっくりと廻りたいですわ」
神堂はこちらを見ながらほにゃりと笑った。照れくさくなり思わず目を逸らし首を掻く。今日の神堂は矢鱈とグイグイ来るな。何なの、デルタギアでも着けてんの?いや、デモンズストレートなら
「……んん、一緒に廻るんだろ。どっから行くんだ?」
「はい、先ずはこのブースから━━━」
それから神堂と並んでブースを廻った。どこもかしこも短期間で仕上げたとは思えないクオリティーで、テイルレッドに対する情熱が伝わってくる。特に1/7スケールのフィギュアは本人を見慣れている俺からしても唸る程の出来栄えだった。
神堂はそうした物一つ一つに瞳を輝かせながら、手に取ってじっくりと選んでいる。見てるだけのつもりだった俺も思わず釣られて何個か買っちまったからな。まぁ、お土産が出来たし良しとするか。
総二の奴は微妙な顔をしそうだが………。あと
改めて想いの力という物の強さを実感した。創作活動一つを取っても、これだけの人数がこれ程のイベントを作り出せるんだ。そんな想いをエネルギー源とした
「ふふ、大漁ですわ!」
だが、ホクホクとご満悦な笑顔を浮かべて両の手で戦利品を抱える神堂を見ていると、そんな気分も吹き飛ぶ。神堂の笑顔を見るためならアルティメギルを殴り飛ばすぐらい造作もない。
『これよりブレイザーブレイド・レプリカの抽選会を行います。ご購入希望の方は会場中央特設ブースまでお越し下さい』
「はい?抽選会?」
いきなり掛かった園内放送に思わず素っ頓狂な声が出る。
「ええ、テイルレッドの剣のレプリカの販売ですわ。神堂家が懇意にしている造形メーカーさんの協力の下作製しましたの」
先ほど挨拶まわりの時にもいらっしゃった方ですわ、と神堂は言う。そういや、そんな人も紹介されたような。人の名前覚えるの苦手だからうろ覚えだけど……
「流石に時間が足りなくて完成したのは一本だけでしたの。ですので先行販売という形で抽選会を行うことになりましたわ。さ、わたくしたちも行きましょう」
そう言う神堂に着いて行く。特設ブースにはちょっとした人だかりが出来ていた。
ブースの様子を人の隙間から覗く。司会進行をしているのは、さっき挨拶まわりで会ったおっさん。なる程、この人が造形メーカーの人ね。
傍らの台にある刀掛けには一振りが。真紅の刀身を持つそれは、成る程テイルレッドの愛剣にそっくりだ。
「ほー、よく出来たもんだ………って、五万円⁉」
中々強気な値段設定だな。
「ええ、やはり簡単に量産出来ませんので、その分どうしてもお値段は掛かってしまいますわ」
まぁ、仕方ないっちゃ仕方ないか。高校生からすれば大金といえる代物ではあるが、社会人からすれば手が届かないと言うわけでもないからな。抽選券を求めて結構な人数が並んでいる。
「神堂は並ばなくていいのか?」
「今日のわたくしは比企谷君と一緒にいると決めてますもの。正式に販売された時に改めて購入しますわ」
はにかみながら神堂は言う。またもつよつよ神堂の登場だ。そんな事言われたら勘違いして告白して振られるまである。振られちゃうのかよ!
じーっ、とこちらを見る神堂に気恥かしく顔を背ける俺。なんとも生温い空気が出来上がっている。
あー、これ、俺もなんか言った方がいいのか?こんな経験ないからどうすりゃいいか分からん。
「ほう、テイルレッドの剣とは。高貴なオレに相応しい」
と、そんな空気に水を差すデカい声。たく何処のどいつだよと思い、睨むように声のした方を向く。
そこには蠍を模した様な甲冑を纏う長身の人物が居た。これまた気合いの入ったコスプレ野郎だな。甲冑も妙に生々しくてまるで生物みたい、って……
「アルティメギル!?」
思いもしない輩の登場に、叫びながらも神堂を傍に寄せ後ろへと下がる。いきなりの大声に周りにいた人も何事かとこちらを向く。
「その通り。オレの名はスコーピオンギルディ、
奴は衆人環視の中堂々と宣った。
え、マジでアルティメギル?こんなイベント会場の中で?
いきなり訪れたピンチに内心混乱する俺であった。