入学式もその後の片付けも大した混乱はなく無事に終えることが出来た。時間は正午をとっくに過ぎている。よく働いた分、今にも腹が鳴りそうだ。
「それでは、比企谷君、ごきげんよう」
「おう、また明日な」
スッと一礼をするメイドさんを従えた神堂に、別れを告げる。
神堂に付き従うメイドの桜川さん。コスプレではない本物のメイド、初めて見た時は度肝を抜かれたもんだ。
主人の後に控えてさり気ないフォローをする、その献身振りは従者の鑑といったところか。俺のお兄ちゃんスキルのレベルアップに大変に参考になる。
ただ、事あるごとに婚姻届を渡してくるのはどうかと思う。いい人なんだけどな。誰か貰ってあげて。
「と、小町から連絡が入ってるな」
式典中は電源を落としていたスマホを立ち上げれば、小町からのメールの着信が。友だちと遊びに行ってくるから昼飯はいらない、とのこと。
了解、の旨で返信を送り、校門から出る。
さて、当初の予定通り、少し遅めの昼を取るべく
入口にはClosedの看板が掛かっているが、勝手知ってる他人の家、なんの躊躇いもなく扉を開けて入っていく。
まぁ、
「うーす」
カランカランとなるドアベルの音に合わせて店内に入る。漂うスパイスの薫りに俄然と空腹が進む。ここのカレーは男子高校生の胃も満足のボリュームだからな。なお、愛香はそれを二皿ぺろりと平らげる模様。
「なに、どしたの?」
弟分が凹んでいるなら、お兄ちゃんとしては気になって仕方がない。カレーをよそって席に着きつつ、総二を挟んで反対側に座る愛香に話しかける。
「聞いてよ、八兄さん。そーじったら部活希望のアンケートに『ツインテール部』なんて書いたのよ」
カレーをかっ込みながら、呆れ顔の愛香が答える。つーか、二皿目かよ。ホントによく食うな。
「はぁ、なんだよツインテール部って?」
一体何する部活だよ。奉仕部並みに一見じゃ分からんぞ。おっと、また別の世界線が混じった。
「焦って咄嗟に書いちまったんだよ!先生にも読み上げられるし…」
曰く、神堂のあまりに
「ああああああああああああ…」
話している内にその時の状況を思い出してしまったのだろう。奇声を上げながら頭を抱え、カウンターに突っ伏してしまった。
うんうん、黒歴史を拵えてしまうと、突っ伏してゴロゴロしたくなっちまうよな。分かる、分かるぞその気持ち。
「間違って書いたことより、その後のフォローが不味かったのよ。テンパりすぎよ」
どうやら総二は勢いでツインテールスキーをカミングアウトした挙げ句、否定どころか全力で肯定したらしい。お前の好きな物への真っ直ぐな気持ちは本当にすげぇよ。
「まぁ、テンパるととち狂って理由がわからなくなるなるもんな。ボッチあるあるだ」
と、さり気なくフォローをしておく。
「八兄、俺はボッチじゃない!」
「だいたい、八兄さんもボッチじゃないでしょ」
と、俺のフォローも何のその、ツッコミを入れてくる弟たち。そこから仲良くじゃれ合いを始める二人。
まぁ、元気が出てお兄ちゃんは何よりだよ。
「ああ、あとだな。これはお兄ちゃんじゃなくて、生徒会副会長として言う事なんだがな」
視線を総二の方に向けて語りかける。
俺の雰囲気が変わったからか、二人はじゃれ合いを止めこちらを向いた。
「生徒会をやってると部活申請にも関わるんだよ」
書類とかは生徒会室で一括で預かってるからな。
「で、だな、あのアンケートは現時点での希望調査にしか過ぎん。作ってみたい同好会の項目も形式的に書いたぐらいなもんだ」
なんで一年に配るアンケート内容を知ってるかって?あれは生徒会で作ったんだよ。書記と一緒になってせっせと
「んで、見てたから分かると思うがうちの学園の部活紹介のプレゼンはこれでもかってぐらい気合が入っている」
俺は見てなかったけど。
「ああ」
「確かに凄く気合が入ってたわね」
どうやら二人はしっかりと見ていたようだ。良かったな、部活連中。
「つまり、だ。この時点で部の申請を希望するってことは、それでもなお揺るがず、絶対にやりたい物がある!と宣言してるようなもんじゃねぇの、知らんけど」
「つまり俺は…その上でツインテール部なんて意味不明なものを書いたということか」
「そういうコトね」
俺の説明を聞きまた項垂れる総二と、呆れる愛香。
そこからまたギャーギャーといつもの言い合いが始まったと思えば、総二が無意識に愛香のツインテールを弄りだしてイチャつき始める始末。これで付き合ってないんだぜ。はよくっつけ。
そんな様子を食後の珈琲(裏メニュー練乳マシマシ八幡スペシャル)を啜りながら眺める。騒がしいやり取りだが、他にお客さんがいないから良しとするか。いや、ここの客層は変人が多いから気にしないか。
「━━━!!」
その時、ぶるりと悪寒に襲われたのかのように総二が震える。
「おい、どうした?」
尋ねながら、総二の視線の先を辿るとそこにはこちらを窺う一人の女性客が。
「嘘、気配をかんじなかったわよ…」
愛香の言う通りだ。普段視線に敏感なボッチの俺でも気付かないとは。この女、何者だ。
と、俺たちの視線に気付いたのか、慌てて新聞紙を開き衝立の代わりにした。だが、新聞紙に穴を開けこちらを覗いている。
何、この女、ヤベェ、関わりたくない…
「…目、合わさないようにしようぜ」
「…そうね」
二人も同感なのかスルーすることにしたようだ。
触らぬ神に祟りなし。桑原、桑原。
と、そう思った矢先、その女は新聞を置いて立ち上がり、ツカツカとヒールをかき鳴らしこちらに向かってくる。
そしてそのまま総二だけに微笑みながら、
「…相席宜しいですか?」
と、宣った。
「待て待て待て待てェ!」
いきなりの展開に呆けていた俺たちを余所に、愛香がいち早くツッコんだ。流石、幼なじみのツッコミ(物理)担当。
「はい?」
シャー!!と立ち上がりながら威嚇する愛香も何のその、その女は首を傾げ余裕の笑みを浮かべていた。
「誰よ、あなた!!」
「おかまいなく、こちらの方に用がありますので」
そう言いながら、手を総二に向ける。
「俺に!?」
渦中に巻き込まれ再起動する総二。
「あたしの連れでしょうが、何考えてんのよ!おとなしそうな顔でおっぱい目立つ服着てムカつくわね!谷間にストロー突き刺すわよ!!」
「まぁまぁ、落ち着け愛香。マジで」
怒りと嫉妬のあまりとんでもない恫喝をする愛香と、それを宥める総二。
「で、総二に何の用だ。用があるならお兄ちゃんである俺を通してくれ」
そう言い二人を背後に庇いながら、女の前に立ちふさがる。
その女、齢の頃は愛香と変わらないぐらいか。流暢に日本語を話しているが、明らかに外国人である。
染色した様子はない、それでも不自然なまでに美しい銀髪。神堂よりもなお濃い碧眼。
小町に愛香、神堂ととびきりの美少女が身近にいるが、こいつらにも勝るとも劣らないぐらいの美少女だ。
そして何より彼女を彩るのはけしからんまでのボリュームを誇るその胸。くっ…目が引き寄せられる。これが万乳引力の法則か。
「いえいえ、私が用があるのはそちらの方だけですので」
睨みつけるように対峙する俺と、余裕の笑みを浮かべる謎の女。
ホントに何者だ?普通の女子高生なら普段の俺の目を見ただけでも悲鳴を上げるのに。
「八兄、大丈夫だ」
ポン、と俺の肩を叩きながら総二が前に出て来る。
「…えっと、俺に何か用があるの…?」
「はい、貴方に大切な用があって」
総二から反応があったからか、嬉しそうに笑いながら距離を詰めていく。
「私は、トゥアールと申します」
やっぱ外国人なのか?
「ツインテールお好きなんですね「大好きです」」
トゥアールと言う女の質問にめっちゃ食い気味で応える総二。直後、やっちまったーって顔してるけど、初対面の相手に何やってんだよ。
「…では、何も言わずにこのブレスレットを付けてくださりませんか」
と、総二の奇行も何のその、着ていた白衣のポケットから赤いブレスレットを取り出すトゥアール。つえーな、この女。
「脈絡ないぞおい!」
と、戸惑う総二に追い打ちをかけるように、その手を取りブレスレットを握らせる。怪しくとも見た目は巨乳の美少女からの接触に狼狽えているが、
「ちょっと!そんな得体の知れない物は返しなさい!」
ここには最強の恋する乙女がいる。愛香は身を乗り出してブレスレットを引っ手繰り、強引に押し返した。
「ダメよそーじ!こいつきっと詐欺師よ!占いさせろって路地裏に連れてくねーちゃんと同じ!んで、棘付き肩パッドのモヒカンがヒャッハー言いながら囲んでくるわ!!」
興奮しながら愛香が一気にまくしたてる。総二は後半はあり得ないだろ、と言っているが、
「ああ、愛香の言う通りだ」
俺はその言葉に同意する。
「親父が言っていた。美人が寄って来たら美人局と思え、って」
右手で天を指さしながら答える。
「ほいほいついて行ったら、いかつい兄ちゃん達に囲まれてめんどくさいことになるぞ。ソースは俺」
「実際にあったのかよ!それよりも大丈夫だったんかよ!」
総二のツッコミが店内に響く。
いや、あの時は面倒だった。取り敢えず全員蹴り飛ばして黙らせたけど。最初はニヤついていた美人局のねーちゃんも、結局は涙目でガタガタ震えてたっけ。
「いや、猪より弱かったし」
所詮モヒカンは群れることしか出来ない雑魚。ボッチには勝てんよ。
「コ、コホンコホン」
と、俺たちの和気あいあいとしたコミュニケーションに水を差す咳払いが。忘れてたわ。
「と、とにかく付けるだけでいいですから!お代はいりませんから!つけてくれたら、何でも言う事を聞きますから…」
ん?今何でもするって言ったよね?
「…な、何でも」
その言葉を聞いて、総二も前のめりになる。
「はい…私に何をしても構いません。王道でも特殊でも。むしろ特殊な方が大歓迎です!」
はぁはぁ、と息を荒げながら、トゥアールは腕を組みそのたわわな果実を持ち上げながら総二に詰め寄って行く。実にうらやまけしからん!
「無駄よ。こいつに何でもするって言ったら、ツインテールにしてくれって言うに決まってるじゃない」
「え?そっちなのですか!」
愛香の呆れを含んだ返答に、トゥアールは驚愕の声を上げる。
そうなんだよな、総二のやつ、ツインテールに捧げすぎて性欲完全に枯れてるんだよ。胸が揺れるよりも、ツインテールが揺れるほうが興奮するタイプ。どんなタイプだよ。
なおも胸を揺らしながら総二に近付こうとする
「なぁ、トゥアールさん。なんで総二にブレスレットを付けたがるんだ」
このままでは埒があかないからと、俺が尋ねる。決して愛香の殺気がコチラに向いてビビったからじゃないんだからね!
「この方がブレスレットを付けないと世界が滅ぶんです!これを付けないと、世界からツインテールが消えてなくなってしまうんです!!」
な、なんだってー⁉と、言えばいいのか?世界が滅ぶってなんだよ。そもそもツインテールが消えるって何?
だが、ツインテールと聞いて黙ってられない男が一人。
「どういうことだ!!」
「えい!」
ツインテールがなくなると聞いて衝動的に詰め寄った総二に、トゥアールはすかさずブレスレットを付ける。
「良かった。これで奴らがいつ現れても安心です」
心底安心したかの様な表情を浮かべるトゥアール。
無理やりブレスレットを着けられて狼狽える総二に、躍起になってそれを外そうとする愛香。ブレスレットより総二の腕が外れそうになっちゃってるよ…
「おい、詳しく説明してくれるんだろうな」
そんな二人を尻目に、詳しい話を聞こうとトゥアールに詰め寄る。
「説明は後、今は何も言わず付いてきてください」
これまた白衣のポケットからペンの様な物を取り出し操作を始める。その言葉と共に、俺たちは目を灼く様な極彩色の閃光に包まれた。
そして、光が俺たちの輪郭ごと薄まっていき━━━アドレシェンツァには空の皿とコップしか残らなかった。